柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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 遅くなって申し訳ありませんでした。

 蝶屋敷で療養したのち柱稽古に参加させられていたもので。

 伊之助が割った窓を直しながら投稿します。


『頭に来てる』

しのぶちゃんの刃がオレの心臓に迫る。

 狙いは正確で、このまま回避行動をとらなければオレは死ぬ。

 避けられないことはない。『午』か、あるいは『戌』の呼吸を使って回避すればいい。

 ただ、それだけの事。

 私情を挟むな。

 オレは今、救わなくてはならない。

 操られた隊士たちも、後ろにいる妻も、託された子供たちも。

 目の前の、この子だって。

 殻怒童子の居場所は、大体だが見当がついている。オレたちの行方を、アイツは正確に追ってきた。この船の中でそれを可能にする方法は限られている。

 それに、なにより『あの時』。殻怒童子はオレの前で隙を見せた。

 だから、まずはしのぶちゃんを無力化する。それが最優先だ。

 

 「殺してやるッ! 十二支 兎!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『兎。なぁに、大事な相談って?』

『なに恥ずかしがってるの? なんでも私に話してみて?』

 

 

 

 

 

 

 また、逃げるのか?

 この人を、おきざりにして?

 

 

 

 

 

 

オレは迎撃の構えを解いた。

「っ!? 兎さんッ!!」

 後ろで、愛する人の声がする。

 ごめんよ、今は振り返れないんだ。

「ごめん。桜花」

 前を向いたままオレは、そう言って。

 

 しのぶちゃんの刃を、その身に受け止めた。

 刺さった刃が、そのまま背中から飛び出した。

 

 

「嘘…」

「…」

 桜花が背後で息を呑む。しのぶちゃんは、何も言わない。

 目の前に、しのぶちゃんの顔がある。怒ってるなぁ。ものすごく。

 

「しのぶ・・・ちゃん‥」

 声を絞り出す。彼女の刃は、オレの胴を貫いていた。

 血が、ぽたぽたと貨物室に流れ落ちた。

 痛くて痛くて、意識が飛びそうだった。

 

 

 でも、それがなんだというんだ。

 この程度の痛み。目の前の彼女の傷に比べれば、なんだと言うんだ。

 オレはずっと逃げてきた。

 ずっと、ずっと。

 ずっとずっとずっと。

 

 だから、ちゃんと今、向き合わなくてはならない。

 言わなくてはならない。

 

「しのぶ…ちゃん…」

 

 声を絞り出し、気力を奮い立たせて。

 オレは、彼女の日輪刀を体に刺したまま、彼女をそっと抱きしめた。

 

「君は‥本当に…やさ、しい、ね」

「っ、なにをッ! 何を言っている!!」

 

 何も不思議なことじゃない。

 彼女は蟲柱。彼女の高速の突きは、一部の狂いもなく鬼の頸を断ってきた。

 そんな彼女が、外すわけがない。

 

 

 

 この近距離で構えを解いた相手の心臓を、狙い損ねる筈がない。

 

「ねぇ、しのぶちゃん…」

「離せ、離せ離せ離せッ!!」

 抱きしめられたしのぶちゃんはオレの手の中で暴れている。その度に、彼女の日輪刀がオレの身体をかき回す。

 ごふっ、と血を吐きながら、オレは言葉を続ける。

 

「オレが許せないなら…、それでも…、いい、よ」

「オレは君を、カナエを、裏切った、救えな、かった」

「だから、君には、権利が、あるん、だ…。オレを、殺す、権利が‥」

「でも、しのぶちゃん、1つだけ、いいか、な…」

 

 

「オレは、君を――――」

 

その一言だけ言ってオレは、しのぶちゃんに支えられる形で倒れ込んだ。。

 

 

 

 

 

 

 

