柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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『柱』。
 鬼殺隊最強の称号。
 甲まで上り詰めた鬼殺隊士がさらに五十の鬼を討伐するか十二鬼月を独力で退治した場合のみ与えられる称号。
 給金は望むままに与えられ、鬼殺隊内でも最大限の発言力があるが、当然命の危険を伴う任務が多い。
 さらにここ百年余り顔ぶれの変わらなかった上弦の鬼に対して柱は頻繁に入れ替わっており、殉職者も多い。
 


『枯橋楽』

汽船の蒸気音が木霊する。

広く青い海に向かって、大きな音が響いている。

人間が海に出る前は、海はもっと静かだったのだろうか。

生殺与奪は海の世界でも、ずっと起こりつづけていたのだろうか。

なんてらしくないことを考えてみる。

 

「ねぇ、桜花はその辺どう思う?」

 そういってオレは優しく微笑んで見せた。

 

「無理無理無理、無理ですッ! こんな大きな塊が水の上に浮くわけないんですから! 浮くわけないんですから! ああ、そうか! ここは涅槃なんですね!そうなんでしょうっ!? あれ、でも兎さんがいるって事はっ、ああ、そんなぁぁ、兎さん! 兎さんが死んじゃったぁぁ!!」

 

 やっぱり駄目だった。

 

「桜花、落ち着きなよ、ねぇってば!」

「死なないでって言ったばっかりなのにぃぃ!」

 そう言って桜花はポカポカとオレの胸板を叩いた。普段なら、こんなものは痛くもかゆくもない。

 そう、普段なら。

 オレはあばらが折れているのだ。

「痛い痛い、痛いよ、桜花」

「うわぁああん」

「痛い痛い痛いよ、ねえってば、いやほんと、ほんと痛い! 桜花!」

 

「落ち着いた?」

「…ごめんなさい」

 最近謝罪をよく聞くなぁ。

 あの後なんとか桜花をなだめすかして落ち着かせる。

 さすがに二度目と言う事もあってか、前回のように抱きしめなくても落ち着いてはくれた。いや、夜になったら思いっきり抱きしめはするけど。

「もうすぐ、四国も見えなくなりますね」

「そうだね」

「いろいろ、ありましたね」

「‥‥そうだね」

いろいろな意味で濃密な時間だったと思う。初めは唯の夫婦旅行だった。

桜花に喜んでもらおうと思っただけ。それ以外の理由なんてなかった。

でも、数珠坊、菊、鈴、懺戒。いろいろな『人』との出会いの中で、オレは再認識させられた。

やっぱりオレは、弱い。

十二の呼吸。唯一どの呼吸から派生したのか解らない呼吸。

オレに指南書をくれた『あの人』とはあれきり会っていないけれど、やって行くうちに自分の呼吸が他の皆と違う事に気が付いた。

 極めることが出来れば、誰より強くなれる外法の呼吸。

 でもオレには才能がないから、何もかもが中途半端だ。

 ほとんどの呼吸を、オレは『指南書の通りにできていない』。

 

「やっぱり、柱なんて向いてないよな…」

 海を見ながら、ぽつりとそうつぶやいた。

「そうですね」

 そのつぶやきが聞こえていたようだ。

 桜花はすんなりとそう言った。

「本当に、兎さんみたいな方には向いてない仕事だと思いますよ」

「そっか」

「だから、兎さんが突然今日辞めると言ったって、桜花はとめません。ずっと一緒です」

 そう言って桜花はオレの髪を梳いた。すこし照れくさい。

「そうだな、よぉし! ねぎまぁ!」

カァ、と声が聞こえて、ねぎまが降りてくる。鎹鴉たちは皆船の上を飛んで有事に備えている。

…鷹とかに襲われたりしないよね?

