ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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29章「自己中心性バイアス」

◆ ◆ ◆

 

ハーマイオニーは最近、ほかの生徒が自分とハリーのことを話しているのをきくたび、どことなく不愉快になった。 それが積みかさなって我慢の限界まできていたところ、けさ、シャワー室でモラグとパドマが話しているのがきこえたのが最後の一押しになった。

 

ハリー・ポッターの競争相手(ライヴァル)になったのは、重大なまちがいだったように思えてきた。

 

ハリー・ポッターから距離をとっておきさえすれば、彼女はレイヴンクローで一番寮点をかせぐ、成績優秀なホグウォーツ期待の星、ハーマイオニー・グレンジャーでいられた。 〈死ななかった男の子〉ほどではないにしろ、()()()()()()()()有名になれたはずだ。

 

それがいまは、〈死ななかった男の子〉に学業面の競争相手がいる、ちなみにその子の名前はハーマイオニー・グレンジャー、ということになってしまった。

 

そればかりか、デートもやってしまった。

 

ハリーとの〈恋愛(ロマンス)〉というアイデアは最初は魅力的に見えた。 そういう話は読んだおぼえがあるし、もし主人公(ヒロイン)の恋人候補になるだれかがホグウォーツにいるとすれば、ハリー・ポッターしかない。 あたまがよくて、おもしろくて、有名で、ときどきこわくて……

 

だから無理やりハリーをデートに連れだしたのだ。

 

すると、こちらが()()恋人候補ということになってしまった。

 

へたをすれば、夕食のメニューの選択肢のひとつ、程度かもしれない。

 

この朝、シャワー室にいて蛇口をひねろうとした瞬間に聞こえたのが、外でくすくす笑うモラグとパドマの声だった。 マグル生まれのあの子だとジニヴラ・ウィーズリーに競り負けるんじゃないか、と言ったのがモラグ。ハリー・ポッターなら()()もらっちゃうかもしれない、と言ったのがパドマ。

 

夕食のメニューの選択肢があるのは女の子のほうであって、男の子は選ばれるために競争する立ち場なのだということを、あの二人は理解できないらしい。

 

でもほんとうに耐えかねたのはむしろ、マクゴナガル先生の試験で九十八点をとったときのことだった。 ハーマイオニー・グレンジャーが最高点だということは注目されなかった。ハリー・ポッターが競争相手に七点出しぬかれた、ということが注目されたのである。

 

〈死ななかった男の子〉にちかづきすぎた者は、彼の物語の一部になってしまう。

 

そして自分の物語がなくなる。

 

競争から手を引いてしまえばいいのではないかとも思ったが、それではあまりに情けない。

 

ただ、ハリーのライヴァルになったことによってうっかり手ばなしてしまったなにかを、取りもどしたいのはたしかだ。 ハリー・ポッターのおまけとしてではなく、一人の人間として見てもらいたい。そんなに無理な注文ではないだろう?

 

この罠は、一度はまってしまうとなかなか抜けだすことができない。 どれほどいい成績をとっても、夕食時に特別に表彰してもらえるほどのことをしても、またハリー・ポッターに張りあおうとして、と言われるのがオチだ。

 

けれど、そこから抜けだす道がみつかったように思えた。

 

またハリー・ポッターへの対抗心で、と言われないようなことができる気がした。

 

簡単ではない。

 

自分は性格的にむいてない。

 

とても邪悪な相手と対峙することにもなる。

 

()()()邪悪な相手に助けをもとめることにもなる。

 

そう思いながらハーマイオニーは片手をあげて、おそろしいドアをノックしかけた。

 

ためらいがあった。

 

ここまできてバカらしいと思いなおして、手をもっと上にかかげる。

 

もう一度、ノックしようとしてみる。

 

手はドアをかすめもしなかった。

 

だがなぜか、ドアがばたんとあいた。

 

「おやおや……」と巣で待ちかまえるクモが言う。「クィレル点一点がそれほど惜しいのかね、ミス・グレンジャー?」

 

ハーマイオニーは片手をあげた姿勢のまま、ほおをピンク色にした。言われてみれば、そうだったのだ。

 

「ではひとつ寛大なはからいとして、」と邪悪なクィレル先生が言う。「その一点はもうなくなったことにしてあげよう。 きみを苦渋の選択から解放してあげたのだが。 感謝の一言もないのか?」

 

「クィレル先生……」 声がすこしだけ震えた。「わたしにはクィレル点がたくさんありますよね?」

 

「ある。たったいま一点減ってしまったがね。 なんとおそろしい。 わたしがきみの来室理由を気にいらなかっただけで、さらに五十点消えてしまうとは。 一点ずつ、減らしていってあげようか。一点……ほらまた一点……」

 

ハーマイオニーのほおがいっそう赤くなった。 「ほんとに邪悪な人ですね。そう言われたことはありませんか?」

 

