煉獄 杏寿朗:うむ!! 兎殿は強く、桜花殿も強い!! オレは心を燃やして生きることと、かならず生きて帰らなくてはならないことを教わった!!
甘露寺 蜜璃:兎くんと桜花ちゃんね! 理想の夫婦だわ! 見てるだけで胸がたかなっちゃう! 桜花ちゃんなんて、二人で遊ぶときにはいっつも兎くんの話ばっかり(どこからか飛んできた桜餅で、蜜璃さんのお口はふさがりました)
大正○○年 ▲月●日
霙さんを抱えて桜花が走って行った。
それを背後に感じながら、改めて目の前の鬼を見る。
「兎ちゃあああぁあああん、あーそーびーましょー?」
そう言って黒く染まった体を扇情的に捻って見せる鬼。
階級は上弦。序列は零。
正直な話、冗談じゃねぇ、と言いたい。
だって、零て。
鬼の階級は、壱から陸。
いまから何代か前の柱が命がけで持ち帰った情報だ。
零なんて聞いたこともない。
壱より強いかはわからない。陸より弱いのかもわからない。
でも、この鬼は俺より強いだろう。
戦えばオレもただでは済まない。
顔中傷だらけになっていた。
着物に踏みつけにされた跡があった。
両手が震えていた。
『大丈夫です』
大丈夫なものか。
また刀を振らせて。
それのどこが大丈夫だ。
腹が立つ。腹が立つ。
目の前の鬼に腹が立つ。
守れなかった自分に腹が立つ。
桜花に嘘をつかせた自分を、殺してやりたい。
おい、鬼。
「あぁん、いけずぅ。そんな呼び方は嫌よォ、過愚夜って呼んでぇ」
どうでもいいし、お前の事なんてオレは知らん。先に断わっとくぞ。
今のオレは、お前が怖くないから。死にたくなければ死ぬ気で避けろ。
『子』 の呼吸。
『鼠惨死鬼(ねずみざんしき)』
高速の足さばき。
オレの姿は鬼から見て二人分。
同様に繰り返す。
二人は四人に。
四人は八人に。
八人は一六人に。
子の呼吸だけ使うなら、あと二回分は増やせる。
けど、初手から出し惜しみをするような相手じゃない。
今すぐ殺す。
重ねて二刻。
『虎』の呼吸。
『肆虎・肆填(しこ・しでん)』
オレは、否。オレ達は同時に斬撃を叩き込む。
その数、一人につき四本。
虎の呼吸は斬撃を増やし、一本の刀で瞬時に四回相手を斬る。
これを補助呼吸の『子』と合わせて使うと、分身したままで各自が斬撃を放てるので、一六かけることの四で、鬼に叩き込まれる斬撃は――六四本。
この技で手傷の1つでも負ってくれれば、そのまま追撃で頸を狙えるかもしれない。
六四本の斬撃が鬼を狙う。
対して鬼は何もしない。
確実に叩き込むために、オレはさらに接近する。
頸だ、頸を狙え。
それが無理なら両腕か、両足か。
攻撃の手段を少しでも削がなければ。
近づく。
近づく。
近づく。
鬼の表情が見えた。
嗤っている。
鬼の口元が、かすかに動いた。
血鬼術 『御石の鉢・大嘘』
その瞬間、鬼に振り下ろした刃が思い切り弾かれる。
痛い、痛い。
手がしびれる。まるで鋼に斬りかかった時のように。
鬼を見ると、楽しそうに、本当にたのしそうにこちらを見て嗤っている。
「兎ちゃぁん、だめよぉ、様子見なんてぇ。それにぃ、酷いぃ。私を知らないなんて嘘までついてェ」
嘘じゃねぇよ! 本当にどちら様ですかッ!?
「だからぁ、過愚夜だってばぁ」
なお、知らん!! これ以上女難を持ち込もうとするな!!
