1章「非常に低確率の日」
月あかりのもと、銀のかけらが極細の線となってきらめく……
(黒いローブ姿の人影が揃って倒れる)
……血がどくどくと流れだし、だれかがなにかを叫ぶ。
ハリー・ジェイムズ・ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレスは物おきのそとの大声をできるかぎり無視しようとしていた。
夕食の時間まで一時間あるので、ハリーは階段下の物置にはいってファンタジー小説を読んでいる。 ふだんはとなりにいても静かにしてくれるお父さんの書斎で読むか、リヴィングルームでお母さんのソープオペラの音を無視して読書する。けれど、自分の部屋よりも静かな場所がほしいときはこうやって階段下にくるのだった。 ひとりになれる、居ごこちのよい場所だった。電話の会話、テレビ、そとの車道の音もここにはとどかない。
ただこの夜は、エヴァンズ゠ヴェレス家の夫妻マイケルとペチュニアの声がだんだんと大きくなり、壁も役にたたなくなってきていて、やがて会話の断片がハリーにもわかるくらいになった。
「……どうせでたらめ…… これで今週四度目…… ばかげたいたずらだよ、ペチュニア——」
ハリーはめがねの位置を直して本にもどろうとした。 この本の著者は、生物学と化学をろくに理解しない老人魔法使いを使って、この世界のドラゴンがどうやって炎をはくのかを説明しようとしている。 ハリーは基本的にサイエンスフィクションのほうが好きだったが、魔法のうちのいくらかだけでも合理的で理解可能な方法で説明
「——だからいたずらじゃないって…… 本人に見せてあげないと、いつまでも…… これからもどんどん……」
「……ありえないよ、わざわざハリーに…… こんな荒唐無稽な手紙を……!」
残念ながらその想像力はすっかり、聞こえてくる話のほうにうばわれてしまった。パパはどんな手紙を隠しているんだろうか。 もはや集中できなくなった本を閉じると、おなじみの苦にがしさがこころに浮かんできた。
両親からよく扱われていないわけではない。 むしろ逆だ。ハリーは最高の小学校にいれられ、その学校でも不足だとわかると、ありあまる大学生の候補からえらばれた最高の家庭教師をつけられた。 気になったことはなんでも学ぶよういつも奨励された。ほしい本はすべて買ってもらえ、数学や科学の大会に参加するための費用はいつも出してもらえた。 自分がなみはずれてめぐまれていると自覚していたし、そのことをいつも両親に感謝していた。……だが、尊重してもらえているかどうかとなると、その半分も満足しているかどうかだった。
といっても、もちろん両親はきかれれば我が子を尊重していると答えるだろう。 生化学のオクスフォード大学教授とリベラルなその妻は育児について進歩的な価値観をもっている
両親がわるいのではない。社会全体が、子どもにその程度の低い期待しかしていないのだ。かわることがあるとすれば、自分のような子どもの手によってだろう。
だからハリーは壁のあいだにかけた小さなハンモックから足をだして飛びおり、お父さんにとりつけてもらったランタンを消し、廊下へのドアをあけた。
声はすぐに小さくなった。 ハリーがリヴィングルームに足をふみいれたころには、両親はソファに座って落ちついていて、部屋でひときわ目だつテレビに映るニュースを見ていた。 エヴァンズ゠ヴェレス家のリヴィングルームは本に支配されている。 壁一面が書棚で覆われていて、どの棚も六段からなり、天井近くまで届いている。 科学、数学、歴史などなど、ハードカバーの本ばかりであふれんばかりの棚もある。 ペーパーバックのサイエンスフィクションの段は二層ある。後ろの層はティッシュ箱か木の棒で底上げされていて、前の層のうえからはみでて見えるようになっている。 それでもたりず、本はテーブルやソファにこぼれだし、窓の下にも積み重ねられている。
「ママ、パパ。なにかあった?」