「ミス・グレンジャー。」 クィレル先生は深刻そうに言う。「ひとを分不相応なまでにほめるのはときに危険だ。 相手は照れて申し訳なく思って、なんとかその賞賛に見あうお返しをしたいと思ってしまうかもしれない。 さて、きみの話というのを聞かせてもらおうではないか。」

 

◆ ◆ ◆

 

木曜日の昼食後、ハーマイオニーとハリーは図書館のかたすみを隠れ家として、くつろいでいた。会話するときのために〈音消(クワイエタス)〉の障壁もはってある。 ハリーはうつぶせに寝ころがって、地面にひじをついて、手にあたまをのせ、足をぶらつかせている。 ハーマイオニーはやけに大きなふかふかの椅子に沈みこんで、飴菓子の核のような格好になっていた。

 

図書館にある本全冊の()()()()()()を二人で読んで、二巡目にハーマイオニーが目次をぜんぶ読む、というのがハリーの提案だった。

 

とてもいい案だとハーマイオニーは思った。図書館をそういう風に使うのははじめてだ。

 

残念ながら、この計画にはちょっとした穴があった。

 

二人がレイヴンクローだという点だ。

 

ハーマイオニーは『魔法記憶術』という本を読んでいる。

 

ハリーは『魔法使いのための懐疑論』という本を読んでいる。

 

どちらもこの一冊だけは例外にしよう、と思っている。本のタイトルだけを読んでいくというのが自分たちに不可能であるとは気づいていない。

 

隠れ家の静寂をやぶる声があった。

 

「そんな」と突然大声で、口からこぼれさせるようにしてハリーが言った。

 

またしばらく静寂がつづいた。

 

「まさか」とまたおなじ声でハリーが言った。

 

それからハリーはくすくす笑いを我慢できなくなったようだった。

 

ハーマイオニーは自分の本から目をはなした。

 

「それで、なにがあったの?」

 

「ウィーズリー家に一家のネズミのことを聞いてはいけない理由がわかったんだ。 残酷な話だし、こうやって笑っちゃうのは最低なんだけど。」

 

「最低だと思う。」とハーマイオニーはすまして言う。「だから教えて。」

 

「わかった。まずは背景から。 この本のなかのある章には、シリウス・ブラックに関する陰謀論のことがいろいろ書かれている。 シリウス・ブラックのことはおぼえてるよね?」

 

「もちろん。」  シリウス・ブラックはジェイムズ・ポッターを裏切った元友人で、ヴォルデモートをポッター家の隠れ家へと手引きした人物だ。

 

「ブラックのアズカバン行きについては、いくつか()()()とされている点があるらしい。 まず彼は裁判を受けさせてもらえなかった。〈闇ばらい〉がブラックを逮捕したときの担当の大臣補佐官はコーネリアス・ファッジ、つまり現在の〈魔法省〉大臣だ。」

 

たしかにあやしそうな感じはしたので、ハーマイオニーはすなおにそう言った。

 

ハリーは床に伏せて本を見る姿勢のまま、肩をすくめる動作をした。 「あやしいことなんて、そこらじゅうにある。だから陰謀論者の手にかかれば、いつも()()()があったことになる。」

 

「でも、裁判なしなんて。」

 

「〈闇の王〉が倒されてすぐのことだから、」とハリーの声が真剣になった。「当時はなにもかもすごく混乱していた。〈闇ばらい〉に追いつめられたとき、ブラックは道ばたでくるぶしまで血まみれになって笑っていた。ピーター・ペティグルーという名前のぼくのお父さんの友だちと十二人の通行人とを彼が殺したのを、二十人の目撃者が証言した。 ブラックが裁判をうけなくてよかったとは言わないけれど、 魔法族だからねえ。たとえばジョン・F・ケネディ銃撃の真犯人は実はこの人だ、っていうような話と大差ないと思うよ。 とにかく、シリウス・ブラックはリー・ハーヴェイ・オズワルドの魔法界版なんだ。 ぼくの両親を()()()()()裏切ったという人物についての陰謀論はいろいろあって、なかでも一番人気がピーター・ペティグルー。そしてここから話がややこしくなっていく。」

 

ハーマイオニーは夢中になって聞いていた。 「でもそれがどうなってウィーズリー家のネズミに——」

 

