十二支桜花は、夢を見る。
薬品の臭いと、傷にうめく人間の声。
自分の傷は深く、治療には長い時間が必要。
それを体がわかっているのか、桜花は何度も微睡に誘われる。
最後に見たのは蝶の髪飾。
自分のよく知るものとは、違う色の髪飾。
十二支桜花は、夢を見る。
薬品の臭いが鼻についてうっすらと目を開ける。
見えたのは、彼女の顔だった。
「あっ! 桜花!! 目が覚めたのね、良かったわ」
「カナエ…?」
自らの友人、胡蝶カナエは柔らかな微笑みで自分、仇散華 桜花を見つめてくる。
そうだ。私は確か。
「ここは蝶屋敷‥ですか」
「そうよ。あなた縁側で寄り掛かって寝ちゃってたのよ? どうしたの? 疲れた? ここの所任務ばっかりだったものね」
「…疲れてなどいません」
「疲れてるから寝ちゃってるんでしょう?もう」
全くこの子は、と妹を案じる姉のような表情で私を見つめてくる。いつもいつも、カナエは周りに対して過保護だった。
その性格を昔は鬱陶しく思った物だが、最近はあまり気にならなくなってきた。
というよりも、なんだか心がほわほわとしてくると言うか。
不思議な温かささえ感じる。
けれど、この温かさに甘える暇などない。
「カナエ、なんどでも言いますが、私は疲れてなどいません。次の鬼の所に向かいます」
「まだ指令も来てないのに?」
「私の担当地区に、いえ、この世に一匹でも鬼がいるなら殺します。一匹とてあんな化け物は居ない方がいい」
そう。
鬼は人を喰ってまで生きながらえようとする醜い化け物。
一匹でも多く殺してやらなくてはならない。
私はその為に生きているのだから。
「へー、そう。どうしてもいっちゃうの? ふーん」
「? なんですか?」
なんだろうか。カナエの笑い方が変わったような。
「そっかそっか。残念ねぇ。今日は兎が来るって鴉から伝令があったから、いっしょにお茶しようと思ったのだけど」
「…なんですか。まさか私もいると言ったんじゃないでしょうね?」
「兎、すぐに来るって。どうする?」
十二支 兎。
私より後に柱になり、いつも鬼が怖いと文句を言いながら任務に向かう。
いつもいつも風柱や他の柱に怒鳴られ、説教され、簀巻きにされ。
不承不承と言った形で任務に行けば。
いつも手傷の一つも負わずに戻ってくる。
彼のその強さに、私は興味がある。
「…仕方ありませんね。カナエ、部屋を借ります」
「部屋?」
「こんな血濡れの羽織では、町に出られないでしょう」
私は自分の着ている、鬼の返り血で深紅に染まった羽織を指さしながら言った。
これで町を歩けば、町民は恐れて近寄ってこないだろう。
「…まぁ!」
「? なんです?」
「桜花ったら変わったわね、昔はわざわざ着替えたりなんかしてなかったのに」
…言われてみれば、確かに。
昔はこの羽織を着たまま町に出ていた。鬼を斬るのに、服なんて関係ないと思ったから。
では、なぜ今着替えるなどと言ったのだろう。
ただ、彼が来るのであれば。漠然とそう思った。
自分で自分の行動をいぶかしみつつ、着替えるためにその場を後にした。
「あっ、カナエ! 桜花さん!! おーい!」
蝶屋敷からそう遠くない町中で、大声をあげながら彼は手を振っていた。
私とは対照的に隊服に白い羽織を着てきている。
いつもの格好だ。さすがに帯刀してはいないが。
対して私は目を輝かせたカナエに無理やり着せられた桜色の着物。桜の花の模様があしらっている。
髪飾も付けようとしてきたが、さすがにそれは拒否した。
そこまで浮かれている、とも思われたくなかったのだ。
しかしまさか普段の恰好で現れるとは思わなかった。
冗談じゃない。
彼がいつもと変わらない格好をしているせいで、まるで私の方が気合を入れて準備したかのようだ。
「こんにちは兎。随分遅かったのね?」
「ごめんなカナエ、桜花さん。ちょっと向こうで菓子屋のお婆さんがさ」
カナエと彼が楽しそうに話している。選別時代から共にいるそうで、二人の信頼関係は厚い。
カナエが女の私から見ても美人だからか、彼はあきれるほどにこやかに話している。
・・・・・。
チクチクと胸が痛む。不愉快だ。
こんな状態で業柱を放っておいたら今後の任務に支障が出る可能性もある。
注意しておこう。
「そんなことより」
彼が笑った顔のまま、こちらを見て固まる。
「業柱。私は鬼を殺す時間を割いてここに来ています。そこに遅れてきておいて、何も言う事はないのですか?」
「桜花さん…」
彼がまっすぐにこちらを見つめている。
「綺麗だ…」
「はい?」
「いやすっごくいい、その着物! どうしたのそれ!?」
「すごいでしょ兎。やっぱり女の子は可愛くしないとね」
「カナエ! カナエが選んだのこれ!」
「そうよ。ふふ、兎、私にいうことがあるでしょう?」
「ありがとうございます!!」
「よろしい」
綺麗だ。
まさかそんなことを言われるとは。
「桜花、良かったわねぇ。頑張って選んだ甲斐があったわ。ね?」
「…、まぁ、褒め言葉として受け取っておきましょう。さぁ、行きますよ。ただでさえ時間は限られているのですから」
そういって私は二人に背を向け歩き出す。
まったく。この間にも鬼は存在しているのだから、無駄な時間はとらせないでほしい。
ややあって二人も私に付いて歩き出した。
後ろから彼の視線を感じる。やめてほしい。とてもむず痒い。
たたっ、と早足にかける音がして隣にカナエがやってきた。
「桜花、桜花。ねぇってば」
「なんですか、カナエ。茶屋に行くのでしょう。それとも道を間違えていますか?」
ニコニコと笑いながら
「耳、真っ赤だよ?」
それを聞いて、私は耳を押え、手のひらを確認する。
良かった。血は漏れていない。
「…気が付きませんでした。血鬼術でしょうか。相手の体温と心拍数を上げる?一体何のために‥」
「いやいやいや」
あたりに鬼がいることを警戒して、私はカナエにささやいたが、カナエは「えー…」と口に出しながら呆れている。
心外。
これが血鬼術でなくてなんだと言うのか。
顔が熱い。
心拍も、どきどきと脈打って、明らかに異常だ。
しまった。日輪刀を置いて来てしまった。
「あはは、桜花? ちょっと落ち着きましょう? ね。鬼なんていないから。なにより今は昼間よ。いたとしても出てこれないわ」
「…まぁ、そうですね。一応念のために、隠にこの町を見張ってもらいましょうか」
「えーっと…」
その後、私はカナエに説得される形で茶屋に押し込まれた。
念には念を入れておいた方が良いと、何度も言っているのに。
「あっと、その、桜花さん!」
「はい、なんですか」
左隣に座った彼が話しかけてくる。
目を合わせられないのは・・・ただの癖。
「きょ、今日の着物、素敵だよ。すごく似合ってる」
「普段の隊服は似合っていませんか?」
「え? いやいやいやいや!そんなことはないよ。いつだって綺麗だけど、今日はとびきり、ってこと!」
すこし焦った口調で彼が付け加える。
いつも綺麗。本当に美辞麗句を好む人だ。
ただそれは鬼とは関係ない。
だから私がそれに返答する義務も一応は、ない。
別に嬉しくも、ない話だ。
ちらりと隣の彼を見ると、なにやら口をパクパクさせて私の右隣のカナエを見ている。
なにやら口の形で何かを伝えているようだった。
(カ・ナ・エ・た・す・け・て・ど・う・し・よ・う)
(お・か・し・の・は・な・し・で・ご・ま・か・し・て)
「あーっと、そうだ桜花さん。この茶屋には来たことあるの?」
「いいえ。ありません」
「この茶屋、吹雪饅頭がすっごく美味しいんだよ! 桜花さんも好きだよね、吹雪饅頭」
「? 好きですが、なぜそれを?」
「え? 会ったばかりの頃、好きなものはなんですか、って聞いたら言ってたよね。吹雪饅頭って」
もうずいぶん前の問答のような気がする。
そんな昔のことまで覚えているとは、細かい人だ。
どうしてそこまで私との会話を覚えているのか。
…また、顔が熱い。
「そうですか」
私は顔を伏せた。
血鬼術によるものでないのなら、わざわざ見せる必要もない。
(カナエ! やっちゃったかな!? オレまたやっちゃった!?)
(大丈夫よ兎! むしろよくできました!)
「しかし、なぜここの吹雪饅頭が美味しいことを知っているのですか?」
まさかわざわざ調べたのだろうか。だとしたらうれ…、時間を無駄にしている。
「う、うん。実はこの間ここにカナエと二人で来てぐぇぇ!!」
彼の声に突然悲鳴が混じる。驚いて左を向くと、何時の間にやらカナエが彼の首を締め上げている。
「? カナエ? 何をしているのですか?」
「あら、桜花知らないの? 最近こうやって首のこりを取ってあげる治療法が確立されたのよ、ねぇ兎?」
「ばい…がくりづざれまじだ・・・」
それは知らなかった。
「ねぇ桜花。少し待っててくれる? すこし兎とお話があるから」
「? なんですか。鬼についての事なら私も」
「いいのいいの。えーっと、そう、義勇くんとしのぶの事についてだから!お姉ちゃんとしては義勇くんがどんな子かしっかり知っておきたいのよね?」
ねー兎? と言いながらカナエは彼を茶屋の裏まで連れて行った。
…義勇という人物についてはそんなに詳しくないが、なぜカナエの妹の話で彼が必要になるのだろうか。
「兎! さっきのは駄目よ、落第点!」
「ええ!? 何がいけなかったの!?」
「基本三原則を思い出してよ。
一つ、女の子の些細な変化は必ず見抜いて褒めること!特に髪と服!
一つ、女の子とお話しするときは相手の興味のある話題を出して、聞き上手になる事!
そして、最後!
一つ、好きな子と話す時は他の女の子の話はしないこと!
もう、なんども練習したでしょう?」
「でもカナエはオレや桜花さんにとっても特別な人だし…、いいかなぁって」
「た、たとえそうだとしても。やっぱり気持ちの良いものじゃないわよ。例えば兎。桜花が他の男の子、そうねぇ、不死川君と一緒に歩いていたらどう思う?」
「オレもうアイツと口きかない」
「たとえ話よ、もう。桜花だってきっと同じ気持ちになるわ」
「そうかなぁ、なって、くれるかなぁ…」
「なるわよきっと。好きな人が他の人を好きになってるかもしれない。そういう現実って、辛くて辛くて仕方ないものなのよ」
「…そっか。ごめんカナエ、気を付けるよ」
「いいのよ、私は兎と桜花を応援するわ!」
長い。
いつまで待たせるのだろうか。
二人とも裏手に消えて行ったきり戻らない。
「全く、二人とも。こうしている時間がもったいないではありませんか。そもそも、店の裏手で二人でなにを…」
まさか。
二人は相愛の関係なのだろうか。
珍しい話ではない。
鬼殺隊内で、そういった男女の関係に至ったという話は聞いたことがある。
その多くが、大粒の涙を流しながら、恋慕した相手が喰われたという叫びだが。
大切なものが出来た人間は、弱い。
いつもいつも、誰かを想う人間は、鬼に勝てずに死んでいく。
大切な人を守れず死んでいく。
大切な人を残して死んでいく。
だから、鬼に勝とうと思うなら。
人は、鬼になるしかない。
『両親が妹に喰われた』あの日から、自分に守るべきものは何も残っていない。
何も残っていないのだから、何も失わない。
だから、自分が鬼を絶滅させる。
殺して殺して殺して殺す。
それを一生、身体がちぎれるまで続ける。
それで自分の人生は終わる。
そう考えていた。
だが、カナエと、彼に出会ってから妙に調子が狂っているように感じる。
まず、任務以外で外に出ることが増えた。
大概カナエに連れ出される。
柱合会議で勝手に連れ出される事実を告発しても、お館様は優しく微笑むだけだった。
そしてそのお節介な花柱を相手にしていると、その内もう1人増えた。
十二支 兎。階級、業柱。
新入りの柱で、入ったのは風柱の少し後。
いつも怯えているけれど、比類なく最強と言って差し付けない実力。
なんというか、心と実力の帳尻が合っていないような印象を受ける。
ある任務で一緒に戦って以降、なつかれたのか付いて回られるようになった。
あの二人が現れてから、何かおかしい。
まず、気持ちがほわほわと暖まることが増えた。
些細な会話をずっと繰り返していくうちに、当たり前のように会話に入る自分がいることに気が付いた。
逆に、心が痛いときもある。
例えば、今。
今もなぜか、心が痛い。
彼と彼女が裏で何をしているか考えるだけで、チクチクと胸が痛んだ。
最初は血鬼術を疑った。
しかし、カナエは違うという。
では、この気持ちは、何なのだろうか…。
この気持ちの正体を知るのは、それから一月ほどたった夜の事である。
大正コソコソ噂話(偽)
兎はカナエと一緒にデートの練習をしていました。
発案したのはカナエですが、練習中、兎が何度も告白の練習をしたので
恥ずかしいやら哀しいやらで大変だったそうです。