「ハリー」と言ってお母さんはハリーのほうを向いて笑みをうかべた。その顔はまだ若く美人で、年齢を感じさせない。「なんでもないわ。」
「読書を邪魔してしまったかい?」と言ってお父さんが申し訳なさそうにした。「すまん。いつのまにか論争がちょっと白熱しすぎたようだ。」 そう言ってマイケルは笑った。
ハリーとお母さんはしたり顔で笑みをうかべておたがいを見あった。 エヴァンズ゠ヴェレス教授は口げんかを非文明的だとみなすものだから、彼の参加するものは自動的に『論争』に格上げされるのだ。 「いいよ。ただ、聞いちゃったんだけど。」とハリーはさりげなく強調して言う。「ぼくに手紙がとどいたとか?」
ハリーは二人がすばやく目線をかわしあうのを見て、察した。お母さんはなにかを期待している目、お父さんはなにかを計算している目だ。 お父さんは、とあるやっかいな認知的不協和とたたかっているのだ。 一方には手紙を隠していたことへの罪悪感がある。深刻なプライヴァシーの侵害だ。 他方では、社会的規範によって親は子がどういう情報をうけとるべきかうけとるべきでないかを決める権利があると当然のように思っている。その子がどんなにかしこく早熟であっても。
「そうよ。」 ペチュニアが数秒の沈黙ののち、口火を切る。「わたしが見たのは今日のがはじめて。前に見ていたら教えていたわ。お父さんは単なるいたずらの手紙だと思って、分かってくれない——」
「見るだけなら害はないんじゃないの?」と言って、ハリーは期待するように手をのばし、無垢に目を見ひらいて待つ態度をとった。 お父さんがことわってきたらどうするかは、考えていなかった。ハリーの服従的地位に関する話題となると、どうがんばっても理屈が通用しないのが通例だ……。
お父さんは一瞬ためらってからうなづいて立ちあがり、ごみ箱にむかっていき、封筒とそのなかから紙を数枚とりだした。 「たしかにそうだ。見るだけなら害はない。 ハリーはかしこい子だ。どんなホラ話をもちかけられてもひっかかったりしないからな。」
マイケルは手紙と封筒をハリーにわたした。ハリーのほうは、降参するとなったらすぐに上から目線になる父親に対する反論がのどまで出かかっていた。 どうやら、自分がまちがったと認めていいのは学術論文誌でだけで、大人が子ども相手にやることではない、ということらしい……
ハリーはテーブルに向かいながら、自分の毒舌をたしなめた。 こういうことになると、ハリーは平静でいられなくなりやすい。そうわかってはいながらも、いらだちをおさえるのに少し時間がかかってしまったりする。 ハリーは無理をしてパパに笑みをかえし、両親の熱烈な視線を感じながら、厚みのある上質な紙をひらいて読みはじめた。
ハリーは手紙を数秒でざっと読み、目をしばたたかせ、顔をあげて両親と目をあわせた。
「なにこれ。」
マイケル・エヴァンズ゠ヴェレスは笑顔で言った。「だろう。ずいぶんとばかげた——」
ハリーは両手をかかげてから、羊皮紙(こういうものは単に『紙』ではなくそう呼ばれることは知っていた)にもう一度目をおとし、ゆっくりと内容を読みなおした。
ポッター様
あなたはホグウォーツ魔術学校への入学を許可されました。おめでとうございます。必要な書籍と用品の一覧を同封しますのでご覧ください。
新学期は九月一日にはじまります。お返事のフクロウは七月三十一日必着といたします。
副総長ミネルヴァ・マクゴナガル
二枚目には、ファンタジー世界のロールプレイングゲームの説明書にあってもおかしくないものがならんでいた。
「これはなに? 時期おくれのサマーキャンプとか?」 そう言ってハリーは羊皮紙の最初につけられたみごとな紋章に目をやった。ライオンとヘビと
