ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

31 / 122
31章「集団行動(その2)」

◆ ◆ ◆

 

ハリーは司令官室のなかでいったりきたりしている。ほかにはなんの役にも立ちそうに思えないが、いったりきたりするにはぴったりの部屋だ。

 

なにをした?

 

なにをしたんだ?

 

ハーマイオニーが勝つなんて! 暴力とはほどとおい性格のハーマイオニーが、ほかの科目ぜんぶにくわえて、一度目の挑戦で完璧に軍を指揮できるなんて、不自然だ。いくらなんでもできすぎだ。

 

軍事史の本を読んであの戦術を知ったのか? でも問題はあの戦術ひとつだけじゃない。相手の退却を妨害する布陣のしかたも完璧だったし、兵士同士の連携のさせかただってハリーよりもドラコよりもうまかった……

 

クィレル先生が彼女をたすけないという約束をやぶったのか? タクティカス将軍の日記帳をわたしたとか?

 

なにか重要なことを見おとしている。見おとしているのだが、あたまのなかで堂々めぐりをしてしまい、それが何なのかわからない。

 

ハリーはあきらめてためいきをついた。 ぜんぜん分かる気がしない。それに、次回の戦闘までに〈破壊のドリルの呪文(ヘックス)〉をハーマイオニーかだれかから教わっておかなければならない——クィレル先生からは、愉快そうな裏できつく警告する声で、『わたしが提供するもの以外の魔法アイテムの使用は禁止』というのがルールであり、これは魔法がいっさい関係しないマグル技術にも適用する、と言われている。 それに、ミスター・ゴイルをやっつける方法も次回までに見つけておかないと……

 

司令官にとって模擬戦の勝敗は大量のクィレル点を左右する。クィレル先生のクリスマスの願いごとを勝ちとりたいなら、ハリーには一刻の猶予もない。

 

◆ ◆ ◆

 

スリザリン寮の自室でドラコは、机のまえにあるその壁が世界一興味深い平面とでもいうかのような様子で、からっぽの空間を見つめた。

 

なにをした?

 

なにをしたんだ?

 

ふりかえってみれば、ああいったずるい策は当然想定しておくべきだったが、グレンジャーはずるいタイプじゃなかったはずだ! ハッフルパフ的すぎて〈簡易打撃呪文〉も撃てなかったグレンジャーが! クィレル先生が約束をやぶって助言していたのか、それとも……

 

そこでドラコは自分がずっとまえにしておくべきだったことがあるのに気づいた。

 

グレンジャーに最初に面会しにいったあとでしておくべきだったこと。

 

それはハリー・ポッターに教えられ、訓練されたことでもあった。合理主義の方法は実生活にも適用されるということを脳が理解するのにしばらくかかると警告されてもいた。そしてたしかに、ドラコは今日まで理解していなかった。 ハリーに言われていたことを()()してさえいれば、どの失敗も回避できていた——

 

ドラコは声にだして言った。「いま自分は困惑しているのを自覚している。」

 

現実よりも虚構(フィクション)に困惑させられる度合いが大きいというのが、合理主義者の強みだということ……

 

自分は困惑している。

 

だから、自分が信じているなにかが虚構だということだ。

 

グレンジャーがあれだけのことをすべてできるはずがない。

 

だから、多分していない。

 

きみたち二人が知らないやりかたでグレンジャー司令官を助けることはしないと約束する。

 

ドラコはあることに気づいてぞっとし、書類をおしのけて、雑然とした机のうえをさがしてまわった。

 

そして目当てのものが見つかった。

 

三つの部隊に割り当てられた生徒と備品のリストのなかに、それはあった。

 

クソッ、クィレル先生め!

 

まえに読んではあったのに、それが目にはいっていなかった——

 

◆ ◆ ◆

 

午後の太陽の光が〈太陽部隊〉の執務室にふりそそぎ、黄金色のオーラのようになって、椅子に座るグレンジャー司令官をつつむ。

 

「マルフォイが気づくまでにどれくらいかかると思う?」とグレンジャー司令官が言う。

 

「長くはかからない。」とブレイズ・ザビニ連隊長が言う。「もう気づいたかもしれない。 ポッターはどれくらいかかるだろう?」

 

「いつまでも。マルフォイにおそわるか、兵士のだれかが気づいてくれないかぎり。 ハリー・ポッターはとにかく、そういう考えかたをしない。」とグレンジャー司令官。

 

「そうなんだ?」と言ってアーニー・マクミラン隊長が顔をあげる。部屋のすみのテーブルでロン・ウィーズリー隊長にチェスでやられているところだった。(当然ながら、マルフォイが去ったあとで椅子はぜんぶ元の位置にもどしてあった。) 「ああするのがあたりまえだと思ってたけど。 一人でぜんぶ考えようとする人なんている?」

 

「ハリー。」とハーマイオニーが言うのとちょうど同時にザビニが「マルフォイ。」と言った。

 

「マルフォイは自分が飛びぬけて優秀だと思っているから。」

 

「ハリーはほかの人のことを……そういう風に見ないタイプだから。」

 

ちょっと不幸ではある。 ハリーはひたすら孤独にそだった。 天才でない人間には存在する権利がない、というほどあからさまな考えかたをしているとまでは言わない。 ただ、ハーマイオニーの軍にはハーマイオニー以外にも知恵のある人がいるかもしれない、という発想がハリーにはないのだ。

 

「とにかく、ゴルドスタイン隊長とウィーズリー隊長のこれからの任務は、つぎの模擬戦にむけて戦略を考えること。 マクミラン隊長とスーザン——ごめんなさい、ボーンズ隊長——は、試すべき戦法とやっておくべき訓練をいくつか考えてみて。 あ、それと、ゴルドスタイン隊長のあの行進曲はおみごと。士気をもりあげるのに効果覿面(てきめん)だったと思う。」

 

「あなたはどうするの?」とスーザンが言う。「それとザビニ連隊長は?」

 

ハーマイオニーは椅子から立って、背のびをした。 「わたしはハリー・ポッターが考えそうなことを考えてみる。ザビニ連隊長はドラコ・マルフォイがしそうなことを考えてみて。なにか思いついたら、みんなとまた話しにくる。 考えるために散歩にいこうと思うんだけど、ザビニもいっしょにどう?」

 

「了解。」とザビニはかたくるしく言った。

 

命令のつもりではなかったのに。 ハーマイオニーは軽くためいきをした。 こういうことにはなかなか慣れそうにない。ザビニが今回だしてくれた案はたしかに有効だったが、クィレル先生の言う『正負の報奨の組み合わせ』だけで、ザビニというスリザリン生を十二月になるまで完全に手なづけたままにできるという自信もあまりない。十二月からは、兵士が裏切ってもいいことになるというし……。

 

クィレル先生のクリスマスの願いごとについても、まだなにも考えていない。 そのときになったら、なにかほしいものがあるか、マンディにきいてみるのがいいかもしれない。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。