愛しい、そんな彼女のために…俺は綴る




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希と1日…

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「………ん……う~……ん………」

 

 小鳥のさえずりが耳の奥にまで響く。

 それを目覚まし代わりに眠っていた意識を起こしだす。

 

 カーテンの隙間から木漏れ日が射す。

 それが重たい瞼の隙間から瞳に入り込み、無意識に全身がシャキッとし始める。

 やはり朝日を身体で感じると目覚めにいいようだ、と頭の中で呟きながら身体を起こし始める。

 

 

 

「うふふっ………」

 

 身体がやけに重たいな、何かに圧し掛かられているような感覚に陥る。

 変だなぁ、と思いつつも身体をいろいろと動かしてみる。

 すると―――、

 

「ひゃん!」

 

 何か柔らかな感触を身体に受けるとともに、かわいい声が飛び出てくる。

 何事かと驚きを隠せずに瞼をパッチリ開くと、この驚きを遥かに超える衝撃を受けた。

 

 

「んもぉ~……寝ぼけているからって、手癖が悪いよ……?」

 

 ちょっと困り表情をしながらも、ニヤつく気持ちを隠している彼女の顔が目の前にあった。

 しかも、俺の胴にまたがる馬乗りの状態で。

 

 乳白色で透明感のある肌。

 愛嬌のある和らいだ口元。

 月光のようにやさしく降り注ぐ瞳。

 下ろした髪は清流のように布団の上を伸びていく。

 その姿はまるで、いま咲いたばかりの白い百合のような清潔と艶やかさを兼ね揃えたかのような美女だった。

 

 そんな彼女の身体に、俺のこの手が触れていていたようだ。

 しかも、彼女にとって――もちろん俺にとっても恥ずかしい部位に触れていたので、彼女がこうした口調で言ってくるのも仕方がなかった。

 

 

「わ、悪い……つい、手が滑っちゃって……」

「むぅ~、そんなんで許せると思ったん? そないな悪い子には、ワシワシMAXやでぇ~♪」

「うおっ?! ひゃはっ! やっ、やばいって! そ、そこはやばいって!!」

 

 嬉々する声を上げながら、それこそ両手をワシワシと動かして俺の身体に襲い掛かる。

 彼女の指はピンポイントで俺の弱い部分を弄くってくるため、くすぐったくて思わず荒げた奇声を上げてしまう。

 何年も続けられ、精錬され尽くされたその指使いは、まさに熟練の技。

 一瞬にして、笑いが止まらなくなってしまう状態に陥ってしまう。

 

 

「はぁ……はぁ……このぉ~……お返しだ!」

「えっ、ちょっ! ひゃぁん! そ、そこはくすぐったい! だ、だめやって、う、ウチはくすぐられるのが得意じゃ……あっ、あははははは!!」

 

 彼女の攻めが少し緩んだのを見計らい、今度はこっちが彼女の弱いところに付け入ってくすぐり始める。

 彼女ほどではないが、人並みの指使いで彼女をくすぐると、割とあっさりとくすぐったそうに笑いだす。

 どうやら本当にくすぐりに弱いらしく、いつしか馬乗りしていた身体を横に倒し、逆に彼女の上に俺が乗るという形勢逆転劇が誕生した。

 

 しばらく、からかい気味に続けていたが、さすがに疲れたために手を止める。

 くすぐりから解放された彼女は、荒い吐息を漏らしながら少しずつ息を整い始めていた。

 

 そして、お互いの息と気持ちが整った上で、瞳同士を交らせた。

 やさしく微笑む視線を送ってくる彼女に、俺も同じように頬を緩ませて視線を送った。

 

 ちょっとした気持ちの以心伝心。

 お互いの指を絡ませて熱を感じ合うこの瞬間も、彼女と繋がっていることを実感する行為であった。

 

 

「おはよう―――」

「おはようさん。いつものお目覚めのキッスを頂戴な♪」

 

 小悪魔のように――でも、天使のようなほほえみを見せながらもねだってくる彼女に、顔を近付けて―――――

 

 

 

 

 

 

 チュッ―――――

 

 

 

 

 

「―――ん~、おでこじゃなくて、こっち()がよかったのに……」

「さっきのお返しだ。今日はお預けだよ」

「むぅ~……けちぃ……」

 