 

「カァー、ナニカ用カナハナイチモンメ!」

「もっかい辞表を書くからお館様に届けてくれよ、なぁ」

「カァー! 通算肆千トンデ伍百壱拾弐回目!何枚ダシャアキガスムノ!?」

「辞められるまでだ!」

「ジャアオワンネーヨ!!」

「うるさいぞ苛められっこ!!」

「カァー!」

 苛められっこをいじると言う非常に質の悪いことをした後、オレは桜花に声をかける。

「桜花も行こう? うまい文章考えてよ」

「ふふ。ごめんなさい。もうすこし海を見ていたいので、桜花はまだここに居ます」

「そっか」

残念だけど仕方がない。

 オレは筆と紙を取りに行くべく、船室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎さんはねぎまちゃんと話しながら船室に向かって行きました。

 柱を辞めたい。

 今日までずっと、兎さんが言い続けたこと。

 それはきっと間違いなく彼の本音なのでしょう。

 辞めたい、その一言にはいろいろな思いが混ざっています。

 怖い、死にたくない。

 守れないと言う事実を直視したくない。

 そんな、想いが。

 時々、兎さんが残酷な人間に生まれていたら、と思うときがあります。

 そうしたらきっと彼はこんなに苦しまなくて済んだのに。

 怨嗟の声も、助けを呼ぶ声も、無視できるほどに残酷な人だったなら。

 そうしたら、きっと―――。

 

 「なんて、無理ですよね、きっと」

 兎さんは捨て置けない。

 誰かの叫びを、悲鳴を。

 守れない痛みを、知っているから。失ってしまう辛さを、知っているから。

 なんて、不器用な人――。

 「兎さん…」

 

 離れていく四国の地。

 桜花は、じっとその島々を眺めていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「警護は夜間も通して行われます。指揮は私がとりますので、癸、壬の皆さまは交代で船内を監視してください。何が来ても対応できるように」

 胡蝶しのぶは船内の鬼殺隊士に向けて指示を出す。指示を出された隊士たちは日輪刀を持ち、船内の持ち場に付き始めた。

 と、言っても現在警備の任に当たっている鬼殺隊士は船内の三分の一程度の人員である。

 残りの三分の二は現在仮眠室で休息を取っている。彼らは皆、階級丙以上の隊士たちだ。

 現在、時刻は昼。

 太陽の光はさんさんと甲板を照らしている。

 荷物はすべて忍自身が検閲済み。船内では各所で藤の花の香炉を焚き、鬼の襲撃に備えている。

 どうあっても船内への侵入は不可能だ。

 

 が、こうした万全の状態であるからこそ、警戒の度合いを高めるべきである。

 夜になれば奴らの時間。

 こと、上弦ともなれば何をしてくるかわからない。

 十二支 兎は上弦の零を二度にわたって撃退、撃破した。

 上弦の鬼が死ぬ、という報告は過去百年余りにわたり記録されていない。

(つまり鬼舞辻も、もう十二支 兎を放っては置かない)

 しのぶはそう考えていた。

 もし業屋敷に到着するまでに彼を始末するつもりなのだとしたら、もう半端な戦力は送り込んでこない。

 くるなら必ず、上弦の鬼だ。

 そして、兎を狙ってくる。

 

「さぁ…、医者の不養生という言葉もありますし、私もそろそろすこし休みましょうか」

 本番は夜。そのときに万全の状態で事に当たれなければ意味がない。

 そう考えて、しのぶは船室内の簡易ベッドに身を投げた。

「しかしまぁ、あの人を守る必要があるのかどうか…甚だ疑問ではありますけれどね」

 十二支 兎。最強の柱、『業柱』。

 歴史上存在しない十二の呼吸を扱い、しのぶの姉、胡蝶カナエと共に最終選別を通過した男。

 過去最強とも謳われ、その実力をお館様に買われて短期間で柱になった。

 最初は十二柱と呼ばれそうになったけど、彼はそれを承服せず、なぜか『業柱』という肩書きにこだわった。

 親交があったころ、しのぶは彼に問うたことがあった。

 

『どうして?』

『ん?』

『他の柱の皆さまは皆呼吸の名前で柱になるんですよ、伝統的に。『炎柱』とか、『風柱』とか。姉さんだってそうでしたよ』

『そうだね』

『なのになんで兎兄さんは『業柱』なんですか?』

『あー、単純な話、オレの場合どれも中途半端だけど、呼吸を十二種類使ってる訳だよね。そうなった時、どうするべきか教えてくれる人が居なくってさ』

『そりゃまぁ、そうでしょうね…』

『? まぁ、ともかく。 それならお館様が好きな名前にしなさいって言ってくれてさ。そんで今の形に』

『なるほど、でもどうして『業柱』なんですか?』

『…それはね―――』

 

