柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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現在多くの形に派生した鬼殺の呼吸法。

その原初の呼吸は『日』の呼吸であるとされているが、詳細は不明である。
最初の鬼殺剣士の呼吸を後追う形で、多くの剣士が呼吸法を編み出していくことになるが。


長い歴史の中で、十二もの呼吸法を同時に実戦に取り入れることに成功した剣士は、十二支 兎ただ一人である。


『やっぱり嫌いです』

「頭に来てるだぁ? てめぇらみてぇなちんけな生き物、何匹居たって同じなんだよ糞雑魚がァ!!」

 殻怒童子が左拳を振り上げる。

 オレとしのぶちゃんは目くばせした後、それぞれ左右に跳んで攻撃をいなす。

 拳が叩きつけられ、倉庫が揺れた。

 

 びりびり、と振動が足元に伝わって来る。けれど、その衝撃は弱い。

 過愚夜にはもちろん、懺戒にも及ばない。もしかしたら過去に戦った下弦よりも弱い可能性もある。

 そもそも、殻怒童子はオレと直接戦うことを嫌がっていた。肉弾戦は苦手なのかも。

「ちゃんと狙ってくださいよ? 全然当たってないですよ?」

 しのぶちゃんが煽る。

「ああ!? 言いやがったな糞チビ!!ムカつくんだよ!!」

 床に刺さった角を抜きながら、殻怒童子はしのぶちゃんに意識を向けた。直情型で短気な鬼だ。

「さっきから腹が立つとかムカつくとか、そんなことしか言えないんですか? 今のうちにもっと広い視点を持って、仲良くお話しましょうよ」

「てんめぇえええええッ!!」

 氷のような微笑で、しのぶちゃんは殻怒童子に挑発を続ける。

 彼女が一瞬、ちらりとこちらを見た。

 オレはすぐに頷いて見せる。

 これは作戦だ。彼女が奴の注意を自分に向けてくれている間に、オレは奴の動きをつぶさに観察する。

 もうすぐ、もうすぐ『効いてくる』はずだ。

 しのぶちゃんの日輪刀は、鬼に藤の毒を打ち込むことが出来る。一度の斬撃で打ち込める量は、50ミリ。

 通常の鬼ならこれで十二分に死に至る。

 

 だが、殻怒童子に毒が回る様子が全く見られない。

 最初の一撃は確実に入っていたはずなのに。

 

 落ち着け、冷静になれ。

 

 奇しくも、過愚夜という規格外の鬼と戦った経験がオレの常識の枷を外した。

 強い力を持つ鬼は、どんな反則技を持っていたって可笑しくない。

 

 一方のしのぶちゃんは、挑発を続けながらも毒が効かないことに少なからず動揺している様子だった。

「ふぅ。おかしいですねぇ。もうそろそろだと思うのですが」

「ああ!? なにがだこんちくしょう! ちょこまかちょこまか逃げ回りやがって!!」

 右へ、左へ。上空へ、足先へ。

 四方八方に動き回るしのぶちゃんに対して殻怒童子は角の生えた両腕を振り回して応戦している。

 

 背後が、がら空き―――!

 オレは呼吸を整え、日輪刀を構える。

 そして、しのぶちゃんに気をとられているその背中に向かって。

 

 全集中『虎』の呼吸! 『肆虎・肆填(しこ・しでん)』!

 

 虎の咆哮と共に四本の斬撃が殻怒童子を切り刻む。まっすぐ放たれた攻撃は、殻怒童子のがら空きの背中に直撃した。

 

「ガァ!?」

 

 殻怒童子は叫んだ。奴の身体がくの字に折れ曲がる。

 

 好機だ! このまま頸を!

 オレは日輪刀の刃を奴の頸に向けて振りおろした。

 

 

 

 

 

「だぁからテメェらは馬鹿なんだ」

 

 突如、斬りつけた奴の背中が、ぼこりと膨らみ、はじけた。

 オレの目の前を、赤い液体が包み込む。

 

「ッ、やばッ!」

いままで殻怒童子の身体のどこに蓄えられていたのか。

赤い洪水はたちまちオレを包み込んだ。

 

「えいや」

 と、体全体が呑みこまれる直前、横から強い衝撃がオレを襲った。

「うごふッ!?」

 回復したての身体は倉庫をはずみ、オレを蹴り飛ばした犯人と共に着地した。

「し、しのぶちゃん!? なんで蹴るんだ!!」

「あらあら。助けてあげたのに随分なことをおっしゃるんですね」

「あったよね!? 絶対他にも方法あったよね!? ねぇってば!!」

「あるにはありましたが、安全な方法だと貴方が痛い思いをしないじゃありませんか」

「涙が出る!」

 

