ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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15章「まじめさ」

「時間はきっとどこかでみつかると思う。」

 

◆ ◆ ◆

 

「フリジデイロ!」

 

ハリーは机のうえのグラスの水に指をいれた。冷たくなっているはずだが、なまぬるい。なまぬるいまま、変わっていない。またしても。

 

ハリーはとても、うらぎられたような感じがしていた。

 

ヴェレス家のなかには何百ものファンタジー小説がちらばっていて、 ハリーはそのうちのかなりを読んだことがある。 そして自分には謎の暗黒面(ダークサイド)があるような感じになってきている。 グラスの水に協力を拒否されることが数回つづいてから、ハリーは自分が〈操作魔法術(チャームズ)〉の教室にいるだれにもみられていないことをたしかめて、深呼吸をし、集中し、自分を怒らせたのだった。 スリザリン生にいじめられるネヴィルと、本をひろおうとするたびにだれかに殴りたおされるゲームのイメージ。十歳のラヴグッドという女の子と、ウィゼンガモートの内情について、ドラコ・マルフォイが言ったこと……

 

そして怒りが血にながれこんだとき、ハリーは憎悪に震える手で杖をもち、冷たい調子で「〈冷氷(フリジデイロ)〉!」と言った。だが、まったくなにも起きなかった。

 

()()()()()。だれかに手紙を書いて、この暗黒面に対する()()を要求したい。暗黒面なら圧倒的な魔法力が()()()()()はずなのに、ふたをひらけば()()()だった。

 

「フリジデイロ!」ととなりの席のハーマイオニーがもう一度言った。水はかたい氷になり、グラスのふちに白い結晶が形成された。彼女は自分の作業にすっかり没頭していて、ほかの生徒全員から憎悪の視線でにらまれていることをまったく意に介していないようだった。ということは、(一)危険なまでにまわりが見えていない、(二)芸術的なまでに完璧にとぎすまされた演技をしている、のどちらかだ。

 

「おお、おみごとです、ミス・グレンジャー!」と〈操作魔法術(チャームズ)〉教授でレイヴンクロー寮監のフィリウス・フリトウィックが、甲高い声で言った。 見たかぎり、決闘術大会優勝者らしいところがどこにもない小男だ。 「すばらしい! よくぞここまで!」

 

ハリーは最悪の場合として、ハーマイオニーの次点にあまんじる可能性を予期していた。 もちろん()()()()()()()()対抗心を燃やすというほうが好ましいが、その逆でも許容はできる。

 

月曜日時点で、ハリーはクラスの最下位群にはいりつつあった。つまり、ハーマイオニー以外のマグル育ちの全生徒となかよく一緒に競いあう地位である。かわいそうにひとりぼっちで首位を独走する、ハーマイオニー以外の。

 

フリトウィック先生は別のマグル生まれの生徒の机のうえに立って、無言でその子の杖の手つきをなおしている。

 

ハリーはハーマイオニーのほうを見て、ごくりとつばを飲んだ。 大局的見地からみれば当然、彼女がはたすべき役割ではあるが…… 「ハーマイオニー?」とハリーはおずおずと言った。「ぼくのやりかたはどこか間違っていると思う?」

 

ハーマイオニーの目におそるべき親切の光がともった。ハリーの脳のかたすみのなにかが、必死に屈辱感をさけんだ。

 

五分後、ハリーの水は室温よりもはっきりと冷たくなったようだった。ハーマイオニーは彼のあたまをポンとたたくかわりに一言ほめ、つぎはもっと発音に気をつけるように、と言いのこしてから、ほかのだれかを助けに去っていった。

 

ハリーを助けたことでハーマイオニーはフリトウィック先生から寮点を一点もらった。

 

ハリーはあごが痛むほど歯ぎしりをした。余計に発音がわるくなりそうだった。

 

競争が不公平になろうがかまうもんか。これから毎日の追加二時間ですることは決まったぞ。ハーマイオニー・グレンジャーに追いつくまで、トランクのなかにこもって自習だ。

 

