かつて鬼狩りに命を救われた恩のある一族は、藤の花を家紋として掲げている。
この家紋のある家は、政府非公認組織である鬼殺隊に対して、無償で手助けをしてくれる。
人のためにしたことは、巡り巡って自分の為に。
「なぁ、聞き分けてくれねぇかな? 頼むよ」
「嫌!」
「菊ちゃん。私たちと一緒に行ったら危ないんですよ?」
「嫌です!!」
護衛の蟲柱、胡蝶しのぶと合流したオレ達は懺戒の子供たちと話をしていた。
数珠坊と、菊。二人には、懺戒は鈴を探しに行くと言って旅に出たと告げた。
危険な道中になるから二人は連れていけない。そう言っていて、オレの仕事場、すなわち鬼殺隊に二人を預ける、と言い残したと嘘をついた。
二人は悲しげに目を伏せたが、必ず帰ると言っていた、とさらに嘘を重ねた。
兄代わり、親代わりを同時に失った。
その事実にきっと幼い二人は耐えられないから。
桜花も、オレがそう説明するのを黙って聞いていた。しのぶちゃんも、何も言わなかった。
オレは四国にある藤の家の皆さまに道中話を付け、二人を預かってはくれないかと頼み込んだ。
二人の血縁者はもういない。いや、生きてはいるのかもしれないが、子を捨てた親が再び親になれる日は来ないだろう。生まれた時から両親のいないオレには正直よくわからない話だが、なんとなく、そんな気がした。
しかしそこで、菊の猛反発を受けたのである。
どうやら寺に居る間に桜花に非常になついてしまったようで、桜花の着物の裾を掴んで離さない。
「菊はお師匠様にお願いされました! だから桜花さんから離れません!!」
「菊ちゃん‥」
ぎゅ、と掴んで離れない菊に、桜花もどうしていいかわからずおろおろとしている。
助けを求める目をオレに向けてくる。そこでオレも説得にあたるが、全く耳を貸さない。
オレはしのぶちゃんに助けを求めた。
「しの、胡蝶ちゃん! 助け」
「嫌です」
「そんなこと言わずに、ねぇってば」
「自分の子ぐらい自分でどうにかなさったらどうですか?」
「いや、うちの子じゃないし!」
「うちのこじゃ、ない」
「う、兎さん! 言葉を選んでください!」
「ええオレ!? オレが悪いの!? ねぇってば!?」
泣きそうになる菊ちゃんを見て、桜花がとっさに彼女を抱きしめた。
うんまぁ確かに親子に見えないこともないけど!
「菊、もういい加減にしろよ」
すると、いままで黙っていた数珠坊が口をひらいた。
「困ってんだろ、ぺったんさんが」
「数珠坊君、『さん』だけ付けても意味ないんですよ?」
静かに怒りながら桜花が数珠坊を睨むが、数珠坊の方は一切気にしてないようだった。
「だってあっちの姉ちゃんの方が『ある』し」
数珠坊君がしのぶちゃんを指さしながら言った。
拳骨の落ちる音が響いた。
「とにかく、菊。桜花さんも困ってるから。もう行こうぜ」
「お兄ちゃん…」
しこたまたんこぶを作った兄にそう言われ、菊ちゃんはそっと手を放した。目には涙が溜まっているが、泣かないように必死にこらえている、といった感じだ。
「二人の事は、責任もってお預かりしますので」
藤の家の主である男性はそう言ってくれた。
よろしくお願いします、ときっちり頭を下げてオレ達は家を後にした。
「兎さん、ホントに大丈夫でしょうか。やっぱりもう少しついていてあげた方が良かったでしょうか。あんなに小さいのに。ああ、駄目です、やっぱりもう少しだけそばに」
「桜花さん。先を急ぎますから、もう行きましょう?」
道中何度か引き返しそうになる桜花を、しのぶちゃんは若干青筋を立てながら引っ張って行った。
「港に、船を手配しています」
大きな荷物は隠の皆さまに持ってもらい、荷車まで使って移動するオレ達。
しのぶちゃんは道中オレ達にそう言った。
「乗っているのは我々のほかには全員、民間人に偽装した一般隊士と隠の皆さんです。鬼はもちろんの事、外部の人間はほとんど乗っていません」
「なるほど、そうすれば鬼もそう簡単には忍び込めないってわけだね」
「黙りなさい。今私が説明しているのがわかりませんか? 意味のない会話をしている時間はないんです」
「…ごめんなさい」
もう一言口を利くだけで罵倒され続ける。口を開かない方が、お互いの為にいいかもしれない。
「しのぶちゃん。ほとんど、というのは?」
「いい質問ですね、桜花さん。さすがに操船ができる人材は鬼殺隊にはおりませんので、船員の人達だけは一般の方々です。とはいっても藤の家の血縁者、もしくは彼らの太鼓判をもらった船乗りだけで構成されておりますが」
とにかく、厳戒態勢を。
