モンハンやってて思いついた、IFの話です。

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モンハンやってて思いついた、IFの話です。


待ってます

待ってます

 

「私、待ってますね」

 

そう言って、私は彼をまっすぐに見つめた。

 

「いつもと同じです。 帰ってきて、一杯お話を聞かせてください」

 

そう、いつもと同じ。

 

「…信じてますから」

 

無口で無愛想な、職人の方が向いてそうな、彼。

どのクエストに行くときも、言うことは同じ。

 

「…あぁ」

 

これだけ。

 

それだけ言って、彼はどこかへ行き、帰ってくる。

大きな戦果を持ってきて。

多くの話を持ってきて。

 

そんな彼を私は心底信頼し、いつの間にか心配することなど無くなっていた。

きっと、どこで何をしようとも、そのうちヒョッコリと帰ってくる。

 

何の疑いもなく信じ、そして彼の求めるままに危険なクエストを数多く準備した。

それがどれだけ愚かなことだったか、気付いたのはつい最近。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、あなたが団長さんの言っていた新人ハンターさんですね? よろしくお願いします!」

 

彼は、初めっからあんな調子でした。

 

「………」

 

「え、えーと…、私は団長さんの旅団の看板娘をしている者です! 見事入団テストに合格したら、私が様々なクエストを貴方に持ってきますので、よろしくお願いします!!」

 

「………あぁ」

 

最初はムッとしました。

こっちは自己紹介してるのに、アッチはただの一言のみ、名前すら教えてくれない。

まぁ、後で団長さんから名前は教えてもらいましたけど。

それにしても、礼儀知らずな人だと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと…、それでは入団テストのクエストを発注します。 内容はこんがり肉、もしくは生焼け肉の納品です。 それでは、いってらっしゃい!!」

 

「………あぁ」

 

はぁー、この人は…。

何を言っても「あぁ」としか言わないのかしら。

 

(楽といえば楽なんだけど…、これじゃあ私の夢が果たせないじゃないですか)

 

そんなことを思っていると、いきなり横から声をかけられた。

 

「おう、どうだった? 期待のハンターは」

 

私たちを率いる旅団の団長さんです。

豪快な笑い声が特徴的な、無謀とも言えるほどの飽くなき挑戦心をもつ人です。

 

「うーん…、腕の方はなんとも…ただ…」

 

「ただ?」

 

「なんというか、無口すぎて意思の疎通が図れないというか…今後どう接したらいいのか分からなくって…」

 

そう言うと、団長さんはいきなり大声で笑い出しました。

 

「ハーッハッハッハ!! 何を言うかと思ったら! そんなこと気にする必要はない。 アイツはしっかりお前のことも見ているさ。 なぁに、すぐになれるってもんだ。 鍛冶屋のヤツも、今じゃ俺たちの立派な家族じゃねぇか!」

 

あ、そういえばそうでした。

私たちと旅をしてきた鍛冶屋の人。

彼も最初…というか今もすごく無口で、何を言ったらいいのか悩んだものだ。

だけど、今はもう溶け込んでいる。

 

…だったら、彼もそのうち大丈夫になるのかな…。

 

「…わかりました! 悩んでても仕方ないですし、とにかく頑張ってみます!!」

 

「おう、その意気だ! お前さんなら大丈夫さ、できるできるッ!! ハーッハッハッハッ!!」

 

高笑いをあげながら、団長さんは私にそう言いました。

そうですよね、ここで私がへこんでても仕方ないです。

彼のためにも、そして私の夢のためにも、ハンターさんのことを精一杯応援します。

 

「この場所でですけどね!」

 

「…どうした、いきなり」

 

「あ、鍛冶屋のお兄さん。 いえ、気にしないでください。 ただの独り言ですよ」

 

「…そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が見事に合格し、私たちの一員になってから、もう数か月経ちました。

彼は今、ケチャワチャという悪戯好きなモンスターを狩りに行っています。

 

彼は実に優秀なハンターでした。

初心者とは思えないほどの腕を持っているようで、毎回必ずクエストを成功させて帰ってきました。

しかも、メインクエストだけでなく、クリアする必要もないサブクエストまで見事にクリアさせてくるんです。

 

しかも、いつも疲れたような様子も見せず、涼しい顔をして帰ってくるんです。

だから私も、すっかり安心しきってクエストをドンドン持ってきてます。

 

 

 

「おぉ! 帰ってきたか我等のハンター!!」

 

「…ただ今戻りました。 …団長殿」

 

あ、彼が帰ってきました。

 

様子から見て…、また大成功なのでしょう。

おや、しっかりとケチャワチャからダウンもとってきたようです。

彼が持っている独特な色をした背毛が証拠になっています。

 

団長さんからの労いの言葉を聞きながら、報酬の方を受け取っています。

今回は対象が大型モンスターでしたから、きっと報酬も大きいのでしょうね。

心なしか、彼も喜んでいるように感じます。

 

 

 

…と、いけないいけない。

私も準備しなくちゃ。

確か、彼がこのクエストをクリアしたら、ナグリ村というところに向かうんでした。

書類をまとめて、看板を畳まないと。

 

「えっと、用紙はここに入れて…クエストのメモは…えぇい! このまま畳んじゃえ!」

 

途中めんどくさくなって、私は看板に貼ってあったクエストのメモをすべてとらず、そのまま畳もうとしました。

 

「よい…しょっと! よし、これでかんりょ…ありゃ?」

 

作業が完了したと思ってたら、何か引っ張られる感覚がして、見てみると私の首飾りが看板に引っかかってました。

 

「…取れるかな。 よい…しょ…うーん! うーん! うん…しょ! キャァ!?」

 

無理やり取ろうとして思いっきり引っ張ると、畳んだ看板が勢いよく戻ってしまい、私は反動で尻餅をついてしまいました。

いたた…、はぁ。

もう一回畳まないと。

しかも用紙が散乱しちゃったし…。

 

「はぁー…やっちゃった…」

 

「…どうした?」

 

「にゃぁあ!!?」

 

ため息をついた時に突如後ろから声をかけられ、思わず変な声が出てしまいました。

後ろを見ると、ハンターさんが立ってました。

 

「な、なんだ、貴方ですか…びっくりしました…。 いえ、ちょっと用紙が散乱してしまいまして」

 

「そうか…手伝おう」

 

いきなりそう言うと、彼は周りに散らばっていた用紙をまとめ始めました。

 

「ちょ! だ、大丈夫ですよ。 私がやってしまったんですから」

 

「…気にするな。 暇だったんだ」

 

あ、そうですか。

だったら、遠慮なく手伝ってもらいましょうか。

 

「えーと、でしたら…そこの方をお願いします」

 

「わかった」

 

簡単な相槌を打つと、彼はそのまま作業を始めました。

…でもなんだろう。

何か違和感が…、動きがぎこちない?

