ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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前回の「第三幕」含めて、時系列がシャッフルされているのでご注意ください。


25章「すぐに答えようとしないこと」

◆ ◆ ◆

 

第二幕:

 

(空を映している魔法の天井から、陽光がまぶしく大広間へとふりそそぎ、青空のもとにいるかのように生徒たちを照らしだすとともに、皿や椀に反射してきらめいている。睡眠ですっきりした生徒たちは、思い思いの土曜日の予定にそなえて、朝食をかきこんでいる。)

 

ということで、魔法族になるかどうかを決めるものは一つだけだ。

 

考えてみれば、おどろくことではない。 DNAの役目はおおまかに言って、リボゾームに命じてアミノ酸で鎖をつくって蛋白質にすることだ。 アミノ酸は伝統的な物理学で十分説明できているように見える。どれほどたくさんのアミノ酸をつなげても、伝統的な物理学によれば、魔法力がうまれることはない。

 

なのに、魔法力はDNAに付随して遺伝するらしい。

 

といってもおそらく、DNAが魔法のないアミノ酸の鎖から魔法のある蛋白質をうみだすのではない。

 

問題のDNA配列自体が魔法力をうみだすのではない。

 

魔法力は別のところからくる。

 

(レイヴンクローのテーブルで一人の少年が、空中を見つめながら、目のまえにあるなにかから右手で自動的にどうでもいい食べものをとって口に運んでいる。 そのなにかを土の山におきかえられても、気づきそうにない。)

 

そして〈魔法力のみなもと〉はなぜか、サルから進化したなんの変哲もない人類の個体がもつ、とあるDNAマーカーに注目しているようだ。

 

(いや、空中を見つめている少年や少女はわりとたくさんいる。そこは()()()()()()()のテーブルだから。)

 

ほかにもなんとおりかの論理で、おなじ結論がみちびかれる。 有性生殖をする種において、()()()機構はかならず普遍化している。 遺伝子Bが遺伝子Aに依存しているとき、遺伝子Bが適応優位性をもたらすほど広まるためには、遺伝子Aが単体で有用で、それ単体がほぼ普遍的になっていなければならない。 遺伝子Bが普遍的になったら、Bに依存する多様体(ヴァリアント)A*が出現し、A*とBに依存するCが出現し、Cに依存するB*が出現し、そのさきには、部品ひとつでもなくなるとバラバラになるほどの機構ができあがる。 だがこれはすべて()()()()すすまなければならない——進化は先よみをしない。Aが普遍化したときに()()()()Bを普及させたりはしない。 進化は、子どもをたくさんもった生物の遺伝子がつぎの世代に増えるというだけの、歴史的な事実にすぎない。 だから、ある複雑な機構のどの部品についても、それがほとんど普遍化してからはじめて、それに依存するほかの部品が進化する。

 

だから、()()()()()()()()()機構、つまり、生命をうごかすさまざまな精密な蛋白質機械は、有性生殖の種においてつねに()()()する——そのときどきにえらばれた少数の、相互依存性のない多様体(ヴァリアント)が、ゆっくりとさらなる複雑性をつみかさねていく、という部分をのぞいて。 人間ひとりひとりがおなじ脳の設計をもち、おなじ感情の組をもち、感情それぞれに応じておなじ表情をするのは、このためだ。こういった適応は複雑だから、普遍的()()()()()()()()()

 

魔法力がそういう風に、たくさんの遺伝子を必要とする複雑で巨大な適応だったとしたら、魔法族がマグルと交尾したときにできる子どもは、部品が半分しかない機械となり、大したことができないはずだ。 マグル生まれもありえないことになる。 仮に部品のひとつひとつがマグルの遺伝子プールにはいっていたとしても、魔法族を形成するようなやりかたで全部品が再結合することはありえない。

 

ある遺伝的に孤立した人間集団がたまたま、脳に魔法的な部位を発達させる進化の小道にはいりこんでしまったわけではないはずだ。 魔法族がマグルと交雑したときに、そんな複雑な遺伝装置が再結合してできあがり、マグル生まれをつくる、ということはまずありそうにない。

 

つまり、遺伝子がどんなやりかたで魔法族をつくっているとしても、すくなくとも複雑な装置の設計図をもつことによってではない。

 

メンデル的パターンがでてくるとハリーが予想したもうひとつの理由はこれだった。 魔法力遺伝子は複雑ではない。それなら、ひとつでいいのではないか?

