ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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〔訳注:ここまでのおはなし〕

ペチュニア・エヴァンズはオクスフォード大学生化学教授マイケル・ヴェレスと結婚した。

ハリー=ジェイムズ=ポッター・エヴァンズ・ヴェレスは天井まで本で埋まった家で育った。 対数を知らない算数の教師に噛みついたことがある。 『ゲーデル・エッシャー・バッハ』と『不確実性下での判断(Judgment Under Uncertainty)——ヒューリスティクスとバイアス(Heuristics and Biases)』と『ファインマン物理学』の第一巻を読んだことがある。 周囲の全員に、次代の〈闇の王〉になると恐れられているらしいが、本人にそのつもりはない。 その程度のしつけはされている。 魔法の法則を解明し、神になりたいと思っている。

ハーマイオニー・グレンジャーはホウキのりを除く全科目で彼より成績がいい。

ドラコ・マルフォイはちょうど、息子を溺愛するダース・ヴェイダーに育てられたような十一歳の男の子である。

クィレル先生は〈闇の魔術に対する防衛術〉(本人は〈戦闘魔術〉と呼んでいる)の教師になるという昔からの夢をかなえた。 生徒たちは、今回の〈防衛術教授〉にはなにが起きるのだろうかと思っている。

ダンブルドアは狂っているのか、ニワトリに火をつけることを含む深遠な権謀術数をしているのか不明。

副総長ミネルヴァ・マクゴナガルは一人になれる場所にかけこんで、しばらく叫びたい。



「ハリー・ジェイムズ・ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレスと教授のゲーム」編
22章「科学的方法」


◆ ◆ ◆

 

レイヴンクローのドミトリーを出てすぐの場所にある、小さな自習室。 ホグウォーツにある無数の使用されていない部屋のひとつである。 床は灰色の石、壁は赤い煉瓦、天井は黒塗りの木材でできており、四方の壁に光るガラスの球体が一つずつはまっている。 円形のテーブルは、太い黒大理石の柱に厚切りにした巨大な黒大理石をのせたもののようにみえたが、実際にはとても(質量も重量も)軽く、必要に応じて持ちあげて動かすのはむずかしくなかった。 座りごこちのいいクッションのついた椅子二脚は一見、不便な位置で床に固定されているようにみえる。しかし、だれかが座りかけるような姿勢でかがむと、すぐにそこにかけこんできてくれるのだということを二人はようやく発見した。

 

部屋のなかではコウモリも何匹か飛びまわっているようだ。

 

これこそ、いつの日か——()()()このプロジェクトが意味のある結果にむすびついたとして——二人の若いホグウォーツ一年生によって魔法の科学的研究の第一歩が踏みだされた場所として、未来の歴史書に記録されているであろう場所だ。

 

理論家、ハリー・ジェイムズ・ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレス。

 

被験者、ハーマイオニー・グレンジャー。

 

ハリーの成績はこの時点で、すくなくとも自分がおもしろいと判断した授業では、よくなっていた。 本も十一歳むけではないものをいろいろ読んだ。 毎日余分につかえる一時間で〈転成術〉(トランスフィギュレイション)の練習を何度もくりかえし、もう一時間で〈閉心術〉の練習もした。 意味のある授業は真剣にとりくんだし、毎日宿題を提出するだけでなく、必要とされる以上の勉強をして自由時間をすごし、教科書として指定されていない本も読み、試験問題の解答をおぼえるだけでなくその科目をマスターしようとし、一番になろうとした。 レイヴンクロー生でもなければこんなことはしない。 レイヴンクロー寮のなかでさえ、競争相手となるのは、パドマ・パティル(両親が非英語圏からきているため、ちゃんと勤勉になるよう育てられている)と、アンソニー・ゴルドスタイン(ノーベル賞受賞者の四分の一をしめる、とある小さな民族集団の出身である)、そしてもちろん、子犬たちのはるか頭上を巨大な歩幅で闊歩する巨人、ハーマイオニー・グレンジャーだけだった。

 

今回の実験にあたって、被験者はあたらしい呪文を十六個、独力で、まちがいの訂正もうけずに学ばなければならない。つまり被験者はハーマイオニーということになる。それしかない。

 

といったところで、部屋のなかをとびかうコウモリが()()()()()()ことにも触れておきたい。

 

ハリーはこのことの意味をなかなかうけいれられないでいた。

 

「ウーゲリ・ブーゲリ!」ともう一度、ハーマイオニーが言った。

 

こんども、ハーマイオニーの杖のさきからいきなり、状態遷移なしにコウモリが一羽あらわれた。 一瞬まえには、ただの空気。 一瞬あとには、コウモリ。 その羽は出現の瞬間にはすでにうごいていたようだった。

 

それでも()()()()()()()

 

「もうやめていい?」とハーマイオニー。

 

「もしかすると……」と言ってハリーはのどになにかをつかえさせる。「もうすこしだけ練習すれば光らせられたりしない?」 ハリーは自分が事前に書きだしておいた実験手つづきに違反しようとしているが、それは罪だ。 いまえられつつある結果が気にいらないから実験手つづきに違反しようとしているが、それは()()()()罪だ。これで〈科学の地獄〉に落とされるかもしれないが、もはやそうなってもどうでもいいような気がする。

 

「いまのはなにを変えたの?」と、すこし疲れた声でハーマイオニーが言った。

 

「ウとエとイの母音のながさ。 三対一対一じゃなく三対二対二のはずなんだ。」

 

「ウーゲリ・ブーゲリ!」とハーマイオニー。

 

羽が一枚しかないコウモリが具現化し、あわれに回転して床に落ち、灰色の石のうえで円をえがいて、ばたついた。

 

「それで、ほんとはなに?」とハーマイオニー。

 

「三対二対一。」

 

「ウーゲリ・ブーゲリ!」

 

こんどはまったく羽のないコウモリが、死んだネズミのようにぽとんと落ちた。

 

「三対一対二。」

 

するとなんと、コウモリが具現化し天井にむけてすぐにとびたった。健康で緑色に光るコウモリが。

 

ハーマイオニーは満足げにうなづいた。「はい、じゃあつぎは?」

 

長い沈黙があった。

 

()()()? 『ウーゲリー・ブーゲリー』のウとエとイを三対一対二の長さにしないと光るコウモリにならないの? ()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「なっちゃいけない理由がある?」

 

アアアアあ゙あ゙あ゙!」

 

ドス。ドス。ドス。

 

ここにくるまえにハリーは魔法の本質についてしばらく考え、魔法族が魔法について信じていることの事実上すべてがまちがいだという仮定にもとづいて一連の実験を設計しておいた。

 

『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』をちょうどそのとおりに言わないとものを浮遊させられない、なんてありえないだろ? だって、『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』だぞ? 宇宙はだれかが『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』をただしく言ったかどうかをチェックしていて、そうでないときは羽ペンを浮かばせてくれないとでも?

