ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

114 / 122
114章「とっとと不可能を可能にしろ」

ふくらんだ月が雲のない空に高くのぼり、暗黒のなかに星と〈天の川〉の流れがくっきりと見えている。この墓地をはるか遠い距離から見おろす彼らが、さしづめ目撃者である。

 

全員を救うすべがもうなくなっているということを自覚した瞬間に、ハリーのなかの複数の声は消え、一つの声、一つの目的が、精神をすみずみまで専有した。

 

五十秒。

 

四十秒。

 

ハリーの目がゆっくりと空中をなめるように動き、一人目の、一番手近な〈死食い人〉のところで止まる。

 

三十秒?

 

二十秒?

 

時間切レガ 近イ——」とヴォルデモートが言った。

 

アナタガ 知リタイデアロウ 秘密ハ イクツカ 知ッテイル。」と言いながらハリーは〈闇の王〉の目を見ていない。 「アナタニ モットモ 価値アル 知識ハ、オソラク、世界ヲ 壊滅サセル 方法ニ ツイテノ ボクノ 考エ。 シカシ ソノ 考エヲ ボクガ アナタニ 話スコトガ 世界ノ 壊滅ニ ツナガル カモシレナイ。 ボクハ 予言ヲ 知ラナイ。ダガ 予言ガ アルナラ、ドンナ 行動ニセヨ ボクガ 行動スルコトハ、ソノヨウナ 効果ノ 生ジル 可能性ヲ 高メルヨウニ 思ワレル。 ソレトモ、アナタニ 話スコトガ 世界ノ 壊滅ヲ 防グコトニ ツナガルカ。アナタハ タシカニ 本気デ ソレヲ 回避 シタイ ラシイ カラ。 ボクハ 単独デ ソノヨウナ 決断ヲ スルコトヲ 許サレナイ。 友人タル 女児ヲ 目ザメサセテ 相談スル 必要ガ アル。誓イガ ソウ 要求スル。

 

長い沈黙があり、〈闇の王〉は杖を水平に持つ〈死食い人〉たちの背後の空中を飛び、笑いはじめた。サラザール・スリザリンが考えそうなヘビの笑い声、冷たい興味を表す音だった。 「スルト オマエハ 世界ヲ 壊滅サセル 方法ヲ 知ッテイルノカ?

 

意識シテ ソノ方法ヲ 想像シヨウト スルコトガ デキナイ。 アナタガ 従僕ニ 命ジテ ボクノ 思考ヲ 盗マセル カモシレナイ。 誓イガ ソレヲ 禁ジル。 タダシ、方法ヲ 考案スルコトハ デキルト 思ウ。モシ 女児ガ 試セト 言エバ。

 

ハリーの視線がもう一人の〈死食い人〉からまた別の〈死食い人〉へとただよう。

 

またヘビ式の笑い。 「ウマイナ。ソノ 策ヲ ヨク 思イツイタ。シカシ (イナ)

 

不快ダロウケレドモ、世界ト アナタノ 永遠ノ 命ガ カカッテイルナラ、スコシノ 危険モ——

 

ソノヨウナ 複雑度ヲ 導入シ、オマエノ 終ワリヲ 先延バシ スルホウガ 危険。 ワタシ自身ガ まぐる 科学ヲ 学ビ、オマエガ 想像シソウナ コトヲ 考エル。 ワタシニ 言エル 秘密ヲ 言エ。サモナクバ コノ話ハ 終ワル。

 

ハリーの視線は墓地を慎重に周回する。空中の〈闇の王〉には、周辺視野の黒いものとしてしか注意をはらわない。 同時に話もするが、そちらには注意力全体の半分しかつかわない。 「アナタガ 考エタコトノ ナサソウナ 考エガ アル。 アナタガ ボクヲ 殺ス 試ミハ、ソレダケノ 準備ガアッテ ナオ、トアル ヤリカタデ 失敗シ得エル。ソシテ、ボクヲ 世界ヲ 壊滅サセル 方向ニ 導キ得ル。 通常ナラ アリエナイ 可能性ト 見ナセル。シカシ 予言ガ 関ワルナラ、アッテモオカシクナイ。

 

ヴォルデモートが空中で静止した。「ドンナ ヤリカタデ?

