「あの、ハーマイオニー。もうそのへんで、やめていいって。」
ハーマイオニーのまえにある丸薬状の白い砂糖は、色も形も変わっていない。ハーマイオニーはハリーに見せたことのないほど集中して、目をとじ、ひたいに汗のつぶをうかべ、杖をにぎる手を震えさせているが——
「もういいって、ハーマイオニー! やっぱりできそうにない。 まだ存在しないものをつくるのは無理なんだ!」
ゆっくりと、ハーマイオニーの手が杖のにぎりをゆるめた。
「すこしだけ感じた。」と、聞きとれないほど小さな声でハーマイオニーが言う。「〈転成〉がはじまりそうな感じがした。ほんの一瞬だけ。」
ハリーののどになにかがつかえた。「たぶん気のせいだよ。そうなってほしいと願いすぎたんだ。」
「そうかもしれない。」と言って、彼女は泣きだしそうになった。
ハリーはシャープペンシルを手に、ゆっくりと紙を引きよせた。紙のうえには、一連の項目が横線で取り消されている。その一番下の『アルツハイマーの治療薬』という項目にハリーは取り消し線を引いた。
〈転成〉した丸薬を人にのませるわけにはいかない。 だが、すくなくとも二人にできる種類の
魔法使いもこういったことはまず考えない。 魔法使いはただの
すこしまえにハリーは極秘で——ハーマイオニーにも言わずに——エリック・ドレクスラー流のナノテクノロジーを〈転成〉しようとしてみた。(もちろんつくろうとしたのは卓上ナノ工場であって、微小サイズの自己複製アセンブラではない。ハリーもそこまで狂ってはいない。)成功していれば、一発で神になれる方法だった。
「今日の予定はこれだけ?」 ハーマイオニーはあたまを椅子の背にのせて沈みこんだ。 顔に疲労があらわれている。 ハーマイオニーにしては、めずらしい。すくなくともハリーが近くにいるときは、自分に限界がないように見せたがるのに。
「もうひとつある。」とハリーは慎重に言う。「でもこれはたいした実験じゃないし、うまくいく可能性もある。 気分よく終われるんじゃないかと思って、最後までとっておいたんだ。 これはフェイザー砲とかとはちがって、実在する。 アルツハイマー治療薬ともちがって、すでに実験室でつくられている。 それに、さっき〈転成〉しようとした、うしなわれた書物みたいに個別のモノじゃなく、一般的な物質だ。 分子構造の図をかいておいたからみせてあげる。 これをただ、いままでつくられたものより
ハリーはグラフ用紙を一枚とりだした。
ハーマイオニーは座ったまま身をおこして、それをうけとり、ながめ、眉をひそめた。 「ぜんぶ炭素原子でできてるの? それで、名前は? 名前がわからないものは、〈転成〉できない。」
ハリーはうんざりした顔をした。 この手のことにはいまだに慣れない。
ハーマイオニーはグラフ用紙から顔をおこした。おどろいた表情をしている。 「そんなものが
「うん。マグルのやりかたではつくるのが大変だけど。 十分な量つくれれば、対地同期軌道かそれより遠くまで上がっていく宇宙エレヴェーターの建設材料として使える。そこまでいければもう、デルタVの計算上は、太陽系のあらゆる場所までの中間点までいけたことになるし、太陽光発電衛星を紙吹雪のようにまくこともできる。」
ハーマイオニーはまた眉をひそめた。「それは
「安全でない理由が見あたらないね。
「黒鉛がなんなのかくらいは知ってる。」と言ってハーマイオニーはぼんやりとした様子で髪をときながら、眉をひそめて目のまえの紙を見つめた。
ハリーはローブのポケットに手をいれて、灰色のプラスティックの輪が両端についた白い糸をとりだした。 ひとつのまとまりをなした物体として〈転成〉できるよう、両端の輪と糸は強力接着剤でくっつけてある。 ハリーの記憶では、シアノアクリレートによる接着の原理は共有結合だ。究極的には微小な原子で構成されているこの世界で、これほど『ひとまとまりの物体』らしいものはほぼないと言える。 「じゃあ、いつでもどうぞ。これを〈転成〉して、ダイアモンドの輪を両端につけた整列ずみカーボンナノチューブの繊維をつくってみて。」
「わかった……けど、なにか、忘れてるような気がするんだけど。」とハーマイオニー。
ハリーはしかたなさそうに肩をすくめた。
ハーマイオニーは杖をプラスティックの輪の片ほうにあて、しばらくそれをじっと見た。
光るダイアモンドの輪がふたつ、そしてそれをつなぐ黒い糸がひとつ、できた。
「できた。」 ハーマイオニーは興奮した声をしようにも、そうする気力が尽きたようだ。 「それで?」
ハリーは共同研究者の情熱のなさにすこしがっかりしたが、表情にださないようつとめた。 むしろ、おなじやりかたを逆に使えば、彼女を元気づけることができるかもしれない。 「重さに耐えられるかどうかを検証してみる。」
