時の女神が見た夢   作:染色体

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第二部開始時点情報整理

・登場人物(独立諸侯連合)
クラインゲルト伯:伯爵、独立諸侯連合盟主(国家元首)
ハーフェン伯:伯爵、外務卿
ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリング:男爵、軍務卿
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ:元帥、宇宙艦隊総司令官兼第一防衛艦隊司令官
アーベント・フォン・クラインゲルト:大将、連合軍統帥本部次長、連合盟主の息子
カール・ロベルト・シュタインメッツ:中将、第二防衛艦隊司令官
ウルリッヒ・ケスラー:中将、第三防衛艦隊司令官
ヨハン・フォン・クロプシュトック:伯爵、大将、第四防衛艦隊司令官、歴戦の猛将
アリスター・フォン・ウォーリック:男爵、大将、第五防衛艦隊司令官、「730年マフィア」ウォリス・ウォーリックの息子
パウル・フォン・オーベルシュタイン:少将、連合軍情報局長、帝国軍より亡命
ワルター・フォン・シェーンコップ:准将、ローゼンリッター第二連隊隊長
ヤン・ウェンリー…元同盟軍提督、奇跡のヤン(ヴンダー・ヤン)、魔術師ヤン(ヤン・デア・マギエル)と称揚される。現在療養中
ローザ・フォン・ラウエ:少佐、ヤンに救われたことがある、現在ヤンの護衛役

・第二部開始時点での同盟軍正規艦隊リスト
第一艦隊司令官 クブルスリー
第二艦隊司令官 パエッタ(再建中)
第三艦隊司令官 ウランフ(転任)→ホーランド
第四艦隊司令官 パストーレ(第3次アルタイル星域会戦で死亡)→アル・サレム(稼働状態に移行中)
第五艦隊司令官 ビュコック(稼働状態に移行中)
第六艦隊司令官 ムーア
第七艦隊司令官 ホーウッド(転任)→アッシュビー
第八艦隊司令官 アップルトン
第十艦隊 ボロディン(稼働状態に移行中)
第十一艦隊 ウランフ(新規編成中)
※同盟軍は銀英伝史実より正規艦隊数が少ない



第二部 1話 連合の方針と初戦

宇宙暦796年/帝国暦487年10月15日

独立諸侯連合 連合行政府(キッシンゲン星域)

 

独立諸侯連合は、宣戦布告を行ってきた同盟への対応に追われていた。その日は連合の対同盟の方針を決める会議が開かれていた。参加者は以下の通りであった。

盟主:クラインゲルト伯爵

外務卿:ハーフェン伯爵

軍務卿:カイザーリング男爵

第一防衛艦隊司令官兼宇宙艦隊総司令官:メルカッツ元帥

第二防衛艦隊司令官:シュタインメッツ中将

第三防衛艦隊司令官:ケスラー中将

第四防衛艦隊司令官:クロプシュトック大将

第五防衛艦隊司令官:ウォーリック大将

統帥本部総長:ブルクハルト・フォン・エーゲル元帥

軍情報局長:オーベルシュタイン少将

 

オーベルシュタインが情報局の代表として報告を行っていた。

「情報局の調査によれば侵攻規模は最大8個艦隊10万隻規模と推定されています」

クラインゲルト伯が嘆息した。

「10万隻……先の帝国の侵攻と同規模か。対するに我々は損傷艦、鹵獲艦の再戦力化を進めたとはいえ、5万隻弱。流石に帝国軍に対したのと同じ戦略は使えまいし如何したものか。外務卿、同盟は本当に連合の滅亡を望んでいるのか?領土割譲なり何なり、何か要求を行って来てはいないのか」

「ありません。既に弁務官は帰国しましたし、非公式のルートで問い合わせを行っても無条件降伏を要求されるのみでした。状況が大きく変わるまで、同盟は聞く耳を持たないでしょう」

オーベルシュタインは補足の説明を行なった。

「8個艦隊とは言っても、動員体制が整ってからのことです。同盟の正規艦隊は、先に正規艦隊から外された連合駐留艦隊を除いて現在11個艦隊。その7割を派遣するには相応の準備が必要です。同盟は財政均衡のため、再編中の艦隊を含めて約半数を非稼働の状態に置いていました。それを実戦に耐える状態にするには最低でも4ヶ月はかかると推定されています。まずは4個艦隊5万隻程度に対処すればよいのです」

