突然性別が変わってしまった主人公。

学校に馴染めず中退し、仕事を転々として水商売の道に入る。
いつも通り、酔った客をあしらっていた主人公が出会った相手とは──。

TS物(男→女)です。
TSした元男と男の恋愛が多分に含まれます。
ご注意下さいませ。

小説家になろうと重複投稿です。

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最後のピース

厚めの化粧を施して煌びやかな衣装(ドレス)を身に纏い、客のグラスに酒を()ぐ。

夜の世界。所謂、水商売の女……それが今の「俺」の姿だ。

 

高校二年の夏頃、世界でも十数例しか確認されていない奇病に罹った。

突発性性反転障害──俗称TS病。

半年くらいの間に身体が異性へと変わってしまう病気だった。

身体の負担が大きい為に、死亡例もあるこの病気に罹って生き延びる事が出来たのは、果たして幸運だったのだろうか?

一時は周りの態度の変化と、性違和で塞ぎ込んだ事もあった。

 

結局クラスから孤立した俺は、通っていた高校を中退。

フリーターになってフラフラしているところで、スカウトに話し掛けられ、半ば自棄になって夜の世界に入った。

早いものでもう二十代も半ばに入り、21だとサバを読んで仕事をすんのにも限界を感じ始めていた。

 

「美香ちゃん可愛いね、絶対彼氏いるっしょ?」

「あはは、いないですよー。募集中なんです」

「マジで?俺とかどう?美香ちゃんマジ好みなんだよね」

 

四十半ばだと言う男がだらしのない笑顔で俺の腰に左手を回す。

Aラインで背中がさっくりと空いたドレスを着ているから、男が指にはめた指輪が当たり、ひんやりとした冷たさを感じる。

 

「ええー、加藤さん、モテそうだから。私、絶対に不安になっちゃいますもん」

 

そう言うとやんわりと腕を振り払う。

このくらいは日常茶飯事だ。

流石にこのくらいは波風を立てずにあしらう事が出来るようになった。

 

……もっとも、その程度しか出来ない。

入って分かった事だが、太い客を維持するにはセックスは欠かせない世界だった。

やっぱり男と同衾する気には、どうもなれない。

結果を出せないホステスはお店を転々として──最初こそ都心の有名店で働いていた俺は、今は地元のスナックにいた。

 

「美香ちゃーん、こっちのお客さんに着いて〜」

「はーい!……ごめんなさい、加藤さん。呼ばれちゃったのでまた今度」

「えぇ、寂しいなぁ〜」

 

そう言う加藤氏だが、違う子が付けば同じ様に鼻の下を伸ばしてご満悦だ。

若くてそこそこ見てくれが良ければ誰でも良いのだろう。

 

「失礼します。初めまして、美香です」

「あぁ、よろしくね」

 

店のママに呼ばれて着いた席は、年配の男性と三十手前くらいの男性の、二人組だった。

 

「こちら高橋さんね。アイオンの重役さんなんですって!

凄いわよねぇ」

「えぇ、アイオンって……あのアイオンですか?」

 

洗剤や薬品を開発、販売している誰でも知っている大手企業だ。

都心じゃ大企業の客も珍しくはなかったが、そんな客はこの辺だとあんまり来ない。

 

「まぁ、会社が凄いのであって私はそうでもない、普通のおじさんだよ。

どちらかと言えばこっちの鈴木の方が凄いんだよ?

研究開発の若手のホープ、最近は纏め役にも抜擢された、まさにエリートさ」

「はぁ、高橋さん。それは持ち上げ過ぎです」

 

眉根を寄せて答える鈴木は、整った顔立ちだが少し神経質そうな印象だった。

……あれ?この鈴木と言う男には何処かで会った気がするんだが……何処だったかな。

長く接客業をしていると、たまにこう言う事があるんだよな。

 

「ま、この通り堅い奴でさ。

女っ気もないもんだから、宜しくね。美香ちゃん」

「はーい。とは言っても顔も良いし、頭も良いなら女の子は放って置かないと思うんだけどなぁ?」

 

おべんちゃら混じりだが、本音でもある。

金を稼ぐ大手企業の若い男性で顔が悪いわけじゃない。

恐らく、女性からのアプローチもあるだろうに。

 

「僕はどうも普通の女性とは話が合わなくて。

大学が理系学部だったのもあって、話す機会が少なかったのもあるのかもしれないけど」

「あぁ、確かに理系の学部は女の子は少なそうですね」

 

