柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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 鬼狩りの歴史書には存在しない、消えた歴史の中で人を喰い続けた鬼たちがいる。
 彼らは嫉妬深く傲慢で、欲にまみれている。
 彼らは怠惰で人間を貪り食う事を喜び、さらには鬼でさえ忌避する領分に簡単に踏み込んでいく。
 そして彼らはいつも、何かに対して怒り狂っている。
 彼らに与えられた、その名は――


『堕落七鬼』

大正○○年 ●月★日

 

夫婦旅行で重症になってしまったオレたちはねぎまに頼んで救助の要請を行った。

 

 今回はオレよりも桜花の方がはるかに重症である。

 肩からの失血が酷い。呼吸で止血を行っていたため、命に別状はないが、稀血である桜花の血の臭いが辺りにまき散らされてしまった。この事をオレと桜花は重くとらえて、厳戒態勢を敷いて欲しいとお願いしたのである。

 

 すなわち、四国への『柱』の派遣だ。

 

 オレも柱ではあるけれど、今回の戦いで体力を消耗しているため、万全とは言えない。

 『牛』の呼吸は、傷を塞ぎ、回復してくれるものの、失った体力までは補填してくれない。たとえば、想像もしたくないことではあるけれど、上弦の鬼が今襲い掛かってきたらひとたまりもない。

 そこで、現在近くに派遣されていた柱を招集、桜花の護衛を行う、という訳である。

 桜花の為なら当然の措置ではあるけれど、鬼殺隊の最高戦力たる柱。そう簡単に皆を呼べるわけじゃない。

 鎹鴉からは、護衛に付ける柱は一人だけ、と告げられた。

 現在近くにいる柱は二名。この内どちらかを護衛として連れ立って、オレ達は鬼殺隊本部に戻る。

 一人目は、霞柱。時透 無一郎。名前を見た瞬間、嫌だと言った。

 今、彼に会うのはいろいろといたたまれない。

 

 そしてもう一人―――

 

 「オレってホントついてないよな」

 誰にも聞こえない程の小さな呟きが、空に溶けた。

 

 

 

「あら、あらあら。お久しぶりですねぇ、桜花さん」

「あ、あはは。はい、お久しぶりです、しのぶちゃん」

 やってきた護衛、『蟲柱 胡蝶しのぶ』はニコニコと笑いながら桜花に駆け寄った。

「大丈夫ですか? 怪我をされたと聞いたので心配してたんですよ?」

「大丈夫ですよ。こんなの。へっちゃらです」

 そう言ってぐっ、と握り拳を作ってふんす、と息を吐いて見せる桜花。

 超かわいい。

「あら、あらあら。桜花さんが怪我をしたのにあなたは呼吸で傷を一人だけ治したんですか? 空気読んでくださいよ。貴方の怪我の方が殺りがいがあるのに」

「…ごめんなさい」

 超怖い。

 そう。近くに任務でやって来ていた柱は、よりにもよって胡蝶カナエの妹、胡蝶しのぶちゃんだった。

 この時、オレは本気で呪われているんじゃないだろうか、と思った。

 実は過愚夜が生きていて、オレに呪いをかけているとか。

 考えすぎか。

「さぁ、桜花さん。まずは怪我の様子を見せてくださいな。場合によっては、持ってきたお薬だけでは対処できないかもしれませんから」

「はい。ごめんなさいね、しのぶちゃん」

「いいんですよ、気にしないでください。あ、そこの木偶は診なくていいですよね? どうせ大した傷じゃないんですから。唾でもつけてなさい」

「ごめんなさい。生きててスイマセン」

「し、しのぶちゃん! う、兎さんはいまその、いろいろと参ってるので!やめてあげて!」

 あんなに泣いたのに、オレはもう泣きそうだった。

 当のしのぶちゃんはそんなオレの様子を見て、つまらなさそうに、懺戒の子供たちの所に向かった。

 そういえば、彼らの身の振り方も決めなくてはならなかった。

 

 

 

 

 

