あなたが自分を弱いと思うなら、私は弱い人を好きになる。
大正○○年 八月一五日
こんにちは。私は鬼殺隊 業柱 十二支 兎の妻、十二支 桜花です。
とても久しぶりに日記を書いています。やっぱり、筆まめの兎さんほど日記をつづけることは難しそうです。
こんなことでは妻失格。もっと精進せねば。むん。
お話が逸れてしまいました。今日はすこし嬉しいことがあって、どうしても書き留めておきたくて筆を執りました。でもちょっと恥ずかしいことなので、誰にもこの頁が読まれませんように。
特に兎さん、勝手に読んでるなら、桜花、怒りますからね。
さて、これはとある、夏の日の思い出です。
その日は業屋敷の庭で、けたたましく蝉の声が響いていました。
蝉の命はとても短くはかない、なんて言う人がいますが、それはあくまで空を飛んでいる間の話。
蝉はずっと地面の中で大きくなって、その時が来たら、輝くために羽を得て飛び立つ。
だから人間が思う何倍も強い生き物なんだ、と兎さんが縁側で話してくれました。
桜花は吹雪饅頭を食べる手を止めて兎さんの横顔を見つめます。
庭の桜で鳴く蝉を見るその顔は、すこし物憂げで寂しそうで。
そんな顔も素敵だと思うと同時、桜花は思いました。
ああ、きっとまた、間違ったことを考えているんだと。
兎さん?
桜花は兎さんに声をかけます。すると兎さんはすぐに視線をきってこちらを向いてくれます。いつも桜花の声に一番に反応してくれることを知っていて、そして必ず目線をこちらに向けることを知っていて声をかけているのですから、桜花はきっと悪い妻です。
「なに?桜花」
そこにはいつも通りの兎さんの顔があって。ああ、また痛みを奥に隠してしまったと思って。すぐに兎さんの頬に優しく触れて。
「お、桜花!?あの、心臓が常中をこえて全集中・・・」
あわあわと慌てて訳の分からないことをいいだす兎さんに、思わずくすりと笑ってしまいました。
兎さん、さっきどんなことを考えましたか、蝉をみて。
「え?えーっと」
隠してもダメですよ。桜花にはお見通しです。
「蝉は自分と違って強いなぁ」なんて思ったでしょう?
「うっ。桜花、桜の呼吸って相手の思念が読めたり」
いいえ?これは桜花があなたの妻だからできることです。
「うう、恥ずかしさと幸せに殴られる…未熟だ」
ものすごくばつが悪そうな顔をする兎さん。やはり図星だったようです。
「オレがもし、蝉だったら」
「ずっと地面に潜っていたいよ。空の上にいたら、たくさん、落ちていく仲間を見てしまうから。地面に落ちていく仲間を見てしまうだろうから」
「それって、すごく怖いことだと思う」
「だから、あそこの蝉はオレより勇気があるよ」
ああ、本当に。
違うんですよ、兎さん。
桜花は。
そこであなたに、自分が死ぬのが怖いから土の中に居たい、と言ってほしいんです。
どうしていちばん最初に、仲間が死ぬのが怖い、なんですか。
きっとその中には桜花も入っているのでしょう。
そしてあなたが蝉だったなら、それを何とかするために昼も夜も飛び回ってしまって。
きっと誰より早く、落ちていくのでしょう。
桜花はそれが嫌なんです。
きっとこれを口に出せばあなたはこう言う。
いや、自分が死ぬのだって怖いよもちろん、なんて言う。
でも、本当にその時が来たら、あなたは動く。
震えながら刀を握ってしまう。そしてみんなはそれを見て安心する。
柱が戦ってくれる、鬼を倒せると。
でも、桜花は悪い妻なので。それを喜んであげません。
ゆっくり、兎さんに届くように口を開きます。
ならその時は、桜花も一緒に土の中で目を閉じますね?
兎さんがぴくり、とほんのわずかに動いた気がしました。
そしてゆっくり桜花の手を、まるで汚れてしまうのを気にしているかのように握ります。
桜花の方がずっと汚れた手でしょうに、この人はもう。
「いいの?」
もちろん。
桜花たちがした会話はこれだけ。二人合わせて、たったの二言。
でも、きっと伝わりました。桜花だけは、兎さんを見ています。
肩書はいらない、刀もいらない。
震えるあなたを見て、あなたと一緒に震えるのです。
震えを二人でゆっくり止めて、土の中で寄り添う。
桜花はきっと、そんな蝉でいいのです。そんな蝉でいたいのです。
「でも、さ」
兎さんが口を開きます。ああ、そうですよね。あなたはそういう人。
「やっぱり、仲間が空で死んでたら土の中でも眠れないかも、なんて」
困ったように笑うあなたに、桜花は胸が締め付けられる。
わかってた、あなたがそれを、仕方ない、で済ませられない人だということは。
ああ、やっぱり桜花は悪い妻です。
あなたを暖かい土の中に引き留められないのだから。
桜に止まっていた蝉が、じっ、と音を立てて飛び立ちました。太陽を背に受け、その姿は見えなくなります。
桜花はすごく怖くなりました。あんな風に兎さんが、蝉のように、飛び立てば。
強い光の中へと飛び立っていけば。桜花は見失ってしまうかもしれない。
一緒に震えてあげられない、泣いてあげられない。
すると、桜花の手が、またきゅ、と握られました。
驚いてみれば、兎さんが悪戯っぽく笑っていました。
「不安そうだったから。こうすれば、桜花は絶対俺の方を見てくれるからさ」
ああもう、そういうところです。本当に。大好き。
「…よし、決めた!」
「オレは蛍になるよ!」
と、とつぜん兎さんが変なことを言い出しました。蛍?なぜ?
蝉と蛍って親戚でしたっけ?いやいや。
「蛍なら、夜に光るだろ?そうすればきっとオレたち、互いを見つけられるよね?」
ふふん、と笑う兎さん。
ああ、本当に。
まだ桜花は何も言ってませんよ?なんでそこまでわかっちゃうかなぁ。
案外桜花はわかりやすい女かもしれません。
いえ、きっともっと、複雑怪奇な女です。そうありたい。
そのほうが、兎さんがふかく桜花を理解してくれていることになるから。
いいですね、蛍。それなら絶対見つけられますよ。
「ふふ。やったね。あ!でも蛍って川辺とかでたくさん飛ぶよね!不味いなぁ、見分けなんかつかないか」
いいえ?兎さんは簡単に見つけられます。
「え?どうやって見つけるの?ねぇってば」
いちばん最初に桜花の手のひらに飛んできてくれた蛍さんが兎さんです。
「桜花―!!」
ひゃああ!!
おもわずと言った様子で抱き着いてくる兎さん。もう、もう!!
ダメですよそんなこと!心臓が反復動作で全集中…
正気に戻った兎さんも、それに寄り添う桜花も、顔は蛍になる必要などないほど紅く。
蝉の声は今はきこえないけれど、それでも、兎さんは今、震えていませんでした。
桜花はそれが、本当にうれしい。
すごく久々に投稿しました。
2人はずっと愛し合いますよ。