柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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十二の呼吸。

かつて十二の剣士が完成させた、究極の呼吸。
型は無く、ただ人を非人に変える、外道の呼吸。


十二人はそれぞれ怪物であったが。

そのなかでたった一人だけ、自ら命を絶った剣士がいた。


彼女が使用した呼吸の名は『酉』。
彼女はこういった。

「哀しいの。私の戦いを見た剣士たちは、皆死んでしまうの」


十二支 兎は 怒る。

大正〇○年 ●月■日

 

 鳩尾に入った。

 過愚夜が放った肉の羽衣は(あんな強度の肉塊を『羽衣』なんて呼んでいいものかどうか)、オレのアバラを砕き、身体を打ち据える。

 肺に取り込んでいた空気が全て吐き出される。口の中に、鉄の味が広がった。

 これは、オレの血の味。

 くっそ不味い。

 

 でもさっき寺から漂った血の味はもっと不味い。

 あの血の味は、間違いなく。

 

 「うさぎちゃぁあん、よそ見なんてだぁめよぉ?」

 

 血鬼術『御石の鉢・大嘘』

 

 吹き飛んだオレとの間に生まれた距離を、過愚夜が一瞬で詰める。

 御石の鉢、という血鬼術は前に会った時も使っていた。

 全身、あるいは局地的に肉体を硬化させる技。

 強度は日輪刀をたやすく上回り、虎の呼吸でさえも弾いてしまう。

 その鋼の拳が、今オレの目の前に放たれようとしている。

 回避しなければ、こんどはアバラでは済まない。

 顔面が潰れる!

 

 全集中! 『午』の呼吸!

 『掛馬』!

 

 午の呼吸。掛馬。

 呼吸を全身にめぐらせるだけではなく、その一連の動作、反復をすべて二倍の速度で行う技。

 移動速度、回避速度、攻撃速度。

 全ての速さは、この呼吸を続けている間だけ二倍になる。

 

 しかし、それでもなお過愚夜の拳は早い。

 高速で回避したはずのオレの頬をちりっ、と掠り、地面に叩きつけられた。

 べごん、と音がして芒畑に大穴があく。

 

 おまっ、えっ!? おまっ!

 

 動揺のあまり変な声が出た。恥ずかしい。

 あんな拳で殴られればひとたまりもない。

 ゆらり、と銀髪を揺らす鬼を見て、改めて上弦の強さを思い知る。

 

 次元が違う。

 いままで出会ったどの鬼とも。

 

 「ふふ、必死なのねぇ、兎ちゃぁん。そんなぁに私を見てくれるのォ?」

 

 陥没した地面の中心から、奴がオレに声をかける。

 あろうことか、奴はほんのりと頬を染めていた。

 まるで恋する乙女の様に。

 まるで、これが当たり前の日々の様に。

 

 ふざけるな。

 

 オレは刀を正眼に構え直して吐き捨てる。

 アバラが軋んで激痛が走るが、構っていられない。

 

 オレは桜花の所に行く。邪魔をするな。

 

 「桜花。まぁあた、桜花!」

 

 過愚夜の味が変化した。怒りの味。

 顔は憤怒の形相に固められ、瞳がせわしなく揺れる。

 

 やべぇ、めっちゃ怖い。

 

「兎ちゃんはいっつもそう! 口を開けば桜花桜花桜花桜花桜花!!」

「意味が解らないわァ!あの女より私の方が兎ちゃんを想ってる! 貴方

とずっと一緒に居てあげられる!あの女があと何年貴方と一緒に居られるのかしら!?私は貴方を鬼にして連れて帰るの! 今度こそ一緒に過ごすのよ!永遠にっ、永遠にッ!」

 

 まずい。よくわからないが怒りで錯乱状態になっているようだった。

 普段の不気味な語り口も、強者の余裕も吹き飛んで、過愚夜は妄言を吐き散らす。

 

 今度こそってなんだよ、この間の戦いが初対面だろ。

 

 いや、気をとられるな十二支 兎。

 寺に居る桜花を救うためには、冷静に、目の前の一手一手に集中するんだ。

 

 過愚夜が何を言ったとしても、軽はずみな挑発には乗らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああッ、あの売女! ろくでもない泥棒猫! あの女は駄目! 弱すぎる!兎ちゃんとは一緒に居る価値もないような糞女―――」

 

 

