その中の一人、『申』の剣士はよく嘘をついた。
『戌』の剣士が注意しに来れば、決まって彼はこう言ったと言う。
「信じたいことを信じられねェ奴は、結局自分に嘘をついてんのさ」
「柱ァ!殺す、殺すゥ!!」
「逃げるのか、俺たちを置いて!」
「なんで母さんを、母さんを守ってくれなかったんだァ!!」
どかどかと、狭い扉から大量の鬼殺隊士がなだれ込んでくる。ざっと数えて、二十五人は居るだろうか。
全員が日輪刀を抜き、殺意を滾らせ、オレとしのぶちゃん、そして桜花を睨みつける。
「桜花!」
「っ、はい!」
桜花が子供たちと一緒に、急いでオレたちの後ろに下がった。
危なかった。完全に彼らが陣形を完成させてしまえば、桜花と子供たちが取り囲まれてしまうところだった。
「ギャハハハッ! さぁさぁ、第二幕だぜ!! オレから話を聞きたきゃ、そいつらを全員殺して見せるこったなァ!そしたらぜぇんぶ、教えてやってもいいんだぜェ?」
「殻怒童子! お前――」
「おうおう、怒るか?いいねぇ。そうでねぇとなぁ、この糞味噌野郎が!!」
「お言葉ですけれど」
そう言って、しのぶちゃんが口を挟んだ。
「こちらは柱が二人。対して彼らは総じて階級が高いとはいえ、一般隊士です。時間稼ぎにもならないと思いますよ?」
「ああん? ああぁ…、そうだなぁ」
しのぶちゃんの言葉に、殻怒童子はにたりと笑った。
背中に氷を流し込まれたような、嫌な予感がする。
「そうなのかァ? ああ? なおお前ら、弱いのかァ?」
隊士たちは殻怒童子の問いには答えない。相変わらず、じりじりと俺たちに向けて距離を詰める。
「弱いかァ。そいつは困ったなァムカつくぜ」
「よし、じゃあこんなのはどうだァ?」
「ウォォオオオオォオオ!!」
殻怒童子に操られた女性隊士の一人がオレに斬りかかる。太刀筋は鋭いが、見切れる程度の速度だ。オレは日輪刀で彼の刃を受け止める。
「おいおい、どうしたァ?」
「まだ曲がるよなァ!?」
「!?」
殻怒童子が叫んだ瞬間。
「がっ!?」
めきめきめき、と目の前の隊士から嫌な音が響いた。
瞬間、彼女の刀が異様な動き方をした。手首が異常な方向に曲がり、ぐりん、と腕が捻られて、回るような形でオレの首元を刀が狙う。
「兎兄さんッ!!」
瞬間、動いたのはしのぶちゃんだった。素早く飛んで操られた彼女を蹴り飛ばす。刀は、オレの頬をかすった。
「ッ、君!?」
吹き飛ばされた彼女を見る。その腕は、紫色に腫れ上がっていた。
桜花が信じられないと様子で口元を抑えた。
「しのぶちゃん、あの人は・・」
「…見ての通りです」
しのぶちゃんは、感情を感じさせない、冷たい声で告げた。
「関節を、強引に筋肉で外されています。あの様子では骨も複雑に‥」
「体を無理やり、内側から壊されています‥」
「うぐあ…」
しのぶちゃんに蹴り飛ばされた女性は、それでもなお立ち上がろうとしている。怒りのあまり目は充血し、その瞳からは涙がこぼれていた。
「おい」
気が付けば、オレは殻怒童子に向けて刀を構えていた。
「お前は、いままでもこうやって来たのか?」
「ああ?」
「自分では何もせず、傍観者を決め込んで。安全な場所で勝手に怒って。痛い事や苦しい事は全部人任せか」
「おうおうそれがなんだってんだ―――」
「彼らはお前の玩具じゃない」
「アアアアアっ!」
瞬間、隊士たちが一斉にオレに向かって斬りかかってくる。
憤怒の形相で。
涙を流しながら。
オレは口を少し開け、彼らの味を感じ取る。
怒り、憎しみ。そして――
【違う、違うんだ!】
【柱になんてかなう訳ない、でも、でも心が止まらない!!】
【やめて、あんなふうになりたくない!!】
はっきりと感じた、怯えの味。
多色の斬撃がオレに向かってくる。
けれど、オレは不思議と怖くなかった。
彼らは仲間だ。何を怯えることがあるんだ。
「ねぇ」
そして、オレは呟いた。
「退いてくれ」
信じられない光景だった。
殻怒童子は、目の前の光景に、目を疑った。
なにもかも上手くいっていた。食料に擬態し船の調理場に忍び込んだ。食事に体液を混入させた。鬼狩りたちに自らの体液が混入した食事を採らせ柱の女でさえ自らの術中に収めた。
船内全ての戦力が自らの元に集まっていたようなものだ。
敵は柱とはいえたったの一人、だったのに。
なにが起こった? 理解できない。
なぜだ。なぜ。
なぜ術中にある筈の鬼狩り達が、皆全く動かない?
