柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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 伝えたいことがまだあった。
 でも世界はそんなときだけ時間をくれない。


『蝶が死んだ夜』

彼女の刃を、自らの刃で受け止める。

 目の前にいるのは間違いなく『胡蝶 しのぶ』だった。

「そんな、しのぶちゃんまで…」

 背後で桜花が息を呑む。

 信じられない。彼女ほどの実力者が殻怒童子の術中にはまるなんて。

 しのぶちゃんの斬撃は力がないが軽い分早い。

 受け止めた、と思った次の瞬間には別の方向から攻撃が来る。

 右、左、下段、突き。

 高速で攻撃が切り替わる。

「十二支、兎! 十二支 兎!!」

 叫びながら、怒り狂いながら突っ込んでくる。

 身をひねり、時に刃で受け流す。

 

【アハハハッ! 調子が良くて腹が立つぜ! そうかそうかぁ、その女も柱かぁ。コイツはいい! お前を殺した後そいつには自殺してもらうとするかなァ?】

「もういい黙ってろ! 話せば話すほどお前が嫌いになる!」

【あん? なんだお前、『怒って』んのか!? 意味わかんねェな!? お前らてっきり敵同士だと思ってたけどよォ!?】

「はぁ!?」

【その女のお前に対する火種は相当なもんだったぜェ? 殺したくて殺したくてうずうずしてるみたいだなァ!】

「ッ」

 わかっていた、事だ。

 しのぶちゃんがオレを恨んでいないわけがない。

「お前が殺した! お前が見捨てた! 私から、みんなから姉さんを奪った!」

 しのぶちゃんがオレの刀の刃を弾く。

 そのまま彼女は後ろ手に跳んで距離をとった。

 そのまま彼女は刀を上段に構える。

 足に力をこめ、こちらに突進してくるつもりだ。

 

 どうすればいい。どうすれば。

 しのぶちゃんを斬るなんてありえない。

 でもこのまま戦いつづければオレが彼女に殺される。

 どちらもしのぶちゃんにとって最悪の結末になる。

「殺してやる・・・・」

 

 『蟲の呼吸 蜂牙ノ舞』

 

「殺してやるッ!!十二支 兎!!」

 神速の突きがオレの喉元に向かって放たれる。

「兎さんッ!!」

 桜花の叫びが聞こえる。

 

 オレは――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胡蝶しのぶは、あの日の事をよく覚えている。

 

 その日、しのぶは蝶屋敷の布団の中で朝を迎えた。季節は晩秋だった。

 のそりと布団から起き上がり、目をこする。

 それから鏡台の前に立って、長い髪を夜会巻きにして、寝間着から黒い鬼殺隊服に着替える。

 ふすまを開けて、蝶屋敷の廊下を歩く。

 途中、世話をしてる看護婦見習いの子供たちや、傷ついた隊士たちとすれ違い、それぞれに声をかける。

 大概は、他愛のない世間話だった。

 

「あら、しのぶ。おはよう!」

 七人程隊士と顔を合わせて話した後、しのぶは声をかけられた。

 長髪の左右を蝶の髪飾で止めた、美しい顔立ちの少女。

「いい天気ね、きっと今日は良い事があるわ!」

 姉、胡蝶カナエは朗らかに笑った。

「こんな日は良い散歩日和だわ、しのぶも一緒にどう?」

「行かないわ。今日も調合しておきたい薬があるの」

「もぅ、そんなに働いてたら体壊すわよ? 今日の見回りは夜なんだし、それまで羽根を伸ばしてもいいじゃない」

 任務により各地区へ派遣される甲以下の隊士と異なり、カナエのような『柱』階級の隊士にはそれぞれ担当の地区が割り振られる。

 柱は特殊な指令がない限りはその決められた地区内を巡回し、鬼の出現に備えるのである。

 もちろん、カナエも例外ではない。今日も担当地区の見回りを行う予定だ。

 それには、しのぶも同行する予定だった。もちろん四六時中一緒にという意味ではないが。

「姉さんこそ、休んで無くてもいいの?」

「私? 私は大丈夫よ。それに今日は約束があるから」

 そういってカナエは顔をほころばせた。いつもの笑顔とは違う、すこし緊張したような笑顔だった。

 ああ、またか。

 しのぶは頭を抱えた。カナエにこんな顔をさせる相手を、しのぶは一人しか知らない。

「ああ、なるほど。兎兄さんが来るのね?」

「えっ? なんでわかったのしのぶ? 超能力者?」

 恐らくは十に満たない子供でも気付くほどわかりやすいことを、姉に説明するべきか。

 しのぶは本気で考えた。

「姉さん、やっぱり兎兄さんにちゃんと伝えた方がいいわ」

「…いいの」

「でも姉さん」

「いいのよ」

 その時の姉の表情を表現する言葉を、しのぶは知らない。それでも、今カナエに何を言っても、首を縦に振らないことがわかってしまった。

「カナエ様! 業柱様がお見えです!」

「じゃ、行ってくるわね! しのぶ!」

 姉はそう言って嬉しそうに屋敷を出て行った。

 

