ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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121章「守るべきもの——セヴルス・スネイプ」

重い空気に支配された総長室。 ミネルヴァはドラコとナルシッサ(ナンシー)を聖マンゴ病院に送りとどけたあと、この場所にもどっている。マルフォイ夫人は十年間マグルとして生きたことで健康に支障がでたかもしれないので、病院で検査を受けているという。ハリーはこの総長室にまたやってきて……なにを優先すべきか分からないでいる。 すべきことは()()()多くあり、なにから手をつけるべきか、マクゴナガル総長ですら判断しかねるほどらしく、ハリー自身がそうであることは言うまでもない。 いまはミネルヴァは羊皮紙に字を書いては手をふってそれを消すことをくりかえしている。ハリーは考えをまとめようと目を閉じている。 現時点で、ちょうど()()()()打つべき一手はなにかあるだろうか……。

 

ダンブルドアのものであったオーク材の大扉をノックする音があり、マクゴナガル総長は扉をあける一言を言った。

 

入室したその男は、くたびれて見えた。車椅子はもう捨てているが、足を引きずっているのは変わらない。 着用しているローブは黒色で、かざりけはないが清潔で染みがない。 左肩にひっかけた背嚢は灰色の頑健な革製で、銀色の細工がほどこされ、緑色の真珠のような石が四つはめられている。 マグルの家一軒ぶんの家財をいれられそうなほどの、どこまでも魔法的な背嚢のように見える。

 

ひとめ見て、ハリーは事情を察した。

 

マクゴナガル総長が新しい机のむこうで硬直している。

 

セヴルス・スネイプはそちらにむけて目礼した。

 

「これはなんのつもりですか?」と言う総長の声にはどこか……悲痛なひびきがあった。ハリーと同様に、ひとめで事情を察したように見える。

 

「わたしは本日をもってホグウォーツ薬学教授を辞職します。 最終月の給与を受けとるつもりはありません。 これまでわたしの言動に傷つけられた被害者が救済を必要としていることもあるでしょう。残金はそのために役立てていただきたい。」

 

知っているんだ——とハリーは思ったが、実のところ〈薬学〉教授が()()()知っているのか、うまく言語化することはできない。ただ、知っている、ということだけが分かる。

 

「セヴルス……。」とマクゴナガル総長が口をひらいた。声が空虚にひびく。 「セヴルス・スネイプ教授、あなたの代役をさがすことがどれほどむずかしいか、お分かりですか。 マグル生まれの生徒に安全に〈薬学〉を教えることのできる人物も、スリザリン寮に多少なりとも秩序をもたらすことができる敏腕な教師も、簡単に見つかるものではありません……」

 

男はまた目礼した。 「総長、あなたには言うまでもないことでしょうが、スリザリン寮監の後任にはわたしと似ても似つかない人物を選ぶべきだと思います。」

 

「あなたはアルバスにそうせよと言われていただけでしょう! 辞職せずとも、以前のようなふるまいをやめればいいのです!」

 

「総長。」とハリーは口をはさむ。ハリーの声もなぜか空虚なようだ。セヴルス・スネイプとはそれほど長いつきあいではないのに。 「本人がやめたいのなら、やめさせるべきです。」

 

彼はダンブルドアの道具だった。 クィレル先生が考えていたような意味ではないかもしれない。スリザリンを崩壊させるためではなく、予言のためにやっていただけかもしれない。それでも、ダンブルドアは彼を利用していた。 その気さえあれば、ダンブルドアはいくつかのことを打ち明け、セヴルスを解放することもできた。 ダンブルドアがそうしなかったのは明らかにリスクを避けるためだが、 セヴルスは思いやりのないやりかたで利用されていたことは変わらない。 セヴルスの無知、セヴルスの死んだ人へ思いすらも、利用されていた。〈薬学〉教授としての自分のふるまいがどういう結果をもたらすか、気づかなかったくらいなのだから……

 

「ここにいてくれて助かった。ミスター・ポッター、われわれ二人のあいだにはまだ、やりのこしたことがある。」

 

ハリーはなんと言えばいいかわからず、ただうなづいた。

 

灰色の背嚢を肩にかけて立つセヴルスは、なかなか話をはじめられないようだった。 しばらくしてやっと告げるべきことばが見つかったようだった。 「きみのお母さんは…… リリーは——」

 

「わかっています。言わなくてもいいです。」と、のどにつかえさせつつハリーが言った。

 

「リリーは芯のとおった立派な魔女(じょせい)だった。わたしの発言で、すこしでもその逆の印象をあたえてしまったのではないかということが心のこりだった。」

 

()()()()?」  ミネルヴァ・マクゴナガルは、自分の靴が噛みついてくるのを見たかのように愕然とした顔をしている。

 