「あわてないで。ちゃんと話すから。 ペティグルーは死んだあとで、〈光〉の陣営が送りこんだスパイだったということが明らかになった——二重スパイじゃなく、こっそり動きまわって情報をつかむスパイのほう。 彼は十代のころからそういうのが得意で、いろいろな秘密を知っていることで評判になっていた。 そこでこの陰謀論になるんだけど、ペティグルーはホグウォーツ時代から、小さな動物になってあちこちに忍びこんで盗み聞きをする、未登録の〈動物師(アニメイガス)〉だったというんだ。 問題は、優秀な〈動物師〉はめったにいないから、十代でそんなことができるとは考えにくいっていうこと。陰謀論は当然そこから、ぼくのお父さんとブラックも〈動物師〉だったという話になる。 その陰謀論によると、ペティグルー自身が十二人の通行人を殺して、小さな〈動物師〉の形態になって、逃げた。 マイケル・シャーマーが言うには、この説には問題点が四つある。 一つ目は、ぼくの両親以外に二人の家の結界のことを知っていたのはブラックしかいないということ」(この部分を言うときのハリーの声はすこしかたかった。)「二つ目は、もともとペティグルーよりブラックのほうが疑わしいこと。ブラックはホグウォーツ時代に生徒を殺そうとしたことがあるという噂があるし、ブラック家はたちが悪いことで有名な純血の家系で、いとこにはベラトリクス・ブラックさえいる。 三つ目に、頭脳はともかく魔法戦士としてはブラックはペティグルーより二十倍強かった。二人の決闘はクィレル先生とスプラウト先生の決闘みたいなものだっただろう。 ペティグルーは多分杖をぬく間もなくやられただろうし、陰謀論を成立させるのに必要な証拠を偽造するなんて無理がありすぎる。 四つ目に、ブラックは道ばたで()()()立っていた。」

 

「でもネズミの話は——」とハーマイオニー。

 

「そうそう。うん、まあ、簡単にまとめると、ビル・ウィーズリーが宣言したんだ。弟パーシーの飼っているネズミこそ、ペティグルーの〈動物師(アニメイガス)〉形態だと——」

 

ハーマイオニーはぽかんと口をあけた。

 

「うん。〈邪悪〉なペティグルーがネズミになって敵方の一家に飼われて、こっそり悲しい人生をおくるなんて意外だよね。マルフォイ家にでもいくか、いっそ整形してカリブ海の国に高飛びでもするところだ。 とにかく、ビルはパーシーを気絶させて、ネズミをうばって、あちこちに緊急フクロウ通信を発信して——」

 

「そんな!」と口からこぼれさせるようにしてハーマイオニーが言った。

 

「——なぜかダンブルドアと〈魔法省〉大臣と〈闇ばらい〉局長が集結してくれて——」

 

「まさか!」

 

「もちろんみんな彼のことを狂人あつかいしたけど、念のためにそのネズミに〈偽装曝露(ヴェリタス・オキュラム)〉をかけることはした。それでなにが出てきたと思う?」

 

もう限界。「ネズミ。」

 

「大あたり! それでビル・ウィーズリーは聖マンゴ病院に連れこまれて、よくある一時的な精神分裂の症状だとわかった。ある種の人は、ぼくらでいう大学生くらいの年代に特にこうなりやすい。 ビル・ウィーズリーは自分が九十七歳で死んでから駅をとおって時間をさかのぼって、若い自分になったんだと思いこんでいた。 抗精神病薬がよくきいたおかげで、いまは全快して通常の生活にもどっている。でも、シリウス・ブラック陰謀論のことはみんな話さなくなったし、ウィーズリー家相手にあのネズミの話は禁句になった。」

 

ハーマイオニーはくすくす笑いを我慢できなくなった。 残酷な話だし、こうやって笑っちゃうのは最低なんだけど。

 

「ただわからないのは、」と二人の笑いが一段落してからハリーが言う。「ブラックが()()ペティグルーを追いつめたのか。さっさと逃げればよかったのに。 〈闇ばらい〉の追手がいることは知っていただろうから。 ブラックをアズカバンに送るまえに、その理由を自白させることはできたんだろうか? こうなるから、全面的に有罪と思われる相手であっても、法律にのっとって裁判にかけるしくみがあるんだ。」

 

ハーマイオニーとしても同意せざるをえない。

 

すこししてハリーがその本を読み終えたとき、ハーマイオニーはまだ半分だった——こちらのほうがずっとむずかしい本だったのだが、それでも恥ずかしかった。 やがて彼女も『魔法記憶術』を書棚にもどして、自分を引きずっていかねばならないときがきた。彼女がもっともおそれる科目、ホウキのりの時間だ。

 

ハリーは自分のつぎの授業まで一時間半あるにもかかわらず、付き添ってきてくれた。あわれなプロペラ機が埋葬されにいくのを同伴して見送る戦闘機のように。

 

ハリーが同情的な声で別れのあいさつをするのをきいてから、彼女は〈破滅〉の運動場へ歩いていった。

 

それから悲鳴があって、墜落同然の瞬間があって、死と紙一重の瞬間があって、地面がどこかにいってしまって、太陽が目にとびこんできて、モラグはとなりにぴったりつけて飛んでいて、マンディは彼女が落ちたとき受けとめられるように()()()()()近くで待ちかまえていたという話を繰り返していた。ハーマイオニーは二人がみんなに笑われているのに気づいていたが、死にたくないのでマンディには言わなかった。

 

一千万年たって授業が終わり、つぎの木曜日まで、なつかしい地面にもどることを許された。 ハーマイオニーはときどき、毎日が木曜日になる悪夢を見ることがある。

 

大人になればみな〈現出(アパレイト)〉か〈煙送(フルー)〉かポートキーかですませるのに、なぜこれを教わらなければならないのか。どうしても理解できない謎だ。 ホウキにのる必要がある大人なんかいないのに。体育でなぜかドッジボールをやらされるのと似ている。