 元気な姉の姿を見たのは、これが最後だった。

 

 しばらくして、蝶屋敷にもう1人来客があった。

「しのぶ様! 『桜柱』様がお見えです」

 柱って、案外暇なんだろうか。

 やってきた桜色の髪の剣士を前に、しのぶは無礼にもそう考えた。

「…不躾に、すみません」

「いいえ、仇散華様。どのようなご用件でしょうか?」

 しのぶは目の前に立つ柱、仇散華 桜花――後の十二支 桜花である――に頭を下げた。

「頭を上げてください。報も無しに勝手に来たのは私です」

 ぎこちなく笑う彼女を見て、随分印象が変わった、と思う。

 以前の桜柱なら、こんなふうに人に対して笑い掛けようとすることはなかったし、そもそも他の隊士とまともに口を利くこと自体が稀だった。

 以前の彼女は、まるで鬼のようだった。

 鬼を殺す、鬼を殺す、鬼を殺す。ひたすらにそれだけに追従する絡繰のようだった。

 

「お気遣い感謝いたします」

「いいえ。今日はカナエに話があって参りました」

「すみません、姉は今しがた屋敷を出たところでして。明日の朝には戻りますが、なにか言伝が?」

 それを聞いた桜花はしばらくふむ、と考え込み。

「わかりました。それでは、『この間の夜の話について、私なりの答えを伝えたい』とお伝えください」

「はぁ…」

 よくわからない伝言だと、しのぶは思った。

「ああ、そ、それと」

「はい?」

 続けて彼女は問があるようだった。しかし、こんどは中々口を開かない。ずっと桜色の髪を指でいじりながら、照れた様に―――彼女でもそんな仕草をすることがある事に少なからず驚いたが――俯いている。

「今日ここに、業柱は来ましたか?」

「? うさ、業柱様でしたらお見えになっておりませんが」

「…そうですか。今日はカナエと合同の任務だと聞いておりましたので」

 すこし残念そうにそう言って、彼女は去って行った。

 

「…合同任務か。それで姉さん上機嫌だったのね」

 柱同士の合同任務というのも珍しいが、最近、十二鬼月らしき情報も多発していると聞く。それが原因で、この地区も警備が強化されているのかもしれない。

「まぁ、でも」

 

 兎兄さんが一緒なら。きっとなにがあっても大丈夫。

 

 しのぶは考えて、安心していた。

 歴代最強と目される柱、業柱 十二支 兎。

 本人は認めたがらないけれど、あの人より強い剣士を、しのぶは見たことがない。

 だから、安心した。

 

『ねぇ、兎兄さん』

『なにかな、しのぶちゃん』

『姉さんが、兎さんと出会ってからはよく笑うようになりました。ありがとうございます』

『? そうなのかな? カナエはずっとあんな感じな気もするよ?』

『…ねえ、兄さん』

『うん?』

『姉さんの事、よろしくお願いしますね?』

『? なにをよろしくするのかはわかんないけど』

 

『大丈夫だよ。オレにカナエや皆が付いてるように、カナエにもオレや皆が付いてるから』

 心の底から、安心していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、そんなものは全部嘘だった。

 

 

