十二支 桜花:兎さん。忙しいのは解りますし、お疲れなのも理解しています。でも、お部屋の片づけくらいはちゃんとしてくださいね。
十二支 兎 :桜花。昔の事を気に病むのは、もうやめにしよう。
大正○○年 ●月■日
のどかなとこだなぁ、と思う。
鬼殺と言う生々しい仕事を忘れるには、こういう場所に足を運ぶのが一番だ。
オレは桜花と二人、四国での旅行を楽しんでいた。
「兎さん、お饂飩です! お饂飩を戴きましょう!!」
舟の上で半狂乱になっていた桜花は嬉しそうに、ぴょんぴょん、とはねてオレを呼んでいる。どっちが『うさぎ』なんだか。
大丈夫だよ、桜花。饂飩さんは逃げたりしないさ。
「む。甘いですよ兎さん。欲しいものは気が付くと他の欲しがりさんにもっていかれてしまうモノなのです」
そうか、そういうものなのか。
「そうですとも」
それじゃあまぁ、急ぐかな。ほら。
「? えっと?」
差し出された手を、不思議そうに見つめる桜花。
こういう時、君は鈍い。
知ってるけど。
手を握り、頬を少し染めた桜花と共に、オレは四国の街へと踏み出した。
名産の饂飩と豆を出店にて口に運ぶ。
どちらも濃い味付けでオレ好み。饂飩屋にはいって一口麺をすすった桜花が、雷に打たれたような顔で「た、唯者じゃない・・」と言っていたのが気になった。
桜花の飯の方が美味いのに。
「こんな味、わたしにはとても出せません。一体どんな秘密が…。お出汁? 麺を打つ力加減? 一体…」
昔に比べて桜花は料理に積極的になった。
結婚した後しばらくはこっそり練習してたんだよなぁ。
本人の名誉のために黙ってるけど。
「兎さん、これは捨て置けません!すぐにお店の人に聞いてみます!」
あれ? 気のせいか? 桜花の瞳に炎が灯ってるんだけど。
桜花、どうしたの? ねぇってば。
「すみません、店主さんはどこですか!?」
「む、店主は私だが!」
うわぁ、いまどきザンギリ頭の大男が出て来たよ。
「お饂飩ごちそうさまです! とても美味しかったです!」
「そうかい、ありがとう!」
「今まで食べたお饂飩の中で一番おいしかったです!」
「褒め言葉を止めないでください! やる気が上がります!!」
「天才、すごいです、偉いです!」
「ありがとう!」
「つきましては調理法を伝授してもらいたく!」
「ダメだ!!」
まぁ、相手は職人だもん。そりゃそうなるわな。
桜花、桜花が作る料理はいつもうまいからさ。あんまり店の人を困らせないようにね。
「‥‥むぅ、まぁ、兎さんがそう言うのでしたら」
目が全く諦めてないよ、桜花。
「しかし、美味しい方が兎さんに喜んでいただけますし、兎さんが喜んでいると桜花も嬉しくなるんです!!」
あ、ぐっときた。ぐっと来たよ、桜花。
抱きしめていいかな? いいよね?
「だ、ダメです! 店主さん、どうしても教えて頂けませんか?あとしょうゆ豆お土産に包んでください」
「ダメだっつてんだろ! しょうゆ豆は何袋必要だい?いってみな!」
「二百袋お願いします」
「にひゃ・・!? ある訳ねぇだろそんなもん! 誰がそんなに食うってんだ!!」
すいませんね、俺の同僚、たぶん本気出せば五百は固いんで。
「はい、これでも気を使ったつもりだったんですが」
「…すまないけどね。百で勘弁してくれねぇか」
「…蜜璃さん、暴れないといいんですが」
大丈夫だろ。最悪水と饂飩粉流し込んどけば。
店から出て街を歩く。やはりこの辺り、香川県には大層うどん屋の出店が多かった。事前にねぎまに飛んでもらって情報を集め、美味しいと評判の店に目星をつけておいたのは正解だったかもしれない。
桜花と一緒にあそぶとき(といっても柱を止めさせてくれないからいつもいつも時間がとれないんだけどね)には、オレはこうやって必ずいろいろなことを調べてから動く。その方が桜花に楽しんでもらえるし、いろんなところに驚きを仕込むことが出来る。
例えば、宿なんかを取ってもそうだ。
「兎さん兎さん! 見てください! 温泉ですよ、温泉!!」
ともすれば忘れがちだけれど、俺たち鬼殺隊、それも柱となれば高給取りである。そも、この旅行は桜花にも内緒だったわけで。
だからこそ、泳いで回れそうなほどの温泉がついている部屋を取ることが出来るわけだ。
仕事の合間にねぎまをとばし、隠の皆さまに土下座をし、手に入れた高級宿での宿泊。
決して安い労力ではなかったのだが。
「ふふ、兎さん。こんなにたくさん準備してくれたんですね。ふふ」
嬉しそうに笑う桜花を見ていると、すべての労力が苦ではなくなるのだから、不思議な話だよね。
「さぁ、さっそく楽しみましょうか。兎さん、先に入ってください」
ん?
