お前が二度とあんなことしなくても済むようにするから。
だから、もう泣くなよ。
辛くても、悔しくても。
笑おう、桜花。
※今回日記形式は冒頭部分だけです。
大正○○年 ▲月 ●日
走る。走る。走る。
全力で来た道を戻る。
産屋敷と業屋敷は、すこし距離が離れている。
他の柱たちの屋敷、たとえば胡蝶ちゃんの蝶屋敷は傷ついた隊士たちの療養所を兼ねている事もあって比較的産屋敷に近い距離にあるが、業屋敷はオレが頼んで鬼殺隊の本拠地から離れた位置に作らせた。
藤の花を植えさせた。
罠だらけの竹林で屋敷を囲った。
すべて桜花の為。
桜花を戦いに巻き込まない為に。
なのに、どうして。
どうやって、襲撃してきた!
考えるのはあとにしろ。
今は早く、桜花、桜花、桜花!
桜花の所に早く!!
十二支 兎が全力で野道を走っている頃。
はるか遠方の森から彼を見る異形があった。
常人であれば、さらには下級の鬼であれば今の兎の気配を感じただけで気を失いかねない。
それを平然と見つめる鬼が一匹。
「うふ、うふふふふふふふふふふふぅ! 素敵・・・・、素敵素敵素敵素敵ぃ!! 必死なのぉ? 必死なのねぇ、う・さ・ぎ・ちゃん・・!」
銀髪に黒い着物。上弦の零、過愚夜である。
「間に合うかしらぁ? 間に合うかしらぁ?早いけどぉ? 早いけどぉ? さ・て・さ・て、下弦の肆はちゃんとやってるかしらぁ。うふふふ、残念ねェ兎ちゃん、あなたはぎりぎり間に合わないわぁ・・」
そう言って過愚夜は森から姿を消した。
過愚夜の予測は間違っていない。
下弦の肆、恐骨に対抗できるだけの隊士は、柱を除けばそうはいない。
それこそ柱の一つ下の階級、甲の隊士でさえ、出来の悪い者、また一瞬の油断をつかれれば下弦相手に命を落とす。
事実業屋敷の警護する隊士は一人を除いて全滅していた。残ったのは丙の氷柱 霙のみ。
すぐに片が付く、と考えるのは自然なことだ。
だが、恐骨はいまだ目的の十二支 桜花にたどり着けないでいた。
目標は目の前屋敷にいる。自由はすぐそこにある。
過愚夜の血鬼術の影響で、下弦の肆は一時的に藤の花を無効化できていた。
突き進んで首を取ることなど、造作もない。
だが、目の前の鬼殺隊士が、想像以上に恐骨をてこずらせていた。
「はぁー、はぁー・・・。どうしたのよ、お嬢ちゃん、かかって、来ないのかしら?」
相手は息を切らしている。水色の髪は乱れ、長かったそれは恐骨の攻撃で一部がちぎれ飛んでいた。額からは血が流れ、あばら骨も何本か折ってやった。
立っているだけで苦しいだろう。今は呼吸で誤魔化しているのだろうが、それも長くは続かない。
「・・・かなり粘った事は称賛に値します。しかし、あなたはもう戦えない。これ以上は死期を早めるだけよ」
「違うわ、アンタが私に斬られるのが早まって行くのよ、私が諦めなければね」
「理解できない。あなたは今そこに立っている事さえ怖くてたまらないはずだ。何をそんなに死に急ぐ?」
「アンタにはわからない理由よ。少なくとも今のアンタには」
そういって氷柱 霙は鮮やかな水色に染まった日輪刀を構えた。
「愚かですね。さっさと死ねば恐怖から解放されるのに」
恐骨の周囲に大量の岩槍が形成され始める。
一本一本が必殺の血鬼術。
「人間は恐怖から逃げられない。どうしてかわかりますか?」
その必殺の槍が一本、また一本と霙の五体を狙い始める。
「群れるからです。人は孤独に耐えられない。だから隣に誰かを置きたがる。けれど同時に裏切りを容認できない。隣にいる同族を信じられない。捨てられる、後ろから刺される。人間は槍を持った手で握手しようとする。私はそんな恐怖しか感じない生物から解脱したのです」
「へぇ、じゃあ、アンタは何もこわくないっての?」
狙うは、四肢、頭、心臓。
「いいえ、恐いものはありますよ。しかし、それから永劫逃げられる。それが強き生物、鬼の特権です」