 

いや、真剣に考えてみればもちろんそんなはずはない。 だれかが、もしかするとほんものの幼稚園児が、そうでなくても英語圏の魔法使いのだれかが、『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』というのがぱたぱたしてふわふわしてる感じがすると思って、この呪文をはじめて使ったときにそう言ったんだ。 そしてみんなにそのことばが必要だと教えたんだ。

 

だが(ハリーの推論では)そう()()()()()()()()()はずはない。宇宙にそれが組みこまれているわけではない。それは()()()組みこまれているのだ。

 

科学者のあいだに伝わる古い教訓として、ブロンロのN線の逸話がある。

 

X線が発見されてすぐに、フランスの有名な物理学者——電波の伝搬速度をはじめて測定しそれが光とおなじ速度だと示した業績のある——プロスペール゠ルネ・ブロンロが、驚異的な新現象、N線の発見を発表した。N線はかすかにスクリーンを光らせるもので、よく見ないと見えないが、たしかにそこにある。 N線には興味ぶかい性質がさまざまある。 アルミニウムで曲げられ、アルミニウムのプリズムで収束させて硫化カドミウムと反応させた糸にあてると闇のなかでかすかに光る、云々……

 

ブロンロの結果はすぐに何人もの科学者によって、とりわけフランス国内で確認された。

 

だが、かすかに光っているようには見えないという科学者たちも、イングランドとドイツにいた。

 

ブロンロは彼らは装置の作りかたをまちがったのだろうと言った。

 

ある日ブロンロはN線の公開実験をおこなった。 照明はおとされ、ブロンロが操作をすすめるのと同時に、明るくなったこと、暗くなったことを助手が確認し、そう言った。

 

公開実験は通常どおりにすすみ、結果は期待どおりになった。

 

ロバート・ウッドというアメリカの科学者がこっそり、ブロンロの装置の中央にあったアルミニウムのプリズムを盗みとっていたにもかかわらず。

 

N線の命運はそこでつきた。

 

フィリップ・K・ディックはこう言った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ブロンロのあやまちは、あとから考えればあきらかだった。 彼は自分がなにをしているかを助手につたえるべきではなかった。 スクリーンの明るさを表現させるまえに、自分がなにを試しているのか、いつ試したのかを助手が()()()()ようにすべきだった。 それだけでよかったはずだ。

 

こんにちではこれは『盲検』と呼ばれていて、現代の科学者ならやってあたりまえのことである。 たとえば心理学の実験で、緑の警棒でたたかれたときより赤い警棒でたたかれたときのほうが人は怒りやすいのかどうかを調べるなら、被験者を見て『怒っている』かどうかを自分で判断してはいけない。 警棒でたたかれたあとの様子を写真撮影して、その写真を評価者の組におくって、どれくらい怒っているように見えるかを一から十の評点で、もちろん()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、評価してもらうのだ。 というより、評価者には実験の目的をつたえる必要すらない。 ()()()()()()()()赤い警棒でたたかれたときのほうが人は怒りやすいはずだ、などと実験の被験者に言っては()()()()いけない。 二十ポンドの報酬を約束して実験部屋に勧誘して、もちろん無作為に割りあてた色の警棒でたたき、写真をとるのだ。 いや、警棒と写真の仕事をする助手にも同じことが言える。助手がなにかを期待しているようなそぶりをしたり、強くたたいたり、適切なタイミングで写真をとったりすることのないよう、助手にも仮説の中身を知らせないでおくべきだ。

 

ブロンロの名声を失墜させたこのあやまちと同じようなことを、実験設計の授業で学部一年生がやってしまえば、ティーチングアシスタントに嘲笑され不合格にされるのがオチだ……一九九一年の時点では。

 

でもこれはもうすこし昔の、一九〇四年の話だったから、わかりきった代替仮説をロバート・ウッドが考案してその検証方法を整理するまでに何カ月もかかり、それまでに何十人もの科学者がだまされてしまっていた。

 

科学がはじまってから二百年以上たっていたというのに、である。 科学の歴史がそれほどすすんでからでも、まだ当然視されていなかったのだ。

 

だから、この小さな、科学がほとんど知られていない魔法世界では、現代の科学者にとってはもっともわかりきった、もっとも単純な検証を、まだだれひとりやっていない、という可能性は()()()()()()()

 

本には、呪文をかけるために()()()()()たどらなくてはならない複雑な手順のことがたくさん書かれている。 そしてハリーがたてた仮説では、こういった指示にしたがう過程、ただしくしたがっているかをチェックする過程が、おそらくなんらかの役目をはたしている。 そのひとを()()()()()()()()効果がある。 杖をふってなにかを願うというだけではおそらくそれほどうまくいかない。 そしてひとたびその呪文があるやりかたで発動するものだと信じて、そのやりかたで練習をすると、()()()やりかたでも発動するのだとは思いこめなくなる……

 

……単純であると同時にまちがった方法、つまり、()()()()()ほかの手順をテストしようとすれば、そうなる。

 

でも、本来どうやって使う呪文なのかを()()()()()()やるなら?

 

ホグウォーツ図書館にある悪ふざけの呪文の本から、ハーマイオニーがまだ勉強していない一連の呪文をとってきて彼女に教えてやれば、そしてその一部についてはただしい本来の手順を教えて、ほかの呪文についてはひとつ動作をかえたり、単語をかえたりしてやればどうなる? 手順はすべてもとのとおりに教えて、そのかわり、赤いイモムシをつくるはずの呪文を、青いイモムシをつくる呪文だと言ってやったらどうなる?

 

それが実際やってみて、どうだったかというと……

 

……ハリーにはちょっと信じがたい結果なのだが……

 

……『ウーゲリー・ブーゲリー』を、ただしい母音のながさである三対一対二ではなく三対一対一で言うようにハーマイオニーに教えると、コウモリはできるが、光りはしないのだった。

 

なにを信じるかが()()()というわけではない。 詠唱と杖さばき()()()重要というわけでもない。

 

呪文の本来の効果について完全にまちがった情報をハーマイオニーにあたえると、呪文は機能しなくなる。

 

呪文の本来の効果がなんであるかをまったく教えないと、呪文は機能しなくなる。

 

呪文の本来の効果をとても曖昧な表現で知らせておくか、部分的にだけまちがった理解をさせておくと、本に書かれた本来の効果がでる。彼女が教えられた効果ではなく。

 

ハリーは、この時点で、煉瓦の壁にあたまを文字どおり打ちつけていた。 強くではない。 貴重な頭脳に損傷をあたえたくはないからだ。 だが、いらだちをどこかに噴出させておかないと、自然発火しそうだった。

 

ドス。ドス。ドス。

 

どうやら宇宙はほんとうに『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』を言わせたいようだ。 しかもそれは特定の言いかたでなければならず、その人がどういう発音をただしいと考えていようが、宇宙は気にしないようだ。その人が重力をどう思っていようが気にしないのとおなじように。

 

なんでこうなる??????