 蟲柱、胡蝶しのぶ。

 柱の中で現状唯一、『鬼の頸を斬れない』剣士。

 彼女は力が弱く、日輪刀を用いても鬼の頸が斬れない。では、弱いのか?と問われると、もちろん、そんなことはない。

 彼女の戦術の核を担うのは、藤の花から抽出した『毒』である。

 通常、人間に効力のある毒は、鬼に対しては全く意味がない。詳しい事は解らないけれど、どうやら人間とは毒物に対する免疫力、分解力が違う為、服毒した直後に解毒してしまうらしい。

 しかし、彼女の作り上げた毒だけは例外だ。

 日輪刀の一刺しで打ち込まれた毒は瞬時に鬼の全身を巡り、ぐずぐずに溶かして死に至らしめる。

 得意げにその事を説明した彼女に対してオレは一言。

『いや怖すぎ!!』

当時のしのぶちゃんは、こんなふうに笑う子ではなかったが、それでもやる気に満ちた可愛らしい顔と戦法の落差が凄くてオレは震えあがったものだった。

 

 さて、そんなしのぶちゃんとオレとの関係だが。

 最悪と言っていいだろう。なにせオレは彼女にとって『姉の死の原因となった男』なのだから。

 思い出すだけで、後悔に押しつぶされそうだ。

 今までずっと目を逸らしてきたことだ。いつか過去は追いついて、オレ達を地獄に落とす。

 そんな気がして、オレは過去を葬ろうとしていた。

 しのぶちゃんを、胡蝶ちゃんと呼ぶようになった。距離をつめたくなかったから。

 何に怒っているか、知らない振りをした。向き合う決心が、できなかったから。

 

 

 

 

 今にして思えば、この四国脱出任務となった夫婦旅行の最後に胡蝶しのぶが現れたのは、もしかしたら『運命』という奴だったのかもしれない。

 オレ、十二支 兎と胡蝶しのぶ。

 ここから先は、オレと彼女の呪われた過去と向き合う為の数日間なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――同時刻。無限城にて。

「不愉快だ」

 男の声が響いた。その声は苛立ちに満ち、平伏する鬼はあまりの恐ろしさに震えあがる。

「お前たちは人間よりも強い。傷を負わず、喰えば喰うほどに強くなる」

「それなのに。それなのにだ」

「零でさえ、柱に劣る。過愚夜はあの忌々しい柱にまた負けた」

「これはどういう事だ。言ってみろ、『半天狗』」

 半天狗、と呼ばれた鬼は「ヒィィィ」と叫んだうえで続ける。

「無惨様、無惨様!お許しくださいませ、どうかどうか!」

「あの女を最初に見つけたのは雪の日だった。思い出したぞ」

 男、鬼舞辻無惨は音もなく移動する。一瞬で、半天狗の背後にまわり、猫のような紅梅色の瞳で怯える半天狗をねめつける。

「面白い女だった。世迷言ばかりをまき散らし、捨てれば済むものを捨てず、私の血を進んで受け入れた。あの時私は、妙な感覚を味わったのだ」

「ひ、ひぃいいいい!!」

「わかるか?半天狗。私は『興奮』していた。奴を鬼にすれば、あるいは『青い彼岸花』など必要なくなるかもしれない、とさえ思ったのだ」

 青い彼岸花。それは平安時代、ある医者が作成を行っていたとされる妙薬。

 この薬をもってすれば、無惨は唯一の弱点、陽の光を克服した体になれる。

 しかし、彼はこの薬の作り方を知らなかった。

 殺してしまったからだ。彼の体を治そうと、必死になって治療に当たっていた医師を。

 『なぜ治せないのか』。その現実に苛立ったと言う、救いのない動機に基づいて殺してしまったからだ。

 現在も上弦を使い情報を集めさせているが、何年、何十年、何百年を費やしても見つからない。

無惨にとって、これは耐えがたいほどの屈辱と怒りだった。

 