 

それなのに、魔法そのものはかなり複雑にみえる。 ドアを施錠する呪文をかけると、あけられなくなるばかりか、蝶つがい部分を〈転成〉することもできなくなり、〈解呪〉(フィニート・インカンターテム)〈解錠〉(アロホモーラ)も効かなくなる。 さまざまな要素が、おなじ方向を指ししめす。目標指向性とでもよべそうなものだ。簡単に言えば、そこには目的がある。

 

目的のある複雑性をうみだすことが知られているものはふたつしかない。 蝶のようなものをうみだす自然淘汰と、 車のようなものをうみだす知的設計だ。

 

魔法は自己複製をすることで存在しているようにはみえない。 呪文はなにかの目的のために複雑になっているが、蝶のように自分の複製をつくるという目的のためではない。 呪文が複雑なのは、車のように、使用者に奉仕するためだ。

 

なんらかの知的設計者が〈魔法力のみなもと〉をつくり、特定のDNAマーカーに注意せよと、それに命じたのだ。

 

そのつぎには当然、これは例の『アトランティス』と関係しているのでは、ということが思いつく。

 

このことについてハリーは以前——ドラコからそれを聞かされたあと、ホグウォーツにいくまでの列車のなかで——ハーマイオニーにたずねた。彼女が知るかぎり、『アトランティス』という名前そのもの以外にはなんの情報もないようだった。

 

伝説にすぎないのかもしれない。 けれど、魔法をつかう文明が、とりわけ〈マーリンの禁令〉の()()()あった文明が、自爆してしまったという可能性も十分考えられる。

 

推測はまだつづく。 アトランティスは孤立した文明で、その文明がなんらかの方法で〈魔法力のみなもと〉を誕生させ、アトランティス人の遺伝子マーカーのある人にだけ奉仕するよう、それに命じた。これがアトランティスの血統だ。

 

似たような論理で、こうも言える。 魔法使いの詠唱や、杖のうごかしかたには、いちから呪文の効果を構築できるほどの複雑さがない。 ——それは、何十億もの人間のDNAの塩基対に人間のからだを一から構築するだけの複雑さがあることとも、データ量として何千何万バイトもあるコンピュータプログラムの複雑さともちがう。

 

つまり、詠唱や杖のうごきは、隠れた複雑な機械についている引き金(トリガー)やレバーにすぎないということ。設計図ではなく、ボタンだということ。

 

一文字でもまちがえるとコンピュータプログラムがコンパイルできないのと同様に、厳密にただしいやりかたで呪文をかけないと〈魔法力のみなもと〉は反応してくれない。

 

この論理の連鎖は非情だ。

 

そして避けようもなく、ある最終的帰結がみちびかれる。

 

何千年もまえの古代の魔法族の先祖が、〈魔法力のみなもと〉に、『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』と言われたときにだけものを浮かせよ、と命じたということになる……

 

ハリーは朝食のテーブルの席に倒れこみ、ひたいを右手にのせてぐったりとした。

 

〈人工知能〉の黎明期——はじまったばかりで、問題がどれほどむずかしいのかだれにもわかっていなかったころ——から伝わる話なのだが、ある教授が、視覚の計算機的実現(コンピュータヴィジョン)という問題を大学院生ひとりにまかせて、解決させようとしたことがあるという。

 

ハリーにはその大学院生の気分がわかってきた。

 

これはちょっと時間がかかりそうだぞ、と。

 

押しボタンみたいなものなら、なぜアロホモーラの呪文をかけるのがあれほど大変なのだろう?

 

憎悪をもってしかかけられないアヴァダ・ケダヴラという呪文を組みこむような愚か者はいるだろうか?

 

無詠唱の〈転成術〉(トランスフィギュレイション)をするとき、あたまのなかで形相と質料を完璧に分離しなければならないのはなぜだろう?

