『自分の命を、賭ける覚悟だ!』
―――――海賊〝麦わら〟モンキー・D・ルフィ
「「「海賊…………!?」」」
エールの言葉は、この場の空気を一変させるには十分なものだった。何度目かになる沈黙があたりを包む。だが、場を満たす空気は先ほどとは比類にならないほど重苦しかった。
冗談や酔狂で言うには突飛すぎる。そもそもエールが進んで場を混乱させようとするはずもないし、それによって得るものはなにもないのである。何よりエースのいつになく真剣な様子に、全員が認めざるを得なかった。
その言葉が、嘘偽りない真実であることに。
変化は劇的だった。ハラオウン親子は冷静を装っているが、その表情は硬く、クロノに至っては収まったはずの敵意が再び鎌首を擡げている。
先日、フェイト達と戦った時に聞いていたなのはとユーノはそこまでショックを受けてはいないが、真相を知る機会がこうも早く訪れようとは思わなかったのか、動揺を隠せずにいた。
まだ十にも満たない子供であるとはいえ、その言葉がどのようなものであるかはニュースなどで取り上げられることもあったから、漠然と知識として知ってはいる。あるいはその言葉を、二人は無意識に考えないようにしてきていたのかもしれない。
曰く、法から外れたはみ出し者。
曰く、弱きを狙う残酷な略奪者。
曰く、時には殺しすら厭わない外道。
その概要を挙げていけばキリが無いが、どうあったってマイナスなイメージしか抱けない言葉だ。
それはあまりにも目の前の少年とは不釣合いなモノ。だから、なのはとユーノは戸惑いを覚えずにはいられなかった。エールから告げられた肩書きから生まれるイメージは、いま目の前にいるエースとは程遠い。それ以前に、彼の人となりを知る二人からすれば、到底信じられるものではなかった。
「な、なんでいきなりそんな話を? それはエースにとって隠しておきたいことなんじゃ…………」
ユーノが心配そうな瞳でエールを見つめた。後ろにいるなのはも同じように頷く。青色の光が優しく灯った。
『そうですね。このまま何もなく、真実を伏せたまま日常を送ることも可能だったでしょう。ですが、マスターが特異な力を持つ事はもはや彼らの知る所となってしまった。このままウソを重ねたところでそれは相手の疑心暗鬼しか生まない。私の存在も遠からず明るみに出てしまう。ならばいっそ――――』
「真実を告げることで私たちに対しても同様の誠意を求める、ということね?」
中途から引き継いだリンディにエールはご名答です、と明滅した。再び、なのは達へと声が飛ぶ。
『それに、なのは、ユーノ、あなたたち二人には知っておいて欲しかったのです。この世界で、マスターが絆を持ちたいと望むあなた達には。何より隠し事をしたままなんて、マスター自身がいつまでも納得できるわけがないでしょうからね』
ようやくいつもの茶目っ気を見せたエールに、なのは達が安堵したように息を吐く。もちろん他言は無用ですよ、と付け足したエールにリンディとクロノも頷いた。クロノはもう話の方に気がいっているのか、早く話せというふうに腕を組んでいる。
しかし、対するリンディは今までで最高の緊張感に包まれていた。
これは取引だ。秘密を共有するというのは、自分が信用しているという意思を示し相手の信頼を得るには尤も手っ取り早い手段である。だからこそ、エース達はリスクを承知で持ちかけてきた。なのは達に説明することを考えても、ちょうどいいタイミングだからというのも勿論あったろう。
だが、それと共にエールは一つの楔をリンディ達、ひいては時空管理局に打ち込んでいたのだ。なのは達は分かっていないが、今リンディたちに差し出されているのは友好を願う手ではない、相手を威圧する刃だ。少なくともエールとリンディにとってはそうだった。
誠意には誠意で応じる。仁義には仁義で以って是に応える。それはつまり、リンディ達はエースが背負ったリスクに見合うだけの誠意を見せる義務があり、それだけの覚悟があるか、という問いであることを示していた。
ひとたびそれを破れば、もう容赦はしないという決意の裏返しであることも。
敵となれば遠慮なく叩き潰す――――これから話されることはそのための布石であり、警告であった。
(裏工作は厳禁、か…………エースくんは鋭くてもまっすぐな性格だけど、この子はそれにつけこまれないように動いている。互いに足りないところを補い合う、相性も最高のパートナーね)
心中で冷や汗を流しつつ賞賛するという不思議な心情を持て余しながら、リンディはひとりごちていた。目の前で駆け引きをする彼女がどこか同僚のレティに似てるわね、などと考えながら。
『さて…………』
