ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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35章「協調問題(その3)」

◆ ◆ ◆

 

二人が防衛術教授の居室にはいると、クィレル先生はドアに封印をかけてから椅子に座り、口をひらいた。

 

その声はとても落ちついている。こうだとハリーは余計心配になる。どなられるほうがまだいい。

 

「きみがまだ子どもであるという事実を考慮して、わたしは結論を急がないように努力している。 わたし自身、その年ごろには相当の愚か者だった。 きみは大人のような話しかたで大人のゲームに闖入しようとする。わたしもたまに、きみが闖入者にすぎないことを忘れそうになる。 きみがそうやって子どもっぽく口をはさむことで、きみ自身の死だけではなく、この国の滅亡や、つぎの大戦での敗北をまねく結果になってはほしくないものだ。」

 

ハリーの呼吸がなかなか安定しない。 「クィレル先生、言いたりなかったことはいくらでもありますが、一つだけ。 あなたがさせようとしていることは、この百年のマグルの歴史をすこしでも知る人から見れば、ただごとではありません。 イタリアのファシストはかなりひどいことをしましたが、あの名前は束桿(ファスケス)という、木の棒をたばねたものから来ています。そこには団結は強さであるという意味が——」

 

「なるほど。ファシストという悪人どもが、分断よりも団結のほうが強いと考えたと。」  クィレル先生の声に、とげがはいりはじめた。 「ファシストは空が青いと信じたり、自分のあたまの上に石を落としてはならないという政策を推進したりもしたかもしれないな。」

 

愚者の反対のことをしても知者にはなれない。世界一愚かな人は太陽は明るいと言うかもしれないが、だからといって太陽が暗いことにはならない……。 「わかりました。たしかにいまのは、人格にうったえる論法でした。ファシストが言うことならすべてまちがい、とは言えない。 でもクィレル先生、国じゅうの全員が独裁者の〈紋章〉をつけるというのは無茶です! それじゃ単一障害点ができてしまいます! 分かりやすく言えば、たとえばその〈紋章〉をあやつる人物に敵が〈服従(インペリオ)〉をかけたら——」

 

「強い魔法使いは簡単に〈服従(インペリオ)〉にかからない。もし指導者にふさわしい人物がみつからなければ、いずれにしても破滅だ。 だが指導者にふさわしい人物は何人も存在する。問題は人民がその人物に追従するかどうかだ。」

 

ハリーはいらだちから髪の毛をかきみだした。 一度休憩時間ということにして、クィレル先生に『第三帝国の興亡』を読ませてから、話を再開したい。 「きっと、もしここで、民主制のほうが独裁制よりもいい政治形態だとぼくが言ったら——」

 

「なるほど。」と言ってクィレル先生は一度目をとじてから、あけた。 「ミスター・ポッター、きみはクィディッチに熱中せずに育ったから、クィディッチのくだらなさが分かると言う。 おなじように、選挙というものをまったく知らないままでこの国で()()()()()()()()()()だけを見たとしたら、おかしいと思うにちがいない。 選挙でえらばれた、われらが〈魔法省〉大臣を見るがいい。 この国で一番かしこく、強く、偉大なのがあの男か? いや、あれはルシウス・マルフォイのあやつり人形にすぎない。 投票の選択肢は事実上、コーネリアス・ファッジとタニア・リーチだけだった。二人の対決は一大決戦となってなかなかの見ものだったが、そうなったのは『予言者日報(デイリー・プロフェット)』があの二人以外を泡沫候補としたからだ。その『デイリー・プロフェット』もまた、ルシウス・マルフォイの手中にある。 コーネリアス・ファッジがこの国の指導者として最適な人物であるなどと、まじめな顔で言える者はいない。 わたしの知るかぎり、マグル世界でも状況はかわらない。 以前読んだマグルの新聞によれば、一代まえのアメリカ合衆国大統領は引退した映画俳優だったというではないか。 選挙がない世界で育ったとしたら、きみは選挙のことを、クィディッチ同様どう見てもくだらないものだと感じだはずだ。」

 