話しながらも、何とか後ろに飛んで距離を離す。
あのまま、弾かれた刀と一緒に両腕を挙げていては、恐らく急所にまともに貰っていた。
とりあえず、なんとか射程から離れないと。
「射程から、離れよう。なんてぇ考えたァ?」
血鬼術 『子安貝・絶望』
次の瞬間、オレの立っていた地面がばっくりと裂けた。
信じられない。目の前の鬼が、『地面を割っている』。
ひび割れた地面の根元は鬼の拳。
オレの体は意思に反し、重力に従い、落下を開始する。
やばいやばいやばいやばい。
こわいこわいこわいこわい。
穴の底が見えない。何処まで落とすつもりかもわからない。
だからこそ、このまま落ち続けるのは絶対に不味い。
とっさにオレは日輪刀を岸壁に突き刺した。
宇随君が聞いたら喜びそうな派手な音を立てて日輪刀が岸壁を削り始める。
それに伴ってオレの落下速度が低下し始めた。
だが、やはり刀。
こんな使い方をしては、刃が耐えられない。
止まるが先か。
折れるが先か。
結論を言うなら、オレはそのどちらの結末も待つ必要が無かった。
「あははははははぁ!! まってまってまってよぉ、兎ちゃぁああああんんん!!」
倒すべき鬼が、わざわざ飛び込んできたからだ。
いや、何してんだテメェ!?
「うふふ、うふふふ、ひらめいたのよォ。叩き落とした後ぉ、ひらめいたのォ!ここは日の光なんて届かない、その内月光も絶えて真っ暗になる!あは、ここならずっと一緒に居られるわァ!」
ヤバいよ、本格的にやばい鬼だよ。
ごめんなさい!! お前は好みではありません!!
「はずかしがってぇ、もぉ」
頭痛がしてくる。
しかし、状況は悪くなる一方だ。
刻一刻とオレは地上から遠ざかって行く。
日輪刀を抜いて応戦すれば、当然落下速度が上がる。
そもそも、どこまで深くこの鬼が地面を割ったのかはわからない。
速度が上がった瞬間岩盤に大激突、ぎゃあ、なんて展開も十二分にあり得る。
ん? 岩盤に激突?
ああ、嫌だな。
すごく嫌な作戦思いついた。
たぶんものすごく痛い。
嫌だな、ホントやりたくない。
『だから、必ず帰ってきて』
そうだよな。
嫁さんが天ぷらと沢庵作って待ってる。
これで帰らなかったら、嘘だ。
覚悟は決まった。
あとは実行するだけ。
「あははははは、次の見てェ、兎ちゃん、私はこんな事も出来るのよォ!!」
ああ、そうだよな。
そんな簡単に実行させてくれるわけがない。
めきめき、と鬼の背中から音がする。
べごん、と音を立て、生えてきたのは、真っ赤に染められた、羽衣のような形をした皮膚だった。
血鬼術 『天羽・忘失』
その羽衣が、ぐんと加速し、槍となってオレの左肩を貫いた。
口から叫びが漏れる。
鬼がそれを見て、笑いと涎を口からこぼした。
「ああ、やっぱり綺麗! なんて美しい赤!! 舐める!! 飲む!! 私はあなたの血が欲しい!!」
くそ、この変態鬼め。と、毒づいた。
日輪刀を引き抜いて、構える。
今、オレと鬼はつながった状態。まずはこれを斬って
「もっともっと見せて!!」
ぐん、とオレの体が持ち上げられた。
うそだろ。
俺達今落ちてんだぞ、どんな力で引っ張ってんだ。
「もっともっと、もっぉぉぉぉぉぉとぉ、みせてぇええええ!!」
そのまま、円の動きでオレを振り回した鬼は。
岩盤にオレを叩きつけた。
めっちゃ痛い。
体中から血が噴き出た。
「愛してる!! 愛してる!! 愛してる!!」
狂ったように鬼が叫ぶ。