そう頼んだオレの願いを、お館様は聞き届けてくれたらしい。珍しいこともあったもんだ。精いっぱいの嫌味である。
「…ああ、勘違いのないようにいっておきますが」
次の瞬間、しのぶちゃんの指がオレの目玉の手前に突き付けられた。避けられる速度にしてくれてるけれど、別に避ける気はないのでオレは動かない。
「これらの措置は全て『桜花さんの為』です。断じてあなたの為にやっている訳ではありませんので」
「うん、わかってる」
桜花が心配そうにオレを見ている。
大丈夫だよ、桜花。
しのぶちゃんが許せないと言うなら、オレは許してもらうつもりなんてない。
「あなたがどこでどう死のうと私には関係ありません。どうぞ好きな場所で死んでください」
「・・・ごめんね」
「ごめん? 何に謝っているんです? 意味の解らないことはしないでください」
「そうだね」
指を引っ込めて、しのぶちゃんは先頭に立って歩き始めた。
ごめんね。
死ぬことはできないんだ。
桜花の前で、もう二度とそれは口にできないんだ。
でも、オレが死ななかったから、なんだというんだ。
オレは弱くて、何も守れなくて。
そんなオレがここに居る理由。
それはいったい、なんなのだろう。
『貴方がみんなを救ってくれたから、変えてくれたから、だからみんな貴方を信じたのよ!』
救った? 変えた? オレが? 誰を?
桜花の言う通り、辛いから、哀しいからって自分が死ねばいいなんていうのは絶対に間違っていたと思う。
そんな言葉に意味はない。逃げただけだ。
でも、実際オレは誰を救えた? こんなに弱いオレに、何を救えと言うんだろう。
わからない、オレはどうすればよかったんだ。
「兎さん、またよくないことを考えてるでしょう?」
そんなことを考えて歩けば、たちまち桜花に看破される。本当に、敵わない。
「そんなに難しい事ではないんですよ? 兎さん」
「え?」
「だっていつも、ちゃんと帰って来てくれるじゃないですか」
桜花はそう言って、オレと腕を組んだ。身長差の関係で、桜花はオレを見上げる形になる。澄んだ桜色の瞳が、オレを見つめている。
「桜花にとってはそれが一番大切なことです」
「桜花…」
ほんと、オレにはもったいないよね。
「桜花」
「はい?」
「…あんなこと言って、ごめん。頑張るよ」
「ええ。頑張りすぎないように、頑張ってくださいね。桜花は何時でも、兎さんの味方です」
「あの。さっさと進みましょうか。色々と行き場がありませんので」
また青筋を立てたしのぶちゃんに急かされて、オレ達は慌てて彼女を追った。
オレ達は半日ほど歩いて、港へとたどり着いた。人は少なく、歩けばすぐに目的の汽船にたどり着いた。
でかい。想像の三倍はでかい。
かつて江戸の世では黒塗りの軍艦が突如として来航したと聞いたことがあったけれど、この汽船もそれと同じくらい大きいのではないだろうか。
厳重にとは言ったけれど、これほどとは。
ん、でも待てよ。
船と言う事は、つまり。
オレは心配になって隣の桜花を見る。
「大丈夫大丈夫、あんなに大きな船なんです、沈んだりしません絶対に沈むもんですか沈んでみなさい許しませんから」
やっぱり。
この四国に渡るときにも同じことがあったが、桜花は船に乗ったり海に出ることをとにかく嫌がる。
理由は簡単。彼女はカナヅチ、つまり全く泳げないのである。
なんでも昔中々ひどい溺れ方をしたとか。オレと出会う前の子供の頃の話だそうだ。
「桜花、大丈夫だよ。沈んだりしないって」
「そ、そそそ、そそうですよね! だって行きも大丈夫でしたもん! 平気だったもん!」
「そうだね」
決して平気でなかったような気がするが、可愛いから良しとしよう。可愛いから!!
「さぁ、隠の皆さん。もうひと踏ん張りです。荷物を船に積み込んじゃってくださいな」
「はっ・・」
隠の皆さま、随分とお疲れである。
無理もないか。ここまでオレ達の荷物をすべて運んでいただいたのだ。お礼ぐらいは言わないとな。
「すまない、皆。こんなに運んでもらって」
「いえ、業柱様。これも我らの仕事にございますので」
「それに1つを除いてほとんど軽いものばかりでございますから」
「ん? なにか重たいものでもあった?言ってくれれば手伝ったのに」
「滅相もございません!柱にそのようなことはさせられません!」
「何言ってんだい。オレ達はみんな同じ人だろ。言ってくれ、どれを持てばいい?」
「そ、そんな業柱様! お怪我もされているのに!」
「良いって良いって。元々オレ達のもんだし」
とりあえず、あの包みから持って入るか。
・・・、オレ達、こんなに荷物持ってたっけ? 特にあの木箱。やたら大きいけどあんなのあったっけなぁ?
