柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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藤の花。

鬼の弱点の1つ。
鬼は何故か藤の花に触れることを極端に嫌がる。
藤の花の香を焚くだけで鬼は寄ってこれない為、鬼の伝承が強く残る地域では香を焚く習慣があるほど。
 
現状、藤の花を克服した鬼は過愚夜のみである。


『怒りの火種』

オレは日輪刀を持った隊士たちに取り囲まれている。

 もう何回目だ? 子の呼吸で気絶させる事数回。一人一人の力がさすがにオレより劣るとは言っても、こう何人も立て続けに相手をさせられると気が滅入る。

 しかも倒しても倒しても、彼らは起き上がった。

 くそ、キリがない。

 

【オウオウオウ、柱ってのは案外大したことねぇなぁ。なんでだよもっと強いんだろォ!?本気出せェ!! 斬れェ!】

「うるさい黙ってろ!」

 船内のどこかからちょっかいを出す鬼―――殻怒童子に怒鳴りながら考える。

どうするか考えろ。ここから隙をついて逃げること自体は簡単だ。数えてざっと40人程度。この数なら抜けられる。

ただ、それはオレの背後にある部屋に隠れている桜花を見捨てた場合の計算だ。そんなことはありえない。

最悪の場合、全員斬るしかない――。

一瞬頭をよぎった考えを、頭を振って追い出す。

懺戒の最後の顔を思い出す。

オレは、彼に恥じない生き方を選びたい。

桜花の言うように皆がオレに託してくれたと言うなら、オレはその託された物に背を向けてはならない。

例え弱くても、恐ろしくても。

今この瞬間を逃げることだけは、駄目だ。

 

「柱ァァ! 腹が立つ! 腹が立つ!」

 隊士の1人がオレに斬りかかってくる。刀を鞘で受け止め、勢いをつけ押し戻す。

 よろけたところに、オレは鞘での殴打を叩き込んだ。

 同じようなチャンバラを繰り返して、何人も倒れさせる。それでも彼らは立ち上がることを辞めない。

 幸いなことに彼らもこの状態だと太刀筋が鈍るのか、まだ一太刀としてオレには届いていない。体が心に振り回されている感じだ。

【オイオイオイオイィ! なんだぁテメェら! すさまじく弱いじゃねぇかァ!!もう引くわこの弱さ!! そんなもんでオレ達と戦う気だったのかよォ!!】

 殻怒童子がわめいている。オレが何時までも傷を負わないのが不服なようだ。

「殻怒童子。悪いけどオレは何時までだってこれを続けるぞ。そうすれば、朝が来てお前の負けだ」

ここは洋上。周りに陸はない。

朝日が昇れば、この船に潜んでいるであろう殻怒童子は塵になって消える。

奴はずっとパイプを使ってオレと話している。パイプは船内のあらゆる場所につながっているが、逆に言えば船外にパイプのつながる場所なんてない。

舟の中に居る以上、必ず見つけ出して引きずり出す。

「お前を必ず日の下に連れて行く」

【強気じゃねぇか、ムカつくな! 俺様を見つけ出そうって腹か、不愉快だァ!畜生畜生畜生!! んじゃあ『こう』するしかねぇよなぁ!! お前の所為だよなァ!!】

 ぴたり、と今までオレに向かっていた隊士たちが動きを止めた。

 依然として怒りの味は消えないけれど、斬りかかってくる様子がない。

 両手をぶらんと下げ、視線をゆっくりと彼らは、オレではないお互いに向けた。

 

 次の瞬間。

 

「テメェ! 前からムカつくんだよォ!!」

「死に晒せェ! 何の才能もねぇ癖に!」

「消えて消えて消えてよォ!」

 

隊士同士が、互いに斬り合いを始めた。

「なッ・・」

【アッハハハハハハ!! 良いかァ柱? 怒りってのはさぁ。別に1つの方向に向かってる訳じゃあないんだぜ? どんな親しい間柄だろうが、人生の内にいっぺんは『死んでほしい』、『ぶっ殺したい』って思うもんさ畜生!オレの血鬼術はそんな『怒りの火種』を増幅、暴走させる!腹立たしい事だけどよォ、遠い存在のお前より身近な隊士同士の方が火種はでかいかもなぁ?】

 互いに隊士たちが斬り合っている。互いが怒りにまかせて防御を考えていないから、全ての斬撃が急所に当たっている。

 それでも彼らはやめない。激痛に涙を流していたとしても、植えつけられた怒りが消えないから。

【ほぉらほらほらぁ、どうする柱? 俺様としちゃどっちでもいいんだぜェ?鬼殺隊が減れば減るほど、姫への土産話が増えるってもんだ! クソッタレ!!】

日輪刀を握りしめる。あまりに強く握りしめたから、柄から血が流れた。

オレは覚悟を決めて、刃を抜いた。

 

全集中・『子』の呼吸! 『鼠惨死鬼』!!

