時の女神が見た夢   作:染色体

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第四部 37話 奪還者、そして

惑星モールゲンの同盟軍基地襲撃のリーダーはフレーゲル男爵だった。

 

ホーランド艦隊に脱出部隊が襲われた時、フレーゲルは囮部隊の指揮を執るべくルドルフ2世とは別の艦に乗っていた。ルドルフ2世と同じ空間にいるのが耐えられなかったのだ。

そして結果的に、彼の乗る高速戦艦ウルはホーランド艦隊が取り逃がした数隻の中の一隻になった。

 

 

フレーゲル男爵は、神聖銀河帝国に良い思い出がなかった。

 

叔父上の後を継いでブラウンシュヴァイクの栄光を復活させると意気込んでいたら、身内の何人かがルドルフ2世(当時はエルウィン・ヨーゼフ2世)の粛清に遭った。

フレーゲルとしては冷や水を浴びせられたようなものだった。

以後、フレーゲル男爵はルドルフ2世に恐怖を覚え、行いには努めて気をつけるようになった。

ルドルフ2世の粛清は常に費用と効果のバランスを計算した上で行われていた。

 

他の粛清された貴族と違ってフレーゲル男爵が生き残れたのは、彼が旧ブラウンシュヴァイク派の有力貴族であったからだ。アンスバッハらの反対を押し切ってまで行うべきものでは「まだ」ないという判断によるものだとフレーゲルは理解していた。

彼は実戦部隊におけるメルカッツのしごきには耐えられそうになかったため、軍務省次官の任を願い出た。その願いは叶えられ、彼はしごきからなんとか逃れることができたのだった。

フレーゲルの必死の生き残りの努力を知らず、友人たるランズベルク伯はお気楽なものだった。

ランズベルク伯が生き残っているのはその邪気のない性格ゆえだったから、フレーゲルとしては真似ようがなかった。

コルプト子爵など、爵位持ちの軍人はメルカッツのしごきに耐えて別人のようになってしまい、逃げたフレーゲルに侮蔑の視線を向けてくるようになっていた。

血縁のシャイド男爵を含め、その他の爵位持ちは軍人ではなかったため、フレーゲルの苦労に共感しなかった。

この時にはフレーゲルの取り巻きも、殆どが彼の元を去っていた。

 

フレーゲルの苦労をわかってくれたのは、あろうことかアルタイルの奴隷の子孫のはずの、ユリアン・ミンツだった。

奴隷階級出身者に弱みを見せるなど貴族にあるまじきことだったが、他に相手がいるわけでもなく、時たま彼に愚痴をこぼすようになっていた。ユリアンは彼がいくら高慢な対応をしても軽く受け流すことができた。

 

そうこうしている間に、神聖銀河帝国は敗戦し、月要塞も陥落してしまった。

ルドルフ2世も貴族達も捕まって、フレーゲル一人だけになった。

 

フレーゲル男爵の乗る高速戦艦ウルには地球教兵士と宣教将校が乗っており、ルドルフ2世奪還、ド・ヴィリエ大主教救出を唱えていた。

 

フレーゲルは疲れ果て、どこかに落ちのびたい心境だったが、そんなことをすれば彼らにブラスターで撃ち抜かれることは明らかだった。

それに、逃げ出したところでフレーゲルにはもはや何も残っていなかった。あるのはかつての貴族としてのプライドの残滓のみ。その状態で生きていける気がしなかった。

 

友人であるランズベルク伯も捕まっており、それを見捨てるのも寝覚めが悪かった。

 

もし救出作戦に成功すればルドルフ2世も自分のことを認めるかもしれない。

努めて楽観的に考え、気力を奮い起こして彼は救出作戦の計画を立てることにした。

 

そんな中、かろうじて連合内部に生き残っていた地球教の諜報ネットワークを通じてフレーゲル男爵に情報が入った。

 

モールゲン星域の警備部隊の配置、モールゲン基地の詳細な見取り図と、神聖銀河帝国要人の収容されている部屋の位置の情報である。

 

フレーゲルは神聖銀河帝国軍と地球教団武闘派の残党を掻き集め組織した。

 