「? 何を不思議そうな顔をしているんですか?兎さんが出た後、桜花も入りますから」
ははは、何を言ってんだい桜花。
「? なにがですか?」
この温泉は俺たちがとった部屋専用だ。誰も入ってこないんだよ?
「・・・兎さん、なんだか目がぎらついているような気がするんですが」
さぁ、桜花。夫婦の時間を楽しもうじゃないか。
装飾の鹿脅しが、水を受けきれずにかこん、と鳴った。
何気に、こんな経験は今までなかった。
桜花と一緒に風呂。うん、一度やってみたかった。
「何をしみじみと呟いてるんですか、もう。…こっち、見ないでくださいね」
ぴったりと背中を合わせた状態の桜花が、俺の後ろから声を飛ばす。
そう。背中がぴったりとあたっている。
やばい、出来心で提案してみたけどヤバいなこれ。
俺の理性って日輪刀より固いんじゃなかろうか。
ちら、と桜花のほうをみる。ばれないように。
なにこれ桜花。温泉で見るとホントに。君肌白すぎじゃない?
綺麗な桜色の髪を括っているから、綺麗な首筋もはっきり見えるし。
「兎さん、こっち。見てるでしょう?」
か細い声が聞こえてオレはとっさに前を向いた。
見てない! 見てないでございますとも!!
「もう、あなたが言い出したんじゃないですか」
そう言ってクスクスと笑う桜花。
なぁ、桜花。
「はい、なんですか?」
いつもありがとう。ホントに感謝してる。
「…いいえ、こちらこそ」
いつも君にはなにもしてあげられてないから。今回の旅行を楽しんでくれてるならうれしいんだけど。
「そんなこと、ありませんよ」
背後で、ちゃぷ、と音がした。桜花が手のひらに湯を救っていた。中央に、枯葉が一枚ぷかぷかと浮かんでいた。
「兎さんはいつもちゃんと帰って来てくれるじゃないですか。桜花にとってはそれが一番大切なことなんです。兎さんがちゃんと帰ってきて、次の日桜花のご飯を食べてくれる。それだけで、桜花は救われます。明日を楽しみにできます」
「だから、何もしてあげられない、なんて言わないで。本当に、本当にたくさんの物を貰っていますよ。あなた」
気が付けばオレは振り返って、桜花の背中を抱きしめていた。
「ひゃ!? う、兎さん!?」
大丈夫だ桜花。目を瞑ってるから。
そのまま聞いてくれ。
桜花、オレもだよ。
オレも君にいろんなものを貰った。
君はオレからたくさんの物を貰ったと言うけれど。
オレは貰った物の分以上に君に笑ってもらおうとしてるだけで。
重ねて言うと、笑っている君のとなりに居たいだけなんだ。
だから、このままいつまでもオレのわがままに付き合ってくれるか、桜花?
「‥‥、いいえ、なんていう訳ないでしょう? 兎さん」
それもそうか。
かこん、と鹿脅しが音を立てた。
2人の心音が大きすぎて、良く聞こえなかった気がした。
大正コソコソ噂話(偽)
業柱専属の隠隊ならびにねぎま。
現在この旅行準備の疲労をいやすためちゃっかり別部屋で入浴中。