「嫌いな人? 伊黒 小芭内」
伊黒 小芭内は言った。
「気に入らない奴? そんなことを聞いてどうするつもりだ? まぁいい。十二支 兎だ」
甘露寺 蜜璃は言った。
「みんないい人ばっかりで困っちゃう!」
「おい、手を貸せ」
業屋敷にやってきて早々、同僚にこんなことを言われたら、皆はどうする?
オレ、十二支 兎だったらこうだ。
ぴしゃり、と引き戸を締める。
するとすぐに、どんどん、と戸を叩く音がした。
「なぜ同じことを二度も言わせる? それが時間の無駄だと言う事も解らないのか?」
はぁ、と溜息をついて。オレは引き戸を開けた。
何の用だよ、伊黒。
目の前で絶賛不機嫌全開の蛇柱、伊黒 小芭内に向かって、オレは問いかけた。
心底面倒くさそうに。というか、実際面倒くさい。
「ふん。くだらない用事で俺がここに来るとでも? よりにもよってお前に頭を下げなくてはならない俺の気持ちがお前にわかるか?」
よし帰れ。
そう言ってオレは引き戸を閉めようとした。閉めようとしたら、するりと玄関に伊黒が入って来た。悔しい。
「…、あの女はいないのか?」
ん? ああ、桜花なら今留守だけど…。
おい、桜花になんか用か?
「そう警戒するな。今日はお前に話がある。仇散華には用はない。俺の言う事を信用しないなら、話は別だが」
あっそ。じゃあ言えよ。ここでさっさと。
「茶ぐらい出せないのか。気の利かない奴だ」
遠慮ぐらい出来ないのか? 大人げない奴だ。
「・・・・・」
・・・・・・。
お互いに火花を散らしながら、オレ達は居間に移動した。
ちなみに茶は出した。とろろ昆布は絶対渡さない。コイツの喜ぶ顔が見たくないからだ。
見たことないけど。
はぁ!? 蜜璃の縁談をぶち壊して来いぃ!?
「なんども言わせる気か? 理解力に乏しいなお前は」
涼しげな顔をして伊黒は我が家に居間に寝そべっている。
すっげぇくつろいでるよこの野郎。
しかも茶飲まないのかよ。
いや、そんなことより。
は? 縁談? あいつまたそんなことやってんの?
「奴は恋柱とまで呼ばれる女だぞ。諦めたとでも思っているのか? だとしたら俺の方がお前より甘露寺を理解している」
おい。なにちょっと嬉しそうにしてんだよ。
やめろその顔、腹立つ。
「ふん、まぁ『甘露寺の事を何もわかっていない』お前のために説明してやることは、俺としてもやぶさかではない。お前はただでさえ理解力が乏しいんだ。しっかり聞いて覚えるんだな」
伊黒はわざわざ蜜璃のことをわかっていない、という部分を強調してオレに説明を始めた。
やっぱりコイツはあの日斬って捨てるべきだった。
伊黒の説明を纏めると、こうなる。
恋柱、甘露寺 蜜璃は恋に生き、恋と結婚する女である。
『理想の男性と結婚するため』に鬼殺隊に入隊するほどには、恋に狂っている。
しかし一方で、初対面で彼女を見たとき、なぜ結婚できないのか、と考える人も多いだろう。
彼女の容姿は、傍からみても非常に整っている。
町を歩けば町人は皆、彼女に目を奪われる。天真爛漫な性格も、男心をくすぐるのだろう。
俺には桜花がいるから全く何も感じないけど。
っていうかどんだけ可愛くても妹分だから。桜花が一番美しいって事実は蜜璃じゃひっくり返しようがないから。
伊黒に睨まれながらも説明を聞く。
だが蜜璃は現在結婚できていないどころか交際相手もいない。
彼女の桃色の髪(一部若草色。桜餅の配色を思い浮かべて頂ければわかりやすい)や、柱の中でも随一の筋力、さらにはあの大飯ぐらい。杏寿郎をも凌駕するその食欲がトドメとなって、彼女から男が逃げてしまうのだ。
時にはなかなかに酷い事を言われて帰ってくる彼女を、何度慰めたことやら。
で、今回の話。
蜜璃の新たな縁談の話。