ハリーは口をぽかんとあけて座ったまま、どう言ったものか苦慮した。 「選挙は、最高の指導者を見つけるためにやるんじゃありません。 選挙の目的は、政治家が有権者をこわがるあまり、独裁者みたいにあからさまに邪悪なことはしないでおこう、と考えるようにしむけることで——」

 

「前回の大戦は、〈闇の王〉とダンブルドアのたたかいだった。 ダンブルドアは指導者として欠陥があったし、劣勢に追いこまれてもいた。だが、ダンブルドアにかわって戦えた〈魔法省〉大臣が、歴史上一人でもいたなどとは到底考えられない! 強さは強力な魔法使いとその支持者からこそ生まれるのであって、選挙と愚かな投票者からは生まれない。 直近のブリテン史がそのことを教えてくれる。 つぎの戦争が別のことを教えてくれるとも思いがたい。 まず、きみが生きのびられなければ話にならないし、そうやって子どもじみた幻想にこだわりつづけていては、生きのびられる見込みなどない!」

 

「あなたの推奨する方針にしたがえば危険はなにもないと言うのなら、」 そうしまいと思いながらも、ハリーの声にとげがはいった。 「それもまた、子どもじみたこだわりです。」

 

ハリーはけわしい表情でクィレル先生と目をあわせた。クィレル先生はまばたきひとつせず見かえした。

 

「そういった危険については、」とクィレル先生が冷ややかに言う。「話すのであれば、この居室のような場所がふさわしい。 コーネリアス・ファッジに投票するような愚か者は、ただし書きや副作用など眼中にない。 威勢のいい喝采以上に難解なことを大衆に聞かせても、だれひとりきみの味方にはならない。 子どもじみた失敗だと言っているのはこのことだ。ドラコ・マルフォイなら八歳の時点でもこんな失敗はしなかったはずだ。 なぜわからないのか。言いたいことがあるならその場では沈黙し、()()()()()()()()()()()()べきだった。気になったことがあるからといって、そのまま群衆に聞かせるべきではなかった!」

 

「ぼくはアルバス・ダンブルドアの仲間ではありませんが、」 ハリーはクィレル先生と同等の冷たさを声にこめた。 「あの人は子どもではない。アルバス・ダンブルドアは、ぼくの懸念は子どもじみているとか、あの場で口をはさむのがよくないことだとは、思っていないようでしたが。」

 

「ああ、つまりきみは、これからは総長を見習おうと言うのだな?」と言ってクィレル先生は机のむこうで立ちあがった。

 

◆ ◆ ◆

 

ブレイズがクィレル先生の居室に向かうかどを曲がると、壁にもたれるクィレル先生がそこにいた。

 

「ブレイズ・ザビニ。」と言って〈防衛術〉教授がまっすぐに立った。 目は顔にはめこまれた黒い石のように見え、おそろしげな声はブレイズの背すじを震えさせた。

 

この人から危害をくわえられるおそれはないんだ。そのことだけを考えろ——

 

「きみの雇用主の名前には十分あたりがついている。 だがきみ自身の口からも聞いておきたい。買収の値段も言いなさい。」

 

ブレイズはローブのしたで汗が出てきたのを感じた。ひたいにも水分がはっきりと浮きでている。 「おれはただ、司令官を三人ともだしぬいて自分の実力を証明するチャンスがめぐってきたから、やっただけですよ。 あれのせいでたくさんの人に憎まれはしたけれど、よくやったと言ってくれるスリザリン生もたくさんいる。 あなたはなにを根拠に——」

 

「あの作戦を考案したのはきみではないな。 だれの案なのか、言いなさい。」

 

ブレイズはごくりと唾をのんだ。 「ああ……いや、それなら……もうだれなのか分かってるんでしょ? あんなことを思いつく狂人はダンブルドア以外いるわけがない。 あなたがおれに手をだそうとしても、ダンブルドアが守ってくれることになっている。」

 

「なるほど。買収額を聞かせてもらおう。」 〈防衛術〉教授の視線はまだけわしい。

 