◆ ◆ ◆

 

〈転成術〉(トランスフィギュレイション)はホグウォーツでみなさんが学ぶなかでもっとも複雑で危険な魔法です。」とマクゴナガル先生。 厳格な老魔女の表情には鷹揚さのかけらもなかった。 「この授業の邪魔をする人には退席を命じ、もどることも許しません。これは警告です。」

 

彼女の杖が机をたたき、机はなめらかにブタのかたちへと変じた。 マグル生まれの生徒が数人ちいさな悲鳴をあげた。 ブタはあたりをみまわして、困惑したように鼻をならし、また机になった。

 

〈転成術〉教授は教室をみまわし、ある生徒のところで視線を止めた。

 

「ミスター・ポッター。あなたは数日まえに教科書をうけとったばかりですね。〈転成術〉の教科書は読みはじめましたか?」

 

「まだです。すみません。」

 

「謝罪はけっこうですよ。予習が必要であればそのように指示します。」 マクゴナガルの指が机をたたいた。 「ミスター・ポッター、予想してみてください。これは机でわたしがそれをブタに〈転成〉させたのでしょうか、それとももともとブタで一時的に〈転成〉を解除したのでしょうか? 教科書の第一章を読んでいたらわかっていたはずです。」

 

ハリーはわずかに眉をひそめた。 「ブタからはじめるほうが簡単ではないかと思います。もともと机だったとしたら、それは立ちあがる方法を知らないかもしれません。」

 

マクゴナガル先生はくびをふった。「あなたが悪いのではありませんが、ミスター・ポッター、〈転成術〉におけるただしい解答は予想()()()()()()()ことです。間違った解答はきわめて厳しく、空欄の解答欄は慈悲をもって採点されます。ここでは自分がなにを知らないかを知ることをまなばなければなりません。わたしの質問がどれほど明らかでも初歩的でも、『よくわかりません』と答える人を悪くはあつかいませんし、それを笑う人は寮点を減点します。この規則がなぜ存在するのかわかりますか、ミスター・ポッター?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。「わかりません。」

 

「正解です。〈転成術〉は、六年生になるまで教わらない〈現出(アパレイト)〉よりも危険です。残念ながら、〈転成術〉は若い年齢から学習と練習をしなければ大人になったときの能力が最大化されません。つまりこの科目は危険です。間違いをおかすことをそれなりにおそれるべきです。わたしの生徒が回復不可能な傷をおったことはありませんし、もしこれがわたしの記録をやぶる最初のクラスになったとしたらわたしは()()します。」

 

何人かの生徒がごくりとした。

 

マクゴナガル先生は立ちあがり、机のうしろの壁にある、みがかれた木の板のところへいった。「〈転成術〉が危険な理由はいくつもありますが、ほかとくらべて特にきわだつのはこの一点です。」彼女は持ち手の太い短い羽ペンをだし、それをつかって赤い文字を書き、そしておなじペンで青色の下線をひいた:

 

〈転成術〉は永続しない!

 

「〈転成術〉は永続しない! 〈転成術〉は永続しない! 〈転成術〉は永続しない! ミスター・ポッター、ある生徒が木のブロックを水に〈転成〉させ、あなたがそれを飲んだとします。〈転成〉がとけたら、あなたはどうなってしまうでしょう?」 沈黙。 「すみません、あなたにすべき質問ではありませんでしたね。あなたがなみはずれて悲観的な想像力にめぐまれていることを忘れていました——」

 

「大丈夫です。」とごくりと唾を飲んでハリーが言う。 「『分からない』というのが最初のこたえですが、」 先生は満足げにうなづいた。 「ぼくの()()ではおそらく……もしその水の一部がぼくの体内組織に吸収されていたとしたら、腹のなかと血管のなかに木材ができて——いや、まずそれがパルプ状なのか材木なのか……」 ハリーの魔法についての理解の限界がきた。木がどのようにして水に変換されるかをそもそも理解できない。 だから水分子が通常の熱運動で散乱して魔法がきれて対応づけが反転したあとに、なにが起きるかも理解できない。