いや、縁談自体はなにも珍しくない。っていうか、最初に話を聞いた時オレは思った。
またか、と。
結婚をあきらめきれない(というか諦める気なんて全くない)蜜璃は、たびたび縁談を組んでもらっている。自分から率先して。
珍しいのは、今回、男の方から縁談を申し込んできたと言うところだ。
相手はとある醤油蔵の息子。結構な金持ち。顔立ちも整っていると来た。
当然、甘露寺 蜜璃 有頂天。
大喜びで、その話を同僚にして回った。
そしてそれを運の悪いことに目の前の蛇男が聞いた。聞いてしまった。
なぜか異様な焦燥と怒りの味をにじませて、善き相談役伊黒 小芭内は我が家の門をたたいたのである。
そして彼は自らの考えをオレに打ち明けた。
この縁談ぶっ壊そう。と。
うん。やっぱり帰れ。
次の日。オレと伊黒は揃って見合い場となる屋敷に忍び込んでいた。
宇随君に助言をもらって、オレ達は屋根裏に潜むことに。
日輪刀で小さく穴を開け、真下の部屋の様子を見ることにした。真下の部屋で、蜜璃は縁談をすることになっている。
これも宇随君の助言。
訳を話した時の彼の憐憫に満ちた瞳は静かに語っていた。
『助言はしてやるからオレを巻き込むな』と。
どうやらこっそり連れて行こうとしたのがばれていたようである。
侮れぬ。さすが元忍。
「いいか、失敗は許されん」
大真面目な顔で伊黒が話しかけてきた。なんかこの伊黒、嫌だ。
「作戦を確認する。奴に斬りかかるところまでは暗記できたか?」
そもそもオレが暗殺に反対していることを忘れたか?
俺達は火花を散らしあう。永劫分かり合えないと思っているが、それを差し引いても今回オレは悪くないと思う。
今回のオレの仕事はコイツが妙なことをしようとしたら押さえつけることなのだ。
とまぁそれはさておき。
しばらくすると、するするとふすまが開いて男が入って来た。事前に渡されていた人相と一致する。どうやら彼が件の男のようだった。身形もきっちりしているし、見ている分には特に問題ない人物に見えた。
さらにはまだ蜜璃が到着していないことに渋い顔をする使用人をたしなめたりしている。
金持ちには珍しい、好青年だった。
ただ、これはオレから見た人物像であって。
目の前の蛇柱にとってはそうではない。
「どうしてくれようかどうしてくれようかどうしてくれようかどうしてくれようか」
わぁ、ねちっこさが何時もよりもすげーや。
オレやっぱりコイツキライ。
オレ達が必死に屋根裏で日輪刀の取り合いをしていると、反対側のふすまがするすると開いて、桃色の着物を着た蜜璃が部屋に入って来た。
おそらく一目で男の容姿にときめいたのだろう。いつもの「きゅん」の表情である。
うん、まぁ確かに可愛い。
桜花には劣るが。
そして蜜璃が現れてから伊黒は何も言わなくなった。まさに固唾を呑むと言った感じである。
そして、見合いが始まった。
結果的に言えば、蜜璃にとっては良い方向に、伊黒にとっては悪い方向に話が進んでいった。
相手の男は見るからに気遣いができる。
蜜璃の大食いを見ても、髪の色を見ても何も言わない。
それどころか終始ニコニコと笑って蜜璃を見つめ、たくさんご飯を食べる蜜璃を見ても、「たくさん食べる女性は好きです」なんて言葉をかける。
男の一挙手一投足に蜜璃がきゅんきゅんするものだから、オレは必死に伊黒を押えなくてはならなかった。
そして二人は食事を終えて、中庭に向かって行った。どうやら二人で散歩をするらしい。
もうここからでは見張れないようだった。
そっ、と伊黒を見ればトントントントンと指をならし、時にその指が日輪刀に伸びていた。危険人物である。
な、なぁ伊黒。もう帰ろう? これ以上オレ達がすることなんてないぜ?
