ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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20章「ベイズの定理」

◆ ◆ ◆

 

ハリーは小さな部屋に設置された携帯用ながらもやわらかなベッドによこたわりながら、灰色の天井を見あげている。 クィレル先生のスナックはたくさん食べおえた。チョコレートやそのほかの材料を緻密に組みあわせ、きらきらの粉砂糖や蜜をちらした高価そうな菓子で、たしかにおいしかった。 といっても、やましい気はしなかった。自分はそれだけのことをしたのだから。

 

眠ろうとはしなかった。 目をとじるといやなことが起きそうな気がしたから。

 

読書しようとはしなかった。 集中できないと思ったから。

 

おもしろいことにハリーの脳はうごきつづけ、いくら疲れても停止しない。 だんだんバカになっていくが、()()()()()()()()()()()は拒む。

 

だがそこには、真の達成感がたしかにある。

 

反〈闇の王ハリー〉計画に一点加点、どころではない。 いま、〈組わけ帽子〉をこの頭にのせてやったらなんと言うだろう。

 

闇の王になる道をあゆんでいるとクィレル先生が非難していたのも無理はない。 すぐに気づくべきだったのに、自分はその類似点を理解できなさすぎていた——

 

あの日〈闇の王〉が勝ったわけではないことを理解してほしい。 〈闇の王〉の目標は格闘術を学ぶことだったが、彼はなんの教えもうけずに去ったのだ。

 

ハリーは〈薬学(ポーションズ)〉を学ぶつもりで〈薬学〉の授業に参加した。 そしてなんの教えもうけずに去った。

 

クィレル先生はそのことを聞いて、おそるべき正確さで理解すると、ハリーをつかまえて、〈例の男〉のコピーになることにつながるあの道から引きずりおろしたのだった。

 

ドアにノックがあった。 「授業は終わった。」とクィレル先生の静かな声が言った。

 

ハリーはドアにちかづくと、急に不安感をおぼえた。 だがその緊張は、クィレル先生の足音がドアから離れていくにつれて消えた。

 

いまのはなんだ? あれが最終的にクィレル先生がくびになる理由なのか?

 

ハリーはドアをあけ、クィレル先生が体数個分はなれて待っているのがみえた。

 

クィレル先生もこれを感じているのだろうか?

 

二人はもうだれもいない教壇をよこぎり、クィレル先生の机までいった。クィレル先生はさきほどまでとおなじようにそこにもたれかかり、ハリーは演台のすこしまえで立ちどまった。

 

「それで……わたしに話したいこととは?」 クィレル先生の表情はいつもどおり真剣だったが、どこか親しげな感じがあった。

 

『ぼくに謎のダークサイドがあるということ』なのだが、そういきなり言えることではない。

 

「クィレル先生、ぼくはこれで〈闇の王(ダークロード)〉への道からはずれましたか?」

 

クィレル先生はハリーを見た。 「ミスター・ポッター。」とすこしだけにやりとしながら、厳粛そうに言う。「ちょっとしたアドヴァイスをしよう。 世には完璧すぎる演技というものがある。 現実の人間は、十五分間の屈辱をうけてから優雅に立ちあがって敵を許したりしない。 そういうことは、自分が〈(ダーク)〉でないとみなを()()()()()()()()ときにするもので——」

 

信じられない! どんな観察結果も自分の理論のうらづけとして使うなんて!

 

「そしてその怒りかたは()()()()()()過剰だ。」

 

「いったいなにをすれば納得してもらえるんですか?」

 

「〈闇の王〉になるという野望がきみにはないとわたしを納得させる、ということか?」とクィレル先生が、今度はあからさまにおもしろがるように言った。 「ただ右手をあげてくれれば、それでいいかな。」

 

「え?」とハリーは唖然として言った。 「でもぼくが右手をあげられるかどうかがわかったからといって、ぼくが——」と言いかけてハリーは自分がバカのように感じてやめた。

 

「ご明察。 いずれの場合も、きみにとってそれをするのは簡単だ。 わたしを納得させるためにきみにできることはなにもない。納得させようとしているのだと、わたしにはわかっているからだ。 さらに話を厳密にするなら、わたしは個人的にお目にかかったことはないが、完全な善人が存在する可能性もなくはないと言っておく。しかし十五分間いためつけられた人が立ちあがって急に攻撃者にむけて慈悲のこころを発揮したくなるという()()()()()()()()()()。 それに対して、教師と同級生とに自分は次代の〈闇の王〉ではないということを納得させようとして、おさない子どもが自分は()()()()()()()()()()べきだと考える、という可能性はそこまで低くない。 行為について重要なのは、その行為が()()()()()()()()()()()()()ではなく、どのような精神状態がどれくらいその行為を生みだしやすいかだ。」

 

ハリーは目をしばたたかせた。 たったいま自分は、代表性ヒューリスティックとベイズ的な証拠の概念との二元論について、魔法使いから説明をうけたのだ。

 

「とはいえ、だれしも友人にいいところを見せたいと思うことはある。 それは〈闇〉ではない。 これを告白ととらえる必要はないが、ミスター・ポッター、正直に言ってみてほしい。 復讐がなされるのを止めようとする瞬間にきみはなにを考えていた? ほんとうに慈悲の衝動を感じたのか? それとも同級生にその行為をどう見られるかを意識していたか?」

