陽の光が年中差しつづける山、『陽光山(ようこうざん)』で採れる特殊な砂鉄と鉱石を使用して作られる。
『猩々緋砂鉄(しょうじょうひさてつ)』。
『猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)』。
陽の光を吸収する鉄。これを特殊な刀鍛冶が打つことで、この世で唯一鬼の頸を斬れる刀が完成する。
日輪刀は鬼を斬る刀。
鬼殺隊員はその意味を忘れてはならない。
大正○○年 ●月■日
懺戒さんは数珠坊君と菊ちゃんが泣きやむまで、ずっと二人を抱きしめていました。
巨躯の懺戒さんが抱きしめていると、ただでさえ小さな子供二人がもはや小人のようです。
「どうだ、落ち着いたか? 二人とも」
懺戒さんのその質問に、二人はうんうんと頷いて返答しました。
「良し。良い子だ」
そう言って、懺戒さんはすっと立ち上がりました。
「ではご婦人。医者を呼んでくる故、しばらくそこで待っていてくれ。もうすぐ貴女の夫も戻るだろう」
「兎さん…」
桜花は心配でした。鬼になった鈴さんから逃げている時も、兎さんが戦っている音を耳にしていたからです。
怪我だけは、していてほしくありません。
「…安心召されよ。拙僧も長く生きているが、あんなに強い男は見たことがない」
「…、それでも、心配なものは心配ですよ」
「そういうものなのか?」
「ええ。どんなに強くたって、誰も彼もが大丈夫と言ったって、桜花だけは、兎さんを心配しますよ。あの人、ああ見えて怖がりなんですから」
昔、しのぶちゃんの趣味である怪談話を聞かされた時。
兎さんは屋敷の天井近くまで飛び上がって絶叫。
安全な場所を求めて掛け軸の後ろに隠れていました。
『十二支さん、何をしているのです』
『桜花さん、隠れて! 来るよお化けが! きっと来るよ!』
『普段鬼と相対している人が何を言っているんですか。馬鹿なんですか』
『…ホントに大丈夫かな。大丈夫なら俺と約束して。大丈夫って』
『…可愛い』
『え? なんか言った?』
『いいえ、何も言ってませんし、約束なんてしません』
「ふふっ」
思わず思い出し笑いをしてしまった桜花を、懺戒さんは不思議そうに見ています。
恥ずかしい。
「まぁ、ともかく」
懺戒さんはいまだ痙攣して失神している鬼の首根っこを掴み、ひょいっと肩に担ぎました。怪力。
「拙僧は医者を呼んでくる。数珠坊、菊。ご婦人の傍に付いていてあげなさい」
「はい! わかりました!」
菊ちゃんがそう言ってトコトコと走り寄ってきました。
そして桜花の裾をぎゅ、と掴みました。
「…あの? 菊ちゃん?」
「はい! なんでしょうお姉さん!」
思う存分泣きじゃくったからか、あの『嘘』のおかげか。
なんだか元気な菊ちゃん。
「どうして桜花の浴衣を掴んでるんです?」
「私言われました! お師匠様に付いていてあげなさいって言われました!」
「え? あ、はい。言われてましたね」
「そばに付いてます!!」
にっこー、と笑いながら彼女は言いました。
なんでしょう、この可愛らしい存在は。
抱きしめたいです。ものすごく。
「えー、いいじゃんお師匠様。ぺったんならそう簡単に死なないって」
こっちは全く可愛くありませんね。
「数珠坊、次その名でご婦人を呼べば、もっと深くに埋めるぞ」
「あー、えー、おー」
すごい勢いで数珠坊君の目が泳いでます。
ああ、やっぱり痛いんですね、アレ。
「な、なんて呼べばいいですか・・」
すごく不本意な表情で数珠坊君は桜花に聞きました。
なんだか可笑しくて、桜花は笑いながら言いました。
「桜花。私の名前は、十二支 桜花です」
「ん。わかった」
数珠坊君は桜花の隣にぺたん、と腰を降ろしました。どうやら彼も付いてくれるようです。
「なぁ桜花」
「『さん』をつけよ、数珠坊」
「…さん」
「なんですか、数珠坊君」
「…ほんと、ごめんな」
最後の一言は、消え入りそうな声でした。
「数珠坊、悔いるなら反省を形で示すのだな」
「形ってなんだよ、お師匠様」
「もう二度と、盗みなどするな」
懺戒さんは今までと違う、優しくも厳しい口調で言いました。
「盗人は『得ている人間』ではない。罪状を重ねれば重ねただけ、『失っている人間』なのだ」
「盗みなどやめろ。その内、何も得られなくなるぞ」
「何も‥」
「そうだ。何も、だ」
きっと数珠坊君にとっては難しすぎる話です。それでも彼は今、自分なりに精いっぱいその言葉をのみこんでいるのでしょう。
俯いた彼の表情はわかりませんでした。
懺戒さんはその後鬼を担いだまま、寺を出ていきました。
桜花の隣では、子ども二人がうとうと、と船をこぎ出します。
この子たちにとっても、今日は大変な一日でした。
やさしく菊ちゃんの髪を梳いてあげれば、彼女はすやすやと眠り始めました。
そうだ、彼女は稀血でした。
あとでねぎまちゃんに藤の花の香り袋を出してもらわないと。
というか、ねぎまちゃん、呼べば来てくれたりするんじゃないでしょうか。
宿までは一緒に居た訳ですし。
「ねぎまちゃーん…?」