 しかし、おかげで直撃は免れた。が、直撃しなかっただけで、顔には奴の体液がべっとり。味を見るに、血ではないようだけど。

「うえぇ。気持ちわる」

「貴方の顔がですか?」

「ちげぇよ! 血じゃないみたいだけど、味が違うから! それでも嫌なモンは嫌だろ!!」

 逐一空気の読めない発言をするしのぶちゃんにすこし、かちんと来る。

 

「おうおう、なんだなんだ、顔に浴びちまったのか不快だなァ」

「お前の所為だろ!!ふざけんな!!」

 鬼だ。鬼が何か不快なことを呟いて、酷く気に障る。

 

「‥‥業柱。急にそんなに怒鳴り散らして、どうしたんです?」

「ああ!?」

 うるさい、うるさいうるさい。さっきから避けるばかりで何もしてくれないじゃないか。

 女はオレは訝しむような目で見ている。

 なんだその眼は。ふざけるな。

 いつもいつも作り笑いして。本当は泣き出したいくせに。

 

 なんだ、なんでオレはこんなに腹を立ててるんだ?

 

 なんだ、何をしてるんだ。

 どうして日輪刀を持ってる?

 

 そうだ、斬れ。

 ムカつくものを、オレを苛立たせるものを、全部。

 

 まずは目の前の女からだ。

「うぐぅうッ・・・・」

 獣のような声が漏れた。

「十二の、呼吸!」

「っ、まさか貴方も――」

 女が日輪刀をオレに向けかまえる。それがどうした。そんな楊枝みたいな刀、へし折ってやる。

 

「ギャハハハハハッ!! 選手交代、選手交代のお知らせだぜ!! さぁ、今度はお前が怒る番だぜこのこんこんちきのくそったれ!!」

 ああ、癪に障るけどアイツの言う通り、この女をいますぐ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「兎さん!!」

 後ろで声がした。

 振り返ると、そこには一人の女性がいた。

 桜色の髪の毛を揺らし、おなじ色をした瞳に涙を溜めている。

 細腕は心細そうに胸の前で握られ、その様が一種儚くも見えるが、その芯がとても強い女性だと言うことを、オレは誰より知っていた。

 

 

「…桜花?」

「っ、はい! あなたの桜花です! 兎さん、桜花の事、わかりますか!?」

 

あなたの桜花です。

あなたの桜花です。

あなたの桜花です。

 

 

 

 

 

 

あなたの、桜花です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああああああ可愛い可愛い可愛い可愛い可愛すぎるぅぅぅ!!」

 やべぇよ!あなたの、だって! 『あなたの』、だってよ!!

 いやそりゃ結婚してる訳だし何も問題ないし事実だし真実だよ?

 でも改めて言われるとなんかこう、きちゃうよね!!

 ぐっ、ときちゃうのやべぇときめきが止めらないほんとこんな事してる場合じゃないよね、ねぇってば、ねぇってば!!

 いますぐお洒落な茶屋に行かなくちゃ!! ねぇ桜花!?

 

「あ、あぅ。う、兎さん!!しゅ、集中しましょう!! 目の前の事に集中!全集中!ねっ? ねっ!?」

「はぁああ、真っ赤になってる桜花も可愛いなぁ! 大好き!!」

「う、兎さん!み、みんな聞いてますから、聞いてますからぁ! もうやめてくださいよぉ…。恥ずかしいぃ・・・」

「うぁぁああああ、尊いよ! 桜花、尊い!」

「どういう意味なんですかぁ!集中してくださいってばぁ!!」

 

 集中? 何言ってるんだ! 桜花以外に集中すべきことなんて―――

 

「て、てめぇぇえええ!? どうやってオレの血鬼術から抜けやがった!? ムカつきすぎてもう逆にムカつかねぇよ!!」

「…あ、殻怒童子」

「なんだその『あ、いたんだ。ふーん』みたいな反応はァァァァァ!?」

 殻怒童子が頭をかかえて地団駄を踏んだ。

 そ、そうだ! 

 今は戦闘中だった!

 あれ? てかオレさっきまで何してたんだっけ? 

 奴の体液を浴びたところまでは覚えてるんだけど。あれー?

 

「‥‥」

 横をみるとしのぶちゃんがニコニコと笑っている。

 そうだ、しのぶちゃんとしっかり連携をとらないと!