「ちがうの。」とお母さんが言う。「サマーキャンプじゃない。お父さんにも言おうとしていたんだけど……」 そこで深く息をはいて、椅子で姿勢をただして、夫から目をはなしてハリーに視線を集中した。 「妹は……あなたのお母さんのリリーは……魔女だった。 リリーもそれと同じ手紙をもらったの。 このことは誰にもしゃべらない約束だった。家族全員がそう約束したんだけど、リリーのように招聘されたなら、あなたは知るべき人間なのよ。」
ハリーは怒りと困惑が混ざった気持ちになり、お父さんと目線をかわしあった。 ママはハリーの生みの親の話をめったにしない。 禁句でもなんでもないが、話題にのぼることがあまりないのだ。 ハリーが一歳のとき、二人は自動車事故で死んだ。 その同じ事故でハリーはひたいに稲妻形の傷あとをおった。 ペチュニアが信じていることがらの一部がどんなものかを考えれば、二人がウィッカに傾倒していたときかされてもたいして驚きではない。ただ、彼女の深刻な調子はその話題に不釣り合いだった。
「ええと、その、おもしろいね、というか。でもその宗教がぼくにどういう関係があるの? 『あの人たち』ってなに?」 その正体はともかく、ハリーは『招聘』ということばの重おもしいひびきが気に入らなかった。暗い森に集まった魔女がそう宣告してポッター家の子を仲間にひきこもうとしているようなイメージだ。
「宗教じゃない。
マイケル・エヴァンズ゠ヴェレスは笑った。ハリーもそれに続きそうになった。 ペチュニア・エヴァンズ゠ヴェレスは一家のなかでいつもどこか変わり者だった。 記憶にあるかぎりで両親のもっとも『白熱した論争』のいくつかには、彼女のおまじないが関係していた。ハリーは小さいころ病気になったとき、なにか細かな紋様のついた水晶をふりかざされたことをはっきりとおぼえている。
小さかったころ、ハリーはお母さんのなじみの煙たい不思議な店につれられていくのが好きだった。どれも刺激的なにおいをふりまいて奇妙な器具を売る店だった。 ありがたいことに、ハリーはそういう店で売られるものについての信仰を批判的に検討する方法をお父さんの本からおそわった。 ここ数年は、ああいった謎めいた神秘主義の雰囲気はなんの根拠もなく、すこし腹立たしいものだと感じられるようになった。
ハリーは笑みをうかべて、『学校用品』がならぶ羊皮紙に目をやった。 杖、呪文書、
それでも、ハリーはお父さんにつづいて笑わなかった。というのは……
というのは、自分のなかのどこかに、今回はお母さんがただしいという奇妙な確信があったからだ。この、一番ありそうにない場合にかぎって。……『あなたも魔法使いだっていうことなの』。
「まあ、いつかチェスのウィザードにならなってくれるかもしれない。」と言ってお父さんは笑顔のまま背をむけて、ニュースを見にもどった。 「だがだれだろうと、こういった手紙を送りつづけているやつがうちの前にローブ姿ととんがり帽子であらわれた日には、精神科医を呼ぶぞ。」
ペチュニアはまだハリーだけを見ていた。決意のまなざしで待っていた。
「ママ、『
ペチュニアはくちびるを噛んだ。 「言えない。言ったらきっとわたしのことを——」 ペチュニアは口をとじ、ハリーは困惑した。 いつものお母さんなら、論理的な議論に対してただ肩をすくめて、腹立たしくなるほど冷静な様子で、自分のこころのなかの確信にだけたよって自分のやや非合理的な信念を弁護する。 今日のお母さんが見せる突然の緊張とそこから感じさせられる困惑に、ハリーは注意をひかれた。 「聞いて。わたしはもともと——こうじゃなかった——」 ペチュニアは自分のすらっとしたからだを指すような手振りをした。 「リリーのおかげなの。わたしが……わたしが
ハリーははっとして、ペチュニアの目に涙がたまっていくのを見た。
「リリーはできないって言って、ばかげた言い訳をした。自分の姉にやさしくしたら世界が終わるとか、ケンタウロスから止められているとか——ほんとうにばかげた言い訳で、そういうところがわたしは大嫌いだった。 わたしは大学を卒業してすぐ、ヴァーノン・ダーズリーっていう男とつきあいだして。太った男で、わたしに話してくれるのは彼だけだった。その彼が、子どもがほしい、長男の名前はダドリーにしたいって言うの。