「つまりは今回も各個撃破が可能というわけか」

諸将の顔に理解の色が広がった。

「それだけではありません」

オーベルシュタインは続けた。

「同盟は民意で動く国です。同盟市民は今新しい英雄の出現に熱狂状態にあります。しかしそれは一時的なものです。市民の熱狂を維持するには4ヶ月も経たずに何かしら勝利を上げる必要があるでしょう。連合としては、彼らに勝利を許さないことが重要です。さらに、アッシュビーを名乗る男を戦場で討ち取ることが出来れば、同盟市民は継戦意欲を失うでしょうな」

南部に引き続き駐留しているウォーリックがスクリーン越しにオーベルシュタインに尋ねた。

「ヤン提督の様子はどうだろう。協力しては頂けないのか」

「大分回復されたのですが、本人が引退を望んでいます」

「ヤン提督の智謀と用兵があれば心強かったのだが」

「ヤン提督の説得には情報局が引き続き当たりましょう。しかし、当面はヤン提督に頼るのは難しいでしょうな」

 

メルカッツが話を戻した。

「今モールゲンには同盟軍二個艦隊が詰めているが、さらに二個艦隊が到着するのにどれだけの時間が必要か」

「あと一週間ほどで到着です。ライアル・アッシュビーと一緒にです」

クロプシュトックは渋面をつくった

「こちらから仕掛けても到着までには間に合わないか。今思えばトリューニヒト氏の演説の後すぐにでも仕掛けるべきだったかもしれませんな」

ハーフェン伯は溜息を吐いた。

「同盟の真意がわからない状態で不用意な行動は出来なかった。仕方あるまい。戦わないで済ませられるのが一番良かったのだから」

 

ここでエーゲル元帥が提案を行った。

「まだ遅くはない。到着した二個艦隊が完全に体制を整える前にモールゲンで決戦を強いればよい。モールゲンを奪いイゼルローン回廊を抑えることができれば、守りやすくもなり、同盟市民の厭戦感情も増すだろう」

これにメルカッツも同調し、具体的な作戦に関しては司令官の打ち合わせに委ねられることになった。

 

クラインゲルト伯が話題を変えた。

「フェザーン及び帝国の動向はどうか?」

ハーフェン伯が答えた。

「帝国はご存知の通り皇帝が死に、内乱が起きようとしています。先の敗戦もありますし、連合、同盟いずれにも関わる余裕はないでしょう。フェザーンは帝国への交易路解放を求めて来ました。フェザーンとしては稼ぎ時ですからな。通行料を得た上で許可を行なっております」

フェザーンの動向には引き続き注意を配ることとなった。

 

会議も終わろうという時、思案顔をしていたウォーリックが提案した。

「今後のための政治的な布石を打っておいてもよいのではないでしょうか」

殆どの者が怪訝な顔をした。

「布石?」

「ええ。帝国軍と一時的に休戦しましょう」

「「休戦!?」」

皆が驚いた。ハーフェン伯が代表して尋ねた。

「同盟と戦端が開かれようとしている時だ。それが可能なら勿論そうすべきだろうが、帝国は認めるまい」

「帝国には建前がありますからな。なので、休戦するのは軍同士、しかも一時的にです。1年ほどでしょうか」

ハーフェン伯は考え込んだ。

「ふむ、戦力を集中できるだけでなく、その事実自体が同盟への牽制にもなるか」

「ええ、それだけでなく、今後の帝国との関係を変える契機にできるかもしれません。同盟が敵となった今、連合が生き残るには必要なことかと」

クラインゲルト伯が口を開いた

「……なるほどな。いいだろう。それで帝国軍の誰に接触する?そして誰が行く?」

「接触するのは勿論ローエングラム伯です。選択肢はそれ以外にありません。内乱においてもおそらく彼が属した陣営が勝つことになるでしょうから。そして接触するのは……」

オーベルシュタインが立候補した。

「小官が行きましょう。情報局としても彼の為人を見極めたく存じます」

調整の結果、オーベルシュタインと、軍務省よりアーベント・フォン・クラインゲルト統帥本部次長が銀河帝国に出向くことになった。

 

4日後、宇宙暦796年/帝国暦487年10月19日、メルカッツ、クロプシュトック、クラインゲルト、シュタインメッツの4個艦隊4万1千隻が同盟領モールゲンに向かった。モールゲンで迎え撃つ同盟艦隊はムーア、アップルトン、ホーランド、アッシュビーの4個艦隊5万隻と考えられた。