 

マクゴナガルの表情がかたくなった。「ミスター・ポッターがただしく推論してくれたとおり、彼は非常に具合が悪くなり、ただちに〈聖マンゴ病院〉へ〈煙送(フルー)〉されなければ命もあやういことになります。教科書の五ページをひらいてください。」

 

その動く写真には音がなかったが、それでもそのなかの血色をおそろしくうしなった女性が悲鳴をあげているのはわかった。

 

「この犯罪者は、『債務の支払い』と称して、黄金(きん)をワインに〈転成〉させてこの女性に飲みものとしてあたえたことで、アズカバンでの禁固刑十年に処されました。六ページにいってください。これはディメンターという生きもので、アズカバンの番人です。ディメンターは魔法力、生命力、あらゆる楽しい思考を人からすいとります。七ページの写真はその犯罪者が十年後に釈放されたときのすがたです。ご覧のとおり死んでいます——はい、なにか? ミスター・ポッター。」

 

「質問ですが、そういった最悪の事態で、〈転成〉を()()する方法はないんですか?」

 

「ありません。」とマクゴナガル先生があっさり言う。「〈転成〉を維持するには、目標物のおおきさにみあった量の魔法力を恒常的に消費します。そして数時間おきに目標物に接触しなおす必要があります。それはこの例のような場合には不可能です。このような災厄は()()()()なのです!」

 

マクゴナガル先生はまえのめりになり、表情を緊張させた。「液体や気体を〈転成〉させることはどんな状況でも決してしてはなりません。水も、空気も、水のようなものも、空気のようなものもいけません。飲むためのものでなくともいけません。液体は()()し、こまかな粒となって空気にまざります。燃やすためのものを〈転成〉させてはなりません。それは煙をだし、あらゆるひとのからだにあらゆる方法ではいりこみます。食べもの()()()()()()もいけません。たのしいいたずらとして、実際に食べられるまえに、泥でできたパイだと教えるのであろうと、だめです。厳に禁じます。それ以上言うことはありません。この教室のなかでもそとでも()()()()()()()。ここにいる()()()()、このことを理解しましたか?」

 

「はい。」と言ったのはハリーとハーマイオニー、そのほか数名。のこりはことばをうしなったようだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「はい。」と全員が言ったか、つぶやいたか、ささやいた。

 

「いま言った規則をひとつでもやぶった人は、以後ホグウォーツにいるあいだ〈転成術〉をまなぶことが許されません。わたしにつづいて復唱しなさい。わたしはなにかを液体や気体に〈転成〉させません。」

 

「わたしはなにかを液体や気体に〈転成〉させません。」とガタガタの合唱で生徒たちが言った。

 

「もう一度! もっとおおきな声で! わたしはなにかを液体や気体に〈転成〉させません。」

 

「わたしはなにかを液体や気体に〈転成〉させません。」

 

「わたしは食べものにみえるものや人体にはいるようなものを〈転成〉させません。」

 

「燃やすためのものは煙をだしうるので〈転成〉させません。」

 

「マグルのおかねも含めて、おかねのようにみえるものを〈転成〉させることはなりません。」とマクゴナガル先生が言う。 「ゴブリンはそれをだれがやったかあばく方法をもっています。 法律的観点からは、ゴブリン族は魔法界のあらゆる通貨偽造者と恒久的な()()状態にあります。彼らは〈闇ばらい〉を送りません。軍を送ります。」

 

「わたしはおかねのようにみえるものを〈転成〉させません。」と生徒たちが復唱した。

 

