時の女神が見た夢   作:染色体

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第四部 40話 連邦による平和

 

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銀河全域図(終戦後〕

 

祝賀会が終わり、それぞれがそれぞれの国、地域に戻ることになった。

 

ヤン率いる連合軍派遣艦隊も、連合領への帰路にあった。

 

艦橋のスクリーンには、演説するトリューニヒトが映っていた。

「新銀河連邦、その名前に込められた願いを考えると私は厳粛な思いにならざるを得ません。かつての銀河連邦時代のような繁栄と平和の時代をもう一度。そして、可能であるならば、遠い将来、再び銀河連邦の名のもとに人類が統合される日を願う。そのような祈りが込められているのです。その日が来た時、その人類の統合体の初代主席は私ということになります。私は自らの責任の大きさを痛感せざるを得ません。人類に恒久平和を……」

 

銀河保安機構への出向内定者は全員が聴くようにとのお達しがあった演説であったが、ヤンは耳栓をしていた。

 

ヤン艦隊の幕僚の多くは銀河保安機構に出向することになるのだった。ちなみにその中にベルトラム准将は含まれていなかった。

 

演説が終わったことをマルガレータに教えてもらい、ヤンは耳栓を外した。

 

「本当に聴かなくてよかったんですか?」

 

「聴かなくたってトリューニヒトの考えていることは読めているよ」

 

「何でしょうか?」

 

「国家の解体さ」

 

「解体!?」

その過激な言葉にマルガレータは動揺した。

 

「今だって同盟、連合は各地方の権限が強いんだ。戦争が終われば軍や中央政府の役割は縮小し、その傾向はさらに強くなるだろう。帝国も今まさに地方分権を進めようとしている。その先にあるのは、国家など不要、星系同士が新銀河連邦の緩やかな管理の下に交流していけばいいという考えの台頭さ。汎銀河主義とでも言うのかな?」

 

「汎銀河主義……」

 

「トリューニヒトはそれを促進するような施策をこれから次々に行なっていくんだろうね。後世において人類唯一の統一政体新銀河連邦の初代主席として自らが賞賛されるために。トリューニヒトが初代主席になりおおせた時点で、彼は最終的な勝利に十歩も二十歩も近づいたんだ。人類の再統一がなされたのは、トリューニヒトのおかげだった。そう歴史書に書かれることを想像すると怖気が走るよ」

 

「そこまで……」

マルガレータは、ヤンが描いてみせた未来像と、ヤンのトリューニヒト嫌いの凄まじさに圧倒されていた。

 

「もっと怖気が走るのは、我々が銀河保安機構の実績をつくればつくるほどトリューニヒトの思惑通りになることさ。でも悔しいが、そうせざるを得ない」

 

ヤンがやめると言いださなかったことにマルガレータは安堵した。

 

ヤンは言った。

「まあ、そんな不愉快な話は一先ず置いておこう。戦いはこれで一件落着。保安機構に移る前に少し長めの休暇をもらうとするか」

ヤンは産まれた子供にようやく会えると内心ウキウキしていた。

 

「本当にすべて終わったのでしょうか?」

ヤンの心を知ってか知らずかマルガレータはヤンに疑問を投げかけた。

 

マルガレータの問いの意味がヤンにはわからなかった。

「どういうことだい?ルドルフ2世のことかい?それともユリアンのことかい?今心配してもしょうがないさ」

 

「いいえ、違います。宇宙は広いなと思ったのです」

 

「続けて」

 

「地球教団は月とシリウス星系の惑星の内部を拠点化していました。我々は今までそれを知りませんでした」

 

「そうだね」

 

「他にも何らかの勢力が隠れている余地はいくらでもあるなと思ったのです。惑星や衛星の内部、彗星の巣、褐色矮星系。身近なところでもシリウスのロンドリーナ」

 

「ロンドリーナ?」

シリウス星系の第6惑星ロンドリーナは、今や無人の惑星とされていた。人に代わり犬が生態系の頂点なのだ。

 

