鬼殺隊士ハ何時如何ナル状況下ニオイテモ、日輪刀ヲ用イタ人間ヘノ傷害行為ヲ禁ズル。
ぼさぼさの白髪を掻き毟りながら、オレは隣で眠る桜花を見る。
すっかり酔いつぶれてしまった。吹雪饅頭で。
吹雪饅頭で酔いつぶれる女、十二支桜花。
可愛い彼女は、可愛いオレの妻なわけだが。
髪を撫でてやると、ん、とくすぐったそうに体を揺らす彼女の顔を見て、オレはつい微笑んでしまった。
微笑んで。
笑って。
そんな浮かれた顔を張って、意思を固める。
本音の笑顔を引っ込めたまま、オレは日輪刀を手に持ち部屋を出た。
「ご婦人は落ち着いたか?」
目当ての男は、堂から出て少し先の芒だらけの丘に居た。
筋骨隆々なその男が風に揺れる芒原に立っているのは、蜜璃が絶食する事と同じくらい奇怪な光景だったけれど、まるで十年来の宿敵と決闘をするのでは、というほどの凄味を出す彼の前に、何もかも、風も冷たさもうけとめて揺れる芒以外の植物が死に絶えてしまった、と解釈すれば自然な光景なのかもしれない。
否。
十年来ではないけれど。
宿敵ではないれど。
オレたちは決闘をするのかもしれないのだから。
やっぱりこれは違和感のない光景だったのだろう。
ああ、おかげさまで。それはそれとしてよくも一人で出ていってくれたな。
「うむ…触らぬ神になんとやらだ」
そりゃぜひともそうして欲しいとこだけどさ。
だって鬼じゃん。
鬼が神に触れたら鬼神じゃん、あるいは奇人じゃん。
…、あの子たちは?
「もう眠っている。子守も楽しいものだが、寝かしつけるのだけは中々慣れぬものだよ」
そっか。じゃあ邪魔は入らないな。
「応とも。邪魔は入らない」
こんな問答に意味があるのかと問われれば、きっと意味はない。
それでもオレは確かめなければならない。
炭治朗くんの時とはわけが違う。
オレは懺戒の事を、誰の口からも擁護されていない。
懺戒自身を見て、決めるしかないんだ。
すなわち、戦うか、見逃すか。
なぁ、懺戒?
「うむ?」
お前は、最後に米を食った時のことを覚えてるか?
「覚えておらぬよ。 なにせ、拙僧は鬼であるが故」
やはり、そうか。
懺戒、お前は凄い奴だな。
「凄い奴? 拙僧はそんな物ではない。拙僧は負けたのだ。死の恐怖から逃れようとして、死ぬよりひどい有様になってしまった」
それでも、オレは彼を称賛せずにはいられなかった。
鬼を称賛したのは初めての事だった。
思えば、彼の味は、他の鬼とは決定的に違っていた。
血の味がほとんどしない。
禰豆子ちゃんと同じ、もしくは近い状態だった。
これが意味するところは、つまり。
懺戒、お前は、人を食ったことがないんだな?
「…それがなんだと言うのだ」
懺戒は笑った。彼は笑い方が下手なのだと、オレは役に立たないが意味のある発見をした。
「拙僧は人を食わぬ、断じて食わぬ。だが…そんなことは拙僧がかつて当たり前にできていたはずの事なのだ」
「拙僧は人を食わぬ、断じて食わぬ。…どうしても耐えられぬ時は、自らに噛みついた」
「だが、本来、人はそんなことはしないはずなのだ。本当に美しい、拙僧が愛した人間は」
懺戒は知っている。自分が、もう戻れないところまで来てしまっていることを。
だが、それでもオレは彼を称賛する。尊敬する。
懺戒、お前は鬼なんかじゃ…
「やめろ、十二支 兎」
懺戒はそう言って拳を構えた。そういえば、あの錫杖を持っていない。
「拙僧は鬼である。貴様は鬼狩りである。拙僧は貴様の頭を握りつぶすことをためらわないし、貴様は拙僧の頸を断つことをためらうな。互いに、そうあるべきなのだから」
さぁ、刀を抜け。
目の前の男はそう言った。
確かにそうするべきだ。
このままオレがためらいつづければ、懺戒は強硬策に出るだろう。
強引に殴りかかる。
錫杖を使う。
町の人間を、隠を狙う。
桜花を、傷付けるかもしれない。
すべきことなんて決まっている。
やりたくないことなんて、いままで散々やってきた。そもそも、この仕事だってやりたくてやってる訳じゃない。
でも、人が死ぬから。
オレがやらなきゃ人が死ぬから。
死の味が、オレはどうしても嫌いだったから。
涙の味は、オレの舌に残るから。
だから怖いけど、人を死なせないために。
死にたくないから、死なせないために。
だから、鬼がもともと人間であることなんて、解っていたとしても。
オレは刀を振り続けた。
弱いなりにがむしゃらに。
周りや運に助けられながら。
だから、だからこそ。
懺戒、お前の要求を聞くわけにはいかないんだ。
オレがそんな思考をしていた時の事だった。
俺達が出てきた廃寺から、鬼の味が噴き出した。
大正コソコソ噂話(偽)
鬼殺隊には規則があるよ。
実は兎さん、違反して斬首されるのが怖すぎて、全部暗記しちゃったんだって!