 

人は自分なりの不死鳥の歌をつくることがある。

 

だがハリーはそれを声にださなかった。 クィレル先生はあきらかにそれを信じてくれないだろうし、おそらく見えすいたうそを言ったと思われて軽んじられることになる。

 

しばらくの沈黙のあと、クィレル先生は満足げな笑顔をした。 「信じられないかもしれないが、ミスター・ポッター、きみの秘密をわたしが知ることについて、恐れる必要はない。 わたしは次代の〈闇の王〉になるのはやめておけと命じるつもりはない。 もしわたしが時間をさかのぼって、どうにかして子どものころのわたしの精神からそれと同じ野望を除去できたとして、現在のわたしに便益は生じないだろう。 それが自分の目標だと信じているあいだずっと、わたしはそのために勉学にうちこみ自分を洗練させ強くなった。 われわれはみな、自分の欲求にどこまでも忠実であることにより、自分がなるべきものになる。 十三歳のころのわたしが読んだその本がおかれている図書館の棚はどこかときかれれば、よろこんで案内しよう。」

 

「ああもう。」と言ってハリーはかたい大理石の床に座り、そしてその床によこたわり、高い天井のアーチを見あげた。 痛くない範囲で、絶望して崩れおちるのに一番ちかづけた結果がこれだった。

 

「怒りかたがまだ過剰だ。」とクィレル先生が意見した。 ハリーはそちらを見なかったが、声をきけば忍び笑いをしているのがわかった。

 

そしてハリーは気づいた。

 

「あなたがなにを見まちがえているのか、どうも分かったような気がします。ぼくは実はそれの話をしたかったんですよ、クィレル先生。あなたがいま見ているそれは、ぼくの謎の暗黒面(ダークサイド)だと思います。」

 

そして沈黙。

 

「きみの……暗黒面(ダークサイド)……」

 

ハリーは上半身を起こした。 いままでだれの顔にも見たことがないほどの、とりわけクィレル先生ほど威厳のある人物にしては、奇妙な表情をしながら、クィレル先生はハリーを見ている。

 

「ぼくが怒ったときにそれは起こります。」とハリーは説明する。 「血液がつめたくなって、すべてがつめたく感じて、すべてがはっきりとしてくる……。 ふりかえってみると、以前もおなじことがありました——マグルの学校で一年生だったとき、休み時間にだれかがぼくからボールをとろうとして、ぼくはそれを背中のうしろにかかえて、その子のみぞおちを蹴った。それが人間の弱点だと本で読んでいたから。ほかの子たちはそのあとぼくに手だしをしなくなりました。 算数の教師がぼくの優位性を認めようとしなかったとき、ぼくは噛みつきました。 でもそれが実際……謎のダークサイドだということに気づくほどのストレスを受けさせられたのは、ほんの最近のことで、これは学校の心理医がぼくに言っていたような、怒りを制御できないというだけの問題ではありません。 それとそのときのぼくに超魔法パワーがあったりはしません。そのことはまず第一にたしかめましたから。」

 

クィレル先生は鼻をこすった。 「すこし考えさせてほしい。」

 

ハリーはまる一分、無言で待った。 その時間をつかって立ちあがったが、それは思ったよりむずかしかった。

 

「よし。」と、しばらくしてからクィレル先生が言う。 「どうやらきみがわたしを納得させるために言えることはひとつあったようだな。」

 

「このダークサイドはぼくの一部にすぎず、こたえは怒らないことではなくそれを受けいれて制御できるようになることだ、ということは()()推測できています。ぼくはバカじゃないしこういうストーリーは何度もみていて、どういう風に展開するか、わかっています。でも大変なことではあるし、あなたは助けになってくれそうな人に見えます。」

 

「ふむ……そうか……なかなかの洞察力だと言わざるをえない……きみの推測どおり、きみのその側面(サイド)はきみの殺意であり、きみが言うようにそれはきみの一部でもある……」

 

「そして訓練してやる必要がある。」と言ってハリーがパターンを完成させた。

 

「そう、訓練してやる必要がある。たしかに。」  あの奇妙な表情はまだクィレル先生の顔にある。 「ミスター・ポッター、次代の〈闇の王〉になりたくないというのが本心なら、どのような野望を〈組わけ帽子〉はきみにあきらめさせようとした? きみをスリザリンに〈組わけ〉する根拠となる野望はなんだった?」

 

「ぼくは()()()()()()()に〈組わけ〉されたんですよ!」

 

「ミスター・ポッター。」と言って、クィレル先生はいつもの乾いた笑みにずっとちかい表情をした。「周囲の人物がバカであることにきみが慣れていることは知っているが、わたしはその手のやからとは違う。 〈組わけ帽子〉がきみのあたまに乗っているあいだに八百年に一度のいたずらをしかけようとする可能性は、考慮する意味がないほど小さい。 きみが指をならすことによって、〈帽子〉にかけられた改竄防止呪文を打ちけす、なにか単純で巧妙な方法を発明した、という可能性もありえなくはない。 だが、〈帽子〉の決めた〈死ななかった男の子〉の行き先にダンブルドアが不満だったから、というほうがはるかに可能性の高い説明だ。 判断力のかけらもある人なら、だれの目にもこのことは明白だ。つまりきみの秘密がホグウォーツでもれる心配はない。」

