ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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66章「自己実現(その1)」

躊躇ハ イツモ 安易デ、タイテイ 役立タズ。』

 

クィレル先生からそう言われたことを思いだす。そういう言いかたをされると細かい文句をつけてやりたくなる、というのはレイヴンクローらしい性癖ではあるが、その性癖が損になることもある。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も考えてみなければならない。 作戦の種類によっては、待機すべきときもあるのでは? なるほど、たしかに()()()()()()()()べき状況はいろいろある。それと()()()()()()ことは別の話だ。 行動に移すべきタイミングをよく知っているからこそ、すぐに行動すべきでないことはあるだろう。だが、決心がつかないばかりになにかを遅らせるとなると——それでは作戦もなにもない。

 

えらぼうにも、まだ情報が足りないとしたら? それなら待つのがただしいのでは? たしかに。ただしそれも、ものごとを後回しにするために使われやすい口実だ。とくに、二つの選択肢どちらをえらんでもつらい結果になるなら、()()()()()()()で一時的にその精神的苦痛を回避することができる。だからひとはつい後回しをしたがる。 だから、ある種の入手困難な情報を思いついて、どうしてもその情報がないと判断できないと言いだしたりする。 それはたいてい口実にすぎない。 ただし、それがどういう種類の情報であるか、いつどうやって入手するか、入手できたらその内容に応じてどういう行動をとるか、といったことも同時に言えるなら、口実でない可能性も多少あがる。

 

たんなる躊躇でないのなら、必要だというその情報が得られたときにどう行動するかを、()()()()()決めておけるはずだ。

 

もしも〈闇の王〉がほんとうに活動中だとしたら、クィレル先生の計画どおりに〈闇の王〉になりかわるだれかを用意するのはいい考えだろうか?

 

いや、どう考えても、ろくなことにならない。

 

ではもし、〈闇の王〉はもういないという確証がつかめたとしたら……そのときは……

 

〈防衛術〉教授室は小さな部屋だ。すくなくとも今日は。部屋の様子は前回ハリーが来たときとは変わっていた。壁や床の石面は、以前より黒めの色調で、よくみがかれている。 教授用机のむこうには、からっぽの書棚がひとつある。天井に達するほどの高さの木製のこの書棚は、以前からあった調度品だ。七段にわかれているが、本は一冊もない。 クィレル先生はハリーのまえで一度だけ、そこから本をとりだしたことがあったが、もどしたことはなかった。

 

教授用の椅子の背に、緑色のヘビが乗っている。まぶたのない目が、ハリーの目とおなじ高さの目線でじっとのぞきこんでくる。

 

二人のまわりには二十四の結界呪文がかけられている。これがホグウォーツ内で総長の注意をひかずにかけられる限界ぎりぎりだという。

 

コトワル。」とハリーは言った。

 

緑色のヘビはあたまを突きだし、わずかに横にかたむけた。そのしぐさからはなんの感情も読みとれない。すくなくともハリーの〈ヘビ語〉能力で読みとれる感情はない。 「ナゼ?」とヘビが言った。

 

りすくガ 大キスギル。」とハリーは端的に言った。 〈闇の王〉がいると仮定しても、いないと仮定しても、リスクが大きすぎる。 なんとかしてクィレル先生の問いに答えようとしてみた結果、自分がためらっていた理由が分かった。 〈闇の王〉がいるかいないか、どちらなのかが分からない、ということを口実にしていただけだったのだ。 まともな思考をすれば、どちらの前提であろうが答えはおなじだ。

 

一瞬、暗い目があやしくかがやいた。そして一瞬、うろこで縁どられた口から牙がのぞいた。 「前回ノ 失敗カラ 誤ッタ 教訓ヲ 得タラシイナ。 ワタシノ 計画ハ 普通、失敗シナイ。前回モ オマエノ 失敗 以外、一分ノ隙モ ナカッタ。 正シイ 教訓ハ、年上ノ 賢イ すりざりんニハ 従エ トイウコト。自分ノ 衝動ヲ 抑エロ トイウコト。

 

ボクガ 得タ 教訓ハ、知リ合イノ 女児ニ 邪悪ダト 思ワレル 謀略ヲ ヤラナイコト。知リ合イノ 男児ニ 馬鹿ダト 思ワレル 謀略ヲ ヤラナイコト。」とハリーは反論した。 もうすこし曖昧な返答をするつもりだったのだが、なぜかつい、ここまで言い切ってしまった。

 

ヘビは、シュシュシュ、という音をだした。それはハリーにも言語として聞こえない、純粋な怒りの音だった。そしてすこし間をおいてから、 「バラシタノカ——

 

モチロン ソンナコトハ シナイ! ダガ、モシ話セバ、キット ソウイウ 反応ガ アル。

 

ヘビはまた無言になり、あたまをゆらしながら、ハリーをじっと見た。 やはり感情は読みとれない。クィレル先生がこれほど時間をかけて考えることがあるとしたら、何なのだろう、とハリーは思った。

 

……オマエハ アノ フタリノ 考エルコトヲ 真剣ニ 気ニスルノカ? タンナル 女児ト 男児ニ スギナイ。オマエノ ヨウニ 特別デハナイ。 フタリノ 考エハ 大人ノ 世界ニ 通用シナイ。

 

ボクヨリ 通用スル カモシレナイ。」とハリーが言う。 「アノ 男児ナラ、女ノ 救出ニ 参加スル 前ニ、真ノ 動機ヲ 探ロウトシタ。

 

オメデトウ。ヤット 気ヅイタカ。」とヘビは冷ややかに言う。 「イツモ 他人ニ 何ノ 得ガ アルカヲ 探レ。ソレガ デキタラ 自分ニ 何ノ 得ガ アルカヲ 探ル ヨウニシロ。 ワタシノ 案ヲ 好マナイナラ、 オマエノ 案ハ 何ダ?