 頭の中で、何かがはじけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気がびりびりとしびれる。

 叫び続けていた過愚夜は、半狂乱になって、十二支 桜花に対して呪詛を投げ続ける。

 それは嫉妬心だった。

 本当なら、十二支 兎の手を取るのは自分のはずだった。

 彼を鬼にして、ずっと一緒に暮らすはずだった。

 鬼になってからずっと、最愛の彼の事を忘れたことは一日だってなかった。

 彼を抱きしめたい。

 彼の頭を撫でたい。

 彼と。彼と彼と。彼と彼と彼と。

 やりたいことが沢山あった。話したいことも山ほどあった。

 

 

 それが何の運命の悪戯か、彼は結婚し、その相手は自分よりも弱い桜花という女。

 到底認められるはずがない。

 兎の横に立つ女が、兎より弱いなんてことがあっていいはずがない。

 

 本人に自覚は無いのだとしても、最強の彼に並び立つのなら、必要なのはそれを超える強さだ。彼を守るため、その為には最強より強くなくてはならない。

 あの日、あの花畑で桜花を踏みつけにしたとき、過愚夜は確信した。

 

 

 ああ、駄目だ。

 この女は駄目だ。

 兎ちゃんには相応しくない。

 弱い。弱すぎる。

 桜色の髪も気にいらない。

 華奢な体も気にいらない。

 愛してもらえると、本気で信じていることが何より気に入らない。

 

 

 だから、殺してしまおう。

 兎ちゃんの目の前で、辱め、引き裂いて、ズタズタにして、雑魚鬼どものエサにでもしてやろう。

 

 

 すべては、『私の兎ちゃん』のため。

 

 

 だが、これはどういう事だ。

 何をしても、どうやっても。

 兎ちゃんの口からは桜花桜花桜花。

 あの女の名前ばかり。

 

 私の事をちっとも見てくれない。

 撫でてくれない。

 愛してくれない。

 

 

 どうして?

 

 私はこんなにもあなたを愛しているのに。

 

 

 過愚夜は怒りに呑みこまれていた。

 兎にではなく、ここまで強く兎を『洗脳』し、誑かしているあの女。

 十二支 桜花に怒りをぶつける。

 口からは、数多の罵詈雑言が飛び出した。

 

 

 彼女は確かに十二支 兎を愛している。

 しかし愛しているばかりで、理解していなかった。

 十二支 桜花を貶すということが、妻の尊厳を汚されるということが、十二支 兎にとって、どんな意味を持つのかを。

 

 

 

 

 

 空気が変わる。

 最強の鬼殺隊士、業柱の赤い目が見開かれ深紅に染まる。白い髪の毛が逆立ち、びりびりと、あたりに殺気が飛び散った。

 

 

 「―――、十二の呼吸、禁式」

 

 呟くような声だった。唸るような声だった。

 普段の彼なら絶対に出さないような声だった。

 

 

「『酉』 刻限――四」

 

 次の瞬間、兎は大地を蹴って過愚夜に接近した。

 

「なぁに!? やっぱり私を選ぶ気になったのかしらァ!?」

 

 対して過愚夜は御石の鉢を発動させて身を固める。

 この状態の過愚夜を斬る事は、いかに兎といえども不可能だ。

 そう思っていた。

 

 

 しかし、次の瞬間、過愚夜はその油断に足を掬われることになる。

 

 

「『風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ』」

突如、兎の日輪刀から暴風が噴き出した。

暴風は刀を受け止めようと腕を構えた過愚夜を呑みこみ、諸共に吹き飛ばす。

 

「がっ!?」

 吹き飛ばされながら、過愚夜は自分の腕を見る。

 信じられない。肉が一部削がれている。

 

 吹き飛ばしても、兎の追撃は止まらない。空中に舞う過愚夜を見ながら次の構えに移る。

 

「『雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃』」

 雷が落ちるような音が轟いて、兎の体が宙に向かってはねた。

 真っ直ぐ過愚夜に向かって飛んだ彼は神速の居合術をもって斬りかかる。

 

「ちょ、ダメダメダメッ!」

 

血鬼術。 『羽衣・忘失、四ノ月』

 

とっさに肉の羽衣をとがらせ、鋭い槍として兎に向かって突き出す。

四本の槍が彼の喉元を狙ったが、内三本が切断された。

 

しかし、残りの一本が兎を襲う。

 狙うのは、頭蓋骨。

 

「『水の呼吸 弐ノ型 水車』」

 兎の体が突如、縦に回転した。

 まるで水車の様な軌道を描いた斬撃が残りの槍を斬り落とす。

 

 「そんな、一体どうなって――」

 

