十二支 兎 :桜色だよ。蜜璃、お前の色じゃねぇ。
十二支 桜花:白色です。純白、とも言えますね。…蜜璃さん、なにをにやにやしてるんですか?
大正○○年 !月■日
オレは鱗滝さんの家で、囲炉裏を挟んで彼と向かい合う。
問いかける、言葉で相手に斬りかかる。
鱗滝左近次さん。元水柱。
かつてあなたに救われた命が大勢ある。
かつてあなたに斬られた鬼もごまんといる。
そんなあなたが、なぜ鬼をかくまっている?
鱗滝さんは答えない。天狗の面をしているせいで表情も解らない。
考えも解らない。理由も解らない。
教えてくれよ、どうしてあの鬼が特別なんだ。
ややあって、彼は口を開いた。開く口も見えないけれど。
「特別だと判断したのは儂ではない。義勇だ」
冨岡君が、特別と判断した。それだけで、この人は?
「鬼を誰よりも憎んでいる筈の義勇が、初めて鬼を生かすと言った。儂は、それを尊重し炭治朗を試した。まぁ、女を1人連れていたのには驚いたが」
白雪ちゃんか。初めから一緒だったのかな。
「詳しい事は知らん。だが、義勇と別れた後訪れた山で出会ったそうだ。白雪は斬りかかったあと一緒に食事をしたと言っていた」
どんな関係? 新しい形の友情? いや新しすぎるよ。
「義勇がどうしてあの子たちを儂の所に送ったのか。その理由の全てを、儂はまだ知らん。だが二人とも妹、友達という理由で鬼を庇い、鬼という理由で妹を排斥しようとはしなかった。炭治朗だけならともかく、白雪も当たり前のように受け入れている」
氷柱家は代々鬼殺の一族。鬼は斬るもの、殺すもの。
彼女にもきっとその教えは息づいているだろう。
その彼女が、出会って数か月の彼ら兄妹を受け入れている訳か。
「試してみれば、炭治朗にはあきらめない真っ直ぐな気持ちが、白雪には確かな才がある。それに伴う根性もな」
…鱗滝さん、あなた親ばかって言われたことない?
「そんなことあるものか。儂は死なせた。自分の子供たちを、もう何人も」
鱗滝さんは囲炉裏の火を見つめている。相変わらず表情は解らない。
もう黙ってしまいそうな雰囲気だ。
でも、まだ聞いてないぞ。
肝心なことを聞いてない。
鱗滝さん。教えてくれ。鬼を生かした理由を。冨岡くんがどうとか、そう言う理由じゃなく。
あなたが生かすに足ると判断した理由が、オレは聞きたい。
あなたの選んだ、あなたの理由が聞きたい。
「儂は、見たくないだけだ。もう、亡骸になって帰ってくる子供を見たくないだけだ。もし、お前が妹の頸を狩ることを容認したとしたら、炭治朗は死んでしまう。妹が死ねば、炭治朗は生き残ったとしても死ぬ。儂は、それが嫌なだけだ」
布団で眠る炭治朗くんをみる。
修練や、オレとの騒動で疲れていたのだろう。完全に爆睡している。
っていうか今更だけど祝言もまだの男女が隣り合って眠るんじゃないよ。
炭治朗くんか。
冨岡くんに鱗滝さん、白雪ちゃん。皆が君の話をするとき、言葉に優しい味を含ませる。
みんなが君を巻き込んで、巻き込まれて、一日一日影響を受けていく。
君が輝けば皆が笑い、君が陰れば皆が泣く。
日輪のようだね、君は。
仕方がない、弟分が生かした君だ。
オレも君に巻き込まれてみようか。
鱗滝さん。
「なんだ?」
冨岡君は元気にやってます。次来るときは、彼も引っ張ってきますから。
「妹の頸を斬らないのか?」
オレは鬼の頸を斬りたいわけじゃないんですよ。
ただ、毎日無事に過ごせるならそれでいいんです。
それに、彼女の頸を斬ったらオレ、みんなに嫌われちゃいそうで。
特に、亡くなった友達に。
そういってオレは席を立つ。
どうせすぐにねぎまが騒ぎ出す。そもそも髪飾りを白雪ちゃんに渡した段階でオレの仕事は終わってるんだ。長居するのも申し訳ない。
戸を開けて出ていこうとするオレに後ろから声がかかった。
「すまない、ありがとう」
今だ夜は深い。
けれど必ず、また朝は来る。
大正○○年 !月△日。
とまぁそんな諸々を終わらせ、鬼狩りの仕事も6件ほど片付けたオレは久々に業屋敷に戻ってきた。そろそろ『例の計画』を動かさなければ。お館様の返事もいただけたことだし。
というのは、今どうでもいい。どうでもいいったらどうでもいい!
桜花ぁ、ただいまぁ!!
「はい、お帰りなさい。兎さん」
料理をしていたらしい割烹着姿の桜花がぱたぱたと現れた。
あぁー、これ! これだよこれ!!
