ハリー・ポッターと合理主義の方法   作:ポット@翻訳

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94章「それぞれの役割(その5)」

第一の会合

 

一九九二年四月十七日、午前六時七分。ホグウォーツ城から見える地平線上に太陽が見えはじめ、その光が閉じたカーテンを通してレイヴンクロー一年生男子共同寝室をやわらかに照らす。光は朝焼けの赤みのあるオレンジ色で、ほとんどそのまま白い覆いの布を通過している。それでも冬の起床時間に慣れたままの子どもたちはまだ目をさまさない。

 

ならぶベッドのうちの一つで、疲れきったハリー・ポッターがぐっすりと眠っている。

 

静かに扉がひらく。

 

静かに人影が部屋のなかを歩いていく。

 

人影はハリー・ポッターのそばに立つ。

 

人影が眠ったままの彼の肩に手をやると、彼はおどろいて声をあげた。

 

ほかの子どもたちはその声を聞かなかった。

 

「ミスター・ポッター。」と小柄な男が高い声で言う。 「総長がお呼びです。すぐに来るようにと。」

 

少年はベッドの上でゆっくりと身を起こし、掛け布の下で一瞬手をもぞもぞと動かした。 朝起きて、気分がましになっているのは意外だった。 どこか……不適切なまでに、脳がまともに動いていて、思考できている。一週間はなにひとつ手につかず泣き暮らすばかりになっていてもいいだろうに。 といっても、それは適応的な反応ではないから、脳が進化的にそうなっていないのは当然だ。 例の暗黒面であれば、やはりそんなことはしないだろう。 それでも、朝になって自分が生きていること、正常に思考できていることは、不適切に感じられる。

 

しかしハーマイオニー・グレンジャーを生きかえらせるという決意があること——それで十分なように思えた。それだけで自分が正しいことをしていて、着実に正しい方向にすすめているような気がした。生きかえらせることがすべて。悲嘆することはあきらめるようなものだから。 ほかに決断すべきことはなく、曖昧性も葛藤もなく、自分が()()ものを思いだす必要もない——

 

「着替えますね。」

 

それを聞いてフリトウィック先生は不本意そうなそぶりをしたが、やはり高い声でこう言った。 「一刻の猶予もあたえず、即刻総長室に連れてくるように、というご指示なので。申し訳ない。」

 

一分とたたないうちに——ハリーはホグウォーツ校内用〈煙送(フルー)〉で総長室に送られ——パジャマを着たまま、アルバス・ダンブルドアと対面した。 マクゴナガル副総長も椅子にすわっている。もう一人、奇妙な装置群のあいだをうろうろしている〈薬学〉教授は、ちょうどハリーが暖炉からでてきたときにあくびをしていた。

 

「ハリー。」と総長が前置きなしに話しはじめる。 「これは差しせまった用件ではあるが、そのまえに一言、言っておきたい。ハーマイオニー・グレンジャーはまちがいなく死んだ。 そのことはたしかに城の結界が記録し、わしに通知した。 たしかに城の石から魔女が一人死んだという通知があった。 わしが安置された遺体を検査し、ハーマイオニー・グレンジャー本人の肉体であることも、人形や似姿ではないこともたしかめた。 死者をよみがえらせることのできる魔術はどこにも知られていない。 そこで本題にはいるが、きみが番をしていたあの収納庫から、ハーマイオニー・グレンジャーの遺体がなくなった。 ハリー・ポッター、きみが持ち去ったのではないか?」

 

「いいえ。」  ハリーはするどい視線とともに、そう答えた。ちらりとセヴルスを見ると、じっとこちらに目をむけているのが分かった。

 

ダンブルドアも、のぞきこむようではあるが敵対的ではない視線をハリーにむける。 「ハーマイオニー・グレンジャーの遺体はきみの手もとにあるか?」

 

「いいえ。」

 

「遺体がどこにあるか、きみは知っているか?」

 

「いいえ。」

 

「だれが持ち去ったか、きみは知っているか?」

 