 

コチラカラ 伝エル 義務ハ ナイ。

 

ヘビ的な返事に冷たい怒りが散らつきはじめる。 「オマエガ 必死デ カシコイ フリヲ シヨウト スルコトハ 理解スル。シカシ ワタシハ 不快ヲ 覚エツツ アル。 ワタシハ オマエヲ 殺スコトヲ 先送リシナイ。先送リコソ 危険ガ 大キイ。 オマエガ 考エヲ 伝エナケレバ 世界ハ 壊滅ノ 危険ニ 晒サレル。 言エ!

 

断ル。ボクヲ 縛ル 誓イハ イカナル 行動ヲ スルコトモ 強制シナイ。

 

〈闇の王〉は上からハリー・ポッターを見おろし、ハリー・ポッターは怒る相手の顔を一度見あげてからすぐに、また別の〈死食い人〉に視線を移した。 何人かの〈死食い人〉は微妙に姿勢を変えたりしているが、動きはなく、無言のまま杖の高さを保っている。 銀色の骸骨の仮面から表情は読みとれない。

 

そして〈闇の王〉がまた笑いはじめた。 「死ンデモ 生キラレル 可能性ヲ 考エテイルカ? イイヤ、ワタシノ ほーくらっくすハ オマエニハ 接続シテイナイ。 シテイレバ ワタシガ 気ヅイテイル。 ソレトモ、ワタシガ オマエヲ 念入リニ 殺シテモ オマエガ 生キラレル 可能性ガ アルト 考エル 理由ガ ホカニ?

 

ハリーは集中をみだされないようにしている。 何度失敗してもかまわない。失敗は行動の連鎖を次に進めるだけ——しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——

 

早ク 秘密ヲ 言エ。サモナクバ——

 

モシ ボクガ イマ シタコトガ 成功ナラ、命食イハ 永遠ニ アナタヲ 追イ、アナタヲ 憎ミ、アナタガ ドコニイテモ 見ツケル。 命食イガ アナタヲ 狙ウヨウニ ボクガ 動カシタ! 〈守護ノ 魔法〉ノ 秘密ヲ アナタガ 解明スルマデニハ 長イ 時間ガ カカル。永遠ニ デキナイ カモシレナイ! 命食イニ 対スル 最良ノ 防衛ハ ボクト トモニ 死ヌコト!

 

少シ 哀レニ ナッテキタ……。」  〈闇の王〉の声がそこで一度とぎれた。 「アア、ナルホド。 命食イハ 期待ニ 反応スルノカ。 命食イガ ワタシヲ 狩ルト オマエガ 言エバ、ワタシハ 狩ラレルコトヲ 期待シ、命食イハ ワタシヲ 狩ル。 ソノ 仕組ミハ 珍シイガ、例ガ ナクモ ナイ。 価値アル 秘密ト 言エル。 利用法ハ 多イ。」  残酷な笑み。 「救イタイ 人間ヲ 一人 選ブコトヲ 許ス。

 

ボク自身。

 

尊厳ヲ モッテ 死ネト 言イタイ トコロダガ、言ッテモ オマエハ 聞キ入レナイ。自分ノ コトハ ヨク 分カル。 オマエハ ワタシヲ 不愉快ニ シテ、 ワタシノ 寛大ナ 贈リ物ヲ 無駄ニ シタ。贈リ物ハ 取リ下ゲル。 他ニ 秘密ハ?

 

アル。トテモ 興味深イ 秘密ガ イクツカ。 ナカニハ アナタガ 独力デ 解キ明カス 可能性ハ 低ク、長イ 時間ヲ カケテ ヤット デキルカ ドウカノ モノモ アル。 世界ノ 危機ヲ 招カナイ モノヲ スベテ 言エバ、アナタハ ボクノ 友人ト 家族ノ ダレモ 苦シメナイカ? ソモソモ コノ 話ハ、アナタガ ボクニ 皆ヲ 救ウ 方法ヲ 残サナカッタ タメニ ハジマッタ。

 

〈闇の王〉は長く空中に直立したまま動かない。

 