 

(もしかして、クエストの疲れが残っているのかな…だとしたら、やっぱり休んでもらって…)

 

「おい、これはどうしたらいいんだ?」

 

「えっ!? は、はい。 それは…って、ソレはだめです! 返してください!!」

 

彼が持っていたものを見て、つい反射的に叫んでしまいました。

彼が持っていたもの。

それは私がいつもメモをしている、モンスターに関するデータの一部でした。

 

正直、とても人に見せられるものでは無かったので、とても恥ずかしかったです。

団長さんにすらメモをしていることは言っていても、中身を見せたことはなかったのに…。

 

「…これは?」

 

「…わ、私の作っている…モンスターに関するデータです…。 あまり、見せられるものではないのですが…」

 

彼はきっと笑うでしょうね。

それはそうでしょう。

私の書いているものは、図鑑を見れば簡単に知ることができるだろう情報ばかりで、しかも粗雑で微妙な出来栄えなんですから。

まぁ、笑わないにしても微妙な表情をするだけ…。

 

って、アレ?

なんでそんなに凝視してるんですか?

ちょっと、すごい恥ずかしいんですけど。

 

「あ、あはは…。 そ、そろそろ返して欲しいんですけど…」

 

「ッ! あぁ、済まない。 かなりデキのいいものだったんでな…つい見入ってしまった」

 

「…え?」

 

「いや、だから。 データがうまく纏められて、感心していたんだ。 将来は学者にでもなるのか?」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

あまりに予想外な返答だったので、つい大声を上げてしまいました。

彼も目を白黒させてしまっています。

 

「あ、あぁ…。 書いている内容も奇抜なものが多くて…すごくためになる。 実際に見ている俺ですら…知らないことが書いてあった」

 

「ありがとうございます! わ、私…コレをほめてもらえるの初めてで…。 あ! もしよろしければ、他のものも見てみますか!?」

 

「…そうだな、できれば見せて欲しい…。 …だが、まずやるべきことがある」

 

「え? なんですか?」

 

私が首をかしげると、彼は左方向を指さして厳かに言いました。

 

「…荷造り」

 

あ、完全に忘れてた…。

すいません、皆さん。

 

 

 

「フォフォフォ…なんとも、楽しそうな旅団じゃな!」

 

商人のおじいちゃんが大声を上げて笑っている中、私とハンターさんは急いで荷物をまとめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、アプノトスは一度縄張りから逃げても、数時間経つと元の場所に戻っているのか」

 

「そうなんです! 彼らは逃げるのに精一杯ですが、食べるのにも一生懸命な種族なんです!」

 

ナグル村への移動中、私とハンターさんは私が書いたデータの話で盛り上がっていました。

彼は今まで聞いたことがない情報を真剣に聞いてくれて、私も我を忘れて一生懸命説明しました。

 

「…ホントにうまく纏められている。 なぁ看板娘さん」

 

「はい?」

 

「もう一度聞くが、将来町にでも行って学者になろうとしてるのか? 正直、これだけの情報収集力があったら、今すぐにでもなれると思うが…」

 

なるほど、彼が言うことは最もです。

普通モンスターの情報を趣味でまとめてる女の子なんていませんし、たいていの人はそう思うでしょう。

 

しかしですねハンターさん。

私はちょっと違うんです。

 

「いえ、学者になるつもりはないんですよ」

 

「…だったら…」

 

「ハンターさん。 私の夢はですね、世界中のモンスターの情報を集めて、自分だけのオリジナルの図鑑を作ることなんです!」

 

「………」

 

「変な趣味だと思いますか? まぁ、普通はそうでしょう」

 

昔、家族にこのことを言ったら鼻で笑われてしまったことがありました。

そんなことやったって、何の得にもならないって。

別に、損得のためにやってるんじゃないのに、なんでそんなことを言うのか理解できなかったです。

 

…いえ、理解したくなかったのかも。

私の行動は、悪く言えば奇人変人のすることです。

社会的に認められないことを、一生をかけてやるなんて。

まず、常人なら考えないのでしょうね。

どうせすぐに辞めるだろうと、見向きもしないでしょう。

 

…でも彼は、私から視線を外さずに聞いてくれています。

だから私も、彼をまっすぐ見据えました。

とにかく、彼に伝えたかった。

 

「ですけど、これが私の夢なんです。 別に見返りなんて求めていません。 ただ、自分だけの宝物を作りたいんですよ。 …どうです? やっぱり変でしょうか?」

 

「…いや、変じゃない」

 

彼は、迷いなくそう言いました。

私の目を見て、一切の揺らぎなく。

その姿からは、団長さんとも、鍛冶屋のお兄さんとも違う「男らしさ」が感じられました。

 

…なんでしょう、体が熱くなるような気がします。

 

「人間なんてそんなものだ。 誰もかれも、自分の欲求を満たすためだけに生活している。 それが社会に反映されるかどうかの違いだけだ」

 

彼の少ない言葉が私の体の中に染み込んでいくように感じます。

なんだろう。

なぜ、彼の言葉だけでこんなに嬉しくなるのでしょう。

 

認めてくれたから?