フレーゲルは、かつてガルミッシュ盟約軍でゲリラ戦を展開していた。今回はその経験が活かされた形である。

 

彼は地球教が関わりを持っていた宇宙海賊にも連絡を取り、略奪の絶好機だと唆した。ホーランドがイゼルローン回廊でなした所業に復讐を誓っていた海賊もおり、多数の海賊が集まった。

 

モールゲン星域各所に海賊の襲撃が同時に行われ、それは絶好の陽動となった。

 

フレーゲルは海賊対応に警備部隊が出払った隙に惑星モールゲンに強行着陸し、同盟軍基地に奇襲をかけたのだった。

 

フレーゲルは知らなかった。

オーベルシュタインが間諜をあえて泳がせて情報を地球教徒に流したことを。

 

 

 

 

フレーゲルが基地に奇襲をかける少し前、ルドルフ2世はとある訪問者達と面会していた。訪問者は連合軍情報局パウル・フォン・オーベルシュタイン中将、そしてその補佐役のアントン・フェルナー少将だった。

 

面会は、収容所での暮らし向き等、当たり障りのない質問から始まった。

次に、オーベルシュタインは神聖銀河帝国が起こした戦争の責任の所在について尋ねた。

ルドルフ2世の回答は明快だった。

「誰に対する責任を尋ねているのかわからんが、臣民に対する責任ということであれば、すべて余にある。臣下はすべて余の意思を代行したに過ぎない」

オーベルシュタインの義眼は鈍い光を放っていた。

「あなたは自らが大帝ルドルフのクローンであることを知っているのですか?」

「無論だ」

「地球教団に拉致され、御輿として担ぎ上げられた。利用されていたとは思わないのですか?」

ルドルフ2世は平然と答えた。

「それは勿論利用されたのだろうな。だが、余も彼らを利用した。お互い様というものだ」

 

「あなたはどのような目的のために彼らを利用したのか?」

ルドルフ2世は覇気に満ちた瞳をオーベルシュタインに向けた。

「遍くこの銀河を統治するためだ。全銀河の民はすべてこの余が統治する。余が人類を永遠の繁栄へと導くのだ」

 

オーベルシュタインの中で確信が強くなった。この少年はやはり危険だ。生かしておけばやがて第二のルドルフ大帝となるだろう。それだけの野望とそれを実現する意志の強さを持っている。

 

オーベルシュタインは、最後にと考えていた質問をした。

「人類の永遠の繁栄のため、ルドルフ大帝が定めた劣悪遺伝子排除法を、当然あなたは復活されるのでしょうな?」

 

 

ルドルフ2世は当然といった態で答えた。

 

 

 

「あれはくだらん悪法だ」

 

 

 

 

 

 

「……………………は?」

 

 

オーベルシュタインは信じていた世界がずれたような感覚に陥った。

聞こえた言葉が信じられず、日頃の彼ではあり得ない、間の抜けた返事をしてしまった。

 

 

ルドルフ2世は聞き返されて気分を損ねたようだった。

「くだらないと言ったのだ!大帝ルドルフは相応に優れた男だったはずだが、よくもあのような有害無益な法をつくったものだ。到底信じられぬ!」

 

オーベルシュタインはその答えが未だに信じられなかった。

「大帝ルドルフは無謬の存在ではないのか?」

 

ルドルフ2世は苦笑した。

「それを余に訊くのか?余だって数え切れないほど間違いを犯す。ルドルフ大帝も同じだ。記録を調べればわかる話だがルドルフ大帝の失敗も数え切れぬ。劣悪遺伝子排除法はその中でも極め付けだ!」

 

おかしい、この少年は誰だ?

