月夜の告白から、数か月が経過した。
私、仇散華 桜花と胡蝶カナエ、そして十二支 兎はそれぞれの任務で鬼狩りに向かう日々だった。
当然、顔も合わせられない。
それでも、互いの鎹鴉に手紙を持たせて、私たちは連絡を取り合っていた。
カナエからは、救った人たちからお握りを頂いちゃったことや、かわいらしい女の子からわらべ歌を教えてもらったこと、あとはもっぱら妹のしのぶと十二支 兎の事がつづられている。仕事の話はいつも追伸のような形で纏められていた。一番報告しなければならないのは、その部分ではないだろうか。
対して十二支 兎の手紙はいつも日記のような形で事細かい。何日の出来事なのかを最初に記して、そのうえでその日起きたことを自分の心情も踏まえて報告してくる。ただ感情のままにつづっているせいか、文章が散らかっているようにも見える。そういえば、片付けるのが苦手、と言っていたような気もする。
そして、私の手紙はどうかと言うと。
今だ、白紙のままで何も書けていない。
わかっている。さっさと返事を出さなければ余計な誤解を与えてしまうということぐらい。
しかし何度筆をとっても、筆先が紙に触れたところで考えがまとまらず、結局白紙のままにして仕事に出てしまう。
いや、実の所カナエへの手紙はすぐにかけてしまうのだが、これが十二支宛になると一向に筆が進まない。
自分の想いを知った今、何を書けばよいのか、何を書いてはいけないのかが分からないのだ。
下手なことを書いてしまえば、幻滅されてしまうかもしれない。
きっとカナエは自分に届いた手紙と同じような内容の手紙を十二支宛に出しているのだろう。それを読んでニコニコと笑っている十二支も想像できる。
それはなんというか、面白くない。
大変、先を行かれている。
大丈夫、大丈夫だ。
手紙を出すだけ、手紙を出すだけだ。
鬼の頸を斬る事に比べれば児戯に等しい事だ。
問題なし、ええ、問題なし!
そして今日も、白紙の紙が私の屋敷に散らばった。
その日の討伐は、町に潜む鬼の討伐だった。
夜な夜な町に現れては、栄養価の高い女の人間を狙って食い殺す。賢しいのは、その場では殺さずに、一人になったところを狙って付け狙い、誘拐して人目のないところで手をかける慎重さを併せ持つことだ。
しかし、鬼殺隊を長年支えてきた隠達からは逃れることが出来ず、階級、壬の隊士である女性剣士が派遣された。
だが、彼女と連絡が取れなくなった。隠の報告によると、鬼と接触したとき、ふっと鬼と隊士の姿が消えてしまったのだと言う。
煙に巻かれしまったかのように、ふっ、と。
鬼は、異能の鬼だったのだ。
賢しく、狡猾な鬼は、自らの異能を隠し続け、鬼殺隊の目を欺いた。
「この町で、間違いありませんね?」
「は、はい! 桜柱様!」
私は、その鬼の潜む町にやってきた。彼女が消えたその町は、私の担当地区の中にあったのだ。
隠に案内され、彼女と鬼が最後の戦った場所までたどり着く。
大きく争った形跡もなければ、血痕も見当たらない。
これは骨が折れるかもしれない。
私がそう感じている時だった。
「ちょ、駄目だって! もう柱が現着してるんだから、あの方に任せて」
「何言ってるの! モタモタしてたら橙子(とうこ)が、あの子が危ないじゃない! 私にもやらせて! 退いて!」
「癸じゃ話にならない! 大体これは貴女の任務じゃないから…」
なんだか隠達が騒がしい。普段往来で目立たないようにするはずの彼らが、こんなにも大声で騒ぐのは珍しい事だった。
気にかかり、声をかける。
「何事です、騒々しい」
「ひっ! 桜柱様! もうしわけございません! すぐに説得いたしますので、どうか、どうか命だけは…」
「あなた私をなんだと思っているのです。それより、何を騒いでいるのか、と聞いているんですよ、私は。報告を」
「は、はい! じ、実は消えた壬隊士と同門だと名乗る癸の隊士が押しかけてきておりまして‥」
「癸?」
最下級の剣士だ。命令もなく、なぜこんな所に。
「あ、こらっ!」
そう思った矢先、件の剣士が抑え込んでいた数名の隠を乗り越えて、私の前に躍り出た。
現れたのは、短髪で水色の髪の女性だった。隊服と日輪刀以外は携帯していないようだった。着の身着のまま、飛び出してきた、といった出で立ちだ。
彼女は私を見て柱だと気付いたのか、動転しながらも地面に膝をつき、頭を下げた。水色の髪が、風に揺れた。