ペチュニアはそこで止まった。あきらかに悲痛な思い出を告白させてしまったことに責任を感じて、ハリーはすこしみじめな気持ちになった。 お父さんに目をやると、やはり同じようにショックをうけた様子だ。 ママにそんな暗い過去があったとは、妹にそこまで嫉妬していたとは、ぜんぜん知らなかった……。 ハリーの生みの親の二人が死んだとき、お母さんはどれくらい罪悪感をおぼえたのだろうか。
「とにかく……」とペチュニアは小声で言う。「リリーは折れてくれた。 リリーは危険だと言ったけれど、わたしは気にしないと言った。 魔法薬を飲んで、何週間か具合が悪くなって、それがなおったときには、肌がすべすべになって肉づきがよくなって……わたしはきれいになった。
「ペチュニア。」とマイケルはやさしく言う。「それは病気だったんだ。体重は寝ているあいだに増えた。肌は自然にすべすべになった。 あるいは、病気のせいで食習慣が変わって——」
「そういうんじゃないの。あれは魔法。ほんものの魔法。ちゃんと見たし、それだけじゃなく——」
「ペチュニア。」とマイケルは言う。いらだちがまた声にこもってきている。 「そんなはずがないことはきみにも
ペチュニアは両手をにぎった。いまにも泣きだしそうな様子だ。 「あなたには口では勝てないわよね。でもこれだけは信じて——」
「
二人ともとまってハリーを見た。ハリーは深く息をはいてこの問題を検討した。 「ママ、
「そうよ。リリーだけだった。」
「ならママの家族も手紙を信じられなかったでしょ。どうやって納得したの?」
「ああ。手紙だけじゃなくて、ホグウォーツから先生も来て、その人が——」 ペチュニアはマイケルに目を一瞬やった。「魔法をみせてくれた。」
「それなら決まりだ。 二人ともけんかはしなくていい。 これが本物なら、ぼくらはただホグウォーツの先生が来て魔法をみせてくれるのを待てばいい。 それをみたらパパは本物だと認める。 そうでないなら、ママはこれが偽物だと認める。 実験的方法はこのためにあるんだよ。こうすれば問題を解決するのに言い争いは必要ない。」 かなわない望みとはわかっているが、今回だけは聞き入れてくれないものか……
「おいおいハリー……」とエヴァンズ゠ヴェレス教授が言った。「
そのかわりにおちついた声のままでハリーは言った。 「ママ、パパにこの口論で勝ちたいなら、『ファインマン物理学』第一巻の二章を見て。 科学になにが絶対必要かについて哲学者はいろいろ言うけど、そのどれもすべてまちがいだ、なぜなら観察こそ最後の審判だというのが科学における唯一の規則だから——つまり世界を観察して見えたものを報告すればそれだけでいい、とそこに書いてある。 ええと、いますぐにはどの部分だったか思いだせないんだけど、口論でなく実験で決着をつけるのが科学の理想形だ、みたいな部分もあったな——」
お母さんはハリーを見て笑顔になった。 「ありがとうハリー、でも……」と言って、夫のほうに向きなおる。「お父さんに口論で勝ちたいんじゃないの。ただ……お父さんを愛している妻の話を聞いてくれればいい。たまには信じてほしいだけなの……」
ハリーは一瞬目をとじた。
また
「自分の部屋にもどるよ。」とハリーは宣言した。声がすこし震えた。 「このことについてはあまりけんかしないでね。すぐに結果はわかるんだから。」
「もちろんだ。」とお父さんが言い、お母さんは安心してというキスをハリーにした。二人は『論争』をつづけ、ハリーは寝室にあがった。
ハリーはドアを後ろ手にしめ、考えようとしながら、教科書とSF本がつまった書棚のまえをすぎ、ベッドによこたわった。
変なのは、ハリーはパパに同意
なのにハリーはこころのなかのどこかで、ママの言うことを心底信じきっていた。 自分は魔法が使える……魔法使いだと。
