シャトル救助~GX1話ライブまで間の、翼とマリアの対面 in ロンドンな話。


続作→『迷い猫オーバーステイ』https://syosetu.org/novel/160341/

(初出:2015/08/21)(他サイトと同時投稿です)





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シャトル救助~GX1話ライブまで間の、翼とマリアの対面 in ロンドンな話。


続作→『迷い猫オーバーステイ』https://syosetu.org/novel/160341/

(初出:2015/08/21)(他サイトと同時投稿です)






風のフォアシュピール

 暗闇の中をイントロが流れ始めると、爆発的な歓声が会場に沸き起こった。

 落とされていた照明が一斉に点く。ステージ上でバックバンドを背に立つ一人の女性が華々しく照らし出され、その人物が声高く歌い出すと、二万を超える客席のボルテージは更に上がっていく。

 ロンドンのコンサート会場の一つで開催されているミュージックフェスタ。ステージ上のマリアの姿を、翼は観客席から隠されている登壇者用の待機スペースから眺めていた。

「さすがはマリアさん。世界の歌姫ここに復活、という感じですね」

 傍らに控え、翼と同じようにステージを眺めていた緒川が感じ入ったように呟く。

「たしかに素晴らしいです。でも――」

「司法取引と情報操作によって仕立て上げられた偶像……」

 途切れた翼の言葉を、抱いていた心情をも含めて緒川が引き継ぐ。

「ええ。その実、以前からマリアは――」

 造られた偶像、だった。

 活動再開からまだ幾日も経っていないマリアのステージに、復帰を待ち望んでいた観客の熱狂は高まる一方だ。会場を歓喜に沸かせるその歌声を聴くうち、ふと感じ取った何か。それはマリアの歌を聴くにつれて翼の胸の内に降り積もり、色濃くなって、やがて一つの疑念を湧き起こさせた。

 マリアは、歌は好きなのだろうか。

 翼は今となってはマリアの背景を知っている。フロンティア事変の事態収拾の過程で上げられた報告書には全て目を通し、先の事変の全容は既に把握していた。米国政府のフロンティア再利用計画、及びその裏のナスターシャ教授のフロンティア計画遂行のために用意された仕組まれた歌姫――それがマリアだ。

 十年を待たずに月の落下が訪れることを知ったナスターシャは、かつてフィーネの立案していたフロンティア計画を、自国経営者による人類の選択救済が可能になるとして米国政府に持ちかけた。だが後に政府を裏切り、一部特権階級の利害に関係なく分け隔てない人類の救済にフロンティアを役立てることこそがナスターシャの真の目的だった。

 そこに至るために計画資金と助力と後押しを政府から得て、レセプターチルドレン出身のシンフォギア装者である出自を別な経歴に詐称して隠した上で、ルナアタックより数週間の後に、マリアは米国でデビューした。かつて翼が天羽奏とライブ形式の歌唱でネフシュタンの鎧を覚醒させたのを模して、翼とマリアによるライブで極高のフォニックゲインを生じさせ、フロンティアの動力となるネフィリムを覚醒させるそのために。

 米国政府による工作が行われたのだろうが、マリアの歌が米国の音楽業界を席捲したのは実力に依るところだと、同じアーティストとして翼は確信している。

 だが。

 歌声は見事だけれど、何者かと戦うため、あるいは誰かを守るために歌ってきた、周囲の求めに応じて、必要に迫られて歌ってきたマリアは――果たして歌は好きなのだろうか。

 聴く者を鼓舞し、ときに慰撫する、張りのある覇気を帯びた声。次曲で艷やかなコケティッシュボイスで聴衆の耳を虜にしたかと思えば、別の曲では宙空に溶けて消えるような声で儚く歌い上げる、といったマリアの多彩な歌声。

 聴衆を熱狂させ惜しみない喝采が送られるその歌声に、なにか、かすかに翳りのようなものが入り混じっていると感じられる気がするのは、アーティスト同士である以外に、自分もマリアもシンフォギア装者だからだろうか。

 

 

 