「お、お初に、お目にかかります。さ、桜柱、仇散華様」
「そうですね。初めまして。何用ですか?」
「じ、実は、私と行方不明の隊士…橙子とは、同門でして‥」
「それが?」
「か、彼女を探して鬼を討つというなら、私も、私も連れて行っていただけませんか!?お願いします!!」
「帰りなさい」
私はそう言って彼女に背を向けた。
「な、なんで」
「貴女には貴女のすべきことがある。自分の任務を優先しなさい」
「でも」
「癸なんてこの任務においては邪魔です。お館様が何のために私を寄越したと思っているんですか? 柱でなければ、対処できないからです」
少なくとも、その方が確実だ、と考えているのだろう。
「わ、私だって剣士です!」
「でも私より弱い」
「っ、そ、そんなの関係ありません!私だって」
その言葉を聞いた瞬間、私は彼女の胸倉をつかみあげた。
反応できなかった癸の剣士は、ひゅ、と口から息をもらし、私の目の前に驚き顔を晒し私を凝視している。
「今、私の動きが見えましたか?」
「っ、あっ」
「こんなに簡単なんですよ? 貴女を殺すことなんて。わかりますか?私が鬼なら、貴女はとっくに死んでいた」
「・・・」
「失せなさい、癸。貴女のすべきことをするのです。貴女に狩れる鬼なんてここには」
さっさと追い返すべきだ。私の鬼狩りの邪魔になるし、連れて行っても無駄死にするだけだろう。そうすれば狩れる鬼の数が減る。
そう思って二の句を継ごうとした時だった。
「うっるさぁい!!」
その時私は思っていなかった。まさか目の前の下級隊士に、怒鳴り返されるとは。
「何よアンタ、黙って聞いてればえらっそうに! 私が行くって言ってんだから行くのよ!」
「お、お前! 柱になんて口をっ」
「うるさい黙れ、この根性なし共!なによ、みんなでビクビクしちゃってさ。私より年下の、まだこんなに胸もぺったんこな女の子に怯えて、へつらって。仲間を怖がってどうすんのよ! 私たちの敵は鬼! そうでしょ!」
「…随分余計な言葉が聞こえましたが。貴女がいても足手まといだと、そう言ってるんですよ」
「いいえ! 私が貴女の役に立つ方法をたった今思いついたわ。私が貴女より弱いのなんて百も承知よ! だったらこう言うわ!」
「私を使って! 桜柱様!」
それから数刻後、日が落ちるのを隠しと共に私は町の中にある藤の家で待っていた。
「あの…桜柱様。本当に良かったのですか?」
「…言っても引きませんでしたからね。あんな頑固な人は初めて見ました」
「しかし…」
「しつこいですよ。彼女の作戦は、まぁ確かに合理的です。これなら確かに、鬼を追跡しやすい」
「しかし、まさか囮を買って出るとは…」
彼女の考えた作戦はこうだ。
まず、癸の彼女は隊服から、藤の家で借り受けた着物に着替え、町娘の振りをする。
あえて一人で動き回り、飢えた鬼を釣り上げる。
慎重な鬼を誘い出すため、わざわざ血のにおいをしみこませた手ぬぐいまで懐に仕込んでいる。用意周到だ。
そして、そんな彼女が確認できるギリギリの上空を、彼女の鎹鴉が旋回する。彼女の姿が消えた瞬間、鎹鴉は私に連絡する手はずになっている。
無茶な作戦だ。
町娘に成りすます都合上、彼女は隊服も着られなければ、日輪刀も携帯できない。
鬼がその場で彼女を殺そうとすれば、あっという間に彼女は物言わぬ骸と化す。
作戦決行前、私は彼女に話しかけた。
『これが最終確認です、良いですか』
『端的に言うと、あなたは死ぬ可能性が高い。よしんば私が間に合ったとしても、重傷を負うかもしれません』
『そうですね』
幾分か落ち着いたのか、彼女は丁寧な言葉遣いに戻っていた。
『引き返すなら今の内です。止めたりはしません。正直な所、多少効率が上がるだけの話なのです』
『・・・・』
『やめたければさっさとやめなさい。本来なら、これは貴女の任務では』
『桜柱様って、不器用な方ですね』
『・・・は?』
唐突にそんなことを言われ、反応に困った。
『はぁー、なぁんだ。桜柱はものすごく怖い、なんて聞いてたから身構えてましたけど、なんてことないですね』
『…それは貴女が、私を知らないからです』
『そうかしら? 私には優しい人に見えましたよ』
『何を馬鹿な』
『だって必死になって私を死地から遠ざけようとしてくれたじゃないですか』
何を言っているのだろう、この人は。