 

ハリーはこれが得意だが、得意であることを恥じるだけの良識をもってくれてはいる。

 

◆ ◆ ◆

 

数時間後、ハッフルパフの自習室で彼女はハンナ、リアン、スーザン、ミーガンと同席した。 教師にしてはひかえめなフリトウィック先生が、この四人が〈操作魔法術(チャームズ)〉の宿題をするから、もしできたら手つだってあげてくれないかと頼んできたのだ。四人はレイヴンクロー生ではないのに。ハーマイオニーはお願いされたことが誇らしくて爆発しそうになった。

 

ハーマイオニーは羊皮紙を一枚とりだし、そのうえにインクをすこし垂らして、四つにちぎり、まるめ、テーブルのうえに投げた。

 

自分ならまるめただけでもいけるかもしれないが、これくらいゴミらしくしておけば、〈廃棄の魔法〉をはじめて練習する人にもやりやすい。

 

ハーマイオニーは目と耳をとぎすませて、言った。「じゃあ、やってみて。」

 

「エヴェルト」

 

「エヴェルト」

 

「エヴェルト」

 

「エヴェルト」

 

問題点がいまいちはっきりしない。 「もう一回やってみてくれない?」

 

一時間後、ハーマイオニーの結論はこうだった。(一)リアンとミーガンは雑な面があるが、頼めばしっかり練習してくれる。(二)ハンナとスーザンは集中力と意気込みがありすぎるから、あわてず楽にして、試すばかりでなく、まずやりかたを考えるように、と何度も言ってあげる必要がある——この二人がもうすぐ()()()()()になると思うと変な感じがする。(三)ハッフルパフ生の手つだいをするのは楽しい。自習室全体がとてもいい雰囲気だった。

 

夕食にいくためにその部屋をでると、〈死ななかった男の子〉が読書をして待っていた。彼女を迎えにきていたのだ。そこまでしてくれたことがうれしくはあったが、ハリーにはほかに話し相手が一人もいないのではないか、とすこし心配にもなる。

 

「ハッフルパフに〈変化師〉(メタモルフメイガス)の女子がいるって知ってた?」とハーマイオニーは大広間にいく途中で言った。「ふだんは髪の毛を真っ赤にして——ウィーズリーの赤髪じゃなくて赤信号なみの赤で——、お茶をからだにこぼすと黒髪の男の子になって、落ちつくまでもとにもどれないんだって。」

 

「へえ、そうなんだ。」 ハリーの声はすこしうわのそらだった。「あの、ハーマイオニー。いちおう確認だけど、クィレル先生の模擬戦に参加するための申し込みは、あしたが締め切りだよ。」

 

「うん。邪悪なクィレル先生の模擬戦ね。」 彼女はすこし怒った声をしているが、それがなぜなのかをハリーは知らない。

 

「ハーマイオニー……」と言うハリーの声はいらだっている。「クィレル先生は邪悪じゃないよ。 ちょっと〈(ダーク)〉ですごくスリザリン的だけど、邪悪というのとはまた別。」

 

ハリー・ポッターはいちいちややこしい表現をしすぎる。そこが彼の悪いところだ。 宇宙を〈善〉と〈悪〉にわけてしまえば、それですむのに。 「クィレル先生はわたしを呼びだして、クラス全員のまえで()()()()()()と言った!」

 

「あれはただしかった。」とハリーはまじめに言う。「悪いけど、そうなんだ。きみは()()()うてばよかった。ぼくならうたれても気にしなかった。 ほんものの敵を相手にほんものの呪文をつかわないかぎり〈戦闘魔術〉は学べない。 きみだって、いまは練習試合をふつうにやってるだろう?」

 

ハーマイオニーはまだ十二歳だ。だからその答えはわかっているものの、ことばにすることができない。ハリーを納得させるような言いかたが見つからない。

 

クィレル先生は女の子を一人えらんで、その子をみんなのまえに呼びだして、同級生のだれかを理由なく攻撃しろと命令した。

 

まなぶべきことが彼女にあったという点でクィレル先生がただしかろうが、関係ない。

 

マクゴガナル先生ならそんなことはしない。

 

フリトウィック先生ならそんなことはしない。

 

スネイプ先生でもしないかもしれない。

 

クィレル先生は邪悪だ。

 

だが、適切な言いかたが思いつかない。ハリーはぜったいに信じないだろう。

 

「ハーマイオニー。ほかの上級生から聞いてきたんだけど、これからの七年間をぜんぶあわせても、有能な〈防衛術〉教師が来るのは今年のクィレル先生だけかもしれない。 ほかのことはあとで勉強してもいい。 でも〈防衛術〉を勉強したいなら、今年やるしかない。 課外活動を申しこんだ生徒が学ぶ内容はすごい量になる。〈魔法省〉が一年生に期待するよりはるかに多い——〈守護霊(パトローナス)魔法(チャーム)〉が授業にでてくるって知ってた? ()()にだよ?」