「キンバリーという、いとこなんだ。」と言ってブレイズはもう一度ごくりとしてから、声をととのえた。 「キンバリーは実在する。実際にいじめられている。 ポッターはバカじゃないから、たしかめにも来た。 ただ、いじめられたのは、この作戦のためにダンブルドアが後おししたからだ。ダンブルドア自身がそう言った。 ダンブルドアのために働けばキンバリーは解放される、でもポッターにつけばキンバリーはこれからもつらい目にあうかもしれないって、おどされたんだ!」

 

クィレル先生は長く口をひらかなかった。

 

「わかった。」  その声はかなりおだやかになった。 「ミスター・ザビニ、つぎにこのようなことがあれば、わたしに直接相談しなさい。 わたしなりに味方を守る方法はいろいろある。 では最後の質問だ。 きみが掌握した権限をもってしても、引き分けに持ちこむのは簡単ではなかったはずだ。 ダンブルドアは、引き分けが無理ならだれに勝たせろと言った?」

 

「〈太陽(サンシャイン)〉。」

 

クィレル先生はうなづき、「やはりか。」と言ってためいきをついた。 「きみが将来仕事についたときのために言っておくが、あのように手のこんだ謀略は実世界ではおすすめできない。 ああいったものは、たいてい失敗する。」

 

「その、おれも総長にそう言いました。総長は、だからこそ複数の謀略をきかせておくのが重要だ、と。」

 

クィレル先生はうんざりした様子で片手をひたいにあてた。 「あれと戦わせられて〈闇の王〉が発狂しなかったのが不思議だ。 きみはこれから総長と面会するのだろう。行きなさい。 この秘密はかならず守る。だがもし総長がどうにかしてわれわれが内通したと知った場合には、全力できみを守るというわたしの申し出を忘れるな。 以上。」

 

ブレイズはもう一度うながされるまでもなく、ふりむいて、すばやく去った。

 

◆ ◆ ◆

 

クィレル先生はしばらく待ってから言った。「もういいぞ、ミスター・ポッター。」

 

ハリーは〈不可視のマント〉をあたまからはがして、ポーチにいれた。 怒りのあまり、なかなかことばが出てこなかった。 「なんですかあれは? 総長が……?」

 

「あの程度のことは自力で推測してくれなくてはな、ミスター・ポッター。 焦点をはずす方法を学べば、木々ではなく森が見えてくる。 きみがどういうことをしたかだけを聞いて、きみが〈死ななかった男の子〉であるとは知らない人がいれば、きみのところに不可視のマントがあることは容易に推測できる。 個々のできごとから距離をおいて、詳細に目をつむれば、どういう風に見える? 生徒のあいだではげしい競争があって、その競争が完全な引き分けで終わった。 こんなことは作り話のなかでしか起きない。そして、なにもかも作り話として考える人物がこの学校に一人だけいる。 奇妙でややこしい謀略が使われた。言われるまでもなく、あのおさないスリザリン生らしからぬ謀略だときみは気づくべきだった。 この学校には巧妙な謀略にたけた人物が一名いるが、その名前はザビニではない。 わたしは四重スパイがいるという警告もしてやった。きみはザビニが三重スパイであることまでは知っていた。だから四重である可能性も高いと思うべきだった。 いや、だからといって、あの勝負を無効にはしないよ。 きみたちは三人ともテストに落第した。共通の敵に負けたのだ。」

 

テストがどうとかいうことはもはやどうでもいい。 「ダンブルドアはザビニを()()したんですか? いとこの身を守りたければ言うとおりにしろ、と言って? あの戦闘を引き分けにもちこむためだけに? なぜそんなことを?」

 

クィレル先生は陰気に笑った。 「きっと総長は、お気に入りの英雄(ヒーロー)が競争に熱中するのはいいことだから、そのままにしておきたい、とでも思ったのではないかな。 より大きな善のために、というやつだ。 それとも単に狂っているのか。 ダンブルドアの狂気が覆面であることはみな知っている。正気だが狂っているふりをしているだけだと。 たいていの人は、そこまで推理できたのに満足して、秘密が解明できたと思って、それ以上探ろうとしない。 覆面の下にまた覆面があるかもしれない、狂っているふりをしていながら正気のふりをしている狂人なのかもしれないとは思いもよらない。 悪いがわたしは急用があってすぐに外出する。だがこれだけははっきりと言っておく。戦争について見習う相手としてアルバス・ダンブルドアは到底おすすめできない。 では失礼する。」

