十二支 兎 :桜花の願いをかなえてあげたい。
十二支 桜花:兎さんが、震えなくてもよくしてあげたいです。
大正○○年 ●月☆日
状況を説明する。
任務から戻ったら、温かく迎えてくれるはずの妻の桜花が、氷のように冷たい態度で屋敷からオレを締め出した。
死にたくなった。
なんでこうなったんだろう。
なにがまずかったんだろう。
さっぱりわからなかった。桜花の事なら何でも分かる筈なのに。
とりあえず扉の前で平謝りしてみた。
扉の奥から桜花の声
「理由も解らないのに、謝らないでください。引っぱたきますよ」
ダメだった。
今度は一度町に行って吹雪饅頭を買って来た。
桜花、吹雪饅頭だよ、桜花や。
扉の奥から桜花の声。
「吹雪饅頭をよく見せてください」
扉が少し開いた。
これ幸いと吹雪饅頭を差し出す。
ひゅ、っと音がした。
扉が閉まった。
饅頭だけ掠め取られた。ダメだった。
男のオレに話したくない、ないし話せない悩みがあるのかも。
女性の事は、女性に聞こう。
常駐隊士、丙の霙さんに話を聞こう。
「浮気。浮気。浮気。浮気。浮気。浮気。浮気。浮気。浮気。浮気。浮気」
霙さんがなんか恐ろしいことになってた。
目に光がない。
ずっとうわき、うわき、とか言ってる。
やだ、怖い。
み、霙さん。どうしたの。彼氏に浮気でもされた?
その一言を聞くと、霙さんは水色の髪を振り上げ、つまり顔をこちらに向けて叫んだ。
「彼氏なんていないわよ!! 笑いなさいよ!! 笑え!! この年で男を知らない私を笑え!! とってもモテモテな業柱様にはわかんないでしょうけどね!! ええ! わかるもんですか!!」
そのまま、大の大人がうわーん! と泣き出した。
なんかもう、いろいろダメだった。
その後もありとあらゆる手を尽くしたが、オレは家に入れずにいた。
なんで、怒ってんの!? なんで扉開けてくんないの!?
桜花、桜花、桜花、桜花ァ!?
物言わぬ我が家の前でじたばたと暴れている大人がいた。
十二支 兎、つまりオレである。
すると、ガラガラ、と音を立てて入口がすこし開いた。
奥から、光る綺麗な瞳が見えた。
超絶可愛いオレの嫁が、なんだか超絶怒っていた。
「・・・しりません、この浮気者」
桜花はそれだけ言って、ぴしゃりと扉を閉めた。
よし、死ぬことにしよう。
日輪刀を抜く。
少し、いやだいぶ長いが何とかなるだろう。
今こそこの純白の刀身を深紅に戻す時だ。
そうだ、辞世の句を詠まなくては。
いつもふざけて詠んでいるが、まさかこんな大真面目に辞世の句を考える日が来るとは。
人生とは、わからないものである。
ごめんなさい 本当すみません ごめんなさい(字余り)
うむ、中々の出来だ。
さぁ、これで準備は完了だ。
あとはこの日輪刀を腹に突き立てて思い切りぶった斬るだけ。
嫌だなァ、痛いだろうなァ。
でも、桜花に嫌われるくらいなら。
そうだよな。
腹を斬ると、たぶんすごく痛い。
血がきっとたくさん出る。
でも。
桜花に嫌われることの方が何倍も辛いから。
何倍も何倍も何倍も。
その事実が痛いから。
だから、ごめんな、桜花。
そしてオレの日輪刀が腹を・・・。
「何を・・・何をしてるんですかッ!!」
斬らなかった。
いままで閉ざされていた屋敷の扉が開かれて。
桜花が、涙目になってオレの手を押さえていた。
いや、桜花が怒ってるから死のうと思って。
「ふざけないでください! どうしてそう一直線に誤答に向かって突き進むんですか!!」
間違ってないよ。
優しい桜花が理由もなく、そんなに怒る訳もないし。
きっと、オレが何かしちゃったんだよね。
ごめんね。
「っ!? あ、あなたと言う人は、本当に、ホントに・・・もう!!」
桜花は困惑した様子を見せたが、ややあって溜息をついてオレにこう言った。
「・・・わかりました。わかりましたよ、まったくもう。中に入ってください。桜花は、話を聞きますから」
そう言って桜花はオレを家に招き入れた。
今にして思えば、桜花は始めからオレを本気で締め出す気などなかったのではないだろうか。
なんのつかえもしていない扉を見ながら、オレはそんな希望的な考えに浸るのだった。
「それでは、説明してもらいましょうか」
居間でお互いに座布団に座って話をする体制に入る。
桜花は正座、いつもの姿勢。
オレも正座、強制姿勢。
えっと・・・吹雪饅頭、一個じゃ足りなかった?