このまえにしていたダイアモンドの棒についての実験のために急ごしらえで作った、山型のフレームがひとつある。
ハリーはフレームの上にある太い金属のフックに、光るダイアモンドの輪を慎重にひっかけ、太い金属のハンガーを下の輪につけ、ハンガーに重りをとりつけた。
(ハリーがウィーズリー兄弟の二人にこの装置を〈転成〉してもらいにいったとき、二人は信じられないというような顔をした。二人はどういういたずらに使おうというのか想像もつかない、と言いたげだったが、実際にはなにも質問してこなかった。あの二人の〈転成術〉は三時間くらいもつそうだから、ハリーとハーマイオニーはまだしばらく時間の余裕がある。)
一分たって、ハリーが口をひらく。「百キログラム。鋼鉄の糸でもこれくらい細いと、この重さにはたえられないと思う。 もっといけるはずだけど、今回はこれ以上の重りがない。」
また沈黙。
ハリーは立ちあがり、テーブルにもどって椅子にすわり、仰々しいうごきで『カーボンナノチューブ』の横に確認ずみのしるしをつけた。「よし、これは成功だね。」
「でもたいして
「それでも
「でも魔女ならだれでもつくれる。」 ハーマイオニーの疲労は声にあらわれてきている。 「ハリー、これはもうダメなんじゃないかな。」
「ぼくたちの関係が? よしきた! 別れよう。」
それを聞いてハーマイオニーはすこしだけ笑った。「いいえ。この研究が。」
「ハーマイオニー、そんな言いかたはないだろう?」
「そういうひねくれたところはわりと好き。でもね、この研究はどうかしてる。 わたしは十二歳で、あなたは十一歳。そんな若さで、いままでだれにもできなかった発見ができると思うなんて、ばかげてる。」
「まだこれをはじめて一カ月もたってない。それで、魔法の秘密をときあかすのは無理だってあきらめるの?」 ハリーは多少あおる調子をこめた。 実のところ、ハーマイオニーとおなじ疲労感を自分自身感じてはいる。 よさそうなアイデアはどれもうまくいかなかった。 いまのところ意義ある発見といえばあのメンデル的パターンしかないし、それすらも、ドラコとの約束を守るならハーマイオニーには伝えられない。
「いいえ。」 ハーマイオニーのおさない顔が真剣になり、おとなっぽく見えた。 「わたしたちは魔法族が知っているいろいろな魔法を
「その……こういう言いかたはしたくないんだけど、この研究をあとまわしにしていて、卒業後最初にやったのがアルツハイマー治療薬の実験で、それがうまくいっちゃった、と想像してみてほしい。 もしそうなったら……自分たちがバカみたいに感じる、どころじゃないだろう。 もしそういうような、やればできてしまうことがほかにあったとしたらどうする?」
「そんな言いかたはないでしょ!」 ハーマイオニーの声は震えていて泣きだしそうだ。 「わたしたちはそういう種類のことをしなくていいの。子どもなんだから!」
ハリーは一瞬、ハーマイオニーには不死の〈闇の王〉とたたかう義務があると言ってやったらどうなるだろう、と思った。ハリーが読んでいて我慢できないたぐいの、自分をあわれむようなことを言ってばかりの主人公のようになるのだろうか。
「とにかく、」ハーマイオニーの声は震えている。「わたしはもうこういうことはやりたくない。 大人にできないことを子どもができるとは思えない。それができるのは、本のなかだけ。」
教室がしずまった。
ハーマイオニーはすこしおびえだしたようだ。ハリーは自分の表情が冷淡になっていたのに気づいた。
おなじ発想がハリーになかったとしたら、もっと楽だったかもしれない——三十歳では革命的な科学者になるのに遅すぎるとしても、二十歳くらいならちょうどいい。十七歳で博士号をとった人もいれば、十四歳で王位をついだり将軍になって立派にやった人もいる。だが、十一歳で歴史に名をのこした人はまずいない。
「わかった。大人にできないようなことをやる方法を見つける。それが条件なんだね?」
「そういう意味じゃなくて。」 ハーマイオニーは小声でこわごわと言った。
ハリーは努力してやっと、ハーマイオニーから目をそらすことができた。 「ぼくはきみに怒ってはいない。」 冷淡にすまいとしながらも冷淡な声になった。 「むしろ、すべてに怒っている、とでも言うか。 でも、負ける気はない。 負けることがいつもただしいとはかぎらない。 これから大人の魔法使いができないなにかを見つける。見つかったらきみに知らせる。 それで文句ないだろう?」
また沈黙。
「うん。」 ハーマイオニーの声はすこしゆれていた。 彼女は椅子から立ちあがり、二人がつかっていたこの空き教室のドアのところまでいき、ドアノブに手をかけた。 「わたしたちはまだ友だちだよね? もしなにも見つからなかったら——」