複雑な心境のリンディを尻目に、無駄話はここまでにしましょうとエールが水を向ける。同じくしてその球面から光が溢れ、空中に一つのディスプレイが投影された。
映し出されたのは一枚の地図だ。広大な海と陸地が一筋描かれただけのシンプルな地形。だが、なのは達もリンディ達も見覚えがなかった。
それを知った上で、エールは静かに語りだした。
『私たちの世界暦で今より遡ること二十二年前……時の権力、世界政府によって処刑された一人の海賊がいました。彼の名はゴールド・ロジャー。〝富〟〝名声〟〝力〟……この世のすべてを手に入れたとされた男。そして現在世界を満たすのは彼が死に際に放った一言によって幕を開けた、数多の海賊たちが跋扈する時代……その名を大海賊時代といいます』
「大海賊時代…………あ、もしかしてエースくんは……」
『ええ。マスターもその時代に生きる海賊の一人でした。同時に
エールのしみじみとした声が響く。なのはやユーノは友達のことを知るために、クロノやリンディ、そして話の途中から参加したエイミィはエースに関する情報を少しでも逃すまいとしているようで、茶々をいれず真剣に聞き入っていた。
『海賊と言っても、民間人に危害を加えた事はありませんよ。マスターやマスターの船長であった海賊はピースメインでしたから』
「「「ピースメイン?」」」
『今ではあまり呼ばれない海賊の分類名の一つです。ただ無法に略奪をする海賊を〝モーガニア〟、それらをカモに冒険をする海賊を〝ピースメイン〟と呼ぶのです。まあ統計的に見ればモーガニアの方が圧倒的に多く、どちらも略奪者であることに変わりはしませんが、そんな感じだと思ってください』
エールが補足を入れる。なのはとユーノが顔を見合わせて、密かに安堵の息を吐いていた。エールが優しい光を放ちながら続ける。
『まずは元いた世界の地理についてです。我々がいた世界には海が二つあります。それを為す存在、世界の海を割る巨大な大陸を〝
話に合わせるようにして、地図に走ったラインが点滅した。海賊王と呼ばれる男のみが制した航路。それをなのは達は興味深そうに、エースはどこか複雑な表情で見つめていた。
『次にその体系。先ほども出てきましたが、マスターの世界は【世界政府】と呼ばれる組織が統治した世界です。
「「「「「三大勢力?」」」」」
『
十字架の節々に丸をいくつも重ねたような紋章の下に、カモメを模したマークと七つの海賊帽が現れる。少し離れた横には大きく四つの海賊旗が描かれている。その三つがそれぞれを表しているのだろう。
そのなかで『MARINE』と書かれたロゴが自己主張するように点滅した。同じくしてエールの声が響く。
『まず海軍本部について説明しましょう。これは世界に跋扈する海賊たちに対抗するために存在する、世界政府の直下組織です。言うなれば、政府が力を誇示する上で中心となる〝正義の戦力〟が集まる場所。あなたたち時空管理局の立場に最も近いのがこれですね。世界政府の〝最高戦力〟でもある三人の大将を中心とした海軍本部の人員数は約十数万、世界各地に散らばる海軍支部も含めれば数百万人以上にのぼります』
「「「す、数百万っ!?」」」
全員が総じて驚きの声を上げた。なのは達はその単純な人員の数を、クロノたちは次元世界を統括する自分達時空管理局すらも凌ぐ数と組織力に対して驚愕を露にする。
そして同時に戦慄していた。これが事実であるなら、それはそれだけの人間が公的機関にいる中で、なお跋扈する海賊達の強さを意味していたからである。
エールは一同の反応に対して少し間を置いてから、別のウインドウを立ち上げた。七つの帽子のある絵柄が浮かび上がる。
『次に王下七武海について。詳しい説明は省いて概要だけ言いましょう。簡単に言えば、世界政府から公認を受けた七人の海賊達のことです。七武海というのはその呼び名になります』
「な……せ、政府が海賊を容認してるっていうのか!?」
『端的に言えばそうなります。七武海は未開の地や他の海賊を略奪の〝カモ〟とし、その収穫の何割かを政府に納めることで海賊行為を認められた海賊なのです』
クロノが再び仰天した。
それはそうだ。公的機関というのはその組織の構成もさることながら、秩序と規律でもってその安定を維持しているようなものなのだ。ルールの絶対厳守と身の潔白を誇示するからこそ、威厳と力を保っていられる。時空管理局では到底考えられるものではない。
それを規律とは正反対に位置する者、しかも犯罪者である人間を雇い入れるなど正気の沙汰とは思えなかった。
彼の発言を意に介した様子も見せず、エールは続ける。