ここんとこやれ任務だの頼まれごとだの多すぎて全然ゆっくりできなかったからなぁ。
もうしらんぞ、オレはこれ以上知らん。
あと数日は桜花と二人で過ごすんだ。
今日からここは聖域だ、誰も入ってくんじゃねぇ!!
桜花、俺疲れたよ桜花。
「よしよし、よく頑張りましたね、兎さん。今日は美味しいお野菜が手に入りましたから、煮物を作りましたよ」
やべぇ、もうなんか。やべぇ。
食卓に座って食事をする。
里芋と蓮根の煮物。濃い味噌だれの味付けが実にオレ好み。
任務の間、桜花の弁当を食べ終わってしまえば、都合よく藤の家に寄れでもしない限り中々美味しい食事にはありつけない。だからこそ、帰って来たとき桜花の料理は本当に美味しく感じる。これは元々美味しいものがさらにおいしくなると言う意味だ。
「兎さん、どうですか? 美味しいですか?」
桜花がすこし心配そうに聞いて来る。
馬鹿だな、俺が桜花の料理を不味いなんて言う訳ないのに。
美味しいよ、桜花。
「そうですか。えへへ、良かったです」
はにかんで笑う桜花。知ってるかみんな。鼻血は気合で隠せる。
ところで桜花、留守中変わったことはあったかい?
「変わった事ですか…。うーん、そうですねぇ。…あ、そういえば冨岡さんが来ましたよ。なんでも育手の皆さんを訪ね歩いてるって聞いて慌てて来たみたいです。そうそう、もし途中で帰ってきたら鱗滝さんの所へは行かないで欲しい、と」
そうか。残念だったな冨岡。君の不正事実はすでに暴いているのだ。
「? そういえば兎さん。どうして育手の皆さんを訪ねて回っていたのですか?」
…まぁ、今の桜花になら話しても問題ないか。
オレは一部始終を桜花に語って聞かせた。
霙さんからの頼み。
善逸くん、炭治朗くん、白雪ちゃんとの出会い。
そして、鬼になった炭治朗くんの妹、禰豆子ちゃんのこと。
「冨岡さんが、鬼をかくまっていた、と言う事になるのでしょうか」
まぁ、結果的にはそうなるね。
そんでもって、現状オレも同罪になる。
なぁ、桜花。オレは間違っていたかな。
桜花はオレを真っ直ぐ見つめたまま答えない。
オレは言葉をつづけた。
冨岡くんの言葉を信じるなら、禰豆子ちゃんは飢餓状態にあっても人を喰わなかった。
でも、これからもそうであると言う保証はどこにもない。
明日にでも目覚めて、炭治朗くんや白雪ちゃんに襲い掛かるかもしれない。
そうなったら、彼らを殺したのはオレだ。
考え込むオレを見つめていた桜花が、やがてゆっくりと立ち上がった。
オレの方にまっすぐ歩いて来て、そして。
自分の腕の中に、オレの顔を抱き寄せた。
桜花?
温もりを感じながら、声を掛ける。
やべぇ、桜花の心臓の音が聞こえる。とくん、とくん。
「兎さんは、明日炭治朗くんたちが喰われてしまうと思いますか?」
そんなことはない、と思う。
オレはそう、あいまいに答えた。
「じゃあ、桜花は大丈夫だと思いますよ?」
桜花はそう、はっきりと答えた。
「兎さんが大丈夫と信じたのなら、桜花も信じます。私は十二支 桜花。あなたの妻ですから」
そういって、ぎゅ、とまた抱きしめられる。
とくん、とくん、とくん。
さっきより、音が大きい。
でも、これがばれたらオレ、どうなるか解らないよ。お館様のことだから悪いようにはならないとおもうけど。
それでも不死川辺りがなんて言ってくるか。
「そうなったら、やっと柱、辞められますね。大丈夫、兎さんに文句を言う人がいたら、桜花が引っぱたいてあげますよ」
ははは、それは怖いね。
ありがとう、桜花。
「いえ、桜花は妻ですからね」
そういって笑う桜花。
ああ、これ言うべきなんだろうな。
恥ずかしがるかも。引っぱたかれることも覚悟しなきゃだけども。
あの、さ。桜花。
「? はい、なんですか?」
その、さ。抱きしめてくれるのは天にも昇れそうなほど嬉しいんだけどさ。
「昇ってはいけませんよ?」
いや、その。幸せなんだけども。
その、桜花。この抱きしめ方だと、さ。
あ、当たってるんだけど。顔に、柔らかい‥その。あれが。
とくん、とくん。とくん、とくん。
音が、さっきよりも大きくなった。
頭上で、小さな声がした。
「…わざとです、なんて言ったら。兎さん、どうします?」
その日の夜、結局オレは例の計画、『業屋敷引っ越し大作戦』についてきりだせなかった。
大正コソコソ噂話(偽)
「まだだろうか! 引っ越しはまだだろうか!!」
「なんで柱の俺達が地味な引っ越しの手伝いなんて」
「二人の安全のためだ! 重要な任務だぞ!! ? 冨岡殿、震えてどうした?」
「…行きたくない」
「テメェだけ地味に逃げようたってそうはいかねぇ!一緒にこい!」