たんなるエゴだろうか? 自分に隠れた魔力があると信じたくない子どもなどいるだろうか? 自分には肥大した尊大さがあるとまわりから言われていることをハリーは知っていた。 いつか自分の実力でその尊大さを正当化するとこころに決めてもいた。 もちろん、それは科学の分野のどこかになるだろうと考えていた。 がんを治療し寿命をいくらでものばすことに成功して生物学者として世界的に有名になることを考えていた。 あるいは、物理学にいくなら、完全な低温核融合とか、世界のエネルギー不足を解決し人類を他の恒星系に送りだすとか。理屈にあうこと。だいたいのところは。いずれにしろ、魔法ではない。
自分の理性の力がどこか壊れてしまったのかもしれない。 ハリーは眉をひそめ、まるで傷あとがうきでてくるとでもいうかのように頭蓋骨を指でさわってみた。 最近なにかにあたまをぶつけたことはない……すくなくとも思いだせる範囲では。
不愉快さが低いほうから順にいって、あれはママが冗談を言っているか、うそをついているか、狂っているかのどれかであることはあきらかと言ってよかったはずだ。 ママが自分で手紙をおくったなら、切手なしに郵便箱にとどいた理由の説明がつく。 ちょっとした狂気の可能性のほうが、宇宙があの手紙の示唆するようなしくみになっているという可能性よりはずっとずっと高い。
ほかのことについてのお母さんの考えはどうだろう? そのうちどれかは受け入れられそうか? 原子が『水晶』と呼ばれる特定のパターンでならんだときに、体のなかにある菌やウイルスをなぜか破壊することができる……、しかも『有害』とされるバクテリアやウイルスを破壊して有益なものはそのままにする……という考えはどうだ。 よし、これならなんの証拠にも裏づけられない、願望実現の一形態として合理的に棄却できる。 ホグウォーツからこの家にきた人がスプーンまげをはじめたなら、あの手紙をごみ箱にいれてそれ以上なにも考えない。
それでも、
ハリーはしぶい顔をして、ひたいをこすった。
ふだんならハリーはこの質問にうまくこたえられる。 今回にかぎっては、自分の脳がなにを考えているのか
この考えかたがまちがっているのは、科学者というものは、教科書やほかの科学者やあるいは科学的手法に対してさえ、『信心』をもたないものだから。 科学者は
だが、今回の新しい考えは、外部要因にもとづいていない。 ほかの人に説明して納得させることができない。実地でしめして査読にかけることができる考えではない。 それはただそこにあるだけ。
ハリーはこころのなかで肩をすくめた。 ボタンはおされるのをまっている。 ハンドルはまわされたがる。
ハリーは机にいき、何冊か本をわきにのけて、罫線のはいった紙を一枚ひきだしからとりだし、書きはじめた。
ミネルヴァ・マクゴナガル様
ハリーはそこでとまり、考えなおし、すてて次の紙にした。シャープペンシルの黒鉛を一ミリだす。 これは丁寧な字で書かないとだめだ。
副総長先生
あるいはその他のご担当者様
私は先日H. ポッター宛のホグウォーツ入学許可書を受けとりました。 ご存じかもしれませんが、私の生みの親であるジェイムズ・ポッターとリリー・ポッター(旧姓ではリリー・エヴァンズ)は死に、私はリリーの姉ペチュニア・エヴァンズ゠ヴェレスとその夫マイケル・エヴァンズ゠ヴェレスの養子となりました。
ホグウォーツというものが実在すると仮定してですが、入学には大変興味があります。 一家で母ペチュニアだけは魔法が本当にあると言いますが、彼女は魔法を使えません。 父は懐疑的です。 私は決めかねています。 また、私は入学許可書に書かれていた本や学校用品をどこで入手できるのか知りません。