「ロンドリーナだっていつ無人になったのか正確なところはわかっていないじゃないですか?月のように、シリウス戦役後の戦乱を嫌った人々が地下に潜っている可能性だって調査はされていないのですから否定できません」

 

「まあ、ロンドリーナはウォーリック伯の提案で再開拓が行われるようになるようだから、その時の調査でいろいろわかるさ」

地球再建事業に隠れてはいたが、シリウス星系ロンドリーナも再開拓という名の再建が進むことになっていた。

 

「ロンドリーナの名を出したのは例えばですから。他にも無人の惑星なんて無数にありますからね」

 

「まるで陰謀論だけど……」

ヤンは否定の言葉を口にした。しかし、その陰謀論めいたことが地球教団に関しては実際に起きていたことを思い出し、ヤンは言葉を切った。そしてその代わりに言った。

「貴官の直感はよく当たるから怖いよ。予言者になるつもりかい?」

 

「予言じゃありませんよ」

 

同盟軍の某先輩の奥方のように「私は知っているんです」と言われたらどうしようかとヤンは身構えた。

 

「ただの可能性。ただの想像の話です。忘れてください」

マルガレータは笑ってそれきりその話は続けなかった。

 

ヤンは逆にその言葉に考え込んだ。

可能性。この世界ではなくても、どこかの並行世界ではそのようなこともあり得るかもと想像してしまったのだ。

しかしそれこそ無意味な想像であることに気づき、ヤンは現実に立ち返った。

 

「帰り着くまでに報告書を書き終えられるのかな……。というか、何だって元帥になってまで報告書を書かないといけないんだ!」

 

マルガレータがその言葉に反応した。

「しょうがありません。始末書でないだけ、よかったと思うべきです。ラムジェットエンジンを短期間で調達するため、勝手に大量の軍票を発行していたのですから。いくら権限が与えられていたとはいえ、ちょっとあり得ない額になり過ぎましたね」

 

「ヘルクスハイマー大尉、何とかしてくれ……」

 

マルガレータも、この数ヶ月の激動の中で成長していた。

「勿論私も手伝いますが、ラウエ先輩にまた誤解を与えてはいけませんので夜は早々に切り上げさせて頂きます。何卒ご了承ください」

 

ヤンにとって現実は世知辛かった。

 

 

 

トリューニヒトの連邦運営は、同盟も含めていずれかの国家に肩入れし過ぎるようなことがなかったため、意外なほどに好評であった。

トリューニヒトが主席を務めた期間は決して長いものではなかったが、ケッセルリンクに二代目主席の座が引き継がれた時には、新銀河連邦の存在は銀河に揺るぎないものとなっていたのだった。

 

 

 

地球再建事業は順調に進められた。

地球教団は宗教組織ではない形に再編された。地球教団という名を改め、地球財団という名になったのだった。

実のところ地球教団の最源流は、悪名高き北方連合国家宇宙軍が月面に遺した民の自治組織、互助組織にあった。それが時を経ていくうちに地球信仰と一体化し、宗教色を強め、ついには地球教団となったのである。

地球財団は、その地球教団を本来の姿に戻したものであるとも言えた。

 

……余談ではあるが、自由惑星同盟内の地球教団支部の一部では別の動きも生まれていた。信仰の対象を別の物に代える動きである。彼らはアッシュビー教団を名乗った。

アッシュビーは人類の危機に再臨する。アッシュビーは全てを見そなわす。アッシュビーは自ら助くる者を助く。

「アッシュビーは我らが父、アッシュビーを皆の心に」

同盟軍内にも信者を多く抱え、一大勢力を成していくのだが、それはまた別の話である。

 

地球財団のトップ、総書記にはユリアン・ミンツが就任した。ド・ヴィリエがいない今、組織として元地球教徒、現地球財団団員をまとめられる者など、結局彼しかいなかった。

地球財団の本部は月に置かれた。地球は再建事業によって大規模な改変がなされる為、本部などを置ける状況にはなかったからだ。

 