元〈薬学〉教授はハリーから視線をそらさない。 「わたしとリリーのあいだには、一つならざる壁があった。わたしは自分の寮にいる純血者の機嫌をとろうとして、とりわけ愚かなことをしていた。 泥のうえでのたった一度の失敗が二人の関係を終わらせたのだとか、わたしを愛しない理由は彼女自身の軽薄さ以外にありえないという風なことを言ってしまったとすれば、申し訳ない。きみの蔵書はきっと、愚か者がなぜそのようなことを言うのかも説明してくれていると思う。」

 

「はい。」と言って、ハリーはセヴルス・スネイプの左肩の上等な灰色の背嚢を見た。目をあわせることができないまま、「はい。」ともう一度くりかえした。

 

「しかし……悪いが父親のほうについては、補足して言うべきことは一切ない。」

 

「セヴルス!」

 

元〈薬学〉教授はハリーだけを見ているようだった。 「わたしの腕の〈闇の紋章〉は消えていない。そして仮にきみがあの場で聴衆に聞かせたとおりのことが起きたのだとすれば、予言は成就されえない。 〈闇の王〉のかけらのみを残して滅ぼすという予言のために、きみはなにをしたのだ?」

 

ハリーは言いよどんだ。「記憶の大半を〈忘消〉(オブリヴィエイト)して彼を……封印した、とでも言えばいいでしょうか。魔法族の言いかたでは。 たとえその封印がとけたとしても、彼にもとの人格はもどりません。」

 

セヴルスは一瞬眉をひそめてから、肩をすくめた。 「まあそれ以上は望むまい。」

 

「スネイプ先生。」 これを言うこともまた自分の責務になったのだと思って、ハリーが言う。「〈不死鳥の騎士団〉はあなたの貢献に報いる義務があります。 ぼくには金銭的にも、魔法的にも十分に借りを返す手だてがあります。 もしこれからの人生のために入用なものがあれば言ってください。ゆたかな財産でも毛髪でも、遠慮なく。」

 

「わたしのような人間を相手に、妙なことを。」と元〈薬学〉教授は軽くからかうように言う。 「わたしはどんな暗黒に身を落としてでもリリーの愛をえようと思って〈闇の王〉のもとに参上し、あの予言を売った。たやすく許されるべきことではない。 そのあとも、〈薬学〉教授としての立ち場で長年……これはきみもみずから体験したとおりだ。 これだけの罪が、〈不死鳥の騎士団〉への貢献でつぐなえたと?」

 

「傷のない人はいません。」 ハリーはやっとのことで言う。「失敗はだれにでもあります。少なくともあなたは、つぐなおうとした。」

 

「なるほど、そうかもしれない。」と元〈薬学〉教授(ポーションズ・マスター)は言う。「わたしの最後の任務は、〈石〉を守ることに失敗して倒されることだった。忠実にそのとおりにしたが、自分が生きのびるとは思いもしなかった。」  セヴルスは部屋のなかからドアにもたれ、足にかかる体重をそらす。 「許しを請うつもりもなかった。だがこれほどすなおに差しだされた許しだ。ありがたく頂戴しよう。 今日からわたしは、もうすこしおだやかな道を行きたい。そのためには、一から出なおすのが最善だと思う。」

 

ミネルヴァ・マクゴナガルの鼻とほおに涙が光った。口はひらいたが、声は希望をうしなっていた。 「この学校でも、出なおすことはできるのではありませんか。」

 

セヴルスはくびを横にふる。 「ここには、邪悪な〈薬学〉教授としてのわたしを知る生徒が多すぎる。 ミネルヴァ——わたしは新しい場所で、新しい名前を持って、新しい出会いを見つけることにしたい。」

 

「セヴルス・スネイプ……もう、やりのこしたことはありませんか?」とハリーは自分の新しい責任をはたすために言った。

 

「リリーを殺した男が滅んだ。わたしはそれで満足だ。」

 

総長はこうべをたれた。 「お元気で、セヴルス。」

 

「最後にひとつだけ助言したいことがあります。」とハリーが言う。「聞きたいですか。」

 

「言ってみてくれ。」

 

「過ぎたことを思い悩むのは鬱の原因のひとつです。 あなたは過去について、これからはいっさい考えなくていい。ぼくはそう許可します。 リリーに対する責任として罪を背負っていく必要があるなどと考える必要はありません。 これからは自分の将来や新しい出会いのことだけに専念してください。」

 

「……その見解は参考にさせてもらう。」

 

「ついでに、シャンプーのブランドも変えてみたほうがいいですよ。」

 

ゆがんだ笑みがセヴルスの顔をよぎった。ハリーがはじめて見るセヴルスの正直な笑みかもしれなかった。 「くたばれ、ポッター。」

 

ハリーは笑った。

 

セヴルスは笑った。

 

ミネルヴァはすすり泣く。

 

自由の身となったその男は、そこで話すのをやめ、〈煙送(フルー)〉の粉をひとつまみして総長室の暖炉に投げいれ、彼自身にしか聞こえない小さな声でなにかを言うと同時に、緑色の炎のなかへ足を踏みいれた。 以来、セヴルス・スネイプの消息を知る者はない。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 

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