重ねて六刻!

全集中・『午』の呼吸! 『掛馬』!!

 

 高速で分身を飛ばして、全ての隊士を止めにかかる。全員みねうちで意識を飛ばす。それでもなお彼らはすぐに意識を戻して同じことを繰り返すだろう。

 だからオレは、彼らの持つ日輪刀をすべて叩き折った。

 そんなに難しい事じゃない。刀と言うのは、横からの力にひどく弱い。

 だからオレは全員の日輪刀を側面から叩いた。

 掛馬で速度が二倍になっている事もあって、振り切ってしまえば簡単に折れる。

 

【ああ!? なんだそりゃテメェ!! やっていい事と悪い事の区別もつかねェのかァ!?】

「黙れ」

 ぎゃんぎゃんわめく殻怒童子。

 そんな言葉、もうほとんど耳に入らなかった。

「お前は今何処に居る? 答えろよ」

【はぁ!? んなもん簡単に教えるわけねぇだろうが――】

「お前が来い!!」

 たまらずにオレは叫んでいた。

「卑怯者め!隠れてこそこそする事しかできないのか!? オレの首が欲しいのなら相手になってやる! お前が、お前自身が、戦え!!」

【おいおいおいぃ! 馬鹿なこと言ってんなァ!! 俺様もお前も相対せば生きるか死ぬかだ!! オレは確実に勝てる方法をとってるだけなんだよ、ばぁかぁ!!】

「…もういい」

オレは日輪刀を固く握りしめた。コイツとはもう、議論するにも値しない。

「…くだらない奴なんだろうな」

【あ?】

「お前らだよ。堕落七鬼、だっけ? 十二鬼月と比べるなとかどうとか言ってたけど、そりゃそうだよね。自信が無さ過ぎて比較されたくないんだ。過愚夜は少なくともこんなこそこそ隠れる臆病者じゃなかった」

【ああ!? テメェ今なんつ―――】

「何度でも言ってやる。お前らなんて大した存在じゃない」

 

「お前がちょいちょい口に出してる『姫』って奴だって、どうせ小物だろ」

 

 

 

【そいつを今すぐぶち殺せェェェェェェェェェ!!】

 

 

 気絶していた一般隊士が一斉に起き上がる。刀は持っていないが、皆拳を握りしめて向かってくる。折れた刀を片手に向かってくる者もいた。

 

 負けない。

 すぅ、と呼吸を整えながら強く思う。

 こんな奴に。こんな奴に、託されたオレが負けていいはずがないんだ。

 オレは絶対に、諦めない!

 

 

 

 

 

 

 

「やい白髪兎! 息止めろ!!」

 瞬間、ボン、と音がして辺りに赤い煙が広がった。

 ・・・・って辛ッ!!

 口の中に微量入った唐辛子にオレはむせこみそうになるが頑張って耐える。

 せき込んでみろ、オレはそのままあの世行きだ!!

【うおっ!? なんだこれっ! ちくしょおおおお、いてぇええ!!】

 というよりこの手口、すごく覚えがある!

「桜花さん! 桜花さん、出てきて! 逃げよう!!」

 口を押えたもごもご声ではあるが、聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

「えっ? その声・・・」

「白髪兎、アンタもだって! 立って逃げるんだよ!!」

 オレの近くでもごもごと少年の声がする。

 同時に扉が開いて桜花も出てきた。

 オレと桜花が声の主の姿を捉えるのは同時で、声を上げたのも同時だった。

 

「数珠坊!?」

「菊ちゃん!?」

 あり得ない! 二人は安全な藤の家に置いてきたはずなのに!

 って辛い! しまった! びっくりしてまた少し入った!!

