ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

37 / 122
37章「幕間——境界を越える」

◆ ◆ ◆

 

深夜零時ちかくになった。

 

ハリーにとって夜ふかしは簡単だ。 〈逆転時計(タイムターナー)〉を使うのをやめるだけでいい。 睡眠周期を調整してクリスマスイヴがクリスマスに変わる瞬間に起きているようにするのは、毎年の習慣になっている。 ハリーはサンタクロースがいると信じるほど子どもだったことは一度もないが、サンタクロースがいるかどうかを疑うほど子どもだったことはあった。

 

夜、謎の人物が家にはいってきて、プレゼントを置いていく、というのが実際に起きることだったりしたら、むしろおもしろい……

 

そこで寒けがハリーの背すじをかけぬけた。

 

おそろしいものが近づいてくるという予感。

 

這い寄る恐怖。

 

破滅の感覚。

 

ハリーはベッドのうえで、ばっと身をおこした。

 

窓を見た。

 

()()()()()()()」とハリーはとても小さな声で悲鳴をあげた。

 

クィレル先生がなにかを小さく持ちあげる手ぶりをすると、窓が枠のなかへたたまれていくように見えた。 そこから冬の冷気が部屋のなかへ流れこみ、わずかに雪のかけらを連れてきた。見えるのは灰色の夜の雲がいくつかと、あとは暗闇と星ぼしだけだった。

 

「案ずることはない。」と〈防衛術〉教授がふだんの声で言う。「ご両親は魔法で眠らせてある。わたしが出ていくまで起きてはこない。」

 

「この場所はだれにも知られないはずなのに!」とハリーは言ったが、叫び声は小さめにした。 「フクロウでさえ、ぼく宛の手紙があればホグウォーツに転送して、ここにはこないことになっているのに!」  その措置を提案されたとき、ハリーは積極的に同意した。〈死食い人〉が好きなタイミングで手榴弾をフクロウで送ってきて魔法で起爆させるだけで、戦争の勝敗が決するようではバカらしい。

 

クィレル先生は窓のむこうの裏庭でにやりとした。 「心配にはおよばない。探索魔法はしっかり遮断されているし、純血主義者に電話帳を引く発想があるとも思えない。」  クィレル先生はさらににやにやと笑う。 「それに、総長がかけた結界を乗りこえるのには、わたしもかなり手こずらされた——もちろん住所さえわかれば、きみが外に出るのを待って襲撃することは、だれにでもできるが。」

 

ハリーはしばらくクィレル先生をじっと見てから、やっと口をひらいた。 「それでなにかご用でしょうか?」

 

クィレル先生の顔から笑みが消えた。 「謝罪しにきたのだよ。このあいだは、つい厳しいことを言ってしまったが——」

 

「やめてください。」  ハリーはパジャマに巻きつけていた自分の毛布に視線を落とした。 「聞きたくありません。」

 

「そこまで不愉快にさせてしまったか?」とクィレル先生が静かに言う。

 

「いいえ。でも謝罪されたら、そうなります。」

 

「ほう、そうか。」と言ってクィレル先生はがらりと態度を変えて、厳格な口調になった。 「対等な人間としてあつかってほしいのであれば、はっきり言わせてもらう。ミスター・ポッター、きみはあの場で、味方どうしのスリザリンが守るべき作法を踏みにじった。 自分の対立相手ではないだれかが作戦を進めているとき、あのようなやりかたで()()の相談なしに横槍をいれるものではない。 作戦の真の目的を知らないのなら、作戦の失敗がどれほど重大な結果を引きおこしうるかを理解できるはずがないからだ。 あのような横槍は、それだけで敵と認識するにあたいする行為だ。」

 

「すみません。」  ハリーはすこしまえのクィレル先生と同じ静かな口調で言った。

 

「わかったならいい。」

 

「でも、ああいった政治の話はまたいつか、させてもらいますよ。」

 

クィレル先生はためいきをついた。 「きみが人に見くだされるのを嫌うことは知っているが——」

 

ちょっと過小評価だと思う。

 

「率直に言わないほうがむしろ失礼か。……ミスター・ポッター、きみにはまだ人生経験がたりない。」

 

「人生経験のある人はみな、あなたと同意見ですか?」

 

「クィディッチをやるような人たちがいくら人生経験をつんでもしかたないだろう?」と言ってクィレル先生は肩をすくめた。 「きみもいずれ、意見を変えるはずだ。 信頼した人にことごとく裏切られて、冷めた見かたをするようになれば。」

 

まるで、これ以上なく月並な事実だというような言いかたでそう言って、〈防衛術〉教授は暗黒と星ぼしと雲を背景に立っている。その後ろから、身を切る冬の冷気に乗って、雪のかけらが一、二枚、飛びこんできた。

 

「忘れてましたが、メリー・クリスマス。」とハリーが言った。

 

「それもいいな。謝罪でないとすれば、クリスマスプレゼントというのがちょうどいい。 実はクリスマスプレゼントをすること自体、これがはじめてなのだが。」

 

ハリーはまだ、あのロジャー・ベイコンの実験日誌を読むためのラテン語の勉強をはじめてすらいない。だがこの場で口をはさむ気にもならない。

 

「コートを着なさい。もし温熱のポーションの手持ちがあるなら、それを飲むのでもいい。それから、玄関を出て、星が見えるこの場所まで来なさい。今回はもうすこし長く維持してみよう。」

 

ハリーは少しかかってそのことばを理解してから、コートのはいったクローゼットに飛びついた。

 

クィレル先生は星見の呪文を一時間以上維持した。少しずつ表情がけわしくなり、しばらくすると立っていられなくなったクィレル先生のすがたを見て、ハリーは一度だけ抗議したが、黙らせられた。

 

二人はクリスマスイヴとクリスマスの境界を越す瞬間、地球の自転とかかわりのない、時間のない虚無のなかにいた。永遠につづく真の〈きよしこの夜(サイレントナイト)〉だった。

 

それが終わるとハリーは無事に自室にもどり、〈防衛術〉教授は去った。約束どおり、ハリーの両親の眠りは最後まで覚めなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。