 

これはホグウォーツを卒業するまでに解決できない問題かもしれない。 三十歳になってもまだ終わらせることができていないかもしれない。 ハーマイオニーが言ったとおり、ハリーはその感覚がぴんときていなかった。 決意のつよさを言うために演説をぶっただけでしかなかった。

 

ハリーの精神が一瞬だけ、この問題は一生かけても解決できないのではないかという可能性を検討する。が、それはいくらなんでも極端だという結論になる。

 

それに、最初の数十年のうちに不死になっておけばすむことだし。

 

〈闇の王〉はどんな方法をつかったのだろう? 考えてみると、〈闇の王〉が自分の最初の肉体の死をなんらかの方法で生きのびたということは、〈闇の王〉がブリテン魔法界を征服しようとしたということよりも、はるかに重要な気がしてきた。

 

「失礼。」と、うしろからおなじみの声が、まったくなじみのない調子で言った。 「ご都合のよい時間でけっこうですので、ミスター・マルフォイが面会を希望しておられます。」

 

ハリーは朝食のシリアルをむせかえさなかった。 かわりに身をひるがえして、ミスター・クラッブと対面した。

 

「失礼。」とハリーが言う。「『親分が会いにこいって言ってんだ』のまちがいじゃない?」

 

ミスター・クラッブは不服そうだった。 「ミスター・マルフォイから、まともなしゃべりかたをするようにと命じられたので。」

 

「きこえないな。まともなしゃべりかたじゃないみたいだ。」と言って、ハリーは細かな雪の結晶がはいったボウルに向きなおり、わざとらしく、もう一くち食べた。

 

「親分が会いにこいって言ってんだが。」と、うしろかドスのきいた声が言った。「痛い目にあいたくなきゃ、とっととくるんだな。」

 

よし。これならすべて計画どおり。

 

◆ ◆ ◆

 

第一幕:

 

()()?」  老魔法使いは憤懣を表情にあらわすまいとした。 目のまえにいる少年は被害者であり、これ以上おびやかされるべきではないのはたしかだから。 「どんな理由があれ、このような所業を許すことなど——」

 

「ぼくがもっとひどいことをしたからです。」

 

老魔法使いは突然恐怖して身をこわばらせた。 「ハリー、きみはなにをしたのじゃ?」

 

「ぼくがドラコをだまして純血主義の信念を犠牲にする儀式に参加させたのだ、とドラコが思いこむように彼をだましました。 つまり、ドラコは大人になったとき〈死食い人〉になれない。彼はすべてをうしなったんですよ。」

 

しずかな室内にきこえるのは、機械たちがポッとはいたりプッとはいたりする小さな煙の音だけで、やがてほとんど無音になった。

 

「なんと。自分が愚かしい。 わしはてっきり、マルフォイ家の跡とりを改心させるためにきみは、たとえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものとばかり思っておった。」

 

「ハハ! まあ、それが通じれば苦労はしません。」

 

老魔法使いはためいきをついた。ここまで極端だとは。 「ハリー。だれかを改心させる手段として、うそをついたり罠にはめたりというのは、どことなく不釣り合いな気がしたりはしないかね?」

 

「まず、そのとき直接的なうそは言いませんでした。それに相手はドラコ・マルフォイですから、『釣り合う』と言うべきところでしょう。」  少年はずいぶんと得意げにそう言った。

 

老魔法使いは失望して、くびをふった。 「()()英雄(ヒーロー)とは。破滅的じゃ。」

 

◆ ◆ ◆

 

第五幕:

 

ごつごつとした石の細長いトンネルは、一人の子どもの杖さきが照らす部分をのぞいて真っ暗で、何マイルと続くように見える。

 

その理由は簡単だ。実際、何マイルもあるのだ。

 

午前三時。 フレッドとジョージは、ホグウォーツにある片目の魔女の像から、ホグスミードにあるハニーデュークスという菓子店の地下室へと通じる、長い秘密の抜け道をたどりはじめたところだった。

 

「どう?」とフレッドが声をひそめて言う。

 

(だれにきかれるわけでもないが、秘密の抜け道をとおりながら、ふだんのように話すのはなにか変な気がした。)

 

「やっぱり調子がおかしい。」とジョージ。

 

「両方がか、それとも——」

 

「ときどきおかしかったほうはまた直った。もう片っぽは、ずっとあのまんま。」

 

この〈地図〉はとてつもなく強力な人造物(アーティファクト)で、校内にいる意識あるものをすべて、リアルタイムかつ名前つきで追跡してくれる代物。 製作時期はほぼまちがいなくホグウォーツ建設当初にさかのぼる。 エラーが出はじめているのは、まずい。 もし壊れているとしたら、きっとダンブルドア以外にこれを直せる人はいない。

 

そしてウィーズリー兄弟としては、〈地図〉をダンブルドアに渡すわけにはいかない。 そんなことをすれば〈盗賊団〉——おそらくサラザール・スリザリンがみずから組み立てた()()()()()()()()()()()()()()()()の一部を盗みだし、それを()()()()()()()()()()()()()()に仕立てた、謎の四人組——に対する許しがたい侮辱となる。