 

〈防衛術〉教授は多少皮肉のこもった目礼をして、ザビニが走り去った方向に大股で立ち去った。ハリーはショックで口をぽかんとあけて、それを見送った。

 

◆ ◆ ◆

 

余波——ハリー・ポッター。

 

ハリーはとぼとぼとレイヴンクローの共同寝室(ドミトリー)へと向かう。壁も絵も生徒も目にはいらない。 階段をのぼり、部屋の入り口を通って一段おりるまで、速度をあげもさげもしない。なにを踏んだのかも意識していない。

 

クィレル先生がいなくなってから一分以上かかってやっと、ダンブルドアのしわざだという情報の出どころが二つだけであることに気づいた。(一)ブレイズ・ザビニ。あいつをまた信用するなんて、あたまが空っぽのバカでもやらない。(二)クィレル先生。クィレル先生ならダンブルドア流の謀略をでっちあげるのも簡単だろうし、生徒どうしがあらそうのが気にいっていそうでもある。 それに、一歩引いて詳細に目をつむれば、魔法世界のこの国を独裁制にせよと言ったりした人物でもある。

 

ただし別の可能性としては、ダンブルドアが実際にザビニをあやつっていたのかもしれない。クィレル先生は純粋に、なさけない前回の失敗をくりかえさないために、〈闇の紋章〉の意趣返しとしてあれを提案しただけかもしれない。 純粋に、ハリーが一人で〈闇の王〉と対決する羽目にならないようにしたいのかもしれない。ほかのみんなが前線に出ようとせず、こわがって身を隠して、ハリーに救われるのを待つだけ、ということにならないように。

 

だが本音を言えばハリーは……

 

実は……

 

そうだとしてもかまわない気がする。

 

そういうことをされるとヒーローは恨んだり怒ったりするものではある。

 

でも、なにが気にいらないんだ。ほぼ全員を()()()()()()()に、単独でないにしても数名の仲間だけを連れて、〈死ななかった男の子〉が〈闇の王〉をやっつける。それでいいじゃないか。 つぎの〈闇の王〉とのたたかいが〈第二次魔法界対戦〉にまでなって、国じゅうを巻きこんで大量の死者がでたとしたら、そうなった時点でもうハリーは失敗したことになる。

 

そのあとで魔法族とマグルの戦争が勃発したとしたら、どちらが勝つにしても、勃発を止められなかった時点でハリーの失敗だ。 それに、秘密はいずれやぶられる。そのときに、二つの世界が平和に統合できないともかぎらないだろう? (そこで、クィレル先生の乾いた声が聞こえる気がした。こんなことも説明されないとわからないのか、と言って長ながと話しはじめる……) 魔法族とマグルが平和に共存できないのなら、戦争になるまえに、魔法と科学をくみあわせて魔法族を全員火星に避難させる方法でもみつければいい。

 

というのは、もし殲滅をかけた戦争になったとしたら……

 

クィレル先生はそこに気づいていなかった。もっとも重要な質問をし忘れていた。

 

いくら熱心に〈光の紋章〉のやりかたを売りこまれても、〈闇の王〉に対抗するにあたってそれがどれだけ役立つ方法であっても、ハリーがその気になれない真の理由はなにか。

 

〈闇の王〉と〈紋章〉つきの部下五十人は、ブリテン魔法界全体に危機をもたらした。

 

ブリテン全体が強い指導者の〈紋章〉に服したとすれば、魔法世界全体に危機がやってくることになるかもしれない。

 

そして魔法世界全体がひとつの〈紋章〉に服したとすれば、ほかの人類全体にとっての危機になりうる。

 

魔法族の正確な世界人口はだれも知らない。 ハーマイオニーといっしょに推定してみたかぎりでは、およそ百万人から数百万人ではないかと思う。

 

でもマグルは六十億人だ。

 

最終決戦が避けられなくなったとしたら……

 