彼女の声がとぎれた。
「そのときは二人でいっしょに調べる。」 ハリーの声はさらに冷淡になった。
「うん、じゃあ、さよなら。」と言ってハーマイオニーは足ばやに部屋をでて、ドアを閉めた。
ハリーはときどき自分の
そして、ハーマイオニーとまったく同様に、大人にできないことは子どもにできるはずがない、と言っていた部分の自分は、ハーマイオニーが口に出す勇気のなかったことをつぎつぎと言ってくれた。とんでもなくむずかしい条件を自分で決めたもんだな——とか、今回はぜったい恥をさらすことになるぞ——とか、失敗だったことはこれではっきりするだろう——とか。
負けるのを嫌う部分の自分は冷淡な声でこうこたえた。
もうすぐ昼食の時間だが、ハリーは気にしなかった。 ポーチからスナックバーをとりだすこともしなかった。 多少の飢えは我慢はできる。
魔法界はせまい。魔法族は科学者のように考えないし、科学を知らないし、身のまわりのものに疑問をもたないし、タイムマシンに保護ケースもつけないし、クィディッチもやる。ブリテン魔法界ぜんぶでマグルの小都市なみの人口しかないし、最高の魔法学校でも十七歳までの教育しかない。愚かしいのは十一歳の身で対抗しようというということじゃない。むしろ、魔法族はなんでも熟知していて、科学をよく知る人でも楽に解決できる未解決問題はひとつもなくなってしまっているのだ、と思いこんでしまうほうが愚かしい。
第一ステップは、ハリーがおぼえているかぎりすべての魔法の制約、つまり、できないとされていることを列挙することだった。
第二ステップは、科学的に言ってどう見ても変に思える制約にしるしをつけること。
第三ステップは、科学を知らない魔法使いなら疑問をもちそうにない制約から順にならべること。
第四ステップは、上位にきた制約をくずす方策を見つけること。
ハーマイオニーはレイヴンクローのテーブルでマンディのとなりの席についてからも、まだすこし震えていた。 昼食に選んだのは、くだもの二種類(切ったトマトと皮なしのミカン)と、野菜三種類(ニンジンとニンジンとまたニンジン)と、肉一種類(ディリコールのもも肉の揚げものだが、健康によくない衣がついているので、几帳面にはがしておく)、以上を食べたことによるごほうびとしての小さなチョコレートケーキ。
今度のは、〈薬学〉授業のときほどひどくはなかった。あれはいまだに
それに、なにか重要なことを忘れているような感覚が、まだのこっている。
〈転成術〉の規則なら、やぶってはいない……だろうか? 液体も気体もつくらなかった。〈防衛術〉の教師に命令されもしなかった……
……いや、そのへんに落ちている丸薬などだれも食べたりしないし、実際には
ハーマイオニーは腹のなかにとてもいやな感覚がしてきた。 これではとても食べていられないと思い、皿をテーブルからおしのける。
そして目をとじて、〈転成術〉の規則をこころのなかで暗唱しはじめる。
「わたしはなにかを液体や気体に〈転成〉させません。」
「わたしは食べものにみえるものや人体にはいるようなものを〈転成〉させません。」
やはりあの丸薬を〈転成〉する実験はすべきじゃなかった。せめて
腹のなかのいやな感覚が強くなっていく。こころのなかの認識の境界線ちかくに、なにかが浮かんでいるような気がした。老女から若い女へ、二つの顔から花瓶へ、見えたかと思うと反転するなにかが……
ハーマイオニーは〈転成術〉の規則を暗唱しつづけた。
杖をつかむハリーのこぶしが白くなった。杖さきの空気をクリップに〈転成〉しようとしていたのだ。 クリップを気体に〈転成〉するのはもちろん安全ではないだろうが、逆をすることがまずいようには思えない。 ただ、
いや、この制約には意味があるかもしれない。 空気は構造がばらばらで、そのなかの分子同士の関係がつねに変化している。 ある物質にあたらしいかたちをあたえるためには、支配できるまでそれが静止していないといけないのかもしれない。といっても、固体のなかの原子だってつねに振動しているのだが……
失敗がかさなるたびに、ハリーは冷たさを感じ、まわりがよりはっきりと見えるようになった。
よし。つぎにいくぞ。
〈転成〉できるのはひとつの物体全体だけ。 マッチ一本の
これはどう考えてもおかしい。
マンディ・ブロクルハーストはフォークを口にはこぶ途中で止め、 「あれ?」と、からっぽになった隣の席のむこうにいるスー・リーに言った。「ハーマイオニーはどうかしたの?」
この消しゴムを殺してやりたい。
このピンク色の四角形の消しゴムの全体はそのままに、そのうえの一点だけを鋼鉄に変えようとしているのだが、向こうは協力してくれない。