いえ、違います。

それだけじゃない、もっと…こう…。

 

(ううん、今はそんなこと考えないでおこう。 今は、ただ彼の言葉が聞きたいです)

 

「俺もそうだ、単なる自己満足のためだけにハンターをやっている。 そこでたまたま、アンタ達と出会えたってだけだ…」

 

私から視線をそらし、月を見上げて彼はそう言いました。

砂漠の中、団長さんのイビキ以外に音はなく、まるで彼と私だけしかいないような気がしました。

 

「それに…」

 

「それに?」

 

「…それを言うなら…学者なんて、変人ばかりだろう」

 

あはは。

耐えきれなくなって、思わず吹き出しちゃいました。

ハンターさんったら、いきなり何を言い出すかと思ったら。

 

「フフ…ハンターさんったら…、そんなこと言ったら学者さんに失礼ですよ?」

 

「…別にいいさ。 特に違いはないだろう…」

 

いきなり笑い出した私を一瞥して、彼はまた空を見上げました。

そんな姿が、私にはとてもきれいに見えて…。

 

「………」

 

「…どうした?」

 

気付いたら、彼にもたれかかっていました。

 

「フフ、ちょっと眠くなっただけです。 肩を貸してもらえますか?」

 

「………あぁ」

 

 

 

そこで、私の一日は終わりました。

あの日の何とも言えない充足感と高揚感は、今もしっかり覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナグリ村に着いてから、私は彼とある約束をしました。

簡単な約束です。

 

帰ってきたら、相手をしたモンスターの特徴を細やかに話してもらうこと。

今まではちょっと遠慮がちであまり聞けなかったのですけど、あの夜以来多少はお話もできるようになったので、思い切って頼んでみたんです。

彼も「…それくらいなら」と快く了承してくれました。

これで私の夢も現実的なものになってきたんです!

 

「…看板娘さん。 次はこれを頼みたい。 出発は明日だ」

 

「あ、はいわかりました! えーと…、ケルビの角三本…ですか。 あれ、なんで今更こんな簡単なクエストを?」

 

「…アンタ、この前言ってただろ。 ケルビの走り方について、もっと調べたいと」

 

ちょ、ちょっと感激しちゃいました。

まさか、私のためにこのクエストを!?

 

「そ、そんな悪いですよ! ケルビくらいなら私も休みの時にちょっと出かければ…」

 

「…やめておけ。 いつ大型が出てきても可笑しくないところだ。 それに、俺は秘薬の調合練習のために角が欲しいんだ。 アンタのことは、ついでだ」

 

…ふーん。

気にしてくれているのか、いないのか。

でも、なんにせよそんな言い方はないんじゃないでしょうか?

そんなんじゃ、恋人なんてできないですよ?

 

…あ、そうだ。

 

「でしたらハンターさん!」

 

「…なんだ?」

 

「ケルビの走り方を見てきたら、私の目の前で真似てみてください! そうですね…できたらしっかり四つん這いになってほしいです」

 

「…いや、それは…」

 

おや、あまりいい反応ではないですね。

…あ、忘れてました。

 

「そうですよね、真似てくださったのに名前が書いてなかったらハンターさんも不本意ですよね。 分かりました、記録を書くときには必ずあなたの名前を書かせてもらいますね!」

 

「………勘弁してくれ」

 

あ、あら?

これもいけないのかな。

だとしたら…、うーん、どうしようかな。

 

 

 

「あ、ハンターさーん!」

 

 

 

彼をどうやって説得しようか悩んでいると、彼の背後から元気な声が聞こえてきました。

見ると、このナグリ村で知り合った加工屋の娘さんが走ってきていました。

彼女はハンターさんのもとまで一直線に走ってくると、そのままハンターさんに抱きつきました。

 

彼女は、ハンターさんがテツカブラを見事倒し、ナグリ村の人々にやる気を戻した時から彼に懐いています。

何時もこうやって、彼を見かけると全力で走ってきて、彼の懐にダイブしてきます。

 

「…どうした?」

 

「えへへー、ハンターさんが帰ってきてるって聞いて、ここまで会いに来たんだよ! それで、この前退治してきたモンスターについて聞かせてよ!」

 

嬉しそうにそう言って、彼女はハンターさんの腕を掴んで引っ張っていきます。

…なんでしょう、あまりいい気分はしません。

 

「…いや、だが…」

 

「それに、アッチでご飯も作って置いてあるんだよ! ハンターさんのために、私一生懸命作ったんだから!」

 

そう言って、彼女はさらに強く彼を引っ張ります。

心なしか、その顔は若干赤くなっているように感じます。

…もしかして、彼女は…。

 

「ね、いいでしょ? 一緒にご飯食べよ?」

 

「…うーん、しかし…」

 

あぁ、ハンターさんも困ってしまっています。

ここはひとつ、私が助け船を出しましょうか。

ハンターさんは、彼女の誘いにあまり乗り気ではないようですし、どちらかというと私とのお話がしたいと見えます。

だったら、彼女には今回は引いてもらいましょう。

 

 

 

 

 

「えーと…娘ちゃん?」

 

「? どうしたの、看板のお姉ちゃん?」

 

そうですね、ここはビシッと言いましょうか。

私は彼とお話をしたいんです、今日は我慢してください、と。

 

 

 

「いいですよ、私のことは気にしないで、彼と行ってきてください」

 

 

 

あ、あれ?

違うでしょう、私。

ここはビシッと…。

 

「…いいのか?」

 

「…えぇ、早くいかないと、ご飯も冷めてしまいますよ」

 

えーと、なんで許しちゃってるんでしょう?

私自身、よくわかりません。

 

「ホントに!? ほら、お姉ちゃんも良いって言ってくれてるんだし、一緒に行こうよ!!」

 

私が促した途端、彼女は満面の笑顔でもう一度彼を呼びました。

今まで、私も団長さんも、鍛冶屋の方でさえこんな誘いを受けたことはないのに…。

 

彼女がハンターさんにどんな感情を抱いているのか明らかでしょう。

お食事に誘うのも、おそらく…。

 

…すごく、モヤモヤします。

こんな不快な気分になるのは、生まれて初めてです。

彼に一緒にいて欲しいのに、なぜ行っていいと言ってしまったのでしょうか。

 

遠慮?