 

「〈守護霊(パトローナス)の魔法〉?」 ハーマイオニーはおどろいて声をうわずらせた。

 

本によれば、〈守護霊〉は〈闇〉の生物に対抗するための強力な光の魔法のひとつで、純粋な正の感情を使うという。 クィレル先生が教えようとするようなものには思えない——いや、クィレル先生本人に使えるとは思えないから、別の人に教えさせるのだとしても、やはり似合わない。

 

「そう。〈守護霊の魔法〉をならうのは、ふつうなら五年生かもっとあとだからね! でもクィレル先生は、〈魔法省〉が決めたスケジュールはフロバーワームのたわごとで、〈守護霊の魔法〉を使えるかどうかは魔法力の強さよりも感情によって決まるって言ってる。 クィレル先生によると、生徒のほとんどはもっといろいろなことをやれる能力がある。今年の授業でそれを証明してやるんだって。」

 

クィレル先生の話をするときのハリーは、いつもこうやって崇拝する口調になる。ハーマイオニーは歯ぎしりをして歩きつづけた。

 

「わたしはもう申しこんだ。」とハーマイオニーは小さな声で言う。「けさ、申しこんだ。あなたが言ったとおりのことを考えて。」

 

毒をくらわば皿まで、とでも言うか。

 

それに、彼女は()()()つもりはない。そして勝つためには学ぶ必要がある。

 

「じゃあきみも模擬戦の隊にはいるんだ?」 ハリーは急に熱心な声で言う。 「よかった! うちの隊の兵士のリストはもう作ったんだけど、一人分の追加か交換(トレード)くらいはクィレル先生も許してくれると思う——」

 

「あなたの隊には、いきませんから。」 彼からすればそう仮定するのも無理はない。それでもいらっときた。

 

ハリーは目をしばたたかせた。「ドラコ・マルフォイの隊でもないだろう、きっと。 じゃあ第三の隊? 司令官がだれかも分からないのに?」  ハリーはすこしおどろいて傷ついた声をしている。彼女としてもそれを責めることはできないが、もちろん責める。すべては彼の責任なのだから。 「なんでぼくの隊じゃだめなの?」

 

「考えてみれば分かるんじゃない!」

 

そう言ってハーマイオニーは足ばやに去り、唖然とするハリーをあとにした。

 

◆ ◆ ◆

 

「クィレル先生、」  ドラコは自分の一番正式な口調で言った。 「ハーマイオニー・グレンジャーを三人目の司令官として任命したことについて異議があります。」

 

「ほう?」と言ってクィレル先生は椅子にゆったりと背をもたれさせた。「言ってみなさい、ミスター・マルフォイ。」

 

「グレンジャーは不適格です。」

 

クィレル先生は思案するようにほおを指でたたいた。 「もちろん、そのとおりだが。 異議はそれだけか?」

 

ハリー・ポッターが加勢する。「クィレル先生、ミス・グレンジャーはたしかに各科目でとびぬけた成績をみせていますし、先生の授業でも正々堂々とあれだけのクィレル点を獲得してもいます。ですが、彼女の性格は軍の指揮官にむいていません。」

 

ドラコはハリーがクィレル先生の居室に同行してきてくれてよかったと思った。 ハリーはあからさまなまでにクィレル先生のお気に入りの生徒だというのが第一の理由だが、それだけでなく、 ハリーは実はグレンジャーと仲がいいのではないか、という疑いもあった。もうずいぶんたつのに、ハリーはまだ行動を起こしていない……だが、これならだいぶいい感じだ。

 

「ミスター・ポッターに同感です。彼女を司令官にくわえてしまえば、模擬戦など成立しません。」

 

「手きびしいようですが、ぼくもミスター・マルフォイに賛成せざるをえません。 はっきり言って、ハーマイオニー・グレンジャーには生ブドウ一皿ほどの殺意しかありません。」

 

クィレル先生はおだやかに言う。「それも、わたし自身気づけなかったことではない。 どれもこれも、わたしにとって既知の情報だ。」

 

つぎはドラコがなにか言う番だが、会話の流れが急につまってしまった。 ここにくるまでのハリーとのブレインストーミングでの想定には、こんな回答はなかった。 指摘されたことはぜんぶ承知していると言いながら、明らかな間違いをおかそうとするのをやめない。そんな教師に対して、なにを言えばいいというのか。

 

沈黙がつづいた。

 

「これは謀略かなにかですか?」とハリーがゆっくりと言った。

 

「わたしがすることはすべて、謀略かなにかになるのか? 混沌そのものを目的として混沌をうみだしてはいけないのか?」

 

ドラコは窒息しかけた。

 

「〈戦闘魔術〉の授業ではやめてください。」とハリーはきっぱりと言う。「ほかの機会はともかく、あの授業では。」

 

クィレル先生はゆっくりと両眉をあげた。

 

ハリーは動揺せず見かえした。

 

ドラコは寒けを感じた。

 

