柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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壱.好きなものを教えてください。

過愚夜:うふふふぅ、白い髪でぇ、赤い瞳のぉ、可愛い可愛い私の白兎ぃぃ、ああん、あなたの血が、手が、足が、目玉がぁほしいぃのぉ…。


過愚夜は 嗤う。

 べん、べん、べん。

 

 いつも主によばれるときに決まって響く琵琶の音が聞こえる。

 

 ああ、お説教かしらぁ?

 

 歪んだ空間。下が上で上が下。階段はくだる事も昇る事も出来ない。

 力を振るう事は許されず、逃げることは死を意味する。

 迷宮のようでいて、進める道は一本道。

 主が理不尽を通し、道理を一蹴する空間。

 

 かつて十二支 兎と死闘を演じた、上弦の零。

 過愚夜はそんなよくわからない場所に立っていた。

 

 「私が何故お前をここに呼びつけたか。意味はわかるか?答えろ」

 

 頭上から声が聞こえる。

 上を見上げてはならない。今日はどんなお姿なのか気にはなるところではあるが、それはいまだ許可されていない。

 

 「下弦の肆を勝手に動かしたことですかぁ? 柱を仕留め損ねたことですかぁ?それともぉ、本来の仕事をさぼった事ですかぁ?」

 

 べん。

 

 また琵琶の音がして、目の前に幼い少女が現れた。

 黒い髪をお下げにした彼女は質の良い着物を着ていた。

 

 「すべてだ」

 

 可憐な口から、地の底から響くような怒りの声が聞こえる。

 

 「なぜ私の許可なく鬼を動かした? 言ってみろ」

 

 「ふふふぅ、そんなの決まってますわぁ無惨様ぁ。あの臆病な下弦の肆はいつもいつも逃げてばかり、私は零としてぇ、けじめをつけさせただけの事ぉ」

 

 しかして、過愚夜はすこしも怯えていなかった。

 殺されない確信があったわけではない。生き残る作戦を持っている訳でもない。

 殺されるなら殺されるで、別にいい。

 

 そう考えていた。

 

 「なぜ鬼のお前が人間の鬼殺隊士を仕留めそこなう? 言ってみろ」

 

 「兎ちゃんはもっと泳がせた方がぁ、必ずあなた様の為になりますよぉ。ふふふぅ」

 

 主は怒っている。怒髪天だ。

 しかし、不思議と恐怖はない。

 そんなもの、鬼になってからほとんど感じない。

 感じたのは、やはり兎と戦い、地面に叩きつけられたあの瞬間。

 

 邪魔が入らなければもっと遊べたのに。

 

 ああ、腹が立つな。特にあの雌共。

 1人は水色の髪。血だらけでうずくまっていたが、あの女がいた所為で下弦の肆が手間取った。

 1人は緑交じりの桃色の髪。恐らくは柱の1人。最後の時間を邪魔された。あの子の事をなれなれしくも兎くん、などと呼んでいた。

 そして、桜色の髪をしたあの女。私の兎ちゃんをどんどん腐らせる悪女。

 アイツだけは私が殺さなくては。そうしなければ、あの子は自分が何者なのか思い出せない。

 

 「お前の本来の役割はなんだ。言ってみろ」

 

 「貴方様にたてつく愚かな鬼の躾、役立たずの排除ぉ、存じていますともぉ」

 

 「ならなぜそうしない。なぜお前の行動をお前が決めている?」

 

 「うふふふぅ、私の一挙手一投足は全てあなた様のため。必ずあなた様の利になるとお約束しますわぁ」

 

 「それを決めるのは私だ」

 

 「うふふふふぅ」

 

 過愚夜は笑う。『愛しい主』を思って、ただ笑う。

 偽物の愛しさ。

 笑いが止まらない。

 

 「お前は上弦の零だ。今、お前をやすやすと失う訳にはいかない」

 

 「ありがたき幸せですわぁ」

 

 「だが、次は無い。勝手な動きは禁ずる」

 

 「うふふふふふっ」

 

 「過愚夜。お前は特別だ。私も数多くの鬼を作ってきたが、お前ほどの傑作は見たことがない。私の為に、あの忌々しい柱共を始末し、聞き分けのない塵芥をすべて処分しろ」

 

 「仰せの通りにぃ、無惨様ぁ」

 

 べん、とまた音がして。

 過愚夜は自分の愛用している隠れ家の中に戻って来ていた。

 

 うふふふぅ、便利な血鬼術よねぇ。

 

 彼女は月を見上げた。

 

 今宵の月は、紅い。

 

 

 「さぁ、仕事の続きをしましょうかぁぁ。あっちかなぁぁ? 鬼をやめようとしてる、お馬鹿さぁん?」

 

 

 そうつぶやいて過愚夜は跳躍する。

 紅い月の光を、その背に受けながら。

 

 

 鬼舞辻 無惨は命じた。

 勝手な真似は許さない。言われたことだけをしろ。

 

 しかし、原初の鬼たる無惨は二つ、完全に見落としていた。

 1つは、密かに無惨がはめた枷を、過愚夜がとっくに外し、彼の命令など気にも留めていないと言う事。

 もう1つは、呼びつけたところで、彼女は二度と無惨の元には現れないと言う事。

 

 彼女に恐怖心は無い。あるのは享楽だけ。

 あれを壊したら楽しいかな。

 あんなことを言いつけたら、アイツはどんな顔をするかな。

 楽しいな。楽しいな。楽しいな。

 