 

ハリーは口をひらいたが、完全な無力感をおぼえて、またとじた。 クィレル先生は間違っている。しかし、それがクィレル先生に利用できる証拠をふまえれば合理的な判断だと思わされてしまいそうなほどに、説得力のある間違いかたをしている。 ときには、といっても()()()()()()タイミングでだが、ほとんどありえない証拠があたえられて、知りうる最良の推測が間違いだということもある。 ある医学的検査が千回に一回しか間違わないとして、それはやはり間違いだ。

 

「ぼくがこれから言うことをよそに漏らさないでほしいとお願いしてもいいですか?」

 

「もちろん、お願いされることに異存はない。」

 

ハリーもバカではない。 「答えはイエスだと思っていいですか?」

 

「よろしい。ぞんぶんに思いたまえ。」

 

()()()()()()——」

 

「きみがこれから言うことをわたしは他言しない。」とクィレル先生が笑顔で言った。

 

二人は一度笑い、そしてハリーはまた真顔になって言う。 「〈組わけ帽子〉はたしかに言っていたんです。ハッフルパフに行かないかぎりぼくは〈闇の王〉になることになると。」 「でもぼくは()()()()()()()()()。」

 

「ミスター・ポッター……。 この質問を誤解しないでほしいのだが。 きみがどう答えても成績には反映しないと約束する。 ただ正直に返事してくれればいい。 なぜ、なりたくないのだ?」

 

ハリーはまたあの()()()をおぼえた。 『〈闇の王〉になるなかれ』というのは自分の道徳システムのなかであまりに当然の定理で、具体的な証明の手順をのべるのがむずかしい。 「その、人が傷つくことになるから?」

 

「きみも人を傷つけたいと思ったことはあるにきまっている。 今日、きみをいじめた相手をきみは傷つけたいと思った。 〈闇の王〉になるということは、きみが()()()()()()()()と思う相手を傷つけるということだ。」

 

ハリーはいい表現をみつけようとあれこれ考えたが、自明な言いかたにしてしまうことにした。 「まずですね、ぼくがだれかを傷つけたいからといって、そうするのがただしいとは——」

 

「自分がしたいというのでだめなら、なにがものごとをただしくする?」

 

「ああ。選好功利主義ですか。」

 

「なんと?」

 

「最大多数の人の選好を満足することが善であるという倫理の理論です——」

 

「いや……」 クィレル先生の指が鼻すじをこすった。 「わたしが言おうとしたことはそれではないと思う。 ミスター・ポッター、けっきょくは人はみな、したいことをする。 人はときに自分がしたいことを『ただしい』などと呼んだりするが、わたしたちは自分の欲求()()のなににしたがって行動できるというのだ?」

 

「まあ、あたりまえのことなんですが、 道徳的な理由に訴求力がなければ、それにしたがってぼくが()()することはありません。 でもだからといって、あのスリザリン生たちを傷つけたいというぼくの欲求が道徳的な理由()()()()()ぼくをうごかすことにはなりません!」

 

クィレル先生は目をしばたたかせた。

 

「それだけじゃなく、 〈闇の王〉になれば罪のない傍観者もたくさん傷つけることにもなります!」

 

「それがきみにどう関係する? その人たちがきみになにをしてくれた?」

 

ハリーは笑った。 「いまのそれは、『肩をすくめるアトラス』くらいの巧妙さでしたよ。」

 

「なんと?」とクィレル先生がまた言った。

 

「ぼくを堕落させるだろうといって、両親から禁じられた本のことです。当然ぼくは読んだんですが、あんな見えすいた罠にかかると思われたなんて不愉快でした。 ほかの人たちは自分の邪魔になっているだけだというぼくの優越感を刺激する、とかなんとか。」

 

「つまりきみはわたしに罠をもっと隠せと言っているのか?」と言って、 クィレル先生はほおを指でたたき、考えこむような風になった。 「努力してみよう。」

 

二人は笑った。

 

「だがもとの質問から離れないようにしよう。 ほかの人がきみになにかしてくれたことが実際あるのか?」

 

「ほかの人は()()()()()たくさんのことをしてくれましたよ! ぼくの両親が死んだとき、両親はぼくを養子にしてくれました。二人は()()だからです。〈闇の王〉になることはそのことへの裏切りです!」

 

クィレル先生はしばらく無言になった。

 

「告白するが……」とクィレル先生が静かに言う。「わたしがきみの年齢だったころ、わたしはそのように思える環境にいなかった。」

 

「お気の毒に。」

 

「いや。 すぎた話だ。それに両親の問題はわたしにとって満足いくかたちで解決した。 つまりきみは、ご両親にみとめられないと思うからためらうのか? ということは、もしご両親が事故で死ぬことがあれば、きみをとどめるものはなにもなくなると——」

 

「いえ、そうではなく。二人の()()()()()()のおかげでぼくは保護されました。 その衝動はぼくの両親だけにあるものではありません。 その衝動を裏切ってしまうことになります。」

