ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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2章「ぼくが信じてきたことはすべてうそ」

「ぼくのせいに決まっているじゃないですか。あらゆることに責任があっていいのは、このなかでぼくだけなんですから。」

 

◆ ◆ ◆

 

おかしなことだがけっきょくのところ、フクロウが手紙をとりにきたとパパに説明するほうが楽だったかもしれない。

 

「は? ()()()()()()()()」  エヴァンズ゠ヴェレス教授のうけたショックは甚大だった。 ハリーも完全に同感で、 リヴィングルームと台所のあいだのテーブルのまえに座りながら、すこしめまいがしそうな気分だった。

 

「来るのは何時って?」とペチュニアがきいた。 蒸し焼きなべをチェックしながら、髪の毛を手でなでつけた。まるで、いつ呼び鈴がならされてもおかしくない、とでも言いたげだ。

 

「フィッグさんとは十年のつきあいだよな。ちゃんと理屈の通じる人だ。いったいなぜフィッグさんが——」とパパ。

 

「ママ、何時とは言われなかったよ。『ちょっと』で来るんだってさ。どれくらい遠くなのか知らないけど、たぶんそんなには……」  そこまで言いかけて気づいたが、検証されつつあるこの仮説を仮定するなら、あの蒸し焼きができるよりずっとはやく着くのかもしれない。 いや、ばかげてる、瞬間移動がやぶる物理法則はおおすぎてほとんど()()()のこらないようなものだぞ、とハリーは自分に言いきかせた。 しかし『ホグウォーツ』ということばがフィッグさんの口からでてから、ハリーの脳はまともに働いていないようだった。 フィッグさんとは十年のつきあいだ、というお父さんの話をハリーはこころのどこかにメモした。 フィッグさんはハリーが養子になった年に引っ越してきたのか? これは重要そうだ。どういう風に重要なのかはさっぱりだが。

 

「実はあの人が、あの手紙を送りつづけてたんだとか。」と言って、パパはリヴィングルームのかぎられた面積のなかでいったりきたりし、本のあいだを記憶にたよって無意識に軽がると通りぬける。 「あるいは、きみの妹とおなじカルトにはいっていたとか——」

 

「念のため席をつくっておきましょう。」と言って、ママはハリーのまえに皿をつんだ。ハリーは普通以上の注意をしながらフォークとナイフをおいて四人用にテーブルを準備した。 パパの説はもちろんもっともで、ハリーの説よりももっともだが、お碗をとりにいくあいだ、あの奇妙な確信がやはりハリーの思考に影響した。

 

パパは突然ソファの背をつかみ、戦慄した。 「ハリーの子守りまでしてもらったりしてしまったじゃないか!」

 

ドアへノックがあり、全員がその場で凍りついた。

 

パパの硬直が最初にとけた。背をのばして肩をいからせ、玄関のドアに歩いていった。ツイードの普段着で尊厳が強調されている。

 

ママはタオルで手をふくとそのあとをついていった。ハリーもいそいで追いかけた。フィッグさんだろうかと思いながら、なぜかそうではないと知っていた。 パパはのぞき穴に目をあてて、つつかれたかのようにはねかえった。ハリーの予感は倍増した。

 

「どなたですか?」  エヴァンズ゠ヴェレス教授の声は震えていない。

 

「教授のミネルヴァ・マクゴナガルです。」とスコットランドなまりのあらたまった声が言い、マイケルはひきつった。 なぜだろうとハリーは思ったが、パパがドアをあけるとわかった。

 

マクゴナガル教授はおそらく六十代の年配女性で、灰色になりかけた髪をきつくしばり、四角の眼鏡を鼻にかけている。 どの部分も自称どおり教授らしいみためだが、上等の生地の黒ローブとさきのとがった帽子の二点だけがちがう。

 

ハリーはにやりとした。 お父さんは『教授』についてのイメージをひどくけがされたのだ。

 

「どうぞ、おはいりください。」と言ってペチュニアが笑みをうかべた。「夕食はもうすぐ準備できます。もしお召しあがりになるのなら。」

 

「食事はすませました。おかまいなく。」と言ってマクゴナガル教授はなかにはいった。 ハリーら三人は一歩ひいて道をあけた。

 

「ペチュニア・エヴァンズ゠ヴェレスです。はじめまして。」二人は広間に歩いていき、ハリーとパパはドアのまえにのこった。 ハリーはドアをしめて、お父さんと目線をかわした。