ハリーの目はまた墓地をゆっくりと見わたしていく。そのあいだにも手はしっかりと杖に当てられている。

 

ハリーは、みなを救う手だてが残されていないと気づいた時点で——

 

どんな呪文の詠唱をすることもできない状態だが、〈転成術〉は無詠唱だ。

 

杖の先端に接しているものは空気しかなく、空気は〈転成〉できない。 しかしヴォルデモートは部分〈転成術〉のことを知らない。ハリーは杖そのもののほんの小さな一部分を〈転成〉の材料とすることができる。

 

オマエハ 時間カセギヲ シテイル。」と〈闇の王〉が言う。 「死ヲ 遅ラセタイガタメ? ソレトモ 他ニ 目的ガ?

 

ハリーは返事をしない。〈闇の王〉が会話を打ち切りたがっていても会話が続くような次の一言を考えようとして、もうひとつの仕事の速度が落ちる——

 

目的ヲ 言エ。サモナクバ、話ハ ココマデ トスル。オマエノ 友人タチハ 一生 苦シム!

 

まぐる式 武器ヲ 下ロシ、杖ヲ ボク以外ノ 方向ニ ムケロ。」  ハリーはできるかぎりの冷たい怒りをこめたヘビの声で言う。 「従僕ニ 一切 命令スルナ。 タシカニ ボクニハ アナタガ 知ラナイ 能力ヲ 持ツ。 ホボ 一瞬ノ ウチニ 巨大ナ 爆発ヲ 発生サセ、詠唱ヲ 必要トシナイ 種類ノ 能力ヲ 使ウコトガ デキル。 ソノ 新シイ 肉体ト、従僕 全員ト、〈石〉トヲ アトカタモナク 壊滅サセル コトガ デキル。

 

現在のハリーの練度なら、意思と魔法力をそそいだその瞬間に一立方ミリメートルのものを〈転成〉することができる。

 

一立方ミリメートルの反物質。

 

そこに世界の終わりをもたらすほどの破壊力はない。

 

ヴォルデモートはぴくりとも動かない。 「オマエハ ナゼカ ハッタリヲ 言エテイル。

 

ハッタリ デハナイ。 コレハ 蛇語デ 話シテイル。ボクハ ホボ 一瞬デ、アナタガ ドンナ 呪文ヲ 言ウヨリ 速ク、ソレガ デキルト 思ウ。 アナタハ マダ 科学ヲ ゴク ワズカシカ 知ラナイ。 ボクガ アヤツル ソノ チカラハ、星々ノ 動力 ヨリ 強イ。

 

誓イガ 止メテ クレル。 オマエハ 世界ヲ 壊滅サセカネナイ コトガ デキナイ。 ソノ危険ヲ 招キカネナイ 巧妙ナ 発想ヲ 実行デキナイ!

 

世界ヲ 壊滅サセル 危険ハ ナイ。 ボクハ 爆発ノ 規模ヲ 推定シタ。到底 ソノ 規模デハナイ。

 

分カルモノカ、愚カ者! 確信ハ デキマイ!」  ヴォルデモートの声が高くなっている。

 

十分 タシカニ 分カッテイル。誓イニハ 止メラレナイ。

 

ヴォルデモートの表情に見える怒りが強まっている。ただし、声からは一抹の恐怖が感じられる。 「オマエガ 大切ニスル 人タチニ 想像ヲ 絶スル 苦痛ヲ 与エテ ヤル——

 

黙レ。 ボクハ げーむノ 理論ニ 従ッテ ソノ手ノ オドシヲ 一切 無視スルコトニシタ。 アナタガ オドシヲ スル 理由ハ、ボクノ 反応ヲ 期待シテイルカラ。」  そのことも、ハリーは土壇場になってようやく真に理解した。 「ソノ 新シイ 肉体ヲ 維持シ、〈石〉ヲ 持チツヅケ、部下タチノ 命ヲ 救イタケレバ、ボクガ 求メル ナニカヲ 提供シロ。

 

ハリーの口は自動操縦で動いている。そして真の注意は別の場所に向いている。

 

月あかりのもと、銀のかけらが極細の線となってきらめく……

 