「そうか。きみたちは二人とも、非常に単純な疑問を考えそこなったように見受けられる。 ミス・グレンジャーでなければ、だれを任命する?」

 

「ブレイズ・ザビニです。」とためらうことなくドラコが言った。

 

「ほかには?」とやけに愉快そうにクィレル先生が言った。

 

『アンソニー・ゴルドスタインとアーニー・マクミラン』という答えが思いうかんだが、ドラコの良識が発動して、どれほど迫力ある決闘ができようが泥血(マッドブラッド)とハッフルパフ生はありえないという判決をくだした。 そのかわりドラコはただこう言った。 「ザビニになにか問題がありますか?」

 

「そういうことか……」とハリー。

 

「どういうことですか。」とドラコが言う。「ザビニのどこに問題が?」

 

クィレル先生はドラコを見た。 「彼ではいくら努力しても、きみやミスター・ポッターについていくことができない。」

 

ドラコはショックで愕然とした。 「グレンジャーならついてこれるとでも——」

 

「これは賭けなんだ。」とハリーがしずかに言う。 「うまくいく保証はないし、たいして高い可能性でもない。 多分彼女は善戦することすらできないだろうし、できたとしても、そこまでいくのに何カ月もかかる。 でもこの学年できみやぼくを負かすほど成長する可能性があるのは、彼女だけだ。」

 

ドラコの両手がびくりとしたが、こぶしをかためはしなかった。 一度は支持する出かたをしてから撤回するというのは、古典的な弱体化戦術だ。いまハリー・ポッターはグレンジャーの味方をしている。ということはつまり——

 

「ですがクィレル先生、」とハリーはつづける。「ハーマイオニーが隊の司令官になれば()()()なことになってしまうんじゃないでしょうか。 彼女の友だちとして心配です。 ドラコとぼくにとってはいい試合になったとしても、彼女にそれをやらせるのは酷ですよ!」

 

——いや、なんでもない。

 

「きみのハーマイオニー・グレンジャーに対する友情、見あげたものだ。」と乾いた声でクィレルが言う。「とりわけ、同時にドラコ・マルフォイとも懇意にしているとあっては。なかなかできることではない。」

 

ハリーはすこし不安そうにした。ということは内面では、もっとずっと不安だということだ。ドラコはこころのなかで、ののしった。 もちろんハリーがクィレル先生をだませるはずがないだろう。

 

「だがミス・グレンジャーはきみの親切心を歓迎しないと思う。 ああしてみずから名のりでたのだから。あれはわたしが持ちかけたのではないよ。」

 

ハリーは口をつぐんだ。 そして視線をちらりとドラコにむけた。『がんばったんだけど、ごめん』という謝罪と、『このへんで切り上げたほうがいい』という警告とを同時に言っている視線だった。

 

「みじめかどうかについては、」とつづけて、クィレル先生はくちびるのはしに笑みをうかべた。「彼女はきみたちが想像するよりはずっとたやすく、司令官の激務をこなすだろうと思う。善戦するようになるのも、ずっと早いと思う。」

 

ハリーもドラコもぞっとして息をのんだ。

 

「彼女に()()する気じゃないでしょうね?」とドラコは本気であっけにとられて言った。

 

()()()たたかうことになるなんて聞いてません!」とハリー。

 

クィレル先生のくちびるのはしにうかんでいた笑みが広がっていく。 「はっきりさせておくと、ミス・グレンジャーの緒戦に関して、わたしがいくつか提案を申しでたのはたしかだ。」

 

()()()()()()()」とハリー。

 

「いや、心配は無用。ことわられたよ。そうなるだろうと思ってはいた。」

 

ドラコはきつい目をした。

 

「困ったものだ、ミスター・ポッター。ひとを凝視するのは失礼だと言われたことはないか?」

 

「ほかのやりかたでこっそり助けるつもりはないでしょうね?」とハリー。

 

「わたしがそんなことをするように見えるか?」

 

「はい。」とドラコとハリーが同時に言った。

 

「信用してもらえていないようで悲しい。 では、きみたち二人が知らないやりかたでグレンジャー司令官を助けることはしないと約束する。 きみたちももう、自軍の準備にとりかかってはどうだね。十一月はすぐそこだ。」

 

◆ ◆ ◆

 

一連の情報の意味するところをドラコが理解したとき、二人がクィレル先生の居室をでてからかなり距離ができてていて、遠くでドアが閉じた。

 

ハリーはこのあいだ、『人づきあい』と言って見くびった。

 

いまはそれがドラコの唯一の希望だ。

 

気づかれないように、気づかれないように……

 

「グレンジャーのやつをまず攻撃して、邪魔させないようにしよう。あいつを片づけておけば、余計なことを考えずにぼくら二人の試合ができる。」

 

「それはちょっとフェアじゃないんじゃない?」とおだやかにハリーが言った。

 

「だからなんだ? 彼女はきみの競争相手だろ?」  ここで、ちょうどいいくらいの疑いを声にこめる。 「競争しているうちに、()()()好きになってきたなんて言わないでくれよ……」

 

「とんでもない。 なんて言ったらいいかな? ぼくはただ、自然な正義感があるだけだよ。 グレンジャーにもそれがある。 彼女は善と悪をとてもはっきりと区別しているし、多分悪のほうをさきに攻撃する。 『マルフォイ』という名前は攻撃してくれと言っているようなものだ。」

 

クソッ!