 その言葉を最後まで彼女が紡ぐことはできなかった。

 「『水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き』」

 彼女の喉元に、波紋の中心を突くかの如き一撃が放たれた。

 鋭い突きは、彼女の喉元に深く突き刺さる。

 

 図らずも空中で両者は、初めて出会ったときと同じ状況下に置かれた。

 

「う、うふふふっ、兎ちゃん。またあの技をするのぉ?」

 喉を刺されながらも、過愚夜は可笑しそうに問いかける。

 兎の十二の呼吸における、空中戦想定の呼吸、『卯』。

 その中でも兎が完成させた奥義『月砕』は、絶大な威力を発揮した。

 

 しかし、その技は過愚夜には通じない。

 過愚夜は血鬼術で体を灰に変えることが出来る。

 いかに兎と言えど、灰を斬る事は出来ない。

 

「いいわぁ、やってぇ。兎ちゃんのあの技ァ、最高に気持ちがいいのォ」

 恍惚とした笑みを浮かべ、過愚夜は語りかける。

 胸が高鳴っていた。

 

 対して兎は何も言わない。

 ただ、深紅の瞳で過愚夜を見つめている。

 過愚夜はさらに胸が高鳴るのを感じた。

 

 やがて二人の体が、落下を始めた。

 

 地面に向かって、まっすぐに。

 

 

 過愚夜が違和感に気付いたのは、その直後だった。

 落下を続けているのに、兎が一向に月砕の構えをとらない。

 

 これでは落ちているだけだ。

 このままいけば兎は地面に衝突して死ぬ。

 

 

 

「お前を逃がしてから、ずっと考えていた」

 やがて、兎がぽつりと口を開いた。

 

「お前のあの反則技みたいな血鬼術を破るには、どうしたらいいかって」

 兎が、ここにきて日輪刀に力を込めた。

 

「考えて考えて考えた。 飯を食いながら」

「お前のあの技は確かに無敵だ。発動されたら絶対に逃げられちまう」

「だからこそ、考えた」

 

「そして、気が付いた。この技『自体』には攻略の糸口がないって事に」

 

 

 そこまで聞いて、過愚夜は彼の考えを理解した。

 

「う、兎ちゃん! ま、まってェ!」

「またない。お前は、オレの一番大事なものを侮辱した」

 

兎が刀に込める力を、いっそう強くした。

過愚夜の知らない構え方。

 

「永遠に悔いろ。灰ごと呑みこむ、土の中で」

 

 

十二の呼吸。『卯』の呼吸、応用版。

 

『月砕 落陽』!

 

地面に叩きつけられた過愚夜を衝撃が襲う。

今回は着地してすぐ、兎が日輪刀を抜いて体を転がす。

 

が、過愚夜に与えられた衝撃は、刀を抜いても止まらない。

 

「がっ!、ぐッ、ぐぅぅううう!?」

 

 衝撃が何十にもなって襲ってくる。刀に細かな振動を渾身の力で与えることで、なんどもなんども。月砕を連続で受けるかのような衝撃が彼女を襲い続ける。

 

 体を灰にしたとしても、身体がどんどん地面にめり込み、埋まって行く。

 ここで灰になってしまったら最後、過愚夜は二度と元に戻れない。

 

 地面の中には、灰が移動できる隙間などないからだ。

 

 

「う、さ、ぎ、ちゃ、うさ」

 

 やがて体がうまり、顔も埋まり始める。

 それでも衝撃が終わらない。

 

「うぅぅうぅううう」

 

 

 

「うぅぅうぅぅうさああああああああああああああああぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」

 

 

 彼女が必死に伸ばした手は届かず、やがて意識は土の中に消えた。

 

 

 

 

 

 

 十二支 兎は静かにそれを見届けた。

 芒の丘に静寂が訪れる。

 優しい風が芒をゆらし、揺れる芒に合せるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十二支 兎は口から血を吹いて倒れた。

 




十二の呼吸『酉』

十二の呼吸、二つの禁じ手の1つ。
これを習得した剣士は特殊な『目』を持つことになる。

この呼吸を体得すれば、鬼殺の呼吸、型であれば見ただけで完全に模倣することが出来るようになる。

その模倣は、酉の呼吸に耐えられる肉体を持つものが使う事でさらに昇華され、原点を超えることさえも可能。

ただし、この呼吸は禁じ手である。
行き過ぎた才能は、努力を怠らぬ鬼殺隊士たちの心を殺してしまうことになるからだ。

故に必ず、この呼吸の詳細は秘匿とする事。
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