ハリーの杖先の小さな、一立方ミリメートルの起点から、〈転成術〉製の細いクモの糸がのびる。 負荷がかかればすぐに切れる糸で、途中できらりとするところにだれかが気づいたとしても、注意をひくことはない。 太さは〇.一ミリメートルもない、細長いクモの糸状のそれをハリーはすばやく〈転成〉することができる。一立方ミリメートルで、十センチメートルの長さ。 一立方ミリメートルの〈転成〉には一秒もかからない。 ハリーは〈転成〉の進行方向を外にむけ、術を維持するのにさしつかえない範囲の最大の速度でそれを空中にのばしていく。

 

〈死食い人〉一人のくびのまわりをフードごしにクモの糸が一周して輪をつくっては、もとの縫い目にもどる。

 

ヴォルデモートの顔は無表情になっている。 「オマエガ 生キテ ココヲ 離レテハナラナイ。 善人ト 呼バレル マトモナ 人間タチモ、同意スル。ワタシハ 蛇語デ ソウ 言ッテイル。 シカシ オマエガ 善人ラシク 今 死ヌコトニ 同意スレバ、ワタシハ オマエノ 友人タチヲ ワタシノ 統治下デ 厚遇スル。

 

最後の一人の〈死食い人〉に輪がかかり、全体が編みあがる。 〈死食い人〉一人一人のくびのまわりに糸が輪をつくり、その両端が中央の円につながっている。 さらに中央の円を横断する三本の線がある。 この構造全体が、ハリーの杖にいたる線に接している。

 

そのつぎの数秒間で、月光を反射していたほとんど目に見えない糸たちが黒く変わった。

 

鉄線より細く強く鋭利な繊維。個々のチューブがどれもひとつの分子でできている、炭素(カーボン)ナノチューブの編組線。

 

ハリーが〈ヘビ語〉で話す。 「アナタノ 統治下デ 他国ヲ 厚遇スルコトモ 約束スルコト。コノ条件モ 譲ラナイ。

 

ヴォルデモートは空中に静止して、ヘビ顔に怒りをにじませている。

 

黒い紋様(パターン)のなかから、すでにナノチューブに変わった最後の二本の糸がのびる。 糸は肝心のヴォルデモートにむけて、空中を渡っていく。目ざすは銃をもつヴォルデモートの左手の手くびと、イチイの杖をもつ右手の手くび。糸は最初高めの位置にとまり、ゆっくりと時間をかけて空中を降下していく。 それぞれが結び目をつくり、そのなかをくぐって、引き解け結びになる。 手くびに近づいたところで、糸は締まりはじめる。同時にハリーは糸たちを〈転成〉して短くする——

 

ハリーはヴォルデモートの魔法力の先っぽが自分の魔法力に触れるのをこころのかたすみで感じた。同時に〈闇の王〉の目が見ひらかれ、口があいた。

 

ハリーは黒い紋様の中央を横断する三本の黒い糸を四分の一の長さに〈転成〉した。円は収縮し、つながっているすべてを中心に引き寄せ、結び目を締める。

 

(黒いローブ姿の人影が揃って倒れる)

 

ハリーはそちらを見ておらず、仮面の人たちが倒れるのも流血も見ていないが、こころのかたすみで、ハーマイオニーが死んだときに起きたのと同じような魔法力の噴出があったのを感じ、感じたのを無視した。ハリーの目は〈闇の王〉の両手から杖と銃が落ちていくのだけを見ていた。そしてハリーの杖が上を向き、狙いをさだめ——

 

「『ステューポファイ』!」

 

〈失神の呪文〉とおなじ赤色の稲妻がヴォルデモートをめがけて、目が追いつかないほどの速度で墓地の上を走った。

 

空中の〈闇の王〉は両手の負傷にもひるまず、まっすぐに下に飛んだ。

 

フリトウィック先生秘伝〈曲行失神弾〉の赤い稲妻は途中で進路を変え、ヴォルデモートを直撃した。

 

ひたいの傷あとの痛みが熱く燃えあがり、ハリーは声をあげた。赤い煙に視界をおおわれ、痛みと極度の疲労で、ハリーは不覚にも杖を落とした。

 

杖が手を離れると同時に、痛みが引いていく——

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。