これは、現実の制約ではなく考えかたの制約にちがいない。
それを言うなら、原子核のなかの陽子も中性子も小さな個別のモノだし、 陽子と中性子のなかのクォークも小さな個別のモノだ! 人びとが思いうかべる、ひとまとまりの物体からなる世界というものは
自由〈転成術〉はそもそも、あたまのなかだけでやるのではなかったか? 詠唱も動作も必要ない。物質から切りはなして純粋にかたちだけを考え、それがかたちのない物質に押しつけられていることを考えるだけでいい。 あとは杖と、魔法族を決めているなにかさえあればいい。
魔法族はモノの一部を変化させられない。ひとまとまりであると認識できるものしか変化させられない。究極的にはすべてが原子にすぎないということを、彼らは心底信じきることができないからだ。
この消しゴムは原子のあつまりにすぎない。なにもかも原子のあつまりにすぎない。その
それでも、消しゴムのその一部を変化させることはできなかった。この〈転成術〉はまったく成功する気配がない。
こ ん な の は お か し い。
杖をにぎるハリーのこぶしがまた白くなった。
もしかすると、ハリーのこころのなかのどこかが、まだ物体ありきで考えてしまっていて、それが〈転成術〉を邪魔しているのかもしれない。 ハリーは
ギアを一段あげよう。
ハリーは消しゴムのあの小さな部分に杖を強く押しあてた。そして、科学者でない人たちが現実だと思っているような、机、椅子、消しゴム、人間などといった虚像の世界のむこうにあるものを見ようとする。
公園を歩くとき、自分のまわりをとりかこむ世界は、自分の脳のなかの神経細胞の発火パターンとして存在する。 明るい青空の感覚は、はるか頭上にあるのではなく、自分の視覚野のなかにある。視覚野は脳のうしろのほうにある。 世界についてのあらゆる感覚は実際には、頭蓋骨と呼ばれる骨でかこまれた穴のなかで起きている。
仏教で言われる
ハリーは教室のなかにいない。
消しゴムを見てもいない。
ハリーはハリーの頭蓋骨のなかにいる。
網膜から受けとった信号を自分の脳が復号して処理してできた映像をハリーは経験している。
この消しゴム本体は、その映像ではない、どこか別の場所にある。
消しゴム本体はハリーの脳がつくった映像とはちがう。
この消しゴム本体は、頭蓋骨のなかにいるハリーから遠く離れた場所にある。ハリーはそれに触ることはできず、イメージすることができるだけだ。 でも
それでも〈転成術〉はきかなかった。
ハリーは歯ぎしりをして、
この消しゴムを単一の物体としてイメージするのは
それは実際の土地と対応していないし、対応させることもできない地図だ。
人間は何段階かの階層をつかって世界モデルを整理する。国家のうごき、人間のうごき、内臓のうごき、細胞のうごき、分子のうごき、クォークのうごきにそれぞれ
ハリーの脳は、この消しゴムについて考えるとき、『消しゴムは鉛筆で書いたものを消せる』など、消しゴムを支配するルールについて考える。 もっと下の、化学の階層でのできごとについて予想をたてる必要ができてはじめて——まるでそれが別のできごとであるかのようにして——ゴムの分子のことを考えはじめる。
でもそのどれも、
ハリーのこころは、消しゴムについて階層的なルールがあるという
ハリーのこころは現実を階層化してモデル化していて、それぞれの階層ごとにことなる信念をもっているが、それは
すくなくとも魔法のことを知るまでにハリーが信じていたことはこれだった。そして、この消しゴムは魔法をおびていない。
仮にこれが魔法的な消しゴムだったとしても、ひとまとまりの消しゴムというものが
……〈転成術〉は
ハリーは重く息をついた。〈転成術〉は失敗しても成功した場合とおなじくらい消耗させられる。だが、ここであきらめてなるものか。
もういい。十九世紀的なでたらめはここまでだ。
現実は原子ではない。微小なビリヤードの玉つきではない。それもまたうそだ。 原子を微小な点と考えるのも、また別の都合のいい幻覚にすぎない。 ひとは背後にある現実の非人間的で異質なありように直面するのをおそれて、その妄想にすがりつくのだ。 それにもとづいて〈転成術〉をしようとしていたのがそもそもの失敗だった。 ちからがほしければ、自分の人間性を捨てて、真の量子力学的な数理にあわせた思考をしなければならない。
ハーマイオニーは靴で石畳を鳴らし、息を切らしながら、廊下から廊下へと駆けぬけた。アドレナリンの衝撃がまだ血管のなかで脈うっている。
老女から若い女へ、二つの顔から花瓶へと移り変わる絵のように。
二人はなにをしてしまったのだろう?
二人はなにをしてしまったのだろう?