「どうしたァ!? さっさと殺せェ!」
叫んでも、術で強引に動かそうとしても、全く微動だにしない。
なぜだ。なぜ動かない!?
「‥‥生物には、『生存本能』と言うものがあります」
ぽつり、と柱の女が呟いた。
「どんなに怒りに囚われていても、どんな力が働いていたとしても。それを超える恐怖がそこにあるなら。人は立ち止まってしまうのではないですか?」
「殻怒童子…」
びくっ、と体が震えた。目の前の男の殺気を肌でびりびりと感じる。
この感覚は二百年前に『奴ら』と対峙したときよりも。
仲間たちが、動かなくなった。
どうしてかはわからない。けれども、彼らは今、アイツの血鬼術と必死に戦っているんだ。
「しのぶちゃん」
オレは振り返ることなく、しのぶちゃんに声をかけた。
「桜花を、数珠坊を、菊を、みんなを。頼む」
「…一人で戦うおつもりですか?確かにいまだ私の毒は効力を発揮していませんが」
「あれだけ体液を外に出せるんだ。毒の排出くらい、きっと訳ないんだと思うよ。君とアイツじゃ相性が悪い」
「…じゃあ、一つ貸しですね」
「うん」
「・・・ねぇ、業柱」
「・・・なにかな?」
「・・・いいえ。なんでも」
「そっか」
オレは目の前の敵を見つめる。両腕は、わずかずつだが再生し始め、しのぶちゃんに付けられた傷も回復しつつある。術が効かないことに驚いているのか、血走った眼は見開かれている。
堕落七鬼。欺瞞ノ殻怒童子。
お前は、悪鬼だ。
「…は、お前一人で俺様を相手取るってかァ!! 自殺志願者の柱が居るなんて聞いたことねぇよ雑魚が!!」
「死ぬ気はないよ。それに、誰も死なせない」
「はっ! ほえてろよ雑魚が、こいつらが駄目なら他から引っ張って来て」
まだ言うのか。
他人を利用して、自分はずっと後ろから。
オレは、力いっぱい、奴に向かって踏み込んだ。
「お前の頸は、オレが斬る!」
殻怒童子は、それを左手で受け止めた。
ちぎれたはずの左腕は、性質を変化させ、鋭い刃となっていた。
「そうかいそうかい!! できると良いなぁ化け物!!」
オレ達は衝突の勢いに身を任せ、倉庫から飛び出した。
倉庫を離れ、船内の廊下、その突き当りに奴の身体を叩きつける。
「ギャハハハ、なんだお前、怒ってんのかァ?」
「お前こそ、なんだか怯えた味がするよ? どうした」
「ああ!?」
怒り任せに、殻怒童子は変質させた左腕を横に薙いだ。
オレは身をかがめ、構えた。
十二の呼吸―――
「させると思ってんのかよ!? ああ!?」
《血鬼術》――――《怒張液》
殻怒童子が真下のオレに向かって口から大量に液体を吐き出した。
退くことはできない。
オレはもう上体を踏み込んでいる。
なら―――――
『十二の呼吸』――――『虎』の呼吸。
『肆虎・肆填』
重ねて、三刻。
『午』の呼吸。
『掛馬』。
四本の斬撃が、高速で放たれた。流れた刃の軌跡が体液を打ち払う。
バシャ、と音がして液体が辺りに飛び散った。
通常の虎なら、きっとそれだけにとどまるが、午で加速させたぶん、勢いも付いている。
そのまま奴の上体、首を狙う―――
「おおっとォ!」
ひらり、と飛んで殻怒童子は身をかわした。
受け身を取りながら、オレと距離をとる。
「おいおいおい。随分と舐めたまねすんじゃねぇか、ああ!?」
「今度は何に怒ってる。悪いけど、お前の癇癪に付き合う気はないぞ」
「は。十二の呼吸がこんなに弱いもんかよ。俺達、堕落七鬼は二百年間ずっとこの戦いを待ってたんだぜ? それがよぉ」
一瞬で、奴の姿が消える。
いや、風で流れる味で奴の位置は解る。
「こんなに弱くちゃ拍子抜けじゃねーかァ!」
真後ろだ!