母によれば、リリー・ポッター(当時の名はリリー・エヴァンズ)にはホグウォーツから使者が送られ、家族に魔法を実演していただけたそうです。 さらに学校用品を入手する助けもいただいたのではないかと思います。 私の家族にも同じようにしていただければ大変ありがたいです。
ハリー・ジェイムズ・ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレス
そこに現住所を書きいれ、手紙をたたんで封筒にいれ、ホグウォーツの宛名をかいた。 少し考えてから、ろうそくをもってきて封筒のとじめに蝋をたらし、小刀のさきで H.J.P.E.V のイニシャルを刻印した。 どうせこんな狂気に堕ちるなら、かっこうよくやりたい。
そしてドアをひらき、階段下にもどった。 お父さんはリヴィングルームで座って、自分をかしこくみせるために高等数学の本をよんでいる。 お母さんは台所で愛情のふかさをみせるためにお父さんの好きな料理をつくっている。 おたがい話をする気はまったくないようだ。 言い争いもこわいが、言い争い
「ママ、」とハリーは不穏な沈黙をやぶった。「仮説を検証したいんだ。ママの説でいくとすると、ホグウォーツへの手紙はどうやって送るの?」
お母さんは流しからハリーに向きなおって自信なさげに、「さあ。魔法のフクロウがいるんじゃないかしら。」と言った。
これはかなりあやしげな話にきこえてもおかしくなかった。
「あの手紙はどうにかしてここにとどいたんだから、そとにでてこれをふって『ホグウォーツへの手紙!』って呼んだらフクロウがとりにくるかどうか試してみるよ。パパ、見にくる?」
お父さんはわずかにくびをふって本を読みつづけた。
裏口から庭にとびでるまで気づいていなかったが、もしフクロウが
でも——まあ——
ハリーはふかく息をはいて、封筒を空中にもちあげた。
そして息をすった。
自分の庭のまんなかで『ホグウォーツへの手紙!』と呼びかけながら封筒を空中にたかくもちあげるのは……考えてみれば、実のところかなり恥ずかしい。
いや、ぼくはそんな程度の人間じゃない。結果としてバカみたいに見えても、科学的方法でやるんだ。
「ホグウォ——」とハリーは言ったが、どちらかというとしわがれた小声になってしまった。
決心をかたくしてハリーはなにもない空にむけて「『ホグウォーツへの手紙』!
「ハリーくん?」と、とまどった女性の声がちかくから聞こえた。
火にふれたかのようにしてハリーは手をひきもどし、麻薬とりひきのおかねのように封筒を背中にかくした。恥ずかしさで顔ぜんたいがあつくなった。
年配の女性の顔がとなりの垣根のうえからのぞいてきた。ヘアネットからねずみ色の髪の毛がはみでている。 ときどき子守りをしてくれたフィッグさんだ。「あなたなにをしているの?」
「なにも。」とハリーは息をつまらせて言う。「こんにちはフィッグさん。これはただ……とあるバカみたいな理論を検証しようとしていて——」
「ホグウォーツへの入学許可書がとどいたの?」
ハリーは凍りついた。
「そうです。」とハリーのくちびるが少しあとで言った。「ホグウォーツから手紙がきました。七月三十一日までにフクロウで返信してくれと言うんですが、ぼくは——」
「フクロウを
しわのはいった腕が垣根をこえてきて、期待のこもった手がひろげられた。この時点でほとんどなにも考えられなくなっていたハリーは封筒をてわたした。
「あたしにまかせなさい。ちょっと待ってて、だれかこさせるから。」
フィッグさんの顔が垣根のうえから消えた。
庭にながい沈黙がおりた。
そして少年の落ち着いた声が静かに「なにこれ。」と言った。
原作品の著者:J. K. Rowling
ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky
編集・加筆:Daystar
今回の非ハリポタ用語:「ファインマン」
20世紀の伝説的な物理学者リチャード・ファインマン。『ご冗談でしょう、ファインマンさん』という軽妙なエッセイ集でも有名。