オーベルシュタインは混乱から回復できずにいた。

「しかし、劣悪遺伝子保持者は人類にとって排除すべき悪ではないのか?永遠の繁栄のために剪定されるべき存在ではないのか?」

 

「誰が誰を劣悪と決めるんだ?余には無理だな。余の臣下は皆どこかしら頭のおかしい奴らの集まりだった。あのユリアン・ミンツにしてからが、おかしい」

ルドルフ2世はユリアンのことを思い出して自然と笑みがこぼれた。

「お人好しのくせに陰謀を巡らすせいで、いつも自らが振り回されていた。嫌いなものを嫌いと言えず、いつの間にか嫌いなものに取り囲まれている。目的があるならそのためだけに動けばよいのに、余に肩入れし過ぎて、常にぐらぐらと揺れていた。見ていて逆にどうにかしてやりたくなったぐらいだ」

 

ルドルフ2世は話の脱線に気づいたようだった。

「話が逸れたな。だが、ユリアンにしろ、他の者にしろ、それぞれの領分で余を助けてくれた。余が何の役にも立たぬ屑だと断じた奴らに助けられたこともある。何が役に立って何が役に立たぬかなど、余には決められぬし、銀河の民を遍く統治する皇帝たる者、いかなる者も受け入れて繁栄に導く度量がなくてどうする?度量なき者が皇帝となり続け、極端な排除を繰り返した結果が、現在の銀河の人口に現れておるわ!」

 

そこでふと気づいたようにルドルフ2世は言った。

「そういえば、卿の目も義眼だな。それは先天性のものか?」

オーベルシュタインはルドルフ2世の演説めいた語りに圧倒されていたが、その言葉で我に返った。

「そうですが、それが何か?」

 

ルドルフ2世は笑った。

「中将にまでなったのだ。劣悪遺伝子排除法が誤りであることは、卿自身が証明しているではないか。卿のことを劣悪などと誰も言えまいよ。何なら余の臣下になるか?歓迎するぞ?」

 

劣悪ではない。

それはオーベルシュタインが幼い頃に欲していた言葉そのものであった。それをルドルフのクローンが言うとは。そして己を臣下に誘うとは。

オーベルシュタインはルドルフ2世が己を懐柔するために嘘を言っていると信じたかった。

「そこまで言うなら何故ルドルフ2世を名乗った?間違いを犯した男の名を名乗った?ルドルフの後継者を自ら標榜しておいて今更何を言っているのか」

 

ルドルフ2世は一瞬沈黙した後、顔を赤くして叫んだ。ルドルフ2世がオーベルシュタインの前で初めて見せた年相応の表情だった。

「神聖銀河帝国をまとめ、率いていくための方便に決まっているではないか!誰が好きこのんで、二番煎じの馬鹿みたいな名を名乗るか!余だって生みの親につけてもらったエルウィン・ヨーゼフの名を捨てたくはなかったんだ!」

 

オーベルシュタインは、しばし呆然とした。

もはや毒気を抜かれていた。

 

沈黙が続くうちに、基地が騒がしくなってきた。

ルドルフ2世が尋ねた。

「何かあったのか?」

 

沈黙するオーベルシュタインの代わりにフェルナーが答えた。

「今日は抜き打ちの訓練がある日のようです」

 

「そうか」

 

フェルナーはオーベルシュタインを促した。

「そろそろ刻限です」

 

オーベルシュタインはゆっくりと立ち上がった。

「いろいろと興味深い話を聞けました。ありがとうございました」

 

立ち去ろうとするオーベルシュタインにルドルフ2世は声をかけた。

 

「余を殺さなくてよいのか?」

 

オーベルシュタインは相手を凝視した。

語った内容の深刻さに比して、ルドルフ2世の顔は平静だった。

 

「そのための準備をして来たのだろう?」

 

オーベルシュタインは立ったまま目を瞑った。内心の葛藤を隠すように。

そして目を開き答えた。

「気のせいです。小官にそのつもりはありません。……今のところは」

 

ルドルフ2世はオーベルシュタインを見つめていた。

「そうか余は殺されぬのか、今のところは。ならば余の臣下はなおさら死ぬことはあるまいな。今のところは」

 

レムシャイド侯達貴族とド・ヴィリエ大主教達地球教徒過激派の殺害。それもオーベルシュタインが考えていたプランの一部だった。

それをもルドルフ2世は牽制して来たのだった。

 

オーベルシュタインは再び答えた。

「陛下及びその臣下の方々の処遇については小官の関知するところではありません」

 