違います。

思わず出てしまったんです。

なんというか…、ここで彼を困らせてはいけないと…思ったというか…。

とにかく、私は一歩引いてしまいました。

 

「…分かった。 娘、連れて行ってくれ」

 

「! うん、わかった! じゃあね、お姉ちゃん!」

 

彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべ、彼を連れて行ってしまいました。

行ってほしくないのに、逆のことを言ってしまったのです。

 

…今度、お料理でもしてみましょうか…。

 

 

 

 

 

「…うーん、なるほど…。 ウチの娘っこは、他人の気持ちを察知するのは得意だが、自分のことはからっきし…ってとこか」

 

「ニャ、そのぶん自分の気持ちが整理できていニャいから、ニャグリの娘にも彼を譲ってしまったのニャ」

 

「…なんとか…してやりたいものだ…」

 

「フォフォフォ! いやぁ、青春しとるなぁ! フォーフォフォフォ!!」

 

看板娘が自分の気持ちに疑問を抱いている中、他の旅団のメンバーは先ほどの一部始終を見て、そんなことを言っていた。

ちなみに、件のハンターは食事を終えた後、直ぐに看板娘のもとへ行き、前のクエストで見つけたモンスターの特徴をこと細やかに話していた。

そんな彼に、看板娘は大いに喜び、いつも以上に筆を走らせていたようだ。

しかもその顔は、先ほどのナグリの娘以上に真っ赤だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴア・マガラ…ついに来ましたね! 未知のモンスター、生態は、動きは、どんなものなのでしょう!? すごく気になります! ハンターさん、ちゃんと帰ってきて、私に全てお話してくださいね!」

 

「………あぁ」

 

次の村に着いてからまた数か月が経ちました。

ナグリの娘さんが着いてくると決まった時は、またなんともいえない気持ちになりましたが、引っ込めてしまいました。

ここで理由もなく反対して、皆さんを困らせるわけにもいかないので。

…あれ、なんで私が彼女の同行を否定するのでしょうか?

わ、わけわからないです!

 

さて、そんなことより。

今回彼が受注するクエストは、全く未知のモンスターであるゴア・マガラという真っ黒なモンスターです。

この村に着く前に一度船の上で見かけたのですが、あの時は雨天で視界も悪く、あまり見ることはできなかったのです。

くぅー、悔しいです!

 

悔しいので、ハンターさんにはぜひ、あのモンスターのすべてをお話ししてもらいたいと思っています。

あー、楽しみです!

 

「…浮かれているのか?」

 

あ、ばれちゃいました。

 

「す、すいません。 未知のモンスターのことを聞くと、どうにも浮かれてしまいまして…しかもその情報を、私のメモ帳にまとめることができるなんて…夢にも思っていませんでしたから!」

 

「…そうか」

 

彼は素っ気ない対応をすると、村の出口に向かいました。

もう覚悟はできているのでしょう。

いつものように。

 

「…ハンターさん」

 

「…なんだ?」

 

だったら、私もいつものように見送りましょう。

そして、待ちます。

いつものように。

 

「ハンターさんなら大丈夫です。 どんなに強いモンスターだって…しっかり倒して戻ってこれます。 貴方なら、できるできる!!」

 

「………フ…、ハハ…」

 

あ、笑いました。

もう、こっちはしっかり応援してるのに。

これでも、結構緊張してるんですよ?

 

「わ、笑うことないじゃないですかぁ…」

 

「いや、余りにも似ていないのでな…。 それ、団長殿の真似だろう?」

 

「そ、そうですけど…。 とにかく、私はいつも応援してますからね!」

 

「ここで、だろう?」

 

「はい! ここで、です!!」

 

軽口を飛ばしあって、彼は門の外へ行きました。

大丈夫、彼ならちゃんと帰ってきます。

信じてますから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クエストから数日後、彼は見事帰ってきました。

筆頭グループですら達成できなかった、ゴア・マガラ討伐を果たしてです。

彼はいつものように自慢もせず、報酬を受け取るとそのまま自室に帰ってしまいました。

 

筆頭リーダーさん達が何か言っていましたが、あまり聞いていなかったようです。

話が終わる前に、そそくさと部屋を出て行ってしまっていましたから。

リーダーさんも団長さんも、そんな彼を見て「アイツらしい」と笑い合っていました。

 

 

 

さて、私はそんなハンターさんのために、ちょっとした用意をしていました。

ジャーン、モスポークとシモフリトマトのサンドイッチです!

いやぁ、料理なんて始めてったので時間がかかってしまいました。

ほ、本来はもっと豪勢なものにするはずだったんです。

ただ…、何度もお肉は焦がしてしまいますし…味はしませんし…ものすごいものしかできなかったんです…。

 

それで、やっとできたのがこのサンドイッチ、というわけです。

も、文句なんて言わせませんよ!

メモ以外であんなに頑張ったの、生まれて初めてだったんですから!

 

 

 

よし、彼の家までやってきました。

…なぜ緊張しているのでしょうか。

手が震えています。

 

(こ、こんなとこで止まってても仕方ないでしょう! これはお礼、いつものお礼です! 別にそれ以上の物はないんですから!!)