「なによりも、生命のある対象物、特に()()()()()〈転成〉させてはなりません。そうすれば、簡単に具合が悪くなり、〈転成〉の方法や維持された時間のながさによっては、死ぬこともあります。」マクゴナガル先生は一度沈黙した。「ミスター・ポッターがいま手をあげているのは、〈動物師(アニメイガス)〉変身術、具体的には人間がネコになり、またもどるのをみたことがあるからです。ですが〈動物師〉変身術は()()〈転成術〉ではありません。」

 

マクゴナガル先生はポケットから小さな木材をとりだした。杖でたたくとそれはガラスの玉になった。そして「〈晶鉄(クリストフェリウム)〉!」と言うと、ガラスの玉は鉄の玉になった。最後に杖でもうひとたたきすると、鉄の玉は木材にもどった。「〈晶鉄(クリストフェリウム)〉は固体のガラスである対象物をおなじようなかたちの固体の鉄にかえます。逆はできません。机をブタにするのにもつかえません。もっとも一般的な〈転成術〉——すなわちこの教室でまなぶ自由〈転成術〉は、あらゆる対象物を——すくなくとも物理的な形状に関しては——どんな目標物にも変化させることができます。このため、自由〈転成術〉は無詠唱でおこなわなければなりません。〈操作魔法(チャーム)〉をつかうとするなら、ひとつひとつの対象物と目標物ごとに別々の詠唱が必要になるからです。」

 

マクゴナガル先生は生徒たちをするどい視線で見た。「()()()()〈転成術〉の〈操作魔法〉からはじめて、あとで自由〈転成術〉を教える教師もいます。たしかに、そのほうが最初は楽です。ですが、はやくから悪いくせがついて、あとの学習に支障がでることもあります。この教室では()()()()自由〈転成術〉をまなびます。そのために、対象のかたちと、目標のかたちと、変化とを自分のあたまのなかでイメージして、無詠唱で呪文をかけることができなければなりません。」

 

「そしてミスター・ポッターの質問へのこたえですが、生命のある対象物にかけてはいけないのは()()〈転成術〉です。生命のある対象物を()()()()()やりかたで安全かつ可逆的に変身させるのにつかえる〈操作魔法(チャーム)〉や魔法薬(ポーション)はあります。たとえば手足をうしなった〈動物師(アニメイガス)〉は変身したあとも手足をうしなったままです。自由〈転成術〉は安全()()()()()()()。〈転成〉させられたあいだ、からだは変化します。たとえば、呼吸はからだの一部を周囲の空気に恒常的に放出します。〈転成〉がとけるとからだは()()()すがたにもどろうとしますが、それができません。杖を自分のからだにあてて、金髪の自分をイメージすると、あとで髪の毛はぬけおちます。肌がもっときれいな自分のすがたをイメージすると、あとで〈聖マンゴ〉にながく滞在することになるでしょう。自分をおとなのからだに〈転成〉させると、〈転成〉がとけたとき、その人は死にます。」

 

これでふとった男の子や、完璧な美人でない女の子の存在が説明できる。それをいうなら老人の存在も。自分を毎朝〈転成〉させられるならそうはなっていない……。ハリーは手をあげ、目でマクゴナガル先生に信号をおくろうとした。

 

()()()、ミスター・ポッター?」

 

「生命のある対象物を静的な目標物——たとえばコイン——いや、すみません、申し訳ありません……鉄の玉に、〈転成〉させることはできますか。」

 

マクゴナガル先生はくびをふった。「ミスター・ポッター、無生物も時間とともに内部がすこしずつ変化します。最初数分間は目にみえるからだの変調はなく、なにもおかしなことあるように見えないかもしれません。ですが一時間あとには具合が悪くなり、一日後には死にます。」

 

「ええと、すみません。するともしぼくが第一章を読んでいたら、その机はもともと机であってブタではないと()()できていたはずなんですね。といってもそのためには、あなたがブタを死なせないという()()仮定が必要になりますが。可能性が非常に()()()ではあるとはいえ、それは——」

 