「そうか、ならよい。引き留めて悪かった。……いや、最後にもう一つ」

 

「何でしょう?」

 

ルドルフ2世はオーベルシュタインに笑いかけた。

「臣下になる気になったらいつでも言ってくれ」

 

オーベルシュタインは無言で退出した。

 

 

 

部屋を出てフェルナーは上司に確認した。

「神聖銀河帝国の残党の襲撃が始まったようですが、本当にルドルフ2世が奪還されるようなことはないでしょうね」

 

「奴らには神聖銀河帝国の主要メンバーの居場所に関して偽の情報を渡してある。今頃別の場所を集中して襲撃しているところだろう。じきに鎮圧されるだろう」

 

 

「殺さなくて本当によかったのですか?」

 

「それを止めるために卿がついて来たのだろう?」

 

フェルナーは動じなかった。

「ははは。ご冗談を。しかし、銃も持たずにどうやって殺すのかと興味を持っていたのは事実です」

 

オーベルシュタインは淡々と答えた。

「私の片方の義眼を、入れ替えて来たのだ。高性能の爆弾にな。私も卿も、追い詰められた地球教徒達の自爆にルドルフ2世と共に巻き込まれて死亡。そういうことになるはずだったのだ」

 

フェルナーもさすがにこれにはギョッとした。

「ご冗談でしょう?」

 

「冗談だ。……そういうことにしておいた方が卿の精神衛生上はよかろう?」

 

「言わないで頂けた方がもっとよかったですね。それで、繰り返しになりますが、本当によかったのですか?」

 

「殺すならいつでもできる。そうすべきか、別の道があるか、もう少し考えてみたくなった。今日のところは残党をまとめて処分できることで満足しよう」

 

フェルナーは面白がるような視線で上司を見た。

「ドライアイスの剣も、随分となまくらになったものですね」

 

挑発するようなその言にも、オーベルシュタインは反応しなかった。

 

オーベルシュタインはフェルナーに言わなかったことがあった。

ルドルフ2世と話すことでオーベルシュタインは、ゴールデンバウム王朝の打倒とは別にかつて抱いていたもう一つの大望を図らずも思い出してしまったのだ。

それは、宇宙を支配する理想の君主を自らの手で生み出すこと。

 

オーベルシュタインさえ臣下に加えようと試みる、かの少年皇帝はその器なのではないかと、ふと思ってしまったのだ。

その考えに整理がつかないうちは、彼はルドルフ2世を積極的に殺すことができなかった。

 

フェルナーはさらに上司を試すようなことを言った。

「しかし、あなたの当初の目論見の一つであったように、今回のことで銀河の首脳が地球教、ゴールデンバウムの残党勢力を危険視して死刑不適用の約束を反故にする可能性も高いのでは?」

 

「そのときはそのときだ。多少惜しむべきものもあるがそれ以上ではない」

 

 

少しして、オーベルシュタインはフェルナーに話しかけた。

「今回の独断行動で私への風当たりはさらに強くなるだろう。情報局のことは卿に任せた」

 

フェルナーは驚いた。彼の上司はまだまだ情報局に居座り続ける気だと勝手に思っていた。

「しかし、まだやるべきことは残っているでしょう。地球教の残党もこれが最後というわけではないでしょうし。まだまだ不穏な動きや未解決の事案は沢山あります。引退など早過ぎる」

フェルナーとしては、補佐役の方が性に合っていた。

 

「勘違いしないで欲しい。引退するわけでは無い。卿の言う通り、別の場所で別の形でそれらの監視を行うだけだ。そのうちわかる」

 

オーベルシュタイン達は襲撃が収まるまで物陰に身を潜めることにした。

 

 

 

 

とはいえ、すべてがオーベルシュタインの計算通りというわけではなかった。

 

フレーゲル男爵が糾合した戦力はオーベルシュタインの予想を大きく超えていた。偽情報によってルドルフ2世の救出は達成できていなかったが、鎮圧部隊に対しては頑強に抵抗を続けていた。

 

オーベルシュタインは敵を狂信者と考え、準備など気にせず攻めてくるものと思っていたのだが、実際の司令官はフレーゲル男爵であり、相応に勝つための努力をしていたのだ。

 