 

「それはともかく、きみはまだわたしの最初の質問にこたえていない。」とクィレル先生がしばらくしてから言った。 「きみの野望はなんだ?」

 

「ああ。その……」とハリーは考えをまとめる。 「宇宙について知りうる重要なことをすべて理解すること。その知識をつかって全能になること。そのちからをつかって現実を書きかえること。というのは、この現実のありかたにぼくは文句があるからです。」

 

短い間があった。

 

「これが愚かな質問だったとしたら申し訳ないが、ミスター・ポッター、 きみはいま〈闇の王〉になりたいと告白してしまったのではないか?」

 

「そうなるのは、悪のために自分のちからをつかう場合だけです。」とハリーが説明する。 「善のためにつかえば、〈光の王〉になります。」

 

「ふむ。」  クィレル先生は反対側のほおを指でたたく。 「それでかまわない。 きみのその野望はサラザールにふさわしいほどの規模だが、具体的にどうやってとりくむつもりだ? 第一ステップは魔法戦士になることか、〈無言者(アンスピーカブル)〉局長になることか、〈魔法省〉大臣になることか——」

 

「第一ステップは科学者になることです。」

 

クィレル先生はまるでハリーがネコになったというかのような見つめかたをした。

 

「科学者。」とクィレル先生はしばらくしてから言った。

 

ハリーはうなづいた。

 

()()()だと?」とクィレル先生はくりかえした。

 

「はい、 ぼくはこの目標を……〈()()〉のちからで達成します!」

 

()()()だと!」 クィレル先生の顔には純粋な怒りがあり、その声はどんどん大きく、するどくなった。 「きみはわたしの授業で一番優秀な生徒にもなれる! この五十年のホグウォーツ卒業生のなかで最強の魔法戦士にもなれる! きみが実験用白衣をきてラットに無意味なことをして日々を無為にすごすなど想像しがたい!」

 

「あの! 科学はそういうことばかりじゃありませんよ! もちろんラットを使った実験にも()()()()()()()()()()()が。 でも科学というのは、いかに宇宙を理解して制御するかという——」

 

「愚かだ。」とクィレル先生が静かな、苦にがしさをこめた声で言った。 「きみは愚かだ、ハリー・ポッター。」 そう言って顔を手でおおってさすると、表情におだやかさが出た。 「というより自分の真の野望をみつけられていないようだ。 きみに〈闇の王〉になってみることを強くすすめてみたいのだが? 公共のための奉仕として、わたしにできることはなんでもしよう。」

 

「あなたは科学がきらいなようですね。」とハリーはゆっくりと言う。 「なぜですか?」

 

「あの愚かなマグルどもに、いつかわれわれはみな殺される!」 クィレル先生の声はさらに大きくなった。 「やつらはきっと、 行きつくところまで行ってしまう!」

 

ハリーは話についていけていない気がした。 「なんのことを言っているんですか? 核兵器とか?」

 

「そう、核兵器だ!」 クィレル先生はもはや絶叫といっていいほどの声をしていた。 「〈名前を言ってはいけない例の男〉でさえ核兵器は使わなかった。おそらく灰燼に帰した世界を支配したくなかったからだろう! あんなものが作られるべきではなかった! そしてことはどんどん悪化している!」 クィレル先生は机にもたれるのをやめて直立していた。 「開くべきでない門というものがある。破るべきでない封印というものがある! 我慢できずに手をだす愚か者は、早いうちに低級な災厄で死ぬ。生存できた者はみな、自力で発見できるだけの知性と自制をもたない相手には()()()()()()()()秘密があるということを知る! 強力な魔法使いはだれもがそう知っている! 最悪の〈闇の魔術師〉でさえ知っている! なのにマグルの愚か者どもにはそれがわからないのだ! あの熱心な愚か者どもは核兵器を発明しておきながら、その秘密を守ろうとせず、()()()政治家たちに話してしまい、いまや()()()()つねに絶滅の脅威におびえて生きなければならなくなった!」

 

ハリーがこれまで育ってきたなかで、あまりきいたことがなかった観点だ。 全核物理学者が共謀して、核物理学者になれるほどの知性がない相手には核兵器の秘密を一切もらさないようにすべきだという発想は、ハリーになかった。 この発想はすくなくとも興味ぶかいとは言えそうだ。 これを実現するとしたら、秘密のパスワードを使わせればいいか? 覆面をつけさせればいいか?

