柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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 彼女の名前は解らない。
 彼女の歳は解らない。
 彼女の顔は解らない。
 
 すべては風に乗る塵になって。


番外其ノ参  童と呼ばれた少女は 想い出す。

(斬られた!? 斬られたのか!? 頸を、頸を斬られた!!)

 

 下弦の肆は自分の頭が地面に向かって落ちていくのを感じながら、漠然と自分が敗れたことを理解した。

 痛みは感じなかった。

 

(嫌だ、嫌だ!! 死にたくない!! 死にたくないです!! 無惨様!!)

 

 代わりに襲ってくるのは死の恐怖。

 涙があふれる。

 怖くて怖くてたまらない。

 

 自分を斬ったであろう女の背を見る。

 自身の手を見ているようだ。

 刀は、地面に落としている。

 背を向けている。

 死にゆく自分を見ていない。

 

 『大丈夫、恐くない、恐くない』

 

 なんだろう。

 随分昔、ああやって背を向けられた気がする。

 

 手を伸ばして。

 手を伸ばして。

 

 声を枯らして。

 声を枯らして。

 

 怖くて。

 恐くて。

 

 

 

 

 

 そういえば私は、何がそんなに怖かったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 下弦の肆、恐骨はかつて名家に生まれた娘だった。

 もともと男子に恵まれない家系、いや、そも彼女の両親は愛し合って子供を作るような人間ではなかった。

 父は名誉にしか興味がない。 女は跡取りを作るための手段。

 母は金にしか興味がない。 男は自分を着飾るための手段。

 

 恐骨はそんな家の長女だった。もちろん、そのころは恐骨などという物騒な名前ではなかった。もっと、かわいらしくて、偽物だけれど、愛を感じる名前だった。

 

(もう、思い出せないなぁ。そんなこと)

 

 

 はっきり覚えているのは、恐骨が鬼になるまでの間の記憶。

 

 

 両親の分家にあたる家がある日、火事で全焼し。

 その家に住んでいた少年が1人、養子として引き取られた。

 もちろん、家族を失ったことを悲しんでいたけれど、

 それを差し引いてもその男の子は優秀で。

 

 次第に恐骨は必要とされなくなっていった。

 

 やがて、両親が自分の事を童と呼ぶようになった。

 童。

 名前を付けたことを無かったことにされた。

 彼女はただの童になった。

 

 

 唯の童になった彼女は、ある日、山奥の廃寺に連れてこられた。

 何をするのかと母に聞くと

 『今からかくれんぼをしましょう。母が鬼をしますから、童は隠れてちょうだい』

 

 久々に母と遊べることが嬉しくて、童はうんと難しい場所に隠れた。

 ボロボロのつづらの中に隠れた童は、母が見つけてくれるのを待った。

 

 

 しばらく時間がたっても、母は童を見つけなかった。

 すこし難しすぎたかもしれない。

 童は反省した。

 この勝負は引き分けにして二回戦。

 次は私が鬼をやろう。

 

 そうおもって、ばぁ!、と童はつづらを飛び出した。

 

 

 

 

 廃寺には、もう誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 童は寺を駆けまわった。

 それこそ、忘れられた座敷童のように。

 

 寺を4周回ったところで、母は探しに来ないこと、自分が捨てられたことを知った。

 

 童は恐ろしかった。

 死んでいくことが怖かったわけではなかった。

 一人で死んでいくことが、なんだかとても怖かった。

 

 お腹が空いた、と思ったのは何時までだったか。

 寒いと思ったのは何時までだったか。

 だんだん何も感じなくなってきた。

 それなのに、恐怖だけが膨らんでいく。

 

 死にたくないな。

 死にたくないよ。

 一人でなんて、死にたくないよ。

 お父さん。

 お母さん。

 死にたくないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「かわいそうに。哀れな子供だ。お前には機会をやろう。恐怖など感じぬ生き物にしてやろう」

 

 そんな声と共に、首筋に何かが刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悲鳴が聞こえる。

 母の悲鳴だ。

 

 恐骨は話しかけた。

 

  お母さん、逃げてはいけません。これはかくれんぼなんだから。

 

 父が慟哭した。この鬼め、と。

 

 恐骨は首を横に振ってそれを否定した。

 

  ちがいます、お父さん。先に鬼になるといったのは、お母さんですよ?

 

  お母さん、鬼なんだからちゃんと私を見つけてくれないと。

 

  見つけてくれないから、私も鬼になってしまいました。お揃いです。

 

  お母さん、泣かないでください。怖いです。

 

  お父さん、私を殺そうとしないで。怖いです。

 

  お父さん、お母さん。どうしてそんな血のつながらない子を守るんですか。

 

 

 

  お父さん、お母さん、私。寂しいよ。1人にしないでよ。こっちに来てよ。

 

  怖いよ、怖いよ。

 

 

 

 

 

  怖いよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああ、そうか)

 

 

 身体が崩れていく。

 今から地獄に行くのだ。

 鬼となって、下弦の肆となってどのくらいだっただろう。

 主を恐れ。

 柱を恐れ。

 零を恐れ。

 

 かつての自分を見つけることを恐れた。

 

 

 

 (ああ、本当に怖いなぁ。でも)

 

 すこし不思議な気持ちで最期に恐骨は自分と戦った女を見た。

 

 (わからないことが残ってしまった)

 

 たしか霙と呼ばれていただろうか、あの水色の鬼狩りは。

 

 (あなたは、私が怖くなかったのか? 死にそうになっていたのに。なんで)

 

 その答えは解らない。

 消えゆく恐骨に、答え合わせの機会は訪れない。

 

 (鬼になっても怖いままだったなぁ)

 

 (なんだ、人は、強くなれるんだなぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (なんだ、もったいないことした、かなぁ)

 

 

 

 鬼に亡骸は残らない。

 ゆえに、忘れてはならない。

 彼女と言う、怖がりな少女がいたことを。

 それを怪物に変えた、三匹の鬼の事を。

 




大正コソコソ噂話(偽)

 兎君はこうしてる間も全力疾走だよ。
 ねぎまは完全において行かれたから仕方なく、仕方なく恋柱に抱きしめられてるよ。
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