そう言えば、うちの高校も進学校だったから有名な大学の理系学部に進んでた奴も多いはずだ。

 

「エリートだって言うくらいだから……東国大の理一とか、かな?」

 

そう言うと、高橋さん、鈴木共に目を見開いて俺を見た。

お、おう。適当に言ったらまさかの一発ヒットかよ。

 

「おぉ、美香ちゃん凄いね。もしかして美香ちゃんも良いところの大学出てるんじゃない?」

「あー……私は高校中退ですよ。有名で知ってるトコを適当に言ったら当たっただけです」

 

まぁ、高校はちょっとした進学校だったけど。

 

「ふーん、そうなんだ。あれ、美香ちゃんの地元ってこの辺?」

「はい、そうですよ」

「ここで働いてるならそうだよね。鈴木も地元なんだよ」

「へぇ、そうなんですね」

 

地元と言っても繁華街もあるし街としてはかなり大きい。

区が違えば土地勘なんてない事も多い。

実際、俺の実家の最寄駅は電車で二駅離れている。

 

「えーと、鈴木さん。お名前は何て言うんですか?」

 

しかし鈴木。鈴木ねぇ。

日本でトップを争うほど良くある苗字だけど、学校ではちょっとした有名人がいた。

学校での試験は不動の一位。表情も殆どなく、付いた渾名(あだな)は堅物眼鏡。

なんだっけ。確か、名前が──。

 

「賢一」

「あ、そうそう!賢いのケンと堅物のケンを掛けて賢一……」

 

「「え?」」

 

二人の声が合わさり、お互いに驚いた表情の視線が重なる。

 

「あっ、わっ」

 

グラスを持つ力が弱まってカーペットに落ちた。

カーペットは見る間に酒を吸い込んでいく。

客に掛かったりしなかったのが、不幸中の幸いだ。

 

「す、すみません。すぐに拭きます!」

 

使用済みのおしぼりを重ねてカーペットを拭いていると、不意に。

 

「君は──まさか。齋藤か?」

「ッ!?」

 

マジかよ。一発で当ててきやがった。

こいつとは一年の時にクラスメイトになっただけで、ほんの少し会話をした程度だった。

二年になって性別が変わってからは、精々廊下ですれ違うくらい。

それも、塞ぎ込んでいた時期だったから俺はいつも俯きがちで。

誰と目が合っても、居たたまれなくてすぐに逸らしていたほどだった。

 

更にあれから時間が経っていて、化粧だって濃いのに。

知り合いに気付かれるなんて思ってもみなかった。

 

「お、何々?まさか、知り合いだったの?」

「え、えぇ。元、クラスメイトです」

 

もう誤魔化せないだろうと観念する。

 

「ふーん……ねぇママ、ここの連れ出しっていくら?」

「あらまぁ。そうねぇ、連れ出しとかはしてないのだけれど。

まぁ積もる話もあるだろうし、美香ちゃん、もう上がって良いわよ」

「あ、はい……」

 

流されるまま、鈴木と一緒に店を出ることになった。

高橋さんはご機嫌な様子でまだ暫く飲み続けるらしい。

 

「あー……腹減ってる?飯でも食うか?」

「あ、うん」

 

鈴木が気を遣って声を掛けてくれるが、俺は『美香』のままいるか、素を出すべきか迷っていた。

冷たい風が吹き荒ぶ中、沈黙の時間が続く。

夕飯を食べるには遅い時間。人の少なくなった適当なイタリア料理屋に入った。

 

「つか、よく、俺だって分かったな」

「まぁ、一年もクラスメイトをしてたし、そりゃな」

「そうだけど……まさかバレるなんてなぁ。

結構分厚い猫を着てるつもりだったんだけど」

「はは、でもあの渾名(かたぶつめがね)って使ってたのは主に男連中だろ。

それに──」

 

鈴木は伏し目がちに俺の方を見ると

 

「やっぱり、インパクトがあったし、な」

「あぁ……だよなぁ」

 

申し訳なさそうな顔で呟いた。

以前ならば不機嫌になったかもしれないが、もう流石に十年も経てば落ち着く。

 

「そんでも鈴木はまだ良いよ。野次馬にも来ない。

人の不幸を笑うような好奇な目線も

肌の上を這うような好色な目線も向けなかったじゃないか」

 