 

(実のところ、たんにぼくが知らないだけで、物理学者たちが守っているものすごく破滅的な秘密はいろいろあったりするのではないだろうか。そのうち口外されてしまった唯一のものが核兵器だったというだけで。 その場合も、ぼくにとって見える世界にかわりはないはずだ。)

 

「そのことについては考えてみたいと思います。」とハリーはクィレル先生に言う。 「その発想はしたことがなかったので。 そして稀有な教師から大学院生へと伝わってきた、()()()()科学の秘密のひとつは、自分がはじめて聞いたアイデアが気にいらなかったとき、即座にそれをトイレに流してしまうのをいかに回避するか、ということです。」

 

クィレル先生はまた目をしばたたかせた。

 

()()()()()()()種類の科学もありますか? 医学とか?」

 

「宇宙旅行だ。 この惑星がマグルに吹きとばされるまえに魔法族を脱出させてくれるかもしれない唯一の事業だが、マグルたちの進捗はかんばしくない。」

 

ハリーはうなづいた。 「ぼくも宇宙計画には大賛成です。 すくなくともそこは意見があいましたね。」

 

クィレル先生はハリーのほうを見た。 その両目になにか光るものがちらついた。 「これからはじまるできごとを決して他言しないという、きみの約束と誓いのことばをいただきたい。」

 

「もちろん。」とハリーは即答した。

 

「その誓いをやぶれば、好ましからざる結果が待っていると思いたまえ。 これからわたしは稀有で強力な呪文をかける。かける対象はきみではなく、この教室全体だ。 その場をうごくな。呪文の内外の境界に触れてはならない。 わたしがこれからかける魔法にきみは干渉してはならない。 見ることだけを許す。 したがわなければ、わたしは呪文を解く。」 クィレル先生はそこでことばを切った。 「そして、ころばないように気をつけなさい。」

 

ハリーは困惑しつつも期待を感じながら、うなづいた。

 

クィレル先生は杖をかまえ、なにかを言ったが、ハリーの耳とこころはそれをとらえることができなかった。そのことばは意識を迂回し、忘却のかなたへ消えた。

 

ハリーの両足の周囲の小さな半径の大理石は維持された。 床のそのほかの大理石は消え、壁と天井も消えた。

 

ハリーは小さな円のなかに立ちながら、はてしなく広がる星ぼしの海の真ん中にいた。星はおそろしくあかるく燃え、またたかない。 見なれた地球も、月も、太陽もない。 クィレル先生はもとの場所に立つと同時に、星の海にうかんでいた。 〈天の川〉はすでに巨大な光の流れとして見えていたが、ハリーの視界がその暗さに慣れると、さらにあかるく輝いた。

 

その光景に、ハリーはいままで見たなによりも強く胸をしめつけられた。

 

「ここは……宇宙……?」

 

「いや。」 クィレル先生の声は悲しげでおごそかだった。 「だが実物の映像だ。」

 

ハリーの目に涙がうかんだ。 水なんかに視界をにごらされてこれを見のがすものかと、必死でそれをぬぐった。

 

星ぼしはもはや、地球の夜空で見られるような、巨大な天鵞絨(ビロード)の半球にはりついた小さな宝石ではなかった。 上に(そら)はなく、大気がなす球はない。 ただ完全な暗黒に対して完全な光の点が散らばっているだけ。暗黒は無限の虚無であり、そこにあいた無数の微小な穴を通して、そのさきにある想像を絶する世界から輝きがもたらされる。

 

宇宙では、星ぼしはすごく、すごく、すごく遠く()()()

 

ハリーは何度も何度も、目をぬぐいつづけた。

 

「ときどき……」とほとんどきこえないほど小さな声でクィレル先生が言う。「この不完全な世界がいつになく憎悪にみちて見えるとき、どこか遠くに、わたしがいるべきだった場所があるのではないかと思うことがある。 わたしには、それがどんな場所なのかは想像できないようだ。 想像することさえできないなら、どうやってそんな場所が存在すると信じることができようか。 しかし宇宙はとても、とても広大だから、もしかするとそんな場所はあるのかもしれない。 だが星ぼしはとても、とても遠い。 そこにいく方法がわかったとしても、たどりつくには長い、長い時間がかかるだろう。 そして長い、長い眠りにつくとき、わたしはどんな夢をみるのだろうか……」

 

冒瀆(ぼうとく)的に感じたが、ハリーはなんとかささやき声をだした。 「しばらくここにいさせてください。」

 

クィレル先生はうなづいた。クィレル先生はそこで星ぼしにもたれかからずに立っている。

 

自分が立つ小さな大理石の円のこと、そして自分のからだのことを忘れ、意識をもつ点となるのは簡単だった。その点は静止しているかもしれず、動いているかもしれない。 はかりしれない距離のなかでは、どちらとも判別しがたい。

 

時間のない時間がすぎた。

 

そして星ぼしは消え、教室がもどった。

 

「すまないが、来客のようだ。」とクィレル先生。

 

「かまいません。」とハリーがささやき声で言った。 「あれだけで十分です。」 ハリーは今日の日を忘れることはないだろう。それも前半に起こったとるにたらないことのためではない。 それ以上なにも学べないことになるとしても、ハリーはあの呪文をかける方法を学ぶだろう。

 

そのとき、教室の重いオーク材の扉から蝶つがいが吹きとばされ、大理石の床を転がっていった。同時に甲高い声がこう言う。

 

クィリナス!なんということを!

