「覚えてるかなー」
竈門 炭治朗
「どうだろう…」
氷柱 白雪
「ボク達の出番・・いつかなー」
竈門 炭治朗
「いつだろうな…」
これは兎さんが破戒僧 懺戒と芒原で対話を試みていたころの話。
私、十二支 桜花はゆっくりと目を覚ましました。
ゆっくり、という表現をしたのは、桜花が目を覚ます時ゆっくりと目を開ける、なんて優雅な特徴があるんですよ、なんてことを強調するためではありません。
最初に感じたのは頭痛でした。
頭の奥を締め付けるような痛み。
喉奥が焼けるようです。
菊ちゃんが持ってきてくれた吹雪饅頭を食べたところまでは覚えているのですが、そこから先は不透明。何も覚えていません。
全く。何も。
ふと自分の服を見ます。
ゆかたがすこしはだけてしまっています。だらしない、と兎さんは言うでしょうか。
妻として、みっともない姿を見せるわけにはまいりません。
桜花はすぐに浴衣を直しました。うん、さらさらとして気持ちがいい。
あれ、さっきまでもなんだかホワホワして気持ち良かったような。あれれ。
とにかく、覚えていないことは覚える意味もないようなこと、と前向きな思考に切り替えて、桜花は部屋を見渡します。
部屋の様子はさほど変わったように思えません。桜花たちの荷物も部屋の隅にまとめられています。こんどは、盗られなかったようですね。
そういえば、昔、兎さんは物盗りにあったことがあるとこぼしていましたね。
その時の下手人は今回のような子供ではなく、身なりの悪い男だったそうですが、なんでもその男との出会いが、その男の死が、その男から託された沢山の物が、兎さんが鬼殺隊の門をたたくきっかけになったそうですが、桜花は仔細を知りません。
なんだか恥ずかしがって話してくれないのです。
その時のことを聞くと、兎さんは決まってこう答えます。
「あー、うん。ちょっとね、込み入った上に恥じ入るような話だから、うん」
その時の目の逸らしようと言ったら、まぁ。
まぁ、桜花と出会う前の話ですし、兎さんはいつか必ず話してくれるでしょうから桜花は黙ってその時を待ちましょう。
そう考えると、桜花は意外と兎さんの昔を知りません。
いつ、どこで十二の呼吸を身に着けたのか。
どこで鬼を知ったのか。
そもそも、どこの生まれなのかさえも知りません。
そういえば、兎さんのご両親って、どんな方達だったのでしょう。
兎さんご自身も知らない、と言ってましたけど。
なにか覚えてることはないんですか? と、昔一度だけ聞きました。
「そうだねぇ。父さんについては、うん。まったく。母さんについても全く…と言いたいんだけど、うーん。母さんについては何と言うか、おぼろげながら記憶があるんだ」
「オレと違って黒い髪だったよ。あと、すごく温かかったような気がするんだけど、時々すごく冷たかったような…、あー、結局よくわかんないって事になるのかな」
要するに、よくわからないようでした。
結局、桜花が兎さんについて知っている事と言うのは、意外なことに少ないものなのです。
例えば、好みの食べ物とか。
例えば、好きな色とか。
例えば、あの日輪刀の事とか。
本来兎さんの色ではないあの純白の日輪刀。あの日輪刀を渡した時の事はよく覚えています。
あの夜の事を奇跡と呼ばず何と呼ぶのか。
桜花はあの日の事を忘れないでしょう。
そしてふと、気が付いてしまいました。
荷物の中からたった一つだけ。
日輪刀だけが無くなっていることに。
ぎしぎし、と音がなる廊下を浴衣姿で進む女。
いつものように髪を括ったその女。
はい、十二支桜花でございます。
私はとりあえず、兎さんと日輪刀を探しに部屋を出ることにしました。
月明かりのおかげで足を滑らせることはありませんが、廃寺と言う事もあってか光が当たっていることが逆に不気味です。なるほど、兎さんでなくても少し怖い。
ぎし。ぎし。ぎし。
ぎし。ぎし。ぎし。
廊下を歩き続けていると、ふと、先に蝋燭の灯りを見つけました。
動いています。誰かが蝋燭を持って歩いているようです。
桜花はその光を追いました。我ながら虫のようです。
ぎし。ぎし。ぎし。
またすこし歩くと、蝋燭を持っている子供たちが見えました。
菊ちゃんと確か…、数珠坊くんと言ったでしょうか。
二人が扉の前で何かしています。
「兄ちゃん、兄ちゃん。大丈夫か? 痛くないか?」
「お兄ちゃん、お薬は見つからなかったけど、『お話相手』連れて来たよ。あとすこししたら会わせてあげるからね」
数珠坊くんと菊ちゃんがなにやら扉に話しかけています。察するに扉の向こうに病床の鈴、と言う名の方がいらっしゃるのでしょうか。
しかし、うっすらとしか聞こえませんでしたが、『話し相手』?
桜花たちの事でしょうか。
はて? お兄さんとお話をするお約束などしていたでしょうか?
と、ぎぃいい、と扉が少し開いて、中から声が聞こえてきました。
余談ですけれども、こういう怪しい扉が開くときって、なんで部屋から煙が出てくる気がするんでしょう。いや、今回は出てませんけどね。
ともかく、開いた扉からは声が聞こえました。
低い声でした。
懺戒さんも相当低い声でしたが、部屋から響く声は、部屋の先には地獄があるのか、というほどに低い声でした。
すなわち、まるで人ではないような。
「数珠坊、菊。ありがとう。ありがとう。全く嬉しくて涙が止まらないよよよ」
「話し相手を連れてきてくれて兄ちゃんは嬉しいぞぞぞ」
「おう、兄ちゃん! 俺達に任せとけって! 薬も見つかればまた昔みたいに『日の下を歩ける』ようになるよな!!」
「うん、お兄ちゃん、その眼も元に戻るからね」
「ああ、ありがとう、うれしいななな」
「そちらの美しいお嬢さんが俺の話し相手かななな」
・・・ああ、そういうことですか。
桜花はゆっくりと、驚く数珠坊くんと菊ちゃんが桜花の姿を、蝋燭の灯りで照らせる距離まで近づきました。
「ああ。綺麗な方だななな。うれしいよよよ」
「あ、ぺったんばばぁ! いつの間に!?」
…。
数珠坊くん、こっちに来なさい。
「へ、へんだ! 誰が行くもんかよ!!」
菊ちゃん、貴女もです。早くこっちに来てください。
「え…?」
「お嬢さんんん。二人が無礼をはたたたらいてててもうしわけありませんんん」
だまりなさい。
もう人の言葉を話さないで。
「お前、鈴兄ちゃんになんてこというんだ!!謝れよ!!」
数珠坊くん、菊ちゃん、早く・・。
早くこっちに来てください!!
その『鬼』はもう重度の飢餓状態です!
『気付いて』しまう前に早く・・・
「・・・あれれれれ? 菊、お前ってこんなにいい匂いだったかななな?」
血が飛び散って、蝋燭の灯りが酷く揺らいだような気がしました。
飢えて、飢えて。
飢えて、飢えて。
いつしか舌も回らなくなってしまったよ。
次は思考も回らなくなる。
最後は、回っていたことを忘れてしまうんだ。