「いいえ。」と言ってからハリーはためらった。 「具体的知識なしに確率論的に容易に想像できる範囲のことを別にすればですが。」

 

老魔法使いはうなづいた。「なぜ持ち去られたか、きみは知っているか?」

 

「いいえ。具体的知識なしに想像できる……以下同文。」

 

「ではその想像を聞かせてもらえるかね?」  老魔法使いの目が光る。

 

「ハーマイオニーが逮捕されたあとにあなたがウィーズリー兄弟と話しに行ったこと、そしてあなたによれば盗まれたのだというその魔法の地図の存在。敵がそこまで気づけていたのだとしたら、その敵はぼくがなぜハーマイオニー・グレンジャーの遺体の見張りをしているのかと、気にしていていいはずです。 ではこちらからも質問ですが。 あなたはハーマイオニーが死ねばルシウスへの負債をとりもどせるかもしれないと思って、そうなるように仕組みましたか?」

 

「なんですって?」とマクゴナガル教授が言った。

 

「いや。」と老魔法使いが言った。

 

「あなたはハーマイオニー・グレンジャーが死ぬことを事前に知っていましたか? 死ぬ可能性があると思っていましたか?」

 

「知らなかった。可能性については、わしはヴォルデモートからの攻撃に対して彼女を守るために可能なかぎり厳重な措置を尽くした。 彼女の死は、わしが意図したことでも許したことでもない。彼女の死から利益を得ようと目論(もくろ)んでもいない。 では、きみのポーチを見せてもらおうか。」

 

「ポーチはいまトランクのなかに——」とハリーが言いかけた。

 

「セヴルス。」と老魔法使いが言うと、〈薬学〉教授が前にでた。 「トランクも含めて、調べてきなさい。どの小部屋もひとつのこらず。」

 

「ぼくのトランクには結界がありますが。」

 

セヴルス・スネイプは陰気ににやりとしてから、緑色の炎のなかへ歩いていった。

 

ダンブルドアは長い黒灰色の杖をとりだし、マグルが金属探知機をつかうときのように、ハリーの髪の毛の輪郭をなぞるように動かしていった。 首まできたところで、ダンブルドアはその動きを止めた。

 

「その指輪の宝石……。以前のように透明なダイアモンドではなく、 茶色になっているな。 それはハーマイオニー・グレンジャーの目の色と、髪の色でもある。」

 

途端、部屋の空気が緊張した。

 

「これはぼくのお父さんの岩を〈転成〉したものですよ、以前とおなじように。 この色は、あくまでハーマイオニーの忘れ形見として——」

 

「念には念をいれておかねばならん。 ハリー、その指輪をはずして、わしの机の上におきなさい。」

 

ハリーはゆっくりと、言われたとおり、宝石を指輪からはずし、指輪を机の端においた。

 

ダンブルドアは杖を宝石にむけた。すると——

 

なんの変哲もない灰色の岩があらわれ、急激な拡張のいきおいで空中に飛びあがり、目に見えない障壁にぶつかってから、どすんと音をたてて机に落ちた。

 

「おかげで、また三十分かけて〈転成〉をやりなおすことになったんですがね。」

 

ダンブルドアによる検査はつづいた。 ハリーは左足の靴をぬがさせられ、足の指につけていた指輪型の緊急用ポートキーをはずさせられた。これはハリーが誘拐されてホグウォーツの外の連れだされた場合のために用意していたものだった(ただしその場合でも、〈現出(アパレイト)〉防止の結界やポートキー防止の結界や不死鳥防止の結界や時間ループ防止の結界がかけられていれば役に立たないし、一定以上の立ち場の〈死食い人〉であればまちがいなくそういう準備をする、とその当時セヴルスはハリーに警告した)。 足の指輪から放射されている魔法力はたしかにポートキーのものであり、〈転成術〉に由来するものではないと確認された。そのほかの身体検査にも、ハリーは合格と判断された。

 