 

巨大な雷雲のようにして、強力な老魔法使いが不意に入室した。その顔にはまばゆいほどの憤怒があらわれ、それにくらべればさきほどハリーに向けられた厳格な顔はなんでもなかった。

 

ハリーのこころの一部が、この、自分が見たこともないほどおそろしいものから逃げだして悲鳴をあげようとし、そのショックを受けとめることのできる部分と入れかわり、ハリーのこころはねじれて方向感覚をうしなった。

 

ハリーのどの面もあの星見を中断させられたことに腹をたてていた。 「アルバス・パーシヴァル——」とハリーは冷淡な口調で声をだしかけた。

 

ドン。と、クィレル先生の片手が机にふりおとされた。 「()()()()()()()()()!」とクィレル先生がどなった。 「一生徒の分際で()()()()()()()()に向かってその言いかたは不適切ではないか!」

 

ハリーはクィレル先生のほうを見た。

 

クィレル先生は厳格そうにハリーをにらんだ。

 

どちらも笑顔ではない。

 

のしのしと歩いてきたダンブルドアはハリーがいる演台のまえでとまり、クィレル先生は机のよこに立っていた。 総長はショックをうけた様子で二人をみつめた。

 

「すみません。」とハリーはおとなしく礼儀ただしい口調で言った。 「総長先生、ぼくを守ろうとしてくれてありがとうございます。でもクィレル先生がしたことはただしかったんです。」

 

ゆっくりと、ダンブルドアの表情が鋼鉄を蒸発させそうなものから単なる怒りにかわった。 「生徒たちからの報告では、この男は年長のスリザリン生にきみをいじめさせたというではないか! きみが自衛することも禁じた、と!」

 

ハリーはうなづいた。 「クィレル先生にはぼくの欠点がわかっていたから、それを直す方法を実演してくれたんです。」

 

「ハリー、()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「わたしは負けかたを彼に教えました。」とクィレル先生が乾いた声で言った。 「生きるうえで重要な技術です。」

 

ダンブルドアがまだ理解していないのはあきらかだったが、その声量ははっきりと下がった。 「ハリー……」と彼はゆっくり言った。 「もしこの〈防衛術〉教授からおどされて、訴えることをとめられているのなら——」

 

狂っている。よりによって今日、あんなことがあってから、どうしてぼくが——

 

「総長先生。」と言って、ハリーはきまりが悪そうな表情をしようとした。「ぼくの欠点と言えば、教師に虐待されたことを話せないということではありませんよね。」

 

クィレル先生は含み笑いをした。 「完璧とはいえないが、ミスター・ポッター、一日目としては十分だったよ。 総長、あなたはレイヴンクローへの五十一点のところまで聞いていましたか? それとも前半の話をきいてすぐにここに飛びこんできたのですか?」

 

一瞬動揺の表情がダンブルドアの顔をよぎり、おどろきにかわった。 「レイヴンクローへの五十一点?」

 

クィレル先生はうなづいた。 「加点を期待してやったことではなかったでしょうが、加点しておくのが適切かと。 ミスター・ポッターが減らされた点を取りもどすためにやりのけたことは、マクゴナガル先生の言いたかったこととほとんどおなじだ、と彼女に伝えてください。 いいえ、総長、ミスター・ポッターからはなにも聞かされていませんよ。 今日のできごとのどの部分が彼女のしわざだったかを見ぬくことはたやすい。最後の譲歩があなた自身の提案だったということも。 ミスター・ポッターがどうやってスネイプとあなたの両方より上位にたったのか、そのあとどうやってマクゴナガル先生が彼より上位にたったのかは、不可解ですがね。」

 

ハリーはなんとかして表情を制御した。 真のスリザリンにはここまでバレバレなのか?

 

ダンブルドアはなにかを検査するようにしてハリーに近づいた。 「顔色がすこし悪いが、ハリー。」と言って、 老魔法使いは近くからハリーの顔をのぞきこんだ。 「今日の昼食には、なにを食べた?」

 

「え?」と言いながら、ハリーは急に困惑してこころのなかがぐらついた。 ダンブルドアはなぜラムの唐揚げと薄切りブロッコリーのことを知りたがる? そんなものよりも原因になることはいくらでも——

 

老魔法使いは姿勢をなおした。 「それならいい。きみは無事なようじゃ。」

 

クィレル先生が大きな音でわざとらしいせきばらいをした。 ハリーがそちらを見ると、クィレル先生はダンブルドアをするどい視線で見つめていた。

 

「オホン!」とクィレル先生はくりかえした。

 

ダンブルドアとクィレル先生は視線をあわせ、なにかが両者のあいだでかわされたようだった。

 

クィレル先生が口をひらいた。「もし彼につたえないのなら、わたしが伝えましょう、もしそれで解雇されるとしても。」

 

ダンブルドアはためいきをついて、ハリーのほうに向きなおった。 「ミスター・ポッター、きみのこころのプライヴァシーを侵害したことを謝罪する。」と総長は形式ばった言いかたで言った。 「クィレル先生がおなじことをしたのかどうか判断する以外の目的はなかった。」

 

は?