ムスッと頬を小さく膨らませ、ジト目でこっちを見つめてくる。

そんなに見つめてもあげないのだからな、と目で言うと、肩を落として少ししょんぼりとする態度を見せる。

まるで落ち込む子猫のような姿を見せるので、俺の気持ちも揺らぎ始め、少しくらいならいいかなぁ……と心を許し始めようとする。

 

 

 

「やるなら、ウチ、目を瞑るからその間に……ね?」

「………………」

 

……俺の心を覗いたのか、と呆れる俺を余所に、彼女は言った通り目を閉じて、唇を上げてキスをおねだりしていた。

 

 まったく、困ったヤツだ。

 彼女のその行為は、逆に俺を呆れ返らせてしまう。

 しょうがない、と思う一方、こうしてせがんでくる彼女もまた愛おしいと、心をくすぐらせるので、結局―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チュッ―――――♡

 

 

 やりなおしのやさしい口付けを交わした。

 

 

「うふふ、ウチ、今日も一日頑張れそうやわ♪」

「ふっ、そりゃどうも」

 

 そんな甘ったるい会話を交わし、彼女の手を引いて起き上がらせる。

 こうした行為が嬉しかったのか、彼女は「まるでデートでエスコートされとるみたいやんね。」とかわいげな笑みで呟くので、恥ずかしながら少し顔を赤らめてしまう。

 

 こうしたことを平然と言ってしまう彼女は、俺の大切な人、愛しい恋人である――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――東條希なのだ。

 

 

 

 

 

 

~☆~

 

 

 

 希とは現在同棲中。

 そんで朝食はいつも俺が行う。

 一応、希も家事はできるのだが、俺に比べて希はお寝坊さんなわけで、先に起きてしまう俺が必然的にキッチンに立つのだ。

 

 ただ、意外にも今日は希の方が早く起きていたらしく、久しぶりに2人で立っている。

 いつもはエプロンを1人で着て紐を結ぶのだが、今日は彼女がやってくれる。

 彼女よりも背が高い俺にエプロンを着せようと背伸びしていて、健気に頑張ろうとする様子は何よりの癒しだ。

 それで腰紐を俺の背中に回って結べばいいのに、何故か正面から腕を回して背中の紐を結ぶ。

 何とも効率の悪そうなことなのだが、希が言うに「こうすればキミを抱きしめられるから一石二鳥やん♪」と。

 あぁなるほど、と納得した俺は希の熱い抱擁に包まれて、更なる癒しの一時を過ごしてしまう。

 ということは、と思い付いた俺は、こちらもエプロンを着せようと紐を首にかけ、俺も希を抱きしめるように腕を回して腰紐を結んだ。

 

「ふふっ、やっぱ2人で料理するのは楽しいなぁ♪」

 

 まだ料理の“り”すら手を付けていないというのに、と一瞬突っ込もうとしたが、俺自身も彼女の癒しに堕されて「まあ、楽しいなぁ」と口を零す。

 大方、今の俺の表情はかなり緩みまくっていることだろう……その日の朝は鏡を見ることを辞めた。

 

 

 それと、朝食で出した納豆を嫌々そうにする希に、無理矢理食べさせて泣かせそうにしてしまったのは、また別の話――――

 

 

 

 

 

 

 

~☆~

 

 

 

 

「ん~~~!! ええ天気やなぁ~」

 

 季節は梅雨―――なのに、今日は雲ひとつない快晴。

 梅雨の始まりがついこの間だったから、まだ不安定なのだろう。

 ただこうして快晴になってくれたことには、お天道様に感謝しなくてはな。

 

 朝食を食べ終えた俺たちは、着替えて外を歩いていた。

 こっちが正真正銘、本当のデートである。

 それだから、今日こうして青空が澄み渡ってくれたことに感謝したくなったのだ。

 

「ねぇ、今日はどこに行こか?」

 

 正面を歩く希はくるりと身体を回転させて聞いてくる。

 が、すぐには答えられなかった。

 

 というのも、今日彼女の着ている服に気が行ってしまっていたからだ。

 

 純白のドレスのようなワンピース。

 下は膝を隠してしまうほどに長いスカートに対し、上は胸から肩までを広く見せる姿なのだ。

 特に、ただでさえ強調してくる胸なのに、胸の谷間を強烈に見せつけるような露出をしてくる。

 それに、背中も肩甲骨が丸見えな姿なので、前後から見ても何とも艶めかしい色気を放つ肉感的女性像を映しだしていた。

 