二人のいた教室にもどりドアノブに手をかけると、汗で手がすべる。もっと強くにぎると、ドアがひらき——
——ちらりと見えた映像のなかで、ハリーは目のまえにあるテーブルのうえの、小さなピンク色の四角形のものを見つめている——
——そこから数歩すすんだ場所に、ここからではほとんど見えないが、あの細い黒糸があの重さをささえている——
「ハリー、この部屋から出なさい!」
純粋なショックがハリーの顔をよぎった。彼は倒れそうなほど急いで立ちあがり、テーブルにあった小さなピンク色の四角形だけ手にとり、ドアへと駆けこんだ。ハーマイオニーはすでに脇によけていて、手にした杖をあの糸に向けていた——
「
そしてドアをぴしゃりとしめると同時に、むこうがわで百キログラムの金属が落ちる轟音が聞こえた。
ここまで一度もとまらずに走ってきたので、ハーマイオニーは息もたえだえになっている。全身が汗びっしょりで、足がぎしぎしと燃えるようだ。世界じゅうのガリオンを積まれても、ハリーの質問に答える余裕はない。
ハーマイオニーは目をしばたたかせ、自分が倒れかけていることに気づいた。それをハリーが受けとめて、そっと床におろしてくれた。
「……体調……」となんとか小声をだす。
「え?」と言うハリーはいつになく顔色をうしなっている。
「……体調、異常は……ない……?」
質問の真意がつたわると、ハリーはさらにおそれをなしたようだった。 「と、とくに変わったところはないと思う——」
ハーマイオニーは一瞬目をとじた。 「ならいい。……ちょっと、息を……」
息をととのえるのにしばらくかかった。 ハリーを見ると、まだおびえているようだ。 それもいい。教訓が身にしみるだろう。
ハーマイオニーはハリーに買ってもらったポーチに手をいれ、かれたのどで「水」とささやいた。 ボトルを手にすると、ごくごくと飲んだ。
もうしばらくかかって、ようやくしゃべれるようになった。
「わたしたちは規則をやぶった。」と、かれた声でハーマイオニーは言う。「あの規則をやぶった。」
「いや……そんなはずはない。ぼくも考えてはみたけれど——」
「あの〈転成術〉は安全か、ってわたしが聞いて、
沈黙。
「それだけ?」とハリー。
ハーマイオニーは悲鳴をあげそうになった。
「わからないの? あれは極細の繊維でできていた。もしも
また沈黙。
「うん……多分あたりまえすぎて言うまでもないことだったんだろうね。 先生に相談せず、生徒だけで空き教室を使って、画期的な〈転成術〉の実験をしてはいけない、と。」
「あなたのせいで二人とも死んでいたかもしれない!」 こういう言いかたは卑怯だとハーマイオニーはわかっている。判断をあやまったのは自分もおなじだ。だがそれでも怒ってしまう。ハリーがいつも自信満々なせいで、ついこちらまでまるめこまれてしまうのだ。 「
「じゃあマクゴナガル先生には秘密にしておこうよ?」
「もうおわりにする。もうおわりにしないと、わたしもあなたもけがをする。 わたしたちの年齢じゃまだ、こういうことは無理。」
弱よわしい笑いがハリーの顔をよぎった。「その、案外そうでもなかったりする。」
そしハリーは小さなピンク色の四角形のものを差しだした。光る金属の粒がひとつついた消しゴムだ。
ハーマイオニーはじっとそれを見て困惑した。
「量子力学でもたりなかった。無時間物理の段階までおりていく必要があった。 時間にそってなにかを
ハーマイオニーはまた杖を持ち、その消しゴムにむけた。
一瞬ハリーの顔に怒りの色が見えたが、とめようというそぶりはなかった。
「『フィニート・インカンターテム』。またやるなら、マクゴナガル先生に確認をとること。」
ハリーはうなづいたが、表情はまだすこしかたい。
「とにかく、これはもうおわり。」
「どうして? これがどういうことかわからないの? 魔法族にも知らないことがあるっていうことだ! 魔法族は人口がすくなすぎるし、科学を知っている人はさらに少ないから、手ごろな未解決問題はまだそこらじゅうに——」
「
そう言ってからハーマイオニーはたじろいだ。
ハリーは目をそむけ、ゆっくりと息をしはじめている。
「ひとりでもやらないで。お願い。」 ハーマイオニーの声が震えた。
お願いだから、それをフリトウィック先生に報告する判断をわたしにさせないで。
長く沈黙がつづいた。
「勉強だけしていたいっていうことか。」 その声で、ハリーが怒りをおもてにださないようつとめているのがわかった。
ここで自分がなにか言うべきかどうかわからないが…… 「あなたも、その……無時間物理を勉強したんじゃないの?」
ハリーはこちらを見かえした。
「あれは……」 声に迷いが出た。 「わたしたちの実験でわかったことじゃないんでしょ? 本をいろいろ読んだからできたんでしょう。」
ハリーが口をひらき、とじた。 葛藤の表情をしている。
「わかった。じゃあこうしようか。勉強はする。もし