 

そう思い、覚悟を決めてノックをしました。

…反応がありません。

もう一回、もう一回…何度もノックしましたが、彼出てきません。

ていうか、声すら聞こえません。

 

「…もしかして、寝ているのかな…。 …フフ、だったら…」

 

こっそり忍び込んで、驚かせてあげましょう。

そう思いました。

ナグリ村から感じていたモヤモヤをここでちょっと発散させてしまおう。

 

そして、私は彼の扉をあけました。

…鍵は、開いている。

 

(む、いくらハンターさんでも不用心じゃないかしら…)

 

そんなことを考えながらハンターさんを探しました。

ベッドには…いない。

机にも、どこにも…。

 

「あれ、もしかして留守…? でも、鍵は開いていたし…って、ん?」

 

その時、何か音がするのに気付きました。

部屋の奥、確かお風呂場だったと思います。

まぁ、お風呂といっても、水を入れて浴びるだけのものですが。

 

その部屋から、何か…ズリズリと這うような音がしたのです。

しかも、金属がこすれる音。

普通にお風呂に入ってるのなら、こんな音はしないはずです。

 

…そういえば、ナグリ…加工屋の娘さんも、ハンターさんが帰った時から見かけませんでしたね…。

 

(何を…してるんだろう…)

 

急に寒気がしました。

嫌な想像が、いくつも飛んできます。

手が震え、サンドイッチを落としそうになってしまいましたので、近くにあった机に置きました。

 

(彼に限ってそんな…。 いえ、彼に限ってとはなんでしょう? 別に彼も男なんですから、それくらい…)

 

別に彼が誰と付き合って、何をしていても関係ないはずです。

だから、何を見ても何もないはずです。

 

…なのに、すごく嫌な気分です。

今まで感じていたものとは、比べものにならないほどの不快感。

そして妙な焦燥感。

 

(違う! 彼は私と信頼しあっているだけです! だから、何を見たって別になんともないんです!!)

 

そう自分に言い聞かせ、私は思い切って風呂場をあけました。

もし、予想通りだったとしても私には関係ない。

半ばヤケクソになって、扉の先を見ました。

扉の向こうには…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

額から血を流し、鎧を着たまま倒れているハンターさんがいました。

 

「ッ!? は、ハンターさん!! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」

 

「う…く…看板…娘…さんか…」

 

「喋ってはいけません! み、皆を呼んできま「やめて…くれ…!」」

 

助けを呼ぼうとしたとき、彼は私の腕を掴んでそう言いました。

 

「何でですか! お風呂場で倒れてるなんて、尋常なものではないのでしょう!?」

 

「それでも…だ…。 頼む…」

 

少し震えている手を強く握り、彼は私にそういってきたのです。

私には、どうしたらいいのか分かりませんでした。

なぜ、彼は頑なに助けを拒むのか。

それより、この傷はなんなのか。

先ほどまでの涼しい顔をしていた彼はなんだったのか。

ただ、混乱していました。

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

それから数時間経ちました。

彼は私の応急処置を受け、ベッドに横になっています。

 

私は結局、助けを呼びませんでした。

理由はわかりませんでしたが、彼があそこまで拒むのには、何か理由があるのだろうと。

そう思ったのです。

 

 

 

彼の鎧を脱がせようとしたとき、愕然としました。

彼の体中に、痛々しい切り傷や青痣があったのです。

しかも新しいものだけではなく、もっと前からのものもありました。

つまり、彼は今までこれらの傷を我慢していくつものクエストを達成してきた、ということになります。

…なぜ、私は彼に気付かなかったのでしょうか。

 

気付けるところは一杯あったはずです。

私のメモ帳を初めて見た時、あの時も動きが変だった。

恐らく、あの時から傷を受けていたのでしょう。

 

「…さっきは、すまなかった」

 

夕暮れの赤色に染まりながら、彼は私にそういってきました。

その顔に、いつものような強さは感じられません。

 

「…なんで、今まで黙っていたんですか? こんなになるまで無理をして…」

 

「………」

 

「頭の血だって、無理にキツく縛って強引に止血していたのでしょう? そんなことをしていたら、いつか後遺症が残ったりしてしまいます」

 

「………」

 

「わ、私たちは、そんなに頼りないでしょうか? 至らないところがあるのなら、言ってもらえればすぐにでも…「違う!」」

 

彼はいきなりベッドから上体を起こして大声を上げ、私の言葉を遮りました。

彼が大声を上げるなんて初めてだったので、すごく驚きました。

 

「アンタたちが…原因じゃない…。 これは、俺自身の問題なんだ」

 

そう言って、彼は頭を伏せてしまいました。

そんな弱弱しい彼を見て、私は何も言えずにいました。

 

 

 

 

 

「…今まで、俺の夢を言ったことがなかったな…」

 

幾ばくかの静寂が流れて、彼は思い口を開きました。

ハンターさんの夢。

思えば自分の事ばかり言って、聞いたことがありませんでした。

 

「貴方の…夢ですか?」

 

「あぁ、俺の夢はな…歴史に名を残すことだ」

 

彼は顔を伏せたまま、そういってきました。

 

「歴史に…ですか…」

 

「そうだ。 俺は認められなくちゃならない…、街にいるあの女を唸らせるためにな…」

 

女、とは誰でしょうか?

…もしかして、好きな人でもいるのかな…。

 

「あの女…とは…?」

 

「…俺の、母親だ」

 

別の方向で予想外だったので、どうリアクションしたらいいのか分かりませんでした。

母親…、いたんですか。

 

「俺の母親は…街で学者をしている。 父親は…ハンターをしていた」

 

「…していたとは?」

 

「もう生きてはいない。 あるクエストで腕をやられてな、もうハンターをできなくなってしまったんだ。 それで、あの女は別の男を作って…父さんを早々に捨てて…街に行ったんだ…」

 

「………」

 

「あの女は、父さんと俺を捨てる時にハンターのことを散々バカにしてな。 まぁ、あの女が言っていたことも正しかったさ。 ハンターはいつ死ぬかわからない、家族持ちがやるべきじゃない職業だ。 …だが、俺は父さんがハンターで嬉しくて、誇らしかった。 剣をふるう父さんがかっこよくてな。 だから、許せなかった」

 

「だから…ハンターを?」

 

「あぁ、俺が誇らしく思っていた父さんの仕事。 それをバカにして消えたあの女に、ハンターを、父さんを認めさせる。 そのために、俺は歴史に名を遺すほどの英雄になる必要がある」

 

言い終えて、彼は伏せていた顔を上げて私を見ました。

その表情に力はなく、情けなく引き攣ったような笑みを浮かべているだけでした。

 

「これが、俺が無理をしていた理由だ。 幼稚だろう? どんなクエストでも無傷で帰ってくる最強のハンター。 そんな夢物語にしか出てこない奴になりたかったんだよ」

 