私は、本当に邪魔に思っただけだ。
鬼を殺す時に、周りをうろちょろされては気が散るから、どこかに追いやってしまいたかっただけ。
ただ、それだけだ。
『でも、そうはいきませんよ。橙子は友達です。かならず助けます』
『…なぜ、そこまで』
その質問に、彼女はにこっ、と笑って答えた。
とても、美しい表情だった。
『だって何もしないでいたら、後悔するに決まってるじゃないですか』
「動キアリ! 動キアリ!囮ノ隊士ガ消エタ! 急行、急行ォ!」
鎹鴉が言い終わらない内に、私は藤の家の二階から飛び降り、駆け出した。
鴉に案内され現場に到着するも、誰も居ない。
報告通り、彼女はその場から姿を消していた。
(隠れる時間もそうないし、そう遠くには行っていないはず―――)
そこまで考えて、私は日輪刀に手をかけて居合の体制をとった。
居る。絶対に近くにいる。
鬼の気配と殺気を感じながら、チャキ、と紅色の刀身を鞘からのぞかせる。
わかる。
私にはわかるぞ、鬼。
他のどんな恐怖から逃れたとしても。
私はお前たちを逃さない。
知れ、そして詫びろ。
いままで奪ったその命。
この私の紅色の刀身が。
お前たちの所為で流れた無辜の血であると知れ。
「桜柱様、やって!!」
背後から、声がした。
体を捻りながら、後ろに飛ぶ。
血鬼術で自らと力ずくで抑え込む彼女の体の色を背景と同化させた鬼が驚愕に目を見開くのを見て。
私は、嗤った。
「そ こ に い た か」
桜の呼吸 参ノ型。
『死垂桜(しだれざくら)』
両断された鬼の頸が、悲鳴と共に宙に舞った。
断面から、雨のように、鬼の血が降り注いだ。
結論からいうと、彼女の友人は、正直な所驚いたが無事だった。
周到な鬼で、奴は自らのねぐらに殺した人間を食料として『備蓄』していたらしい。反吐が出るような話だ。
橙子もあわや足を折られる寸前だったようだが、鬼は誘拐した相手が鬼殺の隊士であったことを知り、自分が目を付けられていることに気が付いた。
そこで彼女を殺す前に、情報を得ようとしていたらしい。加減しても死んでしまう事を恐れて、手を出せなかったようだ。
下種な鬼だが、肉を喰い続けて強くなっていけば狡猾で厄介な相手になったかもしれない。
「本当に、ありがとうございました」
別れ際、彼女は私に声をかけてきた。
本当に、嬉しそうに微笑んでいた。
そういえば、と思う。
結果的に彼女の作戦が上手くいったから良いようなものの。
彼女は柱である私に随分なことを言っていたような。
まだ胸がどうこう、とか。
すこし、意地悪を言いたくなった。
「…そう言えば、貴女は柱である私に随分と暴言を吐いてくれましたね」
「うっ!」
「我々鬼殺隊にとって、階級は重い意味を持ちます。それは理解していますか?」
「は、はい…」
今になって自分のしでかしたことに気が付いたのか、彼女の顔から血の気が引いてきた。
「…あなたには然るべき罰を与えます」
「…はい」
顔を伏せる年上の彼女に。
経験豊富であろう彼女に、私は罰を言い渡した。
「…こ」
「…こ?」
なんだか顔が熱い。
非情にならなくては。これは彼女への罰なんだから。
「…こいぶ」
「…こいぶ?」
「こいぶ、みの、恋文の書き方を、わ、私に、教えて…ください…」
最後の方は言葉がだんだんと尻すぼみになって行った。
当の彼女は、というと、ぽかん、とした顔をしていたが。
やがてクスリ、とほほ笑んだ。
「そういえばきちんとお名前をお伺いしていませんでしたね、桜柱様」
「…桜花。仇散華 桜花といいます」
それを聞いた彼女は、姿勢をただし、私に向かって笑い掛けながら言った。
「そうですか。私は鬼殺隊、階級『癸』! 『氷柱 霙(つらら みぞれ)』と申します!
此度は大変無礼仕りました! 桜柱様よりの罰、その恋が実るまで、甘んじて受け入れさせていただきます!」
「カァー、カァー! 手紙ィ、手紙ィ!」
後日、鎹鴉より、ある柱の元に手紙が送られた。
その手紙の送り主の名を見た、白髪で人懐っこい表情の青年は、頬を真っ赤に染め上げたと言う。
大正コソコソ噂話(偽)
氷柱 霙。
後の業屋敷警備となる隊士ですが、恋愛戦績に関しては過去のこの段階で敗戦回数が四十を超えていました。
理想が高すぎることと、いけると判断するとぐいぐい距離を詰め過ぎる性分が当時の男性の趣味と合わなかったからです。