 

なかでも最悪なのは、得意げで愉快そうなハーマイオニーの表情だった。

 

ハーマイオニーは、ただそこに座って、理由を知らされずにハリーの指示に従順にしたがうのをよしとしなかった。

 

だからハリーは、これがなんの検証実験であるかを説明した。

 

なぜそれを検証しようとしているのかも説明した。

 

これまでおなじことをやろうとした魔法使いがおそらくいないのはなぜかも説明した。

 

自分の予測にはかなり自信がある、とも説明した。

 

というのも、宇宙が『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』を言わせたがっているなんて()()()()()からだ。そうハリーは言った。

 

ハーマイオニーはそこで、自分が読んだ本によるとそれはおかしい、と指摘した。 ほんとうに十一歳のハリーが、ホグウォーツで教育をうけはじめて一カ月ちょっとで、自分とちがう意見の全世界の魔法使いよりかしこいつもりなのか、と。

 

ハリーははっきりとこう言った。

 

「もちろん。」

 

いま、ハリーは目のまえの赤い煉瓦を見つめて、自分の長期記憶の形成を阻害してこのできごとを思いだせなくするような脳震盪(しんとう)をおこすにはどの程度強くあたまをぶつけなければいけないか考えている。 ハーマイオニーは笑っていない。が、ハリーは背後からおそろしい圧力で()()が放射されてくるのを皮膚で感じていた。連続殺人者に尾行される感覚とちょっと似ているが、()()()()()

 

「言えよ。」

 

「言わないでおこうと思ったんだけど。」とハーマイオニー・グレンジャーの親切そうな声が言う。「かわいそうだから。」

 

「とっととすませよう。」とハリー。

 

「じゃあそうする! あなたは、この問題は()()()()()ずっととりくまなきゃいけないかもしれない、基礎研究っていうのはそれだけ大変なことなんだ、って、あれだけ()()()()()()しておいて、こんどはわたしたち二人が、魔法の歴史上最大の発見を最初の一時間で達成できるみたいに言った。 そう願うだけじゃなくて、本気でそう期待してたでしょ。 ばかみたい。」

 

「ありがとう。じゃあ——」

 

「あなたにもらった本はぜんぶ読んだけど、これをなんて言うのかはまだ知らないな。 自信過剰? 計画錯誤? 超スーパー・レイク・ウォビゴン効果? あなたの名前になっちゃうかも。ハリー・バイアス。」

 

「もういい!」

 

「でもちょっとかわいいと思う。 男の子ってこうだよね。」

 

「くたばれ。」

 

「あら、なんてロマンティックなのかしら。」

 

ドス。ドス。ドス。

 

「それでつぎはなに?」とハーマイオニー。

 

ハリーは煉瓦にあたまをのせたままにした。 さっきまでぶつけていた、ひたいのあたりが痛む。 「つぎはない。 もどって別の実験をいくつか設計しないと。」

 

この一カ月をかけてハリーは慎重に事前準備をし、十二月までつづくはずの一連の実験計画をたてておいた。

 

立派な実験計画だった。もし、一番最初のテストで基本的な仮定が反証されるのでさえなければ。

 

ハリーは自分がこれほどバカだったことにあきれた。

 

「いや言いなおす。新しい実験を()()()設計しないと。 準備できたら知らせる。それをやったあとで、そのつぎの実験をもうひとつ設計する。 これでどうかな?」

 

「だれかさんが労力をずいぶんと無駄にしたみたいね。」

 

ドス。痛っ。予定よりもすこし強く打ってしまった。

 

「じゃ……」  ハーマイオニーはまた椅子にもたれて、得意げな表情をした。 「今日の発見をふりかえってみましょうか?」

 

「ぼくが発見したのは…」と言ってハリーは歯ぎしりをする。「真に基礎的な研究をするとき、しかもそれが純粋にむずかしい問題で、なにが起きているのかさっぱりわかっていない場合は、ぼくがもっている科学的方法論に関する本はどれもcrap(クソ)の役にも立たないということ——」

 

「ことばづかいに注意しなさい、ミスター・ポッター! ここには純真な少女もいるのよ!」

 

「はいはい。とにかく、あれがcarp(コイ)の役に立つような本だったら……ちなみにあの手の魚になんの恨みもないけど……こういう重要なアドヴァイスをしてくれていたはずだ: よくわからない問題があって、まだとりかかりはじめた段階で、反証可能性のある仮説ができたら、すぐ検証(テスト)すること。 基本的なチェックをするための単純で簡単な方法をみつけて、すぐにやること。 研究助成金を申請するときに審査機関によい印象をあたえようとして、洗練された実験計画を設計するのになやんだりしないこと。 膨大な労力をつぎこむまえに、自分のアイデアが反証されるかどうかをできるだけはやくチェックすること。 教訓はこのくらいでどうかな?」

 

「ふうん……いいんじゃない。でもわたしは、『ハーマイオニーの本は無価値じゃなかった。ぼくよりもはるかに魔法をよく知っている賢明な老魔法使いが書いた本だった。ぼくはもっとハーマイオニーの本の内容に注意をはらうべきだ』、みたいなのを期待してたんだけど。 これも教訓にいれていい?」

 

ハリーはあごを強く食いしばりすぎて、なにも話すことができなかったので、うなづくだけにした。

 

「ありがとう! この実験、気に入ったな。 いろいろ学べたし、わたしは一時間くらいしかとられなかったし。」

 

「ああああああ゙あ゙あ゙アア!」

 

◆ ◆ ◆

 

スリザリンの地下洞の……

 

不気味な緑色の光にてらされた空き教室。前回よりずっと明るい光が、一時的な魔法により小さな水晶球からはなたれているが、やはり不気味な光であり、ほこりをかぶったいくつもの机に奇妙な影をなげかけている。

 

少年のおおきさの人影がふたつ、灰色のマントをかぶって(仮面はなしで)、無言で入室し、おなじ机の両側の椅子に腰かけた。

 

〈ベイジアン陰謀団〉、第二回の会議である。

 

ドラコ・マルフォイは、自分がこれをたのしみにしているのかいないのかが分からなかった。

 

ハリー・ポッターは、表情から察するに、どういう雰囲気が適切なのかについて、なんら迷いがないようだ。

 

ハリー・ポッターはだれかを殺す気満々のようにみえる。

 

ドラコが口をひらこうとした瞬間、「ハーマイオニー・グレンジャーだ。」とハリー・ポッターが言った。「()()()()()。」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とドラコは思ったが、それでは意味がわからない。

 

「ハリー、すまないけどこれはたしかめておきたいんだ。きみがあの泥血の女の子に、高級モークスキン・ポーチを誕生日プレゼントとして注文したという話がある。これはほんとうか?」

 

「ああ、そうだよ。もちろん、理由もバレてるんだろうね。」

 

ドラコはいらだち、あたまに手をやって、髪の毛をかきむしった。理由はまだわかっていないのだが、ここでそう言ってしまうわけにはいかない。 それに自分がハリー・ポッターに近づこうとしていることは、スリザリンに()()()()()()。そうだということは〈防衛術〉の授業でバラしてしまった。 「ハリー。ぼくがきみとなかよくしていることは、みんなに知られているんだ。きみにそういうことをされると、()()()評判がさがる。」

 

ハリー・ポッターが表情を緊張させた。 「本心では好きでない相手に対して友好的なふりをする、という考えかたを理解できない人がスリザリンにいるのなら、すりつぶしてペットのヘビに食わせたほうがいい。」

 

「そういう人たちもスリザリンにたくさんいる。」とドラコは真剣な声で言う。 「人はたいていバカなんだ。それでも、そういう人たちからの評判はよくしないといけない。」  ハリー・ポッターも、人生でなにごとかを達成したいのなら、このことを理解してくれないと。

 

「ひとにどう思われるかをなぜ気にするんだ? きみはこれからの人生ずっと、スリザリンで一番あたまのわるい人にすべてを説明するはめになって、()()()裁かれてしまう、というのでいいのか? 申し訳ないけど、きみの評判のためだけに、一番あたまのわるいスリザリンが理解できるように、ぼくの巧妙な作戦のレヴェルを落とすつもりはない。 きみとの友情もそこまでの価値はない。 それじゃ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 きみは、スリザリンのだれかが救いようのないバカな態度をしたときに、あいつに迎合してはマルフォイ家の沽券にかかわる、と思ったことがないとでも?」