さらに3日後、帝国軍と事前交渉を済ませたアーベントとオーベルシュタインが帝国首都オーディンに向けて密かに出発した。

 

連合艦隊は事前のスケジュール通り順調にモールゲン星域に向かっていた。しかしその途上、連合領内ドヴェルグ星域にワープした連合艦隊は、直後に奇襲を受けることになった。ワープ先に潜んでいたアッシュビー率いる高速戦艦中心の一個艦隊が、メルカッツ艦隊に突撃を行ったのだった。ワープ直後で艦列の乱れていたメルカッツ艦隊は奥深くまで突入を許した。アッシュビー艦隊はメルカッツの乗る旗艦ネルトリンゲンを目指し突き進んだ後、艦隊を突き抜け、そのまま離脱した。ネルトリンゲンも砲撃を受け、メルカッツは一命をとりとめたものの重傷を負った。

総司令官の負傷により、連合艦隊は一旦撤退をせざるを得なくなった。

 

このアッシュビーの活躍に、同盟市民の戦意は高揚し、継戦意欲を挫くという連合の目論見は失敗に終わった。

 

奇襲を成功させて帰路に着いたアッシュビー艦隊旗艦ニュー・ハードラックでは、ライアル・アッシュビーがヘイゼルの瞳を持った副官と会話していた。

「うまくいったな。メルカッツを討てたかどうかはわからないが無傷ではあるまい。これであの頑迷な3人も、俺の言うことに少しは従うようになるだろう」

「しかし、ここまで露骨にやっては、タネに気付くものが連合内に出てくるかもしれません」

副官、フレデリカ・グリーンヒル中尉の懸念にアッシュビーは答えた。

「今回の連合軍の航路はモールゲンまでの最短経路だった。そこで待ち伏せを行うのはおかしな話ではないだろう?「偶然」連合の索敵に引っかからず、「偶然」メルカッツ艦隊を狙うのに適した場所にいただけの、ただの不運だと考えるだろうよ。それにある程度気付かれたところで短期間には対処のしようがない。勝負は次の一戦でつくのだし。名将メルカッツを欠いた連合に為すすべはあるまい」

「ヤン・ウェンリーが連合に加担した場合はどうでしょう?」

フレデリカはその名前を出した時、何故か奇妙な感覚に囚われた。おそらく、敵将として語るのに慣れていないからだろうと一人納得した。

「確かにヤン・ウェンリーは恐るべき戦略家だが、事はもう戦術レベルの話になっている。手品のタネ等関係なしに、戦術レベルの戦いで俺は誰にも遅れをとるつもりはない」

それがアッシュビーの名を継ぐ俺の自負だ、とアッシュビーは口に出さずに考えた。

フレデリカは冷やかと言っていい態度で応じた。

「そうであれば良いのですか」

「副官殿はまだ心配のようだ。どうだ? 410年ものには及ばないだろうがよいワインがある。俺と君は運命共同体だし、「エンダースクール」の先輩後輩の間柄だ。俺の部屋でもう少し親睦を深めないか?」

フレデリカは上官を睨みつけた。

「遠慮しておきます」

 

立ち去ったフレデリカを見ながら、ライアル・アッシュビーは思った。気の強い女が好きなのも、戦いに血が滾るのも、ブルース・アッシュビーの血のせいだろうか、と。本物のアッシュビーと違い利用される立場の俺だが、戦いの現場では誰の掣肘も受けるつもりはない。せいぜい好きにやらせてもらうとしよう。

 

フレデリカは一人廊下を歩きつつ考えていた。

彼女は上官が時折見せる昏い表情が気になっていた。

彼が抱えているものは何だろうか。……でもそれに関して当面私にできることはないのだろう。私は自分の仕事を果たすだけだ。

そう思いながら、計算機室へと入っていった。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年11月3日、同盟軍はモールゲンを出発し、連合領侵攻を開始した。

 

宇宙暦796年/帝国暦487年11月10日、帝国軍と連合軍の間で1年を期限とする休戦条約が締結された。

同11月11日、同盟軍により連合領ドヴェルグ星域が占領された。

 

同盟軍は艦隊を分散させず、また、侵攻経路にある連合の軍事基地を確実に潰していった。このため侵攻速度は意外なほどゆっくりとしたものだったが、連合は確実に追い詰められていた。


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