 彼女ほど自由で、かつ力を持った鬼は存在しないだろう。

 枷を外し、唯人を喰らう。

 そんな力を指して、人間は彼女を暴力と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 「ねぇぇ?なぁにぃをしてるのぉ?」

 

 森から飛び出た過愚夜は、一軒の廃屋に足を踏み入れた。

 生活感のある空間だったが、不釣り合いな臭いが立ち込めている。

 

 血の臭い。

 こぼれて腐った、肉の臭い。

 

「だめだ、食わぬ。拙僧は喰わぬ。人など喰わぬ。決して喰わぬ!」

 

 過愚夜の目の前には上半身の袈裟を破り、筋骨隆々な体をむき出しにした男が1人。

 両足には巨大な鉄球。巨木の幹のように太いその腕は、しかし片腕しか存在しなかった。

 

 失われた片腕を、その剛僧は引きちぎっては口に運んでいたからだ。

 

「む、娘! 貴様、拙僧と同じ! 人食いの鬼だな!!…その瞳、貴様が例の始末屋か!」

 

「あらぁん? わたしぃ、有名人ねぇ? 握手でもしましょうかぁ?」

 

「ほざけ! 貴様が現れたのならば、やることは1つだ!!」

 

男はそう言って素早く横に転がる。巨大な鉄球など、意にも介さぬような動きだった。

 

「我、悪鬼を討つ!」

 

転がった先には、これもまた太く、六尺はあろうかという長さの錫杖だった。りん、と鈴のような音がするそれを。

 

「故に、我有り!!」

 

思い切り過愚夜に向かって振り下ろした。轟音と共に、せまる剛力。

 

しかし、剛なる力では、暴れる力には届かない。

 

ぴたっ、と錫杖は過愚夜の頭上で止まっていた。

 

「ごめぇん。聞こえなかったから、もう一度言ってみろ」

 

 錫杖は、止められていた。

 彼女が頭上に掲げた、小指一本で。

 

「んぐっ!? 馬鹿な、馬鹿なァ!!」

 

 男はぐっ、と力を込める。それだけで大気が震える。ぴしり、ぴしりと大気が震える音がする。

 

 が、それでも意に介すような段階ではない。

 

「弱いわ。お前、引くほど弱い」

 

 彼女が、小指をぱちん、と弾いて錫杖に触れる。

 それだけで、錫杖を持つ男の腕がぐわん、とたたき上げられた。

 

「ぬおっ!?」

 

 懐ががら空きになった。過愚夜はそこに踏み込みながら右腕を振りかぶる。

 弱く、弱く、力を込めすぎないように。

 

「んぅ。でもぉ、アンタぐらいがちょうどいいわねぇ?」

 

 ずどん、とまるで爆弾が爆発したような音がして。

 

 

 

 

 男は、廃屋の奥へと吹き飛ばされた。

 

「ぬぅはぁ!?」

 

 熊のような巨体が吹き飛ばされて、壁を突き破る。

 身体が反り返った男は、吹き飛びながら紅い月を見た。 

 満月だ。

 妖しく光る、紅の光。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばぁ」

 

 

 その光が、鬼女の姿でかき消された。

 いまだ吹き飛び、勢いを殺すことも叶わず宙に浮く男の頸を、彼女は掴み。

 そのまま地面に叩きつけた。

 

 「がぁあああああああああああああああっ!?」

 

 男の巨体に、逃げることも叶わなかった衝撃が襲い掛かった。

 男は、鬼である。

 多少の傷なら回復するし、痛覚にたいする耐性も、人間のそれより高い。

 しかし、押さえつけられた男はその痛みに、叫び声を上げるよりほかどうしようも無かった。

 

 頸をつかんだまま、過愚夜は言葉を繋いだ。

 

「んんー? なぁんだったかしらねぇ? あなたのお名前ぇ、なんて言ったかしらねぇ?」

 

「ああ、そうそう、思い出したわぁ。懺戒(ざんかい)、そんな名前よねェ?」

 

「まぁ、どうでもいいけどぉ。ねぇ懺戒ぃ? アンタまだ人を喰わない気ぃ? それがいつまでも通じるとおもってるのぉ?」

 

ぎりぎりぎり。

喉を占める音がする。

過愚夜の手のひらよりも、男、懺戒の頸の方が太い。

必然的に懺戒の頸に過愚夜の手のひらが乗る形になる。

乗せている、と言った方が近いか。

 

たったそれだけのことで、懺戒はもう動けない。

 

「せ、拙僧は…、喰わぬ、人など喰わぬ。意地でも喰わぬ!」

 

「そぉう? そぉんな出来損ないはねぇ?」

 

過愚夜が懺戒を抑えたまま、もう片方の手で拳を握る。

その手を振り下ろすだけで、懺戒の腐った命の灯は消えるだろう。

 

 

「あのお方には必要ないのよぉ? ねぇえ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、懺戒ぃ? 一度だけぇ、機会をあげましょうかぁ?」

 

 

 数字を与えれぬ、出来損ないの鬼、懺戒。

 彼の頭上で、紅い月に照らされた悪鬼が、にたり、と笑っていた。

 

 

 

 

 

 




大正コソコソ噂話(偽)

壱尺は、現代で換算すると、約30cm。
六尺とは、180cm。
懺戒はいつも錫杖を片付けるのに苦労するんだって。
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