 

率直に言って、なかった。 一度も。 ドラコにとって、バカに迎合するのは息をするのとおなじで、なにも考えずにやれることだった。

 

ドラコはやっとのことでこう言った。「ハリー、自分の評判を気にせずに好きほうだいやるのは、かしこくない。 〈闇の王〉でさえ評判を気にしたんだ! 彼はおそれられ、憎まれた。そして、どういう種類の恐怖と憎悪をつくりだしたいかを()()()知っていた。 ひとからどう思われるかを気にしなくていい人なんかいない。」

 

マントをかぶった人影が肩をすくめた。 「そうかもしれない。 そのうち機会があったら〈アッシュの同調実験〉のことを話させてほしい。きみもたぶん気にいるよ。 いまのところは、ひとにどう思われるかを()()()()気にすることは危険だとだけ指摘しておく。そうすると、冷徹な計算の問題としてじゃなく、()()()()()()()()()()()()()からだ。 このあいだ、ぼくは年上のスリザリン生に十五分間なぐられたりけられたりしてから、立ちあがって、その相手を寛大に許しただろう。 ちょうど高潔な善人である〈死ななかった男の子〉に期待されるとおりに。 でもぼくの冷徹な計算によれば、スリザリンで最低のバカはぼくにとって()()()()がない。ぼくはヘビをペットにしていないからね。 だから、ぼくは自分なりのやりかたでハーマイオニー・グレンジャーと決闘をするし、スリザリン生にどう思われようが気にしない。」

 

ドラコはいらだちでこぶしをにぎったりはせず、 どなったりもせず、おちついた声を維持して言う。 「あれはただの泥血だろ。気にいらなければ、階段からつきおとせばいい。」

 

「そんなことをしてもレイヴンクローでは——」

 

「じゃあかわりに、パンジー・パーキンソンにつきおとさせればいい! わざわざそうしむけるまでもない。一シックルも出せば、すぐやってくれるさ!」

 

「ぼくが気にする! ぼくはハーマイオニーに読書試合で負けた。彼女のほうが成績もいい。()()で勝たないと、意味がないんだよ!」

 

「ただの泥血じゃないか! きみはどうしてあいつをそんなに尊重するんだ?」

 

「レイヴンクローの有力者だからだ! きみはどうして、ちからのないバカなスリザリン生の考えることを気にするんだ?」

 

()()()()()()() それができない人は、権力(ちから)をもてない!」

 

「月面をあるけるようになるのはちからだ! 強い魔法使いになるのはちからだ! 愚か者に一生迎合しつづけずにすむ種類のちからもある!」

 

ほとんど完全に同調したタイミングで二人は言いやめて、深呼吸をして自分をおちつかせた。

 

しばらくしてハリー・ポッターが「ごめん」と言い、ひたいから汗をぬぐった。 「ごめん。きみには政治的なちからがたくさんあるし、それを維持する意味はある。 たしかにスリザリンにどう思われるかをきみは考慮にいれる()()()。 そういうゲームは重要だし、ぼくが侮辱したのはまちがっていた。 でもきみがぼくとつきあうことで自分の評判が落ちないようにしたいからといって、レイヴンクローでの()()()ゲームのレヴェルを落とすわけにはいかない。 きみは歯ぎしりさせられながらぼくと親しいふりをしているだけだって、スリザリンで言えばいい。」

 

ドラコはスリザリンでまさにそう言ったのだが、実際自分がそのとおりの状態にあるのか、どうも自信がない。

 

「とにかく、きみのイメージについてだが。 残念ながら悪いニュースがある。 リタ・スキーターがきみの話をききつけて、いろいろかぎまわってる。」

 

ハリー・ポッターは両眉をあげた。「だれだって?」

 

「『予言者日報(デイリー・プロフェット)』の記者だ。」  ドラコは心配を声にだすまいとした。 父上は『デイリー・プロフェット』を道具として重宝している。魔法使いの杖のようにつかっている。 「みなが本気にするほうの新聞さ。 リタ・スキーターは有名人についての記事を書く。ふくれすぎた名声を羽ペンで突き刺す、というのが本人の言い分だ。 もしうわさがなにも見つからなければ、彼女はでっちあげをする。」

 

「なるほど。」 ハリー・ポッターの、緑色にてらされたマントのなかの顔は、考えにふけるような顔だ。

 

つぎに言うべきことを言うまえにドラコはためらった。 そろそろ、ドラコがハリー・ポッターに近づこうとしていると、だれかが父上に報告しているはずだ。そして父上は、ドラコがそれを手紙に書かなかったことも知っている。となると父上は、自分は息子に秘密をまもれないと思われている、と理解する。これは、ドラコが父上と同陣営にありながらも自分独自のゲームを練習しようとしている、という明確なメッセージになる。もし誘惑に屈しているなら、ドラコは父上に偽の報告を送っているはずだから。

 

したがって、父上はおそらくすでに、ドラコがここでつぎに言うことがなにかも、分かっている。

 

父上と本気でゲームをするというのは、どうも不安にさせられる感じがする。 味方どうしであっても。 いっぽうでは爽快だが、さいごには父上のほうが一枚うわてだったことがわかるのだろう、とドラコは知っている。 そうならないはずがない。

 

「ハリー。これは提案じゃない。助言でもない。たんなる事実だ。 父上ならほぼまちがいなく、その記事をもみけすことができる。 でもきみは、代償をしはらうことになる。」

 

ドラコがハリー・ポッターにそう言うであろうということを、まさに父上は予期しているのだ、ということを、ドラコは口にしなかった。 それに気づくか気づかないかは、ハリー・ポッターしだいだ。

 

ところがハリー・ポッターはくびをふり、マントのしたで笑みをうかべてこう言った。 「ぼくはリタ・スキーターの記事をもみけそうとは思わない。」

 

ドラコは不信感を声から隠そうともしなかった。 「まさか、()()()どう言われるかも気にしない、なんて言うんじゃないだろうな!」

 

「きみが思っているほどには気にしない。でも、スキーターのようなやからには、ぼくなりの対処法がある。ルシウスの助けはいらない。」

 

おもわず、ドラコの顔に心配そうな表情があらわれた。 ハリー・ポッターがつぎに何を言うにせよ、それは父上が予期しているようなことではないはずだ。このさきなにが起こるのか、ドラコはとても不安になってきた。

 

ドラコは同時に、マントのしたで自分の髪の毛が汗でぬれてきたことに気づいた。 こういうものを実際に着用したことはなかったから認識していなかったのだが、〈死食い人〉のマントであれば、おそらく〈冷却の魔法(チャーム)〉がかかっていることだろう。

 

ハリー・ポッターはまたひたいから汗をぬぐって、顔をしかめ、杖をだして、それを上にむけて、深呼吸をして、「フリジデイロ!」と言った。

 

数秒後、ドラコは冷風を感じた。

 

「フリジデイロ! フリジデイロ! フリジデイロ! フリジデイロ! フリジデイロ!」

 

そしてハリー・ポッターは杖をさげ、すこし震えているように見える手で、それをローブにしまった。

 

部屋全体がはっきりと冷えたようだった。 自分でやることもできたが、それでも、悪くない。

 