 

「ハリー、」と傷ついた声で、すこしだけ優越感をだして、ドラコは言う。「ぼくと()()()()たたかってみたくないのか?」

 

「つまり、グレンジャーにやられて兵力が減った状態のきみとたたかうんじゃなくて? さあ、どうかな。 勝つのに飽きたら、その『フェア』っていうのを試したくなるかもしれない。」

 

「彼女は()()()攻撃するかもしれないぞ。ライヴァルはきみなんだから。」とドラコ。

 

()()()()ライヴァルだよ。」と言ってハリーは邪悪な笑みをした。 「しっかり誕生日プレゼントもあげたしね。 友好的なライヴァル相手に、きみが言うような妨害はしないだろう。」

 

()()()とフェアなたたかいをするチャンスを妨害するっていうのか?」とドラコは怒って言う。 「きみは友だちだと思っていたのに!」

 

「こう言ったほうがいいんじゃないかな。グレンジャーは友好的なライヴァルを妨害しない。 でもそれは彼女に生ブドウ一皿ほどの殺意しかないからだ。 きみなら妨害する。完全にそういうタイプだから。 実は、ぼくもそういうタイプなんだ。」

 

クソッ!

 

◆ ◆ ◆

 

もしこれが芝居だったら、劇的な音楽がかかるような場面だ。

 

主人公(ヒーロー)は完璧にととのった白い金髪と、完璧な仕立ての緑色のふちのローブを着て、悪者(ヴィラン)に対面する。

 

悪者は、ほおのあたりにかかる乱れた巻き髪をした出っ歯の女。飾りけのない木製の椅子にもたれて、主人公とむかいあっている。

 

十月三十日、水曜日。初戦はこの日曜日にせまっている。

 

ドラコがいるのはグレンジャー司令官の居室だ。居室は小さめの教室くらいの広さがある。 (なぜこれほど広い居室が各司令官に必要なのかはよくわからない。 自分としては椅子と机がひとつあれば十分だ。 そもそも居室が必要な理由もよくわからない。兵士がドラコと連絡をとりたければ、連絡手段はほかにある。 もしかするとクィレル先生は、司令官の地位の象徴としてあえてこんな巨大な居室を用意したのだろうか。それなら大賛成だ。)

 

グレンジャーはこの部屋唯一の椅子に座っている。ドアがついている場所と向かいあう奥の位置だ。 二人のあいだには部屋の真ん中の大部分を占める細長いテーブルが一つあり、四隅に小さな円形のテーブルが四つちらばっているが、椅子は反対がわの奥のあれ一つしかない。 四方の壁のうち一面にだけ窓があり、そこから一縷の陽光がグレンジャーの髪のうえに光の王冠のようにかかっている。

 

ゆっくりと歩いていけたとしたら、いい感じだった。 だがテーブルが邪魔で、対角線にすすまねばならない。これでは威厳ある劇的な入場ができない。 そのためにわざと? ……父上がやったのであれば、まちがいなくそうだ。だがこれはグレンジャーだから、きっとちがう。

 

ドラコの席はない。いっぽう、グレンジャーは立ちあがらない。

 

ドラコは内心憤慨したが、表情にはださないようにした。

 

目のまえにまでいったところで、グレンジャーが口をひらいた。 「ミスター・ドラコ・マルフォイ。 あなたの求めに応じて、こうやって特別に謁見の機会を用意してあげました。 請願したいことというのは、なにかしら?」

 

おまえをマルフォイ邸に連れていってやろうか。父上とぼくで、おもしろい呪文をみせてやるぞ。

 

「きみの競争相手であるポッターが、ぼくに提案をよこした。」と言って、ドラコは真剣な表情に切りかえた。 「ぼくに負けるのはともかく、きみにやられるのは屈辱だと言うんだ。 だからぼくと手をくんで、最初の回だけじゃなく毎回、きみの隊を開戦直後に一掃したい、と。 もしくは、あいつが初手できみに全面攻撃をするから、そのあいだぼくにはきみの邪魔か嫌がらせをしてくれればいい、とも。」

 

「なるほど。」  グレンジャーはおどろいた様子で言う。 「それで、あなたはわたしと手をくんで彼に対抗したいと?」

 

「もちろん。」  ドラコはさらりと応じる。 「あんな作戦はきみに対してフェアじゃないからね。」

 

「あら、それはご親切に。 さっきはあんな態度でごめんなさい。 仲よくしましょうね。 ドラキーって呼んでもいい?」

 

ドラコのあたまのなかで警告のベルが鳴りはじめた。だが、真剣にああ言っている可能性もなくはないから……

 

「もちろん。そちらもハーミーでよければ。」

 