「ねぇ。あの箱」
「ああ、あれは藤の家の皆さまからのご餞別です。お野菜だそうですよ。それより業柱様。この大量のしょうゆ豆は」
「それについては、ほら、お土産だよ。その…恋柱への」
「・・・ああ」
隠の隊長格らしき男性(名を白石さんと言うらしい)は遠くを見つめながら納得した。
すると、がたん、と音がした。
気になって振り返るも、荷物が置いてあるだけ。
「…気のせいか?」
鬼の味はしない。どうやらすこし過敏になっているようだ。
「なんか業柱様って、聞いてた話とだいぶ印象ちがうよな」
「そうそう。オレも思った。柱ってみんな怖いけど、業柱様はなんていうかこう、らしくないんだよな」
「鬼も引くほど強いって聞いてたから、粗相をしたら斬りかかってくるかと思ってたぜ」
「私は前から知ってたわ、いい人だって。ねぇ、文通とかしてくれないかしら」
「やめとけ既婚者だ!」
「それがいいのよ!」
「おい誰だこの変態連れてきたの!?」
「縛り上げろ!それもすぐにだ!」
桜花は荷物運びを手伝う兎さんを見つめていました。
隠の皆さんが慌てて止めようとしていますが、兎さんはいいからいいから、と取り合いません。
移動中も兎さんはずっと「悪いなぁ、申し訳ないなぁ」と口に出していました。元々自信家ではない性格も手伝って、申し訳なく思っていたのでしょう。
兎さんは笑いながら隠の白石さんとお話しています。楽しそう。
「…桜花さん」
ふと、隣にいたしのぶちゃんが声をかけてきました。
「傷は痛みますか?」
「いいえ。今はあまり。しのぶちゃんのお薬のおかげですね。ありがとうございます」
「それは良かったです」
それきり、しのぶちゃんは口を閉ざしてしまいました。
しのぶちゃんと兎さんは、ずっと関係にひびが入っています。
昔は実の兄妹のように仲が良かったのに。
「ねぇ、しのぶちゃ」
「桜花さん」
声をかけようとして、しのぶちゃんに遮られました。
「桜花さんは、あの人のどこが好きなんですか?」
「…えっ!?」
突然の質問に、桜花はすこし面くらいました。
しのぶちゃんが兎さんの話を自分から振ってくるのは本当に久しぶりです。
「どうなんです? 何処が好きなんですか?」
「ええ? 急に聞かれても困りますけれど、優しくて、カッコよくて、いつも桜花の傍に居てくれて、怖がりなのに精一杯頑張ってるところとかも好きですし、たまに見せる捨てられた子犬みたいな表情もとっても可愛くて」
「あ、ごめんなさい、もう結構です」
え? まだ全体の十分の一も話してないのに…。残念です。
「いいですね。選ばれた人は。姉さんは…」
「え? なにかいいました? しのぶちゃん」
しのぶちゃんの最後の一言を、桜花は聞き逃してしまいました。
「いいえ、なんでもないですよ。さぁ、私たちも乗りましょうか」
そう言って、しのぶちゃんは船に向かって歩き出しました。
なんだかその背中に、桜花はとても嫌なものを感じていました。
場所と時は移ろい、その日の夜。
ある隠の部隊が芒の丘を訪れていた。
目的は業柱と上弦の零の戦闘の痕跡の後始末である。
「すげぇなおい。これ柱がやったのかよ。どっちも鬼じゃねぇの」
隠は過愚夜が叩き込まれた穴を見て震えあがった。穴はどこまでも深く、地の底まで続いていそうだった。
「おっと、震えている場合じゃなかった。仕事仕事」
まずは土を持ってきてこの穴を埋めてしまおう。隠はそう思い、備品を持ってこようと穴に背を向けた。
「ああぁ、とりあえずはアンタ達でがまぁんねぇ」
突然聞こえた声に振り返る暇もなく、隠は穴に引きづり込まれた。
ごり、ごり、ばき、と骨の砕ける音が辺りに響いた。
「うさぁぎぃちゃあああん、もっぉおおっと、もっとよぉ・・・」
大正コソコソ噂話(偽)
隠の白石さん。
本名は白石 権像(しらいし ごんぞう)。
好きなものは牛鍋で、革靴を磨くのが趣味。