ほどなくして、〈薬学〉教授がハリーのトランクから、ハリーのポーチとほかいくつか魔法道具を持ってもどった。またそれを一個一個、総長が検査した。治癒キットのなかの道具もひとつのこらず。

 

「もういいですか?」  検査が終わると、ハリーは思いきり冷ややかな声でそう言った。 それから受けとったポーチに岩を食わせる作業をはじめた。 からになった指輪は、もとの指にはめた。

 

老魔法使いはほっと息をつき、杖をそでのなかに戻した。 「悪かった、ハリー。不確かなままにはしておけなかったのでな。……となると、〈闇の王〉がハーマイオニー・グレンジャーの遺体を奪ったらしい。 彼になんの利益があってのことかは分からんが、あるとすれば遺体を〈亡者〉にしてきみへの刺客とすることくらいか。 セヴルスからきみに、とあるポーションを渡すよう指示しておく。受けとったらつねにそれを携帯しなさい。 そのときが来ても、迷わず躊躇せず手をくだせるよう、準備しておきなさい。」

 

「その〈亡者〉にはハーマイオニーの精神がありますか?」

 

「いや——」

 

「だったら本人ではありませんね。 もういいですか? せめてパジャマから着替えておきたいんですが。」

 

「もうひとつ知らせがある。この話は簡単にすませよう。 ホグウォーツ城の結界を見たところ、今回、外来の生物が侵入した形跡はなかった。記録されていたのは、ハーマイオニー・グレンジャーを殺したのが〈防衛術〉教授であったということ。」

 

「それは……」とハリーが言う。

 

第一の考え——でもぼくはトロルがハーマイオニーを殺すのを見た。

 

第二の考え——クィレル先生がぼくに〈記憶の魔法〉をかけていた。ダンブルドアが到着したとき見た光景もクィレル先生が用意したものだった。

 

第三の考え——いや、クィレル先生は魔法力でぼくに触れることができない。そうだということをぼくはアズカバンで見ているし——

 

第四の考え——その記憶はほんものか?

 

第五の考え——アズカバンでなにか一騒動あったことはまちがいない。クィレル先生が意識不明になっていなければロケットをつかう必要もなかったはずで、クィレル先生が意識不明になっていた原因はといえば——

 

第六の考え——ぼくはそもそもアズカバンに行ったのか?

 

第七の考え——ぼくはウィゼンガモートでディメンターを追いはらったが、それ以前のどこかの時点でディメンターを制御した経験があったはずだ。ウィゼンガモートでの件は新聞記事にもなっている。

 

第八の考え——その新聞の内容についてのぼくの記憶は正確か?

 

「それは……」とハリーはくりかえす。 「まじめな話、あの呪文は〈許されざる呪い〉に分類されるべきですよ。 つまり、あなたはクィレル先生が〈記憶の魔法〉をぼくにかけたと——」

 

「いや。わしは時間をさかのぼって現場に行き、ハーマイオニーの最後の戦いを記録するための装置をしかけて、たしかめた。これは自分自身の目で見ることに耐えられなかったからでもある。」  とても沈痛な表情。 「きみの推測は正しい。 ヴォルデモートはわれわれがハーマイオニーにあたえた護身の手段をことごとく無効化していた。 彼女のホウキは動かなかった。不可視のマントは隠蔽の効果を発揮しなかった。 トロルは日の光のある場所に行ってもびくともしなかった。あれは迷いこんだのではなく、純粋な兵器として送りこまれていた。 そして彼女はあのトロルに、腕力のみで殺された。そのせいで、敵意ある魔法力に対する結界と検知網も無駄に終わった。 どの時点でも〈防衛術〉教授が彼女の近くにあらわれることはなかった。」

 

ハリーは息をすって目をとじ、考えた。 「つまり、これはクィレル先生に罪を着せる作戦だったということですね。なんのためかはともかく。 これは敵のおきまりの手ぐちでもあるらしい。 トロルがハーマイオニー・グレンジャーを食べた。ところが結界の記録を見ると、実はまたしても去年とおなじく、〈防衛術〉教授が犯人だった……。いえ、それはないでしょう。」