 

「どうみる?」とハリーはささやく。「そろそろ精神科医をよぶ?」

 

パパは鼻をならしてハリーの肩をたたいた。 「いくぞ。こんな冗談はさっさとおしまいにしよう。」  二人は女性二人を追ってリヴィングルームへはいった。

 

「なにか実験のアイデアは?」  ハリーはまだふらついている。奇妙な確信はさらにつよまり、あの女性が魔女だということはほとんど受けいれることができてしまい、あとはほとんど形式上のことだけだというような気分になっていた。それが具体的にどういう意味なのか、ろくにわかっていないにもかかわらず。

 

「言いのがれさせないようなやりかたは、なにも思いつかない。」とお父さんがやはり声をひそめて言った。 ハリーはうなづいて、リヴィングに立って待つ客人に正面から対決しようと決めた。 マクゴナガル教授は積み重なった本の山を、ある種尊敬するような態度で見ていた。ハリーはその様子を見て安心した。

 

「こんばんはマクゴナガル先生。ご承知と思いますが——」ハリーは言葉を切った。 この人は実際()()()承知しているのだろうか。 ぼくの手紙はうけとったのか? フィッグさんはなにをしたのか? 手紙を読みあげて電話で聞かせでもしたのか? ここにくるまえに、となりに立ち寄って手紙をもらってきたのかもしれない……。ハリーはいくつもの疑問をおさえて、言いなおした。 「ぼくはハリー・ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレスです。 ホグウォーツからの手紙をもらっておどろきました。 それが本物かどうか、じゃっかん疑っています。 ママは以前魔法を見たことがあるといっているけれど、パパとぼくは見たことがありません。 もし魔法をここで実演していただけるなら、第一歩としてはたすかります。」

 

マクゴナガル教授はハリーが話すあいだ愉快そうに見ていた。 「もちろん、よろこんで。」  彼女は手なれた様子で優雅にそでから細い木の棒をとりだし、ハリーは目をしばたたかせた。 その棒のかたちは生地に浮きでていなかったし、止めておかれていなかったなら落ちてきていたはずだ。 「具体的になにをすれば納得していただけるでしょうか?」

 

その手品のトリックであたまがいっぱいで、一瞬遅れてやっと、それが『魔法の杖』であることにハリーは気づいた。そして、最初にあたまにうかんだことをそのまま言った。 「そこから火をだせますか?」

 

「ハリー!」とママがすこし警戒する声で言った。マクゴナガル教授のくちびるが一瞬ほほえむ形になった。

 

「できます。でもここではあぶないかと。」と彼女は指摘するようにまわりをみわたした。「もうすこし安全なのにしませんか?」

 

「もちろん。」とハリーはほおを赤くして言う。 「ええと……ここには飛んできたんですか? 車の音はしなかったし、近くにおすまいでなければどうやってこんなにはやく来れたのかわかりません。 すこし……空中に浮かんでもらえたりしますか? それでたしにはなる。 いや、というより、パパを浮かばせてくれたほうがいいですね。」

 

エヴァンズ゠ヴェレス教授は賛成するようにうなづき、一歩まえにでて、うでを組み客人に対面した。 マクゴナガル教授は杖をたかくあげ、ハリーは自分のまちがいに気づいた。 「ちょっと待って!」とハリー。彼女は杖をおろし、片眉をあげた。「間違いのないようにしたいんです。」  みなの視線があつまるなか、ハリーは一瞬考えた。

 

「では、確認しておくけれども……マクゴナガル先生がパパを浮かばせることができたら、鉄線もなにもついていないとわかっている以上、それで十分な証拠になる。 パパはそこで手品師のトリックだと言って意見をかえたりしない。 そういうのはフェアじゃない。 もしそう思ってるなら、いま言うべきだ。そして先生には別のことをやってもらうことにしよう。」

 

パパはうなづいて、行儀よく笑みをうかべた。「同意する。」

 

「そしてママ。ママの説によればマクゴナガル先生はこれをできるはずだ。もしこれができなかったら、ママは間違いをみとめる。 懐疑的な人にむけては魔法ははたらかない、とか、そういうのはなし。」

 

ママはマクゴナガル先生の杖に目をやって、うなづいた。

 

「それができれば満足ですか、ミスター・ポッター? もう実演していいでしょうか?」

 