虚空に向かって呼んでみます。
が、うんともすんともかぁとも聞こえてきません。今、近くにはいないようです。何をしているのでしょうか。
「ホホホホッ! 前カラ馬鹿ナ鴉ダトオモッテタケドアンタ、『ねぎま』ッテ!随分イイ名前ジャナイノ!」
「ゴメンナサイ」
「シカモアンタ、唐辛子デ今鳴クコトモ出来ナイナンテ! 無様! 無様ァ!」
「ゴメンナサイ、堪忍シテ」
死ぬかもしれない傷から回復するために死ぬかもしれないような痛みに耐え抜いた俺は、何とか日輪刀を手に立ちあがった。アバラは依然折れたままだが、それ以外の傷はなんとか修復できた。
俺がのた打ち回っている間に、オレの鎹烏『ねぎま』が時透君の鎹鴉から『攻撃』ならぬ『口撃』を受けていた。
「初めて知ったよ。お前苛められっ子だったんだな」
「誤解、誤解」
嘴を振って否定しているけれど、全然説得力がなかった。恐ろしく弱弱しい。
「立ったね。じゃあ行こうか」
時透君は全く意に介さず話を勧めようとする。
なんというか、独特な子だ。
「上弦の零がいたんだろ。倒したの?」
「何とかな。でも土を掘り返す気にはなれないよ」
「土?」
「生き埋めにしたから」
「頸は?」
「斬ってない。でも『月砕 落陽』を受けてるからそう簡単には戻れないと思うけど」
「頸を斬ってないなら何したって同じだよ。馬鹿だなぁ」
「おい、オレ先輩だぞ」
「? だから?」
本気で意味が解らない、という顔で時透君はオレを見ている。
首をかしげるな。
「まぁいいや。僕も言われてきただけだから。それにあっちを先に片付けるべきだね」
「あっち?」
オレが振り返って、歩いてくる人影を見つけるのと、時透君が大地を蹴って駆けたのはほとんど同時だった。
時任君が、刀を抜いている。オレの持つ日輪刀とそっくりな白刃、霞色の刀。
『霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り』
『午の呼吸 掛馬』
刀と刀がぶつかる音がした。
「…ねぇ、何してるの?」
「君こそ、性急に過ぎない?今の若い子って、みんなこんな感じなの? ねぇってば」
オレは時透君の刀を人影の前に立って受け止めていた。
とっさに掛馬を使ったことでなんとか間に合ったが、もし間に合っていなければ時透君の刀は間違いなく目の前の人影―――懺戒の頸をとっていただろう。
「ねぇ、退いてよ。鬼だろ」
「ごめん、退けないな、時透君。まだ彼から聞きたいことがあるんだ」
そう言って、何とか時透君をなだめる。
そうだ、まだ懺戒から聞きたいことがあるんだ。
冨岡君の為、鱗滝さんの為、炭治郎君の為、白雪ちゃんの為、禰豆子ちゃんの為。
懺戒から、話を聞かないと。
しかし問題は詳しい事情を話さずに時透君を納得させられるかどうか。
「邪魔しないでよ」
「ごめんって。訳はちゃんと話すからさ」
「今話しなよ」
「明日にしない?」
「駄目。鬼を庇うなんて隊律違反だよ」
「…違反してるのは君だろ」
「は?」
そう。今この場で鬼殺隊の法に、お館様の意思に背いているのは君なんだよ。
「日輪刀は『鬼』を斬る刀だよ。『人』を斬る殺し包丁じゃない」
「十二支、兎…」
後ろで懺戒が息を呑む声がした。
懺戒は過愚夜とつながっていた。つながっていたけれど、感じる味は全然別のモノだった。
わかってる。『鬼』はどうやったって救われない。
仲良くなれるなんてのは、夢物語なんだよ。
それでもその夢を果てるまで追った友達がいた。
憎しみも後悔も蓋をして、決断した後輩がいた。
今この瞬間、死にそうなほど辛いはずなのに、戦っている子たちがいた。
ここでオレが諦めるなんて、カッコ悪いじゃないか。
「何言ってるの。時間の無駄だよ、退いて」
それでも時透君は止まらない。
しぃい、と呼吸音が聞こえる。時透君が、次の攻撃の準備をしている。
「っ、やめてくれ時透君! 君を斬りたくない!」
「負けるとは思ってないんだ? 腹が立つなぁ」
どうしよう。どうしよう。
こうなったら、みねうちでもして止めるしかない。
時透君は強い、オレなんかが一発で止められるとは思わないけど。
それでも、もうやるしかない。
『霞の呼吸 弐ノ型―――』
『申』の呼吸――
「もう良い。もう良いのだ。十二支 兎」
瞬間、オレの体は宙を舞った。
あまりに高く飛んだので、オレは自分が間違えて『卯』の呼吸を使ってしまったのかと思った。
そして、回転する視界の中で、下手くそに笑う懺戒の顔を見て、オレは自分が彼に投げ飛ばされたのだと知った。
懺戒、お前何してんだよ。
お前がオレを投げ飛ばしたりなんかしたらさ。
誰も、誰も時透君を止めないんだぞ。
斬られちまうんだぞ。
何、やってんだよ。
なんで笑ってんだよ。
「拙僧を人と呼んでくれて、ありがとう」
「っ! ざんかっ」
『―――八重霞』
首が二つ、宙を舞った。彼は最期まで、笑顔だった。
大正コソコソ噂話(偽)
疲れているし、失血もしているけれど、稀血であることを心配して眠れない桜花。
律儀に医者を待つ。
「…まだでしょうか」