 しかし、陽の光を克服する方法は1つではない、と無惨は考えていた。

 すなわち、陽の光を克服した鬼を作り、それを喰らう事。

 その体質を取り込むことが出来れば、無惨は日の下を歩けるようになる。そう考えて、彼は大量に鬼を作り続けたのだ。

 

 過愚夜には、素質があった。現に彼女は藤の花を無効化し、なおかつその特性を他の鬼に与えることが出来た。

 同時にかけられるのは一体まで、という制約はついたものの、無惨は特異体質の鬼が生まれたことに歓喜したのだ。

「だが、結果はどうだ」

「過愚夜は一人の柱に手こずり続け、挙句に敗北した。それも一方的に」

「強さだけなら『黒死牟』と並ぶ過愚夜が、一方的に」

「だからこそ鳴女に偵察を命じたのだ、半天狗よ」

 この無限城で琵琶を鳴らす鬼、『鳴女』。彼女は索敵、探索に優れた鬼だ。

 無惨が何時如何なる場所においても確固たる情報を得られるのは、彼女の功績によるところが多い。

「するとどうだ? 奴について随分と不愉快な情報が手に入った」

「奴は戦いの中でこう言ったそうだ。良く聞け、半天狗」

 

「『十二の呼吸』だと! 奴はそう言った!!」

 

 無惨は次の瞬間半天狗の頭蓋に指を突き刺した。

「ひぎぃいいいッ!?」

「『十二の呼吸』! なぜだ、なぜそれが現在も使われている!? 『あの十二人の裏切り者共』は始末したと、お前は二百年前嬉々として私に語ったな!」

「お許しを! お許しを無惨様!! これはきっと何かの間違いにございます!」

「間違い? 間違いだと? 嘘をついたな半天狗。お前はそういう鬼であると、私は理解しているつもりだった。だがまさか、私さえ騙そうとしていたとはな」

「ひぃいいいい! そんな、そんな! 儂は確かに、確かにこの手で奴らを!」

「もういい。お前の二枚舌には反吐が出る」

 

「滅びよ、半天狗。お前はもう必要ない」

 

 瞬間、半天狗の身体の細胞と言う細胞が悲鳴をあげた。全身が破壊されていく。上弦の肆としての強さと生き汚さが、音を立てて崩れていく。

 彼の断末魔の叫びが、無限城に響きわたった。

 

 

 消え去った半天狗。無惨はもはや散った鬼のことになど目を向けない。目もくれず、彼は虚空に向かって指を鳴らした。

 べん、と音がして無惨の前に一匹の鬼が現れ、ひざまづいた。

 女の鬼だった。翠色の着物を身に纏い、顎には鋭い二本角が皮膚と同化する形で付いている。両目は薄緑色に血走り、両手には白と黒の『提灯』を持っている。

「『枯橋楽(こきょうらく)』よ。忌々しい事だが、十二の裏切り者共が血を残していた」

「ああ、無惨様…」

「柱が本当に奴らの子孫なのだとしたら、十二鬼月では相性が悪い。どうやら二百年ぶりにお前たちを動かす時が来た」

「ああ、嬉しゅうございます。無惨様。我々が十二鬼月よりも優れているとお考えなのですか?」

「ああ。やってくれるな? 私に尽くしてくれるな? 枯橋楽」

「嬉しゅうございます、私にお任せを。他の誰でもない、私が貴方様の望みを叶えましょう」

 

「お前を含めた『堕落七鬼(だらくしちき)』に命じる。あの忌々しい裏切り者の血を根絶やしにしろ。一族郎党、皆殺しだ」

 

 

 『堕落七鬼』。それはかつて『十二の剣士』と戦った、歴史に残らない、十二鬼月に匹敵する脅威。

 二百年間研がれた牙が、ゆっくりと鬼殺隊に向けられようとしていた。

 




 大正コソコソ噂話(偽)

 今作の半天狗はかつて無惨に命じられ、ある剣士たちを殺しに向かいました。
 相性の良さも手伝って、半天狗は十人の剣士を殺すことに成功します。
 二人を取り逃がしてしまったこと、それを隠したことが破滅につながりました。

 
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