 

 

 

 

「…ッ! バカ!!」

 

やりきれない気持ちや、情けない気持ち、様々な感情がグチャグチャになって我慢が限界に達して、気付いたら私は彼を引っぱたいていました。

 

「ッ!? ………」

 

「何で言ってくれなかったんですか! 一人で全部背負い込んで! 私は、貴方の助けに少しでもなりたくて、頑張ってきたのに…これじゃバカみたいじゃないですか!」

 

「…すまない」

 

「確かに貴方の夢は叶えがたいものです。 でも、それでここまで深い傷を負って、死んでしまったら何もないでしょう!?」

 

「…すまなかった」

 

「謝るくらいなら、最初からしないでください!!」

 

悲鳴のような金切声をあげて彼に訴えかけました。

たぶん、私は泣いていたのでしょう。

 

 

 

「グスッ…許さないです…からね…」

 

「………」

 

「これからは、しっかり言ってください。 皆に黙っていたいのなら、私にだけでも。 でなきゃ許しません。 お願いですから…もう一人で抱え込まないでください」

 

「………あぁ」

 

「…もう、いつもそれなんですから…グスッ…」

 

 

 

 

 

あれから二人とも黙りっぱなしで、気付いたら夜になってしまっていました。

外はゴア・マガラ討伐記念ということで、団長さん主催のお祭りが開催されていて、すごく賑やかに感じます。

 

「…祭り」

 

「え?」

 

「祭り…行くか?」

 

彼は私にそういってきました。

なんでしょう、行きたくなかったです。

 

「…嫌です」

 

「…そうか」

 

彼はそういうだけで、もう一度ベッドに横になりました。

弱さを知ることができた彼を、今は邪魔されずに一緒に居たかったのです。

…邪魔されず?

 

まただ、いつから私は、彼のことでここまで必死になるようになったのでしょう?

最初は、いい印象はなかったのに…なんで。

 

「…どうした?」

 

月明かり、照らすのは私と彼だけ。

静かで優しい光に照らされる彼を見て、私はつい彼の頬に触れてしまいました。

次いで肩、そして腕。

武骨で、荒々しい、それでも優しさを感じる、本当に強い人。

 

とても幻想的で、綺麗で、愛しくて…。

 

愛しい?

あぁ、そうか。

 

心配そうに私を見る彼を見て、私はやっと気付きました。

私が、彼に対してどんな感情を抱いていたのか。

何を思っていたのか。

 

胸にあったモヤモヤは、もうなくなっていました。

 

「…隣、いいですか?」

 

彼のベッドに入り、横になりました。

…これって結構大胆じゃないでしょうか?

今になって緊張してきました。

心臓がバクバク鳴っています。

 

「………」

 

しかし、彼は表情を変えず上を見上げていました。

とりあえず、拒否されないだけ安心はしましたが、もうちょっとリアクションが欲しかったです。

 

…でも、全然悪くはないです。

 

彼に寄り添いながら、私は静かに目を閉じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、やっと自分の気持ちに気づいたか。 長い道のりだったなぁ…」

 

「…おい…よかったのか? ここに居て…」

 

「グスッ…別にいいもん! まだ負けたわけじゃないし! ちょっとリードされてるだけだもん!」

 

「ニャ、その意気だニャ加工屋の娘!」

 

「いやはや…、なんとも言えぬのう…フォーフォフォフォ!」

 

ところ変わって。

同時刻、ハンターの家の近くで、旅団のメンバーはそんなことを話していた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…遂に来ました。 シャガルマガラです」

 

「………」

 

あの時から四か月。

私たちはシナト村にいました。

そこで、大昔に起きた大災害の原因であると思われる古龍、シャガルマガラの討伐クエストがたった今受注されました。

 

古龍。

自然災害に匹敵する最強の龍種。

それが今、この村のすぐ近くにいる。

 

正直なところを言うと、私はすごく嬉しかったです。

自分のメモ帳に、古龍のことを書くことができるなんて、夢にも思ってなかったですから。

 

…でも、それ以上に。

 

「…私は、正直貴方に行って欲しくないです」

 

「………」

 

彼はあれからも、無茶なことばかりしていました。

ジンオウガやリオレウスといった強力なモンスターを討伐しに行き、毎回ボロボロに帰ってきていました。

他の人には、いつものように無傷を装っていましたが、その傷は日に日に増えてました。

 

確かに彼は強いです。

でも、限界がある。

 

「貴方の体のことは、私も知っています。 …だから、このクエストだけは、控えて欲しいです」

 

「………」

 

その強さの裏にある弱さを知っているからこそ、彼に無茶をさせたくない。

その相手が古龍ならなおさらです。

 

…でも。

 

「それでも、貴方は行くのでしょう?」

 

「………あぁ」

 

本当に、この人は変わらない。

 

 

 

 

 

「…私、待ってますね」

 

だから、私も変わりません。

 

「いつもと同じです。 帰ってきて、一杯お話を聞かせてください」

 

そう、いつもと同じ。

 

「…信じてますから」

 

無口で無愛想な、職人の方が向いてそうな、彼。

どのクエストに行くときも、言うことは同じ。

 

「…あぁ」

 

これだけ。

でも、この言葉に、私は安らぎを感じる。

どこまでも優しくって、強くって、弱くって、とても愛しい、彼。

 

私は、待ってます。

ずっとずっと、貴方を待ちます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果だけ言いましょう。

彼は帰ってきました。

 

シャガルマガラを倒し、その膨大な情報を持って帰ってきたのです。

絶対に安全だからということもあって、私も直で古龍を見に行きました。

その神々しさは、見るだけで震えが止まらなかったです。

その体から、新種のウイルスに関する情報を見つけ出し、私は遂にメモ帳に古龍の情報を加えることができたのです。

 

帰ってくると、村の人々は大賑わいです。

村で田畑を耕していた竜人族の青年。

彼がまさか大僧正だったなんて思いもしませんでしたけどね。

 

そして私は、祭りの後に彼と二人っきりとなり、遂に私の思いを伝えました。

彼は、私の気持ちに喜んでくれましたが、受け入れてはもらえませんでした。

曰く、ハンターの恋人になるものではないと。

ハンターを引退したのち、あちらからもう一度告白してくれるそうです。

それまで待ってほしいって…ちょっと図々しくないですか?