そのときハリーがどちらを守ろうとするかを、クィレル先生はたずねなかった。

 

一方の科学文明は星ぼしへとどくことを確信し、上をめざして広がりつづけている。

 

もう一方の魔法文明は、知識をうしなって衰退しつつあり、いまだに貴族が支配する社会で、マグルはほとんど人間あつかいされない。

 

考えるだけで悲しいことではあるが、ハリーの気持ちに迷いはない。

 

◆ ◆ ◆

 

余波——ブレイズ・ザビニ。

 

ブレイズは意識的にゆっくりと慎重に、廊下を歩いていく。落ちつこうとつとめてはいるものの、心臓の鼓動がはげしい——

 

「オホン。」と乾いた小さな声が、通りすぎたばかりの壁のくぼみ(アルコーヴ)の暗がりから聞こえた。

 

ブレイズはとびはねたが、悲鳴はださなかった。

 

ゆっくりとふりむく。

 

小さな暗がりのなかに、幅のひろい黒いマントがはためいていた。なかにいるのが男性か女性か分からないゆったりとした幅のマントで、その上につば広の黒い帽子がのっている。帽子の下には黒い霧が密集しているようで、そこにあるはずの顔は見えず、人なのかどうかすらわからない。

 

「報告を。」と〈帽子とマント〉がささやいた。

 

「あんたに言われたとおりに答えておいた。」 ブレイズの声はすこし落ちついていた。ここではうそを言う必要がない。 「クィレル先生の反応もあんたの予想どおりだった。」

 

つばの広い黒い帽子が一度かたむき、もとにもどった。その下にある頭部がうなづくような動きだった。 「よくやった。」と、だれのものともつかないささやき声が言う。「約束どおり、報酬はすでにお母さんにあててフクロウで送りだしておいた。」

 

ブレイズはためらったが、聞きたくてしかたがなかったので、質問した。 「ちょっと聞きたい。クィレル先生とダンブルドアのあいだにいさかいを起こそうとしているのはなぜだ?」  ブレイズの知るかぎり、グリフィンドールのあのいじめっこたちと総長はなんの関係もない。それに、ダンブルドアが提示してきたのは、キンバリーを助ける約束だけではなかった。ビンズ先生の〈魔法史学〉の宿題に白紙をだしても、一応出席して形式上提出してさえいれば、高得点をつけてもらえるようにしてくれるという話まであった。 実のところ、ブレイズは司令官三人を裏切ることができるなら報酬などいらなかったし、いとこのことも気にしていなかった。わざわざ自分からそれを明かす意味もなかったが。

 

つばの広い黒い帽子が、怪訝そうにこちらを見るような姿勢で、横にかたむいた。 「ブレイズくん。つぎつぎと裏切りをかさねる人間にはだいたい、あわれな末路が待っている、と思ったりしなかったか?」

 

「いいや。」と言ってブレイズは帽子の下の黒い霧をまっすぐに見た。「ホグウォーツにいるあいだ、生徒はけっして()()()()()()あわない、ということは周知の事実だから。」

 

〈帽子とマント〉はささやき声で笑った。 「そうだね。たったひとつの例外が五十年まえに生徒が殺された事件だったのを考えれば、その法則はたしかに成立している。 サラザール・スリザリンなら、あの怪物を封印するとき、総長ですら手がだせないほど高度な古い結界を使っていたことだろう。」

 

黒い霧をじっと見ながら、ブレイズはすこし不安になってきた。 だが、ホグウォーツ教師以外のだれかが彼に手をだせば、警報が作動してくれるはずだ。 そんなことをしそうな教師はクィレルとスネイプだけだ。これがクィレルだったら、自分自身をだますことになって意味がわからないし、スネイプだとしても、自分の寮のスリザリン生を傷つけるようなことはしないだろう……きっと?