 指定の部屋を訪れると、はたして、マリアはそこにいた。

「マリア、久しぶりだ」

「風鳴翼――」

 顔を上げたマリアが、翼を見やる。

 今日はメトロミュージック社のオフィスで、コラボユニットプロジェクトの初の打ち合わせだった。

 トニー・グレイザー氏と話をしてきますので先に入っていてください、と言って廊下で別れた緒川の言葉に従って訪ねたミーティング用の部屋は、社に出入りする芸術家肌が多く利用することを配慮してか、中規模のカフェ店内のようなカジュアルな内装をしていた。

 スツールを八脚ずつ備えた長テーブル席が間隔を空けて平行に三つ並んでいるが、部屋全体を貸し切りにでもしているのか、マリアが一人で端に着席してる部屋中央のテーブル以外には誰も人が居ない。

 軽く微笑みを作ったマリアの翠眼が、スツールに腰掛けた分の低い位置から翼を映した。

「久しぶり、という程では無いのではないかしら。最後に会ってからまだ一ヶ月も経っていないわ」

 先日のミュージックフェスタのように、お互いの姿を目にすることはあっても会話を交わしていないのであれば、会ったとは言えないだろう。登壇が終わるとすぐに警護の者が側に付き、周囲から遠ざけられるように場を後にするのがマリアの恒例となっていた。

 マリアと最後に言葉を交わした日となると、三週間ほど前のことになる。それはマリアたちに保護観察処分という決定が下され、調と切歌はリディアン音楽院へ入学、マリアは芸能活動再開の要請を受諾し、ようやく面会許可が降りたとき。ドーナツの差し入れを携えて響とクリス、未来と共に勾留先へ面会に行ったときが最後だった。

 それより前は、ソロモンの杖でバビロニアの宝物庫に開いた孔を閉じたあの砂浜が最後になる。それ以降、勾留されてからは面会は途絶されていた。

「ああ。でもこちらに来て過ごした時間が濃密過ぎて……経った時間の割に、日本に居た頃が昔に感じる」

 これまで学院に籍を置いていたこともあり、それ卒業した今、異国の地に拠点を置いて腰を据えて音楽活動をするのは翼にとってこれが初めてになる。

 ロンドンに到着したその日からプロデューサーのトニーとの面会あり、近く行われるライブの打ち合わせあり、翌日以降さっそくボイトレありライブ稽古ありリハーサルあり……といった日々を怒涛のように過ごすうち、自分が身を置いている土地の感覚はすっかりロンドン色に上塗りされていた。

「コラボ曲のリリースにPV撮影、ライブにその準備に――これからしばらくの間、よろしく頼む」

「ええ、よろしく」

「裏に事情があるにせよ、あなたとまた共に歌うことができるのは僥倖だ」

 翼がそう言うとマリアは、視線は逸らしていないのに一瞬、どこか別の何かを見ているような目になった気がした。けれども瞬きを一つ落とした後には元に戻って瞳に翼を捉えていた。

「ステージを見たわ。この国の人びとにすでに受け入れられてるみたいで、善哉ね」

 マリアは戦友の戦果を労うような微笑みを翼に向ける。ミュージックフェスタで登壇している翼の姿をマリアもまたどこからか眺めていたのだろう。

「ありがとう。マリアこそ、流石としか言い様のない見事なステージだった。ただ――」

 出入口のドアの方を振り返る。

 ドアの左右の壁際にはダークスーツを着込んだボディガードの男が二人、立っている。国連の所属だろうが、おそらくは米国政府の息のかかった者。着けたサングラスの下から、こちらの挙動に視線を送っていることだろう。

 影のように控え翼を見守るような緒川とは全く別の種類の視線。警護ではなく、まるで監視だ。ものものしくて居心地が悪い。訓練を積み武術にそれなりに通じているマリアにとって、この気配はきっとうるさ過ぎる。これでは精神がささくれ立つのも当然だろう。