 

不敬とさえ言えるかもしれない。

 

犯罪的とさえ言えるかもしれない。

 

もしゴドリック・グリフィンドールが健在であれば、評価してくれたはずだと、二人は確信していた。

 

二人はほとんど声をださず歩きつづけた。 ウィーズリー兄弟の二人が話すのは、新しいいたずらのことを考えるときや、相手の知らないことを自分が知っているときだ。 そうでなければ、あまり意味がない。 おなじ情報を知っているとき、二人はたいていおなじように考え、おなじ結論にいたるからだ。

 

(かつての魔法族には、一卵性双生児がうまれると、すぐに片方を殺す風習があった。)

 

しばらくして、フレッドとジョージはほこりっぽい地下室にはいでた。部屋のなかには奇妙な原材料がはいった樽や棚がちらばっている。

 

フレッドとジョージは待った。 なにかほかのことをしているのは行儀がよくない。

 

ほどなくして、黒いパジャマを着たやせた老人が、階段をつたって地下室へとおりてきた。 「こんにちは、お二人さん。」とアンブロシウス・フルームが言う。 「今夜来るとは思わなかった。もう足りなくなったのか?」

 

二人はフレッドが話すべきだと判断した。

 

「ミスター・フルーム、ちょっと別の件なんだ。もっとずっと……おもしろいことについて、あんたの手を借りられないかと思って。」

 

「またかい。」とフルームは厳格そうな声で言う。「深刻な問題になりかねない商品は売れないよ、って言わされるためだけに起こされたんじゃないだろうな。どうあっても十六歳になるまでは——」

 

ジョージはローブのなかからなにかをとりだし、無言でフルームにわたした。 「これはもう見た?」とフレッドが言った。

 

昨日の号の『予言者日報(デイリー・プロフェット)』を受けとって見て、フルームはうなづき、顔をしかめた。 見出しには、次の闇の王?、とあり、おさない少年が写っている。めずらしく冷たく暗い表情をした瞬間を一生徒のカメラがとらえたものだ。

 

「あのマルフォイが、まだ十一歳の少年に目をつけるとは! とっつかまえてチョコレートの材料にでもしてやりたいわい!」

 

フレッドとジョージが同時に目をしばたたかせた。 リタ・スキーターの背後に()()()()()()? ハリー・ポッターは警告してくれなかった……ということはきっと、ハリーも知らなかったのだろう。 知っていたら、二人を巻きこもうとするわけがない……

 

フレッドとジョージはちらりとおたがいの目を見た。 けりがつくまで、ハリーにこのことを知らせる必要はない。

 

「ミスター・フルーム、」とフレッドが静かに言う。「〈死ななかった男の子〉を助けてほしい。」

 

フルームは二人を見た。

 

そして深くためいきをついた。

 

「わかった。なにがいる?」

 

◆ ◆ ◆

 

第六幕:

 

おいしそうな獲物に狙いをさだめているとき、リタ・スキーターはそのほかの宇宙の部分でちょこまかするアリなどが目にはいりにくくなる。自分の進路に立ちふさがる、はげた若い男にぶつかりそうになったのもそのためだった。

 

「ミス・スキーター。」と言う男の声は厳格で冷たく、その顔の若さに似合っていない。 「これは奇遇な。」

 

「じゃま、どいて!」と言ってリタは彼をよけようとした。

 

男は彼女のすすむ方向に完璧にあわせた。まるで二人ともその場に立ったまま、道が動いたかのようだった。

 

リタは怪訝そうな目をする。「なにさまのつもり?」

 

「なんと愚かしい。」と男はかわいた声で言う。 「ハリー・ポッターを次代〈闇の王〉として訓練するために潜入しているという、〈死食い人〉の顔くらいおぼえておくべきではないかね。なにせ……」  薄ら笑い。 「そんな人物に道ばたで出くわしたくはないだろうから。とくに、その人物を新聞で中傷したあとでは。」

 

リタはしばらくかかって名前と顔をむすびつけた。 ()()がクィリナス・クィレル? 若すぎるようにも、老けすぎているようにも見える。 厳格でえらそうな態度をやわらげたとしたら、その顔は三十代後半といったところか。 なのにもう髪が抜けおちはじめている? 癒者代も出せないのか?