「満足とまではいかないでしょうが、とりあえずはそれでけっこうです。」  彼女の方法論を見てからなら、個々の動きと結果との関係をより細かく分離できるはずだ……なんらかの結果があるとしてだが。自分はお父さんが浮遊しだすのをほんとうに期待しているのか? 「はじめてください。」

 

「ぼくはなにかしたほうがいいですか?」とエヴァンズ゠ヴェレス教授が笑みのまま言う。「軽いものを思いうかべるとか?」

 

「いえ、それにはおよびません。」とこたえてから、マクゴナガル教授はこう言った。「ウィンガーディウム・レヴィオーサ」

 

ハリーはお父さんを見あげた。「あ。」

 

お父さんはハリーを見おろした。「あ。」

 

そして、ハリーがこれからさきいつも思いだすであろう短い静寂の時間があった……。この瞬間、ハリーの世界はまるでかわってしまった。水晶のなかに封じこめられたようにすべてが静止した。 ハリーとお母さんはびっくりしてみつめ、魔女はお父さんにむけて杖をかざし、お父さんは地面からたっぷり三フィートうえに、重力を完全に無視してうかんでいた。

 

そしてヴェレス゠エヴァンズ教授はマクゴナガル教授のほうにむきなおって、ハリーがきいたことない声で言った。 「わかった。もうけっこう。おろしてください。」  お父さんは慎重に地面におろされ、その瞬間は終わった。宇宙はもとどおりうごきはじめた。

 

ハリーは黒みがかった髪の毛を手でかきみだした。 ハリーのなかの奇妙な一部分が()()()納得してしまっていたせいかもしれないが……「ちょっと拍子ぬけ(アンチクライマックス)だったな。 無限小の確率だった観測を受けて確率を更新する場合にはもっとドラマティックな心的事象があってもおかしくないのに。」  ハリーはそこでことばを切った。ママと魔女がハリーを変な目で見ている。 パパは椅子のうえの本をどけもせずにゆっくり座り、マクゴナガル教授の手のなかの木の棒をみつめた。 「つまり、ぼくが信じてきたことすべてがうそだったとわかった場合、っていうこと。」

 

まじめに言って、もっとドラマティックなできごとのはずだった。 ハリーの脳は宇宙に関して持っていた仮説をぜんぶ捨てはじめていてもいいはずだ。どの仮説でもこんなことは許されない。 なのに、脳は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() というような感じだ。

 

魔女は三人にむけてやさしげなほほえみを見せ、愉快そうにしている。 「まだ実演がいりますか、ミスター・ポッター?」

 

「いえ、いいです。 実験の信頼性を保証するにはもう一度実演をお願いしておいたほうがいいんですが、実験としてはこれで決定的です。鏡のトリックみたいなものじゃなく、催眠的誘導でもなく、パパは実際に地面から浮きあがった。ぼくたちはそれをみた。ただ……」  ハリーはためらった。我慢できそうにない。というか、この状況では我慢()()()()()()()。好奇心をもつのはただしいことだ。 「ほかになにが()()()んです?」

 

「火のほかに、ですね?」

 

パパはさっきのママとおなじくらい警戒する表情になった。

 

「はい。それ以外で。」  実を言えば、それも見ておきたかったが。興奮してきた。ぼくも空をとべるのだろうか? 火を自分の意思でつくりだせるのか? どうやって? 原子を空中で加速して燃焼を生じさせるのか? ()()()()()()()()()——

 

マクゴナガル教授はネコになった。

 

ハリーは考えるまえに飛びのいた。あとずさりしたいきおいで、はぐれでていた本の山につまづいてしりもちをついた。 手でからだをうけるのも間にあわず、肩のあたりに予告するような痛みがあり、バランスを崩してたおれた。

 

小さな太ったネコが、一瞬でローブ姿の女性にもどった。 「ごめんなさい、ミスター・ポッター。」と言う魔女の声はまじめだが、口角があがりくちびるがぷるぷるしている。「予告してあげてからにすべきでしたね。」

 

ハリーは息をあえがせた。こころのなかのダムが決壊したような気分だ。 やっとのことで声がでた。 「そんなバカな!」

 

「ただの〈転成術〉(トランスフィギュレイション)です。」とマクゴナガル教授。「厳密には〈動物師(アニメイガス)〉変身術ですが。」

 