また、海賊の襲撃によって警備部隊が出払っており、基地が手薄になっていたことも、鎮圧が思い通りに行かない原因となっていた。

 

 

 

事態は増援の到着によって解決を見た。

 

 

銀河最速の艦ハードラックに乗ってライアル・アッシュビーが駆けつけたのだ。

 

アッシュビーは同盟の内乱終結によって、艦隊を率いて独立諸侯連合に戻る途中であった。

アッシュビーとフレデリカは同盟軍への復帰が決定していたが、艦隊は連合軍所属であり、一度は戻る必要があったためだ。

 

しかし、シャンプールの後処理を行なっていたオーブリー・コクラン少将から、神聖銀河帝国残党の不穏な動向について連絡を受け、単艦で急ぎモールゲンに向かうことにしたのだった。

 

ハードラックにはシャンプール鎮圧の事後処理のためにに駐留していた陸戦部隊が同乗しており、アッシュビーは彼らと共に基地内に突入した。

 

アッシュビーは、フレデリカの協力によって基地内の監視カメラの情報を統合し、残党の動きを確認して陸戦部隊に必要な指示を出した。

そうしながら自らもコクランとともに現場に乗り込み戦いに臨んだ。

 

アッシュビーは効率よく敵を倒していくコクランに感心した。

「後方基地勤務が長かったと聞くがよくそんなに動けるな」

コクランは淡々と答えた。

「訓練は欠かしませんでしたから」

 

敗勢を悟ったフレーゲル男爵は高速戦艦に戻り、大気圏外に離脱した。

そしてアッシュビーに呼びかけた。

「我々の負けだ。だが、最後に帝国貴族として名誉ある一騎討ちを所望する」

 

フレーゲルは乗員に向かって演説した。

「私は死などおそれない。この上は最後の一兵まで戦い、栄光に満ちた帝国貴族の滅びの美学を完成させるのみ!」

 

乗員は皆地球教の武闘派だった。帝国貴族の滅びの美学に関心はなかったが、最後の一兵まで戦うことに反対する理由もなかった。

 

アッシュビーはこの誘いに乗った。さっさと逃げればよいものを、捕縛の機会を自らつくってくれたのだからアッシュビーとしても望むところだった。

 

一騎討ちは、帝国の古式に則って行われた。互いの艦に背を向け、一定距離離れたところで反転し、戦いを開始する。

 

戦いは激しいものとなった。

連合の最新鋭技術が詰め込まれたハードラックに対し、フレーゲルの乗る高速戦艦ウルもまた月要塞で新造された最新鋭艦であった。地球統一政府宇宙軍の失われた軍事技術に現代の艦船技術が組み合わされた試作艦であり、神聖銀河帝国軍が続いていれば次世代の量産型戦艦の雛形となるはずの艦であった。

 

高速の艦同士の戦いは格闘戦の様相を呈したが、ついにハードラックの陽子砲の一撃がウルを貫いた。

 

フレーゲルは結局生き残って捕縛され、モールゲン基地に収容された。アッシュビーは、そうなるように狙いを定めてウルを砲撃したのだった。

 

オーベルシュタインとフェルナーは、ルドルフ2世の収容場所に向かっていたコクランを発見し、合流した。

 

これによってモールゲン基地襲撃事件は解決を見た。

 

 

……かに思われた。

 

 

夜、ルドルフ2世が眠る個室の前に、一人の男が立っていた。

年若い少年の寝顔を見て、その男は、己がこれからやらねばならぬことに対してため息をついた。

彼は顔を上げ、鋭い視線を少年に向けた。

 

 

「何をするつもりか知らんがやめておけ」

 

彼に声をかけたのは、ライアル・アッシュビーだった。

 

声に振り向いたその男はオーブリー・コクランだった。

 

「はじめからおかしかった。何故一介の司令官が神聖銀河帝国残党の動向に関する情報を持っていたのか。そして何故ハードラックに同乗する必要があったのか。君ははじめから何者かの意向を受けて動いていたのだろう?」

コクランは無言だった。

 