 

「いいや、ブレイズくん。わたしはただ、大人になってからこんなことはしないように、と言ってあげたかっただけだ。 そう何度も裏切りをかさねる人は、いずれ一度は復讐をくらうことになる。」

 

「おれの母親はちがうね。」とブレイズは誇りをこめて言う。 「結婚した相手は七人。どのときの夫もそれぞれ不可解な死にかたをして、莫大な財産を残してくれた。」

 

「ほう? 最初の六人の末路を知られていながら、どうやって七人目と結婚にこぎつけた?」

 

「きいてはみたよ。そしたら、それを教えるにはまだ若すぎるって言うから、いつになったら教えてくれるのかきいたら、おれがママより年上になったら、だってさ。」

 

ささやき声がまた笑った。 「では、おめでとうと言っておこう、ブレイズくん。これでお母さんの立派なあとつぎになれそうだね。 去りなさい。きみが口を割らないかぎり、われわれは二度と会うことはない。」

 

ブレイズはおそるおそる、あとずさりした。背中をむけるのはなぜか気がすすまなかった。

 

帽子がかたむく。 「おやおや、どうしたのかな。 きみもハリー・ポッターやドラコ・マルフォイと対等のつもりなら、いまのはアルバスへ告げ口されるのをふせぐためだけのおどしだと気づいてくれないと。 実際危害をくわえるつもりがあれば、わたしはほのめかしたりなどしない。 むしろ、不安になっておくべきなのは、わたしがなにも言わない場合だ。」

 

ブレイズは侮辱されてすこし不服ではあったが、姿勢をまっすぐになおし、〈帽子とマント〉に目礼した。 そしてきっぱりと身をひるがえし、面会の約束をしている総長のところへ向かった。

 

ブレイズは最後の最後まで、まただれかがあらわれて、〈帽子とマント〉から寝返えらないかと誘ってくるのでは、と思っていた。

 

でも、ママでさえ七人の夫を()()()裏切りはしなかった。そう思ってみると、もうママより上をいけたのではないか。

 

そしてブレイズ・ザビニは五重スパイをしている自分に満足を感じながら、総長室へむかう——

 

少年は一瞬つまづき、どこか感覚が混乱したような感じがした。だが、すぐに立ちなおり、混乱をふりはらった。

 

そしてブレイズ・ザビニは四重スパイをしている自分に満足を感じながら、総長室へむかう——

 

◆ ◆ ◆

 

余波——ハーマイオニー・グレンジャー。

 

その使者は、ハーマイオニーが一人になったのを見はからって、やってきた。

 

ハーマイオニーがちょうど考えごとを終えて女子トイレをでたところで、かがやくネコがどこからともなく飛びでてきて、「ミス・グレンジャー?」と言った。

 

ヒッと悲鳴をあげてしまってから、聞こえた声がマクゴナガル先生の声であることに気づいた。

 

といっても、こわくはなかった。おどろいただけだ。 ネコは明るく、美しくかがやき、銀白色の月の色をした陽光につつまれているかのようだ。 これに恐怖を感じるなどほとんど考えられない。

 

「どなた?」とハーマイオニー。

 

「マクゴナガル教授からの伝言です。」 やはりマクゴナガル先生の声で、ネコが言う。 「わたしの居室にきてもらえますか? ただしこのことは内密に。」

 

「はい、すぐに。」とおどろいたままハーマイオニーが言うと、ネコが一飛びして消えた。 いや、消えたのではなく、なんらかの方法で移動したのだ。すくなくとも、あたまのなかではそういう判断ができた。目では消えたようにしか見えなかったが。

 

ハーマイオニーは大好きな先生の居室につくまでに、あたまのなかでありとあらゆる方向に想像をめぐらせていた。 自分の〈転成術〉の成績がよくなかったとか? でもそれなら、どうして内密にしてほしいなんて? 多分、ハリーとのあの、部分〈転成術〉の実験に関することではないだろうか……

 

マクゴナガル先生の表情はかたくなく、心配そうだった。ハーマイオニーは机のまえの椅子に腰かける——同時に、マクゴナガル先生のいろいろな手持ちの仕事がつまった整理棚のほうに目をむけないようにつとめる。大人たちが学校の運営のためにどういった仕事をしているのか、ということは、いつも気になっていた。それに、なにか手つだわせてもらえたりしないか、ということも……

 

「ミス・グレンジャー。まず言っておきますが、あなたのあの願いごとが総長に依頼されてのことだったのは、もう分かっています——」

 

「総長から聞いたんですか?」 ハーマイオニーはおどろいて、そう口にした。 総長は、ほかのだれにも知らせない秘密だと言っていたのに!