「それでいい。」 ハーマイオニーは安堵から倒れこんだりはしなかったが、座っていなかったらそうしてもおかしくなかった。
「昼ごはんにいかない?」とハリーがおそるおそる言った。
ハーマイオニーはうなづいた。昼ごはんはいいかもしれない。今度こそは。
慎重に石畳から体を起こそうとして、全身の痛みに顔をしかめる——
ハリーは杖をこちらにむけ、「ウィンガーディウム・レヴィオーサ」と言った。
ハーマイオニーが目をしばたたかせると、ひどく重かった足が耐えられる程度にまで軽くなった。
ハリーがにやりとした。 「なにかを完全に〈浮遊〉させることはできなくても
ハーマイオニーはしかたなさそうに笑みをうかべた。まだ怒っているべきなのだが。
慎重に杖さきをあてられたまま大広間にむけて歩きだしたとき、ハーマイオニーは自分の足どりがはっきりと軽くなっている気がした。
ハリーがこれを維持できるのは五分間だけだったが、気持ちだけでもありがたかった。
ミネルヴァはダンブルドアのほうを見た。
ダンブルドアは質問するように視線をかえした。 「いまの話の一部でも理解できたかね?」 総長は困惑した声でそう言った。
ミネルヴァはこれほど徹底して意味不明な話をきいたおぼえがなかった。 総長を呼びだして同席させたことが恥ずかしくなるくらいだが、そういう命令だった以上しかたない。
「いいえ。」 マクゴナガル先生はきっぱりとそう言った。
「つまり……」と言ってダンブルドアは銀色のひげをふって、きらきらとした視線をまたどこかへそらした。「きみはほかの魔法使いにできないことができると信じている。われわれが不可能だと思っているなにかを。」
三人がいるのは総長の私用の〈転成術〉作業室だ。彼女のパトローナスが到着するとまもなく、ダンブルドアがかがやく不死鳥のパトローナスをよこして、ハリーを連れてくるようにとの伝言をつたえた。 天窓からふりそそぐ光が、円形の部屋の中央にある巨大な錬金術の七頂点の図を照らしている。それがすこしほこりをかぶっているのを見て、ミネルヴァはこころを痛めた。 ダンブルドアは〈転成術〉の研究をなによりの楽しみとしている。最近彼が多忙であるのは知っていたが、これほどまでだとは思わなかった。
なのにハリー・ポッターがさらに総長の時間を無駄にしようとしている。 ハリーを責めるわけにはいかない。彼は言われたとおり、現在〈転成術〉で不可能とされていることをする方法を思いついたと彼女に報告した。彼女も事前に言われていたとおりに、総長に連絡して機密性のある場所に移動するまで、一言もその内容を口にださないようにとハリーに命じた。
もしハリーが最初から、具体的になにをできると思ったのか言っていたなら、彼女はその時点で話を打ち切っていただろう。
「ちょっと説明がうまくなかったかと思いますが。」と言ってハリーはすこし恥ずかしそうにした。 「要するに、あなたたちの考えが科学者の考えに矛盾している、ということです。そして、この場合は科学者の知識のほうがたしかだと思います。」
ミネルヴァはためいきをつきたかったが、ダンブルドアがとても真剣に話をきこうとしていたので、思いとどまった。
ハリーの考えは無知の産物以外のなにものでもない。 金属球の半分をガラスに変えたとすれば、
「ミスター・ポッター。あなたがやろうとしていることは不可能であるばかりか、
「たしかに。」とダンブルドアが言う。「じゃが英雄であるハリーは、論理的に不可能なことができるのかもしれん。」
ミネルヴァは目でもまわすところだったが、とうに感覚が麻痺してしまっていた。
「仮にそれが可能だったとしてみよう。それが通常の〈転成術〉とことなる結果をうむという理由は思いつくかね?」
ミネルヴァは眉をひそめた。 そもそも概念として想像しがたい厄介な仮定ではあるが、とにかく真にうけて考えようとしてみる。 ある金属球の半分にだけ〈転成術〉を適用できたとしたら……
「境界面で奇妙なことが起きるのでは? といっても、ある物体全体を、ふたつの部分からなるひとつの〈形相〉に〈転成〉した場合と差はなさそうです……」
ダンブルドアはうなづいた。 「わしもそう思う。 ではハリー、きみの説がただしいなら、きみのやろうとしていることは、物体の全体でなく一部を対象にするという点をのぞけば、ほかの〈転成術〉とまったく同一であるということか? それ以外に一切ちがいはないと?」
「はい。それがそもそもの目的です。」
ダンブルドアは彼女に視線をもどした。 「ミネルヴァ、これが危険になりうる理由にひとつでもこころあたりは?」
「ありません。」 ミネルヴァは記憶をさぐってからそう言った。
「同感じゃ。よろしい。あらゆる面において通常の〈転成術〉となんらかわりないように思われるし、これが危険になりうる理由も思いつかない以上、二次の警戒で十分と思う。」
ミネルヴァはおどろいたが反論しなかった。 ダンブルドアは彼女よりはるかに多くの〈転成術〉の経験がある。文字どおり何千もの新しい〈転成術〉の実験をしていて、一度も警戒をゆるめすぎたことはない。