 

「―――ねぇ、聞いとる?」

「あっ、す、すまん。聞いてなかった……」

「もう、今日はどこに行こかって言うたんやで……」

「そ、そうだな……今日は夜までいろいろなところを回ろうか。夏に向けて新しい服を買ったりさ、映画を見に行ったりさ。そして、夜景の見える店でディナーでも楽しもうか」

「うん、それええなぁ! ウチもちょうど買いたいモンがあったし、見たい映画もあったんよ。それに、綺麗な夜景をキミと一緒に見たいって思っとったところなんよ。ふふっ、やっぱりウチらは心が通じ合ってるんやね♪」

 

 と気を逸らしていた俺に不満そうにしていた顔も、花開いたように無邪気な輝きを放つのだった。

 それに、頬を赤らめて惜しみなく言う恥ずかしい台詞は今の俺によく効いた。

 不意を突かれたような、そんな状態で受け止めたので、胸の高鳴りが激しくなる。

 ロマンチストのような乙女を彼女に持てたことに、幸福感が身体の内から駄々漏れてしまいそうになるのだった。

 

 

「それじゃあ、今日はウチをエスコートしてな、王子様」

 

 希は片手を俺の前に差し出すと、もう片方の手でスカートを掴み少しだけ持ちあげた。

 それは、上流階級の社交ダンスでエスコートを求める時の挨拶みたく、華麗なお嬢様を演じているかのようだった。

 いや、今の希をどこからどう見ても一流のお嬢様にしか見えないだろ……と心の中で呟きながらも、差し出された手を取って―――、

 

「お任せください、俺のお姫様」

 

 とキザに言い返してみせる。

 

 そしてそのまま、その小さな手を引いて、ゆっくりと歩き出す。

 歩いている中で、何度も繋いだ手の指をお互いに動かし合い、ああでもないこうでもないと無言のやり取りを交わす。

 それでやっと指元が落ち付くと、顔を見合わせてやさしく微笑み合った。

 こうしたちょっとしたことでさえ、愛おしく感じてしまうのはどうしてだろうか?

 

 それは言わずとわかることなのだ――――

 

 

 

 

 

 

「さっき、ウチの胸のあたりをジロジロ見とったやろ?」

「うっ! ど、どうしてそれを……!」

「バレへんと思ったん? キミの考えとること、ウチにはよぅわかるんやからね」

「ぐっ、さすがだな希。お前にはかなわないわ」

「くすっ、やっぱこれ着てきてよかったわ。キミのおもしろい顔も見れたし、それに、この恰好やといろんな人に見られるんやモンな」

「なっ……!」

 

 それもそうだ。

 希のこの姿を見て、鼻を伸ばす輩がいてもおかしくない。

 いくら希が意図してこうした姿をしたと言っても、その姿を他人に見せびらかすようなことはしたくない。

 希の恋人としては何ともヤキモキしてしまうものだ。

 

 

「うふふっ、なぁ~に。もしかして、ヤキモチとか妬いとるん?」

「い、いやっ、そんなことは……!」

「あははっ、無理せんと顔に出とるで。ウチのために妬いとるんやろ? うふっ、ウチの思った通りや♪」

「の、希……ま、まさか……!」

 

 目を見開いて驚いていると、希は小さく舌を出してウィンクしてみせた。

 や、やられた……彼女お得意の悪戯だ。

 

 小悪魔のように笑う彼女に、やれやれと溜息を吐くばかりだった。

 

 

 

 

 

 

~☆~

 

 

 

 それからというモノ―――

 

 俺は希と共に予定通りのコースに足を運ばせていた。

 

 

 ショッピングを楽しんでみたり―――

 

 新しい服を試着してみたり―――

 

 昼食を楽しんだり―――

 

 恋愛映画を手を繋ぎながら見たり―――

 

 街を散歩したり―――

 

 

 夜の街の絶景を望んでのディナーを楽しんだり――――

 

 

 

 

 俺と希は、この上ないほどに充実した一日を送ったのだ。

 

 

 

 

 そして――――、

 

 

 

 

 

 その夜景をゆっくりと眺めることができる静かな場所に座っていた。

 

 

 

「綺麗やね……」

「あぁ、綺麗だな……」

 