「あは、アハハハッ!! やったやったぞ悔しいなぁオイ!! あのくそったれな柱を始末した!」

 刀を抜いて白い柱の身体を捨て置く女の柱を『隠れ場所』からのぞき見ながら、殻怒童子は憤怒しながらも歓喜した。

「あいつが死ねば正気なのはあの女と邪魔なガキどもだけだ! くそったれ信じられねェぞ!! 頭に来るなァオイ! 完璧な報告が姫様にできるじゃねぇか!!」

 どんな褒美がもらえるか、殻怒童子は期待に怒りながら、蟲柱に指令を出す。

「さぁ女! 残りの連中も全員始末しな! 今すぐだこん畜生!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兎さん…?」

 しのぶちゃんの日輪刀が兎さんの身体から引き抜かれる。

 重力に従って、彼の身体は糸の切れた人形のように倒れ込んだ。

 

 嘘。そんな。

 

 激情に駆られるしのぶちゃんは、刀を一度鞘に納めます。

 キリキリ、バチン、と不思議な音がしました。

 あの音―――。

「さぁ…次は貴女です。十二支 桜花」

 ゆらり、と近づいてい来る蟲柱を前にして、桜花は隣で震える数珠坊君と、抱きかかえた菊ちゃんに耳打ちしました。

「二人とも。桜花から離れてください。しのぶちゃんは今操られていますが、それでも『狙いを絞る程度』には理性が残っているみたいです」

「え?」

 菊ちゃんが不安げに桜花を見ます。

「彼女の狙いは桜花。だから桜花から離れれば、二人は大丈夫」

「な、何言ってんだよぺったん! アイツ、アイツ兎を」

「ええ、そうですね。兎さんは、彼女に刺されました」

 桜花は拳を握って立ち上がります。

 どんな理由があったとしても。そんな事情があったとしても。

 彼女の過去が、簡単には乗り越えられない程辛いものだったとしても。

 

 だからと言って、目の前のこれを容認できるほど、私は優しくない。

 

「お願い、二人とも。…離れて」

「桜花さん…」

 ゆっくりと、息を殺すように部屋の隅へ逃げた二人。その二人の表情で、私は理解した。

 私はきっと、恐ろしい顔をしていたのだと思う。

 般若のような、獣のような。

 

 あるいは昔の自分のような。

 鬼を斬ることを、『楽しい』と感じていたかつての自分のような。

 

「ああ、その顔。腹が立つ。姉さんの方がずっと魅力的だった」

「そうね。私もそう思う」

 相手には日輪刀。こちらは素手。

 相手は現役の柱。私は故障者。

 勝敗は、火を見るより明らかだ。

「どうして、どうして。どうして貴方が。姉さんの方がずっと」

「そうね。カナエは私に比べてずっと優秀だった。私がカナエに勝てるものなんて数えるほどもない」

 ゆっくりと、彼女は私に近づいてくる。

 刀を抜いて、彼女はそれを私に向かって構えた。

 狙いは、私の心臓。

「カナエは私にない物をたくさん持っていたわ。心、愛。それに正しく刀を振るという意味を知っていた」

 しのぶちゃんがぐっ、と体制を落とす。神速の突きの構えだ。

「たくさんたくさん持っていた。いつも、私は彼女が羨ましかった」

 

 

 そして。

 ダンッ、と音がして、しのぶちゃんの突きが放たれた。

 

 

 

 肉を裂く音が、船室に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中でも一番羨ましかったのはね、しのぶちゃん」

 

 

「私には、貴女のように優秀で、信じられる妹がいなかったことですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そうですか。嬉しいことを言ってくださいますね、桜花さん」

 

 彼女の刃は、桜花の背後にある『ある物体』をつきたてていました。

 

【ギッ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ギィイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!】

 

 

 

その物体――『船内通話用のパイプ』から絶叫が響きました。

パイプから聞こえているのではなく。

パイプそのものが悲鳴をあげています。

船室の隅で、ひっ、と子供たちが声をあげます。

 