すぐに加速し、距離をとる。背後でズドン、と何かが刺さる音がした。
振り返ると、奴は床に足をつきたてていた。
「逃げ足だけは良いなァ、腹立たしいけどよォォォォ!!」
足を引き抜き、すぐに次の攻撃が来る。
奴は跳躍し、足をこちらに向けた。
足が、金属の槍に変質している。
「串刺しにしてやる! このクソ雑魚が!!」
「…語彙力無いなぁ、お前」
落ち着け。奴とオレとの間にはまだ距離がある。
奴の落下点を見極めて対処すれば―――
殻怒童子が、ニヤリと嗤った。
瞬間、床にばらまかれた液体から、同じように槍が飛び出した。
四方八方から、オレに向かって。
殻怒童子は姿を変異させる鬼。
飛び散ったその液体も、奴の身体の一部、ってことか。
「ギャハハハッ! さぁおい次はどこに逃げる!?」
奴は大笑いしながら、オレにそう聞いた。
「そうだね、じゃあお前の後ろまで行こうか」
オレは思い切り踏み込んで、前に出た。
その際、何本かの液状槍がオレの身体をかすめるが、気にして立ち止まる方がよほど危険だ。
奴の真下まで来て、跳躍。
やっぱりだ。こいつは過愚夜よりずっと弱い。
だから簡単に背後をとれる。
「っ!? テメェ!!」
殻怒童子は空中で体をねじると、ほぼ再生した腕を頸の前で交差させた。硬化させ、首だけは守ることにしたのか。
ふざけるな。お前に守れるものなんて、もうないんだ。
この技の前では、一方向の防御なんて意味がない。
『十二の呼吸』―――――『申』の呼吸。
そしてオレは防御した奴の腕に向かって刀を振った。
『猿利口』
「‥‥は?」
殻怒童子の呆けた声が聞こえる。
そうだろうな、理解できないだろうな。
正面から刀を振られたのに、後ろから頸が斬られるなんて。
『申』の呼吸は、一種の騙し技だ。
この呼吸で強化されるのはオレの存在感。
一瞬だけ、相手は数刻前のオレの姿しか見えなくなる。
だから途中まで刀を振って申の呼吸を使えば、相手はその方向に攻撃が来ると思う。
実際のオレはその隙をついて、逆方向から攻撃を仕掛ける。
常に、斬られた方向とは逆方向が斬られる呼吸法。
それが『申』―――『猿利口』だ。
「な、あ、はあああああああッ!?」
殻怒童子の絶叫が、船内に響いた。
「・・・おや?」
襲い掛かってくる隊士を気絶させていく中で、胡蝶しのぶは気が付いた。
体を覆っていた嫌なけだるさが抜けていく。
周りを見れば、固まっていた隊士たちも、まるで糸が切れた様に倒れ込み始めた。
「…どうやら、終わったようですね」
そう言ってくるくる、と日輪刀を回した後、鞘にしまう。ここからは治療で彼らと向き合う必要がある。
「終わった、みたいですね」
後ろから、桜花がしのぶに声をかける。彼女はしのぶが隊士の相手をする間、子どもたちを庇いながら倉庫の隅に身を寄せていた。
安堵の表情を浮かべる彼女に、『かつて』の面影はない。
(ずいぶんと、丸くなったものですね)
もっとも、あの頃の彼女―――仇散華 桜花に会いたいなどとは思わないが。
「…彼らの治療を始めます。桜花さん、怪我をしているところ、申し訳ないのですが手伝っていただけませんか。そちらの二人も」
そう言ってしのぶは二人の子供たちにも声をかけた。
菊はすぐに、「はい!」と手をあげ返事をし、数珠坊も妹に続く形で手をあげた。
なんだかひどく不承不承と言った感じだ。
「? 数珠坊君?」
桜花も気になったのか、呼びかける。数珠坊はしばらくむくれていたが、ややあって口を開いた。
「…蝶々のねーちゃんってさ、兎と喧嘩してんの?」
「はい?」
「だって、兎にずっと怒ってるんだろ?さっきあの鬼が言ってた」
しのぶはその言葉に押し黙る。
『ずっと怒ってる』。
ああ、怒っているとも。あの男の所為で、姉さんは―――
「…まぁ、そうですね。でもそれは君とは―――」
「兎、悪い奴じゃねーよ」
少年が、まっすぐに言い放つ。
「…どうして、そう思うんです?」
どうして。自分よりもずっと付き合いの短いこの子が。
「どうしてって、そりゃ」
「誰かを必死で守ってくれてる奴が、悪い奴な訳ねーもん」
だから、さっさと仲直りした方がいいよ。
数珠坊はそう言って締めくくった。
しのぶはうつむいた。そのまま、顔をあげられない。
やがて、口を開いたのはしのぶでも数珠坊でもなく、桜花だった。
「しのぶちゃん。一つ、お願いを聞いてもらってもいいですか」
何か、意を決したような声だった。
「…なんでしょうか?」
「この任務が終わって、無事に戻れたら。一緒に業屋敷に来てくれませんか?」
「貴女たちの屋敷へ…?」
「そこで、あなたに渡すべきものがあります」
なんですか、と問う前に、彼女は言葉を続けた。
「私がカナエから預かった、しのぶちゃんへの手紙です」
「そして、その時にお話しします。カナエが死んだ日、本当は何があったのか」
大正コソコソ噂話(偽)
中高一貫!! キメツ学園物語
殻怒童子(16)
:高校一年。制服を改造し髪をワックスで固めた不良。校内で威張り散らしているが、実は一度も喧嘩をしたことさえない。同じクラスで剣道部の美人先輩が好きだが、出会うたびに「正義執行!」と叫ばれ竹刀でぼこぼこにされる。