月と地球は合わせて「地球自治区」となり、新銀河連邦内での自治が認められた。

 

ユリアンは新銀河連邦高等参事官の職を兼任し、トリューニヒトの連邦運営に協力することにもなった。

 

 

地球と月には、綺麗な氷の破片のリング「銀環」が一時的に形成されていた。これは、ヤンの氷塊攻撃、「ジャン・ピエールの帰還」作戦が、作り上げたものだった。

そんなものは本来地球にあってはいけないものだと、地球財団員の中には当初ヤンに対して怒りを覚える者が多かった。

しかし、この氷塊が地球再緑化に使えることがわかり、怒りの声は鳴りを潜めた。ヤンの置き土産をも有効に活用して、地球の再緑化と海の浄化が急速に進められた。

空に鳥が、海に魚影が戻る日も近かった。

 

 

 

銀河開拓事業もその準備が進んだ。それを担う組織として銀河開拓財団が設けられた。

そのトップの理事長には、アーベント・フォン・クラインゲルトが連合軍を辞めて就任した。

 

地球教団が保持していた人類未踏領域への経路の情報は、銀河開拓財団に活かされ、その経路を通じて探査と開拓が進められることになった。

 

理事長補佐にはグリルパルツァーが就任した。彼は財団の探索部隊の隊長として、人類未踏領域に属する多数の星に実際に遠征を行なった。

彼は、何度目かの遠征で消息を絶つまでに、膨大な量の情報を収集、分析し、人類の知識と領域拡大に貢献することになった。

 

財団の事業として、無人の地となっていた新銀河連邦管轄地域の再開拓も行われ、惑星クラインゲルトにも再び人が戻ることになった。

 

 

 

軍事裁判の対象となった旧神聖銀河帝国の責任者は、全員が有罪となった。

主だったところで、刑罰は下記の通りとなった。

 

ルドルフ2世 終身刑

レムシャイド侯 終身刑

ド・ヴィリエ 終身刑

その他の内閣閣僚 二十年以下の懲役

 

服役囚の収容施設には引き続きモールゲンの収容所が使われた。

 

また、ルドルフ2世はその名を捨てさせられ、元のエルウィン・ヨーゼフの名に戻った。本人も名前にはさほどの執着がなかった。

 

ド・ヴィリエ派の地球教団の主教、司祭は軍事裁判では裁かれなかったものの、サイオキシンマフィアの一員として同盟の法律に基づき重い刑罰が下された。殆どの者は死刑だけは免れた。だが、その悪質さから死刑になった者も少数ながら存在した。

彼らを救えなかったことにユリアンは自らの力不足を痛感することになった。ユリアン以外の者にとっては当然の結果であっても、彼はそれに納得することができなかった。

 

デグスビイ主教とバーゼル夫妻の行方は杳として知れなかった。

 

多くの貴族は、軍事裁判の対象とならず、機を見て解放されたが、その後身の振り方に大いに悩むことになった。一部は連合に流れたが、多くの者はフェザーンが受け入れることになった。

 

ランズベルク伯は獄中で「神聖銀河帝国戦役史」を物した。

これは意外なほどの好評を持って迎えられた。ルドルフ2世と臣下の交流が美化されて書かれており、ルドルフ2世再度改めエルウィン・ヨーゼフに対する世間の目を多少なりと和らげる役目を果たしたのだった。

 

 

地球財団と銀河開拓財団はそれぞれ設立順に第一財団、第二財団と呼ばれた。

 

第一財団たる地球財団の任務は地球再建と、月本部における人類統合データベース事業、通称『銀河百科事典(エンサイクロペディア・ギャラクティカ)』である。これは元々月にあった地球アーカイブを拡張したもので、人類が銀河において生み出してきたあらゆるものを収集し、データベース化する事業だった。

 

第二財団たる銀河開拓財団が人類の未来を開拓するのに対して、第一財団たる地球財団は第二財団の開拓によって得られたものも含めて全人類の過去の知を蓄積し、人類の過去の殿堂としての役割を果たした。