 

必要ナラ——六年間 コノ学校ニ トドマッテ 勉強スル。 ほぐうぉーつニ 住ムノモ 悪クナイ。 本モ 友ダチモ アル。変ダガ オイシイ 食ベモノガ アル。」  ハリーはくすりと笑いたいところだったが、笑い声に相当する〈ヘビ語〉の動作語彙には、ぴったりくるしぐさがなかった。

 

ヘビの眼窩がほぼ完全な暗黒に見える。 「今ハ ソウ 言エル。 ワタシヤ オマエハ 監禁ヲ 甘受スル 性格デハナイ。 オマエハ 七年生ニ ナルヨリ ズット 早ク 忍耐ガ 切レル。アルイハ、コノ 年ノ ウチニモ。 ワタシハ ソノ前提デ 準備スル。

 

ハリーが〈ヘビ語〉で返事するのを待たず、椅子の上に人間形態のクィレル先生があらわれた。 「さて、ミスター・ポッター。」と、まるでなにも重要な話などしていなかったかのように……そもそもなんの会話もなかったかのように言う。 「きみが決闘術の練習をはじめたことは聞いた。 決闘術にもいろいろある。 ()()()()()()たぐいをいくら学んでも無意味なのは分かっているな?」

 

◆ ◆ ◆

 

ハッフルパフ生ハンナ・アボットがこれほど落ちつきをうしなっているのを、ハーマイオニーは見たことがなかった(不死鳥の一件の日、つまりベラトリクス・ブラックが脱獄したあの日は別だ。あの日はだれにとっても例外だと思っていいだろう)。 ハンナは夕食の途中でレイヴンクローのテーブルまで来て、ハーマイオニーの肩をたたいてから、かなり強引に引っぱって——

 

「ネヴィルとハリー・ポッターが、ミスター・ディゴリーに決闘術をおそわってるんだって!」  テーブルから数歩離れるなり、ハンナはそう言った。

 

「ミスター・ディゴリーって?」

 

「セドリック・ディゴリーだよ。知らないの?」とハンナが言う。「うちの寮のクィディッチ・チームのキャプテンで、模擬戦の司令官もやってて、選択科目をぜんぶとってて成績もトップだし、夏休みのたびにプロに決闘術の個人指導をしてもらってるらしいし、七年生二人を相手に勝ったこともあるし、先生にさえ〈スーパー・ハッフルパフ〉って呼ばれてたりするし、スプラウト先生はみんな彼を、ええと、ほら、モハン……?にしてがんばりなさい、って言うし——」

 

ハンナはその調子でセドリック・ディゴリーのすごさをならべたてたが、やがて息を切らした。 ハーマイオニーはそこになんとか割りこんだ。

 

「〈太陽〉軍兵士アボット! ……落ちついて。 ディゴリー司令官が対戦相手になるんじゃないでしょ? ネヴィルがわたしたちを倒すために準備してるのは分かった。でもわたしたちだって準備すれば——」

 

「わかんないの?」とハンナは大声で言った。もし周囲のレイヴンクロー生たちに聞かせたくない秘密の会話をしているつもりなら、だしてはいけないほどの声量だった。 「あれは、あたしたちを倒すための準備じゃないんだよ! ベラトリクス・ブラックとたたかうための準備なの! あたしたちなんか、ブラッジャーにぶつかられたパンケーキみたいにぺしゃんこになっちゃうよ!」

 

〈太陽〉軍司令官は部下をにらみつけた。 「落ちついて。たった数週間の練習で、だれも無敵の戦士になんかなれないでしょう。 それにわたしたちはもう、無敵の戦士への対処法を知っている。 みんなで火力をつぎこめば、ドラコのときみたいに倒せる。」

 

ハンナは感嘆と懐疑の目でハーマイオニーを見た。 「司令官は……その……心配じゃないの?」

 

「もう、いい加減にして!」  こういうときハーマイオニーは、この学年でまともな人間は自分一人だけだという事実を思い知らされる。 「格言にも『人間が恐れなければならないものが一つあるとすれば、恐れそのものだ』ってあるでしょう。知らない?」

 

「えっ?」とハンナが言う。「なにそれ。恐ろしいものなんていっぱいあるじゃない。暗闇にいるレシフォールドも、〈服従の呪い〉も、悲惨な〈転成術〉(トランスフィギュレイション)事故も——」

 

「あのねえ……」  ハーマイオニーもいらだちを隠せず、声が大きくなった。聞かされる話といえば、一週間ずっとこの手の話ばかりなのだ。 「そんなにこわがるのは、〈カオス軍団〉に実際にやられてからにしたらどう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それからハーマイオニーはテーブルの自分の席にもどり、とびきりの愛らしい笑顔をまとった。冷たい目でにらむハリーの暗黒面にはおよばないかもしれないが、自分にできる最高の威嚇の表情だった。

 

今回はハリー・ポッターをたたきのめす。

 

◆ ◆ ◆

 

「これやって何になるの……」とネヴィルが息を切らして言った。肺のなかの酸素が完全に底をつきかけている。

 

「これ最高だよ!」  そう言って〈スーパー・ハッフルパフ〉セドリック・ディゴリーは目をかがやかせ、ひたいの汗をきらりとさせながら、得意の決闘術の型を終えて、足を踏みおろした。 ふだんなら軽やかな足どりが、今日は重量感のある足音をしている。どうやら〈転成術〉製の金属の重りが腕や足や胸にとりつけられていることと関係しているらしい。 「ミスター・ポッター、きみはどこでこんなアイデアを思いつくんだ?」

 

「オクスフォードの……古い変な店で……。もう二度と……あそこでは……買わない……」  ドサッ。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 


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