「じゃあ、科学の話だ。血統のことを教えてもらうぞ。」とドラコ。

 

「血統のことを()()()()んだよ。実験を通じて。」とハリー・ポッター。

 

「わかった。どういう実験だ?」

 

ハリー・ポッターはマントのしたで邪悪な笑顔をした。「それはきみしだいだ。」

 

◆ ◆ ◆

 

ドラコは〈ソクラテスの方法〉というもののことをきいたことはあった。つまり、質問することを通じて教える、ということだ(古代の哲学者の名前がついているが、その哲学者はほんもののマグルにしてはかしこすぎるから、偽装した純血魔法使いにちがいない)。 家庭教師のうちのひとりは、ソクラテス的な教育法をよくつかった。 いらだたされるが、効果的な方法だった。

 

そして、〈ポッターの方法〉がやってきた。これは狂っている。

 

とは言っても、ハリー・ポッターも最初は〈ソクラテスの方法〉をためしたし、それがうまくいかなかったのは事実だ。

 

ハリー・ポッターは、ドラコならどうやって純血仮説を()()()()か、とたずねた。純血仮説というのは、魔法族はマグル生まれやスクイブと交雑したせいで、八百年まえの魔法族にできたすぐれたことができなくなった、という仮説だ。

 

なぜきみはおおまじめな顔で座りながら、これは罠じゃないなどと言っていられるのかわからない、とドラコはハリー・ポッターに言った。

 

ハリー・ポッターは、おおまじめな顔のままで、こうこたえた。もしこれが罠だったとしたら、あからさますぎるから、ぼくはすりつぶしてペットのヘビに食わせたほうがいい。でも実際には罠ではなかった。これは自分自身の説を反証しようとしなければいけないというのは科学者がしたがうルールにすぎない。正直にそうこころみて失敗したのなら、それは勝利にあたる、と。

 

ドラコはその話がどんなにひどくバカげているかを説明しようとした。まるで、アヴァダ・ケダヴラを自分の足にむけて唱えて外すことが、決闘で死なない秘訣だというようなものだ、と。

 

ハリー・ポッターは()()()()()

 

ドラコはくびをふった。

 

ハリー・ポッターはこういう考えかたを紹介した。科学者はアイデア同士をたたかわせてどれが勝つかをみるものであって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。純血主義仮説が勝つには、対戦相手を考えてやらないといけない。ハリー・ポッターはそう言いながらやけに不満げな表情をしていたが、ドラコはすこしそれが理解できた気がした。 たとえば、純血主義が世界の真実であるときは、(そら)が青くならなければならず、ほかの説がただしいときは緑色にならなければならないとしたら、そしてまだだれもそらの色を見たことがない、ということなら、話は簡単だ。 だれかが外に出て、純血主義が勝ったのを確認する。これが六回連続して起これば、だれもがその傾向に気づきはじめる、というわけだ。

 

ハリー・ポッターはそこで、ドラコが考えた対戦相手はどれも弱すぎて、立派な試合にならないから、純血主義が勝ったとしてもいばれない、と主張した。 ドラコはこれも理解した。 家事妖精(ハウスエルフ)に魔法力を盗まれたから魔法族は弱くなった、というのはたしかに、われながら立派とは言いがたい。

 

(ただハリー・ポッターは、その説はすくなくとも検証可能ではある、と言った。つまり、家事妖精(ハウスエルフ)が時代とともに強くなったかどうかを調べ、ハウスエルフの強さの増加をあらわす図と、魔法族の強さの減少をあらわす図とをかいて、もしそのふたつが一致したならハウスエルフ説が示唆されそうだ、などということを完全におおまじめに言った。思わず、ドビーに〈真実薬〉を飲ませたうえで問いただしてしまおうかと考えてしまったほどだったが、ドラコはすぐにわれにかえった。)

 

そしてハリー・ポッターはやっと、八百長をしてはならない、とドラコに言った。科学者はバカではないから八百長をしてもバレる、どちらもそれぞれ真である可能性のある説同士のあいだでの()()()()()()()でないといけない、と。()()仮説だけが勝つようなテスト、つまり仮説が実際にただしいかどうかによって結果が変わるようなものを使わなければならない、と。そうなっているかどうかを監視している、熟練の科学者がいるのだ、と。 ハリー・ポッターは、自分はただ()()()()()()()()()()()()()を知りたいだけだ、と、そしてそのためには純血主義が()()()()()()()ところを見なければならないから、当て馬を用意して()()()()()騙そうとしても意味がない、と主張した。

 

ドラコはそこまでは理解できたのだが、()()()()()()()()()()()とハリー・ポッターが呼ぶものを、まだ思いつけずにいた。魔法族が弱くなっているのは血統に泥が混じってきたからだ、という説はどうみても真実だから、代替仮説など考えようがない。

 

そこまで聞くと、ハリー・ポッターはやけにいらだって、こう言った。ドラコが相異なる観点に立って考えるのがここまでへたなのが信じられない。〈死食い人〉のうちのだれか一人くらいは、純血主義者の敵になりすましたときに、ドラコが言うよりずっともっともらしく〈死食い人〉の説を否定する説を持ちだしたことがあるはずだ。 もしドラコがダンブルドアの派閥の一員になりすまそうとするなら、ハウスエルフ仮説を持ちだしたところで、だれひとりだますことはできないだろう、と。

 

一理ある、とドラコは認めざるをえなかった。

 

そこで〈ポッターの方法〉になった。

 

「ドクター・マルフォイ、どうしてわたしの論文を採録してくれないんですか?」とハリー・ポッターが泣きつく。

 

ハリー・ポッターに『科学者になっているふりをしているふりをしろ』ということばを三度くりかえして言われてやっと、ドラコはそれがどういうことなのか理解できたのだった。

 

その時点でドラコは、ハリー・ポッターの頭脳のなかになにか非常に()()()()ところがあるということ、彼に〈開心術〉をかけた人はおそらくそこから出られなくなるだろうということに気づいた。

 

つづけて、ハリー・ポッターはさらにかなり詳細な説明をした。 ドラコは、学術論文誌の編集委員になりすます〈死食い人〉ドクター・マルフォイになったつもりで、敵であるドクター・ポッターの『魔法能力の遺伝的性質について』という論文を不採録にしようとする。もし〈死食い人〉がほんものの科学者のようにふるまわなかったら、〈死食い人〉であることがバレて処刑される。また、ドクター・マルフォイは自身の競争相手たちから監視されていて、ドクター・ポッターの論文を中立的で科学的な理由で不採録にしている()()()()()()()()()()()()()。そうしなければ、彼は編集委員の地位をうしなう。

 

〈組わけ帽子〉がいまごろ〈聖マンゴ〉で必死でうわごとを言いつづけたりしていないのが不思議なくらいだ。

 

それに、ドラコはこれほど複雑な役をさせられたことは一度もなかったし、この挑戦は受けてたつしかなかった。

 

いまこの瞬間、ハリー・ポッターの表現を借りるなら、ふたりは役にはいりきっていた。

 

「ドクター・ポッター、申し訳ないが、このインクの色では受けつけられませんね。つぎの論文!」

 

ドクター・ポッターはたくみに絶望して顔をゆがめる表情をし、ドラコは一瞬ドクター・マルフォイのようにほくそ笑んでしまいそうになった。自分はドクター・マルフォイのふりをしている〈死食い人〉にすぎないのだが。

 