 

「なぜ、そう思う?」と〈薬学〉教授が言う。「わたしにはそれが当然のなりゆきに思えるが——」

 

「当然のように見えるからですよ。」

 

敵はあたまがいい。

 

ハリーのあたまのなかの眠気は徐々に晴れつつあり、一晩しっかり眠ったおかげで昨日の自分が気づけなかったことにも気づけるようになっている。

 

通常の物語にでてくる敵は……事前になされた対策を調べあげたり、主人公の配布した魔法アイテムを無効化したり、あとになっても主人公がわに解明できないような方法で検知網をすりぬけられるようにしたトロルを送りこみ、主人公の身さえ危うくなるほどのことをしたりはしない。 本では、視点は通常、主要キャラクターのどれかにとどまる。 語り手の視点のそとで敵がおこなった計画と行動の結果、主人公が用意していたものがことごとく通用しなくなるというのは、言ってみれば『機械じかけの悪魔(ディアボルス・エクス・マキナ)』であり、見る者に不満をのこす作劇のしかただ。

 

しかし現実世界では、敵自身も自分を主人公と見なしていて、知略にたけていて、事前によく考えてから行動する。こちらからその様子が見えないとしても。 この件に説明できていない部分や説明不可能なように思える部分があり、やたらと支離滅裂に感じられるのはそのせいだ。 ハリーがダンブルドアにアズカバンを破壊すると脅迫したとき、ルシウスはどう思っただろうか。 燃えるたいまつのついたホウキが飛びでてくるのを見て、アズカバン上層部にいた〈闇ばらい〉はどう思っただろうか。

 

敵はあたまがいい。

 

「ハーマイオニーの身に起きたことを調べるためにあなたが時間をさかのぼるであろうことも、敵は計算ずみだったはずです。トロルをホグウォーツのなかにいれられるくらいに結界を騙すことができるだれかであれば。」  ハリーは目をとじ、思考力をはたらかせ、自分を敵の立ち場においてみようとする。 自分なら……いや暗黒面なら、なぜそんなことをする—— 「われわれは、敵は結界がわれわれにどう報告するかを制御することができる、という結論に誘導されているようです。 でも実際には、それは敵にも簡単にできることではない。あるいは特定の条件下でしかできない。 敵は自分を万能であるかのように見せかけようとしているということですね。」  ()()()()()()()()() 「このつぎには、たとえばシニストラ先生がだれかを殺したと結界が報告する。 また結界は騙されている、とわれわれは思いこむ。ところが実際にやったのは、〈開心術〉をかけられたシニストラ先生だった、というような。」

 

「われわれがちょうどそういう風に考えるよう、〈闇の王〉がしむけている可能性もある。」  セヴルス・スネイプは眉間にしわを寄せ、考えることに集中している。 「その場合、むこうが結界を制御できるというのは事実であり、シニストラ教授は無実だということになる。」

 

「〈闇の王〉がそこまで高階的(メタ)な謀略をしますか——」

 

「するとも。」とダンブルドアとセヴルスが言った。

 

ハリーはうわのそらでうなづく。 「だとすれば、これは結界がぼくたちにうそをついているのについていないと思わせる作戦だったとも、うそをついていないのについていると思わせる作戦だったとも、考えられますね。敵がぼくらに何段階目までの推論を期待しているかによります。 ただ、もし敵がぼくらに結界を信頼させたかったのなら——信頼すべきでない理由がとくになければ信頼しているはずです。 なにも、クィレル先生に罪を着せておいて、それが発覚すること自体が敵の思惑どおりであることにぼくらが気づく、みたいにメタなしかけをするまでもないはず——」

 

「そうともかぎらん。」とダンブルドアが言う。 「ヴォルデモートが結界を完全には掌握していなかったのだとすれば、すくなくとも教師のうちのだれかのしわざであると結界に思わせていたにちがいない。 そうでなければ、ミス・グレンジャーが死ぬ時点ではなく負傷した時点で、結界は警報を発していた。」