 

いや、そんなことはどうでもいい。いまは、いくべき場所と時間、なるべき虫のすがたがある。 マダム・ボーンズが若い助手と密会するという匿名のたれこみがあったのだ。 ボーンズは賞金首上位だから、これのウラがとれたあかつきには、相当なボーナスがもらえる。 ボーンズと若い助手は〈メアリーの店〉の特別室で昼食をともにするという。特別室はとある目的で人気の部屋で、どんな盗聴装置も通用しないといわれているが、きれいな青いコガネムシが壁にとまることは想定されていない……

 

「どきなさいったら!」と言って、リタはクィレルを道すじから押しのけようとした。 クィレルの腕はリタの腕をかすめてそらした。リタはよろめき、余勢が空中に抜けた。

 

クィレルはローブの左のそでをめくり、左腕をみせた。 「ご覧のとおり、〈闇の紋章〉はない。御紙の記事は撤回してもらいたい。」

 

信じられないというようにリタは笑った。 もちろんこの男がほんとうに〈死食い人〉なわけがない。 もしそうだったら、あの号は発行できていない。 「いちいち気にしなさんな。さ、通して。」

 

クィレルはしばらく彼女をじっと見た。

 

そして笑みをうかべた。

 

「ミス・スキーター。きみを説得できる手段があればと思っていたのだが。 けれども、単純にきみをたたきつぶしてしまう愉快さを我慢することはできそうない。」

 

「その手は効かないよ。 さあ、どいたどいた。 どかなきゃ、〈闇ばらい〉を呼んで、ジャーナリズム執行妨害でつかまえさせるから。」

 

クィレルは小さく一礼し、彼女のわきを通りすぎた。 「さようなら、リタ・スキーター。」という声が背後から聞こえた。

 

リタはまわりを押しのけて進んでいったが、男が去りゆくと同時に口笛をふいていたことを、こころのかたすみで認めた。

 

あれでおどかしているつもりか。

 

◆ ◆ ◆

 

第四幕:

 

「悪いけど、やめとく。」とリー・ジョーダンが言う。「おれにむいてるのは巨大クモのほうだと思うから。」

 

〈死ななかった男の子〉は、〈混沌の騎士団〉にたのみたい重要な仕事がある、と言った。いつものいたずらよりも重大で秘密で立派で、困難な仕事だ、と。

 

それからハリー・ポッターはなかなか感動的ではあるが曖昧な演説をぶった。 だいたいのところ、その気になればフレッドとジョージとリーにはものすごい可能性がある、という内容だった。三人は、もっと()()()()ことができる。水いりのバケツをドアの上から落とすというようなことをして人をおどろかす(フレッドとジョージは興味ぶかそうにたがいの目を見た。いままで思いつかなかった方法だったからだ)かわりに、ひとの人生を()()()()()()()()のだ、と。 そして、ネヴィルにいたずらをしかけたときの写真をもちだした。それについてハリーは一定の後悔をしてはいて、〈組わけ帽子〉にもしかられたらしいが、きっとネヴィルには()()()()()()()()()()()()()()()()()()効果があったはずだという。 ネヴィルにとっては、突然自分が別の宇宙に転移させられたような感覚だったはずだという。 スネイプが謝罪するのをみたときの全員が感じたのとおなじ感覚で、 それこそが()()()()()()()()()()なのだと。

 

『さあ、いっしょにやらないか?』、とハリー・ポッターは叫び、リー・ジョーダンはことわった。

 

「おれたちはやるよ。」とフレッドだかジョージだかが言った。ゴドリック・グリフィンドールならイエスと言ったにちがいないだろうから。

 

リー・ジョーダンは申し訳なさそうににやりとして、立ちあがり、だれもいない〈音消〉された廊下を去った。〈混沌の騎士団〉の四人はここで陰謀の会合をひらいていたのだった。

 

〈混沌の騎士団〉の三人は本題にはいった。

 

(それほど悲しくはない。フレッドとジョージはこれまでどおり、リーといっしょに巨大クモのいたずらをしかける。 もともと〈混沌の騎士団〉と呼びはじめた目的はハリー・ポッターをなかまにすることだけだった。ロンからハリーが変で邪悪だときかされて、フレッドとジョージは真の友情と親愛でハリーを救うことにしたのだ。 さいわい、もうその必要はなくなったようだ——完全にはそう言いきれないような気もするが……)

 

「それで、なんの話?」と双子のひとりが言った。

 