「貴方たち、なんでここに!?」

「説明は後だぺったんばばぁ! こっちだ、早く!!」

数珠坊はオレの、菊ちゃんは桜花の手を引いて走り出し、今だ辛さで悶える隊士たちを置いて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「あいつらふざけんなァ!! 絶対見つけてぶっ殺してやるからなァ!!」

 隠れ場所に身をひそめる殻怒童子は怒り狂っていた。

 策は破られ、仲間を貶され、姫を馬鹿にされ。

 あげくに謎の乱入者どもの所為で折角追いつめた柱を取り逃がした。

「くそ、くそくそくそくそくそくそォ!!許さねぇ! 許さねぇ!!姫への侮辱は許さねぇぞド畜生がァァァァ!!」

 殻怒童子は怒り狂い、同時に確信していた。

 あの柱に小細工は通用しない。人海戦術もありだが、もっと強い駒をぶつけなければならない。

「使ってやる、使ってやるよクソ!! ムカつくが出し惜しみ無しだ!!あの『最高の火種』を使ってやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 さきほどのオレ達の船室からさらに潜った貨物室。そこにオレ達は逃げ込んでいた。

 鬼や鬼の傀儡になった人たちから、ひと時は逃げ切れている。

 しかし、しかしだ。

 オレの目の前のこの怒れる鬼はどうしようか。

「…助けてくれたことには感謝しています。数珠坊君、菊ちゃん」

 でも、と桜花は正座させた二人に向かってにこにことほほ笑んでいる。

 目が全然笑ってない。

「でも不思議ですねぇ? 桜花の記憶が正しければ、お二人とは藤の家で一度お別れしたはずなのですが?」

「お、おう」

「はい・・」

「答えなさい! なんでこんな所に居るの!!」

 桜花が怒鳴った。すっごい怖い。子供二人も震えあがった。

「危ないから一緒にはいけないと言ったでしょう!! どうやって乗り込んだの!? それにさっきはあんなに危ないことして! 斬られてたらどうするんですか!! 遊び場じゃないんですよ!!」

「そ、そんなことわかって」

「わかってない!!」

 数珠坊の反論を桜花が黙らせた。言葉につまった数珠坊は俯く。

 すると今度は恐る恐る菊ちゃんが口を開いた。

「わ、私たちお師匠様と約束したから…」

「懺戒さんが二人にこんなこと望むと思いますか!?」

「でも・・」

「でもじゃない!! 本当にどうして――」

 

 

「だって私たちにはもう誰もいないんだもん!!」

 菊ちゃんの叫びに、桜花が黙った。

「鈴兄ちゃんも、お師匠様も、お父さんもお母さんも、桜花さんも兎さんも、どうして皆私たちの事おいて行こうとするの!? 私たちがいると邪魔なの!? お父さんもお母さんも言ってた、私がいると邪魔なんだって!!」

「菊ちゃん、それは」

「桜花さん、傷だらけになっても私とお兄ちゃんを守ってくれた! お師匠様も、ずっと一緒に居てくれた! 私たち、知らない人たちと暮らすなんて嫌! どんなに幸せでも、そんなの嫌だよ!!・・・嫌、だよう・・」

 菊ちゃんは泣きながらうずくまって泣き出した。

 

 この子たちは、この子たちで本気だった。

 捨てられた恐怖と、おいて行かれた孤独感。

 それが本当に苦しくて、つらくて。

 そこから逃げ出そうと、本気であがいてオレ達の所に来た。

 

 桜花は涙する菊ちゃんをしばらくそっと見つめていたが、ややあって屈んで彼女と目線を合わせた。

「…菊ちゃん」

 穏やかな声だった。慈しむような声だ。

「うう、うえ、おう、かさん。ごめ、ごめんなさ」

「いいえ」

 桜花はやさしく、菊ちゃんの頭を撫でた。

「謝るのは桜花です。あの時、もっとあなた達の気持ちを考えてあげるべきでした」

「ごめんなさい、ごめんな、さ」

「ごめんなさい、菊。…ごめんね」

 桜花はそう言ったあと、両手を広げて見せた。

「ほら、おいで?」

「うう…ぐす、うわあああああんっ!」

 菊ちゃんはそのまま、桜花に抱きしめられた。その背を桜花はやさしくさすっている。

 