「・・・あれ?」

 思い出せない。あの時彼はなんと言っていたのか。

「…まぁ、どうでもいいですよね。あんな奴との思い出なんて」

 十二支 兎。

 鬼殺隊最強の男。

 かつては兄と慕った男。

 けれどあの男は最後の最後で臆病風に吹かれた。

 あの日の惨劇を、しのぶは一生忘れないだろう。

 

十二支 兎が胡蝶 カナエを見捨てて逃げたあの日の事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、海を夜が包んだ。

 碧かった海が漆黒の闇に沈みだす頃。

 汽船の中の、小さな貨物室の中。

 その中を、二人の鬼殺隊士が巡回していた。

「ここも、問題ないな」

「ああ、しかしこの大量のしょうゆ豆…」

「これ全部柱が食うらしいぜ」

「まじか…」

 隊士二人は遠い目になった。

「きっとごりごりのオッサンが食べるんだぜ。柱だもんな」

「そうだよな。あーあ、柱の中に可愛い女の子でもいれば、やる気も上がるのになぁ」

「蟲柱様がいるだろ?」

「いやぁ、あの人こえぇよ。笑ってるけど目が笑ってねぇもん」

 

 雑談をしながら、彼らは次の巡回位置に回るため貨物室を後にした。

 

 

 

 

 

「おい、行ったか?」

「行ったね」

 

 ややあって、部屋の中にある木箱から、がたがた、と音がした。

 そろー、っと蓋が退かされて、中から小さな目玉が二対外をうかがっていた。

「ほらな、今の所上手くいってるだろ」

「うん! すごいねお兄ちゃん」

「正面切ってついて行きたいなんて言って、連れてってくれるわけないからな。こういう時は、勝手について行きゃいいんだよ」

「ふふ、桜花さん達、びっくりするよね!」

「ふふふ、見てろよぺったんばばぁ。オレ達は付いて行くと言ったら付いて行くぜ」

 

 木箱の蓋は、そーっと再び閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに、場所は移って。

 ある森の奥に、当主を失った廃城がある。

 かつてはある大名が城主として存在した城だった。

 並み居る戦国大名の中でも強者と噂された城主であったが、彼が歴史に名を残すことはついになかった。

 

 城主も、近隣に住む人々も、一夜にして皆姿を消したためである。

 なぜ突然彼らが居なくなったのか。それは誰も知らない。

 『居なくなったこと』さえも、歴史の中に消えてしまったからである。

 廃城は天守閣が無惨にも破壊され、月光が降り注いでいた。

 

 「この天守閣も、月光を浴びる分にはとても都合が良いけれど」

 

 その天守閣を我が物顔で使用する鬼が一体。

 南蛮渡来の肘掛椅子に座って、月を眺めている。

 下あごには鋭い角。目は薄緑色に血走り、瞳の色と合わせるかのように着物も翠色だ。

 『堕落七鬼』の一角である彼女の名は、『望郷ノ枯橋楽(ぼうきょうのこきょうらく)』といった。

 「昼間になると日光が差し込んできて嫌になる。ねぇ、これは人間と私たち『鬼』の関係に似ているわ」

 「人間と言う最悪の時間を乗り越えて、私たちは鬼――、美しく気高い夜の時間を手に入れた。私たちは永劫に夜の時間を過ごせるの。でも、現実はそうじゃない」

 「忌々しい太陽は毎日毎日毎日現れて、私たちの居場所を奪って行く。その度にあのお方はお隠れになることを余儀なくされる」

 ばきり、と音がして、肘掛椅子の腕置きが握りつぶされた。

 彼女は渾身の力でそれを握りつぶしたが、破片は一片として、彼女の陶磁器のような手を傷付けていない。

 「胸が張り裂けそうよ、あのお方のお気持ちを考えると。こんなにも苦しい事はきっとないわ」

 「ねぇ、あなたもそう思うでしょう?『停滞ノ唾葬怠(ていたいの だそうたい)』」

 枯橋楽はそう言って背後に立つ鬼に声をかけた。

 その鬼は男の姿をしていた。下半身に紺色の袴をはき、裸足で胡坐をかいている。ボサボサの頭髪は先端が紺色だが、それ以外の部分は鮮やかな空色に染まっていた。

 そして上半身は衣類を身に着けていない。それは彼の背中から三本の巨大な角が飛び出しているからだった。

唾葬怠はふわぁ、とあくびをして答えた。

「もうしわけありません、枯橋楽様。驚くほど話が退屈だったので全く聞いてなかったっすわ」

 枯橋楽は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに彼に向かってほほえんで見せた。

 