「リタ・スキーターの話。どういう人なのか知ってる?」とハリー。

 

フレッドとジョージはうなづき、眉をひそめた。

 

「ぼくについて聞きこみをしてるらしいんだけど。」

 

いいニュースではない。

 

「きみたちになにをしてもらいたいのか、あててみてくれる?」

 

フレッドとジョージはすこし困惑しておたがいを見あった。 「おれたちのちょっとおもしろいお菓子をしこんで食べさせてやる、とか?」

 

「ちがうよ! ぜんぜんちがう! そういうのは巨大クモの方向のやりかただ! ほら、もし()()()()()うわさをリタ・スキーターが探してるときいたら、どうする?」

 

言われてみると、わかりきったことだった。

 

にやりとした表情がフレッドとジョージの顔にゆっくりと広がる。

 

「こっちからうわさをながしてやる。」と二人はこたえた。

 

「そのとおり。」と言ってハリーはにっこりとした。 「でもうわさならなんでもいいってわけじゃない。 ハリー・ポッターについて新聞が書くことを、だれも信じなくなるようにしたい。新聞がエルヴィスについて書くことを、マグルが信じないように。 最初は、大量のうわさをながして、リタ・スキーターがどれを信じていいかわからないくらいにする手を考えたけど、彼女はきっと、悪い内容でもっともらしいものをえらぶだけだろう。 だから、二人にやってほしいのは、ぼくについてのガセネタをでっちあげて、リタ・スキーターにその内容を信じさせること。 それは、あとでだれにでも偽情報だったとわかるようなものにしてもらいたい。 リタ・スキーターと編集者を信じこませてやって、()()()偽情報だという証明をだせるようにしておきたい。 そしてもちろん——こういう条件である以上——そのネタはできるかぎりバカげていて、それでも出版されるようなものにしてもらいたい。 どういうことをしてほしいか、わかった?」

 

「いや、まだすこし……」とフレッドとジョージがゆっくりと言う。「そういうネタの案をだしてほしいってこと?」

 

「いま言ったことの()()をやってほしいんだ。ぼくはちょっといま、いそがしい。それに、ぼくにはなんのことかさっぱりわからない、と本心から言えるようにもしておきたい。 ぼくをおどろかせてほしい。」

 

フレッドとジョージの顔が一瞬、とても邪悪に、にやりと笑った。

 

それから真剣な表情になった。 「でも、どうやればそんなことができるかわからないな——」

 

「じゃあ考えて。きみたちを信頼してるから。 ()()()()信頼してはいないけど、もしできないなら、そう言ってほしい。そのときはほかの人を探すか、自分でやる。 いいアイデアを——バカげたネタと、リタ・スキーターと編集者に出版させる方法の両方を——思いついたら、勝手にやって。 でも平凡なことだったら、やらないで。 ()()()()()ものが思いつけなかったら、そう言ってほしい。」

 

フレッドとジョージは心配そうにたがいの目をちらりと見た。

 

「なにも思いつかない。」とジョージ。

 

「おれも。悪いけど。」とフレッド。

 

ハリーは二人をじっと見た。

 

そして、ものごとを思いつくための方法を説明しはじめた。

 

まず、二秒でできると思うな、とハリーは言った。

 

どんな問いについても、不可能だと言っていいのは、ほんものの時計を持ってきて、その分針の角度ではかって五分間考えてからだ。 たとえで言っているのではなく、物理的な時計ではかった五分間。

 

それだけでなく、と言ってハリーは語気を強くし、右手で床にドンとたたいた。 ハリーが言うには、すぐに答えをさがしはじめては()()()()

 

それからハリーは、ノーマン・メイアーという人がやったテストについて説明しはじめた。その人は組織心理学者という職業で、問題解決のためのグループをふたつ作り、ある問題をとかせた。

 

問題というのは、三人の社員と三種類の仕事についての問題で、 後輩社員は一番簡単な仕事だけをやりたがり、先輩社員はあきないように、ちがう種類の仕事を交代でやりたがる。 効率の専門家からの助言によると、後輩に一番簡単な仕事をまわして、先輩に一番むずかしい仕事をまわせば、二割生産性があがるという。

 

片方の問題解決グループは「できるかぎりしっかりと議論をしおわるまで、いっさい回答案をだしてはならない。」と指示された。

 

もう片方の問題解決グループはなにも指示されなかった。 そして、問題を提示されると、回答案をだすという自然な反応をした。 そして、自分の案にこだわりだし、たたかいはじめ、自由と効率のどちらが重要かなどという論争をはじめた。