 思わずオレがほろり、と泣きそうになっていると、数珠坊が歩いてオレの方に向かってきた。

「…混ざらなくていいの?」

「混ざるか!!」

 オレの冗談に、数珠坊が食いつく。そしてすぐ、そうじゃなくて、と数珠坊が続けた。

「菊の所為じゃないんだ。俺が、ついて行こうって言いだして」

「それにしたって、いったいどうやって」

「あの家の人たち、餞別用に箱一杯に野菜詰めてたろ。すごくでかい箱だったからその中に忍び込んでさ」

 なるほど。あの時聞いた物音は二人が箱の中で動いた音だったわけだ。

 よくもまぁ、あの長距離を箱に隠れて移動したもんだね。

「俺たちも船に乗る前に出ていってびっくりさせるつもりだったんだ。けどよ」

 そう言って数珠坊は桜花と菊を見た。

 いまだに二人は抱き合っている。こうしてみると、やはり親子のようだった。

「ぺった‥桜花さん、俺たちを預けた後、すごく心配してくれてただろ。菊がそれ聞いて泣き出してさ。どうしても離れたくないって。だから俺がこのまま船に乗っちまえば全部うまくいくって」

 そういうことか。

 桜花が当たり前に発したあの言葉に、菊は救われていたんだ。

「‥ごめんよ」

なおも謝る数珠坊。彼を見ていて、オレの心はすこしほわほわした。

「まぁ。言いたいことは桜花が言ってくれたよ」

 オレは数珠坊の頭をぐりぐりと撫でる。

「次からは妹が無茶言ってもちゃんと止めるんだぞ、兄ちゃん」

「いた、イテェよ兎!!」

「兎さんね、大人になったらそういうの大事」

 

 

 

【オウオウオウオウオウ見つけたぞこんちくしょうが!!】

 貨物室のパイプから聞きたくない声を聴いてオレはとっさに身構える。

 桜花も菊ちゃんをより一層強く抱きしめた。

 数珠坊は後ずさりして桜花の傍へ。

 いいぞ、そのまま二人を守るんだ。

 

「殻怒童子!!」

【名前覚えてんじゃねよ気持ち悪い奴だなテメェはよぉ!】

「桜花以外の名前はどうでもいいからすぐ忘れる!」

「ど、どうでもいい・・・?」

「兎さん!!」

「訂正! 桜花と数珠坊と菊! これ以外忘れるからお前の名前なんか絶対覚えないからな!! だから泣かないで菊ちゃん! そんな顔でオレを見ないで!!」

【テメェらの家族ごっこなんてどうでもいんだよォ!! どんだけ寸劇してりゃ気が済むんだよォ!!畜生! あとちょっとで泣きそうになったじゃねぇか嘘だけど!!】

 殻怒童子は相変わらず怒り狂っている。

 いい加減不愉快になって来た。

「さっきも言ったけど、自分が強いと思うならお前が出てこい!!」

【はっ! 冗談じゃねぇ!! 確実に勝つ方法があるのになんでわざわざ出て行かなきゃならねぇ!こっちには『とっておき』があるんだよクソ!!】

 とっておき。なんだそれ?

 オレが鬼にその質問をする余裕はなかった。

 

 何者かが貨物室の扉を蹴破って、高速で突進してきた。

 速い。一般隊士に出せる速度じゃない。

「っ、やばっ!!」

 反射的にオレは日輪刀を抜き襲撃者の刃を受け止める。

 

 その刃は、奇妙な形をしていた。

 刃は先端にしかついておらず、通常刃のある部分は、抉れたように峰しか存在しない。

 それは鬼の頸が斬れない『彼女』の為に作られた、突くための刀。

 刺した相手に毒を流し込み、壊死させるための刀。

 

 オレはこの日輪刀を、よく知っている。

 

 「そんな・・・」

 オレの背後で桜花が息を呑む。

 オレも信じたくない。彼女が、術にかかるなんてそんな。

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、現実と言うものはいつも厳しくて。

 本当に残酷だ。

 

 

 

 

「どうしてぇ、どうしてよぉぉ! 十二支 兎ィィィィ!!」

 

 怒りに支配され、般若と化した『胡蝶 しのぶ』がそこには立っていた。

 




大正コソコソ噂話(偽)

 桜花さんは肩を怪我しているので、菊ちゃんを抱きしめた時それなりに痛かったそうです。
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