【テ、テェメエエラァアアア!! なんで、なんでわかったんだくそったれあばずれどもがァァァ!!】

「いえいえ。癪に障りますが…見抜いたのは私ではありません」

そう言って。

完全に正気を取り戻した蟲柱の少女は、そう言って冷たく微笑みました。

彼女は冷めた目で、一点を見つめています。

転げまわりながら、徐々に姿を現しつつある、『パイプだった』鬼、殻怒童子。

その、さらに奥。

 

倉庫の床に倒れ込んだままの兎さんを。

 

そして、その体が、ぴくり、と動いたと思うと。

 

 

 

 

 

 

 

「いってぇえええええええええええええええっ!!、そして治ったァ!!」

 

 がばっ、と『牛』の呼吸で傷を塞いだ兎さんが起き上がりました。

 

 桜花はそんな兎さんを見て、ほっ、と息をつき、そして。

 

「治ったァ! じゃありません!! この大馬鹿兎!!」

しのぶちゃんの横を駆け抜け、のた打ち回る殻怒童子を飛び越えて、思い切り兎さんに平手打ちをしました。

 

 

 

 

 倒れながら殻怒童子の位置をしのぶちゃんに教えた後、オレは失血と激痛のあまり倒れ込んだ。

 痛い、すっごく痛いよ、ねえってば。

 

 けれど、いまだ終わりではない。

 今、オレにできることはしのぶちゃんが時間を稼いでくれている間に『牛』の呼吸で回復に努めることだ。

 殻怒童子がまだ何をしてくるかわからない。弱くても、傷を治して少しでも役に立たなくては。

 

 そしてオレは黙して激痛に耐え続けた。

 考えてみればこの呼吸は酷く理不尽だよなぁ。

 痛みを消すために治療をしているのに、痛みを伴うなんて。

 でも負けない。ここで踏ん張って、桜花によしよしと頭を撫でてもらうその時までは!

 

 そんな固い決意のもと、オレは回復に専念し続ける。

 途中、殻怒童子の絶叫が聞こえた。

 

 アイツの正確な位置の手がかりになったのは、意外なことに数珠坊の唐辛子爆弾だ。

 最初、オレは殻怒童子が安全な部屋に居て、船のどこかから隊士たちを操っているのだとばかり思っていた。

 けれど、それだとどうしても説明がつかない部分がある。

 唐辛子爆弾が炸裂したとき、殻怒童子はこう言った。

 

【うおっ!? なんだこれっ! ちくしょおおおお、いてぇええ!!】

 

 奴は、唐辛子爆弾を吸いこんでいた。

 吸い込める位置に居たのだ。

 

 オレはその時、必死で鬼の味を追った。近くに奴がいると思ったからだ。

 せき込んでしまえば、オレが奴を味で感知しているのがわかってしまうと思ったから、必死に口を押えていたが、その時確信した。

 味はずっと、パイプからしていたんだ。パイプの『先』でも、パイプの『中』でもなく。

 

 パイプ『そのもの』から。

 

 過愚夜みたいな規格外の鬼がいたんだ。

 訳ない話だ。

 

 『物体に化ける鬼』が居たところで、不思議でもなんでもない。

 

 位置を確信したオレだったが、本格的な戦闘に移るのは数珠坊と菊を逃がしてから。

 そう考えていた矢先、しのぶちゃんが飛び込んできたのだ。

 

 彼女を掻い潜って殻怒童子を斬るのは最弱のオレにとっては不可能に近い。

 どうしようか、と考え、ふとオレは思った。

 

 

もし、オレとしのぶちゃんの立場が完全に逆だったら、彼女のあの速度なら。

 

 

けれど、それをするにはまずしのぶちゃんを正気に戻す必要があった。

必要があったけれど、手段がなかった。

 

 

その時思いついたのが、先ほどの捨身だった。

オレを殺せず怒りが収まらないのなら、オレを殺したと思えば、もしかして――。

 