「ミスター・ポッター、あなたのテストの採点はわたしにとってつきることのない喜びをあたえてくれそうですが、もしそれ以上質問があるなら、授業が終わるまで待っていただけますか。」

 

「もう質問はありません。」

 

「では復唱を。」とマクゴナガル先生。「特定の目的の〈操作魔法(チャーム)〉か魔法薬(ポーション)をつかってそうしろと具体的な指示をうけた場合をのぞいて、わたしは生命のある対象物、特に自分を〈転成〉させません。」

 

「〈転成術〉が安全かどうかわからない場合は、ホグウォーツにおける〈転成術〉の唯一の権威であるマクゴナガル先生かフリトウィック先生かスネイプ先生か総長先生にたずねるまで自分で試しません。ほかの生徒にたずねることは、同じ質問をした覚えがあるとその生徒に言われたとしても、()()()()()()。」

 

「現在のホグウォーツの〈防衛術〉教授から、ある〈転成術〉は安全だと言われても、〈防衛術〉教授がそれをかけてなにも悪いことが起きていないように見えても、それを自分では試しません。」

 

「わたしにはほんのすこしでも不安な場合には〈転成術〉をつかうことを断固拒否する権利があります。ホグウォーツ総長であってもそう命令はできませんし、〈防衛術〉教授から寮点を百点減点し退学させるとおどされても、〈防衛術〉教授からのそういう命令にはしたがいません。」

 

「これら規則のひとつでもやぶった場合、わたしはホグウォーツにいるあいだ〈転成術〉をまなびません。」

 

「最初一カ月はこの授業の開始時に毎回この規則すべてを復唱してもらいます。」とマクゴナガル先生が言う。「今回はマッチを対象物、針を目標物としてはじめましょう……杖から手をはなしなさい。よろしい。『はじめる』と言ったのは、メモをとりはじめなさいということです。」

 

授業の終わる三十分まえに、マクゴナガル先生はマッチを配布した。

 

授業が終わるときハーマイオニーは銀色のマッチを手にし、マグル生まれもそうでないのもふくめてのこりの生徒全員は、なにも変化のないままのマッチを手にしていた。

 

マクゴナガル先生はハーマイオニーにもう一点レイヴンクローの点を進呈した。

 

◆ ◆ ◆

 

〈転成術〉の授業が終わると、ハーマイオニーはハリーの机のところにきた。ハリーは教科書をポーチにしまっているところだった。

 

「ねえ……」と純粋無垢な表情をしてハーマイオニーが言う。「わたしはきょうレイヴンクローの点を二点もらったでしょう。」

 

「もらったね。」

 

「でもあなたの()()にはおいつかない。あなたほどあたまがよくないっていうことかなあ。」

 

ハリーはポーチに宿題を食わせおわり、怪訝そうな目でハーマイオニーのほうをむいた。実のところ、そのことはすっかり忘れてしまっていた。

 

ハーマイオニーはまばたきで()()()()()()()()()()()()。「でも授業は毎日あるし。あなたがつぎにハッフルパフ生を救出することになるのはいつかしら? きょうは月曜日。なら木曜日まではもつわけだ。」

 

二人はたがいの目を、まばたきひとつしようとせずに見あった。

 

ハリーがさきに口をひらいた。「これはもう戦争だってわかってるよね。」

 

「和平をむすんでいたなんて、初耳。」

 

二人以外の全生徒が、夢中になってそれを見ていた。二人以外の全生徒だけでなく、残念ながら、マクゴガナガル先生も。

 

「そうだわ、ミスター・ポッター。」と部屋の奥からマクゴナガル先生が言う。「いい知らせがあります。あなたの提案する〈スピンスター・ウィケット〉の防護方法をマダム・ポンフリーが承認してくれました。来週末までには処置が終わる予定です。これだけのお手柄ですから……そうですね、レイヴンクローに十点としましょう。」

 

ハーマイオニーの顔がうらぎりとショックで呆然となった。ハリーは自分の表情もあまりちがわないだろうと思った。

 