 

ハリーはひたいの上の髪の毛がかかっているあたりに片手をあててこすった。

 

じゃ、まじめな質問をひとつ。 もし敵はあたまがいいなら、なぜぼくはまだ生きている? 毒殺というのはそんなにむずかしいのか? 朝食に文字どおりなにをしこまれたとしても魔法や薬や胃石(ベゾアル)で治療できてしまうのか? 結界にその犯人が記録されて、追跡できるようになっているのか?

 

ぼくの()()()()に〈闇の王〉を現世につなぐ魂のかけらがはいっていて、だから〈闇の王〉はぼくを殺すつもりがないんだとか? ぼくを殺すかわりに、ぼくの友だちを遠くに追いやることでぼくの魂を弱体化させて、ぼくのからだをのっとろうとしているとか? それなら〈ヘビ語つかい〉の件の説明がつく。 巫妖(リッチ)の呪符的ななにかは〈組わけ帽子〉にも検知できないのかもしれない。 明白な問題点その一——〈闇の王〉がその巫妖(リッチ)の呪符的ななにかをつくったのは一九四三年、女子生徒のだれだったかを殺してミスター・ハグリッドに罪を着せたときのことだとされている。 明白な問題点その二——魂なんてものはない。

 

とはいえ、ダンブルドアもぼくの血が〈闇の王〉を完全復活させる儀式の主要材料のひとつだと考えている。それが事実だとすれば、儀式のときまではぼくを生かしておく必要がある。……考えるだけで楽しくなるね。

 

「そうですね……ひとつはっきりしていることがあります。」

 

「というと?」

 

「ネヴィルは即刻ホグウォーツから退去させるべきです。 彼がつぎに標的となることは当然考えられ、どんな一年生もこの水準の攻撃を受けて生きのびることはできません。 昨夜のうちにネヴィルが襲われなかったことだけでも幸運に思うべきです。敵はこちらが追悼を終えるのを待つ必要はないんですから。」  ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ダンブルドアはセヴルスと視線をかわし、急に表情をけわしくしたマクゴナガル先生とも視線をかわした。 「ハリー。きみが友だちすべてを自分から遠ざけるのなら、それはほとんどヴォルデモートの思惑どおりに——」

 

「ネヴィルと会えない期間が数カ月増えてもぼくは困りませんよ。だいたい、あなたたちも夏休みにぼくの友だち全員をここにいさせるつもりだったわけじゃないでしょう。そんなことはどう考えてもネヴィルを死なせる理由にはなりません! マクゴナガル先生——」

 

「ええ、わたしもそう思います。」と言って眉をひそめるマクゴナガル先生。 「とても強くそう思います。 思いすぎて……どう表現すればいいか分からないくらいですわ、アルバス……」

 

「だれがなんと言おうが、ネヴィルに死なれてしまったら自分は命令にしたがっていたという言いわけは通用しないから、あなた自身がいまのうちに無理にでも彼を連れだそうと思うくらいですか?」とハリー。

 

マクゴナガル先生は一度目をとじた。 「そうです。ただし、おなじ責任をはたすにも、一方的な実力行使にでると予告する以外の方法があっていいはずですが。」

 

総長はためいきをついた。 「それにはおよばんよ、ミネルヴァ。自由にしなさい。」

 

「お待ちを。」と〈薬学〉教授が声をかける。その横でマクゴナガル先生はもう動きだし、〈煙送(フルー)〉の瓶から緑色の灰をつまもうとしていた。 「総長がウィーズリー兄弟に接触したときのように、ミスター・ロングボトムを目立たせてしまうのは得策ではありません。 彼の祖母が彼を連れて出ていくかたちがよいでしょう。 彼自身には、いまのところ談話室にいさせればよい。〈闇の王〉はあまり堂々と行動することができないようですから。」

 