 鎹鴉の叫びでしのぶが現場に到着したのは、姉と鬼の戦いが決着した後の話。日が昇り始め、鬼はすでに去った跡で。

 倒れる瀕死のカナエの姿だけが、そこにはあった。

 折れた日輪刀。口から血を吐く姉。肺胞が壊死し、内臓が引き裂かれていた。

 駄目、駄目駄目駄目。

 必死に血を止めようと頑張った。声の限りに叫び続けた。けれど、血は止まらなくて。

 カナエの命がどんどん小さくなっていくのが、わかってしまって。

「しのぶ…。もういい。もう…いいの」

「姉さん!」

 消え入りそうな声だった。いつも元気な彼女からは想像もできないほど、弱弱しい声だった。

「しのぶ‥鬼殺隊を、辞めなさい」

 カナエはゆっくりとしのぶの頬に手を添える。氷にでも触れているかのように冷たくて、しのぶの瞳からは涙があふれた。

「あなたは、頑張っているけれど。本当に頑張っているけれど、多分しのぶは…」

 そこでカナエは、なにか言いにくいことがるように言葉を切った。口から流れる血は、まだ止まらない。

「普通の女の子の幸せを手に入れて、お婆さんになるまで生きてほしいのよ。もう、十分だから‥」

「嫌だ!!」

 気が付けば、しのぶは叫んでいた。気持ちがあふれて止まらなかった。

「絶対辞めない!姉さんの仇は必ずとる!」

「しのぶ…」

「言って! どんな鬼なの、どいつにやられたの!!」

 カナエの目からは涙があふれた。ひどく悲しそうな顔だった。

「カナエ姉さん言ってよ!! お願い!!こんな事されて私普通になんて生きていけない!!」

 カナエは目を伏せ、弱弱しくぽつり、ぽつりと話し始めた。

「頭から、血をかぶったような鬼だった…。にこにこと、屈託なく笑って…。穏やかに…、優しく、喋っていたの…。仲良くなりたい、そう言って、いた。その鬼の使う武器は…、鋭い、対の扇…」

 一言一言、姉の言葉をしのぶは脳に刻み込んだ。いつか、相対したとき、その鬼を憎しみのまま殺せるように。

「ありがとう、姉さん…」

「しのぶ…、お願い。もういいのよ」

「いいわけっ・・・」

 叫びかかったその瞬間に、しのぶは気が付いた。

 ここに居る筈の、もう一人の姿がない。

「っ、姉さん! 兎兄さんは!? 兎兄さんはどこ!? 合同任務だったんでしょ!?」

「…しのぶ」

「…まさか、負けたの? 兎兄さんが?」

 信じられない。あの人が負けることなんてある筈ない。

「…ううん、兎なら、きっと無事よ‥」

「じゃあ、一体どこに。日は昇ってるんだから、鬼はもう逃げたんでしょう!?」

「しのぶ‥」

「っ、姉さん!?」

 カナエは力なく笑って、しのぶに語りかけた。もうほとんど、声が聞き取れなかったけれど、それでも姉の言葉はしのぶの耳に届いた。

 

 

 

「私ね…、ふられちゃった・・・」

 

「姉さん、それってどういう‥」

「でも、いいの…。これで、いいの・・」

「いい訳ないよ、こんなのってないよ」

「蝶屋敷の皆も‥カナヲも…しのぶも…皆に、ありがとうって…」

「姉さんもうやめて! やめてよ!!」

 

 

 

「それから・・兎に・・・ちゃんと・・・」

 

 

 がくん、とカナエの身体から力が抜けた。

「・・姉さん?」

 しのぶは薬学を学んでいた。

 たくさんの隊士が、彼女の薬や医療に救われていた。

 みんな、涙を流して感謝してくれた。

 

 だからわかってしまった。

 姉が笑う事は、二度とないのだと。

 

 

「…ふら、れた」

 今際の際に、カナエはそう言っていた。

「…逃げたの?」

 それしか説明がつかない。

 合同、という命令を無視して、姉をひとりここに取り残して。

 十二支 兎は、逃げ出したのだ。

「どうして・・」

 信じていた。

 信頼していた。

 尊敬していた。

 兄と慕っていた。

 

 信じてた。

 信じてた。

 信じてた。

 

 

 

 

 信じて、いたのに――――――――――――――――。

 

 

 なにもかも裏切って、あの男は逃げ出した!!

 

 

 それからしのぶは、姉を殺した鬼と、姉を見捨てた男を憎んで生きてきた。

 毎日毎日。

 姉の最後を忘れた日など一日だってない。

 

 

 そして、しのぶは船内で食事をしたとき、あの声を聴いたのだ。

 

 

 

 

 

【お前の怒りは、正しい】

【お前はあの男を憎んでいる。殺したいと思っている】

【お前は被害者だ。何をためらう事がある?】

【俺様が力を貸そう。大丈夫。お前の、魂の奥底の気持ちを信じろ】

 

【お前の怒りは、すべて正しい】

 

 

 

 

 

 

 忘れたことなどあるものか。

 突進しながら、しのぶの頭はその気持ちに支配されていた。

 

 お前の事を、お前の裏切りを忘れたことなどあるものか!

 

 許さない。

 許さない!

 

 

「殺してやるッ!! 十二支 兎!!」

 

 

 

 

 そして、彼女の刃が、彼の身体を貫いた。

 




大正コソコソ噂話(偽)

 カナエさんと兎さんの合同任務に行くまで、二人はうどん屋にいったり髪飾りを見たりしていました。
 その時何か贈っておけばよかったと兎さんは思っています。
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