 

マクゴナガル先生はすこし止まって、ハーマイオニーのほうを見て、さびしげにくすりとした。 「ほっとしました。まだそこまでミスター・ポッターに毒されてはいないようですね。 ミス・グレンジャー、わたしが分かっていると言っただけで、自白してしまうようではいけません。 実は総長からはまだ、なにも聞いていません。あのかたならそういうことをしていても不思議ではないと思ったまでです。」

 

ハーマイオニーはむっとして顔を赤くした。

 

「それでいいのです!」とマクゴナガル先生はあわててつけくわえた。 「あなたはレイヴンクローの一年生です。だれもあなたにスリザリンになれとは言いません。」

 

ぐさりとくる一言だった。

 

「そうですか。」 すこしとげのある言いかたになる。「それなら、ハリー・ポッターにスリザリンのやりかたを教わってきます。」

 

「そういう風に受けとってもらっては……」と言いかけてマクゴナガル先生は口をつぐんだ。 「ミス・グレンジャー、レイヴンクローの女の子はスリザリンになるべきではありません。だからこそ、今回の一件が心配だったのです! 総長になにかをやれと言われても、気がすすまなければ、引き受ける必要はまったくありません。 重圧でやらされそうになったときは、わたしを同席させて話したい、と言ってかまいません。こたえるまえにわたしに相談したい、と言ってもかまいません。」

 

ハーマイオニーは目をまるくした。 「総長もまちがったことをするんですか?」

 

マクゴナガル先生はそれを聞いてすこしさびしそうにした。 「わざとではありません……ただ、総長は、ものごとが子どもの立ち場からどう見えるのかを忘れてしまうことがあるようです。 本人は子どものころも、優秀で強い精神力と、グリフィンドール三人分の勇気がある子どもだったのでしょう。 そのせいか、子どもたちに期待しすぎたり、生徒の安全をおろそかにしてしまうことがあるようです。 立派なかたですが、いきすぎた謀略をすることもあります。」

 

「でも生徒が強くなって、勇気をもてることはいいことでしょう。」とハーマイオニーは言う。「先生がわたしにグリフィンドールをすすめたのも、だからだったんじゃありませんか?」

 

マクゴナガル先生は苦笑した。 「ついあなたをうちの寮に引きいれたくなってしまったのは、わたしのわがままだったかもしれません。 〈組わけ帽子〉は実際あなたに——いえ、たずねるべきではありませんでしたね。」

 

「わたしはスリザリン以外ならどの寮にでもいける、と言われました。」  ハーマイオニーはあのとき、なにが不足でスリザリンにいれてもらえないのかと聞こうとしてしまったが、なんとか思いとどまった…… 「だから勇気ならわたしもあるんです!」

 

マクゴナガル先生は机に身をのりだした。心配そうな表情をあらわにしている。 「ミス・グレンジャー。勇気は問題にしていません。 問題は、あなたのような女の子のためになることかどうかです。 総長は自分の謀略にあなたを巻きこむ。ハリー・ポッターはあなたに秘密を教えて守らせる。今度はドラコ・マルフォイがあなたと同盟しようとしている! わたしはお母さまに約束したのです。ホグウォーツではお嬢さんを危険な目にあわせないと!」

 

そう言われると、なにも言えなくなってしまう。 ただどうしても、もし自分がレイヴンクローの女子ではなくグリフィンドールの男子だったらマクゴナガル先生はなにも言わないのではないか、という気がしてならない。もしそうだったら…… 「わたしは善をこころがけます。それだけはだれに言われてもゆずりません。」

 

マクゴナガル先生は両手を目にあてた。手をおろしたとき、しわのはいった顔がとても老いて見えた。 「そうですね……」と小声で言う。「あなたならきっと、うちの寮でも立派にやれたでしょう。 気をつけてくださいね、ミス・グレンジャー。油断は禁物です。 すこしでも気がかりなことや不安なことがあったら、すぐにわたしのところに来てください。わたしからはそれだけです。」