()()……」とハリーが声をひそめて言った。

 

「この十点は当然のみかえりで、()()()()()()()()()()()。わたしは気まぐれに寮点を配布したりはしません。あなたにとってはこわれやすいものを見て防護する方法を提案したというだけの簡単なことかもしれませんが、〈スピンスター・ウィケット〉は高価ですから、前回一個こわれたとき総長はあまりいい顔をしませんでした。」マクゴナガル先生は思案するような顔になった。「ふむ。授業がはじまって一日目に十七点を獲得した生徒はいたかしら。正確にはしらべておきますが、おそらく新記録ですね。夕食で発表してもいいでしょうか?」

 

先生!」とハリーは声をあげた。「これは()()()()()戦争です! 干渉しないでくださいよ!」

 

「これで()()()木曜日までもちますね、ミスター・ポッター。もちろん、それまでに寮点を()()()()失態をおかさなければですが。たとえば教師への無礼な言動など。」マクゴナガル先生はほおに手をあて、なにかをふりかえるようすになった。「金曜日が終わるまでには負の数になっていると予想しておきます。」

 

ハリーの口がぱたりととじた。ハリーはできるかぎりの〈殺人視線〉をマクゴナガルにおくったが、彼女は愉快そうにしていただけだった。

 

「夕食での表彰は決まりですね。」マクゴナガル先生は熟考した。「でもスリザリン生を不機嫌にしても意味がありませんから、簡単な表彰ですませなければ。点数の量とそれが新記録であることにだけ触れて……。そうだ、もしだれかから宿題を助けてほしいと言われて、あなたがまだ教科書を読みはじめていないことに失望されたら、ミス・グレンジャーにまわしてあげてくださいね。」

 

()()!」とハーマイオニーがだいぶ甲高い声で言った。

 

マクゴナガル先生は彼女を無視した。「ふむ。ミス・グレンジャーが夕食時の発表にふさわしいことをしてくれるのはいつになるでしょうか? それがなんであれ、期待していますよ。」

 

ハリーとハーマイオニーはたがいに無言のまま合意して、向きをかえて教室を飛びだした。レイヴンクロー生たちが夢中になって二人を追った。

 

「あの……」とハリーが言う。「夕食のあとの約束はまだ有効?」

 

「もちろん。あなたにこれ以上勉強でおちこぼれてもらいたくないから。」

 

「そりゃどうも。ところできみがすでに優秀なのはわかったけど、合理主義の基本的な訓練をうけさせてあげたらどうなるか興味があるな。」

 

「それがほんとにそんなに役に立つの? いまのところあなたの〈操作魔法術(チャームズ)〉や〈転成術〉(トランスフィギュレイション)の助けにはなってないみたいね。」

 

短い沈黙があった。

 

「だって、ぼくはまだ教科書をもらってから四日目だから。おかげで杖をつかわずに十七点獲得するしかなくてね。」

 

「四日目? 四日で八冊は無理にしても、()()くらいは読めるでしょ。その調子じゃ何日かかるの? 数学にはくわしいみたいだから、八かける四をゼロでわるといくつになるか教えてくれる?」

 

「ぼくはもう授業がある。きみのときはなかった。でも週末なら時間があるから……八かける四をイプシロンでわって、イプシロンを正の方向からゼロにちかづける極限をとって……日曜日の午前十時四十七分だ。」

 

「わたしは()()で読みおえたけど。」

 

「じゃあ土曜日の午後二時四十七分にする。時間はきっとどこかでみつかると思う。」

 

そして夕となり、また朝となった。これが第一日である。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 





今回の非ハリポタ用語:「ゼロでわる」
この回ではあっさり流されましたが、ゼロ除算をどう評価(定義)するかは数学でもいろいろ。ところで、SF短編の名手テッド・チャンに「ゼロで割る」という題の小説(浅倉久志翻訳、短編集『あなたの人生の物語』収録)があり、おすすめです。
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