四人はまたしばらく視線をかわしあい、やがて最後にハリーがうなづき、マクゴナガル先生もうなづいた。

 

「それでは……もうひとつはっきりしていることがあります。」とハリー。

 

「というと?」とダンブルドア。

 

「ぼくはぜひとも洗面所に行く必要があります。それと着替えもしておきたいですね。」

 

◆ ◆ ◆

 

「ところで……」  ハリーは総長といっしょに〈煙送(フルー)〉で無人のレイヴンクロー寮監室に転移し終わると話しかけた。 「もうひとつ、あなたにだけ聞いておきたいことがあります。 ウィーズリー兄弟が〈組わけ帽子〉からとりだした剣がありましたが、 あれは〈グリフィンドールの剣〉ですよね?」

 

老魔法使いは中立的な表情で見かえした。 「なにを根拠にそう思う?」

 

「帽子はあれをわたす直前に『グリフィンドール!』とさけんでいましたし、柄の端のかざりは紅玉(ルビー)で刀身の文字は黄金色でしたし、書かれていたのは『天下無双』という意味のラテン語でしたから、 そうかもしれないと思っただけです。」

 

「『nihil supernum』か。あれはそういう意味のことばではないのじゃが。」

 

「はあ。あの剣は、あのあとどうしました?」

 

「落ちていたのを拾い、安全な場所に保管しておいた。」  老魔法使いはハリーにきびしい視線をむける。 「きみには、欲しくなった、などと言いださないでもらいたいものじゃが。」

 

「言いませんよ。ぼくはただ、あれがいつかは正当な持ちぬしの手に返るようにしておきたかっただけです。 つまり、ウィーズリー兄弟は〈グリフィンドールの継承者〉なんでしょう?」

 

「〈グリフィンドールの継承者〉?」と言ってダンブルドアはおどろいた表情になった。 そして青い目をきらりとさせ、笑みを見せた。 「ああ、サラザール・スリザリンならホグウォーツ城内に〈秘儀の部屋〉を建造することもあろうが、ゴドリック・グリフィンドールはその手の放蕩をしたがる人ではなかった。 ゴドリックはただあの〈剣〉をホグウォーツ防衛のためにだけ残したとされている。その資格ある生徒が独力では倒すことのできない敵とたたかうときにそなえて。」

 

「あなたは否定してはいませんね。 否定しなかったということにぼくが気づかないとは思わないでくださいよ。」

 

「なにせわしもその当時、生きていたわけではない。ゴドリック・グリフィンドールがなにをしたか、しなかったかを、逐一知りはしない——」

 

「あなたは、〈グリフィンドールの継承者〉というようなものが存在してウィーズリー兄弟の二人かどちらか一人がそれにあたるということについて、五十パーセントより大きい主観確率を付与していますか。 イエスかノーか、言ってください。言いのがれはイエスと見なします。 話をそらしても無駄です。ぼくもトイレに行きたいのはやまやまですが。」

 

老魔法使いはためいきをついた。 「わかった。フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーは〈グリフィンドールの継承者〉じゃ。 どうか本人たちには、まだ言わないでほしい。」

 

ハリーはうなづき、ダンブルドアに背をむけて去ろうとする。 「おどろきました。ゴドリック・グリフィンドールについての歴史書は多少読みましたが、 あの二人は…… まあ、あの二人にもいろいろいいところはありますけど、歴史の本に出てくるゴドリックとは似ていませんよね。」

 

「よほど虚栄にまみれた人でもなければ……」と静かに言いながら、ダンブルドアは〈煙送(フルー)〉の暖炉に再燃している緑色の炎と対面する。 「自分の継承者が自分とおなじようであるべきだと考えるのではなく、自分がなろうとしてなれなかったような人物であってほしいと考えるものじゃ。」

 

そのまま足をふみいれると、総長は緑色の炎のなかに消えた。

 

◆ ◆ ◆

 

第二の会合(ハッフルパフ談話室の脇の小部屋で)