 息を呑んでしまうくらいの絶景に、俺たちは見惚れていた。

 

 こんな大都会でも絶景と呼べるような場所があったなんて最近まで知らなかった。

 てっきり、そう言うモノは自然豊かな場所でないと見られないとばかり考えていた。

 だが、こうして眺める夜の街は、とてもじゃないが言い表しにくいほどの光に包まれて浮かんで見えたのだ。

 

 そんな夜景を俺と希とで2人占めだ。

 愛しい希と肩を寄せ合って、ゆっくりと時間が過ぎていくこの瞬間がとても心地良かった。

 

 これが長く続けばいいのに――――

 

 

 

「ねぇ、ちょっとキミの膝を貸してくれる?」

「あぁ、いいよ」

「うん、ありがと。それじゃあ、遠慮なく……」

 

 そう言うと、希は寄り掛かっていた身体を倒して頭を俺の太ももの上に乗せた。

 膝枕、というヤツか、本当なら俺が希の太ももに顔を埋めたいのだが……こうして甘えてくる希を見ることができるだけでもありがたいことだと、何も言わずに明け渡すのだ。

 すると、希は寝心地のいい向きを探そうと頭を動かし、やっとその位置を見つけたみたいだ。

 

 しかしそれは、何と言うか……

 

 

「うふふっ、ここやったらキミの顔がよく見えるわ♪」

 

 俺の視線を落とすすぐ下に、こちらをやさしく見つめる希の顔が。

 どうやら、仰向けになっている方が心地良いのだと判断したんだろう、顔を緩ませ安心しているその姿を見ればすぐわかる。

 それを見て、こっちも顔を緩ませてしまうのは、彼女の愛嬌故なのかもしれない。

 

 

 

「不思議やなぁ……」

「ん、どうしたんだ?」

「ううん、別に。ただ、いまこうしてキミといられることがとっても不思議な気がするんよ」

「うん、どうして?」

 

 

 微笑みながら、どこか遠くの夜空を見つめているような表情を浮かばせて彼女は言う。

 

 

「ウチ、前はこんな嬉しい時間を送れてなかった。お父さんやお母さんはいつも仕事でおらんし、転校続きで遊んでくれる友達もおらんかった。ずっと、冷たくって、寂しい時間を過ごしてきたんよ……」

 

 儚げな寂しさを抱くような表情が目に映る。

 希の両親の都合で楽しい幼少時代を過ごせなかったと、前に彼女の口から聞かされたことがあった。

 その時も、いまと同じ寂しい表情をしていた。

 それほどまでに、希にとってあの時代は悲しいモノだったに違いなかった。

 

 

 

 

 

 だが、その一方で――――

 

 

「―――けどな、ウチ、高校になってから楽しい時間が増えたんよ。初めて親友と呼べる友達もできて、一緒に遊ぶことも過ごすことも増えたんよ。そして、スクールアイドルを始めた。それがウチにとっての大きな転換点やったよ」

 

 

 希の目に喜びの輝きが灯る。

 冷たい氷を溶かすように、彼女の寂しそうな表情はだんだんと姿を消し、終いに、春が芽生えたような、あのいつもの笑顔を見せていたんだ。

 

 

「仲間といっぱい練習して、いっぱい汗をかいて、いっぱいはしゃいで、いっぱい楽しんで―――ラブライブに出場して、優勝しちゃって、海外で公演したり、日本に戻ってたっくさんのスクールアイドルたちと踊って―――最後は、ファイナルライブを飾った。どれもこれも、ウチの大切な思い出なんよ」

 

 

 嬉しそうに、楽しそうにあの時の思い出を話す希。

 この頃のことを話す希は、とても活き活きしてて、とても輝いて見えた。

 その背中に太陽でも背負ってるかのような強い光を纏って―――

 

 

 そして、話の最後になると、決まってその光は弱くなってくる。

 満開を通り越し、萎れていく花のように、彼女もまた気持ちを沈ませてしまう。

 

 

 それが、希の“過去”の話―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもな―――」

 

 

 

 

 

 そして―――、

 

 

 

 

 

「ウチは―――キミに出会えた」

 

 

 萎れた花は、もう一度満開の花を咲かせる。

 

 彼女の表情に光が戻った。

 あたたかな光に包まれたような、眩い笑顔を見せて嬉しそうに言うのだ。

 声を弾ませ、新しいモノを見つけてはしゃぐ子供のような表情が俺を見つめるのだった。

 