まぁ、死ぬまで待ち続けますけど。

 

 

 

あれから数年がたちました。

団長さんたちは今も旅を続けていて、色んなところに行っているようです。

 

あ、そうそう、言い忘れてました。

私、実は街の学者になることになったんです。

彼が、「やっぱりこのメモ帳をそのままにしておくのは惜しい」って言ってくれたんです。

最初は渋りましたが、彼の言うことですし、行く事にしたんです。

彼の名を売ることもできると思いましたし。

 

街でメモ帳を売り込んでみると、予想以上の評価を受けました。

なんでも、私の書いている内容には、今まで知らされていないことが多かったそうで。

すぐに博士号をもらうことができたんです。

それを伝えた時、彼はすごく喜んでくれましたよ。

人目も気にせず抱きしめてくれたから…ちょっと恥ずかしかったですけど…。

 

 

 

あ、噂をすれば。

彼が帰ってきましたよ。

今、私と彼は独立して、街に居を構えて行動しているんです。

クエストも直で言うことができるので便利なんですよ。

 

それに、最近では本当に強くなったようで。

今までしていた手当ても、もう必要ないみたいなんです。

嬉しいような…さみしいような…。

まぁ、怪我がないのなら越したことはないですけどね。

 

………。

 

「あ、お帰りなさい! さぁ、今日も何があったかお話してくださいね!!」

 

さぁ、今日も頑張って仕事しますよー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………。

 

「ふむふむ、なるほど。 まぁ、そんな動きをするんですね。 素敵です」

 

………。

 

薄暗い研究室の中、看板娘の声が嫌に響いた。

机には膨大な資料が載っており、壁には彼女の功績をたたえる賞状や勲章が飾られている。

 

…コンコン

 

そんな時、不意にノック音が響いた。

 

「あ、はーい。 どなたですかー?」

 

「…私だよ、看板のお姉ちゃん」

 

相手は、かつて共に旅をしたナグリ村の娘であった。

 

「あら、貴方でしたか! お久しぶりです!」

 

「う、うん。 久しぶり…。 ねぇ、最近どうだった?」

 

「最近ですか? うーん、ほとんど変わりませんね。 いつものように情報を纏めて、彼のお話からデータを纏めているんです」

 

「ッ! …ふ、ふーん。 そうなんだ…」

 

「ほら、ちょうど彼も帰ってきているんですよ。 ほら、ハンターさんも恥ずかしがってないで挨拶してくださいよ!」

 

………。

 

何の変哲もない、ただの会話。

しかしそこには違和感があった。

 

「ほら、貴方も挨拶してください」

 

「えっ!? う、うん…こんにちは、ハンターさん…」

 

………。

 

ナグリ村の娘は、看板娘に促され挨拶をした。

 

 

 

 

 

誰もいない、空虚に向かって。

 

 

 

 

 

「フフ、彼も喜んでいます。 忘れられているんじゃないかなーって、不安がっていたんですよ?」

 

………。

 

「………そうなんだ…」

 

「あ、そうです。 この前彼が行ってきた新種のモンスターなんですけどね、とても面白いモンスターだったんですよ! 今度の学会でも発表しようと思っているんです!」

 

 

 

 

 

そう言って、彼女は何も書かれていないページをペラペラと捲った。

 

 

 

 

 

「………ごめん、私もう行くね」

 

「あ、もう行ってしまうんですか? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

 

「…ううん、長居は悪いし…皆も待ってるから…」

 

「そうですか…分かりました。 では、貴方たちも頑張ってくださいね!」

 

「…う…ん、じゃあ…ね…」

 

途切れ途切れに挨拶をして、ナグリ村の少女は出て行った。

その眼から大粒の涙が溢れていたのを、看板娘は気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…どうだった?」

 

研究室の外、そこには懐かしい旅団のメンバーがそろっていた。

しかし、みんなにいつもの陽気さはなく、暗い表情をしている。

 

「…グスッ…ダメ…だった…ヒック…もう限界…だったよぉ…グスッ…」

 

「…そうか、よく頑張ったな、娘っ子」

 

そう言って、団長は娘の頭を撫でた。

抑えていた感情が一気に溢れ、最早喋ることもできないでいた。

 

「…アイツは、今もハンターを待っているのか」

 

次に、鍛冶屋の男が声を出した。

その声は、いつも以上に重い。

 

「あぁ…、シャガルマガラの一件以来、ずっとあの調子だ」

 

団長は、扉の方を見てそう言った。

 

 

 

 

 

真実はこうだ。

 

彼、ハンターはクエストに失敗した。

しかも、その行方は今もわかっていない。

 

…いや、失敗してはいない。

彼がシャガルマガラと戦った天空山には、確かにソレの死体があった。

しかし、明らかにおかしかった。

 

シャガルマガラの死体は「二体」あったのだ。

つまり、彼は一人で未知の古龍を、同時に二体も相手したのである。

 

このようなことを誰が予想できたであろうか。

ギルドの明らかな情報の伝達ミス。

しかし、それに気付いた時には遅すぎた。

 

看板娘はそれを知った途端、単身天空山に向かおうとした。

ハンターの名前を、虚ろな表情で何度も呟きながら、仲間の静止の呼びかけも聞かずに、だ。

 

遂には仲間たちが折れ、飛空艇を飛ばして天空山に向かったところでハンターの行方不明を知ったのである。

 

 

 

…それから、看板娘の様子は本格的におかしくなった。

常に瞳に光はなく、薄い笑みを常に浮かべるようになった。

外で居るはずのいないハンターと話し、何も書かれていないメモ帳を見て笑っていた。

旅団の面々は、それをただ見ていることしかできなかった。

傍から見れば独り言を言っているだけの彼女に、何を言ったらいいのか分からなかった。

 