 ボディガードらに数歩歩み寄る。マリアの視線を後ろに感じながら、彼らに向かって静かに言う。

「私が共にいるときのマリアの警護は私が担おう。私の所属するS.O.N.G.とてあなた方と同じ国連組織。問題はないはずだ」

 ボディガードの一人が壁から背を離し、何か言おうとしたのをもう一人が制した。耳に着けている通信機に手をやり何かを聴く所作の後、翼に向き直る。

「我々の認識する予め定められたスケジュール通りなら、問題ありません。しかしそれが終わればエージェント・マリアには、再び我々の警護下に戻っていただきます」

「それでかまわない」

 互いに頷き合って立ち去るボディガードたち。

 日本政府筋とのトラブルは避けろ、とでも指示が出たのだろうか。

 だが全く視線から逃れられるということはなく、室内カメラ等を使った遠隔での監視は継続されていることだろう。それでも圧迫感ある気配が消えたことは上々と言えた。

「私の”警護”を遠ざけて、何を考えているのかしら?」

 ドアの閉じられる音の後、背に投げかけられた言葉に振り返る。

「歌姫どのは、私の同伴では不満がおありか?」

「防人の個人出張、とでも言うつもり?」

 ふ、と吐息をついて。

「悪くないわ」

 マリアは可笑しさを含ませた微笑みを浮かべた。

 共犯めいた感覚が翼に少し人の悪い笑みを作らせる。

 その笑みが引いた後、翼はマリアを真っ直ぐに見据えて向き直った。

「マリアは、歌うことは好きか?」

 マリアの翠眼が翼を映す。その瞳はかすかに瞠られていた。

 唇は、結ばれたまま。

 けれど、答えを待つ必要はなかった。

「私はかつて、戦いのためだけに歌っていた。その果てに、何のために歌うのかわからなくなってしまった。自分の命に意味や価値などないとさえ思っていた。けれど本当は、私は歌うことが好きだった。歌で誰かと繋がることでそれを思い出した。繋いだ手が、それを思い出させてくれた――」

 マリアは歌が好きか。

 決まっている。マリアは歌が好きだ。

 情報として来歴を知ってはいても、その心境まではデータに記されていない。

 けれど、そうでなければ、フロンティア事変の終局面を迎えていたあのとき、70億人分の心の旋律を引き出す奇跡を起こせるはずがない。

「だから、忘れて欲しくない。歌が好きだということを。かつての私のように忘れないで欲しい」

 翼をただ見詰め返してくるばかりのマリアに、手を差し出す。

「あなたが背負わされているものを知っているつもりだ。歌を共にするせめてもの間だけでも、それの片翼を担わせてもらえないだろうか」

 負わされたものを取り払ってやることができないなら、せめて、側にいることが許される間だけでも。

 歌が好きだという気持ちを、繋ぎ留めてやりたい。

 

 

  ◇

 

 

 歌うことは好きか。そう問われれば、無論と答えるくらいに、歌は好きだ。けれど、問われる直前までそれを忘れかけていた。忘れかけていたことをも、忘れかけていた。

 まるで空を覆う分厚い雲がいくらか薄らいで、そこから照る光に世界は本来いま少し明るいのだということを久方ぶりに気付かされたかのような心地がして――マリアは思う。目の前の娘はその名の示す通り、まさしく翼なのだと。

 己を縛るままならない不自由は、陽も視線も遮り雨も光もなにも降らさない垂れ込める重い雲のようで、心象の空を横切るように現れた一対の翼は、その暗雲をいくばくか切り散らし、その折の風で清涼な空気を胸中に運んでくれた。風の鳴る翼とは、よく言えている。

 翼はきっと知らない。米国政府とその経営者たちの体裁を守るために仕立て上げられた歌姫は、その衣装の下に隠された枷がはめられていることを。

 米国政府筋の国連エージェントは、マリアの首を縦に振らせるため、面談の席で未成年装者の情報開示を秘密裏に持ち出して再び偶像を演じるよう迫ってきた。

 諜報機関を前身とするS.O.N.G.ならば、おそらくその事実までもを掴んでいることだろう。だが装者たちはそのことを知っていない。こちらの心情を察してかはわからないが、人質を取られての脅迫まがいの交渉だったことを伏せておいてくれているだろうことに、マリアは感謝していた。平穏な日常を送って然るべきな他の装者たちに、心を曇らせるような懸念を必要以上に抱えて欲しくなかった。