 

「しのぶちゃん、アイツは人を怒らせて操る! 絶対に油断しないで、隙をみせないようにしよ――」

 次の瞬間、オレの顔はにこにこ笑うしのぶちゃんに拳骨で殴られた。

「痛いっ!! なにすんのしのぶちゃん!?」

「ハッキリわかりました、業柱。私は貴方が嫌いです」

「やめてこんな時に!? 心が悲鳴をあげた!!たちの悪い冗談だ!」

「冗談? 私は冗談なんて言いませんよ?」

「いやいやそんな…。あれ? 嘘。嘘だよね。ねぇってば」

「‥‥」

「何か言ってよせめて! お願い!!この際罵倒でも恨み節でもいいから!!」

「随分ひどい趣味ですね。ますます嫌いになりました」

「あんまりだ! あんまりだぁ!!」

 

「テメェらぁああ!! いい加減にしろやァアアアア!!」

 殻怒童子の六本の角が振り上げられた。その拳は、するどい突きとなって、オレとしのぶちゃんに迫る。

 

 オレとしのぶちゃんは、日輪刀を構えなおした。

 

 『蟲の呼吸』 蝶ノ舞―――

 『十二の呼吸』『申』の呼吸―――

 

 オレ達は同時に踏み込んだ。呼吸により発生した力を足に一点集中、相手がオレ達を認識するよりも早く、翔ける。

 

『戯れ』

『猿利口』

 

そしてしのぶちゃんの美しい毒刀は殻怒童子の全身を、オレの天邪鬼な刃は両腕を斬り落とした。

 

「ギィイアアアアアア!!」

 

 同じ轍は踏まない。

 今度はあの液体が少しも罹らないようにオレ達は距離をとった。

 

 ばしゃ、と液体がばらまかれる。きれた両手がぼとりと落ちる。部屋の反対側から、菊ちゃんの「ひっ」という悲鳴が聞こえた。

 

「この、この、こなくそこんちくしょうど阿呆クソ野郎ォォォォ!!オレの腕、ドチクショウがァァ!!」

「喚くなよ、殻怒童子。お前に叫ぶ権利はない」

「あなたとも仲良くはなれそうにありませんね。まぁ、期待なんてしていませんでしたけれど」

「うぐぅうおお」

 油断できない。鬼はすぐに欠損部位を回復する。

 

「アアアア、そうだ、これだ‥。この強さ。まちがいねぇ・・・『あいつら』だ。あいつらと戦った時だぁ。ムカつくぜ」

 

 殻怒童子が一人で話している。『あいつら』?一体何の話だ?

 

「不思議そうな顔してんなァ? そうかそうか。最初に会ったときにからそんな気はしてたぜオレ様はよォ。『申』。いやぁ、もっと使ってたよなァ糞野郎。『子』。『午』。そんでさっきのは、『寅』か?けど全部中途半端だなァ?嫌な思い出ばっかし思い出させやがってよォ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だけどおかしいなぁ? あいつらはもぉぉぉっと、強かったぜぇ?」

 さっきから、一体、何を言ってる?

 いや。

 なんでだ。

 

 なんでコイツは、オレの技がほとんどすべて未完成だってことを知ってるんだ?

 

「相も変わらず不思議そうな顔してやがるなぁ? ギャハハハ! おいおい、まさかお前よォ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分が『普通の人間』だなんて思ってねぇよなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鼓動が早まる。

手が震える。汗が止まらない。

なんだ、いやだ。

なんだ。なんだ。なんだ!?

コイツ、何を知ってるんだ?

十二の呼吸の、何を―――。

 

「本当の事が知りたいかァ? いいんだぜ、教えてやってもよぉ」

「業柱、耳を貸さなくて結構です。苦し紛れのでっちあげですよ」

しのぶちゃんがオレの前に立った。

「そう思うか? 柱のちび女」

「貴方にちび呼ばわりされるのは心外ですが、ええ。嘘はいけませんよ?」

「お前も柱なんだろ? え? 一緒に居ればこいつのこと、異常だと思ったことだってあんだろーが?ええ?」

「黙りなさい!!」

後ろから声が響いた。桜花の声だった。

「貴方みたいな卑怯者が、兎さんのこと訳知り顔で語らないで!!あなたに兎さんの何がわかるって言うの!!」

激しい怒りの、けれど彼女自身の怒りの表情が殻怒童子を睨む。

けれど殻怒童子はそんなこと全く意にも介さないように笑った。

 

「ギャハハハ、何を知ってる? 何を知ってるかだってよォ?」

「教えてやろうか? 教えてやるよ。オレが知ってる全てをなぁ」

 

 

そう言って殻怒童子はゆっくりと、その口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつら全員殺して来たらなァ!! この三流のクソ雑魚がぁ!!」

 

 

ドンッ!! と扉が蹴破られ。

 

 

 

何十人もの鬼殺の剣士が怒りの形相でなだれ込んできた――――。

 




大正コソコソ噂話(偽)

堕落七鬼の強さは『角』の数で判断でき、これがそのまま彼らの中での地位を表します。
殻怒童子は下から二番目。枯橋楽は上から二番目で、唾葬怠は上から三番目の中間管理職です。
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