 

 

そして、決定的なことが起きた。

彼女が、自分のメモ帳を学会に発表したのだ。

 

遂に団長は、彼女を止めようとした。

学会に発表すること…、それは彼女が自分だけの図鑑を作るという夢を諦めるのと同義だったからだ。

 

 

 

彼女が発表し、大成功を収めたその夜。

 

「…おい、娘っ子」

 

「はい、なんですか?」

 

団長は彼女のもとへと行った。

看板娘の目には、相変わらず光がなかった。

 

「…なんで、それを発表した?」

 

「え? それは…彼がするべきだって言ってくれて「そうじゃないだろう!!」…ッ!」

 

彼女の戯言を、団長は大声で止めた。

彼が誰かに怒るのは初めてであった。

 

「本当は知っているんだろう!? アイツは今もどこにいるか分からない! シャガルマガラ討伐のあの日から、見つかっていない! お前はいつまで現実を見ないでいるつもりなんだ!?」

 

「………」

 

「それにな…、これだけ経っても見つからないんだ。 もしかしたら…もう…」

 

「やめてください」

 

今度は看板娘が団長の言葉を遮った。

その顔に表情はない。

 

「…分かっていますよ、それくらい…!」

 

「娘っ子…」

 

「でも、だからこそ、私はこれを発表するしかなかったんです!!」

 

彼女はそう言って、目の前の机にメモ帳を叩きつけた。

そこには、彼との思い出が詰まった「本物の」情報が書かれていた。

 

「彼は英雄にならなくてはいけなかったんです! でも…、でも! 彼が今まで頑張ってきたことを、皆は知らない!!」

 

「それは…」

 

「それに知っている人も、いつかは忘れて、彼は埋もれて無くなってしまう! そんなこと、あってはいけないんですよ!!」

 

目から涙を流し、愛おしそうにメモ帳を撫でた。

顔を近づけ、頬ずりをする。

 

「…おい、何をしている?」

 

「フフ、これは彼なんです。 これを世界に見せれば、皆彼のことを忘れない。 そのためなら、私は夢を諦めます」

 

そう言い切った。

団長を見て、一切のよどみなく。

それを見て、団長はもう何も言えなかった。

 

「そうか…分かった。 もう、何も言わない。 …だがな、娘っ子」

 

「…なんですか?」

 

「耐えきれなくなったら、いつでも戻ってこい」

 

そんな彼の最後の言葉に、看板娘は…。

 

 

 

「…大丈夫ですよ、心配いりません。 …私には、彼がいますから」

 

 

 

そう返した。

 

「…そうか、じゃあな…」

 

そう言って、団長は部屋を出た。

出た後、彼は力なくその場に座り込んでしまった。

彼が、生涯初めて行った挫折であった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は、今も彼の帰りを待つ。

最早生存は絶望的な彼を待ち続ける。

 

恐らく、死ぬまでそれは変わらないのであろう。

そして幻の彼を見続けて、彼女は幸せを感じるのであろう。

彼女には、それしかできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「よし、皆準備できたな…。 ここに来るのは、また一年後…だ…」

 

「…? どうした、だん…ちょ…う」

 

「ニャ、ニャニャニャ…、お前さんは…!」

 

「…戻ってこられたか…フォ…」

 

「嘘…」

 

 

 

「………」

 

「今まで、どこに行ってやがった! お前がなかなか帰らないから…娘っ子は…!」

 

「やめろ、団長。 こいつも…分かっている…」

 

 

 

「………」

 

「ニャ、ドントルマまで流されて…シナトに行ってもいニャくて、色んなところを探していた…と」

 

「それで、街でお姉ちゃんのうわさを聞いてきたんだ…」

 

「………」

 

「いや、俺たちのことはいい。 …さっきは怒鳴って悪かったな。 お前がとてつもない偉業を果たしたってのにな」

 

「………」

 

「ん? 知らないのか? お前は今まですべてのクエストを無傷で達成し、しかも新種の古龍を二体同時で討伐した英雄になっているんだぞ?」

 

「………」

 

「…まぁ、帰るのに精一杯だったら、…気付きもしないだろう」

 

「い、いや、そんなこと今はどうでもいいでしょ!? さぁ、早くお姉ちゃんに会いに行ってよ!」

 

「フォ、その通りじゃ。 ワシらは…どうしようかな、団長さん」

 

「…別に今、無理に出る必要はない。 あと一週間くらい、ここに滞在して準備をするのもいいな…」

 

「フォーフォフォフォ! これで決まりじゃ! お前さんは早くあの子のもとへ行きなされ!」

 

「………行って来い」

 

「行ってきてよ。 …あと、私もまだ負けてないから!」

 

「ニャ、まだ諦めてなかったのニャ!? それでこそニャ!」

 

「…ほら、皆こういってる。 早く行ってやれ、英雄殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ、そうですね…、あの話を聞いた時には驚きましたよ」

 

………。

 

「えぇ、まさかアイルーさんの巣にババコンガが現れたなんて…」

 

………。

 

「え、もうそんな時間ですか? そうですね、でしたら…」

 

 

 

コンコン

 

 

 

「あれ、お客さんだ。 はーい、ちょっと待っててくださーい! 今行きま…す…」

 

「………」

 

「…今まで、どこに行っていたんですか…?」

 

「………」

 

「どれだけ、心配したか。 分かりますか?」

 

「………」

 

「もう、都合が悪くなったらそればっかり。 あの時から何も変わっていないですね…」

 

「………」

 

「ハンターは…まだ続けるのですか?」

 

「………」

 

「そうですか…だったら…、責任とってください」

 

「………」

 

「はい、責任です。 貴方を英雄にするために、今まで貯めていた私だけのメモ帳…外に出しちゃったんですから」

 

「………」

 

「はい、もう待ったりはしません。 これからはずっと一緒に居ます」

 

「………」

 

「もう離さないで、ずっとお話を聞かせてくださいね。 …それと」

 

「………」

 

「大好きですよ、ハンターさん」

 

「…あぁ、俺もだ」

 

 

 




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