否。
鬼は、鬼になった瞬間から狂いだすのだ。
記憶を失い、身内を喰らい。
果ては塵となって消える。
血だらけの身体でオレは考えた。
ああ、岩盤に叩きつけられた。
砕けた岩が、俺たちと落下し始めた。
どうせやるなら、自分で機会を計りたかった。
なぁ、鬼。
「あらぁ、なぁに。遺言?」
まさか。
ただの、『礼』だよ。
『足場』をくれてありがとう。
『未』の呼吸。
『羊数歌(ひつじかぞえうた)』
きぃん、きぃん、きぃん、と音がする。
この呼吸は、オレを強化しない。
ただ、オレの心臓を一定の拍で動かして、オレの体がそれに合わせて刀を鳴らすだけ。
あと必要なのは、言葉。
羊が一匹。 羊が二匹。 羊が三匹。
「? なぁに・・そ・・れ・・・」
羊が四匹。羊が五匹。羊が六匹。
「だ・・からぁ・・・さ・・っき・・・か・・ッ!?」
鬼は何かに気付いたように耳を塞ぐ。
しかして残念。
もう、遅い。
未の呼吸は、鬼の細胞を眠らせる。
「力が・・ぬ・・け・・・・」
肉羽衣の拘束が緩んだ。
好機だ。
オレは思い切り羽衣を肩から引き抜いた。
どばっ! と血が出た。
痛い痛い、マジで痛い!
耐えろオレ! 耐えろオレ!!
可愛い桜花を思い出せ。
明日も可愛い桜花に会う為に!!
今は頑張れ、十二支 兎!!
落下してくる岩の破片を足場に、一気に鬼との距離を詰める。
まだ奴はまどろんでいる。
最後の一歩で、思い切り呼吸をする。
そしてそのまま、日輪刀を上に突き上げる形で鬼の頸に突き立てた。
「ぐぎっ!!」
鬼から苦痛の声が漏れた。
だけど、まだだ。
この呼吸なら、上がれる。
上に、上に!
もっと上に!!
足場にした岩を、思い切り踏み抜く。
瞬間、オレに出せる最高速の速度で、俺たちの体が真上に飛んでいく。
口の奥から叫びが漏れる。
オレは日輪刀を握りしめる。みしみしと、嫌な音がした。
かまうな。今は構っている暇はない。
「うざぎぢゃん・・は、はなじで・・!」
意識が戻りつつあるようだ。
オレは今までさんざんやってくれた意趣返しも込めて、返事をした。
嫌だね。月まで付き合え。
そして俺達は地上に飛び出した。
月がだいぶ西の空に傾いている。
夜明けは近い。
地上からさらに上空に向け上昇した。
沈みゆく月が背後に見える位置に来て、ようやく勢いが止まる。
「っ!? ッ!!」
鬼が何やら焦っている。
さすがに聡い。
そう、オレ達はいま空に居る。
じゃあこの後、日輪刀が突き刺さった状態のお前ごと、オレはどうすると思う?
答えが現象となって現れる。
勢いが死んだ俺達の身体は、重力に引っ張られて、上昇したときよりもはやい速度で落下を始める。
オレは思い切り力を込めて日輪刀を下に向けた。
今から堕ちる地上に、目の前の鬼を縫い付けるように。
「う、うさぎちゃんぅ!! は、離して離して、離してぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
うるせぇ!! このまま地面に叩きつけて終いだ!
よく覚えとけよ!!
これが、これが!!
桜花の受けた痛みだと思えこの野郎!!
全集中・『卯』の呼吸!
『月砕(つきくだき)』!!
そして、オレ達は地面に激突した。
大正コソコソ噂話(偽)
今回の激闘を他所に、剣士候補のみんなは修行に励んでいるよ。
特に元水柱の鱗滝さんの所には、『2人』剣士候補が修行をつけてもらってるんだって!!