 

第一財団、第二財団は「銀河の両端」と呼ばれ、長く、人類の繁栄を支えることになった。

 

 

また、地球アーカイブに蓄えられていた過去の知識についても再解析が進められた。その結果、人類が忘却した様々な知識が復活したのだった。その中には災いを生み出すものもあったが、希望となるものも確かに存在した。その一つが不妊治療に関する情報だった。この情報が現実の治療にも活かされたことで、銀河の不妊に悩む家族に福音がもたらされた。

その中にはジークフリード帝夫妻、ミッターマイヤー夫妻も含まれていた。彼らは実子を持つことができたのだった。

また、遺伝子治療に関する情報によって先天性の異常に対する根本的な治療も可能となりつつあった。例えば、容体の悪化していたヒルダの従弟ハインリッヒ・フォン・キュンメルに回復の可能性が出てきたのだ。

 

 

銀河保安機構は、急速にその陣容を整えた。予定通りヤンが長官に就任した。

 

警察組織の態をとっていたが、その構成人員の多くは軍の人間だった。

同盟のホーランド艦隊、連合のヤン艦隊、帝国の旧近衛艦隊がその中核をなした。フェザーンも小規模ながら艦隊を提供した。

ホーランド自身は同盟軍を離れなかったものの、その部下達の多くは保安機構に所属することになった。

 

保安機構は銀河を揺るがす有事に対応するための大規模な警備艦隊と別に、独立保安官制度を採用していた。

独立保安官は一定の裁量と、逮捕権を、新銀河連邦及びその構成国から認められていた。彼らは、銀河をまたがって行われる大規模犯罪や、テロに能動的に対応することが期待されていた。

 

マルガレータはこの独立保安官になった。

独立保安官のリーダーにはライアル・アッシュビーが任命された。

彼はその後、愛機ハードラックを駆って、フレデリカ・アッシュビーを公私のパートナーに、銀河を股にかけた活躍を続けることになった。まさにキャプテン・アッシュビーを彷彿とさせる活動を。

 

なお、ドワイト・グリーンヒルは血涙を流しながらフレデリカとの結婚をアッシュビーに許したという。

 

 

また、長官補佐兼情報部部長にオーベルシュタインが任命された。オーベルシュタインは銀河保安機構に居場所を変えて、国をまたいで未解決の様々な問題への対応を行うことになった。

 

ヤンは銀河保安機構発足の際に、オーベルシュタインに一言お願いをした。

「同じ新銀河連邦所属ということになるが、ユリアン・フォン・ミンツにはあまり関わらないでくれ」

オーベルシュタインは義眼をヤンに向けた。

「小官が彼を排除するとお思いですか?」

 

「いや、それは心配していなかったが。……心配になってきたな」

 

「今のところそのつもりはありません。ユリアンもルドルフ2世も。調査しなければならないこともできましたので」

 

「調査?」

 

「果たして大したことなのかどうか。判明しましたら報告させて頂きます」

 

「そうか」

ヤンはオーベルシュタインに任せることにした。

 

「それで、そのことでないのならどういうことでしょうか?」

 

「トリューニヒト、ルビンスキー、レムシャイド、ド・ヴィリエ、メルカッツ元帥……ユリアンが多少なりと師事した者達の名だ」

 

「少なくとも一人抜けておりますが、錚々たる顔ぶれというべきでしょうな」

 

「これに貴官も加わるとなると、何かが完成してしまう気がする」

 

「……手遅れでしょう。今更小官がどう関わろうと、もはや大して関係ないかと」

 

「やっぱりそうだよな……」

ユリアン更正の可能性を否定され、ヤンは項垂れた。

 

銀河保安機構の設けられたアルタイルと太陽系の距離は近かった。オーベルシュタインは調査のために月に立ち寄ることが多く、結局ユリアンとの関わりも相応に発生した。それはまたユリアンに学びの機会を与えることになったのだった。




次話、エピローグ(2話に分割)

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