 

ハリーは混乱を感じたが、いま起きたことがなんだったかを理解できるとそれは終わった。

 

「あなたが——!」

 

「お手やわらかに、ミスター・ポッター。」と言いながらもクィレル先生は表情をかたくしてダンブルドアを見つめていた。

 

「〈開心術〉はときに常識と混同される。」と総長。 「しかしその痕跡を有能な〈開心術師〉は見やぶることができる。 わしが見ようとしていたのはそれだけじゃ。無関係な質問をしたのも、重要なことを考えさせないようにと思ってのこと。」

 

「ひとこと断ってからにすべきでしょう!」

 

クィレル先生がくびをふった。 「いや、その懸念に関しては総長にも一理ある。もし事前に許可をもとめられたとしたら、まさに見られたくないもののことをきみは考えてしまっていただろう。」 クィレル先生の声がするどくなった。 「むしろわたしが懸念しているのは、総長が事後にそのことを明かす必要を認めなかったことですがね!」

 

「これで今後、彼のこころのプライヴァシーが守られているかどうかをわしが確認することは難しくなった。」 ダンブルドアはクィレル先生に冷ややかな視線を送った。 「そうさせようという意図だったのかな?」

 

クィレル先生の表情はかたくなだった。 「この学校には〈開心術師〉が多すぎる。 ミスター・ポッターにはぜひ〈閉心術〉の個人教授を受けてもらわねば。 わたしが教えることは許されますか?」

 

「無論許可しない。」とダンブルドアは即座に言った。

 

「そうだろうと思いました。 それではこの無料サーヴィスをミスター・ポッターから剥奪した以上、有資格者による〈閉心術〉個人教授の料金を()()()()負担していただきましょうか。」

 

「そのようなサーヴィスは安くない。」とダンブルドアはすこし意外そうにクィレル先生を見て言う。 「だがわしの知り合いを通じて依頼すれば——」

 

クィレル先生はきっぱりとくびをふった。 「いいえ、ミスター・ポッターはグリンゴッツの担当者に中立的な教師の推薦をもとめるべきです。 失礼ながらダンブルドア総長、今朝のできごとをふまえると、あなたとあなたの知人がミスター・ポッターのこころを見ることには抗議せざるをえない。 その教師になにもそとに漏らさないという〈不破の誓い〉をかけ、毎回の授業のあと即座に〈忘消〉(オブリヴィエイト)されることに同意するようにしてもらいたい。」

 

ダンブルドアは眉をひそめた。 「そのようなサーヴィスが()()()高くつくことは分かっているはずじゃが。そこまでの措置が必要だと()()()()言うのには、なにか理由でもあるのかのう。」

 

「もしおかねのことが問題なら。」とハリーが口をひらく。「すぐに大金をつくる方法はいくつか思いつきますが——」

 

「ありがとうクィリナス、おぬしの知見の深さはよくわかった。邪魔をして悪かった。 ハリー・ポッターに対するきみの配慮も賞賛にあたいする。」

 

「どういたしまして。」とクィレル先生。 「これからもわたしが彼に特別な注意をむけたとしてもかまいませんね。」 クィレル先生の表情は非常に真剣で、かたくなだった。

 

ダンブルドアはハリーのほうを見た。

 

「ぼく自身もそう希望します。」

 

「こういうことになったか……」と老魔法使いはゆっくりと言った。 奇妙な表情がその顔をよぎった。 「ハリー……きみがこの男を教師として、友人として、はじめての師としてえらぶとすれば、なんらかのかたちで彼をうしなうことになることはわかっておいてほしい。その後、きみが彼をとりもどせるかどうかもさだかではない。」

 

そのことには気づいていなかった。 だがたしかに〈防衛術〉の職には呪い(ジンクス)があり……それはこの数十年完璧に規則的に機能しているらしい……

 

「おそらくそうでしょう。」とクィレル先生が静かに言う。「だがそれまでは、彼はわたしを存分に使うことができる。」

 

ダンブルドアはためいきをついた。 「そうするのが経済的ではあるのかもしれんな。〈防衛術〉教授としてきみは未知の方法で破滅すると()()()運命づけられている以上。」

 

ハリーはダンブルドアがなにをほのめかしていたのかに気づき、自分の表情を苦労して抑制しなければならなかった。

 

「ミスター・ポッターに〈閉心術〉の本をわたしてよいとマダム・ピンスに指示しておく。」とダンブルドア。

 

「きみには一人で独学しておくべき予備的な訓練がある。」とクィレル先生がハリーに言った。 「そしてぜひ、いそいでそうしたほうがいい。」

 

ハリーはうなづいた。

 

「それではわしは失礼する。」 ダンブルドアはハリーとクィレル先生の両方に会釈し、すこしゆっくりと歩きながら、去った。

 

「あの呪文をまたかけてもらえますか。」とダンブルドアがいなくなった瞬間にハリーが言った。

 

「今日はできない。」とクィレル先生が静かに言う。「あいにく、明日もだ。 あれをかけるのはかなりの負担がかかる。維持するのはそれほどでもないのだが。だからふだんはできるだけ長く維持するようにする。 今回は衝動的にかけた。 もし事前に検討していて、途中で割りこまれるかもしれないとわかっていれば——」

 

ハリーはダンブルドアのことが世界で一番きらいになった。

 

二人はためいきをついた。

 

「あれを見られるのが一度だけだったとしても、ぼくは一生あなたに感謝します。」

 

クィレル先生はうなづいた。

 

