時の女神が見た夢   作:染色体

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本日投稿四話目。さすがに本日はこれで最後です。


第四部 35話 終戦会議前半

宇宙暦802年2月28日 太陽系木星第三衛星ガニメデ

 

ガニメデは木星の強い潮汐力によって、月同様に常に同じ面を木星に向けていた。

会議場は複数の透明なドームから成り、ガニメデの北極に設置され、太陽系最大の惑星の巨体を常に水平面上に見ることができた。

 

古代ローマ神話の主神ユピテル、帝国に伝わる神話においても古神にして軍神のテュールに擬される惑星の威容は、見る者を厳粛な気持ちにさせた。まるで神々に見られながら会議を行うかのような気になってくるのだ。

それこそが異才シルヴァーベルヒの狙いでもあった。参加者からすれば余計なお世話というところでもあったが。

 

マルガレータはそんな木星のことなど関係なく、初の国際会議参加に緊張していた。無論ヤンの副官としての参加である。

 

ヤンはそんなマルガレータにアドバイスを行なった。

「そんなに緊張することないよ。実のところみんな初めてなんだ」

マルガレータは驚いた。

「えっ、そんなわけないでしょう?」

「いや、驚くべきことにそうなんだよ。銀河連邦成立から八百年、まともな国際会議が開かれたのはこれが初めてのことなんだからね。誰もまともなやり方なんて知らないのさ」

ヤンにそう言われると、マルガレータにも参加者が皆、どう行動すべきか戸惑っているように見えてきた。

とはいえ、とヤンは続けた。

「会議は踊る、されど進まず、なんてことにはならないと思うよ。少なくとも今日はね」

 

この数ヶ月でヤンの歴史講義の優秀な聞き役となっていたマルガレータは、ヤンが引用した言葉が発せられた古代地球の会議のことを知っていた。その会議では各国の利害が衝突してなかなか話が進まなかったのだ。

 

「どうしてでしょうか?多数の国の利害が絡むのは同じではないでしょうか」

 

「今日は神聖銀河帝国との終戦条約の締結がメインだからね。条文は事前に詰められているから今更交渉の余地もあまりないし、ひっくり返ることもないのさ」

 

「なるほど」

 

「だから本番は明日以降、この銀河の体制に関する話し合いの方だね」

 

「ヤン提督、私は会議自体にはきっと役に立たないでしょう。しかし、今後軍同士の国際会議も開かれると考えれば、今回の会議を今後のための経験としたいと思います」

 

ヤンは苦笑した。

「言いたいことをすべて先に言われてしまったな。その通り、今回の会議は貴官の経験となるだろうね」

 

それと、とヤンは続けた。

「会議終了後の方が、貴官にとっては大きな仕事になるだろうね」

 

マルガレータはそのことを思い出して気分が重くなった。

「そうですね……」

 

 

しばらくして会議が始まった。

この日の会議は神聖銀河帝国と直接交戦を行なっていない自由惑星同盟のシャノン国務委員長が議長を務めた。

ヤンの言った通り、細かい部分で意見対立と調整が発生したものの会議自体は大きな紛糾もなく終わった。

ヤンが、会議の途中で居眠りを始めたのには、流石のマルガレータも呆れてしまったが。

 

しかし、ヤンは知らなかったが、会議前のトップ同士の顔合わせの際に、ウォーリック伯が「神聖銀河帝国の戦争責任者への死刑が君も含めて不適用になるという噂があるそうだが、私は何も聞いていないな」と、ユリアンに対していきなりかます一幕があった。

もっとも、ユリアンは平然としたもので、「会議の場になればきっと思い出してくださると信じていますよ」と笑顔で返した。

同調者も出ず、ウォーリック伯も、そう簡単に思い通りには行かせないという意思表示ができたことに満足して、早々に引き退がった。

 

会議の場では、そんなことはおくびにも出さずに終戦条約にサインしてのけたのだからウォーリック伯の面の皮も相当だった。

なお、死刑不適用という内容は、少なくとも自由惑星同盟にとっては到底表に出せないものだったので、他のいくつかの項目とともに秘密の覚書として処理されることになっていた。

 

終戦条約の内容は要約すると以下のようなものになった。

・銀河四国(同盟、帝国、連合、フェザーン)は神聖銀河帝国を国家として公認する。

・神聖銀河帝国は宇宙暦802年2月28日をもって国家として消滅し、その構成員及び構成物の取り扱いは銀河四国の合議に任せられるものとする。

秘密の覚書に関しては下記の通りだった。

・神聖銀河帝国の戦争責任者の取り扱いは銀河四国の合議によって決める。ただし死刑は適用されない。

・地球及び月、その構成物と居住者に関しては別に銀河四国の合議によって定める国際協調組織の管理下とし、その管理下において一定の自治権を認める。また、居住者は地球再建事業を含む国際協調組織の業務に従事する。

 

結局のところ、殆どの事柄は翌日以降の銀河四国の会議に持ち越されていたのだった。

 

こうして会議の1日目は無事に終わるかに思われた。

しかしそのタイミングで会議参加者全員を動揺させる一報が入った。

 

ラップ大佐が会議場内に駆け込んで来て、グリーンヒル大将に耳打ちした。

グリーンヒル大将はレベロの確認を取った上で、会議参加者全員に伝えた。

 

「モールゲンの同盟軍基地が襲撃を受けています。襲撃者の目的はルドルフ2世の奪還と判明しました」

 


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