『もちろん、権利は責任と表裏一体です。商船や民間人は襲わないのは当然として、有事の際には召集に応じる事が義務としてあるなど行動に関する一定の制限は受けます。何より自分の力を売って権力を得たわけですから、他の海賊達に言わせれば〝政府の狗〟に他なりません』
なのはは似たような形態を歴史の授業で聞いたかもと思いながらも、勉強不足のため発言は控えた。頭に縦線を浮かべる彼女をユーノは不思議そうに見つめる。
『ですが無法者である海賊達を威嚇する役目もあるため、その全員が凄まじい実力の持ち主です。状況や相性にもよるでしょうが、おそらく最弱であっても単身でこの艦の全員を敵に回してなお圧倒的優位に立って戦えるだけの力を持っています。ちなみにマスターも過去に一度勧誘を受けていますよ。即座にケリましたが』
「ぜ、全員って……」
「ふぇぇ、想像できないよ……それを断ったエースくんもすごいけど……」
再びエースに視線が集中した。ユーノとなのはの視線には尊敬と畏怖、クロノ達は自分達の立場を一蹴されたことがすこし不満なのも手伝ってまだ疑念が宿っていた。
見世物気分に居心地が悪いのか、エースは目蓋を閉じたまま短く嘆息する。と、そこで最後のウインドウ、それぞれ全く異なる四つの海賊旗を映した画像が一番上に現出した。
『最後に四皇。これは
エールの言葉に沿うようにして、それぞれ三つが三角形の頂点を描くように展開した。
『これらは危うい均衡の上に成り立つもの。この三大勢力がバランスを失うと、世界の平穏は崩れるとまで言われる程の巨大な力…………全員が力と共に強い自我や信念を持つ者たちであるため可能性としては万に一つもあり得ませんが、もし四皇であるこの四人が結束して一斉に攻めてきたのなら、世界政府に太刀打ちする術はありません』
「「「「「な…………!?」」」」」
絶句。その表現が最も的確であろう。三つの勢力のバランスがどれほど危険な状態なのかということもそうだが、四皇の存在がそれほどのものだとは思わなかったからである。
「そ、そんなバカな話があるか! アースラを単身で沈められる奴らが七人、加えて百万規模の組織が束になっても、たった四人に敵わないだと!? そんなデタラメを信じれるか!」
いち早く硬直から回復したクロノが、鉄砲玉のごとく食って掛かる。だが、それも当然といえた。もはや想像することすらできない。
たとえ四皇がそれぞれ巨大な海賊団や武装組織などを複数従えているのだとしても、一人がまとめきれる大きさには限度がある。それが四つ集まったとして、果たして数百万の軍団相手に勝機があると考えるだろうか。
答えはNOだ。
それを可能とするならば、圧倒的な人数の差を埋められる何かが必要になる。
だが答えは出ていた。エースの存在を考えれば一目瞭然だからだ。
それは即ち――――――力。
他を寄せ付けない圧倒的な強さ。
様々な軍団を纏め上げられる人知を超えたカリスマ。
人間の領域を逸脱する特異な能力。
その形態は違えど、クロノ達とは比較にならないほど巨大な力を持った存在なのだと。
『ウソだと一蹴したければどうぞご勝手に。私は何も信じてくれと言っているわけではありません。ただそこにあった事実を述べているに過ぎないのですから』
いちいち返答するのも億劫になったのか、エールは取り合わないで流す。そして、自らから放った光をエースへと向けた。
『そして、マスターは四皇の中でも最強となる白ひげ海賊団に所属し、その二番隊隊長を務めていました。まだまだ経験不足なところもありましたが、能力的には最強クラスの海賊だったことは間違いありません。世に知れ渡っていた二つ名は〝火拳のエース〟。かつてのマスターの立場と世界の在り方を簡単に説明すると、ざっとこんなところですね』
「火拳の……エース……」
噛み締めるようにその名を口にし、なのははエースを見た。微笑を返してくる彼の表情になのはは少しの違和感を覚えたが、それを問いただすより先にエールから声が飛んだ。
『次は私たちにとっての重要事項、マスターが持つ力についてお話しましょう……あなた達が最も知りたいことを、ね』
エールが少し含みを持たせるように言う。なのはとユーノは自然体、リンディ達は視線を鋭くして居住まいをただす。
クロノを圧倒し、常識的に不可思議な現象を起こしたエースの力。エールの話はその核心に迫ろうとしていた。
―――To Be Continued……
前回投稿から11年以上経ってしまっていました…いや、ただただ申し訳ないです
こちらはAIは一切なし。
AIの方がマシですねなんて言われないよう頑張って書きましたが果たしてどうなのか…
と、ともかくまたどうぞよろしくお願いします!