「〈パイオニア〉計画のことをきいたことがありますか? ほかの惑星のそばまで飛んでいって写真をとる探査機です。 二機の最終的な軌道は太陽系をはなれて恒星間空間にむかいます。 その二機には黄金の板がいれられていて、男と女の絵、銀河系内でのぼくたちの太陽の位置を示す図が描かれています。」

 

クィレル先生は一瞬沈黙したが、笑顔になった。 「ミスター・ポッター、〈闇の王〉になったらけっしてやらない三十七の項目をまとめおえたときにわたしが考えたことはなんだったか、あててみてくれるかな? わたしになったつもりで——わたしの立ち場にたったと思って——あててみたまえ。」

 

ハリーは〈闇の王〉になったら自分がやらないことのリスト三十七項目をながめている自分を想像した。

 

「そのリスト()()()()()()()したがわなければならないとしたら、そもそも〈闇の王〉になる意味があまりない、ということですね。」

 

()()()。」 クィレル先生はにやりとした。 「だからこれからルールその二——『自慢するべからず』というだけのもの——に違反して、わたしがやったあることについて話そうと思う。 これを知られることになんら害があるとは思えない。 それに、わたしたちがおたがいをよく知ったときには、まずまちがいなくきみはこのことを突きとめるだろうから。 それでも……これからわたしが話すことをだれにも他言しないという誓いのことばをいただきたい。」

 

「よろこんで!」 これは()()()()()上物だという気がする。

 

「わたしは宇宙旅行に関する進展を追うためにマグルの短報を購読している。 パイオニア十号については、発射が発表されるまで知らなかった。 だがパイオニア十一号も太陽系を永久に離れる予定だと知ってわたしは……」と言って、クィレル先生はハリーがこれまで見たなかでもっともにやりとした表情をした。「NASAに忍びこんだ。そしてあのすてきな黄金(きん)の板にちょっとした呪文をかけて、それが本来よりもはるかに長もちするようにした。」

 

……

 

……

 

……

 

「やはりな。」とクィレル先生は、まるで五十フィートほどの背たけになったかのようにして言う。「きみならそういう反応をすると思った。」

 

……

 

……

 

……

 

「ミスター・ポッター?」

 

「……なにを言っていいかわからなくなりました。」

 

「『完敗』でどうだ。」とクィレル先生。

 

「完敗です。」とハリーは即座に言った。

 

「ほら。 もしそれが言えないままだったら、きみはどんなひどい目にあっていたか分かったものじゃない。」

 

二人は笑った。

 

ハリーはもうひとつのことに思いあたった。 「その板に追加の情報をいれたりしたんじゃありませんか?」

 

「追加の情報?」と、それではじめて気づかされたというかのような調子でクィレル先生は言い、かなり興味を持つ様子になった。

 

ハリーはそれを見てむしろ疑いを持った。ハリーでさえ一分もかからず思いついたことだったのだから。

 

「たとえば『スター・ウォーズ』みたいに、ホログラフィーでできたメッセージを入れたとか?」とハリー。 「それとも……ふむ。肖像画一枚に人間一人の脳に相当する情報量をまるごと入れられるのなら……探査機の質量を増やすことはできなかっただろうけど、もしかするとその一部を自分の肖像画に変えたりできるかも? あるいは、末期的な病気で死にかけているヴォランティアを見つけて、その人をNASAに忍びこませて、その人の幽霊(ゴースト)板のなかにはいらせるような呪文を——」

 

「ミスター・ポッター……」と言って、クィレル先生が急にするどい声になった。「〈魔法省〉はまずまちがいなく、いかなる事情があろうと、人間の死を必要とする呪文を〈闇の魔術〉に分類する。 生徒はそのようなことを大っぴらに口にするべきではない。」

 

クィレル先生のすごいところは、もっともらしく否認できる状態を完全に維持しながらそれを言ってのけたことだ。 その口調はまさにこういう話題を議論しようとせず、生徒をこういう話題から遠ざけようとする人らしくきこえた。 ハリーが自分の精神を防御する方法を学ぶのを待ってその話をしてくれるつもりなのかどうか、ハリーには()()()()()()()

 

「了解です。このアイデアはほかのだれにも話しません。」

 

「いまの話題全体を他言しないでもらいたい、ミスター・ポッター。 わたしは人目を引かずに生きていくのを好んでいる。 クィリナス・クィレルの名前を新聞で探しても、わたしがホグウォーツで教師になる決心をして以降のことしか見つからないはずだ。」

 

すこし残念だが、しかたない。 つぎに、ハリーはそれがなにを意味するかに気づいた。 「それでいったい、どれくらいすごいことをだれにも知られないまま()()()()()んですか——」

 

「まあ、いくらかは。 だが今日はもうこれくらいで十分だろう。 ミスター・ポッター、正直に言ってわたしはすこし疲れた——」

 

「わかりました。それに()()()()()()()()()()()()()()()と。」

 

クィレル先生はうなづいたが、さらに強く机にもたれかかった。

 

ハリーはすぐに退出した。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 







今回の非ハリポタ用語:「ラット (rat)」
日本語でいうとネズミですが、マウスもネズミ。ラットのほうが体躯がおおきい。いっぽう、耳が比較的おおきめなのがマウスの特徴(そういえば有名なアニメでも……)
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