 ゆえに、翼のマリアに向けた言葉は組織上層の暗部と無縁に自身の純粋な部分からくるもので、だからなおさら、米国政府筋の思惑に従わされているマリアには清々しいものに感じられた。

 翼は歌が好きだろうか。

 問わずとも自明だ。翼は歌が好きだ。

 先日目にしたライブの様子からもよくわかる。翼の歌声は歌を愛する真っ直ぐな気持ちを聴衆の胸に刻み込むかのようで、言うなれば翼の歌は歌を好きになる歌だった。

 F.I.S.に居た頃にフィーネの遺した記録を見て、マリアは知っている。風鳴翼というアーティストの、シンフォギア装者の軌跡を。天羽奏の死によりその身を一意に剣へと窶し、己と歌を戦いの道具にして独りでノイズに立ち向かった。二年間の自暴な孤独を経て、立花響、雪音クリスとの出会いによって翼は”歌が好きな自分”を取り戻した。

 そんな翼の往く手を、国家間の闇に足を取られ、政府の操り糸に絡みつかれ足掻いている自分が妨げになることは許されない。

 自分の歌では誰も守ることができなかった。けれど、胸中の暗雲がいくらか晴れた今の自分なら、枷のある身であっても任された片端が沈まないように支えることくらいはできるかもしれない。世界を舞台に歌いたいという翼の夢の片翼を支えて、微力ながら浮力の足しになってやることができるかもしれない。

 いや、やるべきだ。

 大人の自分が、支えてやらなくてはならない。

 調から聞いた、風鳴司令の言葉の受け売りではないけれど――子供のやりたいことを支えてやれない大人なんて、格好が悪くて敵わない。

「風鳴翼、……いや、翼――」

 差し出されてる翼の手に、手を伸ばして、それを握る。

 翼の手は、剣を振るってきたにしては細くて柔らかく、けれどしなやかさを感じさせる、そんな手だった。

「ライブ限定とはいえ、ユニットを組むことには変わりはない。だから、パートナーとして名前で呼ばせてもらうわ。かまわないかしら」

 未だ成熟しきっていない美少女然とした翼の面立ちに、刃の閃きのような凛とした微笑みが浮かぶ。

「望むところだ。こちらも改めて引き続き、マリアと呼ばせてもらう」

 軽く、ひときわ握りしめてから離れていった翼の手。

 僅かに移されたぬくもりはすぐに揮発して、マリアの手のひらに涼やかさを残していった。

 翼が胸中に運んできた風は、マリアには兆しのようなものに思えた。このあと、何か良性の出来事が待っていると予感させるような。

 コラボユニットのライブが終曲であるならば、これは、風の鳴る前奏曲といったところだろうか。

 その風に乗って、枷の重みに俯けていた顔が、身体が、真っ直ぐに立ち上がっていくのを感じる。

 その瞬間、ふと胸を過るものがあった。今のこれも、過去を顧みても、これではまるで。

「……年下を支えるどころか、年下に支えられてばかりね、私は」

「何か言ったか?」

 う、と身を固くする。うっかり零した呟きを聞かれていたようだ。握手を交わした後、翼は少し離れた所に移っていたから聞こえていないだろうと思ったのに。この防人、良い聴覚をしている。

「防人の剣はやっぱり可愛くない、って言ったの」

「どういう意味だ? それに、やっぱりとは……?」

 翼が問い詰めてこようとしたところで、緒川とトニーが他のスタッフを伴って部屋に入ってきた。

 その話の続きは、またの機会に。

 

 

 私たちには歌がある。

 歌でなら、分かち合える。

 歌でこそ、分かり合える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 マリアさん2話で判明したように調・切歌・響の未成年装者ズを人質に取られてアイドルをやらされてる割に1話のライブでは笑顔ジャンプするなど実に楽しそうに歌ってるし、Gでは対決はあったものの翼とはほとんど会話が無かったのにいつの間にか名呼びになってるし、シャトル救助からライブまでの間に二人にどんな進展があったのやらと妄想した結果のSSでした。
 続作、エタったら申し訳ありません…。

 続作→『迷い猫オーバーステイ』https://syosetu.org/novel/160341/



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