「ふざけるなよ十二支。奴の首を落とすまでオレは帰らんぞ」
お前も見ただろ? 蜜璃のあの顔。幸せそうだったじゃないか。
「‥‥」
伊黒が押し黙る。どうやら彼にも思うところはあったようだった。
オレは言葉を重ねる。
そりゃあ、お前が仲間の中でも蜜璃を可愛がっているのは知ってるよ。
でも、この縁談、ぶち壊すことが果たしてアイツの為になるのかな。
いいじゃんか、本人が幸せなら。
伊黒は黙っていた。諦めてひっそりと屋敷から抜け出して帰路に着くまで、何も言わなかった。
二人の柱が天井裏に張り付いていることなどいざ知らず、甘露寺 蜜璃は有頂天になっていた。
(やったわ! ついに、ついに! 私の事わかってくれる人が現れたのよ、高鳴っちゃう!)
蜜璃は一直線な少女である。目の前の男の人間性一つ一つにときめいて、もう自分の心臓じゃないみたいだった。一緒に庭を歩きながら蜜璃は彼と一緒になる未来に夢を馳せていた。
そしてししおどしがかこん、と5回音を立てた頃。男がきりだした。
「甘露寺さん。僕は貴方を好いております」
「共に、来てはいただけませんか」
「今の危ない仕事はもうやめにして」
「私と一緒に」
蜜璃は嬉しかった。そう言ってもらえることは、本当に珍しい事だったから。
今すぐにでも「はい」と返事をしたい。
そうだ。ここでそう答えることに何の抵抗がある?
なにも間違っていない。
ここで、はいと言うべきだ。
「ごめんなさい」
その日、甘露寺 蜜璃ははっきりとそう答えた。
「ええ? どうして断っちゃったんです?」
翌週。十二支 桜花は団子屋で隣に座る甘露寺 蜜璃にそう尋ねた。
「悪い人ではなかったんでしょう?」
「うん、すっごく素敵な人だったの。だからね、今になって哀しくなってきちゃったわどうしよう」
「それならお受けすれば良かったのに」
うーん、でもね、桜花ちゃん。と蜜璃は言葉を続けた。
「上手くいえないんだけどね、あの人が見てたのは甘露寺 蜜璃だけど、あくまでそれは町娘 甘露寺 蜜璃なの」
「はぁ・・」
「そうやって見てくれる人もホントに少ないし、ホントにいい人だった。でも」
「私は、私の全部を見てくれる人と一緒になりたいの。町娘も恋柱も、どっちも好きになってくれる人」
難しい道なの、困っちゃう。
そう言って蜜璃はがっくり肩を落とした。桜花は、その背をよしよし、と撫で続けた。
可愛い妹分が人を好きになると言う事の意味を自分よりもしっかり理解しているような気がして、少し悔しかったけれど。
「…ところで」
「なに?」
「あの二人はさっきから何をしているんでしょう?」
「ほぅら。いっただろう十二支。俺の方が甘露寺の事をよくわかっている。なのにお前はあの時幸せがどうこうと言って俺を丸め込もうとしたな? どう落とし前をつけてやろうか?」
「へーへーすんませんでしたー」
「ん? なんだ? 今のは謝罪か?誠意が足りないな。もっと地面に向かって深く頭を下げろ。それで許してやろう」
「へーへー。ごめんなさーいねー」
桜花が指さした先には、何故か超ご機嫌な伊黒 小芭内と、げんなりした様子の十二支 兎がいた。
二人が話している様子を蜜璃はしばらくぽかんと見つめていたが、やがて嬉しさで顔をほころばせて、二人の元に駆け寄った。桜花も彼女の後ろに続く。
そして蜜璃は伊黒に。
桜花は兎に話しかけた。
「伊黒さん!」
「ん? なんだ甘露寺」
「兎さん」
「うん、なんだい桜花」
「「二人とも、何時の間にそんなに仲良くなったの(んです)?」」
「「だれがこんな奴と!」」
互いに指さしあう二人を見て、桜花と蜜璃は顔を見合わせてくすくすと笑った。
兎と蛇は互いの顔を見て、不機嫌そうに視線を逸らすのだった。
大正コソコソ噂話(偽)
伊黒さんが兎君を頼ったのは、他の柱に頼めるほど普段から交流を持っていないからです。
あと、兎さんなら桜花さんネタでちょっとゆすれば簡単に動くと考えたからです。