ハリーが確実に失敗するであろうということは、まったく別の問題だが。
二人は検知の網をかけはじめた。 もっとも重要なのは〈転成〉された物質が空気中にでていないことをたしかめる網だ。 念のため、ハリーを空気供給機能のある個別の力場に封じこめ、境界面は遮蔽し、彼の杖だけがそこを通りぬけられるようにする。 ここはホグウォーツのなかだから、爆発の兆候を示した物質を自動的に
その作業を見ているハリーは、すこしおびえているようだった。
「心配はいりません。」とマクゴナガル先生は説明の途中でつけくわえた。 「ほぼまちがいなく不要な警戒ですから。 もし深刻な事態になりそうだと判断していたとしたら、この実験を許すことはしません。 これははじめて行われる種類の〈転成術〉をためす際の、一般的な予防措置です。」
ハリーは息をのんで、うなづいた。
数分後、ハリーはシートベルトつきの椅子にすわり、杖を金属球にあてた。現在の彼の成績によれば、この大きさのものを〈転成〉するには三十分以上かかるはずだ。
それから数分して、ミネルヴァは卒倒しそうな気分で壁によりかかった。
金属球の表面の杖があたっていた場所に、小さなガラスの一点ができている。
ハリーはなにも言わないが、『言ったとおりでしょう』と思っているであろうことは、汗をうかべた得意げな表情から十分つたわってくる。
ダンブルドアは球に分析用〈
「すばらしい。まさに主張どおりではないか。 対象全体を〈転成〉せずに一部だけを〈転成〉できている。 ほんとうにこれが、考えかたの制約にすぎないと?」
「はい。でも、本質的な制約です。考えかたを修正すべきだとわかっているだけでは不十分です。自分のあたまのなかでまちがいをおかしている部分をおさえつけて、その背後にある、科学者が解明した現実について考えるようにする必要がありました。」
「すばらしいというほかない。 ほかの魔法使いには、仮にできるとしても何カ月も学習させてからでないとできない、ということかな? ところで、ほかの物体の一部を〈転成〉してみることはできるかね?」
「おそらくそうです。それと、よろこんで。」
三十分後、ミネルヴァはまだ不可解だという思いは変わらないが、安全性に関してはだいぶ納得できた。
たしかに、通常の〈転成術〉とちがいはない。論理的に不可能という点をのぞけば。
「このあたりまでにしてはどうでしょう。」とミネルヴァは口をひらいた。「部分〈転成術〉は、通常のものよりも疲労させられるようですので。」
「練習するとだんだん楽になっています。」と疲弊して顔色をうしなった少年が震える声で言う。「でも、おっしゃるとおりですね。」
結界からハリーをぬけださせるのにまた一分かかった。ミネルヴァはハリーをもっと座りごこちのよい椅子に案内し、ダンブルドアはアイスクリームソーダをつくった。
「おめでとう、ミスター・ポッター!」とマクゴナガル先生は本心から言った。うまくいかないほうに全財産を賭けるくらいのつもりはあったのだから。
「おめでとうというほかない。わしでさえ十四歳になるまで〈転成術〉で独創的な発見をしたことはなかった。 これほど早熟の天才はドロテア・セニャクにまでさかのぼらなければならん。」
「ありがとうございます。」とすこしおどろいてハリーが言った。
「とはいえ、このよろこばしいできごとは秘密にしておくのが賢明と思う。すくなくともしばらくは。 ハリー、このアイデアをマクゴナガル先生に話すまえにだれかに話したことは?」
沈黙。
「あの……その人が〈審問〉にかけられるのでなければいいんですが、実はある生徒に話しました——」
マクゴナガル先生はくちびるから爆発させるように声をだした。「
「すみません。気づいていませんでした。」
少年は適切におびえている。それを見てミネルヴァは内心でいくらか緊張がとけた。 すくなくとも、愚かだったということはハリーもわかったようだ。
「この話を内密にするという誓約をミス・グレンジャーにさせなさい。」とダンブルドアが深刻そうに言う。「そしてよほどの特別の事情がないかぎり、ほかのだれにも言ってはならん。言ったときは、その相手にも誓約させる必要がある。」
「え……なぜですか?」
ミネルヴァもおなじことを疑問に思っていた。 またもや、総長のあたまの回転が高速すぎてついていけていない。
「きみにこれができるということは、だれにとっても信じがたい。 だれにも予測されないことが、強みとなるのじゃ。 きみの死命を左右するかもしれぬそれを、守っておかねばならん。 これは信じてくれ。」
マクゴナガル先生は内面の困惑をあらわにせず、かたい表情でうなづいた。 「わたしからもお願いします。」
「まあ、いいですが……」
「この対象物についての検査がすみしだい、きみは部分〈転成術〉の練習をしてもよい。ただし鋼鉄からガラスとガラスから鋼鉄への変化のみ、そしてミス・グレンジャーに付き添ってもらうことを条件とする。 当然ながら、すこしでも〈転成術〉に起因する可能性のある症状に気づいた場合は、すぐに教師に報告するように。」