「ネコに! 小さなネコに変身するなんて! あなたは〈エネルギー保存則〉をやぶったんですよ! この保存則はそこらの規則とはちがう。量子ハミルトニアンの形式から導出されるんだ! これがやぶられるとユニタリー性が破壊されて超光速通信が可能になってしまう! それにネコは単純じゃない! 人間のあたまでネコ一体の解剖学とネコ生化学を図解したイメージなんかできたりしない。 それに()()()は? どうやってネコなみの脳で()()をしつづけられるんだ?」

 

マクゴナガル教授のくちびるはもっとはげしくぷるぷるしている。「魔法(マジック)です。」

 

「魔法じゃ()()()()()()! 神にでもならないと!」

 

マクゴナガル教授は目をしばたたかせた。 「そういう風によばれたのははじめてです。」

 

ハリーの脳が眼前の事件を理解しはじめると、視界がぼけてきだした。 こういう衝撃を期待していたんだ。遅延のあとだけにより強力だ。

 

そのときトイレにながされたのは、数学的に正則な統一宇宙という考えかた、つまり()()()という考えかたそのものだ。 三千年かけて、大きく複雑なものごとを小さな部品に分解し、惑星の音楽が木から落ちるリンゴと同じ旋律であることを発見し、真の法則は完全に普遍的でどこにも例外がなく、極小の部品を支配する単純な数学の形式をとると発見してきた歴史が投げ捨てられた。()()()()()()()、こころは脳で、脳はニューロンでできていて、脳はその人()()()()で……

 

そして女はネコに変身する。ぜんぶだいなしだ。

 

ハリーは頭痛がした。

 

ハリーのくちびるをめぐって百個の質問があらそい、勝者が語りだした。 「そもそも『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』という詠唱はなんなんですか? 幼稚園児がこういう呪文のことばを発明したとでも?」

 

「そこまでにしましょうか、ミスター・ポッター。」  マクゴナガル教授は端的に言ったが、瞳は愉快さを隠してかがやいていた。 「魔法をまなびたいなら、ホグウォーツにかよえるように書類をしあげてしまいませんか。」

 

「そうですね。」とハリーは呆然としながら言った。 書類か。 魔法の世界でもどうやらかわらないことはあるらしい。 ハリーは考えをまとめてたちあがった。 〈理性の行進〉はやりなおしだが、それだけだ。実験的方法はまだのこっている。それが重要だ。

 

「あなた大丈夫?」とママが夫にのかたに手をのせながら言った。

 

エヴァンズ゠ヴェレス教授はだいぶ血の気がひいてみえた。彼は妻の手をつつんで、「大丈夫だと思う。ありがとう。」と言う。そして、めずらしくおおっぴらに愛情をみせようと、その手を自分のくちびるにひきよせた。「それに……すまなかった。」

 

ペチュニアは笑顔で手をにぎりかえし「いいわ。わたしもリリーのときはなかなか信じなかったし、わたしはあなたの半分ほどの理由もなしにそうしていたから。」

 

パパは笑みをみせ、そしてハリーのほうをむいた。 「きみにも謝らないとな。きみがただしかった。『最後の審判は観察』だな。ぼくにこれをぜんぶうけとめきれるかどうかはわからないが……」

 

ハリーはすこしことばにつまらせたが、二人に笑みをかえした。 「ぼくはたすけられてたんだよ。そうでなかったらぼくもうたがっていたと思う。魔法使いだからかもしれない。いつか説明するよ。」  マクゴナガル教授のほうをむいた。ハリーは彼女がホグウォーツの副総長でもあることを思いだした。ほんとうの魔法学校。こんな先生がいるその学校がどういう感じのものかさっぱりわからない。 「準備はできています。ホグウォーツにはどうやっていくんですか?」

 

短い笑いがマクゴナガル教授からピンセットでつまみだされたかのようにしてもれた。「魔法であなたをさらったりするのを期待しているのでしたら、そんなことはしませんよ。許可書にあるとおり、学期は九月一日からはじまります。移動の方法と学校用品の買いかたはそのときにわたしがまたここにきて説明します。」

 

「ちょっと待った、ハリー。なぜきみがいままで学校にかよっていないのか忘れてないか? あの症状はどうする?」

 

マクゴナガル教授はマイケルのほうをむいた。 「あの症状? なんのことですか?」

 