この役は()()()()。 これなら一日中やっていられる。

 

ドクター・ポッターは椅子から立ちあがり、落胆してがくりと肩をおとし、とぼとぼと去り、ハリー・ポッターに変身し、親指をたてるジェスチャーをドラコにして、またドクター・ポッターに変身し、前のめりに笑みをして近づいてきた。

 

ドクター・ポッターは座り、羊皮紙を一枚ドクター・ポッターにみせる。そこにはこうあった:

 

魔法能力の遺伝的性質について

H. J. ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレス博士(十分に発達した科学の研究所)

わたしの観察:

こんにちの魔法族は八百年まえの魔法族ほどすぐれたことができない。

わたしの結論:

魔法族はマグル生まれとスクイブとの混血により弱くなった。

 

「ドクター・マルフォイ……」と言ってドクター・ポッターが期待まじりの表情をする。「『魔法能力の遺伝的性質について』というわたしの論文を、御誌『再現不能な実験結果の会会誌』で発表させていただけないかと思っているのですが。」

 

ドラコは羊皮紙に目をやり、笑みをうかべながら不採録の可能性を検討した。もし自分が教師だったなら、みじかすぎるといってつっかえしてもいいのだが……

 

「ながすぎますね、ドクター・ポッター。」とドクター・マルフォイ。

 

一瞬、本気で信じられないというような表情がドクター・ポッターの顔にうかんだ。

 

「ああ……じゃあ観察と結論を別々の行にするのをやめて、『したがって』と書いてつなげてしまえばどうでしょう——」

 

「それじゃあ、みじかすぎますね。つぎの論文!」

 

ドクター・ポッターはとぼとぼと去った。

 

「よし。」とハリー・ポッターが言う。「それくらいでもう十分すぎる。 あと二回練習したら、三回目は本番で、途中にわりこみはなし。ぼくはまっすぐきみのところにきて、そのときは、きみは実際の内容にもとづいて論文を不採録にする。ライヴァル科学者がきみを監視している、というのを忘れないで。」

 

ドクター・ポッターのつぎの論文はあらゆる点で完璧で、奇跡的なできばえだったが、残念ながらEの字が気にいらないと言われてドクター・マルフォイの論文誌に不採録になった。 ドクター・ポッターはEのある単語をつかわずに書きなおすと申しでたが、ドクター・マルフォイはむしろ母音が根本的な問題だと説明した。

 

そのつぎの論文は、今日が火曜日だという理由で不採録になった。

 

実際には土曜日だった。

 

ドクター・ポッターはそう指摘したが、「つぎの論文!」と言われた。

 

(ドラコは、スネイプがなぜ生徒たちにいやがらせができる地位を確保するためだけにダンブルドアを脅迫するのかを理解しはじめた。)

 

そして——

 

ドクター・ポッターは最上級の薄ら笑いをうかべて近づいてきた。

 

「これがわたしの最新の論文、『魔法能力の遺伝について』です。」と自信ありげに言って、ドクター・ポッターは羊皮紙を差しだした。 「御誌で発表してもらってかまいません。すぐに出版できるよう、原稿執筆要領に完璧に準拠してあります。」

 

この〈死食い人〉はミッションが達成できたあとで、ドクター・ポッターを殺すつもりでいる。 ドクター・マルフォイは、競争相手たちの視線を意識して、礼儀ただしい笑みを維持し……

 

(沈黙がながびくあいだ、ドクター・ポッターは待ちきれない様子で彼を見ている。)

 

……「拝見しましょう。」と言った。

 

ドクター・マルフォイは受けとった羊皮紙を慎重に検分した。

 

自分は〈死食い人〉であってほんものの科学者ではないと思い、彼は不安になった。ドラコはハリー・ポッターのような話しかたを思いだそうとした。

 

「きみは、あー、その観察結果を説明する別のやりかたも考えるべきですね。ひとつだけじゃなく——」

 

「えっ?」とドクター・ポッターがわりこむ。「たとえばなんですか? 家事妖精(ハウスエルフ)が魔法力を盗んでいるとでも? わたしのデータと整合する説明はたったひとつしかありませんよ、ドクター・マルフォイ。 ほかの仮説はありえません。」

 

ドラコは必死で自分の頭脳に考えさせようとした。ダンブルドアの派閥の一員になりすましているとしたら、なにを言うだろうか。彼らなら、魔法族の衰退をどう説明しようとするだろうか。ドラコはそんな問いを考えたことがなかった……

 

「わたしのデータをほかのやりかたで説明できないのなら、この論文を出版するしかないんじゃありませんかね、()()()()()()()()()()。」

 

ドクター・ポッターのその嘲笑が決め手だった。

 

「へえ?」とドクター・マルフォイが反撃する。「世界から魔法力そのものが消えていくという可能性はないとでも?」

 

時間が停止した。

 

ドラコとハリー・ポッターは愕然とした恐怖の表情でおたがいを見あった。

 

そしてハリー・ポッターは、マグルにそだてられた人にとっては、非常に行儀がわるいらしいことばを言った。 「()()()()()()()()()()()()()! でも気づいているべきだった。魔法力が消えていく。クソッ、クソッ、クソッ!」

 

ハリー・ポッターの声にこめられた危機感には感染力があった。 なにも考えないまま、ドラコはローブのなかに手をのばし、杖をにぎった。 四世代血統をさかのぼることができる()()な家系と結婚しさえすれば、マルフォイ家は()()だと思っていた。だれにも魔法の終焉をとめる方法がないかもしれない、という可能性は考えたことがなかった。 「ハリー、ぼくたちはどうすればいい?」 パニックになってドラコの声が高くなった。「()()()()()()()()()()

 

「すこし考えさせて!」

 

しばらくして、近くにあった机から、疑似論文を書くのにつかった羽ペンと羊皮紙の束を持ってきて、ハリーはなにかを書きだした。

 

「これからつきとめてみせる。」とハリーはかたい声で言う。「もし魔法力が消えていくのなら、どれくらいの速度で消えていくのか、なにかするための時間がどれだけのこされているのかをつきとめる。そして、なぜ消えていくのかをつきとめる。それから、なんらかの対処をする。 ドラコ、魔法族のちからの衰退は一定の率で進んでいた? それとも急激に低下したことがあった?」

 

「わ……わからない……」

 

「ホグウォーツ創設者の四人に匹敵する人物はひとりも出なかった、ときみは言った。 つまり、それは八百年以上つづいてきたことになるね? 五百年まえから急に出はじめた問題、みたいななにかのことを聞いたことはない?」

 

ドラコは必死で考えようとした。 「マーリンに匹敵する人物はいなかったし、マーリンのあとで〈創設者〉に匹敵する人物はいなかった、ということはいつも聞かされてきた。」

 

「そうか。」 ハリーはまだ書きつづけている。「三百年まえというのが、マグルが魔法を信じなくなったころなんだ。それがなにか関係があるかもしれないと思っていた。 そして百五十年まえくらいに、魔法のちかくで動作しないような種類の技術をマグルは使いはじめた。もしかすると、その効果は逆にもはたらいたりしないかな、とぼくは思っていた。」

 

ドラコは椅子から飛びはねた。怒りのあまり、ろくに話すこともできなかった。 「()()()()()()で——」

 