「ふーん、そうなの」
どこからか、水の凍るような音がする。
霙の肺から吐き出される呼吸の音だった。
「アンタに見せてやりたいわね、愛し合う事の出来る人間たちの姿って奴を」
日輪刀をしっかりと握る。
決着の時だ。
あるいは、悪あがきの終わり。
「人間の一側面だけみて、全ての尊さから逃げ出した臆病者め。その腐った根性ごと斬ってやる!!」
「砕けた五体でも、同じセリフが吐けますか!? 死ね、人間!!」
『血鬼術・岩穿殺』
岩の槍が霙に殺到した。
「(一つ、二つ、三つ・・いいや! 数えるな!! そんな暇はない!! とにかく、総べて叩き落とせ!! 奥様の所にはいかせない!! 私はその為の刀だ、氷柱 霙!!)」
全集中・『氷』の呼吸
肆の型・『氷塊微塵』
氷塊微塵(ひょうかいみじん)は、本来巨大な鬼に相対したときに使う型である。全身を使ったその連撃は、巨大な体のどこに急所、つまり首を隠していたとしても斬撃がとどくようになっている。
「(槍の群れを一体の鬼と思え、私は今、巨大な鬼と戦っている!!)」
岩の槍は一本一本の強度が高い。練度をあげた霙の剣戟でようやく斬れている。
何本弾いた、何本切った?
そんなことを考える余裕など霙には無かった。
そして次第に、刀を振る余裕も無くなって行く。
顔の横で、チッ、と音がした。
すぐ横を、槍が通過していく。
霙は自分に言い聞かせ続ける。
集中しろ、集中しろ、集中しろ、集中しろ。
刀が弾かれる音がした。
槍が、肉を貫く音がした。
肩が砕けている。
足が折れている。
両掌を、巨大な槍が貫いている。
ああ、ダメだ。もう死ぬ。
血がこんなに出ている。
もう死ぬのか、私。
ああ、彼氏が欲しい人生だったなぁ。
奥様、ごめんなさい。
でも、だいぶ前に鴉を飛ばしたから、もうお逃げになっているだろう。
業柱さまにも鴉を飛ばした。
倒れていく仲間を見ないようにして、必死に飛ばした鴉。
きっともう業柱様はこちらに向かっているだろう。
ならきっと、大丈夫。
あの人が負けるところなんて想像できない。
あとは奥様がどこまでにげられたか。
この鬼は強い。
竹林を抜けるのにも、そう時間はかからないだろう。
だから、せめて遠くに、奥様。
「霙さん、ごめんなさい。すこし動かしますよ」
ふわ、と体が浮くような感触があった。
ああ、そんな。
逃げてと言ったのに。
どうしてあなたがここに。
「すみません、それと・・・。日輪刀、借りますね」
氷柱 霙はそのまま気を失った。
恐骨は臆病な鬼だった。
だからこそ、危機察知能力が下弦の鬼の中でもとびぬけて早い。
悪く言えば勝てる勝負を逃してしまう傾向にあるが、よく言えば必ず生き残る。
『桜』の呼吸 壱の型
『終春』。
そんなにも恐怖する鬼が、自分の首が落ちたことに気付かなかったのは、
彼女が異常だったのか。
それとも、目の前の桜色の剣士が異常だったのか。
確かめる術は、もう彼女には残っていない。
「痛いッ・・・!」
十二支 桜花は手首に走った激痛に、刀を握っていた手を離す。
本来二度と振ってはならないと言われていたものだった。
手が震える。
取り落した刀が地面に落ちている。
水色の刀が落ちている。
「霙さんらしい、綺麗な色ですね。ああ、振ってしまった・・。兎さんに怒られる」
はぁ、と消沈した。
この間すごく怒ってしまったから、仕返しに同じように怒られるかもしれない。
あの時はあんな方法で黙らされるとは思わなかったが。
もし、兎が怒るようであれば。
「今度は私から・・・ッ!? い、いやいやいやいや!! 何言ってんです!! 何言ってんですか私!?」
「ホント、何言ってんのかしらねぇ、私の可愛い兎ちゃんを誑かした雌がぁ・・」
桜花の真後ろで、黒く輝く鬼の声がした。
大正コソコソ昔話(偽)
霙さんと冨岡さんの日輪刀は微妙に色が違うよ。
霙さんの方が鮮やかな水色なんだって。