「ぼくは睡眠障害なんです。」と言ってハリーは手をたよりなさげにふった。「ぼくの睡眠周期は二十六時間あります。 午後十時、午前零時、午前二時、午前四時というように、毎日二時間ずつおそく寝つきます。 はやおきを試してみても効果はなく、一日じゅう役立たずになるだけ。 だからこれまでぼくはふつうの学校にいっていないんです。」

 

「理由はそれだけじゃないでしょ。」とお母さんが言う。ハリーはたじろいだ。将来の先生であり副総長である人に偏見をもたれたくない。

 

そうする権利が多少あったとしても?——とハリーのこころのなかの自己批評家がきいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と功利主義的な部分のハリーが言った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()——

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() とハリーのイド〔訳注:フロイトの用語で本能的衝動の源泉である自我〕が言い、ハリーのほかの部分が同意して沈黙した。

 

マクゴナガルは一度ゆっくりうなってから口をひらいた。「わたしの記憶しているかぎり、そのような症状は初耳ですが……マダム・ポンフリーが治療方法を知っているかもしれないので、あとで確認してみます。」  そして顔をあかるくして、「いえ、じつのところ問題ありませんね——時間をみつけて解決策を用意しておきます。ところで」と、まなざしをまた、きつくする。「ほかにも理由があるそうですが、それはなんですか?」

 

ハリーは両親をにらんで、肩をはった。「ぼくは……」とあえて重みをこめて言う。「児童教育に関して良心的徴兵拒否をしています。学校教育は崩壊しつつあり、最小限度の品質の教員や教材を提供することにすら失敗している。ぼくがその犠牲になる必要はないからです。」

 

ハリーの両親は笑ってふきだした。「おや」とお父さんは目をかがやかせて言う。「三年生のとき算数の教師に噛みついたのは()()が理由だったのか?」

 

「あの先生は対数も知らなかったんだ!」

 

「もちろん」とママがつづく。「それなら、先生に噛みつくのはかなりおとなびた対応ね。」

 

パパがうなづいた。「崩壊しつつある学校教育の失敗を是正するための思慮深い政策だ。」

 

「ぼくは()()だったんだ! いつまでその話をむしかえすの?」

 

「そうね」とお母さんが同情するように言う。「教師()()()に噛みついただけで、いつまでも忘れさせてもらえないなんてね?」

 

お父さんが含み笑いをしたところで、ハリーはマクゴナガル教授のほうをむいた。「魔法でぼくをさらったりできないというのは間違いありませんか?」

 

「ありませんね」とマクゴナガル教授の抑制された笑みはにこやかな笑いにいつ変わってもおかしくない状態だった。「ホグウォーツでは教師を噛むことは許されません。この点はおわかりですか、ミスター・ポッター?」

 

ハリーは彼女をにらんだ。「いいでしょう。さきに噛みついてきた相手でなければぼくも噛みつきません。」

 

「火山の噴火口を製作するのもやめさせておいたほうがいいでしょうね。」とパパが提案し、ママは大声で笑いだした。「建て物を耐火性にする魔法があるのであれば別ですが。」

 

()()!」とハリーは頬をまっかにしてさけんだ。

 

「状況をかんがみると、学校用品を買いにつれていくのは学校がはじまる一、二日まえまで避けたほうがよさそうです。」

 

「は? なぜ? ほかの子はもう魔法を知っているんでしょう? すぐにはじめて追いつかなきゃ! 学校を全焼させたりはしないと約束します!」と口にだしてしまってから一秒後、それを言う()()()()()ということ自体あまり有望な兆候ではないとハリーは気づいた。

 

「ご安心を、ミスター・ポッター。」とマクゴナガル教授はかえした。「どの生徒もホグウォーツでは基礎からはじめます。本校は自壊の危機におちいらずに生徒を教育する能力があります。いっぽう、杖なしであれ、あなたに教科書をわたして二カ月かってにやらせておくと、つぎにわたしがきたときにはこの家が紫の煙がたちのぼるクレーターと化し、まわりの街は過疎化し、シマウマが燃えながらオクスフォード大学の廃墟を跋扈していることになりそうです。」

 

お母さんとお父さんは完全に同調してうなづいた。

 

「ママ! パパ!」

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

編集・加筆:Daystar

 





今回の非ハリポタ用語:「超光速通信」
光より速いものはなく、光の速さを超える情報伝達も不可能、といわれるが、スペースオペラ系のSFではよく、超光速通信がでてくる。これがないと、銀河をまたにかける大帝国などの話がまずできないので……

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