作業室をでる直前、ドアのとってに手をかけたところで、ハリーがふりむいて言った。 「せっかくなのでお二人におききししたいんですが、スネイプ先生についてなにか、かわったことはありませんでしたか?」
「かわったこと?」と総長。
にが笑いしたくなるのをミネルヴァは押しとどめた。 この少年が『邪悪な薬学教授』について懸念するのは当然だ。セヴルスが信頼できるという理由を知りようがないのだから。 いずれ、セヴルスがいまだにハリーの母親を愛していると本人に説明する羽目になるかもしれないが、説明しにくいことはまちがいない。
「つまり、最近、なんらかの点でいままでにないふるまいをしたとか?」とハリー。
「とくに見たおぼえはないが……」と総長がゆっくり言う。「なぜそんなことを?」
ハリーはくびをふった。 「それを言ってしまうと、先入観であなたの観察をゆがめてしまうおそれがあります。 とにかく、ちょっと気をつけてみてもらえないかと。」
それはあからさまにスネイプへの嫌疑をかける言いかたではなかった。そのことに、ミネルヴァは余計に胸騒ぎがした。
ハリーは二人に礼儀ただしく一礼して、退室した。
「アルバス、」と少年が去るのを見とどけてからミネルヴァが言う。「なにを根拠にハリーの言うことを真にうけたのですか? あんな発想は不可能とばかり!」
老魔法使いは厳粛な表情をした。「秘密にしなければならないのもおなじ理由から。 もしハリーがああいうことを言ったらここに連れてくるようにと命じておいたのもおなじ理由から。 あれはヴォルデモートの知らぬちからなのだから。」
そのことばの意味を理解するのに数秒かかった。
そして寒けが背すじをかけぬけた。あれを思いだすときは毎回そうだ。
あれの発端は、〈占術〉の教師として応募してきたシビル・トレロウニーの、なんの変哲もない面接だった。
闇の王を倒すちからの持ちぬしが来る
彼を三度しりぞけた親のもとに生まれ
七番目の月が死ぬときに生まれ
闇の王がみずからにならぶ者として印をつける
ただし彼は闇の王の知らぬちからを持つ
一方が他方のかけらのみを残して滅ぼさなければならない
その二つの異なるたましいは同じ世界に共存しえないから
忌むべき低音の声が言った忌むべきあの文句が指しているのは、部分〈転成術〉などではないように思える。
ミネルヴァが説明しようとしたあと、ダンブルドアが口をひらいた。「たしかに、そうではないかもしれん。 わし自身、ヴォルデモートが
「ところでセヴルスについてのあれはなんのつもりだったのでしょう?」
「わからぬ。」とダンブルドアはためいきをつく。「ハリーがセヴルスに対してなにかしかけようとしていて、直接嫌疑をかけても無視されるだろうから、どうとでも受けとれる質問をするほうがよいと思った、という可能性はあるが。 もしそうであれば、わしが嫌疑を認めはしなかったであろうという点でハリーはただしい。 いまはただ、先入観なしに監視しつづけるとしよう。彼の要求どおり。」
余波その一:
「あの、ハーマイオニー?」とハリーはとても小さな声で言う。「すごくすごく謝らないといけないことがあるんだけど。」
余波その二:
アリサ・コーンフットの両目はすこしかすんでいた。眼前の〈薬学教授〉は講義を容赦なくすすめ、小さな銅色の豆つぶを手に、悲鳴をあげる人肉のかたまりがどうとかいう話をしている。 この学期がはじまって以来、彼女は〈薬学〉の授業を落ちついて聞くことができなかった。 この不快で、意地悪で、粘着質の教師から目をはなすことができず、特別な居残り作業をさせられることを夢見たりした。 そんな自分はどこかおかしいのだろうけれど、どうしてもそうせずにはいられない——
「いたっ!」とアリサが声をだした。
スネイプが銅色の豆つぶをぴしゃりとアリサのひたいに投げつけたのだった。
「ミス・コーンフット。」とするどい声で〈薬学教授〉が言う。「この
最後の一言は彼女にとって逆効果だった。だが彼女は努力して、なんとかだれのからだも溶かさずに授業を終えることができた。
授業のあと、アリサは教卓へむかった。 両手をうしろにむすんで気弱に顔を赤らめてみたい気持ちもあったが、多分そうすると
「ミス・コーンフット。」と言いながら、スネイプは成績をつける作業から顔をあげない。「きみの思いは分かっている。だがわたしにその気はない。わたしはあのように見つめられるのが不快になってきた。以後、その目をつつしんでくれたまえ。よいかね?」
「はい。」とアリサは声をもつれさせた。スネイプに退出を命じられ、彼女は溶岩のようにほおを真っ赤にして、教室を飛びでた。
原作品の著者:J. K. Rowling
ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky