柱なんてさっさとやめたい。   作:いろはにぼうし

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 夜叉とは。
 羅刹と共に北方を守り、人々の営みを守る一方で。

 人食いの鬼神とも呼ばれる。

 鴉・烏とは。
 とある国では神聖視され、神の鳥などと謳われる一方で。
 血肉を生きたまま喰らい、なおかつそのもっとも効率的な方法を知る、狡猾な鳥である。


『報告』

桜花としのぶちゃん、そして子供たちを蝶屋敷に送り届け、オレはそのまま鬼殺隊本部、お館様の屋敷に向かう事になった。

 桜花の傷が心配だと言って残ろうとした。

 しのぶちゃんに

「邪魔ですからさっさと行ってください。そんなことも解らないんですか?」

と、言われた。

 心に深い傷を負った。

 桜花に助けを求めようとしたら

「あの、兎さん。気持ちは嬉しいですけど…早く他の柱の方々と合流した方が‥」

 

 

 そんなこんなで、涙こらえてオレはお館様の屋敷の門を叩いたのであった。

 

 

 

 こちらです、とお館様のご息女、ひなき様に連れられて、オレは屋敷の奥に通された。

 柱合会議は中庭で開かれることもあれば、このように屋敷の中で行われることもある。

 ちなみに昔は中庭で開かれることが主流だったが、とある柱が雪の降ろうかという季節に

 

「寒いから中入れてくださいよ」

 

 と文句を言ったことが起源とされる。

 ちなみに言ったのはオレである。

 そのあと悲鳴嶼さんに簀巻きにされたのもオレである。

 不死川はめちゃくちゃ怒って、カナエはクスクス笑っていた。

 しかし結果としてあれから屋内での会議は増えた気がする。

 言ってみるもんだ。

 

「皆さまは先に中でお待ちです」

「オレが最後ですか? やだなぁ。伊黒が文句言ってきそう」

「いいえ。まだ水柱の冨岡義勇様が到着されておりません」

 中で今しばらくお待ちください、そういってひなき様はオレに一礼して去って行く。

 まだ幼いのに、とてもしっかりした方だよなぁ、と思う。

 お館様もお内儀様も、厳しく教育してるって話だもんなぁ。

 オレも子供ができたら厳しく…無理だな。娘ならなお無理。嫌われたくないもん父上。

 

 あらぬ未来を考えながら、オレはふすまを開いて、部屋に入った。

 

「あァ? なんだ、今回呼びだしたご本人様が随分遅れてご登場じゃねぇかァ」

 最初に口を開いたのは一番手前にいた風柱・不死川 実弥だった。

 いきなり文句を言われて傷ついたので、一応理由を説明しておくことにする。

「ごめんね。桜花が怪我してるから、ぎりぎりまでついていてあげたくて」

「はっ、そうかいィ。ご苦労なこったなァ」

「うむ! 兎殿!桜花殿の具合はどうか!」

 大声で会話に割って入ったのは炎柱・煉獄 杏寿郎だ。

「重症…ではあるけど、しのぶちゃんが言うにはきちんと治療すれば問題ないってさ」

「そうか! それはなによりだ!!これが終わったらオレも見舞いに行くとしよう!!」

「そうか。ありがとう杏寿郎」

 そう言いながら、オレは適当な場所に腰を降ろす。

「おい、地味派手兎」

 すると、隣の音柱・宇随天元が声をかけてきた。

「どういう風の吹き回しだ? お前が柱合会議を嘆願するなんてよ。俺は派手に世界が終わるのかと思ったぞ」

「報告・連絡・相談。どんな時でもそれは大事だよ。今回オレじゃどうしようもなさそうな話だから、みんなに何とかしてもらおうと思って」

「よく言うぜ、ったく」

 そういって宇随君はオレの背中を派手に叩いた。派手に痛いんだけどこの遊郭野郎。

 痛む背中をさすっていると、恋柱・甘露寺 蜜璃が何か聞きたそうにこちらを見ている事に気が付いた。

「? どうした蜜璃?」

「えっ? あ、えっとね。こんな大変な時に聞いちゃいけないと思ったんだけど、兎君と桜花ちゃん、ご旅行はどうだったのかなって」

「旅行か…」

 いろいろあり過ぎて、一言ではとても言い表せない。ただ、やはりどうしても懺戒のことが頭に過る。

 ちら、と隅に座る少年を見やる。

 霞柱・時透 無一郎。遠くをぼんやりと見つめ、こちらには一瞥もくれない。

 …やっぱりあの子ちょっと苦手だ。

 いろいろ話したい思い出話もあるが、いまここで話すことではないだろう。

「楽しかったよ蜜璃。土産もあるから期待しててくれ」

「えー、本当!?」

 一気に上機嫌になる蜜璃。歌いだしそうな勢いで体を振っている。

 蛇柱・伊黒小芭内がすっげーこっちを睨んでくる。怖い。

 

「業柱」

 じゃりじゃり、と音がする。

 岩柱・悲鳴嶼 行冥さんが視線を落としたまま、声を出した。

「鴉からの伝令にあった‥『堕落七鬼』なる鬼についての報告か」

 一瞬、場の空気が強張るのを感じた。

「『堕落七鬼』ィ? なんだそりゃ」

 どうやら宇随君の所にはまだその情報は来ていなかったらしい。

「それをお館様に報告しようと思って集まってもらったんだよ。みんなにも聞いてもらった方がいいと思ったんだけど…さぁ」

 オレは辺りをきょろきょろ見回し、舌を出して味も確かめてみる。

「うーん…冨岡君来ないな。どうしたんだろ」

「お前がこき使うから死んだのではないか」

「縁起でもないこと言うな伊黒」

 オレは心配しながらも、お館様の到着を待った。

 

 

「お館様のおなりです」

 ひなき様より声がかかり、オレ達は居住まいを正した。

 オレ達からみて奥の座敷に、お館様、産屋敷 耀哉様がお座りになった。

「お早う。私の剣士たち。今日は急な召集に関わらず集まってくれてありがとう」

 柱たちが一斉に平伏した。

 みんながあいさつしたがっているのが味で伝わって来る。

 うん、ここは不死川にでも。

 なんて思っていたら宇随君に軽く小突かれた。

 

 お前が呼びだしたんだからお前が言え。

 

 という事なんだろうか。仕方ない。

「お館様。この度は私の身勝手を聞いて下さり、恐悦至極に存じます。…えっと、こっから先なんて言えばいいかな皆?」

「もういい黙れぶち殺すぞォ」

 不死川に怒られた。

 悲鳴嶼さんが呆れたような声を出す。

「十二支‥」

「いやみんな知ってるでしょ! オレこういうの苦手なんだって、ねぇってば! それなのに宇随君が無理やり」

「大人の言う事じゃねぇな地味派手兎」

「あ、きったね!!忍きたねぇ!!」

 思わず殴り合いの喧嘩をするところだったが、お館様に無言でいさめられて矛を収める。

 

「兎。今日皆を集めたのは、報告したいことがあるからだね?すでに簡単な内容は聞いているけれど。君の口から詳細を聞かせてもらえるかな」

 ようやく話が本題に入る。

 しかし、その前にだ。冨岡君がまだ来ていない。

「お館様、冨岡君が」

「義勇には私から直接、ある任務を頼んでいるんだ。しのぶも桜花たちの治療で離れられないだろう。これが終わればすぐに鴉で伝達するから、今はここに居る柱に情報の共有を」

 ちょっと引っ掛かるけれど、そういうことなら。

 オレは、四国での事件と船中の襲撃について報告を始めた。

 

 

「『堕落七鬼』。『欺瞞ノ殻怒童子』。そして、『姫』。さらには『二百年前』。その鬼はたしかにその情報を口にしていたんだね」

「はい。重ねて言うなら、自分達と十二鬼月を同一視するな、とも」

「おいおい、上弦だけでも手一杯なのにこれ以上地味に幹部の鬼を増やしやがったのか、無惨の野郎」

 宇随君が毒づく。

「わからない。その堕落七鬼ってのが、どんな鬼を指しているのか。あまりにも情報がない」

「兎。実際戦ってみてその殻怒童子という鬼についてどう思った?」

 お館様に問われ、オレは少し考える。

 強さだけで言うなら、下弦たちよりは上だが、過愚夜に比べると圧倒的に下だった。

 ただ、堕落七鬼の中で殻怒童子がどのような立ち位置に居たのかがわからない。

 殻怒童子は一番弱いのかもしれないし、もしくは一番強いのかもしれない。

 

 十二鬼月なら、数字で判断がつくんだけどな。

 

「…正直な所、不透明な点が多いですが。確実なことは、彼らは十二鬼月を鬼の幹部とする今の体制を気に入っていないこと。殻怒童子よりも上の階級に、『姫』と呼ばれている鬼が居ること。彼らは二百年前にも存在していたと言う事です」

「うん。そうだね。現段階で彼らについて考えても、わかることは少ないだろうね」

「兎殿! その鬼は他に何か言っていなかったか!?」

 杏寿郎に聞かれ、オレはすこし考える。

 他に…。他にか。

 あ、そういえば。

「オレが普通の人間じゃない、とか言ってたな」

「知ってる」

「え!? なんか知ってたの宇随君!」

「いやたぶん意味合いは違うだろうけどよ。そりゃどう考えても普通じゃねーよお前」

 疲れた様に言う宇随君。

 そうなの!? オレ人間じゃないの? じゃあオレ何?

「うーん。オレのご先祖様がなんか関係あんのかなぁ」

「あァ? テメェの先祖ォ?」

「あ、うん。殻怒童子がオレの呼吸を見て、『あいつ等の子孫か』って言ってたから」

 自分の先祖か。考えたことなかったな。オレ親いないし。

 ただ、あの時。殻怒童子に先祖の事を口に出された時。

 ひどく感じた感情があった。

 手の震えが止まらず、汗が流れ落ちた。

 聞いただけで、眉根を寄せたくなるような不快感。

 

 嫌悪感。

 

 あれは一体なんだったんだろう。

 

「…兎」

 ふと、お館様に声をかけられる。

 なんだか、味が少し変わったような。

 これは・・・焦り?

「君の先祖の事を、鬼が口に出したのは何時かな?」

「え? えーっと…」

 どのあたりだったか・・。確か。

「ああ。そうだそうだ。子の呼吸で隊士たちを気絶させたあたりです。子の呼吸を使ったのか、と聞かれましたけれど」

「…そうか。ありがとう、兎」

「?」

 お館様の味がころころ変化する。表立っては現れないけれど、なんだかひどく動揺しているようだった。

 

 そのあとも会議は進み、柱たちは今後十二鬼月の対する警戒のみならず、堕落七鬼に対する情報を集めることも重要な任務として設定された。

 情報収集には白石さんをはじめとする隠の皆さんにとっても急務の任務とされ、鴉を用いて各隊に伝達された。

 そして結局その日冨岡君からの報告は会議が終わるまで無く、オレの辞表も却下された。

 ちきしょう。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

 柱たちが去った後の産屋敷邸にて、鬼殺隊当主、産屋敷 耀哉は徐々に見えなくなりつつある目で、ある書物に目を通していた。

 やがてこの両目は見えなくなるだろう。

 皮膚は腐り、立つこともままならくなるだろう。剣士たちとも、あと何年言葉を交わせるかわからない。

 だから、『彼』にも、きちんと真実を伝えなくてはならない。

 

 彼は味覚に優れている。

 食物の味はもちろんの事、空気の味を舌先で拾えば感情の機微さえわかってしまう。

 (あの子に隠し事をするのは、大変だね)

 産屋敷は読んでいた書物に目を落とす。

 

 それは、今から数えて約二百年前の書物だった。

 背表紙はやけてボロボロだが、かろうじてまだ体裁を保っている。

 内容は、柱と鬼との戦闘記録。

 しかし、重要なのはそこではなく、後から墨で書き殴られたかのような一文だ。

 この一文の存在が発見されたことで、この書は鬼殺隊の歴史から抹消され、代々産屋敷家当主が管理することになっている。

 そして、二百年前の真実も伝聞で伝えられ続けている。

 

 産屋敷は殴り書きされた一文を見るたび、背筋が凍るような寒気を覚える。

 これを書いた人物が、産屋敷が伝えられた通りの人物なら、この一文にどれだけの想いがあったのだろうか。

 そう思うと、産屋敷は震えずにはいられなかった。

 それは、本当に短い、一言の。

 

 

 

 

 

『うそをつくな』

 

 

 

 恨み言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は移り、堕落七鬼の居城にて。

 この城の仮初の城主たる『姫』と『望郷ノ枯橋楽』は、姫の寝室にてある鬼を待っていた。

 姫は相変わらず几帳から姿を見せないが、枯橋楽はそれについて何も言わない。

 姫がそうしたいのなら、それが彼女にとっては絶対だ。

 几帳の中で、姫が口を開いた。

「ふぅむ。しかしの、枯橋楽。頼んでおいて言うのもなんじゃが、あの子はここに来るのかのう」

「来ますとも姫様。来させます」

「じゃがのう。あまり無理に連れてくるのも可哀想ではないかのぅ」

「お言葉ですが姫様!」

 枯橋楽は毅然とした声で言った。

「姫様がそうやって甘やかすからあの女はどんどんつけあがるのです!今回の呼びだしにしても殻怒童子の件を出してようやく首を縦に振るような女です。ここは姫様も心を鬼にしてしかりつけて頂きたく存じます!」

「妾もう鬼なんじゃが」

「言葉の綾です!」

 そうこう言っていると、ぶぅん、と羽音がして一匹の蟲が部屋の中に入って来た。油虫のような外見だが、油虫にしては高く飛び、なにより異様なのはその腹から人間の口と耳が一つずつ生えている事。さらにその背には『肆』と書かれていた。

 これは『書簡油虫(しょかんあぶらむし)』という、枯橋楽の血鬼術で生まれた蟲である。

 戦闘能力は一切ない蟲だが、雄雌で番になっており、雄の口に向かって話せば雌の腹の耳から相手の声が聞こえる。雌に同じことをすれば番の雄から同じように声が聞こえると言う仕組みになっている。

 枯橋楽はそれで鬼狩りの目を二百年晦ましていた堕落七鬼全員に連絡を取っていた。

 

 枯橋楽は『肆』の蟲を手のひらに乗せ、話しかけた。

「こちら、枯橋楽。『慟哭ノ夜叉烏(どうこくのやしゃがらす)』。返事をしなさい」

 すると、蟲の腹から女の声が帰ってきた。低く、腹に響くようでいて、それでいて重さを感じさせない、清廉な声だった。

『ふむ。枯橋楽か。連絡が遅れてしまったことをわびよう。そして一つ頼みがあるのだが』

「誠意が感じられないのだけど。他の堕落七鬼は皆姫に謁見したのよ。さぼるような不心得者はお前だけだわ、夜叉烏。そんなお前の頼みを、私に聞けと?」

『なんだ枯橋楽。怒っているのか? なぜそんなにも苛立っている。私で良ければ相談に乗るが』

「お・ま・え・の・所為!!」

 蟲に向かって思い切り怒鳴る。大声に驚いて、蟲は「キキキ…」と一言鳴いて足をばたつかせる。

 几帳の中から姫が声をかけた。

「まぁ、落ち着くのじゃ枯橋楽。夜叉烏が悪意なく言っておる事は解っておろう?」

「はぁー、はぁー…。も、申し訳ございません姫様。取り乱しました」

『今の声は姫様ですね。枯橋楽、姫様の仰る通りだ。すこし落ち着け。我らのまとめ役たるお前がそんなことでどうするのだ』

「お前本当にいつか殺してやるからな」

 殻怒童子もこんな気持ちだったのだろうか。そんな風に思いながら枯橋楽はなんとか怒りを鎮める。

 だめだめ。ここで怒っていては何時までも話が進まない。

 

『それで枯橋楽。頼みなんだがな』

「…何よ」

 

 

『恐らく近くの森まで来ているのだと思うが、通りがかった猫と戯れている内に道に迷ってしまったようだ。ここに日が差したら私は死んでしまうので、助けに来てはくれないだろうか』

 

 枯橋楽は怒りのあまり書簡油虫を思い切り壁に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて枯橋楽の放った蟲に導かれ、その鬼は姫の前までやってきた。

 純白の軍服に身を包み、顔には烏を象った面が取り付けられている。その所為で彼女の顔は口もとしか見ることが叶わないが、姫と、そして不本意ながら枯橋楽もその面の下の素顔が美しいことを知っていた。肩にかからぬ程度に切りそろえらえた柿色の髪が、室内にわずかに入るそよ風で優しく揺れた、が、木の葉が付いているあたり、どうやら森で相当はしゃいだらしい。

 

 姫は跪く彼女の前に置かれた、彼女の武器を見てほほえんだ。

 自らの家族の在り方が、二百年前と変わりないことは、存外うれしいものらしい。

 

 やがて彼女が口を開いた。

「遅ればせながら姫様。堕落七鬼・『慟哭ノ夜叉烏』、帰投してございます」

「ふむ。久しいのう、夜叉烏。ここまでご苦労であったの」

「は。姫様も二百年前と変わらぬお美しさで。この夜叉烏、再び貴方様、そしてあのお方のご命令で刃を振るえること、嬉しく思います」

「なんじゃお主。几帳の内側におる妾が美しいと何故思う? もうそなたの方がよほど美しいかもしれぬぞ」

「姫様が美しくないときなど、ひと時もございません」

「ふふふ、そうかの」

「そうですとも」

 褒められて少し上機嫌になる姫。それを後ろに控え面白くなさそうに見ていた枯橋楽は、つい口を挟んだ。

「夜叉烏。お前は私の召集命令を無視し、応じなかったわね」

「無視はしていないぞ。ちゃんと行かないと伝えた」

「二百年越しの一大事に、行かないなんて許される訳ないでしょ!」

「そうなのか?」

「当たり前でしょう!!さぁ、姫様に釈明なさい! したところで罰をあたえることにはなるでしょうけどね!」

「ふむ…」

 夜叉烏は顔をあげると、姫に向かって言った。

「もうしわけありません姫様。全てが言い訳になるかもしれませぬが、一度釈明を聞いていただいてもよろしいでしょうか」

「構わぬとも。理由によっては怒ったりもせぬ。話して御覧」

「ありがたき幸せ」

 

 そして、夜叉烏は口を開いた。

 

 

「実はあの日。召集に応じると言ってしまえば、私は城までの道で必ず迷子になると考えまして。時間通りに行ける者達は参加できるでしょうが、私にそれは難しい。ならば決まった事には反対などしないから、皆で好きに決めてくれと。そう枯橋楽に伝えたつもりだったのですが」

 

「もう殺しましょう姫様!! こいつをぶっ殺す許可を頂きたく存じます!」

 ずだん、と立ち上がった枯橋楽。それを見て、夜叉烏は一言。

「枯橋楽。姫様の前で大声を出すなどお前らしくないぞ。どうした? やはり何か悩みがあるのではないか。力になるぞ」

「あああああああああああッ!!」

「枯橋楽、落ち着け。話が先に進まぬ。夜叉烏も、すこし言葉を考えての」

「…? はぁ」

 

 全く分かってなさそうな配下に、姫は几帳の中で苦笑いだった。

 

 

 

「なるほど。十二の呼吸の使い手が、殻怒童子を」

「そうじゃ。そういえばお主とあ奴は仲が良かったの。気をしっかりな」

「仲良くはありません。ただ、不思議と殻怒童子が私に突っかかって来たのです。私はあ奴に嫌われていたのでしょう。彼を不快な思いのまま逝かせなかったことだけが、この私の善行でしょうか…」

「いや、恐らく殻怒童子は‥、いやなんでもない。以前 枯橋楽にも話したが十二の呼吸を使う柱は妾たちが思っておるよりはるかに難敵じゃ。お主も、情報が集まるまでは仕掛けるでないぞ。良いな」

 姫は言い聞かせるように、夜叉烏に語りかけた。

 

「お断りいたします」

 それに対する返答は、姫の予想通りだった。

「夜叉烏! お前」

「私を咎めるか、枯橋楽。だが無駄だぞ。こればかりは聞けない」

「お前、姫の命令に背く気!?」

「もちろん、罰ならいくらでも受ける。だが、同胞を殺されただ黙って待つことなど、それは私の『正義』に反する行動だ」

 姫はその言葉に目を細めた。

 変わらない。

 夜叉烏は、昔からこんな『鬼らしくない鬼』だった。

「姫様。改めまして、十二の呼吸を操る鬼狩りとの血戦を所望いたします」

 

 

「ならぬ」

 姫はそう口にする。

 その変わらなさは嬉しくもあるが、こればかりは容認できない。

 

「姫様!」

 立ち上がりなおも食い下がる夜叉烏。

「夜叉烏よ」

 

 

 

 

 

 

「妾の命令が聞けぬのか?」

 

 瞬間、空気が震えあがった。

 無惨が鬼たちにとって恐怖が姿をとった存在なら。

目の前の鬼は力と神秘が形をとった鬼。

 枯橋楽と夜叉烏は、その圧倒的な存在感の前に、半ば叩きつけれるように平伏した。

「ひ、姫様」

 口を開いたのは枯橋楽だ。

「すでに、これほどまで」

「まだ、全盛期ほどではないぞ枯橋楽。知っておろう?」

「はっ」

「さて、夜叉烏。妾の愛しい夜叉烏よ」

 彼女はゆっくりと夜叉烏に語りかける。まるで、子どもに言い聞かせるように。

「はっ…」

「妾は何も、戦うなと言っておる訳ではないのじゃ。ただ、妾たちは相手の事を知らな過ぎる。まずは情報を集めるのじゃ。その為に枯橋楽には蟲を各地に飛ばさせておる」

「殻怒童子の仇を討つは、それからでも遅くはない。その時は、お主にも働いてもらうとも」

「…しょ、承知いたしました。申し訳ございません」

「よいよい。妾はお主のそういうところが大好きじゃぞ。怖がらせてすまなかったの。ほれ、近う寄れ」

 夜叉烏は今度は命令通りに寝所に近寄った。その際、彼女の武器も共に持ってきた。

「…変わらぬのう。その二振り、いまだ健在か」

「…はっ。私の、『正義』を執行するための武器にございますれば」

「ふむ」

 夜叉烏の武器は二振りの刀だった。彼女が普段左手に構える白い鞘に黒い柄と四角く、黒い鍔。

 

 人間を殺すための妖刀。銘を『黒鳥・啄(こくちょう・ついばみ)』。

 

 そしてもう一本は、本来鬼が絶対に持ちえないもの。右手に構える、黒い鞘に白い柄。鍔は丸く、そして白い。

 

 鬼を殺す日輪刀。銘を『夜叉・白夜葬(やしゃ・びゃくやそう)』。

 

 

「…夜叉烏よ。お主、力は衰えておらぬか?」

「勿論にございます」

「ふむ。二百年の空白で、鬼殺隊の力がどの程度になっておるか、知る必要もあるか」

 姫は少し思案し、枯橋楽に声をかけた。

 

「枯橋楽よ。各地に散らせた蟲で、鬼狩りの‥そうじゃのう。柱を見つけることはできるか。無論、十二の呼吸以外で、じゃが」

「はっ。それならば一人発見してございます。男の鬼狩りで、おそらくは柱。妙な半分模様の羽織を着ております。奴以外の柱は発見できておりませんが。探索用の蟲は、あまり私からは離れられませんので」

「よいよい。一人見つければ、充分じゃからの」

 

 

「では夜叉烏よ。お主に命じよう。危険なら即撤退することが条件じゃが」

「…は、何なりと」

 

 

 

 

「その柱と戦い、敵の実力を測るのじゃ。今の鬼殺隊の強さを計るためにの」

「…もし、私の相手にならぬほど、弱ければ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺して構わぬよ」

 

「弱ければそれまでのこと。徹底的に痛めつけ、嬲り」

 

 

「妾に首を献上せよ」

 

「堕落七鬼と戦うと言う事がどういう事か、おしえてやるが良い!!」

 

 

 

「ご随意に。我らが姫よ」

 

 

 そして夜叉烏は刀を手に持ち、部屋を出て行った。

 枯橋楽は、蟲から送られてきた情報を、再度確認する。

 

 

 

 

 

 

 彼女の蟲が視覚に捉える、水柱『冨岡義勇』の情報を。

 




大正コソコソ噂話(偽)

勢いよく出て行った夜叉烏。
しかしすぐに戻ってきた。

「すまない枯橋楽。それで、何処に向かえばよいのだ?」
「お前ホントしまらないわね!」
「ほんとう、変わらず愛い子じゃのう。よしよし」

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