当時では余裕がなくて、周りは全て敵だと思い込んでいたけど。

よくよく思い出してみれば鈴木はずっと無関心を貫いていた気がする。

 

『キモチワルイ』

好きでなってるわけじゃねぇ。

 

『カワイソー』

本当にそう思うならその薄ら笑いを止めろ。

 

『おっぱい揉ませろよ』

人の扱いをしてくれよ。

 

『本当にちんこねーの?』

無いからこんな事になってんだよ。

 

あの時、俺が神経質になっていたのは認める。

でもクラスメイト達の何気ない一言がどれほど心を抉ったか。

 

「そりゃあ、変に意識したら失礼だと思ったからさ……」

「はは、お前優しかったんだな」

「そんな事あるもんか」

「ん?そうか?」

「そうさ。本当に優しけりゃ、落ち込んでるお前を見て見ぬ振りなんて、しない」

 

そう、本当に、本当に悔しそうに吐き捨てた。

 

「──」

 

なんか、あぁ。

最初バレた時は何て不幸な日なんだ、なんて思ったりしたけど。

少しでも気に揉んでくれていた人がいるって知って……。

救われた気分だった。

 

「鈴木さ」

「なんだよ」

「優しいな」

 

フッと、自然に笑顔になった。

 

「……な、に?」

「いや、なんか気にしてくれてる人が居たってのが嬉しくてさ。

夢にも思ってなかったから……だから、ありがとう」

 

うん。決めた。

 

「よし、今日は俺の奢りだ!食え!飲め!

店員さん!つまみとビール二つ、大至急ね!」

「な、仕事が終わったのに飲むのか?

と言うか、支払いは僕がするぞ。これでも多少余裕は──ッ」

 

人差し指を立てて指を振る。

 

「ちっちっち。仕事が終わったから飲むんだろ」

 

ま、普段はプライベードで飲んだりしないけどな。

 

「それに、再会の記念だ、金くらい気持ちよく出させろよ」

「再会の記念なら僕が出したっていいだろう」

「あー、わーったわーった。じゃあ次の店は任せるわ」

「次の店って、齋藤は何軒行くつもりっ」

「っとぉ、待ってました!よし、かんぱーい!」

「人の話を聞けよ!」

「ははははは!」

 

---

 

「あははは!飲んだわー。仕事でも飲まないほど飲んだぞぅ」

「お前は……こんな酒乱だとは思わなかったぞ」

 

ノリに乗ってグラスを傾ける事数時間。

俺はすっかりと飲んだくれの様になっていた。

つっても頭の芯の方はまだ冷静だ。

本当に酔っているのと演技と、大体半々くらいだろうか。

 

ベッド(・・・)に後ろ向きに倒れると、ぽよんぽよんとスプリングが抜群の弾力で受け止めてくれる。

やー、久し振りだけど、ラブホ(・・・)のベッドも捨てたもんじゃねーな。

 

一緒に来た鈴木はと言えば、一見冷静を装っていても、視線はきょろきょろと動いている。

 

「おやおやぁ?鈴木君はラブホ初心者ですか?」

「むっ……ま、まぁ、そうだが」

「じゃあ、もしかして、女の子とも経験がないとか?」

「それは、あるが」

「ふーん、プロ?」

「うぐっ。おま、さっきから人の心を抉り過ぎだろう!?」

「くすくす」

 

いや、あの表情が変わらない事で有名な堅物眼鏡君が、ねぇ。

今日は百面相か、と言うくらいコロコロと表情が変わる。

 

「じゃーさぁ……してみるか?」

 

うん、自分で言っといて何だけど恥ずかしいな。

まぁ今は体温が上がって顔が赤くなろうが汗をかこうが、酒を飲んでるから誤魔化せる。

 

「──何?」

 

鈴木は呆気に取られて呆然としていた。

ジッと見てみても、嫌悪が混じってる様には見えない。

ちょっとホッとした。

 

「おい齋藤、揶揄うにしても言っていい事と悪」

「からかってねぇ」

「は」

「本気で言ってんだよ、ばか」

 

すげー身勝手だってのは分かってる。

でも、初めて男に抱かれても良いかなって、本気で思えた。

例え一夜限りの夢でも……これで変われるかもしれない。

 

フラつく脚に鞭を打って立ち上がると、奴のネクタイをグイッと引っ張り、自ら口付けをする。

鈴木の方が身長が高いから、ちょっと背伸びをしなけりゃ届かない。

 

