ようやっと続きが書ける環境になってきました。
作者はこの約一年の間、雷に打たれるわ、谷に落とされるわ、罠だらけの山に閉じ込められるわと散々な目にあったので、文章力が落ち切っていると思いますが、暖かな目でご覧ください。
大正○○年●月■日
廃寺から噴き出したのは、鬼の味。
懺戒と同じで、全く血の味はしないのに、こちらはなんだかものすごく嫌な感じのする味だった。
なぜ今まで気付かなかったのか、自分でも不自然に思うほどに。
「この気配…そうか。やはり、そうだったのだな」
懺戒が寺を見て何かつぶやく。
はっきりなにか喋っていたはずなのに、何を言っていたのか、ほとんど耳に入らなかったのは、オレの思考が一瞬で固まってしまったからなのだろう。
オレはあの寺に、桜花を残してきた。
懺戒と戦っている場合じゃない。
今すぐ寺に戻らねぇと!
そう思い、足に力をこめる。
筋肉の繊維。血管の1本1本まで意識を張り巡らせる。
誰にでもできる簡単な技術だけれど、これは全集中の呼吸における重要な工程の1つだ。
呼吸により発生する力はオレの左足に集約され、自分でも怖いほどの加速を産む。
まってろ桜花! 今すぐ行く!
そう自分に喝を入れ、一歩目を踏み出そうとして。
「だぁあああめぇえ。うさぎちゃんの相手はぁ、何時だってぇ、わぁ、たぁ、しぃ」
空から堕ちてきた銀髪の鬼に、頭を思い切り踏みつけにされた。
大正○○年●月■日
とっさに走って胸元に菊ちゃんを抱きしめた自分の行動を客観的に見て、桜花はまだ本当の意味での全集中を使えないほどにはなまっていないことを理解しました。
しかし一方で、やはり最前線から離れていた事は、確実に桜花を弱くしてしまったようです。
鬼の爪が、桜花の浴衣の裾を切り裂きました。
わずかに爪が皮膚を裂き、そこからぽたぽたと血が流れます。
痛い。
でも、腰を抜かして震える数珠坊くんと、桜花の腕の中でまだなにが起こったのか解っていない様子で呆ける菊ちゃんを見て、悲鳴を挙げる暇もないことを桜花は理解しました。
「おおお、おおおおお」
扉を開けた先に居た鬼、二人には、『鈴』と呼ばれていたでしょうか。
煤だらけの床に落ちた桜花の血と、その血がながれた腕を見て、目を見開き、よだれを垂らして喘いでいます。
「なんだぁ、甘い匂いだなな。だ、だれか、香でも焚いたのかかか」
鬼は、まだ自分がどうなっているのかはっきりと理解していないようでした。
鬼になってから、二月、あるいは、一月。
そう時間も経っていない。
数珠坊君と菊ちゃんが今日まで五体無事に済んでいることが何よりの証拠です。
「す、鈴兄ちゃん…?」
腰を抜かしたまま数珠坊君が恐る恐る声をかけている。
目の前の現実が信じられない。そんな顔でした。
「ど、どうしたんだよ? なんだよ、その・・・顔‥」
血管の浮き出た表皮。
唾液に濡れた牙。
するどく伸びる爪。
もう人としての姿をしていない。
おそらく彼も兎さんからきいた少女と同じく、いままで強い精神力で鬼としての本能を押さえつけ、ギリギリのところで人間として踏ん張っていたのでしょう。
そうでもなければ、二人があの状態の彼を、『病気』だなんて思う訳もない。
彼は私たちがやってきたこの日、あまりにも哀しい覚醒をしてしまった。
それはきっと、無関係ではないのでしょう。
だって。
だって、桜花の血には―――。
『いいかぃ、仇散華。あたいはアンタに刀を打ってやってるけどね、勘違いしちゃいけないよ』
『アンタは傷を負えば負うほど不利になる。それがたとえかすり傷でもだ』
『アンタに負傷は許されない。その白い刀身を自分の血で濡らすことがあってはならない』
『他の隊士共には負けるくらいなら腹を斬れ、せめてアタイの傑作たちの切れ味を証明してから死ね、なんていうぐらいなんだけどねェ』
『なぁ、アンタ。鬼殺をやめるつもりはないのかい? 険しい道だよ。他の隊士よりずっと』
『…そうかい。じゃあ、肝に銘じておくんだね』
『アンタはこの世に1人いるかいないかの希少な稀血。アンタの負傷は、仲間の死につながるよ』
「甘い香りだァ。甘い香りだだだだだっだ!」
瞬間、鬼は床に這いつくばって桜花が落とした血痕を
ぺろり、ぺろりと舐め始めました。
最初は菊ちゃんを狙っていました。恐らくは桜花ほどではありませんが、この子もきっと。
「お、お兄ちゃん…」
「そんな、やめて。やめてくれよ、鈴兄ちゃん!?」
ようやく現状の異常性に気が付いたのか、子どもふたりが騒ぎ始めました。
しかし、今は好機。
鬼が桜花の血に気をとられている内に。
桜花は腕の中で震える菊ちゃんに、そっと耳打ちしました。
いいですか、菊ちゃん。
合図をしたら数珠坊君をおこして、それで―――
「・・え?」
大丈夫。言うとおりにしてください。
それが、お兄さんを治す方法なんですよ。
桜花は子供に嘘をついたことがありませんでした。
昔はなんでも正直に話したものです。
あなたの両親は鬼に喰われて死んでいた。
あなたの親は鬼になっていたから私が『処分』した。
なんでも正直に。
本当の事だけを話してきました。
桜花はやはり、戦場からはなれて変わってしまったみたいです、兎さん。
昔は子供に睨まれたって平気だったのに。
今は子供の、菊ちゃんのすがるような目が、今はこんなに痛いなんて。
「本当、ですか‥?」
ええ、言われたとおりにしてくださいね、菊ちゃん。
鬼はいまだ、夢中で床を舐めています。
桜花は、その鬼の顔に向かって。
怪我をした腕を思い切り振り払いました。
怪我をした腕を振れば、当然傷口から血の飛沫が飛びます。
それらは鬼の顔にかかって―――。
菊ちゃん! 今のうちに言われたとおりに!!
走って、部屋の中に隠れて! 桜花とは『反対方向』に逃げるんです!
菊ちゃんは涙を流しながら、数珠坊君をゆすって立たせています。二人ともまだ顔は恐怖一色ですが、菊ちゃんに引っ張られて二人は鬼が住んでいた部屋の中へ。
反対に鬼はぬっと顔をあげ、顔にかかった血の水滴を、一粒口の中にいれて。
「おまぇ。あまままままま」
「もっとだ! もっと」
「お前の血をよこせぇええええええ!」
二人と入れ替わるように、桜花の方向へ駆け出しました。
さぁ、ここからが本当に桜花がなまっているかどうかが試されます。
実践するのは初歩の初歩。
柱と甲を分ける、呼吸の技術。
身体の筋肉の筋。
その一本一本に至るまで。
意識を集中させて、その勢いのままに、
踏み込む!
身体を走らせて桜花は鬼の爪を振り切って、走ります。
二人から鬼を遠ざけながら、鬼が桜花を見失わないように。
兎さん、あの子たちは桜花が守ります。
だから兎さんも。
無事で、いてくださいね。
大正コソコソ噂話(偽)
鈴さんはとっても器量の良い人でしたが、寝ているところを鬼にされてしまいました。
無意識下での変化が何をおこすか、という無惨の気まぐれな実験です。