 

問題について()()してから解決策をさがすように指示されたほうのグループは、後輩社員に一番簡単な仕事をまかせて、のこりの二人がのこりのふたつの仕事を交代でやるという答えにたどりつく可能性がずっと高かった。専門家のデータによれば、それは十九パーセントの改善になるという。

 

最初から答えをさがすというのは、完全に順序をまちがえている。 デザートと同時に食事をはじめるようなものだが、もっと悪い。

 

(それから、人間はむずかしい問題ほどいきなり解こうとする、という、ロビン・ドーズという人のことばをハリーは引用した。)

 

つまり、ハリーはこの問題をフレッドとジョージにまかせて、いなくなる。二人はあらゆる方向から議論して、ブレインストーミングをしてちょっとでも関係がありそうなことを書きとめる。 それがすむまでは、なんらかの答えを思いつこうとしてはいけない。ただしもちろん、たまたますごくいい案を思いついたときは、どこかに書きとめてから、また考えつづける。 すくなくとも一週間たつまでは、()()()()()()()()()()()というたぐいの報告はいらない。 ものを考えるのに数十年をついやす人もいるのだから。

 

「なにか質問は?」とハリー。

 

フレッドとジョージはたがいを見つめた。

 

「思いつかない。」

 

「おれも。」

 

ハリーは軽くせきばらいした。「予算の話がまだだろう。」

 

()()()、と二人は思った。

 

「ただ金額を言えばすむんだけど、こうやるほうがインパクトがあるかなと思って。」

 

ハリーが両手をローブにいれてとりだすと、そこには——

 

フレッドとジョージは座っているのに倒れそうになった。

 

「使いきるのを目的にはしないこと。」とハリーが言う。 三人のまえの石の床に、とんでもない量のおかねの山が光っている。 「すごいことをやるのに必要な場合にだけ使うこと。すごいことをやるのに必要だったら、ためらわずに使うこと。 あまったら、あとで返してほしい。その点は二人を信頼する。 あ、それと、どれだけ使ったかにかかわらず、ここにあるうちの一割はきみたちの取り分だから——」

 

「いらないよ!」と双子のひとりが言う。「こういうので報酬は受けとれない!」

 

(二人は非合法なことをするとき、報酬を受けとったことがない。 アンブロシウス・フルームには知らせていないが、二人が商品を売るときの利幅はゼロだ。 フレッドとジョージは——必要なら〈真実薬〉を飲まされて——証言するとき、犯罪で儲けようとしているのではなく、公共への奉仕をしていただけだと言えるようにしておきたいと思っていた。)

 

ハリーは二人にむけて眉をひそめた。 「でも、これはちゃんとした仕事の依頼だから。 大人はこういうことで報酬をもらうし、もらっても友だちへの好意としてやっているのにかわりはない。 こういうことをするのに、雇える相手はそんなにいない。」

 

フレッドとジョージはくびをふった。

 

「わかった。じゃあ、なにか高価なクリスマスプレゼントをあげることにする。もしそのプレゼントが返ってきたら燃やすよ。 これできみたちには、ぼくがどれくらい高い買い物をするのかすらわからない。当然、ここの取り分よりは高いものにするけど。 そのプレゼントは()()()()()()()買っておくから、すごいことを思いつけなかったと言いにくるまえに、そのことを思いだしておいてほしい。」

 

ハリーは立ちあがり、笑みをうかべながら、ショックでまだ呆然としているフレッドとジョージに背をむけて、去ろうとし、数歩すすんでから、ふりむいた。

 

「もうひとつだけ。なにをするにしても、クィレル先生は巻きこまないで。 クィレル先生は人目につきたがらない。 〈防衛術〉教授に関してなら変なことを皆に信じさせやすいのはわかるし、こうやって干渉するのは悪いと思うけど、どうかクィレル先生は巻きこまないでほしい。」

 

そしてハリーはまた背をむけて、もう数歩すすみ——

 

もう一度ふりむいて、小さな声でこう言った。「ありがとう。」

 

そして去った。

 

二人になってから沈黙が長くつづいた。

 

「で、」と一人が言う。

 

「で、」ともう一人が言う。

 

「あの〈防衛術〉教授は人目につくのがいやなんだってさ。」

 

「ハリーはおれたちのことをよくわかってないみたいだな。」

 