 

ネヴィル・ロングボトムはだれもいない空間にむけて苦悶しながら話している。

 

「だからね……」と、だれもいない空間がネヴィルに話す。 「ぼくが廊下を歩くときにさえ特別な検知防止の魔法つきの不可視のマントを着ているのも、殺されたくないからなんだ。 ぼくの両親だって、総長が許しさえすればすぐにでもぼくをホグウォーツから退去させるつもりでいる。 きみをここから退去させるというのは完全に常識的な判断で、()()こととはなんの関係も——」

 

「ぼくがやったことは裏切りだった。」  ネヴィルは十一歳の男の子にはこれ以上ないほどの空虚な声で言う。 「〈カオス〉的なやりかたですらなかった。 自分から権威に追従したし、他人を権威に追従させようともしていた。 〈カオス軍団〉ではいつも、命令に服従するだけの兵士にはなんの価値もないと司令官に言われていたのに。」

 

「ネヴィル。」ときっぱりとした声がして、 薄い布をはさんで二本の手がネヴィルの両肩をしっかりとつかむ。同時に声がちかづいていく。 「あれは盲目的に権威に服従するというより、ぼくを守ろうとしてやったことだろう。 たしかにこの混沌とした世界で、規則や規制にしたがうだけの兵士は無価値だ。 けれど、味方を守るために規則にしたがおうとする兵士は——」

 

「多少それよりましではあると思う?」とネヴィルが苦にがしげに言った。

 

「かなりましだと思う。 ネヴィル、きみは判断をあやまった。 そのおかげでぼくは六秒ほど損をした。 仮にハーマイオニーのけがは致命傷ぎりぎりのものでしかなかったとしよう。それでも六秒というのが、トロルがハーマイオニーに一回噛みつくのに足りる時間だとは思えない。 きみが立ちふさがらなかったという反実仮想の条件下でも、ハーマイオニーは死んでいた。 いっぽうで、ぼくは自分がバカでなければ分かっていたはずの、ハーマイオニーを死なせずにすんだ方法を楽に十個は言えてしまう——」

 

「きみが? きみは助けにいこうとしたじゃないか。 ぼくはそれを邪魔しようとしたほうだ。 だれが悪いかといえば、ぼくにきまってる。」

 

だれもいない空間はしばらく返事をしなかった。

 

「……ふうん。ぼくにも正直、そういう発想はなかったね。 ぼくもつぎに自分を責めたくなる衝動を感じたときは、このことを思いだすようにしたいと思う。 ネヴィル、これは専門的には『自己中心性バイアス』と呼ばれていて、 ひとは自分の人生についてのことはなんでも体験できるのに対して、それ以外の世界のすべてのことは自分で体験することができない、ということ。 あのとき、きみがぼくのまえに立ちふさがったということ以外にも、はるかにいろいろなことが起きていた。 きみはその六秒間に自分がしたことを、きっとこれから何週間にもわたって思い悩むだろうけれど、そんなことはきみ以外のだれも気にしない。 きみ以外の人たちがきみの過去の失敗について考える時間は、きみ自身がそうする時間よりはるかに少ない。というのも、きみはその人たちの世界の中心にいないから。 保証してもいいけれど、ハーマイオニーの身に起きたことがネヴィル・ロングボトムのせいだったなんて、きみ以外のだれ一人、一秒たりとも思いもしない。 そんなふうに考えるのはバカらしいとしか言いようがない。 さあ、文句は言わず、さっさとここを出ていくんだ。」

 

「ぼくはまだここにいたい。」  声は震えているが、ネヴィルは泣かないようにこらえている。 「ぼくはここで——ぼくらを襲っているなにかと戦いたい。」

 

だれもいない空間がネヴィルにちかづき、抱擁した。そして「ぼくも残念だ」というハリー・ポッターの声が聞こえた。

 

◆ ◆ ◆

 

原作品の著者:J. K. Rowling

ファンフィクションの著者:Eliezer Yudkowsky

 

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