()()()()()()!」とハリーが叫んだ。 「自分で言ったことも聞いてなかったのか? 八百年以上まえからつづいてきたことなら、その当時のマグルはたいしたことをしていなかったんだよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! マグルのしたことが関係ある()()()()()()けど、()()()()()()()()()()、きみはすべてをマグルのせいにして、ぼくらは()()()()()なにが起きているかを理解できなくなって、ある日の朝、目をさましたら、杖がただの木の棒になってしまったのに気づくことになる!」

 

ドラコの息がのどのなかでとまった。 父上はよく演説で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言っていたが、そのことの意味をこれまでよく考えたことはなかった。()()()()に起きることではないからだ。 それが急に、とてもリアルに感じられるようになった。 ()()()()()()。 自分の杖をとりだして、呪文をかけようとして、なにも起きないのを知る、というのがどういうことかがはっきりとわかる……

 

それが()()に起きるかもしれない。

 

魔法族がなくなる。魔法力がなくなる。 のこるのはマグルと、祖先たちにどういうことができたかを伝える、伝説がいくつかだけ。 そのマグルのうちのだれかがマルフォイと呼ばれる。家名のもとにのこるものはそれだけ。

 

ドラコは人生ではじめて、ひとが〈死食い人〉になろうとする理由を実感した。

 

ドラコはずっと、大人になれば〈死食い人〉になるのがあたりまえだと思っていた。 なぜ父上や父上の友人だちが自分のいのちを投げだしてまで、この悪夢が現実になるのを食いとめようとするのかが、わかった。世のなかには、見すごすことのできない悲劇というものがある。 でももし()()()()()()それが起きてしまうのなら、なぜあれほどまでの犠牲をはらうのか。ダンブルドアの手にかかって友人たちがやられたのも、()()がやられたのも、なんの意味もなかったとしたら……

 

「魔法力が消えるわけがない。」  ドラコは変な声をだした。 「そんなのは()()()だ。」

 

ハリーは書くのをやめて、見あげた。 その顔は怒りの表情だった。 「人生は不公平だってお父さんに教わらなかったのか?」

 

ドラコがそのことばを言うたびにいつも、父上はおなじことを言っていた。 「だけど、だけどそんなことが起きるかもしれないなんて、ひどすぎる——」

 

「ドラコ、〈タルスキの連願〉とぼくが呼んでいるものを教えてあげよう。 この文句は毎回かわるけれど、 今回の場合、こういう風になる。 『もし魔法力が世界から消えていっているなら、わたしは魔法力が世界から消えていっていると信じたい。もし魔法力が世界から消えていっていないのなら、わたしは魔法力が世界から消えていっていると信じたくない。わたしは自分がほしいかどうかわからない信念に愛着をもちたくない。』 もしぼくたちが魔法力の消えていく世界にいるのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これから起きることを知ってはじめて、それをとめることができる。最悪の場合でも、のこりの時間でそのときへのそなえをすることができる。 信じないことでそれが起きなくなるわけじゃない。 必要な問いは魔法力が()()()消えていくのかどうかだけだ。もしそれがぼくたちのいる世界だとしたら、そのことを信じよう。そして〈ジェンドリンの連願〉はこうだ:()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 わかった? これはあとで暗記してもらうから。 真でないことを信じてもいいのかどうか迷ったときに、これをこころのなかでくりかえすんだ。 いや、というより、いますぐ言ってみてほしい。 『真実はすでに真なのだから、そうだと認めても、ことは悪化しない』。 さあ。」

 

「真実はすでに真なのだから……」  ドラコの声が震える。 「そうだと認めても、ことは悪化しない。」

 

「もし魔法力が消えていっているのなら、ぼくは魔法力が消えていっていると信じたい。もし魔法力が消えていっていないのなら、ぼくは魔法力が消えていっていると信じたくない。さあ、言って。」

 

ドラコはそれを復唱した。ぐるぐると不吉な予感がした。

 

「よし。でも、そうなっているとはかぎらないからね。その場合は、信じなくていい。 ()()()、実際になにが起きているか、つまりどちらの世界にぼくらがいるのかを知ることだ。」 ハリーはもとの作業にもどり、またなにかを書き、羊皮紙を回転させてドラコが読めるようにした。 ドラコは机のほうに寄り、ハリーは緑色の照明をちかづけた。

 

観察:

 

現代の魔術はホグウォーツ創設時の魔術ほど強力ではない。

 

仮説:

 

1. 世界から魔法力そのものが消えていった。

2. 魔法族がマグルやスクイブと交雑していった。

3. 強力な呪文をかけるのに必要な知識が忘れられていった。

4. 魔法族が幼少期に食べる食べものがよくない。そのほか、血統以外のなにかが影響して、弱くしか成長できなくなった。

5. マグル技術が魔法に干渉している。(八百年まえから?)

6. 強い魔法使いがだんだん子どもをつくらなくなった。(ドラコ=ひとりっ子? クィレル、ダンブルドア、〈闇の王〉の三人に子どもがいるかどうかを調べる)

 

検証:

 

「よし。」  ハリーの呼吸がすこし落ちついた。 「とりかかった問題の性質がよくわかっていなくて、なにが起きているのがさっぱりなときは、すぐに調べられるような非常に単純なテストを考案するというのが、かしこいやりかただ。 各仮説の成否を区別できるような、てっとりばやいテストが必要なんだ。 すくなくとも、このうちどれかひとつの仮説については、観察結果がかわるはずのテストが。」

 

ドラコはショックをうけながら、そのリストをじっと見ていた。 純血者にやけにひとりっ子が多いことを、急に思いだした。 ドラコ自身も、ヴィンセントも、グレゴリーも、ほとんど()()がそうだ。 だれもが口にする最強の魔法使いといえばダンブルドアと〈闇の王〉だが、ハリーの推測どおり、どちらも子どもがいない……

 

「二と六を区別するのはとても大変だと思う。」とハリーが言う。「どちらも血統の話だから、魔術の衰退と魔法族がつくる子の数とをくらべて、マグル生まれの人の能力と純血の人の能力を計量してやらないと……」 ハリーの指が神経質そうに机をたたく。 「とりあえず、六と二をまとめて血統仮説とよぼう。 四はありそうにない。食べものを変えたときに急減があったなら、だれもが気づくはずだし、八百年間一定してかわりつづけるようなものは想像しにくい。 五もおなじで、ありそうにない。八百年まえにマグルはとくになにもしていなかったから、急減はありえない。 そもそも四は二ににているし、五は一ににているな。 ということでおもに区別すべきなのは、一と二と三だ。」 ハリーは羊皮紙を自分のほうにむけ、その三つの数字を楕円でかこって、むきをもどした。 「魔法力が消えていっていった。血統が薄まっていった。知識がなくなっていった。 このどれかが真だったら結果がかわるようなテストはなに? このどれかが偽だということがわかるようなテストはなに?」

 

「知るもんか! なぜぼくにきくんだ? 科学者はきみだろう!」

 

「ドラコ……」  ハリーは懇願するような声になる。 「ぼくが知っているのは、マグル科学者の知っていることだけだ! 魔法世界でそだったのはきみだ。ぼくじゃない! きみはぼくより多くの魔法を知っているし、魔法()()()()もぼくより知っている。だいたい、このアイデアを思いついたのもきみなんだから、科学者のように考えてみて、これを解明してよ!」

 

ドラコはごくりと息をのんで、その紙を見た。

 