 

◆ ◆ ◆

 

余波——ドラコ・マルフォイ。

 

二人とも、この土曜日、あの戦闘があったあとでは、もうややこしいことはたくさんだった。 だからドラコは空き教室で『物理学の考えかた(Thinking Physics)』という本を読もうとしていた。 ドラコが理解できない部分もあるが、いずれにしてもこれまで読んだなかで最高におもしろい読みものだ。あのいまいましいバカが、自分の本だから見張らせろと言ってやってきて、べらべらとしゃべりつづけてドラコの邪魔をしてさえいなければ——

 

「ハーマイオニー・グレンジャーはああぁマッドブラッドなのにいいぃ」と近くの机で読書しているハリー・ポッターが歌う。読んでいるのは、ドラコのよりもはるかに高度な本だ。

 

「その手にはのらないぞ。」と落ちついた声で、顔をあげずにドラコは言う。 「無駄だ。二人でいっしょに、たたきつぶしてやる。」

 

「いいのかなああぁ、マルフォイがマッドブラッドと協力しちゃってええぇ。お父さんの友だちはなんて言うのかなああぁ。」

 

「なにも言わない。マルフォイ家がそうやすやすと罠にのらないことは、おまえ以外みんな知ってる!」

 

クィレル先生はダンブルドアより狂っている。こいつがほんとうに将来の救世主なら、いくらまだ大人でないにしても、ここまで子どもっぽく、みっともない姿をさらすはずがない。

 

「ドラコ、もっと、やなことを思いださせてやろうか? ハーマイオニー・グレンジャーも、きみやぼくとおなじで、魔法遺伝子対が両方そろってる。 でもスリザリンの同級生はそのことを知らないし、きみはああぁ、そのことをぉぉ、話してやることさええぇ、できないんだああぁ——」

 

ドラコは指の骨が浮き出るほど強く、本をにぎりしめた。 なぐられて、つばを吐かれることにも自制心が必要だというが、それにしても、これとはくらべものにならないだろう。この場で仕返ししてやらなければ、あとで犯罪的なことをやってしまいそうだ——

 

「あのときの願いごとは、もともとなんだったんだ?」とドラコが言った。

 

ハリーがなにも言わないので、ドラコは本から目をはなした。そしてハリーの悲しそうな表情を見て、ちょっとした意地悪な満足感をおぼえた。

 

「うーん、それは何回もきかれたんだけど。言っちゃうと、クィレル先生に悪いような気がして。」

 

ドラコは真剣な表情にきりかえた。 「ぼくには言ってもだいじょうぶだ。もう、もっと深刻な秘密をうちあけてもらってるんだから。それに、ぼくらは友だちだろ?」 ほら、これでどうだ。友だちだぞ! 罪悪感を感じざるをえまい!

 

「なんてことはない願いさ。」とハリーはあきらかに見せかけの軽快さをこめて言う。 「ただ、クィレル先生が来年も〈戦闘魔術〉の先生であってほしい、というだけ。」

 

ハリーはためいきをついて、本に視線をもどした。

 

そしてもう何秒かしてから、つけくわえた。 「今年のクリスマス、きみはお父さんに渋い顔をされるだろうと思うけど、いずれあの泥血(マッドブラッド)の女の子を裏切って殲滅させる予定だと約束すれば、きっとだいじょうぶだよ。それでクリスマスプレゼントは無事だ。」

 

クィレル先生にお願いしてみたいことができた。グレンジャーと二人でクィレル点をいくらか使って、とりわけ丁寧にお願いすれば、この〈カオス〉軍司令官をやっつけるときだけは、眠りの呪文よりもっとおもしろい手段を使わせてもらえたりしないだろうか。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 




今回の非ハリポタ用語:「一代まえのアメリカ合衆国大統領」
1981年-1989年在職のロナルド・レーガンは69歳で就任。テレビ中継された選挙戦のディベートをカリスマで制したのが印象的で、在職中もその後も人気が高い大統領のようです。
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