「で、どっちだ?逃す方か?殺す方か?」

 

「後者です。あなたにとっても好都合でしょう?邪魔はしないでもらえませんか?」

 

「そうはいかん」

 

「なぜ?」

 

「少年を見殺しにしたとあっては、ヒーロー失格だろう?」

 

コクランはアッシュビーを睨んだ。

 

アッシュビーはそれを制止した。

「先に言っておくが、君が監視カメラに仕掛けた小細工は我が副官が解除してくれた。我々はしっかりと監視されているぞ。たとえ君が私を手を触れずに倒せたとしても、君が何かを仕掛けたことは丸わかりだからな」

 

「ルドルフ2世を放置しておくつもりですか?」

 

「心配なら、君の上にいる人間に伝えろ。何かあったらこのアッシュビーがなんとかする、と。ルドルフのクローンを心配するならアッシュビーのクローンのことを評価してくれていいはずだろう?」

二人がクローンであることは知る人ぞ知る秘密であったが、彼はコクランが知っている側の人間だと判断していた。

 

コクランは眼差しを緩めた。

「そうですか。それではやめておきましょう」

 

「……諦めが良いな」

 

「元々性に合わない仕事ですから」

 

「ならば何故引き受けた?」

 

「……先祖の所為です」

 

「先祖?」

 

コクランはアッシュビーの疑問には答えず、今回のことは内密に、と言い残して去って行った。

 

 

「礼を言う」

その声に振り向くと、ルドルフ2世が起き上がっていた。

 

ルドルフとアッシュビー、二人のクローンの視線が交錯した。

「気づいていたんだな」

 

「ああ。あのような者がいるとは。自分自身、闇の底にいたと思ったが、この世界はまだ闇が深いらしい」

 

「まったくだ」

 

二人は顔を見合わせて苦笑した。

 

ルドルフは尋ねた。

「それで、卿は余に何か用があるのか?」

 

「何の用もないさ。一度顔を見てみたくなったくらいだ」

 

「……ならば、質問してもよいか?」

 

「何だ?」

 

ルドルフ2世は少し言葉を探したようだった。

「卿は自分のことをブルース・アッシュビーだと思うか?」

 

「思わない。君は自分が初代ルドルフだと思うのか?」

 

「いや、思わない。愚問だった」

そう言ってルドルフ2世は黙った。

 

アッシュビーはルドルフ2世をしばらく見つめた。その姿はとても孤独に見えた。

 

ライアル・アッシュビーにとって、ルドルフ2世は自らの鏡像だった。仮にゴールデンバウム王朝が自由惑星同盟を統治し、そこに自分が生まれていたとしたら、自分こそが迷妄なる共和主義者の首魁としてルドルフ2世の立場となって人々に恐怖の目で見られていたかもしれない。

ライアル・アッシュビーは人々に望まれて英雄を演じた。ルドルフ2世は今人々に怖れられて、死ぬにしろ生きるにしろその道を絶たれようとしている。

 

だから彼は尋ねた。恐怖の宇宙の帝王などではない、一人の孤独で多感な少年に。

「君は何をなしたい?」

 

ルドルフ2世は即座に答えた。

「人民の幸福と人類の永遠の繁栄のために貢献したい」

 

「そうすればいいさ。人々に恐怖されたからと言ってそうしてはいけない、なんてことはない」

 

ルドルフ2世は少し意外そうな顔をしたが、それはやがて苦笑いに変化した。

「ありがとう。だが、卿の敵になるかもしれんぞ」

 

「恐怖の宇宙帝王か破壊王か何か知らんが、そうなった時は全力で止めるさ。まあその時は君も全力で来るといい」

 

ルドルフ2世の笑みに覇気が見えた。

「そうさせてもらおう」

 

「また会いに来る」

そう言い置いてアッシュビーは去って行った。

 

ルドルフ2世は無事に生きて翌朝を迎えることができた。

 

 

だが、警備関係者を悩ませる事態も発生していた。

一夜明けてみると、収監者の一人、クリストフ・フォン・バーゼルが、その妻ヨハンナと共に姿を消していたのだ。


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