世界から魔法力が消えていく……魔法族がマグルと交雑していく……知識が忘れられていく……

 

「もし魔法力が消えていっているなら、どんな世界になっているはずだろう?」とハリー・ポッターが言う。「きみのほうが魔法をよく知っている。だからぼくじゃなくてきみが予想してくれないと! そういう作り話をしているつもりになってみて、その話ではなにが起きることになる?」

 

ドラコはそのつもりになった。「昔かけることのできた〈魔法(チャーム)〉が使えなくなる。」 魔法使いがある日起きると、杖が木の棒になってしまったことに気づく……

 

「もし魔法族の血統が薄まっていっているなら、どんな世界になっているはずだろう?」

 

「祖先にできたことができなくなっている。」

 

「知識が忘れられていっているなら、どんな世界になっているはずだろう?」

 

「その〈魔法(チャーム)〉のかけかたがそもそもわからなくなっている……」 ドラコはそこでとまり、自分の言ったことにおどろいた。 「これはテストになるんじゃないか?」

 

ハリーはきっぱりとうなづいた。 「それだ。」  そして羊皮紙の『検証』の下にこう書いた。

 

A. 方法を知っているがかけられない呪文があるのか(一もしくは二)、それともうしなわれた呪文というのは方法がわからないということか(三)。

 

「これで、一と二のがわと、三のがわとを区別できる。」とハリーが言う。「つぎは一対二の区別だ。世界から魔法が消える。血統が薄まる。そのちがいはどうすればわかる?」

 

「昔のホグウォーツ一年生はどういう種類の魔法(チャーム)を使っていた?」とドラコが言う。「もしいまよりもずっと強力な魔法を使っていたなら、当時の人たちは血統が濃かったはず——」

 

ハリー・ポッターはくびをふった。「いや、世界の魔法力そのものが強かった可能性もある。 ()()()を知るための方法をみつけないといけない。」 ハリーは椅子から立ちあがり、神経質そうに教室のなかをいったりきたりした。 「いや、それでもだめかもしれない。 呪文によって消費する魔法エネルギーの量がちがうと仮定すると、環境中の魔法力が弱まったときには、強力な呪文がまずうしなわれるのが自然だ。一年生全員がまなぶような呪文はそのままだろう……」 ハリーの神経質そうな歩調の速度があがった。 「あまりいいテストじゃないな。むしろ、強力な魔術がうしなわれていくのか、あらゆる魔術がうしなわれていくのかのテストだ。ある人の血統は強力な魔術をするには薄すぎるかもしれないが、簡単な呪文には十分かもしれない……。 ドラコ、()()()()時代、たとえばこの百年のあいだの強い魔法使いが、子どものころからそうだったかどうかわかる? もし〈闇の王〉が十一歳のときに〈冷却の魔法(チャーム)〉をかけたら、一部屋まるごと凍ったりしただろうか?」

 

ドラコは思いだそうとして顔をしかめた。 「〈闇の王〉については聞きおぼえがないが、ダンブルドアは五年生のとき、〈転成術〉のO.W.L.s(オウルズ)でなにかすごいことをしたと聞く……。 ほかの強い魔法使いもそれぞれ、ホグウォーツ時代に優秀だったと思う……」

 

ハリーは顔をしかめたが、歩きつづけた。「ただ勉強をがんばっただけかもしれない。 といっても、もし一年生がおなじ呪文を教わっていて、いまも昔とおなじくらい強いように見えるなら、二より一をえらぶ()()証拠にはなるか……いや、ちょっとまって。」  ハリーはその場でとまった。 「一と二を区別するのに使えるかもしれない別のテストがある。 それには科学者の血統と継承についての知識が必要だから、ちょっと説明には手間がかかるけど、問いとしては簡単だ。 ぼくのテストときみのテストを()()()()()()、どちらもおなじ結果になったら、強い示唆だといえる。」  ハリーは机にむかってほとんど走りこみ、羊皮紙を手にしてこう書いた:

 

B. 大昔の一年生はいまとおなじ種類の呪文を、おなじ強さで使ったか?(二より一を優勢にする弱い証拠だが、強力な魔法使いの血統だけが薄まった可能性もある)

 

C. 血統についての科学的知識を使った追加のテストで一と二を区別する。あとで説明する。

 

「よし、これですくなくとも、一と二と三を区別しようとする準備はできたから、すぐやろう。いまできたテストが終わったら、また別のテストを考えればいい。 ドラコ・マルフォイとハリー・ポッターがいっしょになって質問をしてまわったら、変に思われるだろうから、こうするのはどうかな。 ホグウォーツじゅうの肖像画をたずねまわって、その人たちが一年生だったころにどういう呪文を教わったかをきく。 肖像画だから、ドラコ・マルフォイがそんなことをしていても変だとは思われない。 ぼくは最近の肖像画と生きている人に、知っているけどかけられない呪文があるかをきく。ハリー・ポッターが変な質問をしてもだれもおかしいとは思わないだろう。 そしてぼくは忘れられた呪文についてのややこしい調査をする必要があるから、きみにはぼく自身の科学的な問いに必要なデータをあつめる役目をおねがいしたい。 簡単な問いだから、肖像画に質問すればこたえはみつかるはずだ。 これを書きとめておいてくれるかな。用意はいい?」

 

ドラコは座りなおして、かばんのなかの羊皮紙と羽ペンを探した。 それを机のうえにおくと、ドラコはきっぱりとした表情で見上げた。

 

「スクイブの夫婦を知っている肖像画をさがす——そういう顔をしないでよ、ドラコ。重要な情報なんだから。 グリフィンドールあたりの出身の、最近の肖像画にたずねるんだ。 知りあいのスクイブの夫婦がいて、その子ども全員の名前を知っているような肖像画をみつける。 その子一人一人の名前と、それぞれが魔法使いだったか、スクイブだったか、マグルだったかを書きとめる。 スクイブかマグルかわからない子どもがいたら、『非魔法族』と書く。 それを子ども()()について、ひとりも残さず書く。 その肖像画が子ども全員じゃなくて魔法族の子どもの名前しか知らなかったら、その夫婦についてはまったくデータをとらない。 あるスクイブ夫婦の子ども()()のこと、すくなくともその名前を、知っている人から得たデータだけをあつめるというのがとても重要なんだ。 できれば、合計で最低四十人分の名前はほしいところだ。もし時間があれば、もっととれたほうがいい。 ここまではいい?」

 

「復唱してくれ。」 ドラコは書きおわってからそう言い、ハリーは復唱した。

 

「よし、できた。」とドラコが言う。「でもなぜ——」

 

「これは、科学者がすでに解明した血統に関する秘密に関係している。 きみがもどってきたら説明する。 じゃあここでわかれて、一時間後にあおう。つまり午後六時二十二分。 準備はいい?」

 

ドラコはきっぱりとうなづいた。 いろいろ急づくりだが、急ぎかたはずっと昔から教わっている。

 

「じゃあ出発!」と言ってハリー・ポッターはマントを脱いでポーチに入れた。それをポーチが食べはじめたがハリー・ポッターはおわるのを待とうともせず、身をひるがえして、あわてて机にぶつかってころびそうになりながら、教室のドアまで大股で急いで歩いていった。

 

ドラコがやっと自分のマントを脱いでかばんに入れたときには、ハリー・ポッターのすがたはなかった。

 

ドラコはかけだしそうないきおいで、ドアを出た。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 






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