「わかってないね。」

 

「でも、あのおかねを使ったりするのはダメだよな。」

 

「もちろん。それは筋がちがう。 〈防衛術〉教授の件は別にやる。」

 

「グリフィンドール生何人かにスキーターへの手紙を書かせる。たとえば……」

 

「……〈防衛術〉の授業で先生のそでがめくれたとき、〈闇の紋章〉が見えたとか……」

 

「……ハリー・ポッターがいろいろおそろしいことを教わっているらしいとか……」

 

「……ホグウォーツですらだれも見たことがないほど最悪の〈防衛術〉教授で、教えるのに()()するだけじゃなく、あらゆることをまちがえて、なんでも完全にさかさまにしてしまっていて……」

 

「……〈死の呪い〉をかけるには、かならず愛を使うとか言って、あの呪文をまったく役立たずにしてしまったり……」

 

「それ、いいな。」

 

「だろ。」

 

「〈防衛術〉教授も気にいってくれそうだ。」

 

「ユーモアがわかる人だしな。 そうでもなきゃ、あんな名前をおれたちにつけるはずがない。」

 

「でも、ハリーにたのまれたほうの仕事はうまくいくかな?」

 

「答えをだすまえに議論しろ、って話だから、やってみよう。」

 

二人は、ジョージが積極的なほうを演じ、フレッドが疑うほうを演じる、と決めた。

 

「全体的にちょっと矛盾してるよ。」とフレッドが言う。「だれでもスキーターのことを笑ってしまうほどバカげていて、バレバレのうそで、なのにスキーターは信じてしまう。 こんなの両立させようがない。」

 

「スキーターを納得させる証拠をでっちあげるんだよ。」とジョージ。

 

「それは答えにあたるかな?」とフレッド。

 

二人はしばらく検討した。

 

「かもな。でもそこまで厳密にやらなくてもいいんじゃないか?」とジョージ。

 

双子はしかたなさそうに肩をすくめた。

 

「とにかく、スキーターを納得させるくらいの、いい証拠をでっちあげないといけない。」とフレッドが言う。「おれたちだけでできるかな?」

 

「おれたちだけでやることはない。」と言ってジョージがおかねの山を指さした。「ひとを雇って手つだわせてもいい。」

 

二人は思案の表情をした。

 

「それじゃ、こんな予算はすぐになくなるぞ。」とフレッドが言う。 「おれたちにとってはこれだけあれば大金でも、フルームみたいな人にとってはそうでもない。」

 

「ハリーのためだとわかれば、割り引きしてもらえたりするかもしれない。でもなにをするにしても一番重要なのは、()()()じゃないといけないってこと。」とジョージ。

 

フレッドは目をしばたたかせた。「()()()、っていうと?」

 

「おれたちにはできっこないから犯人だと思われないくらいに不可能。 ハリーでも不思議がるくらいに不可能。 シュールで、だれもが自分の正気をうたがうような、……()()()()()()()()()ようなこと。」

 

フレッドが唖然として目をまるくした。 こういうことは二人のあいだでたまにあるが、そう多くはない。 「でも、なんで?」

 

「どれもこれも、いたずらだった。 パイのも、〈思いだし玉〉のも、ケヴィン・エントウィスルのネコのもいたずらだ。 スネイプのだってそうだ。 ホグウォーツで一番のいたずら屋はおれたちだろ。 たたかわずに降参するのか?」

 

「あっちは〈死ななかった男の子〉だし。」とフレッド。

 

「こっちはウィーズリー兄弟だ! これは挑戦状なんだよ。 ハリーはおれたちにもおなじことができると言うじゃないか。 でもきっと、おなじくらいうまくできるとは思っちゃいない。」

 

「そのとおりだろ。」と言って、フレッドはだいぶ不安になった。 ウィーズリー兄弟の二人は、おなじ情報をもっていながら意見がわれることもたまにあるが、そういうときはいつも不自然な感じになる。まるで、片方がなにか勘違いしている、というように。 「だって()()()()()()()()なんだから。あいつは不可能を実現できる。おれたちはできない。」

 

「できる。」とジョージが言う。「それに、あいつよりも()()()()()()()()をやるんだ。」

 

「でも——」

 

「ゴドリック・グリフィンドールだったらそうする。」

 

それで決着がついたので、二人はもとのように……とにかくふだんの二人の状態にもどった。

 

「よし、じゃあ——」

 

「——二人で考えよう。」

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 


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