 

「大事な話なのよ。心して聞きなさい」

「ふぁあ?」

 枯橋楽にしこたま殴られた唾葬怠はなおもあくびをしながら話を聞く。

「十二の呼吸の使い手を我ら『堕落七鬼』が仕留めれば、あのお方は大層お喜びになるわ。これは好機よ、唾葬怠。我らが十二鬼月よりもあのお方の役に立てることを証明するの」

「はぁ、そっすね」

「真面目に聞きなさいってば。二百年前はあの忌々しい上弦の肆に寝首をかかれたけれど、今度はそうはいかないわ。確実にその柱を始末し、首を持ち帰る。そうすれば」

 唾葬怠は胡坐をとき、床に寝転がり始めた。本格的に興味を失ったらしい。

「そうすれば、そうすれば!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのお方は堕落七鬼、そしてひいてはそれを率いる私に向かって御寵愛を下さるに違いないわ!!」

「あー、あのお方そんな感じの方でしたっけねー?」

「馬鹿ね唾葬怠! 状況は刻一刻と変化するのよ! いいえ、たとえ寵愛の言葉がなくとも、殺されたとしても、私はあのお方にお言葉をかけて頂けるわ。想像して御覧なさい唾葬怠! 夢想するのよ唾葬怠! 貴方ならきっとできるわ唾葬怠!」

「はいはーい」

 

「あのお方は私を見つめながらこういうのよ、『今回の働きは堕落七鬼、ひいてはお前の活躍だ、枯橋楽。できて当然だがな』って! きゃー!!」

 

 枯橋楽は椅子から飛び降りてぐるぐると天守閣を転がり始めた。途中なんどか唾葬怠の身体にぶつかるが、二人とも全く意に介していない。

「そんな台詞をいうお方ではなかったようにおもいますが」

「諦めては駄目よ唾葬怠! ここが踏ん張りどころと覚えなさい唾葬怠!」

「はいはーい」

 ひとしきり息を荒げた枯享楽は頬を赤らめ、傍から見れば『危ない表情』をしながら嬉々として計画を語る。

「それでね、唾葬怠。聡明な私は早速手を打ったのよ」

「へー」

「琵琶女の情報によれば、奴らは今船に乗って移動しているわ。奴らの本部に逃げ込まれれば残念だけど特定は困難。だからこそ、速攻で勝負をかける必要があるのよ」

「すっごいすねー。えらいっすねー」

「そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてもいいのよ唾葬怠。それでね、私はね、あの子に行ってもらうことにしたのよ」

「あの子?」

「そう。『殻怒童子(がらどどうじ)』にね」

 それを聞いた唾葬怠は、彼にしては珍しく顔をしかめた。

「うっわー。えぐいことしますねぇ」

「当然よ。奴らは洋上。汽船には大量の人間。おそらく鬼殺隊の雑魚どもね。ふふふ」

 彼女の顔が月光に照らされる。彼女は嗤っていた。その表情は妖艶な女性にも、玩具を与えられた少女のようにも見えたが。

 どちらと呼ぶにも、あまりに悦を隠しきれない表情だった。

 

 

 

 

 

「あの子の血鬼術なら確実に皆殺しにできるわ。そうでしょう?」

「・・・こえーこえー」

 

 月下の廃城に嗤い声が響いた。

 




大正コソコソ噂話(偽)

 枯橋楽は鬼舞辻無惨をいっそ病的レベルで敬愛しています。
 部屋には彼/彼女の似顔絵が所狭しと並んでいます。
 ちなみに絵は堕落七鬼の内一人が書いています。
 大量のミミズを用意すると描いてくれます。
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