十二支 桜花:お恥ずかしい話、私、泳げないんです。
十二支 兎 :桜花と一緒に居られないこと。
十二支 桜花:兎さん、嘘はいけませんよ?
十二支 兎 :ほ、ホントだよ、桜花。
十二支 桜花:あっ!! あんなところに幽霊が!
十二支 兎 :ぎぃいいいいいいいいやぁあああああああああああああッ!? ど、どこッ!? 何処にいるのぉ!? いやいなくて結構ですけど!!
十二支 桜花:よしよし、怖くない。怖くない。
土煙が晴れていく。
自分が衝撃の中心に居ることを自覚しながら、肩から全身から大量に失血していくのを感じながら、刀の先を見る。
確実に捉えた。捕えてもいた。
手ごたえもあった。
確実に地面に叩きつけたはずだ。頸も無事では済まないだろう。
ではなぜだろうか。
オレの日輪刀の先に、地面しかないのは。
「あはははははははっはっ!! すごいすごいすごいぃ!!」
おいおい。
嘘だろう?嘘だと言ってよ。
鬼は、オレの刀身から逃れていた。
振り返れば、一糸まとわぬ姿で後ろに立っている。
どうやって抜けた。そう簡単な技じゃないんだけど。
「ううん、抜けてないわァ。このままじゃ死んじゃいそうだったからぁ、一度体を捨てることにしたのぉ」
その言葉を聞いて、刀身を見る。
純白の刃に、転々と残る灰色。
身体を・・灰にしたってのか。
「すごいでしょぉ? 『火鼠皮衣・未練』って言う血鬼術よぉ、うふ、うふふふふふぅ!!」
鬼と言うのは、これだから嫌だ。
生物が越えられない、越えてはならない『死』の境界を、遊び半分で踏み越える。
ヤバい。
身体中が痛い。
日輪刀って、こんなに重かったか?
「あははぁ。どうするの? どうするのぉ? 兎ちゃぁああん? 次はどんなのみせてくれるのぉ?」
簡単に言いやがる。
人の技を曲芸みたいに。
身体が動かない。
死ぬかもしれない。
そんな時にうってつけの呼吸がある。
曰く、『死ぬまで戦い、死後、刀となる呼吸』
それは呼吸と言えるのだろうか。
かつてオレはそんな風に思ったものだ。
そして、あの呼吸はオレの使える呼吸の中でも最も危険で最も強い。
故に、禁手の十二番。
これだから嫌なんだ。
これだから、柱なんてさっさとやめたいんだ。
痛いし、怖いし、辛いし。
『兎殿!! 見てくれ!! 炎の呼吸に、玖ノ型を作ってみたのだが!!』
『すまない。十二支・・さん。あんな無茶苦茶を稽古と呼ぶのはやめてくれないか』
『十二支ィ! テメェ、サボってないでさっさと鬼を殺しにいけェ!!』
『あの・・姉さんの事、どう思ってるんですか? い、いえ!! なんでも!!』
『おい見てみろ地味派手兎!! 俺のネズミの装飾を! 派手派手だろ!!』
『業柱様、奥様とはどういったなれ初めで? いえ、私も女ですから、気になってしまうんですよ』
『兎君!! ねェ聞いて聞いて酷いのよ!! 私はお茶に誘っただけなのに! 結婚を前提にしたかっただけなのに!! ぜん、って言い掛けたところで逃げられたの!!』
『兎さん。見てください。月がきれいですよ。はい、お団子』
『来年も、その次の年も。一緒に月を見ましょうね』
なにより、守らなきゃならない物が多すぎる。
「なになになになになにぃ? 次は何を見せてくれるのォ?」
そんなに見たいか。
じゃあ、見せてやる。
桜花にあんなことしやがって。
怒りは人を動かす原動力。
昔、冨岡君にそう教えたなァ。
行くぞ。
後悔したって、もう遅い。
全集中・『亥』の呼吸。
『だめよ』
『私ね、兎がすっごく怖がりだけど、誰かのためにすっごく頑張れること、知ってるよ。寂しがりなのも知ってるし・・・あの子の事が本気で好きなのも、知ってるよ』
『それに、時々すっごく無茶をしちゃうのも知ってる』
『でも、それはだめ』
『帰るって約束したんでしょ? じゃあ、ちゃんと天ぷらと沢庵食べに帰らなきゃ。私の親友との約束、破ったら許さないから』
『私は、兎と桜花が笑ってる姿を見るの、好きだなぁ』
誰かの声がする。
いや、覚えている。
この、声は。
『それに、もう無茶する必要なんてないじゃない』
『あなたは、独りじゃないんだから』
炎の呼吸・伍ノ型 『炎虎』!
音の呼吸・伍ノ型 『鳴弦奏々』!
恋の呼吸・壱ノ型 『初恋のわななき』!
突如、三様の攻撃が鬼を襲った。
灼熱の炎獣が。
騒がしい斬撃が。
しなるような連撃が。
一斉に鬼に襲い掛かる。
「・・・なぁに? アンタ達」
そして、それをすべて体で受け、なお平然と立つ鬼の瞳に一瞬で冷徹な光が宿る。
「炎柱! 煉獄 杏寿朗だ!!そしてこちらがオレの愉快な仲間たち!!」
「あ、名乗っちゃうのね煉獄さん。場違いだわでもそこが素敵だわ!」
「地味派手兎!! 死ぬんじゃねぇぞ!! コイツラの保護者だろ!! さっさとこの立ち位置俺様と変われ! お願いだから!!」
ああ、もう休んでてもよさそうだ。
オレよりよほど強い柱が、三人も来てくれた。
ってか蜜璃。お前もきたの?
「・・・ちっ」
鬼が東の空を見て舌打ちをする。
見ると、空が白み始めていた。夜明けが近い。
「ここまでかしらァ。全く、ゴミ共の所為で楽しい時間を無駄にしちゃった」
そう言って、鬼はこちらを振り返る。
一瞬で、三人の横をすり抜けて、俺の目の前に。
「っ! 兎君、逃げてぇ!!」
解ってる、解ってるよ蜜璃!!
でもオレの出血量考えて! 呼吸で止めてこれなの、限界なの!
「最後にぃぃいぃ、あははははっ!!」
まずい!! 血鬼術が来る!! 回避が間に合わないっ!!
そして焦るオレの顔を見て、鬼は嗤いながら。
頬に、ちゅ、と音がして、冷たく、柔らかい物が当てられた。
・・・・・ゑ?
「もういちどぉ、覚えてねぇ、兎ちゃんぅう。わぁたぁしぃ、過・愚・夜。またぁ、会いに来るからねぇぇ?」
・・・あ、はい。
そして、鬼は姿を消した。
「・・・・・・・」
宇随君と蜜璃が、すさまじく憐憫を含んだ顔でオレを見ている。
「兎殿! これは桜花殿に黙っておいた方がいいだろうか!」
ぜひ、そうしてください。
そう言って俺は、意識を手放した。
なんだか、あの声の主にも、怒られている気がした。
花は咲き、そして散る。
されど種子はその場に残し、また散るまで花を咲かせることとなる。
終らぬ絶望、潰えぬ希望。
これこそまさに、胡蝶の夢。