けれど、しのぶちゃんがそれで正気に戻らなければそれまでだ。

オレだけでなく後ろの三人も。

どうしたら、どうしたらいい。

そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、兎! 私、私ね、貴方の事――』

 

 

 

 

逃げるな、信じろ。

胡蝶 しのぶはオレのように弱い人間なんかじゃない。

カナエがオレを信じてくれたように。

 

『兎兄さん。私は兄さんを―――』

 

かつて君がそうしてくれたように。

 

 

 

 

オレは突き刺されながら、彼女を抱きしめた。

心臓を外している。外すわけがないのに。

本当に、本当に君は、優しい。

殺したくてたまらないはずなのに。

 

彼女の身体は小刻みに震えていた。

オレはどこか安心して呟いた。

 

『オレは君を、信じてる――。鬼は、桜花の後ろにある通話用パイプに、化けている』

 

 そしてオレは、地面に倒れ込み、そして必死の回復に努めた、と言う訳で。

 

 「ね、ねぇ桜花! だから今回は仕方なかったんだ! 仕方なかったんだよ死ぬ気なんかなかったんだって!?」

 

「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿!! ばかぁ・・・!しのぶちゃんが外してくれなかったら、どうなってたんですか!!」

 

「し、しのぶちゃん、助け」

 

「刺した私が言うのもあれですが、業柱。今回は、いえ今回も擁護できませんね。一歩間違えば死んでいました。残念な結果です」

 

「残念!? 残念って言った!?」

 

「兎! まだ話は終わってないですよ!」

 

「ごめんなさい! やめて叩かないでねぇってばぁぁ!!」

 

「え? 兎の奴刺されてたよな・・え?」

 

「兎さん、すごーい・・」

 

 

「てめぇえええらぁああ!! 俺様を無視してんじゃねぇぞゴラァァ!!」

しのぶちゃんが、ひゅんひゅん、と音を立てて日輪刀を握りなおす。

 

「桜花、子どもたちと下がって!」

「後でまた引っぱたきますからね! 許しませんからね!」

「哀しい!」

 

そしてそんな格好いい元妹分に比べ、全く閉まらない形でオレも日輪刀を構えた。

 

殻怒童子は、パイプから徐々に体を変異させていた。

大きく逆立った毛髪が頭から伸び、真っ赤に染まっている。

顔中、いや、ボロボロの『腰みの』しか纏っていないから、身体中に血管が浮き出て、なおかつところどころ破れて血が噴き出している。両手にはそれぞれ三本ずつするどい角のようなものがねじれ曲がりながら生えている。長さは一本につき約二尺。計六本。獰猛な表情の両目には一文字ずつ文字が刻まれ、一つの言葉になっていた。

 

『欺瞞』。

 

奴の名は、堕落七鬼『欺瞞ノ殻怒童子』。

 

「頭に来るぞ頭に来るぞ頭に来るなこの糞塵芥共がァ!! もう構わねェ、ばれちまったらしょうがねェじゃあねぇか畜生!! 殺してやる、殺してるぞ鬼狩り風情が!! お前ら弱いくせに俺様にこんな、こんなァ! 頭に来るんだよォォォォォォォォ!!」

 

「そうかよ、そいつは」

「なによりですね」

 

オレとしのぶちゃんは並んで殻怒童子に相対した。

すっ、と殻怒童子に日輪刀の切先を向ける。

 

「オレも結構」

「私もかなり」

 

 狙うは、目の前の悪鬼の頸、ただ一つ。

 

 

「「頭に来てるんでな(ので)」」

 

 

 来い、殻怒童子。

 お前の身勝手な怒りを終わらせてやる。

 




大正コソコソ噂話(偽)

殻怒童子はとても厳めしい顔をしていますが、身の丈は五尺(150cm程度。諸説あり)程しかありません。堕落七鬼の中では三番目に小さいです。

「ちびって言うんじゃねぇ腹が立つ」
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