こいつ、俺が飲み倒しているのを見て、酒の量を抑えていた。

自分まで酔い潰れないようにする為だろう……ほんと、堅物だ。

もう、黒縁眼鏡は掛けていないけれども。

 

「本当に、良いんだな?」

 

女になってからは初めてでも、女になるまではそこそこ遊んだ身だ。

最後に誰かと寝たのは随分前の事だが素人童貞よりマシの筈。

 

「ふふん、男に二言はないぞ」

「男って……ほんとお前は」

 

そう苦笑すると、鈴木は俺を優しくベッドに押し倒した。

 

「あ、そだ」

「なんだ?」

「その、呼び方が苗字ってちょっとおかしいから、さ。

今だけは、私の事は結衣って呼んで欲しいな。

だから……賢一って呼んでもいい?」

 

返事は口内を貪るようなキスだった。

 

---

 

ぐぬぬぬ。おかしい。

 

セックス自体は上手くいったんだ……いや、寧ろ上手く行き過ぎた。

俺の我儘に付き合わせるんだから、頑張ろうと思ったんだよ。

だから、演技もしつつ男の時の経験を生かして最高のセックスにしようと努力した。

 

それなのに。

賢一……いや、鈴木は演技と本当に反応してしまった時を的確に見抜いてくるのだ。

あいつも子供じゃないから女がセックス中に演技をする事くらい分かっていたのだろう。

あまりにじっとりと見つめてくるから、その視線がそのうち、なぁ。

……はぁ、俺はMの素質でもあったんだろうか。

 

余裕ぶってられたのは途中まで。

前戯でまさかマジでイかされるとは想像すらしてなかった。

そのせいか、破瓜の痛みもそれほどでもなかったし。

ま、血は出て終わった時にバレたけど。

そしたら、まぁ、さ?

 

「僕も大人の男なんだ。責任を取らせてくれ」

「だぁかぁらぁ、何度も言ってんだろーが。

俺の身勝手なんだから責任なんて感じなくていいんだっつの」

 

堅物だ堅物だと思っていても此処までとは。

ちょっと処女だったからって責任って……いつの時代だよ。

 

「大体、責任を取るから結婚しようって言われても嬉しくねぇよ」

 

ハッと息を飲んで黙る鈴木。

まぁ、あいつだって善意で言ってるんだろうし、こんな事を言うのもちょっと罪悪感もある。

 

でもさ、嫌じゃん?

なんかセックスで無理矢理結婚をさせたみたいでさ。

大切に思ってくれてるんだなぁ、なんて風にも思うけど。

いつかこれから先、後悔なんてして欲しくない。

 

そのくらいには、こいつの事が好きになってるんだ、俺は。

 

「ふぅ、悪かった」

「あぁ……漸く分かったのか……お?」

 

ベッドに押し倒された。デジャヴである。

 

「や、別にまたすんのは良いけどさ。突拍子なくね?」

「違う」

「あん?」

「責任、なんて言葉で逃げて悪かった」

「はぁ?」

 

全っ然話が見えねぇ。

が、逆光になった鈴木の顔がやけに真剣なのは分かった。

 

「僕はお前に惚れたんだ。

だから、結婚を前提に付き合ってくれ」

「惚れ……って、いや、そんな。一回ヤッたくれーでお前」

 

ちょろ過ぎねぇ?という言葉はなんとか飲み込んだ。

くそ、素面だから顔が熱い。

 

「その前からだよ」

「へ?」

「昨日、お前が笑顔を見せた時から、あまりにも綺麗で惹かれてた」

「う。そ、それにしたって、お前、あれだよ。

まだ再会してあんま時間経ってないのに、結婚って」

「だから、まずは付き合って欲しい。僕にチャンスをくれないか?」

 

ぐ、うぐぐ。そんな不安そうな顔で見んなよ。

本当に無表情オブ無表情の堅物眼鏡かよ、お前。

凄く堅物なのは間違いねーけどさ!

 

「あああああ、もう!分かった、分かったよ!

普通のお付き合いからだからな!?

お前も俺でいいのかちゃんと判断すんだからな!?」

「──ッあぁ!ありがとう」

 

ぎゅぅ、と強く抱きしめられた。良く鍛えられた胸板、広い肩幅。

華奢になった俺とは、やっぱ違うよな。

いやー、ははは。女の子してるわ、俺。

 

でも、悪くない。

返事の代わりに、きゅ、と抱きしめ返した。



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