「わかりました。やっぱり今日はお外で寝てください」
あ、違ったらしい。
しかし、本当にわからない・・・なんてことを言うつもりはない。
思い返せば心当たりがいくつかあった。
1つ。
任務に行くとき、さすがに後ろめたすぎて中途半端にぼかして桜花に説明してしまったこと。
2つ。
弁当を受け取った時、申し訳なさ過ぎて泣きそうになってしまったこと。
3つ。
これが一番大事。桜花がオレの事を『浮気者』と呼んだこと。
桜花、オレが遊郭に遊びに行ったと思ってる?
「・・・・知りません!」
ぷいっ、っと桜花が顔を背けた。正解だったらしい。可愛い。
しかし、これは面倒な誤解を招いてしまったらしい。
桜花、聞いて。ねぇってば。
「知りません! 死のうとしたからちゃんとお話を聞こうと思ったのに、なんですか吹雪饅頭とは!? 誤魔化そうとしたってそうはいきません。やっぱりなにか後ろめたいことがあるんですね!!」
後ろめたい事なんてない、唯の潜入任務だ!
と、言おうとした。
鯉夏花魁と密室で二人きりだったことを思い出した。
言葉が口の中で溶けた気がした。
「あー! 何も言わないんですね!? やっぱり遊んできたんだ!! 桜花のことなんてもうどうでもいいんですね!?」
ふざけんな、桜花が一番大事だ。
「えっ、いや、そんな真っ直ぐな目で、っ!! ご、誤魔化されません!! そんな言葉信用できません!!」
え、信用できないの? それなりに衝撃なんだけど!
「当たり前です!! 宇随さんにも話を聞きますからね! そもそも、遊郭に行ったって証言があるのに、兎さんからはなんの証拠も取れないじゃないですか!! 証拠、証明、証言!! どれでもいいので持ってきてください! じゃないと有罪です! ゆーざい!ゆーざい!」
なんだろう、怒られてるはずなんだけど。
めちゃめちゃにやけそうなんだけど。
しかし、証拠、証拠かぁ。
桜花、ほんとに証拠出しちゃっていいの?
気が進まないんだけど。
「今更誤魔化す気ですか!? 出してください出しなさい! 証拠を出しなさい!!」
はぁ。
わかりましたよ、桜花裁判長。
じゃあ、出すな、証拠。
「ええ、出してください兎被告!」
気乗りはしないが、仕方ない。
オレは立ち上がって桜花に近づいて行く。
「なんですか! 何を出すんですか! 何を出しても誤魔化されませんからね!?」
桜花の目の前まで来た。膝をたたんで、桜花の顔に目線を合わせる。
「謝罪ですか? 謝罪なんて無駄です! 無駄ですからね・・・あ、あの兎さん。なんだか、距離がどんどん近づいてませんか?」
当たり前だ。 近づけてるんだから。
「か、顔がぶつかります・・・」
ぶつかるな。うん。
「ちょ・・だめ・・・!」
ただし、ぶつけるのは一か所だけ。
そして、二人の距離が零になった。
ほんの一瞬が、とても長い時間に感じた。
唇を離す。目に涙を溜めた桜花に、ゆっくりと話しかける。
桜花、これは、君を愛している証拠になるかな?
桜花の顔が、みるみる紅く染まって行く。
うるんだ瞳も、上気した頬も、たまらなくいとおしい。
「ずるいです・・こんなの」
オレの理性は鋼か、紙か。
それは俺達だけの秘密だ。
その後、誤解のとけた桜花は平謝りしながら、なぜ誤解したのかを教えてくれた。
いやぁ、次の柱合会議が楽しみだねェ。
宇随君、杏寿朗。
大正コソコソ噂話(偽)
霙さんはその後桜花がおにぎりを持ってお詫びに来たので回復したよ。
霙さん、よく残念な美人って言われて振られちゃうんだって。