 希はゆっくりと手を伸ばして、俺の頬に触れると、小さく擦りながら言うのだ。

 

 

「あの時、ウチにやさしくほほえんでくれたキミの笑顔が愛おしかった。ウチがμ’sを卒業して、心にすっぽりと開いてしまったこの穴に、キミがはまってくれた。ウチがなくした大切なものが、キミに変わって、そしていまは、ウチの大切な、手放したくないウチの大切な人になってくれた。ありがとな。ウチ、キミと出会って、こんなに愛されたのは、生まれて初めてなんよ……!」

 

 

 震える小さな声が漏れる。

 すると、きらりと光る瞳から一筋の涙が零れ出た。

 零れる涙は夜の光を包み込み、悲しみではなく、喜びに満ちた光となって俺の膝に落ちた。

 

 膝が熱く濡れる度に、心に迫り来るモノがある。

 それを感じると、胸が苦しくなったり、嬉しく晴れやかになったりと様々な想いが溢れ出て来る。

 

 これが彼女の感じている気持ち。

 俺はその気持ちを包み込むように、そっと流れる涙を拭った。

 

 

 俺は言う、

 

 

「俺だってそうだ。俺も希に出会って、初めてこんなに人を好きになれるようになった。人を愛することを知ったんだ。希がいたから、希がいてくれたから、いまの俺はここにいる。だから、言わせてくれ……ありがとう、希。生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて、ありがとう……!」

 

 

 無性に喉が震えた。

 胸に込み上がってくるモノがあった。

 涙が溢れてきそうになった。

 

 でもそれを彼女の前では見せまいと、強がって堪えてしまう。

 涙を流すよりも笑いを零すことをしようと、口角を引き上げる。

 

 それを見たからだろうか、希は嬉しそうにほほえんだ。

 と同時に、もう片方の手を俺のもう一方の頬に触れるのだ。

 そして、歯に噛む笑みでこう言うのだ。

 

 

「我慢せえへんでもええんやで。ウチは、キミの泣いている顔も好きなんやで」

 

 

 やさしく笑ってみせたその顔から慈愛の光を受けた気がした。

 

「ふっ、やっぱりかなわないな、希には……」

 

 そう口を零した瞬間、待っていたかのように目尻からボロボロと涙が出てきた。

 嬉しいのか悲しいのか、まったく分からない。

 でも、心がスッと爽やかになっていくのを感じると、決して悲しいモノじゃないんだと理解できる。

 

 そりゃあそうだ。

 目に入れても痛くないほどに愛おしい希がいるのだから、悲しいはずなど無いのだ。

 だから俺は、屈託のない笑顔でほほえみ返すのだった。

 

 

 

 心が近くなってきた、そんな気がした――――

 

 

 

「なあ、希」

「うん、なぁに?」

「朝の続き、しよっか」

「……うん………♪」

 

 

 それを言葉にしなくたって理解できる。

 だって俺たちは、心が繋がり合っているのだから。

 これくらいのこと、簡単に感じあるのだから。

 

 

 俺は、仰向けに見つめる希の顔に近付く。

 ゆっくりと、時間の許す限りゆっくりと………

 

 

 

「ねぇ―――」

 

 

 小さな呟きを耳に入れる。

 

 

「ん、なんだい?」

 

 

 そう返してあげると、希は柔らかい、木漏れ日のような表情を浮かばせて言うのだ。

 

 

 

「これからもすっと……ウチのこと、支えてな………」

 

 

 消えてしまいそうな、そんな微かな声で言うのだ。

 

 

 そんな彼女のその言葉に、俺は当然のような気持ちで応えてあげた――――。

 

 

 

 

 

 

「当たり前だ。これからもずっと……俺は、のぞみのことを、愛し続けるさ――――」

 

 

 

 彼女にしか届かないほんの小さな呟きは、彼女の顔と重なった瞬間、聞こえなくなった――――

 

 

 重なった2つの影は、その後どうなったのか誰も知らない――――

 

 

 

 ただ、2人を煌々と照らしたこの夜景だけが見守っていた――――

 

 

 

 

 

 

 やさしい光で包み込みながら――――

 

 

 

~Fin~

 

 

 





希は我が女神、我が希望。我が望みであり、我が最大の推し也。


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