一瞬、彼女の表情がゆらぐのがはっきりと見えた気がした。

 

「とにかく。きみとぼくがいっしょにポッターを攻撃して始末してしまえばいいと思ってね。むこうの自業自得なんだから。」

 

「でもそれは、ミスター・ポッターに対してフェアじゃないんじゃない?」

 

「とてもフェアだと思う。むこうがきみに同じことをしようとしてきたんだから。」

 

グレンジャーはいかめしい表情をした。ハッフルパフ相手なら、おびえさせることができたかもしれないが、彼はマルフォイである。 「わたしがバカだと思っているんでしょう、ミスター・マルフォイ?」

 

ドラコは魅力的な笑みをした。 「そんなことはないよ。一応きいてみただけさ。 で、なにがほしいんだ?」

 

「わたしを()()する気?」

 

「そう。たとえば、ぼくがガリオン金貨を一枚そでの下にいれてあげるから、きみはこの一年、ぼくでなくポッターを標的にする、というのは?」

 

「おことわり。でも十ガリオン出すのなら、あなた一人を攻撃するんじゃなく、二人を平等に攻撃してあげてもいい。」

 

「十ガリオンは大金だな。」と用心しながらドラコは言った。

 

「マルフォイ家が貧乏というのは初耳だわ。」

 

ドラコはグレンジャーを見つめた。

 

なにか変な感覚がある。

 

いまの一言は、この女の子に似つかわしくない。

 

「まあ、無駄づかいしていては富はきずけないからね。」

 

「あなたは歯医者というもののことを知らないかもしれないけれど、わたしの両親は()()()なの。 十ガリオン以上でなければ、わたしにとっては時間の無駄。」

 

「三ガリオンで。」とドラコは言った。ほとんど、さぐりをいれるだけのために。

 

「おことわり。マルフォイともあろうものが、公平な試合がしたいのはやまやまだけど、そのために十ガリオンをはらうのは惜しい、とでも言うのかしら。」

 

ドラコは()()()変な感覚がしてきていた。

 

「ノーだ。」

 

「ノー? これは期間限定の提案(オファー)なの。 あなたはこれからまる一年、〈死ななかった男の子〉にみじめにやられてしまうリスクをとるっていうこと? マルフォイ家にとって、それはかなりの恥になるでしょうね?」

 

説得力があるし、ことわりにくい理屈ではある。だが、はめられているという直感があるのに金をだしてしまうようでは、金持ちにはなれない。

 

「やはりノーだ。」とドラコ。

 

「ではまた日曜日に。」とグレンジャー。

 

ドラコは身をひるがえし、無言で彼女の居室を去った。

 

どうもおかしい……

 

◆ ◆ ◆

 

「ハーマイオニー、」とハリーが辛抱づよく言う。「ぼくらはおたがいに罠をしかけることになってるんだよ。 仮にきみに裏切られたとしても、戦場のそとではぼくはなんとも思わない。」

 

ハーマイオニーはくびをふった。 「されたほうがかわいそうだから。」

 

ハリーはためいきをついた。「その調子じゃ、このさきやっていけないと思うよ。」

 

『かわいそうだから』。こんなせりふをほんとうに口にしてしまった。 それに対するハリーのこの反応を屈辱に思うべきなのだろうか。それとも、ふだんの自分はそこまでいい子ぶって見えてしまっているのだろうか。

 

そろそろ話題をかえよう。

 

「ところで、あしたはなにか特別なことをするの? あしたは——」

 

そこで急に気づいて、声がとぎれた。

 

「うん、なんの日?」とすこし緊張した声でハリーが言った。

 

◆ ◆ ◆

 

幕間:

 

その昔、ブリテン魔法界で十月三十一日はハロウィンと呼ばれていた。

 

いまは〈ハリー・ポッターの日〉と呼ばれている。

 

ハリーはいろいろな招待をことわった。なかでもファッジ大臣からの招待は、将来の政治的利益を考えれば歯をくいしばって受けるべきではあった。 だがハリーにとってこれからは、十月三十一日は〈闇の王に両親を殺された日〉になる。 どこかで厳粛な追悼式があってしかるべきだが、仮にあったとしても、ハリーは招待されていない。

 

ホグウォーツはお祝いのため一日休日になっている。 スリザリン生でさえ、寮のそとでは黒い服は着ていない。 特別な行事や食事が供されていて、だれかが廊下を走りまわっていても教師は目をつむる。 なにせ十周年だから。

 

ハリーはほかの人たちの(きょう)をそがないよう、一日トランクのなかに引きこもり、食事のかわりにスナックバーを食べ、悲しめの(ファンタジー要素のない)サイエンスフィクションを読み、ママとパパへの手紙をいつもよりもずっと長く書いた。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 




今回の非ハリポタ用語:「ハロウィン」
ハロウィンの原型とされるサウィン祭はケルト暦で夏の終わりの夜と冬の始まりの日。
もともとは夏の収穫の余剰を祭りでぱーっと消費する意味あいもあるとか(カボチャもその関係?)

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